茅輪(茅の輪・ちのわ)くぐりの由来  伊奴神社からいただいた資料より抜粋させていただきました。

「釈日本紀」備後国風土記逸文から
昔、蘇民将来(そんみんしょうらい)、巨旦将来(こたんしょうらい)という兄弟の住む村がありました。
ある時、武塔天神(ぶとうてんじん)という神様が旅の途中、村に立ち寄り、宿を求めました。
まず裕福な弟の巨旦将来に断られてしまいましたが、兄の蘇民将来は貧しいにもかかわらず
快く宿を貸しました。そして、できる限りのもてなしをしました。
翌朝、宿をかりた武塔天神は蘇民将来に、「われはスサノオの神なり」と名乗り
「蘇民将来とその子孫は疫病が流行する時に茅をつければ免れることができるだろう」と言い残し
去っていきました。そして疫病が流行した時に巨旦将来の家族は病に倒れましたが、
蘇民将来とその家族は病にかかることはありませんでした。

こういう類の由来の話はよくありますが、今の時代知らない方を家で接待するなんて怖いですわ〜
心の持ち方の大切さを教えているのでしょうね。
子どもの根底には、親の心がしっかりと引き継がれているように思います。
よい思いと行動に気をつけようと改めて感じました。

また、イネ科の植物のたくましい生命力をいただいた気分です。
今はクーラー、扇風機、冷蔵庫と暑い夏を乗り越える味方がありますが、昔は大変だったことが
この行事から想像がつきます。氷を皇室に献上していたことからも、氷は貴重なものでした。
そんな時代を懐かしむかのように、この時期出てくるお菓子があります。下の写真です。
1330年の歴史ある緑いっぱいの神社での夏祭りで貴重な体験をさせていただき感謝です。

輪くぐり氏子さんの代表の方々が8の字に3回くぐられました。
一般の方は1回です。
その後本殿で祈祷を受けました。

この行事は各地の神社の伝統的な神事で
旧暦6月30日に執り行われていたようです。
今でいうと約1か月おくれですから7月から8月のはじめでしょうか。


夏越の祓い(なごしのはらい)
夏を元気に越せるようにというお札。
この家は蘇民将来の子孫ですよという意味で玄関にはるそうです。
自分の心も蘇民将来にちかづけないとね。

夏越のお札人形
夏越の祓いは夏を元気に過ごせるように
ということで、茅輪くぐりとか、お札をはったり
右のような「人形」(ひとがた)に
家族の名前を書いたものを川に流したり、
川がなければ祈祷したりと
全国的に執り行われているようです。

お菓子水無月水無月というお菓子で、6月の意味ですが、旧暦でいうと
今の7月頃でしょうか。夏の健康を願って作られたお菓子です。
下がういろうで上があずきです。以下、「仙太郎」のパンフレットより
丹波工場の裏山には氷室の跡地があります。
その昔、冬の間に出来た氷を天然の氷堂に、枯草、雑木、わら等で覆い
夏まで保存していました。ここが謡曲「神吉の氷室」の舞台です。
旧暦6月、夏の暑い盛りに氷を掘り出し、宮中へと運び、夏の健康のために
氷のひとかけを食したといいます。

しかし、何といっても当時夏の氷はあまりにも貴重品。庶民は口にすることはおろか、目にすることもできませんでした。
そこで誕生したのが「水無月」氷の結晶に似せた三角のお菓子です。
台はういろうで氷をあらわし、上には小豆を散らして魔除けの意としました。豆が魔滅に通じるからでしょうか。

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