被害者の声 (吉本 育子さん)                               
吉本さんは今回、被害にあって泣き寝入りするところを勇気を出して実名で告発しました。
はじめまして。吉本 育子です。
山形容疑者が脱税容疑で逮捕され、社会的にも大きな問題としてあからさまになってきました。
私も以前あの治療院にかかりました。とても悲痛な思いをしました。ずっと誰にも言えなかった。自分だけが悪いと思っていました。
悲しい事、辛い事は消化されるべき。でもその前にきちんとその事実に向き合うべきです。
しかし、過去はもう変える事が出来ません。自分が育ってきた環境も変える事は出来ません。だったら、これからを変えていけばいいのです、居場所がないのなら創ればいいのです。
私があの治療院で得たものは、開放感と安心感と、同情と傷のなめあいでした。
その「安心感」は決して安定になる事はありませんでした。
人間が自分と自分を取り巻くもの全てを理解して欲しいという衝動の裏返しが不安や孤独感だったりするならば、その解決の手段として安定を求めます。
でも、安定を求め、理解を求める前に「受け入れる」事が必要なのだと思います。きっと人間は家族でも、親しい友人でも、恋人でも、100%相手を理解するのはなかなか難しい。「理解する」という事よりも、「受け入れる」という事の方が大切なのではないかと思うのです。
「自分を大切に」とよく言われませんか?私はずっとその意味が分かりませんでした。でも、きっとそれは「自分を受け入れる」という事ではないでしょうか?
私は物事を感じたままにありのままに受け入れます。それを否定しようとは思いません。
摂食障害は本当に苦しい。今客観的に考えると、あの治療院の手段としての誓約書、金額、治療行為、どれを挙げても一つ一つがおかしい。
しかし、どんな事をしてでも治したかった。治る為ならば何でも出来た。そういう心の弱みに付け込み、利用し、人の気持ちを傷つけたという彼の人間としての愚かさ、心の核が許せない。
もう一つ、私は摂食障害の事を人に話すと「食べなきゃいいじゃない」「強い意志の問題」「甘え、逃げてるだけ」・・・・。散々、そう言われ、いつも自分を責め続けていました。
食べる、吐く、その行為だけで、その行為があるだけで、おぞましい、普通には扱ってくれなかった。食べ吐きという行為だけで人物を評価する。私はそういったという社会体制も変えたくて、ちょっとでも、同じ摂食障害の人に勇気や元気を持ってもらいたい、何かを感じてほしい。そう思い、今まで全てをさらけ出してここまで来ました。
それがよいのかは誰にも分からないし、一生答えは見つからないかもしれない。
私は今でも過食嘔吐は続いています。吐くのは本当に苦しい。食べた後、いつも後悔の嵐です。
けれども、一つだけ言える事は、摂食障害になった事、あの治療院に行った事、今あなたがこのHPを見ている事、全て間違いではありません。どうか自分を責めないで下さい。神様は乗り越えられない試練は与えないそうです。
みなさんの怒りや悲しみを全て理解する事は出来ません。気持ちが解るとも言いません。だからこそ、今私に出来る事は、みなさんを受け入れる事、あの治療院を潰す事です。
その為にはみなさんの力が必要です。
自分を向き合うチャンスだと思ってほしい、この逮捕をきっかけに私は最後まで、走ります。それが私にとって病気になった意味、チャンスだと思っています。だからみなさんにもきっとあるそれぞれのチャンスを見つけてほしいです。
お気を悪くされたらごめんなさい。けれど、精一杯生きているみなさんの努力を無駄にしてはいけないと思うのです。あの治療院に行った事は相当の努力です。
そのお力をちょっとでも、私達に貸して下さい。あなた一人の勇気がたくさんの大きな力になり、より多くの人達も救われます。
出口のないトンネルなんてないんです。よかったらメール下さい。
 

戻る