北九州市立男女共同参画センター 「ムーブ」 誌上講座2008年

 

1、今年はワーク・ライフ・バランス元年

 最近急に、「ワーク・ライフ・バランス」という言葉を聞くようになった。どういう背景があるのだろうか?なぜワーク・ライフ・バランスを目指さなければいけないのだろうか?ワーク・ライフ・バランスを実現すると、企業は儲かるのだろうか?4回の誌上講座では、そういった問いに答えていきたい。初回はまず、この言葉の政策的背景である。

 

 現在内閣府の共生社会政策統括官のもとに、「仕事と生活の調和推進室」という部局があり、これが国のワーク・ライフ・バランス政策の元締めとなっている。これが開設されたのは今年の1月のことだが、ワーク・ライフ・バランス政策には、前史とでも呼べるものがある。今回は話をそこから始めることとしよう。

 

 背景となる前史とは、少子化対策のことだ。これはいうまでもなく1990年の「1.57ショック」から始まる。1989年の合計特殊出生率がひのえうまで出生が少なかった1966年を下回ったことが、政府財界を巻き込んで大きな話題となったのである。

 

 これを受けて政府は94年に「エンゼルプラン」(1995~1999)を発表する。「家庭における子育てを基本とする」と唱いながらも、子育てと仕事の両立支援の推進をすすめることになった。また併せて「緊急保育対策等5カ年事業」が策定されており、0〜2歳児の保育所の整備などがすすめられる。さらにこの5年の間に、育児休業給付の実施(1995)、週40時間労働制(1997)などが制度化され、男女共同参画社会基本法も制定されている(1999)

 

 しかしこれらは少子化対策としては効果を見せず、95年から99年の間に出生率は1.42から1.34へと下がり続けた。それを受けて2000年から2004年の「新エンゼルプラン」が発表・実施される。従来からの保育施設充実の方針のほかに、ここでは男女共同参画の観点から、固定的な性別役割分業を問題視する視点も加わるようになった。

 

 さらに2001年に「待機児童ゼロ作戦」、2002年に「少子化対策プラスワン」が発表される。後者において初めて狭義の子育て支援から、「男性を含めた働き方の見直し」という視点が加わるようになり、現在のワーク・ライフ・バランスにつながる視角が登場する。ほかに2003年に次世代育成支援対策推進法ができて、301人以上の事業所に仕事と家庭の両立に関する雇用環境の整備について、行動計画の策定が義務づけられるようになり、同年には少子化社会対策基本法も制定されている。

 

 政策を羅列して述べたので、つまらないと思われたことだろう。興味深い点は二つ。一つ目は、これだけ政策を打ち出しても、出生率はまったく上向く気配を見せず、2000年に1.36と前年よりわずかに持ち直したものの、2005年には1.26にまで落ち込んだという事実である。一連の政策は連戦連敗だった。

 

  そして二つ目に、ワーク・ライフ・バランスが、いわばそうした連戦連敗の結果として、「子育て支援」というキーワードの行き詰まりから生まれてきた標語だという点である。つまり政府は、90年代前半に少子化に直面して、女性が子育てをしやすいように(しかも最初は家庭で)、という観点から政策をスタートさせ、2000年代になって、男性の働き方を見直す、というところまでたどり着いたということになる。

 

 2007年7月に内閣府の主導で「仕事と生活の調和推進官民トップ会議」が開かれ、12月には「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」及び「仕事と生活の調和推進のための行動指針」が制定される。共働きが増える中で、従来の性別役割分業では問題を解決できないこと、長時間労働に苦しむ人がいる一方で、正社員になれずに貧困にあえぐ人がいるという二極化が起きていること、などが指摘され、その解決のために、生活と調和のとれた働き方が提唱されるようになった。労働者の二極化の問題が含まれるようになったという点で、従来からの少子化対策の文脈からみると、新しい要素が加わっており、単なる少子化対策を越えた新たな政策課題だということになろう。

 

 冒頭に述べたように、今年内閣府に担当部局が新設され、政府では2008年をワーク・ライフ・バランス元年として、政策を推進する方針を明らかにしている。ワーク・ライフ・バランスとは「子育て支援」からスタートしながら、働く人すべての働き方へ、女の問題から男女の問題へ、と着眼点が推移した、現在の政府の重点政策なのである。

2、企業の社会的責任としてのワーク・ライフ・バランス
                                                               

  今回はワーク・ライフ・バランスを企業の社会的責任(CSR)という観点から考えてみよう。まずは次のたとえ話からはじめたい。

 

 植林をしない林業者と植林をする林業者が、自由市場で競争をしたとする。これは必ず植林をしない林業者が勝つ。当然だろう、相手が植林をしている間も伐採を続けられるので、樹一本にかかる工賃を安くできるからだ。しかし「市場原理」に任せてこれを放置すれば、30年ほどで日本中の山はハゲ山になり、私たちは保水力を失った山林からの大水害、というかたちで、30年間植林のコストを払ってこなかったことのツケを一度に払わされる。実は私たちは、植林をする林業者の高い樹を一本一本買うことで、30年後の大水害を防ぐ費用を積み立てていたのである。これは環境問題のイロハだ。高くても環境に優しい商品を買っていかなければ、環境は守れない。

 

 しかし今日は環境問題がテーマではない。ここで、植林をしない林業者を「男性労働者」、植林をする林業者を「女性労働者」、植林を「子育て」、と置き換えてみよう。なぜ企業が男ばかりを深夜まで働かせ続けるかがわかる。男たちは、あたかも背後に子どもや要介護老人はいないかのごとく働く。女たちは、育児休業を取り、復帰しても短時間勤務をし、さらに子どもが風邪のときには早退する。「植林のコスト」は女性労働者の肩にのみ加算されているように、企業からは見えるのだ。一方「植林をしない」男たちを雇い続けることで、企業は実は、次世代の育成に必要な植林のコストを、応分に負担していないことになる。

 

 植林のコストが支払われていないのだから、日本中がハゲ山化する。これが少子化である。労働力を安く使おうという一企業の「合理的」選択が累積することで、社会全体の再生産が危機に瀕するという巨大な「不合理」が生み出されているのである。

 

 この問題の解決のためには、男が家庭を顧みる時間を増やすことは不可欠だ。30代後半の家事関連時間が女性4時間57分、男性40分(社会生活基本調査2006年)というのは、もはや社会的に問題にせざるを得ない水準だろう。もちろん家事をしない男性をブタ箱に入れろと言いたいのではない。今のままでは企業は男性労働力を購入することで、植林のコストを回避できてしまう。男を雇っても女を雇っても、正社員だろうとパートだろうと、「労働力」という商品を消費する限り、植林のコストはついて回る。そう企業が認識しない限り、日本のハゲ山化は食い止められないのだ。

 

 だからこそ育児休業は、単に伸ばすのではなく、男性にしかとれない期間で伸ばす必要がある。「夫の産休」も制度化しよう。家族の誕生と死以上の大事件なんて、人生にそうそうあるものではない。だとしたら忌引きと同程度には、「夫の産休」も社会的に認知されるべきではないだろうか。「女が家庭に帰ればいい」と言う人もいるかも知れないが、仕事をしていない女性の潜在的な就業希望率は今でも高い。仕事と「植林」の両立は不可欠なのだ。 

 

 「だがこのグローバル化の時代に、企業にとって労務管理コストの圧縮は至上課題だ」。なるほど。それなら日本を捨てて海外に労働市場を求める以外にないだろう。厳しくなった環境規制を避けて、公害輸出で国外に出た企業とやっていることは同じである。労働力を単なる部品としか考えず、そのコストを限界まで切り詰めることができると見る発想からは、人間的な生活を保障する社会を構想することはできない。企業は労働力の大口の消費者であり、大量に消費するが故の社会的責任というものが生じる。企業が労働力の再生産を無視したような働き方を当然視すれば、ゆとりのある生活どころか、社会の存続自体が危うくなるのだ。

 

 他ならぬ男たちが、ワーク・ライフ・バランスの改善を求めて声を上げることが、変化への第一歩になるだろう。これは決して男の負担を増やす提案ではない。経済的な負担を少し女性にシェアしてもらい、その代わりに、子どもの成長を見守り、家族と時間を共有することができる。残業代をけちって名ばかりの「管理職」を作るようなハンバーガーチェーンには、その発想の持つ犯罪性を思い知ってもらわなければならない。 

 

3、ワーク・ライフ・バランスを進めるには?

 

 「仕事と生活のバランスをとりながら働きたい」。このことに反対する人はさほど多くはないだろう。だとすれば逆になぜワーク・ライフ・バランスの推進は、わざわざ政策課題になるほど難しいのだろうか?今回は男性を中心にそのことを考えてみよう。

 

 まずは現在の働く男性の意識からだ。2000年の「男女共同参画に関する世論調査」(内閣府)によると、仕事と家庭の優先順位について、30代の男性は「仕事専念+仕事優先」が47.1%に対して「仕事と家庭の両立+家庭を優先」は52.5%。40代の男性では同じく44.1%対52.7%といずれも仕事優先派よりも家庭を振り返ろうとする人たちの方が多数派になっている。50代以上では仕事優先派が多数だが、20代では仕事優先派は大きく減るので、将来的にも変化が予想される。

 

 一方2006年の「少子化と男女共同参画に関する意識調査」(内閣府)は希望と現実のズレを聞いている。仕事と家事とプライベートの3種類の優先順位を問うているので、少し複雑だが、25歳から44歳の既婚で働いている男性の中で、仕事のみの優先派は希望としてはわずかに2.3%にすぎないのに、現実は51.2%が「仕事優先」と答えている。希望で一番多い「仕事・家事・プライベートの両立」(32.0%)は、現実にはわずか7.8%である。

 

 確かに実態として、日本の男性労働者はますます長時間働いている。労働力調査にみる週労働時間60時間以上の雇用者の比率は1993年には各年代で2割を超えなかったのに、その後長時間労働の層が増大して、2004年には20代後半から40代前半まで2割を超える。これは平日毎日4時間以上残業していることになる。労働政策研究・研修機構の2005年の調査でも月間労働時間で240時間から300時間(所定内が160時間なので、一日あたりで4時間以上)の層が男性の22.5%を占めるので、働き盛りの男性の2割が、毎日4時間以上残業しているというのは、どうやら確かなことのようだ。一日4時間といえば、18時に終わる人が22時まで毎日働くわけで、この状態が何ヶ月か続くと過労死の原因となる脳・心臓疾患の危険が高まるといわれている。

 

 仕事を最優先したい男性などほとんどいないのに、多くの男性が仕事を最優先しなければいけない毎日を生きている。どうすればこの異常な事態は改善できるのだろうか?

 

 残業代目当てで働く人を減らすためにも、時間管理を自分でできるようにする裁量労働制を拡大すべきだという主張がある。いわゆるホワイトカラーエグゼンプションである。しかし小倉一哉氏(『エンドレス・ワーカーズ』)の指摘によれば、残業をする理由(複数回答)で「残業手当」を上げた人はわずか5%程度。ホワイトカラーエグゼンプションの拡大は、労働者の側に労働時間を短くしようという誘因を与える一方で、企業の側に労働者をただで長時間使おうという誘因を与えることになる。労働者が本当に自分で時間管理ができる場合を除いて、現状ではこの制度は、労働時間をさらに長くする可能性が高い。これはマクドナルドの「肩書きだけ店長」の事案を見れば明らかである。

 

 企業の側に時短のインセンティヴを与えるにはどうすればいいのだろう。いいかえれば「残業をさせない方が企業にとって得になる」という仕組みはどうすればできるのだろう。その一つはまず生産性を労働者1人あたりではなく、1時間あたりで考えることである。1人あたりの生産性という計算だと、長く働くことは生産性を上げる可能性がある。しかし毎日同じ人が何時間も残業することは、どう考えても1時間あたりでは生産性は落ちる。

 

  そして時間あたりの生産性を上げる逆説的な手段は、小倉氏も指摘するように、残業手当の割増率を大幅に上げることである。日本のように残業手当の割増率(25%)が低いと企業は、新たな労働者を一人雇うよりも、既存の労働者に長く働かせようとする。これに対して残業の割増率がヨーロッパのように(多くの場合50%)高くなれば、企業は残業よりも新たな労働者を雇用することで、時間あたりの生産性をあげようとする。そしてこれは正社員の賃下げをしやすくすることとセットにせざるを得ない。人員過剰時には待遇切り下げをできるようにしないと、企業は閑散期にあわせて人をとり、繁忙期にはその人たちに過酷な残業を強いて乗り切ろうとするからである。

*これについては、2008年末に、月60時間以上については、五割増とする労基法改正が可決され、2011年4月から施行される予定である。

 

 ワーク・ライフ・バランスの実現に向けては、日本の賃金制度や労働環境の大きな変化が必要となるのだ。


4 ワーク・ライフ・バランスって儲かりまっか?

 この誌上講座では、ワーク・ライフ・バランス(WLB)について、その政策的背景、企業の社会的側面(CSR)としての重要性、男性労働者の視点、などから論じてきた。最終回はCSRとはさしあたり別に、それが企業にとってメリットになるのかを考えてみたい。

 そもそもWLBが「儲かる」のなら、わざわざ推進しなくとも、すぐに普及をするはずだ。費用対効果が自明ではないからこそ、こうした論点が「論点」たり得る。普及を急ぐにはどうも企業の自主性に任せるだけではうまくいかない。その辺がやっかいなのだ。

 まず背景として明らかに指摘しうることは、これから先、労働力が大幅に不足していくことが予測されている状況で、女性を含むさまざまな労働者の潜在能力を充分に活用しない、というのは企業にとっても、社会にとっても大きな損失である。その意味で、女性労働力の活用を含め、多様な労働力に力を発揮してもらう環境を整える(ダイヴァーシティ)という視点は、WLBを進める上での大前提となる。

 その上で、もう少し個々の労働者に即してみてみよう。内閣府の「少子化と男女共同参画に関する意識調査」では「子育てしやすい(以下子育て)」「女性を男性と同じように処遇する(以下均等)」職場だと思う人に、仕事への満足度を問うている。「子育て○、均等○」の組み合わせでは、既婚女性の69.9%が満足度があると応える。「子育て×、均等×」では既婚女性で満足度が34.0%に過ぎないので、2倍の開きがある。興味深いことはこの傾向が、一見子育てに関係ない層でも見られることである。独身男性でも「子育て×、均等×」では24.2%にとどまるものが、「子育て○、均等○」では52.8%に跳ね上がる。既婚男性でも30.3%対56.0%で、この傾向は変わらない。独身女性の場合は、「子育て×、均等○」の組み合わせが45.3%になり、「子育て○、均等×」(33.3%)を上回る。しかし「子育て○、均等○」が62.4%、「子育て×、均等×」が29.7%と2倍開くことは変わらない。

 同じ調査では、満足度以外に「仕事への意欲」を問うている。「今の仕事に目的意識を持って、積極的に取り組んでいますか?」という問いへの回答だ。やはり「○・○」のパターンで、男女とも、既婚・未婚を問わず高くなり、「×・×」では40〜57%の「意欲」が63〜73%に上昇する。

 「儲かりまっか?」という問いに対しては、「両立支援のあるところでは従業員の職場への満足度を上げ、やる気を引き出している」ということははっきり答えられる。このほか管理者対象の調査でも、両立支援制度を職場に導入することは、「仕事の進め方について職場内で見直すきっかけになった」など、肯定的に評価する方が、否定的に評価する比率より高い。もっとも厳密にいうと、そもそも職場環境のよい企業だから、満足度も意欲も両立支援も進んでいる、という可能性は排除はできない。ただWLBは決してコストではなく、会社にとってメリットのありうるものであることがわかる。

 そんなにメリットがあるのに、なぜ普及をしないのか?それはWLBが従業員の採用や意欲を通じて、ある程度の時間をもって企業に影響を及ぼすものであって、たとえばOA化のように短期的に目に見える形で職場に利益が還元されないからであろう。逆に言えば、「中期的にメリット」「長期的に不可欠」であることを行政が広報し続けることは重要だし、労働者が職場を選ぶ際にWLBを重要な指標として考慮することが重要だろう。社会全体として労働条件を整える観点からWLBを推進する大陸ヨーロッパと、優秀な労働者を採用するための、企業の人力資源確保の観点から推進されるアメリカとの、WLBに対するアプローチの違いがこのあたりにある。

 最後に一点だけ、さきの調査に即して重要なことを付け加えておきたい。WLB(=この場合、両立支援)はもちろん重要なのだが、これとは別の軸として、「均等待遇」が不可欠だということだ。「両立支援はあっても均等待遇のない企業」とは子供を持つ女性を二流の労働力として「お母さん社員向けの処遇」を用意するような会社、「均等待遇はあっても両立支援のない会社」とは、男女ともが夜中まで働くような会社である。このいずれが中心になっても、持続可能な社会は構想できない。WLBは女だけの問題ではなく、両性の平等と不可分であり、男女共同参画の視点の欠けたWLBはありえない。その意味でWLBは、これからの男女共同参画行政の重要な一翼なのである。