| 大学3年生・春の山行(北海道スノーワンデリング) |
| 夏合宿が終わり、最大のイベントをやり終えた充実感と、終わってしまった虚無感でしばらく山へは行かなかった。事実上3年生は引退のようなものである。しかし、まだ引退できないことが残っていた。それは3年生から次期部長を輩出しなければならないのだ。運営委員会9名の内、部長・副部長・運営委員1名を3年生から出さなければいけない。この3名は4年生の10月まで、責任ある立場として部を運営していかなければならない。 誰が部長をやるのか。当然夏合宿のリーダーを経験した4人の中から選ぶのが順当だ。役割分担というふうに考えれば、リーダーを途中交代した人間がやる方法もある。同学年の男子部員の中で牽制し合っていた。bSのリーダーは別のサークルの部長になっていたので出来ないと言う。(逃げたな)bQのリーダーは春山合宿のリーダー候補で無理。bPとbRのリーダーのどちらかがやるしかないようだ。(ちなみに私はbR)副部長である私が部長になるしかないようだ。あきらめの境地と唯一夏合宿を完走に導いた自信とで、自分がやると言ってしまった。 10月の総会で承認されて、1年間、その頃は60名に減ってはいたが、それでもそれなりに大きな部の部長としての重責が始まった。部長としての最大の任務はあがってくる部山行計画を承認するかどうかの判断をすること。もちろん判断は部長一人がするのではなく、運営委員会の合議で決まる。部長が反対しても他の委員が賛成すれば承認される。建前としてはそうではあるが、自分がダメだと思う山行を承認させるわけにはいかない。そういう場合は承認の決議をせずに突き返すことになる。結局、K前部長がやっと同じようにワンマンになってしまう。 私はその時思った。全責任を負うであろう部長とそうでない委員が同じ一票というのはおかしくないかい、ということ。アメリカの大統領には拒否権があるのだから、部長にも拒否権があってもいいのでは。議事運営の権限が部長にあるようなものなので、結果的に拒否権を発動していたようなものではあったのだが。たった1年の違いとはいえ、夏合宿のリーダーなどを経験した前と後では、1学年下のあげてくる山行計画のずさんさが、見えてしまうもので、ある程度壁になってやらなければ、甘い考えのまま山に行くことになってしまうのである。 ひとつ下の学年があげてくる来年の夏合宿は南アルプス。リーダーは4人。この学年は人数も多く、個性的でパワフルな人間ばかりで、それでもって行け行けどんどんのようなところがあって、甘いところ見せると調子にのってしまう。こちらの壁としての役割が一層重要であると考えるようになっていった。 3年の春休み。春の山行に私は、北海道スノーワンデリングを計画した。ここ数年、春の山行は沖縄が定番になっていた。この年も2年生リーダーによる西表島が計画された。春の山行に北海道、それも3年生リーダーというのは異例のことだった。それも自分が部長をやっていて、部山行のリーダーになるのも異例のことだろう。私としては春山旧人でないと雪のある所に行けない状況で、山以外で雪と触れ合う機会がほしかったのだ。 しかし、南の島ほど人気はなく4名で北海道スノーワンデリングを行うこととなった。 |
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