私は暫くそこに座り込んで、子猫をぼんやりと眺めていたが、
ある思いつきに急かされた。
ドタバタと突き動かされるままに、薬箱から脱脂綿を探しだすと、
切った古毛布の残りを私の膝に広げて子猫を包み、脱脂綿に牛乳を浸し、
子猫の口元で軽く搾ってやった。白い流れが子猫の口の中に消えていく。
染み込ませたほとんどは古毛布が吸ってしまっていたのだが、
少しでも飲んでくれればと、それを繰り返すしかなかった。
私は一時夢中になっていたが、背後に人の気配がして振り向いた。
姑が覗きこんでいたのだった。

「そうしているのを見ていると、昔を思い出すねぇ」と話はじめる姑。
姑の息子、つまり私の夫は8ヶ月の早産で未熟児だった。
今の季節は稲刈りの忙しい時で、農家の嫁だった姑は無理をしたのだろう。
産婆さんも「育たないかもしれない」と言うほど小さかったらしい。
保育器もなく、また姑は母乳も出なかった。
哺乳ビンを吸う力も無かったので、
粉ミルクを脱脂綿に含ませて与えていたという。
今みたいにガスもなく、真夜中の授乳も七輪の火起こしからである。
そんな話から始まって、延々と昔の嫁としての苦労話をしている。
私は嫁いできてから、同じ話しを何十回と聞かされているが、
黙って聞いているしかない。
姑にとって何度話しても、話し尽せない事であり、やり直せない過去であり、
そしてそれが今の姑である証なのだろう。

私は姑が話している間も、子猫に牛乳を与え続けていた。
夫が居間から顔だけ出して「そんな事していると情がうつるぞ」と言われたが、
私は「そうだね」と答えても、止めはしなかった。
ミルクの匂いは生の匂いだ。むせるほど甘い匂い。
古毛布はこの生の匂いだらけになり、
生の匂いで死の匂いをやっと包んでいた。
今思えばそれはただ単に、私の自己満足にすぎない事だったかもしれない。
私は子猫を箱に戻すと、
そのミルクの匂いのする毛布を、蓋をするようかぶせた。
夜中に子猫が鳴く事はなかった。

翌朝一番に子猫の様子を見ていた。やはりピクリと顔を上げて、生きていた。
私は子供達の前でも、脱脂綿のミルクを与え続けた。
娘が聞く、「ねぇ、これで猫ちゃん助かる?」私は少し答えに困ったけれど、
「たぶん、助からないと思う」と娘を見ずに答えた。
この子猫は、このままでも、明日”それ専門の人”に連れて行かれても、
死からは逃れられない。「死んじゃうの?」「うん…たぶんね」「そうかぁ〜」
娘はゆっくり子猫の頭を撫でて、笑っていた。
3歳の子供に、消えゆく命がどう受け止められていたのか、
私にはわかるはずもなかった。


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