日経ビジネスアソシエ 連載
不審な外国人に注意?
暮らしているマンションの玄関にある掲示板に「代々木警察署からのお願い」というビラが張りだされた。「不審な外国人を見たら直ちに警察(110番)へ通報してください」との文面のものだ。「不審な人」ならともかく、「不審な外国人」とは何事か!怒りと恐怖で体が震えそうになりながら、自宅に戻った。
私の家族は日本人二人、韓国人二人、アメリカ人一人の三人家族だ。「?」と思われるかもしれないが、韓国人のつれあいとの間にアメリカで子どもが生まれたので、娘が三重国籍なのだ。逆に言うと、私以外はすべて外国籍保持者で、ちょっと不審なことをしただけで警察に通報されるような存在ということになる。
娘が生まれる直前の病院の検診で「この子は父親が日本人で、母親が韓国人だけどアメリカ人になるんだよね、しかも三重国籍で」と言ったら担当の人は大笑いをして、「それこそ典型的アメリカ人ね」と言った。「私のおじいちゃんはアイルランド系、おばあちゃんがドイツ系、この国はそうやってできてるんだから」。
これは私がアメリカに滞在している間に聞いたもっとも感動した言葉だった。移民国家アメリカの懐の深さを垣間見たような気がする。
娘には韓国人としての名前を付けた。在日の抱える差別の問題に正面から向き合ってほしいと考えたからだ。だから彼女は日本で「典型的日本人」と呼ばれることはないだろう。それどころかこうした些細な「事件」ごとに潜在的不審者としての視線にさらされるのだ。
恐ろしいことに警察のビラには、中国語でのみ訳文がつけられていた。さらにご丁寧に、「この部屋は、男性居住で金目のものはありません。ピッキング使用や鍵を壊して泥棒に入っても無駄です」との文章が中国語の訳文とともに添えてある。どうやらドアにでも貼って使えというらしい。これは中国人に向かって、「おまえたちは警戒されている」といっているに等しい。そしてこのビラの視線の中にいるのは、善良な日本人と不良な外国人(特に中国人)だけなのである。
外国で暮らす日本人が、標識に日本語はないのに、こんな場面にだけ日本語を見かけたらどう思うだろう。しかも個人ではなく、警察がやっているのだとしたら、どれほどの恐怖を覚えるだろうか。
外国人の犯罪が増えているのは事実である。それを防ぐための「善意」からきた工夫であろう、というのはわかる。しかしだとすれば犯罪の総数は日本人によるものの方がはるかに多い。2002年の刑法犯検挙人員数347,558人に対し、外国人は2.2%(7690人)、中国人は3503人で1%強にすぎない。たとえば都道府県別に犯罪者の出身比率でも計算してトップになった県をあげ、「○○県人に注意」というビラを作ることの滑稽さを想像してみればよい。つまり警察のビラには外国人(もしくは中国人)に対する恐怖と偏見が先に存在しているのである。
具体的な事件でもあったのかと思い、代々木警察署の生活安全課を訪ねてみた。「ああ、そこ座って」まず署員のぞんざいな応対にあきれる。一体他人に対する口の利き方を知らないのかこの人たちは、と思ったが、まぁそんなことを今の警察に求めても無理なのだろう。
一番驚いたのは、管内で起きた犯罪の件数は前年比で若干減少しており、しかもそのうちで外国人がどの程度関与しているのかについては、特に把握した資料はない、という点だった。特に根拠もないのに、一般的に外国人の犯罪が増えているということを理由にあんな恐ろしいビラを作れる人たちの人権感覚というのはどうなっているのだろう。こうしたビラが仮に「不審な」中国人による犯罪を抑制するという「刑事政策的」効果をもったとしても、そのことがこのビラによる「外国人に対する人権侵害」を一般的に正当化しうるとはとうてい思えない。
差別は、個人の多様性や個性を無視して、ある劣位のグループに個人を押し込めた瞬間に生まれる。このことは女性の就職差別や人種差別でも同じである。これに対抗するには、例外的に優秀であればいいのかもしれない、「不審な」人物でなければいいのかもしれない。しかしそれだけでは、「外人」や「女性」といった劣位のグループを名指し、排除しようとする構造を崩すことはできない。私の怒りはその構造にこそ向けられる。