| 滞在を終えて | ||||
| NZってどんな国? | 仕事の見つけ方 | NZのワーホリ制度 | 出発までにした事 | 邪道なワーホリ生活 |
|
ワーキングホリデーは、自分自身と向き合えて、自分の力を試せる時間。
人生の中で唯一、思い通りに出来る「夢の時間」。 私がワーキングホリデーで海外に行きたいと思ったのは、25歳の頃である。
海外に滞在したいという夢は昔からもっていたが、
英語に自信が無かったため そこで、自分ができて現地の人に受け入れてもらえると思ったのが、 なぜこの国に決めたかというと、卒業旅行で行ったオーストラリアがすごく気に入ったから。 雰囲気が似ていてまだ行ったことがない国というこで選んだ。 ニュージーランドは若い子には、刺激が少なくて退屈と聞いたことがあったが、30代間近の私にとっては、リラックス出来てちょうど良い国だった。 渡航する前は、ホームステイをしながら現地の学校で6ヶ月間、日本語を教えた後 しかし、予定大変更。日本語教師のボランティアの後、無計画のままガイドブックを ニュージーランドはそれを簡単にさせてくれ、反対に自分を知る良いきっかけとなった。 もちろん、食事を一人で取る時もあった。
でも新しい町に着いて、地図を見ながら 毎日が新鮮で、一週間がどれだけ長く感じたことか・・。 でも実は、4月23日に入国して最初の約2ヶ月間は泣きそうなぐらい辛かった。 ホストマザーとは上手くいかないし、学校の駐車場で車をぶつけて学校には行きづらくなるし、週末は家に居ることが多く退屈だった。 体を休められて良かったが、コミュニケーションが取れない自分が情けなく、
彼女はタウランガの隣町から学校に電話でアポをとり、 私と一緒にクラスで 日本語を数週間教え、そして一人旅をして日本に帰っていった。 私は、彼女の行動力と度胸がすごいと思った。 それからコミュニケーションが取れないことをあまり悩まず、
深く考えず適当にしたいことをする、自分へと変わっていった。 7月の下旬から日本食レストランで働くことになったが、これが潤滑油となり
|
|
日本人の仲間ができ、ホストマザーとも上手く行き、 学校でも自分の出来ることを見つけられるようになってきた。 何でもよく三ヶ月が基準というけれど、これは本当に正しいと思った。 三ヶ月経てば、現地の人と同じように英語が話せるようになるというのは絶対に無理だけれど、 人間がその環境に慣れ、学習したことが行動や結果として 出てくる時期だ ということを実感した。 人間は慣れない環境の中で、必要最低限の生活をすることで
初めから何でも出来る人はいない。
でも、人に頼んでいたら一生自分一人では出来ないし、苦い経験があるからこそ どこの国に住むにも危険はつきもの。嫌な思いや危ない思いも少なからずした。 路上を歩いていると、ガムやゴミなどを投げられたり、大きな声で怒鳴られたり。
公共の場での明かに差別だと思われる行為に対しては、 英語でしっかり 反撃しなければいけないと思う。 実際に彼女たちは、差別的な態度をした彼らの上司に訴えたらしい。 持たないで、自分の感性だけで移動した。 だから、観光地として 見過ごしている所がたくさんある。 トンガリロ国立公園もミルフォードサウンドも行っていない。
それは日々、体力・知力・感性を使っていたからだと思う。
写真を見るだけで明確にその時の状況や心境を思い出せるのだろう。 この一年間の滞在で、たくさんの国の人と知り合いになれた。
これは私の一生の宝。 私の滞在に関わってくれた皆さんに感謝します。
|
| |
| ||
| ||
|
| NZってどんな国? | 仕事の見つけ方 | NZのワーホリ制度 | 出発までにした事 | 邪道なワーホリ生活 | |
| North Island | |||||
| Cape Reinga | Paihia | Auckland | Tauranga | Rotorua | |
| South Island | |||||
| Nelson | Christchurch | Queenstown | Wanaka | Dunedin | Tekapo |
TOPページ | |||||