石油埋蔵量統計の虚構性

 毎年、公表されている石油の確認可採埋蔵量統計は、
単年度では気がつきにくいが、
長期的にみると不条理な面が浮かび上がってくる。

 石油確認可採埋蔵量に関する推定値については、いろいろな機関が発表しているが、
代表的なのはOGJ誌(オイル・アンド・ガス・ジャ−ナル誌)のものであろう。

同誌によれば、
79年から85年まで、世界の石油確認可採埋蔵量は、
大凡、6000億バレル台前半で横這いを続けていた。
ところが86年から89年までの短い間に、なんと約1兆バレルの水準へ急増したのである。

その理由は、
83年から84年にかけて、まず クウェイトが650億バレルから900億バレルへ
次に、86年から87年にかけて、ヴェネズエラが250億バレルから 600億バレルへ、
 イランが500億バレルから 900億バレルへ
 イラクが450億バレルから1000億バレルへ
 アブダビが300億バレルから 900億バレルへ

そして最後に、88年から89年にかけて、
サウジアラビアが 1700億バレルから2600億バレルへ引き上げたためである。

 これらの産油国の埋蔵量は、90年以降再び横這いに転じた。

OGJ誌が過去19年間に発表し続けて来た石油確認可採埋蔵量の推定値は、
基本的に横這いあるいは増加傾向にあり、
一向に減る気配を見せていない。

この間、毎年平均して210億バレルの原油が生産されて消費され、
19年間で約4000億バレルという莫大な石油が失われたことは確実であるのに、
その事実がまったく反映されていないのは不可解である。

OGJ誌の統計を信じる限り、
19年間で約8000億バレルの石油埋蔵量が新しく増えたことになってしまう。

世界ではダントツの埋蔵量を誇るサウジアラビアの埋蔵量ですら、
公表されている数値は2500億バレルにすぎない。
それと比較しても8000億バレルという数値は大き過ぎる。
世界石油産業の事情に少しでも通じた人であれば、
過去約20年間で8000億バレルもの新規発見があったなどといったことを、
信じる人はいないであろう。

三つの誤り

 使っても使っても減らない埋蔵量統計に関しては、昔から疑惑を感じていた。
しかしその懸念を科学的に証明することは不可能だった。

埋蔵量に関する情報は、
石油会社にとっては企業の最高秘密、
産油国にとっては国家の最高機密である。
真相に近づくすべがなかった。

しかるに日経サイエンス誌1998年6月号に興味深い記事が掲載された。
「しのびよる最後の石油危機」というショッキングな題の特集記事である。
SCIENTIC AMERICAN誌1998年3月号の「The End of Cheap oil」
という論文を翻訳したものである。

 論文は、スイスの石油問題のシンクタンク、ペトロコンサルタンツ社の
C.J.キャンベルとJ.H.ロレ−ルの二人の共著で、要点は
「世界の石油生産は想像以上に早くピ−クを迎え、
2010年までには石油価格は高騰し始めるだろう」という点にある。

ペトロコンサルタンツ社は、
油田評価、分かりやすく言えば個別の油田の埋蔵量推定のプロで、
その油田に関するデ−タ・ファイルは第三者機関としては最高水準にあると考えられる。

企業秘密や国家機密の厚いヴェ−ルの奥から洩れて来る情報としては、
それ以上は期待できない水準にあると期待しうる。

キャンベルはオクスフォ−ド大学で地質のPh.D.を取った後、
テキサコやアモコで地質関係の責任者であった。

またロレ−ルは、トタル社(フランスの大手石油会社)の探鉱技術の専門家であった。
キャンベルとロレ−ルは、世界石油産業が石油の未来に関して描いている、

「1998年初現在、1兆200億バレルの石油の存在が確認されている。
それは現在の年間生産量およそ236億バレルの43年分に相当する。
公式の発表によれば埋蔵量は増加傾向にあるので、
それよりもう少し長く、原油供給は豊富で安い状態が続く」
とする楽観的な構図の前提には、次の三つの重大な誤りが潜んでいるという。

 @歪められた埋蔵量の推計値に基づいていること
 A石油生産量が未来にわたって一定のまま維持されると仮定していること
 B石油の最後の一滴が現在と同じスピ−ドで汲み上げられると仮定していること

検証なきデ−タ

 すでに述べたとおり、現在の埋蔵量統計には重大なる疑惑が感じられる。
しかしそれにしても、キャンベルとロレ−ルのような専門家中の専門家が、
ここまで明快に、それを「歪められた埋蔵量の推計値」と断定していることは衝撃的である。

日本にかぎらず世界的に、
オイルエコノミストたちのほとんどが石油の未来に関して楽観論を展開しているが、
その有力な根拠が一向に減らない埋蔵量の数字をにあることは間違いない。

その数字が専門家の眼から見て歪められているのだとすると、
石油の未来に関する見解は根底から崩れることになる。

 キャンベルとロレ−ルは、
「埋蔵量統計はいろいろな機関が発表しているが、
その基礎は、ほとんどOGJ誌かWorld Oil誌のどちらかである。
両誌は毎年、
世界の石油会社と産油国に問い合わせて集計した石油の生産量と埋蔵量を発表している。
しかし、その数値の検証には手間がかかるため、
報告された値をそのまま掲載しているのが実情だ」
と言う。

重要な点は検証されていないという点にある。

 埋蔵量統計に関する限りOGJ誌あるいはWorld Oil誌の権威はたいへん高い。
というより他に代替がないのだ。

信頼するとすれば唯一とも言うべきそれらの統計が、
権威に見合ったなんの検証もされていないことを、
あらためて専門家から聞かされるのはショック以外のなにものでもない。

何故なら、 OGJ誌あるいはWorld Oil誌に原デ−タを報告する側の、石油会社や産油国には、
自分に都合のよい数量(もちろん水増しする方向へだが)を報告しがちの
誘因が多いと考えられるからだ。

民間の石油会社にとっては株価釣り上げ、
産油国にとっては外国からより多くの借款を獲得すること、
これらの願望を満たす場合には、少しでも大きな埋蔵量が有利である。

 それに、1980年代の前半から半ばにかけての時期には、
OPEC内部で国別に生産枠を割当る
「方式」を策定するために専門委員会が設置されていた。

当時は、第二次石油危機後のOPECの最大の危機に当たっていた。

第二次石油危機による原油価格高騰の結果、
世界の石油需要は第二次大戦以後最大の落ち込みをみせた。

一方供給サイドでは、
ようやくこの頃になって第一次石油危機のプライスメカニズムが効果を現し始めていた。
非OPEC産油国の石油生産が増え始めたのだ。

さらに経済が破綻した旧ソ連が、必要となったドルを稼ぐため、
なり振りかまわず西側への石油輸出を増大させた。

需要が減った最中、供給能力が増えたわけだが、
そのすべてがOPECにしわ寄せされた。

 そのような情勢を背景に、1974年頃から有効に機能して来たOPECの
「サウジアラビアがスイング・プロデュ−サ−になることによって需給を調整する」
システムが崩壊し始めていた。

やむをえずOPECは、1983年に初めて国別の生産割当枠を決めた。
しかし激しい論争の結果決まった生産割当枠は暫定的なものとされ、
いずれ恒久的な割当方式を決めることになっていた。
そのため専門委員会が設置されたのである。
新しい割当方式では、過去の実績や人口など、
いろいろ考慮すべき要素にウェイトを掛け、
その合計値として割当量が決定されることになっていた。

当然ながら「考慮すべき要素」の中では、
埋蔵量の規模にもっとも大きなウェイトが掛けられることが予想された。

 そのような時代背景では、
とくにOPEC加盟国にとって「より大きな埋蔵量」への誘因が強かったことになる。

すでに述べたとおりOPEC加盟国の中では、
クウェイトが埋蔵量引き上げへの先鞭を切った。
そのタイミングは83年から84年にかけてだった。

正に暫定的な生産割当枠が決まった直後である。
クウェイトの引き上げには、まだしも合理的な根拠があった。

クウェイトには、それまで超重質で商品価値の無いという理由で
埋蔵量統計に入れていない油田があったからだ。

それにしても、この時点で、
それまで商品価値が無かった超重質原油に急に商品価値が出てきたわけではなかった。

 クウェイトが引き上げた後、
やがてヴェネズエラ、イラン、イラク、アラブ首長国連邦が続いたことは、
すでに述べたとおりである。

ヴェネズエラにはオリノコ川流域にやはり超重質油が埋蔵されている。
イランとイラクは交戦中であり、互いに対抗意識に燃えていた。
アラブ首長国連邦の引き上げも他の加盟国に対する対抗意識からだった可能性が高い。

そして最後にOPECの盟主サウジアラビアが、
あたかも渋々といった雰囲気で引き上げたのも同じ理由であろう。

 結果として世界の石油確認可採埋蔵量を、
約6000億バレルの水準から1兆バレルの水準に引き上げることになった

1980年代半ばの、OPEC加盟6ヶ国の埋蔵量大幅上方修正については、
キャンベルとロレ−ルもその信頼性には重大な疑問があると言っている。
根拠がはっきりしないと言うのだ。

ただこの場合、上方修正以前のOPECの埋蔵量が、国営化される以前の
メジャ−ズの数値を引き継いだものだとすれば、それはおそらく控え目な
P90の埋蔵量だと考えられるから、それからP50ないしP10へ変更したということであれば、
少なくとも理論的にはありえないわけではないとも言っている。

この点は、専門家の慎重さとして理解すべきであろう。

 ここで「P」は予想の確率を意味している。例えばP90とは、
予想が当たる可能性が90%と考えられる確認可採埋蔵量という意味である。
とはいえ、この場合客観的確率などありえないから予想者が推理する主観的確率であろう。
キャンベルとロレ−ルはノルウェ−のオスベルグ油田を例に引いて、

P90(確率90%)では7億バレル、
P10(確率10%)では25億バレルの
石油が回収できるとしているが、
この例など、石油埋蔵量というものが如何に曖昧なものかをよく表しているように思われる。

キャンベルとロレ−ルは、1980年代半ばのOPEC加盟国の埋蔵量大幅上方修正について、
結局のところは、それにしても新たな技術革新や大油田の発見もないのに、
約3000億バレルもの埋蔵量がいきなり増えるなど信じ難いと結論している。

3000億バレルという規模は、これまで米国内で発見された石油総量の1.4倍にも相当する。

現場で働いて来たオイルマンのキャンベルとロレ−ルにとって、
アメリカにおける百数十年の努力の成果が、たった数年の間における、
敢えて推測すれば鉛筆を舐めただけかもしれない埋蔵量増加と規模的に一致するなど、
耐えられないことであったかもしれない。

 キャンベルとロレ−ルは、また、
OPEC以外の産油国が公表している埋蔵量についてもかなり疑問があると言う。

例えば、非OPEC産油国59ヶ国が発表している埋蔵量の合計が
1996年と97年で全く変わっていないという事実があると指摘している。

本来ならば、翌年の埋蔵量は、
当該年度に生産した分を差し引き、当該年度に発見された新規埋蔵量分を加算するべきで、
両者が等しくないかぎり毎年の埋蔵量は変化しなければならない。

両者が等しくなる確率は極めて低いであろう。
にもかかわらず年度が違っても完全に同じ値を保っていることは、
それだけでその数字の信憑性が疑わしくなるというのだ。

 「埋蔵量」という言葉の定義が地域によって異なっているのも問題だと、

キャンベルとロレ−ルは指摘する。

米国では、証券取引委員会が

石油会社に対して「確認埋蔵量」という言葉を使うよう義務づけている。

これは油井のごく周囲にたまっている石油の総量を意味する。

この範囲の石油ならば、

現在の技術、現在の採算ベ−スで採掘できることが確実視されるからだ。

米国における「確認埋蔵量」はおおむねP90に相当している。

 一方、米国以外の産油国の多くは埋蔵量に決まった定義を用いることを義務づけていない。

たとえば旧ソ連は、長年にわたってP10相当の、きわめて楽観的な埋蔵量を公表してきた。

にもかかわらず、

それを、アナリストたちは米国の基準でいう「確認埋蔵量」と誤認してきたのである。

例えば1996年、旧ソ連の埋蔵量について、

World Oil誌は1900億バレル、Oil & Gas Journal誌は570億バレルと推定している。

これほどまでに開いた、二つの推定値の間の大きな差は、

「確認埋蔵量」推定におけるいい加減さを示していると言っても差し支えない。

要するに、現在公表されている石油確認可採埋蔵量の統計値は検証されないまま、
OGJ誌の権威の装いを付けて発表されているというのだ。

具体的には、

現在1兆バレルとされる確認可採埋蔵量の推定値が水増しされている
可能性が高いということであろう。

専門家として、ここまで言いきることは勇気が要っただろう。

それだけに、彼らの危機感の高さが感じられる。

 OPEC加盟国のうち6ヶ国
(クウェイト、ヴェネズエラ、イラン、イラク、アラブ首長国連邦およびサウジアラビア)
が、次々に埋蔵量を倍増したためである。

状況証拠からして、この時の埋蔵量引き上げは、
科学的なものというより政治的なものだったと考えられる。

しかしいつ間にか、

この時水増しされた可能性が高い埋蔵量の数値が、
半ば公認されたような結果になってしまった。

 原油価格が大暴落した正にその時に石油埋蔵量が急増したのである。

石油の未来に関する危機感が急速に薄れて行ったのも無理はない。

さらに問題だったのは、

1980年代後半以降、北海を中心に進んだ石油開発技術の進歩、

三次元探鉱や水平掘りなどの新しい技術の進歩が、

埋蔵量が増加ないし横這いを続けている傾向とイ−ジ−に結び付けられたことである。

 これら新しい技術は、北海でマ−ジナルな小規模油田に適用されて効果があった。

その範囲では、生産量増大効果が著しかった。

しかし世界的に埋蔵量増大効果が大きいとは到底考えられない。

しかるに、いわゆるオイルエコノミストと称される人々の間では、
技術の進歩が増加ないし一向に減らない埋蔵量統計と結び付けられて、

「将来も技術は進歩する筈だから、埋蔵量は増えていく」

と考えられてしまった。

以上は石油鉱業連盟発行の開発時報誌(平成11年2月)に掲載した論文の一部です。