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青森県南津軽郡大鰐町大字蔵館字村岡47の1

大鰐温泉の歴史と当館

温泉の由来

現在の大円寺
»現在の大円寺(当館より徒歩4分)

西暦806〜810年頃に円智上人が阿者羅山国分寺(現在の大円寺)で病に冒され、大日如来に祈ったところ、上人の枕辺に童子が現れてこの山の麓に温泉が湧くことを告げたそうです。

800年前に発見されたという歴史の古い温泉です。

中世

現在の大円寺
「湯魂薬師堂」と「足湯 」

津軽為信が難治の眼病にかかり、大鰐に湧く温泉で目を洗えば治るとの薬師如来のお告げを夢にみ、大石の下より湧き出る熱湯を発見と伝えられております。

為信はこの大石の上に祠を建立し、湯魂薬師堂と名付けました。後に薬師堂は人々の篤い信仰を集め、大鰐温泉場は栄えるようになったと言われています。

江戸時代


»大鰐温泉もやしの収穫

津軽藩の奥座敷として栄えるようになってから なかでも3代藩主津軽信義公は温泉好きとして有名で何度も湯治においでになられたそうです、その時必ず献上された 今では貴重な「大鰐温泉もやし」は大切に伝統を守り続けています 。

明治以降


大広間より庭を望む

明治28年に奥羽本線大鰐停車場が開業してから大鰐温泉は大発展して全国的に有名になりました、当本館が建築されたのもこの頃(明治30年)です。

大正から昭和初期の全盛期は平川沿いに多くの旅館・料亭・置屋が連なっており、三味線の音と湯けむり漂う温泉街の中を旦那衆を乗せた人力車が行き来する光景が見られたものです。

大宰治の生家である津島様も度々当館に湯治においでになられたようです。

「…私の肉親たちは、この温泉へも、しばしば湯治に来たので、 私も少年の頃あそびに行つた・・・大鰐の思ひ出は霞んでゐても懐しい」。小説/太宰治「津軽」より