特設:パンチャティキ宮 (トスカーナ州庁舎) 展覧会 |
| HOME|shin-onについて|ミラノからの便り|展覧会のお知らせ|コレクションのご案内|オーダーメイドのご案内|アトリエ展|shin-onのある処|特設:パンチャティキ宮 (トスカーナ州庁舎) 展覧会|MIDO展|shin-on ブログ|ここでSHIN-ONが観られます@(CHAPTER)|ここでSHIN-ONが観られますA(NORSK) |
![]() |
展覧会開催につき、トスカーナ州議会議長 リッカルド・ネンチーニ氏よりコメントが届きました(翻訳) |
SHIN-ON...は心の叫びのようなもの 自分自身との調和の表現である。 松山修平展 アート界に2002年より登場し、トスカーナ、アメリカを発信源として現代芸術家をイタリアおよび外国に対してプロモーションしてきたスター・アルテ・ギャラリーの製作した素晴らしいカタログのおかげで、日本生まれでイタリアで腕を磨き、現在の世界の美術シーンでも最も重要な存在の一人となったこのアーティストの世界を知ることができる。 松山修平は東京生まれだが、二十一歳の時に自らの修養のためにイタリア渡航の必要を強く感じるようになった。かつて十七世紀から十八世紀全般にかけて、主にイギリスやフランスの多くの芸術家、文芸家などがティレニア海沿いに南下して来て、そこから内陸に入ってイタリア中部、南部を巡る習慣があり、それは「グラン・ツール」と呼ばれたが、松山の歩みはこうした昔日の芸術家たちの足跡を辿るかのようである。そして修平の新しい文化を求めるその旅は日本から出発してイタリアのペルージャにたどり着くことになる。同地に留まることにした彼はイタリアの古今の巨匠たちを間近に眺めながら美術アカデミーで絵画の修行を積み、90年代初頭にミラノに移り住み、現在に至っている。 精神的にも現実的にも留まることを知らない旅人である彼は、かつても今も彼の大いなる文化的関心を引き続ける第二の祖国ともいえるイタリアでも、また彼の芸術を非常に評価する国アメリカでも盛んに発表活動を展開している。深い東洋的なエッセンスの語り手である彼の現在の使命は、絵画を通して西洋に対して「全ては音である」という持論を教え広めることにある。知性とともに東洋と西洋の両方の世界に属する心だけが発揮できる技術的・精神的な精確さによって配された色彩が主役となって記号と感覚の響き合う作品とともに、松山修平は国際的なアートシーンの中でも最も評価されるマエストロの一人と目されている。視覚と聴覚という異なる感覚によって知覚される一見異質な世界を統合して見せる彼の世界は、音の視覚的表現であり、その色彩を操る身ぶりは、技術的にも精神的にも真の名人のそれである。 2000年からさかんに文化交流を促進しているトスカーナ州議会庁舎を2005年夏期展示ツアーの皮切りにお選び頂いたことを感謝しつつ、松山修平氏自身よくご存じで心から愛していらっしゃるトスカーナの地が氏にとって芸術的な意味でもまた、人間的な触れあいという意味からも素敵な出会いの場になることをお祈りしております。 リッカルド・ネンチーニ(トスカーナ州議会議長) |
![]() |
続いて、パオルッチ氏(トスカーナ州文化財保護局長)のコメントです |
SHIN-ONとは、日本の漢字で作られた言葉で、正確にイタリア語に訳しようがないが、翻訳を試みるならば「音の視覚表現」とか、「絵画になる音」とか、そのような意味のものである。 松山修平は五十歳の峠を越えたばかりの日本人アーティストであるが、彼はイタリアを祖国に選んだ。イタリアから出発して母国日本はもとよりヨーロッパ各国、アメリカでの成功を重ねるうちに徐々に深みを増し洗練を遂げながら、彼はメロディアスに立ち騒ぐ世界、その広大なざわめきをイメージに置き換えて、世界の知覚を我がものにし、形に表現して来たのである。 彼の芸術の奥底には、本当の目に見える世界の摂理を前にしたときに息を飲み立ち尽くす時の、あの「アニミズム的」とも言える宗教的な聴取の態度がある。彼の祖国が日本であることを思えば、これも簡単に説明がつく。また、東洋の表意文字の到達している抽象的純度、その詩的ミニマリズムをよく知らない方でも、彼の洗練された筆致と美しくまた厳密な色彩の組み合わせ方の中に彼の故国の文化の根源を感じることは容易である。しかし松山修平の芸術にはそれではおさまらぬ要素も多々ある。アンフォルメルや叙情的抽象の持つモダン性、荒れ地の直中で詩的意味の永遠性について問いかける者の哲学的内省などが見えてくるのだ。比例、バランス、秩序、などというイタリア古典の伝統を深く理解し、それを独自のフォルムに解釈し直しているのも分かる。フォンターナやブッリに見られるのと同じ現象である。彼がペルージャの芸術アカデミーで勉強し、ピエロ・デッラ・フランチェスカやペルジーノ、また都市や風景の広がりの中の美しさを吸収したことを思えばそれも当然のことである。 今の時代がもたらす異文化間の融合の優れた事例のなかでも松山修平という存在は特にその成功した例と言えるだろう。それゆえ2005年春のフィレンツェにおいてこの美しくも詩的なイベントの受け入れ役をつとめることは、我々一同にとって誇らしくまた特別な満足感を与えてくれるものである。 パオルッチ(トスカーナ州文化財保護局長) |
![]() |
パンチャティキ宮の模様 |
ローマ法王の葬儀のために、会期が遅れましたが、 大変盛況でした。ありがとうございました。 |
![]() |
![]() |
|
![]() |
![]() |
|
![]() |
![]() |
|
![]() |
| HOME|shin-onについて|ミラノからの便り|展覧会のお知らせ|コレクションのご案内|オーダーメイドのご案内|アトリエ展|shin-onのある処|特設:パンチャティキ宮 (トスカーナ州庁舎) 展覧会|MIDO展|shin-on ブログ|ここでSHIN-ONが観られます@(CHAPTER)|ここでSHIN-ONが観られますA(NORSK) |
|