滞在を終えて
NZってどんな国? 仕事の見つけ方 NZのワーホリ制度 出発までにした事 邪道なワーホリ生活

ワーキングホリデーは、自分自身と向き合えて、自分の力を試せる時間。
人生の中で唯一、思い通りに出来る「夢の時間」。

私がワーキングホリデーで海外に行きたいと思ったのは、25歳の頃である。
ただ、国籍が中国だったこともあり、実現するまでの道のりは長かった。
日本に帰化して、日本のパスポートを取得しなければならなかったからだ。
ビザを取れたのは28歳の時である。

海外に滞在したいという夢は昔からもっていたが、 英語に自信が無かったため
仕事では無理だと思い、語学留学も明確な将来の目的がないため諦めた。

そこで、自分ができて現地の人に受け入れてもらえると思ったのが、
日本語を教えるボランティアだった。 正直、20代最後の自分へのご褒美として
ニュージーランド行きを決めた。

なぜこの国に決めたかというと、卒業旅行で行ったオーストラリアがすごく気に入ったから。 雰囲気が似ていてまだ行ったことがない国というこで選んだ。

ニュージーランドは若い子には、刺激が少なくて退屈と聞いたことがあったが、
30代間近の私にとっては、リラックス出来てちょうど良い国だった。

渡航する前は、ホームステイをしながら現地の学校で6ヶ月間、日本語を教えた後
ツアーに参加してちょっと旅行して帰ってくるつもりだった。

しかし、予定大変更。日本語教師のボランティアの後、無計画のままガイドブックを
持たず、まわりの情報を頼りに気の趣くまま旅を始めた。

一人旅って日本だと寂しかったり、危なかったり。 なんかマイナスなイメージが多いが、
ニュージーランドはそれを簡単にさせてくれ、反対に自分を知る良いきっかけとなった。

もちろん、食事を一人で取る時もあった。 でも新しい町に着いて、地図を見ながら
宿泊場所を探す時のドキドキ感。新しい職場に行く時の気持ちと同じ。

どんな人たちが居るのかな。どんな町なのかな。この町や宿は自分に合うのかな。
毎日が新鮮で、一週間がどれだけ長く感じたことか・・。

でも実は、4月23日に入国して最初の約2ヶ月間は泣きそうなぐらい辛かった。

ホストマザーとは上手くいかないし、学校の駐車場で車をぶつけて
学校には行きづらくなるし、週末は家に居ることが多く退屈だった。

体を休められて良かったが、コミュニケーションが取れない自分が情けなく、
そしてあまりにも情報が無くて、島流しにあった気持ちになっていた。

しかし、一人の日本人の女性と出会ってから考え方が変わった。
彼女はタウランガの隣町から学校に電話でアポをとり、 私と一緒にクラスで
日本語を数週間教え、そして一人旅をして日本に帰っていった。
私は、彼女の行動力と度胸がすごいと思った。

それからコミュニケーションが取れないことをあまり悩まず、
学校では頑張りすぎないで楽しもうと思い、学校の二週間の休みには、
一人で大都市のオークランドへ行き滞在した。

人に期待したり、自分の環境を嘆いたり、完璧にこなそうとする毎日から脱出し、
深く考えず適当にしたいことをする、自分へと変わっていった。

7月の下旬から日本食レストランで働くことになったが、これが潤滑油となり
毎日刺激的な日々が送れるようになった。


日本人の仲間ができ、ホストマザーとも上手く行き、
学校でも自分の出来ることを見つけられるようになってきた。

何でもよく三ヶ月が基準というけれど、これは本当に正しいと思った。

三ヶ月経てば、現地の人と同じように英語が話せるようになるというのは
絶対に無理だけれど、 人間がその環境に慣れ、学習したことが行動や結果として
出てくる時期だ ということを実感した。

人間は慣れない環境の中で、必要最低限の生活をすることで
その置かれた状況に適応するために日々学習し、賢くなっていく。

初めから何でも出来る人はいない。
私も、テレフォンカードで電話が架けられるようになるまで数回トライしたし、
銀行の口座開設では、口座の種類を理解できなかったため、店員に
「英語が話せる人を連れてきて」と言われた。

滞在当初は、たくさん恥ずかしい思いをしたし、必要以上にお金もかかった。

でも、人に頼んでいたら一生自分一人では出来ないし、苦い経験があるからこそ
次ぎに活かせられたのだろう。

ニュージーランドは比較的治安の良い国だと思うけれど、 やっぱり
どこの国に住むにも危険はつきもの。嫌な思いや危ない思いも少なからずした。

路上を歩いていると、ガムやゴミなどを投げられたり、大きな声で怒鳴られたり。
私の場合、キーウイやマオリの若者の集団だったけれど、 インフォメーションセンターで店員に笑われたり、バスに乗せてもらえなかったりしたワーホリ仲間もいた。

反対に抵抗すると危険なケースはたくさんあるけれど、
公共の場での明かに差別だと思われる行為に対しては、 英語でしっかり
反撃しなければいけないと思う。

実際に彼女たちは、差別的な態度をした彼らの上司に訴えたらしい。
彼女たちの行動は、すごくカッコイイと思った。

11・12月は北島、1月から約2ヵ月半は南島を回ったが、ガイドブックを
持たないで、自分の感性だけで移動した。 だから、観光地として
見過ごしている所がたくさんある。

トンガリロ国立公園もミルフォードサウンドも行っていない。
また、国鳥であるキーウイバードも見ていない。
だから、胸を張っていえる旅行ではなかったかもしれない。

でも、今までの人生の中で、こんなに記憶に残る一年を過ごしたのは初めて。

それは日々、体力・知力・感性を使っていたからだと思う。
とにかくたくさん歩いたし、旅行の計画や毎日を安く過ごすために頭を使った。

そしてたくさん笑い、別れの時はたくさん泣いた。体の機能を全て使ったからこそ、
写真を見るだけで明確にその時の状況や心境を思い出せるのだろう。

この一年間の滞在で、たくさんの国の人と知り合いになれた。
そして、一番うれしかったのは、逞しくて行動力のある日本人女性に
たくさん出会えたこと。

また、やさしくて心の広い日本人男性にたくさん出会えたこと。
これは私の一生の宝。

私の滞在に関わってくれた皆さんに感謝します。
ありがとうございました。

YHA
Tauranga
SpaLodge
Queenstown

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