大学4年生・部長
 大学4年になり、新学期。また新入部員が入ってくる季節である。なぜか、この年の新人にある病が流行った。(病気とは違うのだが)それはザック麻痺。ザック麻痺とはザックのショルダーベルトで締め付けられて腕が麻痺する(しびれる)こと。これが一時的ならわかるのだが、山から降りてきても麻痺が残り、日常生活にまで支障をきたした。まず最初の部山行、5月連休で何人か(正確には覚えてはいないが、複数人)がなった。先輩からザックのショルダーベルトの位置をときどき変えてやらないとザック麻痺になるよ、とは聞いていたが、実際になった人はいなっかた。それがこの年になって急に増えた。もう4年生になっていたので、気持ち的には、今の若いものはどうなっているんだ、ひ弱だな、という感想だった。しかしこのことが、夏合宿のパーティーを1つ潰すことにまで発展するとは、思ってもみなかった。

 この年の夏合宿は南アルプス。3年生も2年生もそれなりに人数がいたので、4パーティーで編成を組んで、計画を進めてきた。新入部員はそれ程多くはなかったが、なんとか4パーティーでメンバーを割り振り、準備会に突入した。しかし、この新人のザック麻痺で、夏合宿に参加できない者がでた。ザック麻痺以外にも体力に問題がありそうなメンバーもあり、やめていく者も多くいた。そもそも曲がりなりにも、山に登ろうという部に入った者がこんなに体力がないのは、おかしくないか。昔の自分のことは棚に上げて、本当に今の若者は、と言いたかった。

 すでに夏合宿の準備も中盤を迎えた6月、ついにbRの新人は1人になってしまった。新人1人で長期の夏合宿を行うのは無理である。結論としてはそのパーティーを解散させて、他のパーティーに割り振るしかない。今までも夏合宿のパーティーを潰したことはあった。我々が1年生の時の夏合宿も新人が思ったよりも少なくて、5パーティーを4パーティーに減らしたらしい。しかし、それは新人を割り振る前のことで、今回のように1ヶ月後に本番を控えての解散は前代未聞かもしれない。

 結論は解散しかないのではあるが、その最終判断を下すのは、部長である私の役目だった。特に、昨年の秋から準備をしていたリーダーの気持ちを思うと、つらい選択だった。しかし、判断を遅らせれば、それだけその後が大変になる。運営委員会でbRのパーティーの解散を決めた。bRのメンバーを他の3パーティーに振り分け、bRのリーダーは平メンバーになった。bRは欠番とした。

 そして迎えた夏合宿本番。もちろん私は下界で待機。もし何かあった時は遭難対策本部を立ち上げなければならない。実はこの夏合宿の3パーティーが完走したかとか、よく覚えていない。(実際に自分が山に行かないと、こうも記憶に残らないものなのかと思うが)ただ、何度か山小屋から私の所に電話連絡があったことは覚えている。何かトラブルがあったのかは、これまたよく覚えてはいないのだが。

 とにかく無事夏合宿が終わり、私の部長としての役目も終わった。この年の10月の総会で3年生にバトンタッチ。あの解散したbRのリーダーが部長になった。
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