神田名画座 |
映画は夢を与えるもの。後味の良い作品が好きです。寄ってらっしゃい、観てらっしゃい!
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流浪と自由と優しき眼差し |
『ガスパールとロバンソン』(『海辺のレストラン』或いは『ガスパール 君といた季節』)1990年99分 監督:トニー・ガトリフ 出演:ジェラール・ダルモン ヴァンサン・ランドン シュザンヌ・フロン ベネディクト・ロワイアン 『モンド』(1995)『ガッジョ・ディーロ』(1997)『ベンゴ』(2000)などでロマ、ジプシーなど流浪の人々を描いたアルジェリア系ロマ族出身のトニー・ガトリフ監督の心温まる佳作。 ガスパールとロバンソンは錠前屋に勤めていたが、会社が倒産して、今は南仏の海辺の廃屋を改修して小さなレストランを開店しようと準備している。ガスパールは、会社が潰れた時、妻と娘に去られ、それ以来「家族」を忌み嫌うようになっているが、妻との思い出のレコードをかけては海辺で泣いているような冴えない50男。ロバンソンは幼い時に母親に捨てられて以来、見捨てられた人々を放っておけない性分の30代独身男。共に冴えない落ちこぼれ組だが、二人は親友だった。ある日、道端に家族から置き去りにされた老婆をロバンソンが拾ってきた。ガスパールは、面倒見切れないからと反対するが、ロバンソンの熱意に負けて老婆を引き取ることに同意する。ガスパールとロバンソンは、錠前屋であった技能を駆使して、昼間は廃屋の改修、夜は金持ちの家に入って食糧泥棒をしている。いよいよレストラン開店の準備が整いつつあったその時、またもやロバンソンが、夫に去られて生活苦から物乞いをしている母親と娘を引き取ろうとする。ガスパールは猛反対したが、病を得て行き倒れていた母親を見て、病院に連れて行った上に引き取ってしまう。無事退院してロバンソンや老婆たちと母娘が仲良くしている様子を見ていたガスパールは、自分のトラックを売り、その売上金に酒類販売許可証を添えて置手紙を書く「みんなで仲良く暮らせよロバンソン。いつかワインとチーズを食べに寄る。ガスパール」。ロバンソンは、ガスパールの置手紙を発見してびっくり。あちこち探し回るが、もうガスパールは旅立った後。「私のせいでガスパールは出て行ったの?」と聞く女にロバンソンは「誰のせいでもないんだよ」と優しく答える。リュックを背負って、あてどない田舎道を一人歩くガスパールの後を野良犬が追ってくる。「ついて来るな!」と追い払おうとしていたガスパールだが、怒鳴られても芸をしてみせる犬に根負けして、旅を共にすることにする。 不器用だが愛情の深い中年男の友情を中心に、社会からの落伍者たちが互いを思いやりながら、新たな「家族」を作っていく様子と、流浪と自由を愛する男のロマンを描いたこの作品には、自身がロマ族出身であるガトリフ監督の弱き者への優しい眼差しと愛情が込められている。散々苦労して改修した店をロバンソンたちに譲り、束縛されない明日へと旅立つガスパールに、「元気でナ!」と一声かけたくなる。決して敗残者の自虐的な映画ではなくて、希望を与える力に満ちているのが素晴らしい。ミッシェル・ルグランの音楽も、挿入されているジプシー音楽もさりげなく、心を打つ。現在中古市場でVHSビデオでしか入手出来ないが、探しても見る価値のある作品。おすすめである。 |
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赤狩りでドロップアウトしたドミトリク監督の傑作ウエスタン |
『ワーロック』Warlock1959年122分 監督:エドワード・ドミトリク 出演:リチャード・ウィドマーク ヘンリー・フォンダ アンソニー・クイン ドロシー・マローン ドロレス・ミッチェル デフォレスト・ケリー 米ソ冷戦状態を反映して、1940年代後半から50年代前半にかけて全米を吹き抜けた「赤狩り」(レッドパージ)の嵐は、共和党のジョセフ・マッカーシーを中心とする「非米活動委員会」(HUAC)の追及により、当時のハリウッド映画界へも圧力がかかり、その圧力に対抗しようとした「第一修正条項委員会」(ハンフリー・ボガートやジョン・ヒューストンら)が圧力に押さえつけられた後、法廷への証人喚問を拒否した「ハリウッド・テン」のメンバーは、有罪となり、収監された。メンバーの一人だったドミトリク監督は、その後転向声明を発して許され、活動を再開したが、「裏切り者」の烙印を押され、本人もそのことを引きずっていたようである。 この『ワーロック』という一風変わった西部劇にも、ドミトリクの屈折した感情が反映されているようである。 ジョン・フォード監督の名作『荒野の決闘』(1947)でヘンリー・フォンダとヴィクター・マチュアが演じた正義の保安官ワイアット・アープと肺結核の医者ドク・ホリディのコンビをモデルに、再びフォンダが凄腕で流れ者の保安官カート・ブレイゼル(クライ)を演じ、その相棒で、酒場経営者兼クライの用心棒モーガンをアンソニー・クインが演じている。モーガンは肺結核ではないが、片足が不自由で、そのことを侮蔑しなかった唯一の男クライを一種同性愛的感情を持って見守っている。 ワーロックの街は、マックオン(トム・ドレイク)一味の無法により恐怖に包まれており、この打開策としてクライを執政官(マーシャル)として雇う。マックオン一味の一員ながら、かねがね疑問を感じていたギャノン(ウィドマーク)は、自ら保安官(シェリフ)となり、マックオン一味を説得して無法行為を止めさせようと努力し、力で秩序を維持しようとするクライと対立する。この争いのエピソードと並行して、元モーガンの恋人で婚約者をクライに殺され復讐を誓うリリー(ドロシー・マローン)とギャノンの恋、ワーロックの鉱山主の娘ジェシー(ドロレス・ミッチェル)とクライの恋が絡む。 クライがジェシーと結婚してワーロックに根を下ろそうとし、ギャノンとリリーが仲良くなるとと、両者への嫉妬に狂ったモーガンは、暴れだす。やむなくモーガンを射殺したクライは、ギャノンとの決闘を避け、ワーロックを去っていく。 この西部劇は、単純な勧善懲悪ものではなく、執政官と悪徳商人のコンビの愛憎、無法者一味から抜けて保安官となる男の「仲間を裏切った」ということからくる屈折した心情を描く事により、一味違った楽しみ方が出来る作品に仕上がっている。主人公ギャノンには「赤狩り」の時に仲間を裏切ったドミトリク監督自身の気持ちも反映されているし、綺麗事を語る判事役を松葉杖姿のやはり翳のある性格にして、これをフォンダにいたぶらせるという演出も、レッドパージの時受けた傷みへの反発のように思われる。悪玉マックオウンや共演する女優陣はあまり存在感がなく、むしろマックオウン一味の一人で、のちに『スター・トレック』シリーズのドクター役で人気を得るデフォレスト・ケリーがいい味を出している。 ドミトリク監督は、両親がウクライナからの移民でサンフランシスコで育った。1947年制作の『十字砲火』(ロバート・ライアン、ロバート・ミッチャムほか)が反ユダヤ的であること、共産主義的であることで非難されたことにより先述の流れに巻き込まれて行ったのだが、復帰後は『ケイン号の叛乱』(54年ハンフリー・ボガート、ホセ・ファーラー、リー・マーヴィンほか、『折れた槍』(54年スペンサー・トレーシーほか)、『若き獅子たち』(58年マーロン・ブランド、モンゴメリー・クリフト、マクシミリアン・シェルほか)、『アンツィオ大作戦』(68年ロバート・ミッチャム、ロバート・ライアン、ピーター・フォークほか)などの名作を残している。 |
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クリスマスはフレッド・アステアで踊らん哉! |
『絹の靴下』(Silk Stockings) 1957年米国。118分。 監督:ルーベン・マムーリアン 音楽:コール・ポーター 音楽監督:アンドレ・プレヴィン 出演:フレッド・アステア、シド・チャリシー、ジャニス・ペイジ、ピーター・ローレほか クリスマスを気持ち豊かに盛り上げてくれるものといえば、フレッド・アステアの華麗なステップをあげたい。 1930年代は、ジンジャ・ロジャースと組んで、『トップ・ハット』(1935年)、『有頂天時代』(1936年)など圧倒的なダンスをみせつけてくれたものだが、1940年代に入って一世を風靡した彼の天下に翳りが見えてきた中で、一時引退宣言をする。ところが、1948年、負傷で降板したジーン・ケリーに代わってジュディー・ガーランドと共演した『イースター・パレード』で復活すると、第二の黄金時代を築くことになる。30年代の若さ溢れるダンス・スタイルから、より洗練されたスタイルへの進化が見れたアステアのダンスは、更にジェーン・パウエルとの『恋愛準決勝戦』(1951年。Royal Wedding)、シド・チャリシーとの『バンド・ワゴン』(1953年)、レスリー・キャロンとの『足長おじさん』(1955年)と新たなダンスパートナーを得て、輝きを見せた。この3人の中でも、特に傑出した踊り手は、なんといってもシド・チャリシーで、彼女を相手役に、かつてグレタ・ガルボ主演で制作されたエルンスト・ルビッチの傑作コメディー『ニノチカ』(1939年)を再映画化したのが、『絹の靴下』である。この再映画化作品は、基になったブロードウェイ・ミュージカルの内容により忠実なもので、パリへ演奏旅行に行ったままソ連に帰ってこない作曲家ボロフを召還するために共産党員3人組が派遣されてくる。戦前のサスペンス映画の傑作『M』で殺人鬼役を好演したギョロ目の怪人、ピーター・ローレが、この3人組の一人を演じているが、彼が冒頭とエンディングで踊るコサック・ダンスも見ものである。3人組はミイラ取りがミイラになってしまい、パリの歓楽に埋没してしまうので、ソ連共産党は、16歳で女であることをやめたという、コチコチの共産党員ニノチカを派遣してくる。この美人コミュニストに一目惚れしてしまったのが、アステア扮する米国人プロデューサー、キャンフィールドである。鋼鉄のレディと思われたニノチカも、パリの魅惑とキャンフィールドの口説きのテクニックに遂に陥落、二人は恋に落ちる。しかしちょっとした行き違いから仲違いをしてニノチカは、ボロフと3人組を引き連れてソ連に帰国してしまう。再度パリに派遣された3人組がまたもや帰国しないので、ニノチカはパリに戻ってきて、キャンフィールドの心情を知り、彼の求婚を受ける。 ストーリーはたわいのないものだが、コール・ポーターのワクワクするような音楽にのせて踊るアステア、チャリシー、そして「水着の女王」エスター・ウィリアムスを彷彿させる女優ペギー・デイトン役のジャニス・ペイジの眩暈のするようなエレガントなダンス・ナンバーの数々は、間違いなく聴衆を魅了するだろう。 生まれて初めて絹の靴下を履いたニノチカが喜び踊る"Silk Stockings"、メドレー"Fated to be Mated〜Paris Loves Lovers〜All of you"、アステアとペイジの愉快な"Stereophonic Sound"、アステアのソロ"Ritz Roll and Rock"などミュージカル映画ファン垂涎のシーンが満載だ。チャリシーくらい達者なダンサーとなるとデュオを踊って見劣りしない技量のある男性ダンサーといえばアステアとケリーくらいだろう。チャリシーとケリーは、『雨に唄えば』(1952年)で初共演し、その後『ブリガドゥーン』(1954年)でも再共演した。二人の名人相手に華麗なステップを踏み、類稀なる美貌とディートリッヒよりも美しいと言われた脚線美を惜しげもなく見せてくれる。エレガントそのもののチャリシーを観てしまうと、先日見た『シカゴ』のキャサリン・ゼタ・ジョーンズも頑張っていたけれど、格の違いを感じてしまう。 アステアの作品では、以上に述べたもの以外でも『踊らん哉』(Shall we dance?)や『気儘時代』(Care Free)も観ておかないとだめだ。今やどの作品もDVDで鑑賞出きるようになったから、老若男女を問わず幅広くハリウッドの最も輝かしい時代の宝石を味わって欲しい。 |
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父性の欠如がもたらす悲劇 |
『若者のすべて』(Rocco e i suoi fratelli)1960年作品。 監督:ルキノ・ヴィスコンティ 音楽:ニーノ・ロータ この作品を観て、最初に頭に浮かんだのはピエトロ・ジェルミ監督の『鉄道員』(1956年)だ。同じような時期のイタリアの家族と兄弟を描いた作品でも。ジェルミ監督のそれは、一家を支える頑固親父の生き様を中心とした家族ドラマだった。ヴィスコンティ作品は、劇の最初から一家の大黒柱が亡くなっており、貧しい南部の土地を捨ててミラノに出てきた家族の苦労と挫折と希望を描いている。父性の欠如ゆえ、家族のイニシアティヴをとるべき柱が不安定となり、寛大さがあだとなるストーリーはなんともやるせないが、ラストで5人兄弟の四男と五男の会話によって、わずかな光明が示されるのがせめてもの救いだ。 長男ヴィンチェンツォは、綺麗な嫁さんを貰って、子供も生まれ、それを養っていくので精一杯、次男は最初はボクサーとしての才能を発揮するが、娼婦の色香に惑い、身を持ち崩していく。三男は母親思い、兄思いだが、逆にそれがあだとなって、兄の堕落に拍車をかけてしまう。「家を建てた時に、最初に家の前を通る人の影に石を投げる。それは家の基礎を固めるのに何かの犠牲が必要だからさ」という台詞の通り、いわばこの家族は次男が破滅し、三男が尻拭いするという犠牲を払うことで、移住先であるミラノへの基礎固めが出来たのだ。そして婚約中の四男と幼い五男の未来が広がっていくように描かれている。 素晴らしいのが堕落していく次男シモーネを演じたレナート・サルヴァトーリ。女に溺れ、酒に溺れ、遂には殺人まで犯すことになる破滅の過程を生々しく演じて秀逸。「人間のクズ」と罵られる情けなさを巧みに演じて味わい深い。映画の中では嫌われたが、実生活ではこの映画が縁で娼婦ナディア役のアニー・ジラルドと結婚した。 シモーネをかばう三男ロッコを演じたアラン・ドロン(当時25歳)もまた素晴らしい。 兄を思うがゆえに自分が愛した女(ナディア)に、兄の下へ帰れと言う時の切ない表情の演技などゾクゾクさせられる。この二人は15年後年輪を重ねて渋い演技が出来る年頃になって『フリック・ストーリー』でまた共演している。サルヴァトーリとジラルドは映画界では珍しく仲睦まじく添い遂げたカップルで、88年にサルヴァトーリが亡くなるまでおしどり夫婦として有名だった。 アニー・ジラルド演ずる薄幸の女ナディアも印象深い。ロッコを愛したことで自堕落な生活からようやく這い上がるチャンスを掴みかけたのに、そのロッコが、彼女よりも兄のシモーネのことを重視したことで、再び地獄へと落とされてしまう。この映画は善意が人を殺すことを描いたシニカルな映画でもある。ニーノ・ロータの哀切極まりない主題歌が、表面上の成功をおさめたロッコのポスターに重なって流れる場面は、ロッコの心情を訴えているようで、重く心に響いてくる。ヴィスコンティ作品は、やはり50年代、60年代の作品こそ後世に語り継がれるべき作品があることを実感させられた。 |
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レオーネ、モリコーネ、アルジェント&ベルトリッチ! |
『ウエスタン』(Once upon a time in the West) 監督:セルジオ・レオーネ 脚本:ダリオ・アルジェント、ベルナルド・ベルトリッチ、セルジオ・レオーネ 音楽:エンニオ・モリコーネ 出演;チャールズ・ブロンソン、ヘンリー・フォンダ、クラウディア・カルディナー レ、ジェーズン・ロバーズほか。1968年公開。167分。 レオーネ&モリコーネ作品としては、米国で大ヒットした「荒野の用心棒」や「夕陽のガンマン」と異なり、米国でこけた代わりにフランス、イタリアで大ヒットした。 かねてよりレオーネ監督が担ぎ出したがっていたブロンソンを主役に配し、敵役をフォンダ、ヒロインをCC、盛り上げ役にロバーズという豪華なキャスティングがうれしい。 別の所でも述べたが、私は名画は90分が目安という考え方で、やたらと長い作品にはあまり感心しないのだが、この作品は例外。 冒頭の荒野の駅での待ち伏せのシーンなぞ、長いシークエンスが、台詞もなく、ただ風車の軋む音、無線の受信音、蠅の羽音、水滴の音、遠くから近づく汽笛などによって驚くべき緊張感を醸し出していく。 この辺りから、当時新進気鋭のアルジェントとベルトリッチによる絶妙な演出効果を味わうことが出来る。 待ち伏せる男たちはほんの端役なのに、扮するのがウッディ・ストロード(『スパルタカス』の黒人剣闘士役が懐かしい)やロンパリのジャック・イーラム、この映画の撮影時にあの冒頭の衣装のままで飛び降り自殺してしまったアル・ムロックといった海千山千の味わいある俳優たちなのだから、その贅沢さには恐れ入る。クリント・イーストウッドやリー・ヴァン・クリーフが稼いでくれたお金が惜しみなくつぎ込まれている感じである。 モリコーネの登場人物のモチーフを描き分けた見事な音楽がある時はむせび泣き、またある時はコミカルな息抜きをも演出する。 フォンダは彼の映画生涯で最凶のヒールで、とても20年前、「荒野の決闘」で颯爽たるワイアット・アープを演じた役者と同じ人とは思えない非情な演技を見せる。そしてしきりに噛みタバコを口からペッと吐き出す姿がなんとも憎々しい。 ブロンソンは「マンダム男の世界」が日本でヒットする少し前の時期だが、まさに「男の色気ムンムン」で、赤銅色に焼けた肌の皺の一つ一つに荒野の赤土が塗り込められているような感じのマッチョ面を頻繁にアップで見せてくれる。言葉を多く語らない代わりに「ハーモニカ」を吹く。このテーマ・ソングこそモリコーネ節全開の名調子で、終演後映画館を後にする時、肩で風を切りながらつい口ずさんでしまうことだろう。 荒くれ男を向こうに回して、元娼婦の若未亡人役を演じるCCも、眼で意思の強さを表現し、「生」を象徴する存在を強烈にアッピールする。もうけ役はお尋ね者のシャイアンを演じるロバーズで、恋するレディーの前ではやせ我慢で突っ張る不良中年を愛らしく演じている。 この映画は、開拓時代の西部を舞台にして、地上げを巡る争いと、復讐譚を練り合わせた作品だが、メイン・テーマは滅び行くアウトローへの挽歌と、新しい世界をになっていく人々への賛歌であり、監督の思い入れが「滅び行く者」たちへの熱い想いにあることは言うまでもない。レオーネは、自らが開拓した「マカロニ・ウエスタン」(スパゲッティ・ウエスタン)という分野に、ひとまず区切りを打つつもりでこの作品を製作したのだろう。去り行くガンマンへの監督の視線は、自らの過去の業績への訣別の想いも込められている。 |
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