ミステリー・カフェ
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 短中篇鉄道ミステリーの愉しみ〜鮎川哲也が編んだ名アンソロジー

1970年代に光文社がカッパ・ブックスから出した鮎川哲也編纂による鉄道ミステリー傑作選3冊、すなわち『下りはつかり』『急行出雲』『見えない機関車』はきわめて質の高いアンソロジーだった。毎年夏に家族で訪れていた軽井沢で、このアンソロジーを貪り読んだものだった。各巻から、鮎川の作品以外で特に傑作だと思うものをあげると、以下の通りである。

@《とむらい機関車》大阪圭吉
客車の中での人物会話によって物語が進行するパターン。事件の奇矯性、巧みな伏線、意外な真相、ペーソス溢れる語り口、と何拍子も揃った傑作。

A《汽車を招く少女》丘美丈二郎
チャールズ・ディケンズの怪談《信号手》を下敷きに、味わいのあるミステリーに転生させている。是非両作品を読み比べてほしい。

B《グリーン車の子供》戸板康二
殺人が出てこなくても魅力的なミステリーはあるが、これもその典型。伏線の張り方が見事で、後味が良い。
老歌舞伎俳優、中村雅楽物の最高傑作。

鮎川はこのシリーズが光文社文庫からリリースされた時、文庫オリジナルで新たに『無人踏切』を編纂したが、ここに赤川次郎の名作《幽霊列車》が収録されている。

鮎川は、徳間ブックスからも3冊の鉄道ミステリー傑作選を出し、これは後に徳間文庫から出た時は6冊に分けられた。この中で『犯罪交差点』には秀作が詰まっている。特に中町信の《急行しろやま》、麓昌平の《歪んだ曲線》、二条節夫の《殺意の証言》は読み応えがある。
あと、『レールは囁く』に収録された幾瀬勝彬の《孤独な詭計》も力作。

1980年代に入り、鮎川は双葉社から『鉄道推理傑作選』と立風書房から『鮎川哲也と13の殺人列車』もリリースしたが、前記の光文社や徳間書店のシリーズに比べると、ややレヴェルが下がった感がある。

今年の夏休みは、鉄道の旅のお供に、上記傑作選を古書で入手して読んで見られてはいかがだろうか?


 復刊が待たれる本格推理2作品

★高木彬光「人形はなぜ殺される」は2006年4月光文社文庫より復刊されました。
★鮎川哲也「りら荘事件」は2006年5月創元推理文庫より復刊決定!!(2006年4月追記)

十津川警部のトラベル・ミステリー物を量産する前、昭和40年代の西村京太郎の最高傑作ともいうべき「殺しの双曲線」が、新書版で復刊された。この作品は、巻頭で作者自らメイン・トリックが「双生児トリック」であると言明しているにもかかわらず、その叙述力によって、見事に読者は欺かれることになる本格推理の古典的名作だ。加えて、クリスティの「そして誰もいなくなった」に挑戦したと思われる「閉ざされた山荘」での連続殺人事件の緊迫感は比類が無い。現在絶版になっている古典的本格推理小説の名作で、是非とも復刊を望みたい作品が、もう2作ある。
一つは高木彬光の「人形はなぜ殺される」である。昭和30年に書き下ろしで発表された本作品は、舞台設定の面白さ、トリックの独創性、情景描写力の秀逸さで、数ある高木作品の中でも白眉である。高木というと代表作は「刺青殺人事件」とか「白昼の死角」とか言われるが、本格物としては、「刺青」よりもずっと文章がこなれていて、ストーリー展開も面白く、お薦めである。
もう一つは、鮎川哲也の「りら荘事件」だ。これも本格パズラーの極致ともいうべき、伏線の周到な芸術的作品だ。トリック小説を馬鹿にする人がいるが、独創的なトリックを案出して、それを活かしながら、ストーリーも冗長にしないでパズラーを創出することは大変なことなのだ。その名人であった鮎川の、最も脂の乗り切った作品がこれだ。鮎川作品と言うと鬼貫警部が代表的名探偵だが、この作品では貿易商の星影が探偵役だ。キザで嫌味な天才型探偵の星影の登場場面は驚くほど少ないが、その鋭い推理を聞いて、改めて作者が張り巡らした伏線をなぞっていくと、また楽しみが倍加するだろう。是非、現代の読者にも読んでもらいたい作品だ。復刊を強く望む。


 五道三省の痛快人情譚

「寝ぼけ署長」(山本周五郎著 新潮文庫476円=税別)

「季節のない街」「さぶ」など人情譚を得意とする山本周五郎が、昭和21年12月から雑誌「新青年」に連載した10話を集めた探偵小説風味の人情話。
とある田舎町の警察署長である五道三省は、「寝ぼけ署長」というあだ名のある昼行灯だが、英独仏3ヶ国語に通じ、漢文にも明るい読者家で、曲がったことを何よりも嫌う正義感の持ち主だ。自分がこうと思ったことはやり抜く主義で、そのために出世も棒に振っている。
「源十さん、このあいだお前さん乙な啖呵を切っていたが笑わせちゃいけない、己は本庁で13年間、総監も手を焼く横紙破りで通して来た、善しと信じたら司法大臣と組打ちをしても遺抜いて来た人間だ。三度まで官房主事に推されたのを、三度とも棒に振ったのもそのためさ、こんな田舎町の顔役ぐらいが怖くて本庁をとび出したんじゃあないんだぜ、・・・新しい露店街は毛骨屋の縄張だ、指一本触れさせないからそう思ってくれ」(毛骨屋親分)そんな骨のある気性と共に、人情に篤く、弱い者への思いやりの気持ちに溢れた漢である。
「幸福は他の犠牲に依って得られるものじゃない。そのために誰かが不幸になり、犠牲になるような幸福は、それだけですぐ滅びてしまう、僕はあなた方に同情したいと思うが、あの弱い無力な小間使を利用した点で、どうしても同情したり許したりする気持ちになれないんだ」(一粒の真珠)
物語は、五道の秘書役である「私」の回想として語られる。このほかお騒がせ役で、毎朝新聞の記者、青野庄助がセミ・レギュラーで登場する。
普段は鈍牛のような五道が、いったん悪を見据えると厳しい表情になって快刀乱麻に事件を解決していくストーリーは、探偵小説的体裁を採りながら、登場人物の人情の機微の細やかさや、人間に対する作者の温かい眼差しが反映されており、その心洗われるような熱い気持ちが読者の心をグッとつかんで離さないだろう。
読後感は、じわーっと涙が滲んできていながら、どこかハートがポッポしてくるような感じである。

「寝ぼけ署長」は1984年から85年にかけて「花王名人劇場」でドラマ化されている。その時はオリジナル脚本で、五道を若山富三郎が演じ、「私」を女性の役にアレンジして桜田淳子が演じていた。
私が原作に忠実にキャスティングするならば、五道には若山もよいけれど、柔和な昼行灯と悪に天誅を加える厳しさ双方を演じ分けられる人ということで、緒形拳とか中村吉衛右門なんかが良いのではないかと思う。「私」役は三浦友和とか唐沢寿明。おっちょこちょいの新聞記者役には陣内孝則など合いそうな気がする。
山田洋次監督あたりにメガホンをとって頂いて映画化して欲しいと思う。


 ワクワクドキドキ!通俗探偵小説の愉しみ

「姿なき怪盗」甲賀三郎著。日本図書センター「甲賀三郎全集4」(2001年)

戦前の日本探偵小説の世界で、江戸川乱歩、大下宇陀児、横溝正史と並ぶ人気作家と言えば、甲賀三郎だった。甲賀三郎は通俗的探偵小説の中でもトリックとプロットにこだわりを見せた「本格派」の総帥として一家をなしていた。
甲賀三郎は、1893年滋賀県蒲生郡日野町に生まれ、一高、東京帝大で応用科学を学び、和歌山の由良染料鰍経て農商務省窒素研究所技師となった。
文壇デビューは、1923年8月(関東大震災の直前)博文館の雑誌「新趣味」が募集した懸賞小説に一等入選した「真珠塔の秘密」で、1928年には農商務省を退官し、作家専業となった。探偵小説の地位向上に江戸川乱歩と共に貢献したが、1945年2月急性肺炎のため51歳で亡くなっている。
「姿なき怪盗」は、1932年4月、満州国建国と5・15事件の間という時期に、新潮社の「新作探偵小説全集第3巻」として書き下ろされたもの。
400字原稿用紙約640枚分の分量の小説は、全体で15章に分けられ、戦前の多くの探偵小説がそうであったように、各章には題名がついていて、さらに各章には小見出しのついた3〜5の節から構成されている。
この細分された章の構成が、スピーディーな展開効果を高め、サスペンス興味を盛り上げている要因となっている。物語は、「ルパン」マイナス犯罪を自認する熱血新聞記者、獅子内俊次と、「ルパン」プラス殺人とも言うべき悪漢、三橋龍三の激しい闘争が核となっているが、甲賀三郎の持ち味である不可能趣味が随所に取り入れられ、単なる通俗物にとどまらない、本格興味に満ち溢れている。謎の妙齢美人や、数々の怪人物が、めまぐるしく登場しては消え、発端からラストまで、謎に満ちたストーリー展開は読者を飽きさせない。
やたらと長いだけで冗長な推理小説ならぬ「衰理小説」が蔓延る現代でこそ、戦前の、この作品は新鮮に感じられる。日本図書センターからの復刻版のほかに、1963年に刊行された春陽文庫版が、古書市場で、2千円前後のプレミアム価格で流布している。
その値段の価値があるエンタテイメントである。


 ドタバタ劇の後には驚くべきエンディングが!

『ソルトマーシュの殺人』(グラディス・ミッチェル著、宮脇孝雄訳。国書刊行会、税抜2500円)

1932年発表の本作品は、英国の田舎の村で、牧師がらみの殺人事件ということで、1929年に発表されたアガサ・クリスティの『牧師館の殺人』とよく比較されるようです。クリスティの作品が、魅力的な探偵役、ミス・マープルを配していたように、ミッチェルの作品にもミス・マープルとはある意味では対象的な性格の老嬢、ミセス・ブラッドリーが登場します。ブラッドリーは魔女の血をひく心理学者と言う設定で、怪鳥のような高笑いを上げながら、とっぽいワトソン役である副牧師のノエル・ウェルズを従えて名推理を披露するばかりか、最後にはあっと驚く行動に出ます。
事件は、田舎の牧師館のメイドが妊娠して暇を出されるところから始まり、2つの殺人事件が起こります。
怪しげな村の住民が複数登場して犯人当ては困難を極めると思いますが、あとで読み返すと、著者が真犯人に読者の目を向けさせないような工夫をしているのがわかって感心しました。村祭り、クリケットの試合、密輸事件、小競り合いなど、サブ・ストーリーが錯綜しているようで、実は一つの方向へ収束していくのが素晴らしい。ワトソン役の若い副牧師と恋人ダフニとのやりとりも微笑ましく、意外な犯人と奇想天外な行動を取る探偵役の個性も、他に類をみない独創性があります。
文章も読みやすく、悲惨な話でありながら、読後感は悪くありません。カチカチの本格物ではないですが、ユーモアがあって、ワクワクドキドキしたい方に特にお薦めです。



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