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鶴林寺 (かくりんじ) さて、今回は京都から電車に乗って加古川へ行ってみましょう。加古川市は、兵庫県の太平洋沿岸のちょうど真ん中あたり。京都からみますと神戸や明石のあちら側になります。京都駅からJRに乗って加古川駅まで1時間15分強かかりますから、ちょっと距離があります。 JR加古川駅から直線距離で1.5キロくらい南に向かって歩きます。途中国道2号線を横断。加古川市には国道2号線の他に、新幹線・JR・山陽電鉄など東西の交通が集中していますが、これは今も昔も変わらないようで、西国への街道の要所として古くから名前が出てきます。 鶴林寺は伝えるところによると、聖徳太子の時代にまで遡ることができます。聖徳太子が秦河勝(はたのかわかつ)に命じ、お堂を建てさせたのが始まりだとか。「伝え」ですので、どこまで本当のことかは分かりませんけども、「伝え」られるからには何らかの関わりがあったのかもしれません。 「鶴林寺」の名は、鳥羽天皇によって勅願寺とされ、御宸筆「鶴林寺」の額を下賜されたことに始まるようです。鶴林寺の一番古い建物(太子堂)は、だいたいこの時代のもの。鎌倉・室町時代に入ると、さらに大きなお寺になっていったようです。 その後、戦国時代に入ると戦災こそ被らなかったものの、衰退は激しかったようです。それでも現在、国宝建造物2棟、重要文化財建造物4棟を伝えています。 |
2004年1月27日作成。 ○撮影時期:2002年12月上旬。 ○アクセス:神姫バス鶴林寺下車。 |
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鶴林寺本堂(国宝) →→→鶴林寺本堂(建築細部) |
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鶴林寺太子堂(国宝) 大きな本堂に向かって右手前にある、建ちの低い落ち着いた建築です。太子堂と呼ばれるのは、内部に聖徳太子の像が描かれているからだそうで、本来は天台宗寺院の法華堂です(西にある常行堂と対をなす)。現存最古の(天台宗の)法華堂になります。
三間四方で前面に一間の庇(ひさし)が付けられています。宝形造(ほうぎょうづくり)の桧皮葺(ひわだぶき)。平安時代後期のものと考えられています。折衷様のにぎやかな本堂と比べると、太子堂は組物も簡素で、「静」の建物です。何度か修理が行われているようで、完全に平安時代の姿をしているわけではないようです(例えば桟唐戸(さんからど)がある点など)。
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鶴林寺鐘楼(重要文化財) 本堂の東にあります。南北三間・東西二間、入母屋造・本瓦葺。「楼」ということで、二重の建物。初重には袴腰付きです。この鐘楼は細部の様式が面白いそうなのですけど、私はあまりよく見ずに帰ってきましたのでなんとも書けません…(^^;;;。また鶴林寺に行ったおりには、改めて書く予定です。
内部の梵鐘がこれまためずらしく、おとなり韓国の高麗時代のものだそうです。日本の梵鐘と異なり、めずらしい意匠をしているそうなのですが、見たことがないものでなんとも書けません…。 |
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鶴林寺護摩堂(重要文化財) 鐘楼のさらに東の建物です。三間四方、入母屋造の本瓦葺。1563年の建物です。外観は組物もなく、かなりスッキリとした印象。地味ともいえるほどですが、内部は二本の虹梁が架けてあるなど禅宗様的で面白いです。
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鶴林寺常行堂(重要文化財) 上述の太子堂(法華堂)と対をなす建物です。何度かの修理を経ていますので、おそらく外観は結構変わっているかもしれませんが、平安時代後期に建てられたもの。こちらも現存最古の常行堂になります。正面三間・側面四間、寄棟造の本瓦葺で、妻を正面としています(寄棟造の建物の場合、妻は通常は正面にならない)。
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鶴林寺行者堂(重要文化財) この行者堂、正面から見ますと、春日造(かすがづくり)の社殿のように見えますけど、実は違いまして…。正面は春日造のようですが、微妙に違います。それに背面に回りますと入母屋造ですので、このあたりもいわゆる春日造とは違う点ですかね。本堂と同じ頃に造られた建物です。
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