| Schwedenplatz なんやらな?湖国館 | ||
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西明寺 (さいみょうじ) 滋賀県湖東地域。京都にも近く、歴史の舞台にもたびたび登場してくるところで、文化財も多い地域です。湖東三山(西明寺・金剛輪寺・百済寺)の一番北側に位置するのが西明寺で、井伊家の城下町である彦根から近いところにあります。京都からですと、山科から名神高速道路を走って八日市インターで下りて、国道307号線を北に20〜30分といったところでしょうか。 西明寺は甲良町にあります。滋賀県といえば琵琶湖が思い出されますが、甲良町は琵琶湖には面しておらず、西明寺は湖岸から10キロほど離れています。東側には鈴鹿山脈があり、その麓の斜面を利用してお堂が建てられています。 307号線を北に向かって車を走らせていますと、右手にお寺への入り口が見えてきます。西明寺の前のところを名神高速道路が通っていますので、それを越えて入っていくことになります。斜面を利用して建てられているとはいえ、入り口前の駐車場まで来ると、本堂がある場所までは大して標高差はありません。 さて、国指定の名勝庭園を歩きながら、このお寺の歴史をすこし見ておきましょう。湖東三山の中では創建は一番新しいとされ、834年の仁明天皇の勅令により、三修上人を開基として諸堂が建立されたのがはじまりです。勅願寺であったので、現在の西明寺の規模からは想像もつかないほどの大きなお寺だったようです。 その西明寺は天台宗のお寺です。京都の鬼門を守る比叡山延暦寺も天台宗のお寺でしたが、その延暦寺が織田信長によって焼き討ちされたのは有名な史実です。同じ天台宗のお寺であった西明寺も当然の如く標的となりまして、1571年に焼き討ちを受けています。ところが幸運にも伽藍の中心部分は焼失をまぬがれたのです。それが現在国の文化財に指定されている、本堂・三重塔・二天門です。 織田信長の軍勢による焼き討ちを受けて、現存部分は助かったものの、伽藍の大部分は焼失してしまい荒れてしまったようですが、江戸時代になって復興され、現在に至っています。庭園をしばらく歩いて行くと、林の中を通って、やがて本堂の近くにへと出ます。私が訪れたのは6月。アジサイの花がきれいに咲いていました。 |
2003年7月10日作成。 ○撮影時期: ○アクセス: |
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西明寺本堂(国宝) 庭園から道を歩いていくと視界が開けて、木々の緑の前に建つ本堂が目に入ってきます。七間四方のお堂で、一辺が20メートルほどありますから、結構な大きさです。しかしプロポーションがよろしいですので、「大きさ」というものはあまり感じません。滋賀の誇る国宝建築物の中でも、美しさは一二を争うでしょうか。
そのように美しいと思うのですが、完全にまとまった建物であるかといえば、そうでもないようです。この建物は鎌倉初期に建てられましたが、当時は五間のお堂だったそうで、その後鎌倉中期になってから現在のような七間のお堂となりました。さらに正面の向拝は室町時代になってからのもの。年代による微妙な様式の違いが、この建物を少し賑やかなものにしているようにも思えます。
内部はいわゆる密教仏堂の形式をとっています。私がはじめて密教仏堂を見たのがこの西明寺の本堂でして、そのためか印象に残っている建物です。仏像が多く安置してありまして、お寺の方が解説をしてくださいます。 |
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西明寺三重塔(国宝) 国宝本堂の縁に立ってみますと、左手の一段高くなったところに三重塔が見えます。滋賀県はあまり知られてはいないのですけど、国宝の三重塔が2棟あります。一つは常楽寺三重塔。そしてもう一つが、この西明寺三重塔です。
建てられた年代はあまりよくは分かっていないようなのですが、その様式から鎌倉中期と考えられているようです。桧皮葺(ひわだぶき)の軽快な屋根を持っていまして、本堂と共にさすがは国宝建築物といった感があります。内部は極彩色で壁画が描かれており、春・秋の天気の良い日には特別拝観料を払うと見せてもらえます。
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西明寺二天門(重要文化財) 本堂の正面に建っている門です。室町時代の建築。基本的には和様ですが、ところどころに禅宗様の繰型がみられ、足もと柱の下には禅宗様建築にはつきものである礎盤が置いてあります。正面の参道よりこの門を見上げると、小さい門ながら風格が漂っています。
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