明治21年(1888年)。磐梯山が大爆発をおこし、山の北側半分(小磐梯)が
吹き飛ばされ、村民477名が犠牲となった。明治以降、我が国最大規模の火山災
害であった。
その時、噴石や泥流により桧原川がせき止められて誕生した湖が檜原湖で、長
さ10.5`、周囲37.5`。南北に長い、出入りの多い湖である。また、雄子沢
細野・桧原の村々が湖底に沈み、現在も水の底に鳥居や木々の立枯れなどを見
ることができる。
他にも小野川湖や秋元湖、五色沼などの美しい湖沼群がつくられ、現在では福
島県を代表する一大リゾート地となっている。
へら鮒の放流については定かではないが、先日、東京の山崎なおひろさんから
次のようなメールをいただいた。
「増田逸魚という釣師の書いた「ヘラブナ三国志」をご存知ですか? 関東の
ヘラ釣り黎明期のことを、土肥伸という釣り人の生き様を通して描いた本
(古い本なので絶版だとおもいます)なのですが、そのなかに、土肥伸が亡
くなる数ヶ月前と書いてあったので多分昭和33年の夏か秋の事だと思いま
すが、檜原湖にいこうか、精進湖にいこうか迷って結局精進湖へいったとい
う件があり、その頃から一部の釣り人には知られた釣り場であったようです。」
言うまでもなく、土肥伸氏は日本へら鮒釣り研究会顧問を務められた方であり
当時すでに檜原湖が相当なへら鮒釣り場として認知されていた事が窺われる。
私が檜原湖で初めてへら鮒釣りをしたのは平成元年のお盆休み。場所はイカリ
潟であった。当時入門したてのビギナーであったが、マッシュの宙釣りで尺前
後の地べらをほんの2時間で5枚ほど釣った。
景色が素晴らしくて水もキレイ。色黒の見事な地べらが釣れる檜原湖にすっか
り魅了され、それから毎年仙台から通うようになったが、後にスモールマウス
バスやブルーギルが繁殖し、すっかり様変わりしてしまった。