銀行の貸し手責任を問う
◆金融被害にあわないための基礎講座◆
   【第1回】

『レンダー・ライアビリティ 金融業者の法的責任』(長尾治助編、悠々社刊)
  所収の椎名麻紗枝弁護士の論文


  題・『銀行取引とインフォームド・コンセント』

《本論文を読んで頂く前の注記》本論文のキーワードである「レンダー・ライアビリティ」(Lender Liability)
とは
、「貸し手責任」「貸し主責任」です。 インフォームド・コンセント(Informed Consent)とは、「説明を受けたうえでの同意」のことです。元は医学分野で使われました。「医学的処置や治療に先立って、それを承諾し選択するのに必要な情報を医師から受ける権利。医療における人権尊重上、重要な概念として各国に普及」(広辞苑)しました。治験のインフォームド・コンセントでは、治験の目的や方法、予想される効果や起こりうる可能性のある副作用、参加していただくボランティアの方の権利や守っていただく事項等について十分説明し、十分に理解いただいたうえで、治験に参加することに同意していただきます。
 医薬品の臨床試験の実施の基準(GCP)では、「被験者の治験への参加の意思決定と関連する、治験に関するあらゆる角度からの説明が十分なされた後に、被験者がこれを理解し、自由な意思によって治験への参加に同意し、書面によってそのことを確認すること。インフォームド・コンセントは、被験者若しくは代諾者による記名捺印又は署名と日付が記入された同意文書をもって証明される」と定義されています。
 ★『レンダー・ライアビリティ 金融業者の法的責任』の本は長尾治助教授を中心に8人の学者弁護士が執筆しましたが、その全体の概要を知りたい方は→「はしがき&目次」をクリックしてください。


《本文》

 バブル崩壊により、変額保険、不動産の共同投資など、銀行による消費者被害が顕在化してきている。これらの多くは、融資に際して、銀行からリスクの説明をまったく受けず、または欺瞞的説明のもとに貸付を受けたものである。銀行は、一般顧客とは比較にならないほど、情報・経験を有し、また社会公共的役割をもつ存在である。したがって、銀行は、金融問題の専門家として一般顧客に対して、金融商品の危険性についても十分に説明する義務を負う。そして、この説明義務に違反した場合、銀行の不法行為責任とは別に、融資契約そのものに瑕疵があると考えられるのではないか。

 【T】 銀行による消費者被害の生み出された背景
 
 バプル崩壊により、銀行による消費者被害が顕在化してきている。いずれもパプル期に銀行から相続税対策に最適だなどと強く勧誘されて、自宅等の不動産を担保に、変額保険や、マンション建築、不動産共同投資の資金を借入した人たちである。
  銀行被害もサラ金被害も、ともに消費者被害であるが、銀行被害は、いわゆる「サラ金被害」とは、次のような違いが指摘されよう。
 第一に、銀行被害者は、サラ金被害者に比較して圧倒的に高齢者が多いことである。銀行が融資を勧誘したのは、いずれも担保になる資産をもっている人たちばかりであり、資産をもっている人となれば、当然中高年の人たちになる。当時、新聞テレビが、地価が高騰し、相続税が支払えなくなって、家を手放さざるをえなくなった人たちのことを盛んにとりあげた。それを不安がった高齢者の人たちに貸し出した。これらの人たちの融資の動機は、積極的な投機目的ではなく、「自分の土地を子どもに残したい」という消極的な相続税対策等の目的であることが多い。若年者であれば、自己破産しても人生のやりなおしができるが、高齢者の場合、長年真面目にはたらいて築いた財産を失ってしまい、これからもう一度人生を再出発する時間も気力も残ってはいない。しかも、高齢者であるが、金融取引の知識経験は皆無もしくは、乏しい人たちである。なかにはハ十歳の高齢者もいる。融資適格者の問題についても論議されるべき問題を含んでいるが、この問題については、別項の適合性の原則で触れられるのでここでは論じない。
 第二に、銀行被害では、返済能カを度外視した過剰な融資が行なわれたことである。サラ金などのノンバンクでは、貸金業の規制等に関する法律第十三条で、過剰貸付が禁止されているが、銀行の場合は、過剰融資を規制する明文の規定がないこともあって、当時の金あまり現象のなかで、銀行は、担保さえあれば年収を度外視した過剰融資を行なった。 当時の不動産の時価をめいっばい評価して銀行は貸出を行なっているから、通常借入の額は億単位である。
 年収ニOOO万円の個人に、東京銀行は、株購入資金として三二億円を融資したケースもある。
 第三には、借入金額が高額なことである。その額は、いくら家族が力をあわせたところでとても返せる金額ではない。そのため銀行被害者である人たちの多くは、銀行に金利が支払えなくなり、一度は一家心中を考えたというように、借金の担保にとられた自宅が競売にされれば、一家全員の生活が、破綻してしまうという悲惨な結末になる。
 第四に、融資の必要は、債務者ではなく、まず銀行の側にあった点である。融資先を探していた銀行は、借金の必要のなかった人に、借金の使途まで提案して借金を勧めたのである。銀行の押しつけ融資である。サラ金等ではみられない現象である。
 第五に、社会的責任を顧みない銀行の不当な貸付け方の問題である。銀行は、大蔵省から認可を受けて銀行業務を行なっているので、サラ金などのノンバンクとは異なり、国民の銀行への信頼は、ノンバンクとは比較にならないほど大きく、またその社会的責任も大きいが、銀行は、自分が提案した借金の使途についての危険性を説明せず、誤った情報を提供し、ときには詐欺的手法まで使って貸し付けていることもまれではないのである。
 かつての銀行の慎重な融資態度からは考えられないことである。
 銀行はこれまで、国民から預かった金を、安全にかつ健全に運用しなければならない責任があるのだからとして、貸付を行なう場合には、融資金の使途はもちろん、年収を基準にした融資限度額や融資金の担保を厳格に審査し、この基準をはずれる融資は行なわなかったものである。
 事実、バプル前は、銀行は個人への融資としては、住宅ローンしか扱っていなかった。ところが、パプル期には銀行の融資行動は一変した。特に一九八六年から、都市銀行からいつせいに売りに出された不動産担保の大型フリーローンは、融資金の使途にも融資限度額についても、まったく枠をはめずに、担保さえあれば、個人の年収を度外視していくらでも貸し付けるという過剰融資を生み出したのである。
 この個人や中小企業向けの大型フリーローンが生まれた背景は、一九八O年代における金融の自由化、国際化の進展がある。金融の自由化により、大企業は資金調連手段が大幅に多様化し、大企業は、エクイティ・ファイナンスやCP発行等により、内外の市場で積極的な資金調達を行ない、相対的に利回りが高い銀行借入への依存を減少させていった。 一方、銀行にとっても資金調達コストは上昇傾向にあり、利鞘を確保するためにも相対的に利回りが低い大企業向けの貸出に依存し続けることは収益面からも困難であった。そこで銀行は、貸出し先を中小企業と個人に向けていった。
 とりわけ都市銀行の中小企業、個人向け貸出の増加は顕著であり、八五年の五二・九パーセントから、九O年には七二・一パーセントに上昇している。
 住宅ローンの場合は、個人の年収を基準にして融資額を決めているので、バプル崩壊後も不良債権となったものは比較的少ないのに対し、大型フリーローンの場合は、担保偏重の貸出であったから、バプル崩壊後、不動産や株価の下落により収益も、また担保価値も減少すると、たちまち借入金の元利の返済もできなくなり、二次担保に提供していた自宅まで競売申立てをされるに至っている。「銀行の貸し手賞任を問う会」への相談でも、圧倒的に多いのが大型フリーローンによる過剰融資によって生活破綻したというケースである。
 銀行は、社会公共性の高い金融機関としての役割を負っているのであり、明文の規定がないからといって、ノンバンクにすら禁止されている過剰融資が許されることにはならない。銀行は、国民の大事な金を預かっているのだから、これを安全にかつ健全に運用する責任があり、不良債権となる危険性の高い過剰融資は厳に禁止されるべきものである。しかも、銀行は、大型フリーローンの融資金の使途に、変額保険、不動産共同投資、株の購入などの投資を勧めているのである。このような投資や投機目的に、国民の預金が使用されてはならない。
 そもそもこの大型フリーローンは、当の銀行からも不良債権になることが危慎されていたものである。個人向け大型フリーローンが急膨張した八九年の八月、都銀の融資担当役員は、「不動産を担保にした大型フリーローンといっても、年収からみて、年間返済額が重すぎるような融資にも応じるところがある。焦げ付いても自宅から追い出すことはまず不可能なのだから、自分で潜在的な不良債権をつくるようなもの」と懸念を表明していたのである。
 大型フリーローンは、潜在的な不良債権をつくり出すものであることが予見されていたものであり、欠陥商品であったといえよう。
 しかし、大型フリーローンを販売しはじめた当初は、前記都銀の融資担当役員も、「焦げ付いても自宅から追い出すことはできない」といっていたにもかかわらず、実際にはバプル崩壊後不良債権になってしまってきている大型フリーローンの多くのケースで、今、二次担保に提供していた自宅等にまで競売申立てをされている現状にある。
 その背景としては、住専の処理の問題にみられる不良債権の回収努力を怠っている銀行への国民の反発を逆手にとって、個人に対する競売等の強行措置に出てきているのである。
 しかし、不動産関連企業への貸付と、大型フリーローンによる個人への貸付とは、融資の実態が違うのである。
 不動産関連企業の場合には、その企業の事業計画に基づいて借入をしたのであり、その企業の計算と責任において融資を受けたものである。それに対し、個人の借入の場合は、銀行が「相続税対策には最適である」「儲かるので、借金と金利は売ったなかから返せばよい」といって、変額保険・株購入・収入アパート建築など使途まで提案して融資をしたものであることが多く、これは借りた個人の計算と責任において融資を受けたというよりは、むしろ、銀行の計算において融資をしたというのが実態に近い。もし、銀行から、商品の危険性についての十分な説明を受けて、そのうえでの判断に基づいて借入をしたのであれば、借手の自己責任が問われてもやむをえないであろう。
 しかし、銀行からは危険性は知らされず、借金の返済は買ったものを売れば返せる、という銀行の説明を信じて借金をしたのに、形だけといわれて担保に入れた自宅まで売却して借金を返すのが、借手の自己責任だといわれても、とうてい納得のいくものではないであろう。
 一方、最終的には八兆円を上回ると見込まれている住専七社の不良債権の回収は、ほとんど手付かずの状態である。これらの債務者は、融資金で購入した不動産以外にみるべき資産をもっていない会社であるから、バプルが崩壊して、買った不動産の担保価値が下がってしまうと、その目減り分がそのまま焦付きになってしまい、その回収ははかれないということもある。しかし、それだけではない。住専七社の大ロ融資先としてリストアップされた不動産関連企業のなかには、少なからず暴力団とのかかわりを噂されている会社もあり、またそうでない会社も、銀行から財産を守ってやるとか、負債の整理をしてやるとかいう口実で暴力団が乗りこんできている。
 暴力団は、不動産の名義を書き換え、あるいは賃借権を設定したりして、その不動産からえられる賃料収入を横取りする一方、暴力団が不動産を占拠しているために、競売しても誰も入札する者はいないことをいいことに、債権者である住専、銀行に債権を大幅に放棄させて、その不動産を横取りすることが横行している。これは、銀行が暴力団にはいいなりなのに、一般個人には厳しくとりたてをしているということだけの問題ではない。
 ひと口に不良債権というが、その貸付と貸付の使途が、借手の側の計算においてなされた結果、不良債権となったという通常のケースの場合と、貸手である銀行の側の計算においてなされた結果、不良債権になった場合とでは、その不良債権についての処理のあり方も違ってこなければならない。

 【U】 インフォームドコンセントと銀行の説明義務


[1] インフォームドコンセントと自己責任


 借手の方から、住宅ローンなどのように使途を計画して銀行に借入を申し込んだ場合は別として、不動産担保の大型フリーローンの場合、多くのケースでは、銀行が生命保険金社や不動産会社、建設会社と連携して資産のある個人に融資を勧めている。銀行は、その融資金の使途を提案するための個人の経済的事情、家族関係などの個人情報については銀行独自にえている場合と、逆に不動産会社、あるいは建設会社から入手する場合との二とおりがあるが、銀行はいずれもそれらの個人の情報を分析して、その個人のニーズにこたえるというやり方で、相続税対策であれば変額保険や不動産共同投資であり、あるいは遊休地をもっている入には立体駐車場や、アパートの建設など融資金の使途を提案したのである。
 変額保険を活用した相続税対策のメリットは、次のように説明された。
(1)銀行から借金をすることで、相続税評価額を引き下げる効果がある。
(2)死亡時に、保険金と借入金の元利合計の差額が手に入るので、納税準備ができる。
 だが、こうしたスキームには重大な落とし穴が隠されていた。株価の下落で保険金の運用状況が悪化したり、借入金利が上昇すると納税準備金どころか借金が返せなくなる危険性がある。多くのケースでは、この危険性についてはまったく説明を受けていない。変額保険という意味も知らされずに加入した人がほとんどである。
 不動産共同投資の場合も状況はほとんど同じである。
 不動産共同投資事業とは、マンション、オフィスビル、ホテルなどの不動産からえられる利益(賃料や売却益)を受け取る目的で、その不動産の区分所有権や共有持分権または金銭等を不動産を運用する事業者に提供し、事業者においてそれらの不動産を一括して運用して、そこから生ずる利益を提供者に分配する事業である。
 日本では一九ハニ年ごろから販売されはじめ、パプル期に金融機関と提携し、購入者に手持ち資金がなくとも提携ローンを利用して購入できること、また所得税対策、相続税対策にも最適であること、さらに高率の利益保証と十年後には高額で買い取るなどのセールスポイントで売り出された。しかし、これらの業者は販売をのばしながらも、購入者に行なった高率な利益保証を支払わなければならず、購入者から賃借りした当該不動産の収益だけではとうてい賄えず、さらに新たな物件を販売しては、その購入代金を支払に充てるという自転車操業的な経営で、いずれもバプル崩壊前後に経営破綻した。
 主な不動産共同投資事業者は、マルコー、五輸建設、ライベックス、高野敏夫商店であるが、これらの販売総額は、一七五二億円で七四三四人にのぼる。
 不動産共同投資事業は本来投資であるから、物件の運用や不動産価格の変動によって、運用損失が発生することや売却後の配当金が購入価格を下回る損失も考えられるものである。それにもかかわらず、業者は確定利益の保証や将来の買取価格の保証をしていた。しかもホテルとして運営されている客室の十数分の一の共有持分権や、海外に所在するオフィスビルなどの何百分の一の共有持分権を有していても、自ら使用収益することはできないし、換価しようにも市場がなく投下資本の回収はおぼつかないものである。
 しかし、十年後には高額で買い取るから借金はそれで返済すればよいといわれて、融資を受けて購入したのである。業者と一体になって購入を勧誘した銀行は、これらの商品の危険性についても説明をせず、借金の返済は買ったものを売れば返せると説明していたのである。
 過剰融資のケースの多くは、銀行からリスクの開示はなされず、まさか返済できなくなるような事態になるとは想像すらしていなかったのである。十分な説明を受けて、そのうえで判断したのであれば自己責任が問われてもやむをえないが、誤った情報やあるいは欺瞞的な説明を信じて判断した場合、その判断に基づく意思決定形成過程(動機)には暇庇があるのであるから、その結果を引き受ける責任はないと考えられる。
 松本恒雄教授も、金融取引における説明義務に関し自己責任を問う前提として、十分な情報に基づいて行動したのだから、あなたの責任ですといえるだけの情報を、情報格差のある場合には提供すべきだといわれている。

[2]銀行の説明義務


 銀行の説明義務を肯定した判決は、イアパクトローンの仕組みに関する説明義務のほか、変額保険のリスクについての消極的説明義務違反を認めた大阪地裁堺支部の平成七年九月判決がある。そのほか変額保険に関し、銀行の説明義務を争った裁判は多数あるが、いずれも銀行の説明義務は否定されている。
 銀行の消極的説明義務を認めた大阪地裁堺支部の前記判決は、「保険募集の取締に関する法律九条で、銀行は保険の募集をすることは行政取締上できないから、銀行が顧客に保険の説明をする義務は原則としてない」としながら、「保険勧誘への銀行のかかわり方等によっては、特段の事情のある場合、募取法九条の趣旨に反しない範囲で銀行にも保険の説明ないしはそれに類似した行為をとる義務が生じうるとするのが信義則にかなうであろう」として、原告が途中解約の場合、解約返戻金が元本割れすることや、変額保険では利益が上がるだけで損失は生じないものと誤解することになったのに、銀行側は誤解を解くための説明を自らしたり、保険募集員に再度の正確な説明を促していないことは、消極的な説明義務違反だと認定したものである。

[3]鋭明義務を基礎づける銀行の専門家責任


 私は、銀行固有の説明義務については、医師、弁護士などと同様、銀行の金融問題の専門家という社会的立場から、顧客に対して説明義務が生じると考える。
 医師、弁護士に専門家責任が認められる根拠は、知識、情報、経験において高度の専門性を有すること、業務資格は公的な免許によるものであること、業務の内容も社会公共的役割を担うことが期待されており、かつ依頼者、顧客からの高い信頼がある。銀行も金融問題については、知識、情報、経験において高度の専門性を有しており、また、大蔵大臣から免許をえて特権的に銀行業務を行なっている。銀行への国民からの信頼は絶大なも
のがあるという点では、医師、弁護士に変わらないものであり、銀行にも専門家責任が認められてよい。
 したがって、銀行も、医師、弁護士と同じく、最終的決定権者である依頼者、顧客がよりよい選択ができるよう、専門家の立場から情報を調査収集し、それらの情報を顧客に開示するなどして説明すべき責任がある。

[4]専門家責任としての銀行の説明義務の内容


 この銀行の専門家責任の内容は、調査義務とならんで説明義務が主なものである。銀行の調査義務には、担保適正評価義務、返済能カ適正評価義務などが含まれる。銀行は、借手の信用調査を自らあるいは信用調査機関を通じて行なうことにより、借手の返済能力の限度を判断できる立場にある。また、融資金の使途が特定の物の購入である場合には、その物の評価ならびにその物の販売業者の信用調査にも及ぶ。銀行は、顧客に対してその調査結果を開示説明すべきことが銀行にとって基本的な義務であるといえる。ノンバンクに関する簡裁判決であるが、借手の支払能力について貸金業者の調査義務懈怠(けたい)のリスクを貸金業者に負わせ、請求額を制限するものも出てきている。
 判決は、「国が事業者に向けて特別に規定を設けて禁止した過剰与信が、債務者の支払い能力を超えるかどうかの調査や判断に重大な誤りがあった事業者が、法のカを借りて債務の全額の支払いを債務者に求めるとすれば、信義誠実の原則に反し権利の乱用に当たると解すべきであり、信義則を適用して事業者の請求することのできる範囲を限定するのが相当である」とする。
 変額保険について裁判所は、銀行は、保険募集取締法第九条で、保険の勧誘行為を行なうことは禁止されているから、変額保険のリスクを説明する義務はないというものがあるが、保険の勧誘行為と変額保険リスクを説明することとはまったく別個の問題である。変額保険における融資契約は、融資額が高額であり、変額保険そのものが新親の保険で、一般に知られていなかったものであり、しかも運用によっては損失が生ずるものであるだけに、銀行は金融の専門家として、融資希望書に対しては変額保険の仕組み、とりわけ返済困難に陥る危険性について十分な説明を行ない、そのうえで融資を行なうべきだったのである。

[5]銀行の不実表示

 バブル期に、銀行が個人向けに不動産担保の大型フリーローンで融資するにあたっては、多くのケースでは、銀行は、前述の説明を怠ったというよりは、むしろ積極的に事実に反する説明を行なっている。例えば、変額保険では変額保険のリスクを十分説明しなかったというよりは、銀行は「融資元利金は保険金(解約返戻金)で十分に返済できる」などというむしろ欺瞞的な説明を行なっている。
 また、不動産共同投資の場合であるが、十年後に建設会社が高額で買い戻すという約束の履行を懸念した顧客から、当該建設会社が、その前につぶれないかと心配して訊ねられたのに対し、銀行は、古くからの付き合いで当行がメインバンクとして全面的にバックアップしている会社だから、絶対につぶすようなことはしないと言明していたのである。さらに、「当行の上司も相続税対策に最適であることからこの不動産(ホテル)を何口も購入している」とまでいったのである。しかし、この銀行はこの建設会社からの大口の融資申し込みは却下し、わずかに支店長の枠で貸出できる四億円の借入しか認めなかった。
 一方、顧客は、二次担保になる資産があることから、銀行は顧客に前述のような嘘までいって積極的に融資をしたのである。この銀行の行員のなかには一人として、このホテルの持分を買ったものがいないことは、この建設会社が倒産し、被害者に銀行員が一人もいないことからはじめてわかった。

[6]説明義務違反に対する法的構成


 医療において説明義務は、おもに医師の不法行為責任の分野で論じられてきた。
 それでは、金融取引においては、銀行の説明義務違反はどのような法的構成が可能であろうか。もちろん、銀行が説明義務違反で不法行為責任が問われることもあるであろう。 しかし、説明義務違反が融資契約における借手の意思形成に重大な影響を与えた場合に、その融資契約そのものにも影響をもたらすと考えられないであろうか。
 銀行が、行なった詐欺もしくは詐欺に近い欺瞞的な説明を信じて、これらの物件を購入するために融資を受けた場合、借手の融資を受けるという意思形成過程に瑕疵があるとして、その融責契約そのものに影響を与えないものであろうか、という問題である。
 中田邦博教授は、錯誤とは、自らの思い違いによって意思表示をした場合なのだから、他人によって自由な意思を害されたとはいえないとして、むしろその失敗は自己責任の範囲に属するのであり、これを相手方に転嫁するのは例外的な場合であるとされる。
 しかし、情報を提供すべき義務がある相手方が、十分な情報を与えなかったり、あるいは誤った情報を与えて判断を誤らせた場合(動機の錯誤)には、その判断の誤りの責任は相手方にあるものであリ、その意思表示は瑕疵あるものとして無効であることが認められなければ不合理である。
 長尾治助教授は、消費者の意思表示が事業者の作為的表示によって惹起された場合は事業者の過失か錯誤が認められ、また事業者の不作為的表示による場合は信義則上、事業者の告知、説明義務違反を理由に帰責性が認められることから、錯誤無効を認めようとされる。
 高度に専門的な分野では、消費者が自主的な判断ができるためには、その前提としての説明義務は不可欠である。
 インフォームドコンセント(説明に基づく同意)は、医療における患者と医師との関係を新しくとらえるなかで、患者の権利とりわけ患者の自己決定権を保障する法論埋として発展してきたが、消費者契約における消費者主権を確立するうえでも、インフォームドコンセントの論理は重要である。
 長尾治助教授は、安全確保原則とならんで真実開示義務を重視され、消費者法の基本的原理として形成されているとされる。

 
【V】 提言

[1]不良債権を分類し、その処理のルールをつくる

 バプル期にいわゆる金融不祥事が続出し、これについては、全国銀行協会連合会が、平成三年十月ニニ日付けで「業務運営体制のあり方等に関する改善措置について」などの報告書を出しているものの、文字どおり不祥事と片付けられ、バプルを生み出し、金融破綻をもたらし、さらにバプルによって日本国民全体にどういう被害をもたらしたのかについての反省は少ない。
 とりわけ、前述した不動産担保の大型フリーローンによる過剰融資によって、借金の必要のなかった人が、バプル崩壊後、どれだけ生活破綻に追い込まれてきているかの実態も明らかにされていない。調査したならば、おそらくその実数は想像を超えるものであるに違いない。
 一九九五年の六月に大蔵省が発表した「金融システムの機能回復について」で、明らかにされた同年三月末の都市銀行、長期信用銀行、信託銀行ニ十ー行の不良債権は、十ニ兆五五OO億円であるが、これらの不良債権が、債務者の自己責任に属するものと、貸手である銀行に主に不良債権を生じさせる原因をつくったものとが分類されていない。不良債権を分類させたうえで、デスクロージャーさせ、処理についての合理的な基準を設け、不良債権を処理しなければならない。なぜならば、前記の大蔵省の報告書によれば、回収できない不良債権の処理のため積み立てられた債権償却特別勘定引当金の残高は、四兆三OOO億円であり、これらの引当金が、優先的に暴カ団関連企業の不良債権の償却に使われているとしたら問題だからである。
 実際に銀行の企業会計では、これらを区別していない。住専の大ロ債権者にみられるように、不動産関連企業などが企業の事業計画に基づいて融資を受けた場合のように、借手の自己責任が問われてよいケースでも、銀行は、これらの債務については二次担保がないために、結果的にはこれを優先的に償却して事実上債権を放棄している。一方、不良債権を生じる原因を貸手である銀行がつくり出した個人の不良債権については、個人には自宅等の二次担保があるために、長年住んでいた自宅まで競売手続を強行してきているのである。このようなあペこベの不良債権の処理が行なわれてはならない。

[2]銀行の説明義務を明確にした包括的消費者保護立法を


 バプル期に構造的な過剰融資が生み出された原因には、銀行に対しては、消費者を保護する法律がないこともある。ノンバンクについては、貸金業等の規制に関する法律により、契約書の交付が義務づけられ、また過剰融資が禁止されているが、銀行にはそのような法律がない。貸金業の規制に関する法律を策定した当時の大蔵省の見解によれば、銀行は、これらの法律の制定を待つまでもなく自主的に遵守しているので、あえて法律を制定する必要がない説明していたが、バプル期には、それまでの銀行の慎重な融資行動からは考えられないような異常な融資行動が展開された。
 銀行を含め金融機関等の与信業務に関して、消費者保護の立法があらためて検討されなければならない。その場合、銀行の顧客に対する説明義務を明確化し、その際、不動産仲介業者に要求かれているような重要事項説明書の作成、交付を義務付ける必要があると考える。(了)

●【参考資料・文献】
(l)東京地裁平成四年(ワ)第19016号貸金返還請求事件。
(2)経済企画庁総合計面局編「金融自由化と金融システムの安定性」(一九九三年)。
(3)一九ハ九年八月六日付け朝日新聞。
(4)「変額保険、大蔵直轄銀行の犯罪」週刊東洋経済(一九九六年)。
(5)日弁連消費者対策問題委員会「変額保険・不動産共同投責事件と融資者責任」。
(6)座談会「金融取引における説明義務とはなにか」金法1407号67頁。
(7)大阪地判昭和六ニ年一月二九日判タ六三O号。
(8)大阪地裁堺支部平成七年九月八日判決金法一四三二号三五頁以下。
(9)能美善久「専門家の責任」別冊NBLニハ号。
(10)長尾治助「金融機関の担保適正評価義務」ジュリ九九四号七四頁以下。
(11)釧路簡裁平成六年三月一六日判快。
(12)中田邦博「消費者契約と意思表示の無効取消原因」長尾治助・中坊公平編「セミナー生活者と民法」「悠々社、1995年」65頁。
(13)長尾治助「消費者契約における意思主義の復権」判タ四九七号二O頁以下。
(14)長尾治助「契約における消費者保護」「現代契約法大系第四巻」「有妻闇、1985年」66頁以下。
(15)大蔵省銀行局内貸金業関係法令研究会編「貸金業法のすべて」。