■あとがき■




この本の世界には私が専門に学問をする「学者」という立場についていなかったからたどりつくことができました。 何故ならこの本の
世界は、歴史と文学の両方の世界を融合して考察 したものですが、歴史学の方々に、藤原定家や『源氏物語』は興味なく、
本文研究を旨とする 国文学の 方々には、歴史は関心外なので、これまでような人々は、研究の対象にならなかったからです。

私は空間を読むカメラマンを本職としていましたし、時間と心理を読む小説家を志してもいました。その観点で国文学の世界を
歴史学の方法で読み解いたところ、このような結論に達しました。学問としてこの説を受け入れていただけるかどうかはともかく、
そして、実証することのできない世界ではありますが、ほぼ確実に、この本の内容は事実です。最初は意図した隠蔽から、
そして、後世 になってからは憶測という誤解から、今まで明かされていこういったかたちでの研究が成されてこなかったからです。
その上、歴史学と国文学のあいだで交流がなく、さらに、鎌倉を専門とする学者の方に、権力闘争とは無縁の「京下りの文人」に
興味がなく、京都を主眼に置いていられる学者の方には、鎌倉に下向してしまった「落ちこぼれ組」のなかったこの本の世界に、
しばし浸っていただけましたなら幸いです。

奇しくも、『尾州家河内本源氏物語開題』を著された山岸徳平先生は、私が中学・高校を過ごした実践女子学園の大学長を
勤められた方です。在校生当時、国語班という、ふつうの文芸部とは 少し性質を異にして、古典研究を主な内容とする部活動
をしていた私は、よくそのお名前に接していました。めぐりめぐって、こんな後年になって、有栖川宮公園にある都立中央図書館で、
このお名前の冠された『尾州家河内本源氏物語開題』を手にしたとき、あくまでも私の一方的な思いに過ぎませんが、運命の
出遭いを意識してしまいました。与謝野晶子訳『源氏物語』に親しんで過ごした学園生活の意義深かったことを、今更に思います。

この本では、『尾州家河内本源氏物語』の成立までたどりつけませんでしたが、巻末に付した論文「北条実時と『異本紫明抄』」
中にすでに書いていますので、省かせていただきました。 続けて、飛鳥井雅有の生涯を追って書くことにしていますので、
そこで詳説します。雅有はこの本にも登場した新古今歌人飛鳥井雅経の孫で、北条実時の娘婿。藤原定家息為家に 嵯峨で
『源氏物語』の講義を受け、晩年は伏見宮廷に仕えて「源氏のひじり」と呼ばれた人物です。 彼を通して、鎌倉時代の
源氏物語研究の実情に接近することができるのではないかと考えています。

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