【注】この小論は、銀行の貸し手責任を問う会事務局長の椎名麻紗枝弁護士が2002年、RCC整理回収機構社長が鬼追明夫氏時代(1999年8月〜2004年3月)に書いたものです。現在の社長は奥野善彦氏ですが、RCCの問題の本質が変わりませんので、「金融サービサー被害相談・電話110番」実施の期に再掲載しました。
ru RCC(整理回収機構)は現代の悪代官か?<2002年執筆>
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■RCCの虚像
中坊前社長「血も涙もある回収を」
中坊公平氏は、国民の血税をむだにしないためにも、容赦しない不良債権の回収をはかることを高々と宣言して、RCC(整理回収機構)の初代社長に就任した。皆、中坊社長のこの発言に拍手喝采をした。銀行が悪質な借り手に、巨額な債権放棄をしていることを知って、銀行の不公正な不良債権の回収を苦々しく思っていたからだ。一方で、銀行の押し付け融資をうけた個人債務者らに対しては、中坊氏は、血も涙もある回収を言明した。銀行の貸し手責任を問う会主催の久保昭元大蔵大臣との対談集会でも、中坊氏は、このことを強調され、公正な回収を約束した。バブル期に余った金の貸しだし先を見つけるのに躍起となっていた銀行から、さまざまな名目で騙しに近い手口で不当な押し付け過剰融資をうけた人々は、中坊氏の発言に大きな期待を持った。
台東信用組合から、押し付け融資をうけた松戸の中島さんも、その一人である。台東信用組合がつぶれた後、中島さんに対する貸金債権は、RCCに譲渡されたが、台東信用組合は、最終的には中島さんに対する融資に非があったことを認めたので、当然RCCもその立場を引き継ぎ認めてくれると思っていたのだ。しかし、RCCは、文句があるのなら、裁判を起こせという態度に終始し、中島さんの言い分には耳を貸さなかった。すでに、中島さんは、持っていた二つの不動産を、台東信用組合への債務の返済をするために、売却してしまって、残っていたのは、松戸の自宅だけであった。血も涙もある回収という言葉とは裏腹に、RCCは、中島さんの自宅にも競売をかけ、その結果中島さんは、自宅を失い、病に倒れ、今年失意のうちに亡くなった。中島さんは、亡くなるまで、毎月5000円をRCCに返済し続けていた。
RCCは、中坊公平氏の国民的人気に支えられ、その実像は隠されてきた。マスコミも、国民からの反撃をおそれ、RCC批判を差し控えてきた。しかし、ここにきてRCCの虚像がはげてきた。とりわけ、RCCの実態をよく知る中小企業家の間では、RCCの評価はまったく逆になってきている。
大手都銀も舌をまくRCCの回収の凄まじさ
RCCの回収の凄まじさは、大手銀行も舌をまく程である。大手銀行の行員は、RCCが高率の回収成績を上げているのが悔しいのか、「うちは、不動産を競売にかけはするけれど、売り掛け債権には手をのばさない。売り掛け債権まで差し押さえしてしまったならば、中小企業はつぶれてしまうからだ。しかし、RCCは、そんなことはおかまいなしに、売り掛け債権まで差し押さえをする。これぐらいやらないとこれだけの成績はあげられない」と自分たちの方が、情があるから、回収率が悪いのだという話をしている。私たちから見れば、どっちもどっちだと思うけれど。
私は、RCCの職員に、RCCの回収のやり方は、中坊社長の「血も涙もある回収」という方針とは大きく掛け離れているのではないかと指摘したことがある。その時、職員がなんと言ったか。こう言ったのである。「中坊社長は、二枚舌を使っているのだ。血も涙もある回収などというきれいごとを言っていたら、回収なんかできない」と言うのだ。正直といえば正直なのか。これがRCCの本音なのだろう。
鬼追明夫社長も、昨年(2001年)12月衆議院財務金融委員会に参考人に呼ばれた際、RCCの回収の原則は、「契約の拘束性」と「個人の尊厳を脅かすような回収は行わない」ということだと明言した。しかし、実際には、個人の尊厳を脅かすような回収は、日常茶飯なのだ。中小企業家の間では、「RCC送り」という言葉すら生まれているほどだ。RCC送りになれば、生きて帰れないという意味だ。RCCは、銀行ではないから、融資はしない。RCCに送られたら、銀行のような分割返済というわけにはいかず、一括返済を迫られ、それができなければ、競売手続きに入る。当然、企業は潰される。
銀行とは親密なRCC
RCCの職員には、潰れた金融機関を解雇された人が、RCCに雇いいれられた人たちが多い。銀行員の体質が抜け切れていないから、当然銀行の立場で、物をみるくせが捨て切れない。いきおい、返せない中小企業に対しては、返せないのはふとどきだと決めつけ、返せない事情を考慮しようといういきおい高圧的な対応でのぞむ。
一方、RCCは、銀行とはとても仲がよい。1昨年金融健全化法が改正になって、RCCの権限が拡大した。不良債権を銀行から時価で買い取ることもできるようになった。大手都銀が、これを利用して、RCCに不良債権を買い取ってもらうケースがとても増えた。公的資金を返済したことで、市場の評価の高い東京三菱銀行も、大量に不良債権を時価でRCCに買い取らせようとしている。この「時価」がくせものだ。時価だから、当然競売価格より高い価格だ。RCCが不良債権を買い取っても、これを回収する方法は、最終的には競売によるしかない。
そうなれば、時価で買い取った価格よりも低い価格になる可能性が高い。当然、RCCはその分損失を被ってしまう。RCCの損失は、預金保険機構を通じて、結局、国民の税金で埋められる。東京三菱銀行は、公的資金を返済したと言いながら、陰では、実質公的資金の注入を受けているのと変わりないことをしているのだ。ところで、他の銀行と比較して、東京三菱銀行だけが突出して内容がよいわけでもないのに、東京三菱銀行が公的資金注入にこだわっているのは、1説には、岸繁光前会長が、日銀総裁を狙っているので、出身行が公的資金を受けているようではまずいからだともいわれたが、私は、変額保険問題が大きいと思う。東京三菱銀行は、変額保険で被害者をいじめていることから、その問題で行政や政治に介入されることを警戒しているのだ。
ところで、RCCが、東京三菱銀行にこのような便宜をはかってやる一方で、債務者には、とても冷たい対応をしている。その端的な一例が、RCCは、債務者への親族が、債務者の生活の場を失わなくてすむよう、担保に提供された債務者の自宅などを買い取ろうとしても、「モラルハザード」だといって、債務者への親族への売却を認めないことだ。
RCCは、債務者が、担保を安く買い取って、残債務を踏み倒すことを認めることになるという考えだ。しかし、RCCが、債権回収の最後の手段は、競売で回収するしかない。競売の方が、債務者の親族に売却するよりは、より多く回収できるというのであればともかく、機械的に債務者への親族には売却しないというのは、論理的にもおかしい。
RCCの鬼追社長は、1昨年12月に、衆議院の財務金融委員会で参考人招致された際、RCCの回収の基本は、「契約の拘束性」と「個人の尊厳を脅かさない回収」であると答弁しているのである。債務者が、自宅を失いホームレスになることを避けさせようとして、債務者の親族が、せっかく買い取ろうとしているのをに、これを認めないというのは、RCCの理念にも反するものではないか。銀行の便宜を考えるよりは、債務者の個人の尊厳をまもってこそ、RCCではないか。
そもそもRCCが時価で買い取るということは、反面、債務者側が担保の不動産を買い取ろうとすることが困難になる。債務者(所有者)側が、担保の不動産を買い取るというと奇異に思われるかもしれないが、今、不動産の価格が下落し、担保割れが生じていることを逆用して、実質債務を圧縮する方法だ。銀行も競売に出すよりも、時間とコストを節約できる。それに競売は銀行としては、本来避けたいことだ。もちろん、債務者(所有者)が自分の物を買い取るわけにはいかないから、第三者の名前を借りることが多い。買い取るばあいには、銀行の担保は全部抹消される。
銀行には売却した代金から、借入金の一部が返済されるが、もちろん債務全額は返済されないから、残債務は残る。しかし、債務がいくら残っていても、銀行にとっては無担保債権になってしまっているから、実質的な価値はほとんどなくなる。銀行も、そのような無担保の残債権を抱えていても意味がないし、金融庁からもオフバランス化を督励されているため、無担保の残債権は、銀行は、金融サービサーに二足三文でバルクセールするのが通常だ。金融サービサーは、元手とコストがまかなえる金額で債務者側が買い取ってくれれば、残債権を放棄してもなんら損失はない。
苦肉の策だが、債務者が生き残るための自衛手段だ。司法が、銀行の貸し手責任を認めないからだ。
しかし、RCCが時価で買い取ったばあい、RCCは、時価にプラスした金額でしか売却するのを認めない。当然、銀行から買い取るより、高い価格になる。買い取る資金を金融機関から調達するばあい、買い取る価格が高いと調達が困難となり、買い取ることができなくなる。
個人の尊厳を脅かす回収は行わないという鬼追社長(当時)の言葉は偽りなのか。