UFJ総研情報誌 連載文

 男の育児と少子化の関係?
 いまどきの若いモンは

 役に立たない大学を目指す
 間違いの向こうに見えるもの
 先生がいかれる?

 キリキリ舞いの日々

 

 男の育児と少子化の関係?

 「パパ(育児が)イヤなんて許されませんよ!」ポーズをとる振り付け師パパイヤ鈴木を、愛娘が見上げている。厚労省が昨秋作ったポスターだ。私はとぼけた雰囲気が気に入って、研究室の扉に貼っている。

 厚労省は男性の育児休暇取得を10%まで引き上げるとの目標を示している。現在は1%にも満たない状況なので、目標達成は最初から「?」という感じだが、これは決してとりたい人がとればいいといった次元の話ではない。個人の生活に介入するものだといった批判もあるが、現状のような極端な不均衡は、個人の自由を越えて問題とされるべきなのだ。

 なぜ個人の自由ではだめなのか?林業者の例えで考えるとわかりやすい。いま日本中に二種類の林業者がいるとしよう。片方の林業者は植林をすすめながら出荷をする。もう一方は植林をせずにとにかく木を伐り倒して出荷するだけ。こうすると植林をしない業者はその分の手間を木を伐る方に回せるので1日に切り出せる木材が多くなり、その分木材が安い。市場の自由に任せると、買い手が安さにつられて、植林をしない業者の木ばかり買い、植林をする業者は淘汰され、結果として日本中がはげ山になってしまうのだ。子育ては植林であり、男性の働き方はまさにこの植林しない業者と同じだ。男中心の長時間労働の職場では女性は排除され、植林もできず、少子化(=はげ山化)が起きているのだ。植林をしながら働ける環境整備は急務である。


 長期の休暇が無理ならまずは五日間でもいいから夫も「産休」をとれるようにしたい。どんなに忙しい職場でも、親の葬式で仕事を休んで文句を言われることはまずないだろう。家族の死と誕生以上の大事件など人生にそうはないとすれば、家族が生まれる瞬間に仕事を休むことは、忌引と同程度には当たり前であってもいいはずだ。

 そんなことはない、高度成長期は男の職場でうまくいった、と思われるかもしれない。専業主婦が家のことを全部やっていたからだ。だが共働きの時代に、夫婦で夜遅くまで働いていたら子育てなどできるわけがない。逆にだからこそ「女は家へ帰れ」との主張もあるのだが、まさか法律で規制できるわけでもなし、働く女性が大きく減ることはない。だとすると働く女性に不利な政策をとれば、結局その人たちが子育てをしにくくなり、少子化はさらに進むだけである。ヨーロッパでも子育ての社会化の進んでいないイタリア、スペインなどで、出生率が低くなっており、男女が働きながら自然に子育てができる環境整備の不可欠なことは、もはや論を俟たない。


 この不景気に休暇の増加などとんでもない、という経営者も多いだろう。それなら賃金を下げて人を増やし、時短をすすめればいい。ついでに配偶者手当も廃止して、その分でパートの待遇を改善するといいだろう。正社員とパートの格差を小さくするのだ。これに毎日が日曜日の年金生活者をパートで雇えば、土日も操業ができ、回転が上がる。女性も高齢者も、優秀な人材が余っているから、必ず活用できる場所はあるはずだ。とにかく今のままの男性中心、長時間労働の職場では、日本全体がはげ山になるのである。つまり「長時間労働に耐えられる男性労働者を採用したい」という「合理的な」個々の企業主の判断が、社会的に累積することで、子育てのできない社会を作り上げ、社会の存続そのものを危機に陥れているのだ。


 家計の側から見ると、収入の減る分は共働きで乗り切らざるを得ない。賃下げの中で夫の収入のみに頼ることは、夫を残業に駆りたてることに等しい。夫が残業をするより、早く帰って家事を分担し、その分妻がフルタイムで働いた方が、家計はずっと楽になるはずだ。そしてそうやって共稼ぎの夫婦が自然に子育てができる社会を作らなければ、日本中が「はげ山」になるのであり、1・33という異常な低出生率は、まさにそれに対する警告信号である。仕事と家庭の両立は、女ではなく男の、そして日本の大問題なのだ。とこんな高尚なことを考えて、毎日保育園の送迎や食事の準備をするのだが、おかげで研究のペースはがた落ちだ。残念ながらもうノーベル賞には手が届きそうにない(笑)。


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 いまどきの若いモンは


 「このCDコピーしたい人?」大学では専門以外に中国語も教えているのだが、授業の年度最終回には、いつも日本の歌の中国語版を歌えるまで練習する。中国語圏でヒットしたものを選び、中国語はものにならなくても、とりあえずカラオケの芸として使えるようになってくれれば、との考えからだ。


 定期試験の直後に歌詞を見ずに歌ったら、テストに加点すると宣言しているので、毎回コピーの希望者がおり、女子学生が二人で振りつきで歌ってくれたこともある。

 サントリーウーロン茶のコマーシャルに始まり、いろいろ曲を変えてやってきた。長渕剛、中島みゆき、サザンオールスターズ……。いろんなものが中国語圏でヒットしており、日本の大衆文化がアジアの中でそれなりの競争力を持っていることがよくわかる。今年は少し古いが宇多田ヒカルのAutomaticの中国語ヴァージョンを使うことにした。日本にも進出しているKelly Chanが歌い、台湾・香港で大ヒットしたものだ。


 赴任以来わずか九年なのに、歌にあわせてコピーの方式も劇的に変化した。最初は原曲もカセットテープだったので、テープからテープへのダビング機を使った。その後は台湾でもCDが標準となり、CDからテープへ。ところが二、三年前から学生さんが「カセット持ってないんです」というようになった。最初は驚いたが、確かにいまどきCDラジカセなど若い人は買わない。みんなMDを使うらしい。なのでCDからMDへ。パソコンが普及してCD-Rが当たり前になると、パソコンでCDごとコピーする学生も増えた。これにも驚いたが、最近はコピープロテクトなどもあり、あまりやらないようだ。


 さて今回。学生さんが一人、ノートパソコンを持って近寄ってきた。CD-Rに焼くのかと思っていたら、「いや、MP3に落としてアップすればいいでしょ、先生」「え、どないするって?」「いやだからファイルにしてアップすれば・・・・」と説明するのももどかしそうに、彼は作業を始めた。


 パソコンにCDをいれて曲を演奏するソフトにかけると、MP3という形式のファイルに変換することができる。それをいったんパソコンに取り込んだ。

 「へぇ〜!、なるほどそれをクラスのみんなにEメールの添付ファイルで送ればええんや。」「いやぁそれじゃ、大きなファイルをいらない人にまで送っちゃいますからね。あった、あった。」と彼は次に鞄からPCカードを取りだす。PHSがパソコンのカード型になったもので、どこでも高速でインターネットに接続できる。「これでアップしちゃえばいいんですよ。」と彼はインターネット上の掲示板サイトにアクセスし、そこにさっきのファイルを貼り付けた。「これでクラスのやつがここからダウンロードするんです。」


 「はぁ!」と絶句。パソコンを取り出してから作業が終わるまでものの十分ほどだった。こちらは狐につままれたような気分だったが、たしかにこれで希望の学生がそのサイトにアクセスするだけで曲を手に入れられる。厳密に言うと著作権法に触れる可能性が高いが、まぁ中国語のCDなんて日本ではほとんど手に入らないし、教育目的でクラスの中だけのコピーなので、大目に見ていただこう。それよりなにより歌のコピーもここまできたのか、と感慨深かった。つい数年前ダビング機で延々コピーをしたあの苦労は何だったんだろう。


 若い人は勉強をしていない、と安直な批判をする人たちがいる。そんな批判は明治の昔からずっとあり、自分の時代を標準において発せられる年寄りのたわごとだ。私自身は決して言うまいと思っていたが、それでも時折、「最近の学生さんはそういうのも読まへんの?」なんて口を滑らせることがある。しかしこのコンピュータ技術への適応力を考えると、興味を持つ内容が違うだけで、我々の世代が知らないことを山ほど吸収していることがよくわかる。むしろ時代に乗り遅れているのはこちらのほうであり、そのうち私には曲のコピーの仕方もわからない時代がくるのかもしれない。


 柄にもなく、いまどきの若いモンはすごい、と感心してしまった。

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  役に立たない大学を目指す

 「『万物は水である』ってなんで哲学史の教科書に載ってるかわかるか?」私は別に哲学が専門ではないが、ときどき講義の雑談でこんな質問をしてみる。「だいたいな、万物が水でないことなんて君らはようわかっとるやろ。僕がここで『万物はチョークである』ってゆうても教科書には載らへんのに、なんで『万物は水である』は二千数百年経っても教科書に載ってるかわかるか?」さらに「こういう言葉の意味がわかるっていうのが大学に行くことの意味なんや」と追い打ちをかけると、たいがいの学生は顔を上げる。


 「万物は水である」とは紀元前五八〇年頃のギリシアの哲学者タレスの言葉である。こんな「荒唐無稽な」言葉が現代のわれわれに対して持つ意味を理解できるか、と問いたかったのだ。


 もちろん万物は「水」か否かが重要なのではない。問題はこれが万物を、統一的な原理で説明してみせようとする人間の世界把握の始まりだったという点にある。世界を神々の仕業ではなく、事物の関係として統一的に捉えようという視点は、まさに科学や哲学の始まりというべきものである。つまり「万物は○○である」と最初に思いついたのだ。そして西洋近代科学の歴史はまさにこの発想に基づいて、万物の根源を粒子に求め、分子から原子、原子から素粒子へと細かくしていった歴史である。ノーベル賞を取った小柴先生のニュートリノ理論も簡単に言えばその延長線上の作業だ。


 そして分子から原子を発見することはもちろん科学史に残る大業績だが、それは所詮レールを同じ方向へと伸ばしているのであって、「万物は水である」と最初にレールの方向を定めた人間は、それより数倍「えらい」のだ。


 「だから大学は役に立つことばっかりやらんでもいいんや」と私はまた学生さんを挑発する。大学は既存のルールを学ぶための場所ではない。社会に出てすぐに役に立つような知識なんて、多くの場合二、三〇年で役に立たなくなる。(その役に立たない知識を振り回して、優秀な若手を困らせる無能な上司はどの会社にもいる。)長期的に本当に役に立つのは、社会が新しいルールを必要とするときに、それを生み出していく能力だ。これには社会を一度外から見て相対化するという経験が不可欠である。


 大学は世の中とは違う論理で動く。世間に通用するかどうかだけが絶対的基準なのではなく、論理的に正しいかどうか、歴史的にどう位置づけられるか、といったことがさまざまな研究の中で示される。四年間の大学生活は、ちょうど僧侶の修行の期間のように、「俗世間」を離れる時間となる。木を見て森を見ず、ということわざに照らせば、まさに森を一歩出て外から観察する期間なのだ。大半の人たちは卒業を経て「還俗」する。でもその人たちにこそ、この「森の外」の経験は貴重なのだ。


 「だからな、『こいつの万葉集の研究が世の中の何の役に立つんかはさっぱりわからんけど、こいつが必死になって万葉集を研究してることだけはようわかった』なんていう講義、これこそ大学なんや」「万物は水」という発想の希有壮大さや「役に立たない」万葉集のおもしろさをを知ることは、必ずその人の人生の中で、思考の余裕となって「役に立つ」。大学の意味というのは、一義的にはそういう人類の知の遺産をきちんと管理し、後代に伝えていく博物館のようなものであっていいと思う。


 象牙の塔でいいとか、役に立つ研究は不要だとかいいたいのではもちろんない。ただ大学にしかできないのは、この博物館としての機能であり、これがなくなれば技術を学ぶ専門学校と同じなのだ。


 よい博物館であるためには、学芸員がものの善し悪しをきちんと伝えられなければいけない。万葉集のおもしろさを伝えるには、専門的なトレーニングと伝える心が必要だ。それなしでは単なるカルチャーセンターになる。役に立たないけどおもろい大学。そんな教養教育のおもしろさを伝えられる今の職場を私は結構気に入っている。

 

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   間違いの向こうに見えるもの

 三年前にアメリカで子どもが生まれた後のこと、加入した医療保険によって支払われるはずの出産費用が延々と請求され続けた。百万円を超えるような請求書が来るだけでも気分が悪いのに、「これは保険の対象だ」と保険の番号を書いて送っても、また請求書が来る。最後には弁護士から通知が行くぞ、といった厳しい文面のものが来て、どうしてよいのかわからず、保険の契約をした大学の事務所を訪ねた。同じ問題で何度も相談に行ったので、担当の女性は親身になってくれ、あちこちに電話をかけて、問題を解決してくれた。どうやら原因は、コンピュータ上で連れあいの姓名が逆に入力されていたためらしい。


 まぁ結果としてはちゃんと保険で払われたのだからたいしたことないと言えばそれまでだが、アメリカで暮らしているとこの手のことにはしょっちゅう遭遇する。そしてこれはいちいち慣れない外国語で抗議の電話をしなければならない人間にとっては、少なからぬストレスだった。日本で電話代の請求が間違っていたら新聞沙汰だろうが、アメリカでは日常茶飯事だ。だから口座引き落としが普及せず、明細を確認してから小切手を送るということになる。最終チェックを顧客に任せることでコストは下がり、その分料金を安くできるのだから合理的だともいえるが、少々高くてもいいから請求書くらい間違いのないものを送ってくれよ、という気にもなる。


 一般的に言って、アメリカのいろんな窓口の事務能力はあまり高くない。トラブルがあっても、「私にはわからない」という以上のことは言ってくれない。ただ中には必ず優秀な人がいて、その人と話すと話が見えてくる。三〇年ほど前にアメリカで暮らした時にも似たような経験をし、ここは日本より発達した先進国なんだろうか、と小学生なりに疑問に思ったことを憶えている。


 ただアメリカがたいへん優れているのは、システムとしての間違いのカバーの仕方である。「変なことをする人は必ずいる」ということを前提にして、少々変なことをする人がいても、とんでもないことが起きたりはしないようにする、フェールセーフの発想が大変しっかりしている。個々の人間の努力に過剰に依存することなく、システムを機能させようとする発想は大変合理的だ。


 先の大統領選挙で、延々と票を再集計した事件をご記憶の方も多いだろう。日本ならすぐに手集計で完全に再計算できると思うのだろうが、アメリカでの議論は必ずしもそうではなかった。人が数えたら必ず間違える、機械も間違いがあるが、人よりは少ないのだから、手集計は必要ない、といった議論が堂々となされるのだ。日本の選挙はほとんど手で数えているので、「人が数えたら間違いはある」などという発言は大問題になる。しかし考えてみれば、統一地方選挙で全国の議員・首長の票を数えるのに、間違いがないわけがない。そこで責任を間違えた人のみに押しつけては、システムは改善されないし、さらには間違いの隠蔽につながる虞を持つ。


 労働者の均質性が高い日本社会では、人は間違わないことが要求され、緊張度の高い仕事をこなすことになる。アメリカでは人は間違える、という前提に立ち、末端の作業者には多くを期待せず、分業を徹底して、簡単な仕事は大変安い賃金で任せる。そしてそういう人はそれだけの仕事しかしない。そのかわり少々変なことが起きても、システムとして致命的なことが起きないようにしている。確かに列車が千キロも走って一分と狂わず終着駅に着くのは世界で日本くらいだ。ただよけいなコストをかけてその一分に固執する必要はない、という合理性もあり得るのだろう。


 これだけなら制度としてはたがいに一長一短ということになる。ただこれでは日本企業のように、勤勉で密度の高い仕事をこなす労働者が多い社会で、どうして労働生産性がかくも低いのかが、説明できない。輸出関連の部門などでは、充分に競争力があるのだから、間接部門などで無駄な会議のような意味のない仕事に高い賃金が払われている、ということなのだろうか。ミスをしないことを要求され、人が過労死するほど働く社会で、多くの人が無駄な仕事をしているのだとしたら、これは冗談にならない。

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  先生がいかれる?

 大学生の頃、長期休暇中にお金が足りなくなり、とりあえず関西の実家まで帰ることにしたときのこと。引っ越しのバイトで旅費を稼ぐのだが、時給は500円。一日中働いてようやく学割の乗車券が買えた。新幹線なら3時間だが在来線だと9時間かかる。しかしこのうえ新幹線に乗るには、さらに9時間もよけいに働かなければならない。9時間もよ余分に働いて、6時間速い乗り物に乗るのは馬鹿げている。それ以来学部の4年間、一度も新幹線で帰省することはなかった。

 東海道線の各駅停車を昼間乗り継いで帰るのが好きだった。文庫本を持って4人がけの座席に座っていると、どんどん言葉が入れ替わっていく。湘南の浜言葉から静岡の言葉へ、次に浜松と豊橋の間で急に変わる。しばらく「みゃーみゃー」が耳についた後、関ヶ原を越えると慣れ親しんだ関西弁が聞こえ始める。「やっと帰ってきた」とほっとする瞬間だ。東京のアクセントでも充分にしゃべれるようになっていた私は、関ヶ原をすぎると後頭部にあるスイッチを関西弁に切り替えた。関西に「上京」して昔の友人に東京方言でしゃべろうもんなら、どんな目に遭うかわからない。


 そして私は、「標準語」なるものにいささか疑問を感じるようになっていた。「標準」といってもそれは単に東京の「方言」ではないのか。自分は東京に出てきて、言葉を奪われたのではなかったか?


 中学の国語の時間に、はじめて「ら抜き言葉」について習ったときのことを思い出す。五段活用動詞には対応する可能動詞(「行く」に対する「行ける」)があるが、上一段(着る)・下一段(投げる)には可能動詞ではなく、助動詞「られる」を用いる、というのが、「標準」的な日本語文法の説明だった。「着れる」のような「ら抜き言葉」は「行ける」のような可能動詞表現が、上一段動詞「着る」に対してまで拡大されたもので、「着られる」が正しいとされるのだ。


 優等生だった私は、国語教師の説明をとりあえず受け入れて理解したのだが、それから数年の後、東海道の各駅停車を乗り継ぎながら、その説明にある種の疑問を抱くようになっていた。助動詞「れる・られる」は、可能・自発・受け身・尊敬の意味を持ち、五段活用動詞には「れる」、上一段・下一段活用動詞には「られる」がつくと、教わったのだが、「なんかちゃうぞ!」と思い始めたのだ。


 「渋谷まで10分で行かれるよ」、東京に来た私は、この表現にとても驚いた。確かに文法的には、五段動詞の「行く」に「れる」がつくことは構わないのだが、関西ではこれは絶対に「行ける」。五段動詞の可能表現に「動詞+れる」を用いることはありえない。関西では「れる・られる」は受け身の意味で使われるのが中心で、可能はら抜き言葉を含めて、可能動詞を使うことが多い。「着れる」「食べれる」は、関東よりはるかによく使われるのだ。


 そして尊敬は「〜しはる」。東京に来て一番不自由に思ったのは、「はる」が表現できないことだ。尊敬しながら、親しみを表す「しはる」の距離感。これを奪われると相手との関係をうまく表せないのだ。たとえば指導教官は「行かれる」ではなく、「行きはる」でないと私の親近感が表せない。「先生がいかれる」なんて、頭がおかしくなったときに使う言葉なのだ。


 それでもまだ関西人は恵まれている。なんせ「僕ら、これが標準語や思てますぅ」と言っていれば許されるのだ。講義は必ず関西弁にしているのだが、それはその方が学生さんがよく聞いてくれるから。吉本のおかげで、まじめにしゃべっても漫才に聞こえるらしい。さんまさん、ほんまにおおきに。


 その一方で方言を笑う人たちがいる。もしくは笑われまいと必死に直す人たちがいる。ゼミの飲み会では、時折「母国語使用」と言って、お国言葉でお互いにしゃべらせるのだが、爆笑の渦になる。そしてこうすると首都圏の学生は何の芸もできない。私も関西弁でしゃべるようにしてから、昔のようにぽんぽんと冗談が出て、リラックスできるようになった。東北や九州の人が、笑いながら「方言」をしゃべるという風景、もう少し当たり前になっていいはずなのだが。 


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  キリキリ舞いの日々

 台所で夕食の支度をしていたら、突然涙があふれてきた。別にタマネギを切っていたのではない。恐怖感に襲われて、とりあえずガスの火を止め、その場に座り込んだ。毎年私は梅雨の走りの頃、体調が悪くなるのだが、今年は体だけでなく、神経の方まで来てしまったみたいだ。うつ病だ。


 とにかく布団から起きあがれない。まるで骨が水飴になったような感じで、全身に力が入らない。マラソンの翌日のような倦怠感が連日続き、自転車も車も運転できず、パソコンも開けなくなった。


 まずは仕事を断らなければいけない。といっても授業で学生さんに迷惑をかけるのは申し訳ない。その前に断れるものを探す。会議は体調不良で欠席とし、講演や原稿の依頼などもとりあえずなるべく断る。しかしこれがなかなか大変だ。だいたいファックスやメールを送ること自体がおっくうで、もたもたしていると、次から次へと催促が来て、よけいに追いつめられるのだ。


 仕事の要求に自分の能力が追いつかないときどうすればよいか。答えは二つしかない。一つはがんばって能力を向上させること、もう一つはあきらめて仕事をレベルを落とすこと。


 元気なときならがんばるのもよいことなのだが、この状態でエンジンの出力をあげようとしたら、飛行機はコントロールを失って墜落してしまう。

 子どもが生まれ、保育所の送迎や夕食の準備に追われるようになり、自分の時間がとれなくなった。ジェンダー論という分野を志したのだから、育児に積極的に関わることは、望むところなのだが、その分研究は進まなくなった。雑文のたぐいしか書けなくなり、何をしてるんだろうと考えているうちに、この落ち込みがやってきたのだ。


 ストレスから自然と酒の量が増えていたのだが、それも症状を悪化させたらしい。「このまま続けるとアルコール依存になりますよ」と医者に諭された。そういえば私の指導教官もうつ病に悩み、最後は46歳の若さで癌でなくなった。不惑を迎えた私は、もう最初に彼に出会った頃の彼の年齢に達している。今になると彼の抱えていたであろう重圧や闇がわかるような気がする。


 子どものことは言い訳なのかもしれない。研究のペースが落ちる時期にさしかかり、それを子どものせいにしているだけのような気もする。ただ自分で折り合いがつけられず、キリキリ舞いする飛行機を操縦しているような気分だった。


 「安定着陸してますよ、いい仕事をされているじゃないですか」知り合いの女性記者にそう言われ、泣いてしまった。「男の子なんだから、泣くんじゃない」そういえば泣き虫だった私は、小さい頃父からよくそう怒られた。まぁでも泣くことで体を守れるのなら、今は弱さをさらけ出すしかない。


 うつ病は自殺以外で死ぬことはまずない。ところが日本は世界の自殺大国で、年間約3万人が命を落とす。交通事故死者数の約4倍、その7割が男性だ。自殺はもともと高齢者が病気を苦に、というのが多いのだが、近年の特徴は40代や50代の働き盛りの男性が、リストラなどを契機に命を絶つこと。この年齢層では自殺の約8割が男性だ。DV(配偶者への暴力)が男性性による女性への危害だとすれば、中年男性の自殺は、男性自らが男性性の被害者となっているに等しい。自殺のデータは男が文字通り自らの首を絞めている状況を表しているのだ。


 生活は苦しくても、今の日本で体さえ健康なら飢え死にをすることはまずない。「俺の稼ぎではムリだから、一緒に支えてくれ」と妻に話せたら、ローン返済のために自ら命を絶つ必要などなかったのではないか。


 「ファイト!一発!」うつの症状が出てから、ドリンク剤のCMを見ると、背筋が寒くなるようになった。「愛情一本」というのなら、ドリンク剤ではなく休養がほしい。がんばって、ではなく、ゆっくり休んでねと言われたい。無理をせず、身の丈にあった、がんばらない生き方を学習すること。はからずも自分自身が、そんな日本男性の課題を抱えることとなってしまった。

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