氏 名 新生 剛士 TAKESHI SHINJO
競 技 アメリカンフットボール
ポジション QB(クオーターバック)
生年月日 1968年12月11日
出身地 大阪府堺市
身 長 183.5cm
体 重 83kg
29cm
血液型 B型
職 業 会社員
趣 味 スポーツ観戦/ 観戦記執筆/ 放浪の旅/ 放浪記執筆
好 物 カレーライス
1975年度〜1980年度 堺市立金岡小学校/金岡南小学校(80年) 子供会ソフトボールチーム
  ◆主な戦績: 80年度 校内トーナメント大会優勝。学校代表として市のブロック大会出場。
  プロ野球選手になりたいと思っていた割にはソフトボールの6番打者という至って地味な存在だった。
         
1981年度〜1983年度 PL学園中学校 軟式野球部
  ◆主な戦績: 83年度 大阪大会ベスト4
  公式戦はもちろん練習試合を含めて3年間、試合出場機会0(ゼロ)の「ド」がつく補欠だった。
         
1984年度〜1986年度 PL学園高校 軟式野球部
  セレクションのある硬式野球部入りを諦め、軟式野球部に入部。しかし進学準備の為、2年生の夏の大会を前に退部。
中学高校時代を通じて公式戦出場記録0(ゼロ)のまま野球選手としてのキャリアを終了。
         
1987年度〜1990年度 関西大学 体育会アメリカンフットボール部イーグス
  ◆主な戦績: 89年度 近畿学生リーグ【二部】優勝 関西学生リーグ【1部】昇格
    90年度 関西学生リーグ【一部】1勝7敗 7位
  当時、関西で大人気となり、「大学から始めても勝負できるスポーツ」という評判であったアメリカンフットボールに挑戦。
3回生の時、小学校6年生以来(!)となるレギュラーポジションを獲得。
その年、一部リーグに昇格するが、最終学年は怪我の不養生が祟り、散々な出来で引退した。
         
1991年度〜1999年度 社会人アメリカンフットボール リクルートシーガルズ
  ◆主な戦績: 96年度 日本社会人選手権「東京スーパーボウル」優勝/ 日本選手権「ライスボウル」優勝
    97年度 東日本社会人トーナメント「パールボウル」優勝
    98年度 日本社会人選手権「東京スーパーボウル」優勝/ 日本選手権「ライスボウル」優勝
  入団当時は一部リーグ昇格2年目の発展途上のチームだったが、着実にステップアップを果たし、入団6年目に悲願の日本一。
個人的には4年目のシーズンでレギュラーポジションを獲得したが、翌年に怪我でシーズンを棒に振るなど、
一進一退を繰り返しながら9シーズンプレーし、2度の日本一を経験。
         
2000年度〜2001年度 社会人アメリカンフットボール アサヒ飲料チャレンジャーズ
  ◆主な戦績: 00年度 日本社会人選手権「東京スーパーボウル」優勝 日本選手権「ライスボウル」優勝
    01年度 日本社会人選手権「東京スーパーボウル」優勝
  新たな活躍の場を求めてアサヒ飲料チャレンジャーズに移籍。初年度は春からチーム作りに積極的に関わり、
リーグ戦序盤の大量得点勝利に貢献したがシーズン後半失速。レギュラーポジションを失い、バックアップとして2シーズンを過ごした。
         
2002年度〜 米国で*アリーナフットボールリーグ(AFL/AF2)に挑戦中
  ◆主な経過: 02年2月 AFLパシフィックリムトレーニングキャンプに参加。その際、AFL・シカゴラッシュのキャンプへの招待を受ける
    02年3月 AFL・シカゴラッシュ キャンプ参加
    02年6月 シカゴラッシュのコーチの推薦でAFLのマイナーリーグであるAF2ペンサコラバラクーダーズ入団。
1ヶ月間在籍し、出場のチャンスを得たが、ビザ問題がクリアできずチャンスを逃す
    03年3月 AF2・フロリダファイアーキャッツ トライアウト合格。練習生として在籍
    03年5月 AF2・グリーンベイブリザード トライアウト参加
    03年7月 モヒガンウルブス トライアウト合格。
インターナショナルロースターとして契約するがベンチ入りを果たすことなくシーズン終了
         
*『アリーナフットボールリーグ』
1987年創設の8人制屋内アメフトのプロリーグ。一部リーグにあたるAFLと2部リーグにあたるAF2があり、2002年シーズンから日本人選手が参戦。2003年シーズンは6人の日本人選手が試合に出場した。
   
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