5月6日月曜(1日目) 昨夜21時50分、東京浜松町から高速バスで出発し、今朝6時50分に徳島駅へ着いた。 とうとうやって来た。というより来てしまった・・・というほうが素直かもしれない。 これからどうなるのだろう、後悔と不安が頭をよぎる。準備段階とは違う心境。期待より後悔の念が強い。無謀なことに手を出してしまった、照れくさい・・・・・・色々な考えが入り乱れる。 徳島駅より電車に乗り、坂東駅へ20分。電車の中で、メガネを拭いたり、ハンカチで顔をぬぐったり、メモをやたらに見たりして落ち着かない。心は平常のはずなのだが行動がそれとは裏腹に落ち着いていない。 あまり考えると帰りたくなるので、前に行くことだけを考えよう。板東駅で顔も洗わずにアンパンを3個食べて1番札所の霊山寺に向けて出発する。 売店で一番軽くて小さい納経帳を購入。本堂で般若心経を唱えるが、恥ずかしく、かっこ悪い気持ちで一杯である。 小さい声で、早口で済ませる。今日の予定は寝台列車で行き、霊山寺へは11時頃着く予定だった。夜行バスに変更したので3時間早く着いた。昼には宿についてしまう。 宿をキャンセルして先に進もうとも思ったがやめる。自分のミスで宿に迷惑をかけてはいけない。今日は昼で打ち終える事にする。 2番極楽寺の納経所の女性は愛想が良い。私はと言うと返事が小さい。話し方教室で勉強している、いつもの自分とはだいぶ違う。 恥ずかしい、照れ臭い。挨拶できない人の心境が少し分かるような気がする。 番外寺「妙薬寺」に寄る。久しぶりの遍路の参拝とのこと。納経用の墨が乾いていて柔らかくほぐすのに時間がかかる。、しまいには筆先が折れてしまった。 歩き遍路以外の人(特にバスツアー)は番外札所には参拝しないそうだ。お参りするよりも、納経というスタンプを収集するのが目的らしい。それも殆ど添乗員に任せて自分では何もしないそうだ。バスに乗ってのスタンプラリーだ。 納経料300円差し出すと、100円と、ロウソク1箱を接待で頂く。今回は線香とロウソクは省かせて頂いているので少々重荷になる。寺への道には桃畑が多い。3月頃が、桃の花が綺麗で遍路に最も良い季節との事。 遍路とは、今限りの出会いをすることだ。今日出会った事は後戻りしても、もう存在しない。心の悩みもその原因は過去の存在になっている。それをひきずるのは、その悩みを忘れまいとする潜在意識の仕業か。それとも忘れてはいけないほど自分にとって大切なものなのだろうか。 悩みも一度限りの出会いのはずである。時間がたてばもう存在しないはずだ。 体は新陳代謝で常に入れ変わる。1年経てば細胞は全て入れ替わっている。 心にも代謝が必要だ。体の細胞が代謝しないと老化するように、心も過去の悩みを引きずると、新しいものが入るスペースが無くなる。悩みも1度限りにして、新しい心の出会いを求めよう。 3時すぎ歩き遍路一人と、相乗り自転車の茶髪の若者に挨拶さるれ。人は見掛けによらない。 地元の人は、たとえ子供でも、茶髪の若者でも、遍路へ挨拶する。東京では想像も出来ない光景に、ある種の驚きを感じる。 道路沿いの家々では松の手入れが盛んである。やり方は東京と違う。丸刈りである。まるで生垣を刈るように刈り込みバサミで刈り込んでいる。短葉法の変法だろうか。 燕がとても多い。巣作り中らしい。 20才前後の茶髪の二人組野宿遍路に会う。仕事が長続きせずフリーターをしているそうだ。性格矯正の遍路との事。上下とも白の正装である。足首を痛めたのか、しきりにマッサージしている。 5番札所で納め札あさりをしている人に出会う。、錦の札を探しているそうだ。100回以上の巡礼者は、納め札が布製の錦の札を使う。これを納札箱からあさると、ご利益があるそうだ。 88ヶ所を40日で1巡するとして100回巡るのに10年以上かかる。その間、生活はどうしているのだろうか。乞食をして巡っているのだろうか。そんな人の札を貰ってどこがありがたいのだろう。 5番札所の五百羅漢は、皆、顔が違う。何処から見ても常にこちらを見ているような気がする。 寂しい顔、悲しい顔、楽しそうな顔、。この中に必ず自分に似た顔があるという。どれだろう。これはあの人で・・・ 昼過ぎまで時間を潰して今日の宿の森本屋に入る。 夕食時に、遍路の靴が話題になった。3足買って履きやすい方を履いて来た人もいる。それでもマメを作ったり、筋を痛めている。結願し1番まで戻る途中のAさんは、ナイキのエコウォーカーを買ったが、具合が悪くてエアーシューズに切り替えたそうだ。私と全く同じだ。 3000円のエアーシューズは快適である。同宿の6人は皆エアーシューズだ。爪先までエアーの入ったものが歩きやすい。 2050歩。15km+αKm.。森本屋。6000円。 1番霊山寺(7:25ー8:45)、 2番極楽寺、番外・妙薬寺(9:15〜9:35)、3番金泉寺(10:05〜10:35))、4番大日寺、5番地蔵寺(14:00〜14:20)、 5月7日火曜(2日目) 6:30出発。昨日は20Km足らずの距離だったが、結構疲れた。 7番札所で,茶髪の高校生の2人連れに会う。挨拶すると、てれた笑顔でお辞儀が返ってきた。 交通標語「にっこりと譲ろう阿波への道」8番までタバコ畑が続く。 7番で高校生風の自転車遍路に会う。今日が初日だそうだ。8番札所あたりで、やっと、納経に落ち着きが出て、声が出せるようになった。ここからは輪袈裟を着けて参拝する(今までは気恥ずかしくて着用できなかった)。 かなり気温があがっている。9番の納経所で、背中が汗びっしょりだと言われる。汗をびっしょりかいた20代の一人歩きの女性が、納経所でブラ1枚になって半そでに着替えた事が話題になった。残念。もう少し早く着けば見られたのに・・・・・・その女性に今夕同宿することになった。 潜水橋手前で昨夜同宿した坂本さんに追いつく。タクシー運転手で野宿遍路の中村さんと3人で同行。坂本さんの荷物は8kgで、かなり重い。途中で2kgを家に送り返す。私の荷物は4.kgをやや欠ける。 9番法輪寺で着替えをして話題になった女性はFさんで、昨夜は7番の宿坊に泊まったそうだ。50日の通し打ちの予定。足がパンパンに腫れて痛々しい。金剛杖なし。彼女は夕食時に、一人で歩いている78歳の先達にアドバイスを受けている。 荷物を減らし、歩くと決めた区間は歩き通すこと。無理と思ったら初めから交通機関を利用する事。いけないのは歩くと決めた所で交通機関に頼ること。・・・など、色々とアドバイスを受けている。とても参考になった。 私にも、君なら13番まで行ける。是非挑戦するようにとのアドバイスを頂く。遍路は速く歩くだけが修行ではないが、観光でもない。苦行も修行のうちだと言う。私も同感だ。アドバイスどおりに挑戦してみよう。 登り6時間、下り6時間の道のり。Fさんと、夫婦連れは、焼山寺どまりの予定である。他の人は下山途中で宿を探すらしい。焼山寺までは、登り12kmの遍路最大の難所で、かなり厳しそうだ。 宿で話題になった事は、宿泊を無断でキャンセルするお遍路が多いという事だ。特に若い女性に多いそうだ。予約のときは丁寧に予約をしておきながら、いつまで待っても来ない。他の旅館に問い合わせてみると、その旅館に泊まっていたりする。 外見がきれいな旅館に鞍替えするのかも知れない。断りの電話を入れるのは気が引けて出来ない。だから黙ってキャンセルして他の宿に泊まるのだろうか。 事故に出遭ったのだろうか・・・気にしながら何時までも待っている宿屋の人の気持ちが分かっていない。自分と立場を変えて考えてみた時、どう感じるだろうか。 そういう人に限って、このようなことをされたら、「絶対許せない!」と気が狂わんばかりに怒るに違いない。 こういう人は、対話能力が欠如している。幼稚な言葉の使い方、自己中心的な物の考え方、ただただ、感情でしか会話が出来ない、お喋り女性が増えている。 旅館では、心を込めて用意した料理、特にお刺身などは保存出来ないので捨ててしまうより他はないとの事。材料費も馬鹿にならない。経営も苦しくなり、遍路宿を廃業する旅館も多い。 だから女性の1人遍路は泊めたくないそうだ。 ふじや旅館泊まり。風呂は別棟。手洗い洗濯場あり。脱水は洗濯機借用。乾燥機は300円。 26.7km。6:30出発。6番安楽寺7:20。7番十楽寺7:50。8番熊谷寺8:50。9番法輪寺(9:40〜10:00)、10番切幡寺(10:50〜12:00)、10番藤井寺(13:50))。 5月8日水曜(3日目) 4時55分出発。朝飯は御弁当を作っていただく。昼飯は荷物が重くなるので、山頂でうどんを食べるようにとの女将さんのアドバイス。 あたりは薄暗く、山道で足元が良く見えないが、道しるべが完備しているので安心して進む。道なき道もボランティアによって草が刈られ、道路が整備されている。お陰で安心して歩ける。 草むら有り、石段有り、,ガレありの険しい昇り降りの激しい道。ところどころに励ましの言葉の書かれた道しるべが小枝に結ばれている。赤い布切れに 『南無大師遍照金剛最後まで頑張りましょう』 『最後まで登った空海の道』 『心を洗い心を磨く遍路道』 『一歩づつ前進』 などと書かれて、木の枝にくくられている。大勢の力添えで歩ける。感激。 周りが明るくなる頃にはツツドリ、ウグイスが鳴き始め、やがては大合唱となる。6時半より雨。7時15分柳水庵着。昨日同宿の30代の坂本さん、野宿の20代後半のタクシー運転手中村さんが宿泊。茶髪高校生2人と、野宿の夫婦も軒下で野宿している。 7時45分出発。皆さんと足並み合わないので先に行く。8時過ぎに雨がやむ。かなり息があがる。脈拍を計ると180もあってびっくり。ペースダウンする。 苦しい登りも、少しづつでも足を前に出せば必ず前に進む。着実に前に進む。いつかは必ず山頂に着ける。一歩、又一歩、ゆっくり、しかし着実に歩を進める。 焼山寺9時15分着。あまり大きくない寺だ。6時間の登りを4時間20分で登る。かなりのハイペースだ。苦しかったはずだ。ゆっくり過ぎると思ったペースも、かなりのハイペースだったことが分かる。これで、今後のペース配分が出来る。もっとゆっくり歩こう。 汗びっしょりで息弾ませて登りきった時のスカーッとした気持ちは言葉に表せない。 焼山寺でお賽銭100円はずむ。普通は10円だが、このスカッとした気分を味わわせて頂いたお礼だ。 チョット少なかったかなと後で後悔したが。 苦しみを知ると満足を知る事が出来る。ふじい旅館の女将の「山頂に11時までに着けたら13番を打てるから、すぐに、かどや旅館に電話を入れなさい」とのアドバイスどおり、電話で予約する。 時間があるので、売店で250円のうどんを食べて、奥の院へ。道は荒れていて木の枝で遮られている。 斜面を横切る時は、滑りやすいので注意が必要だ。途中、軽自動車ほどの大きな石がせり出しており、それを乗り越えるのに一苦労する。 ヤマカガシがうろうろして気味が悪い。 往復1時間ほどかかって戻ってくると、柳水庵で出会った高校生二人が登りつく。今日はここで野宿するとの事。初日より顔を会わせていたが、ここでお別れ。ここから29km先が私の今日の宿泊地。もう多分会えないだろう。 11:30、互いの無事結願を祈って別れる。 鍋岩で、先に行っていた坂本、中村さんに追いつく。二人は、茶店で刺身定食の昼食。私は朝は宿で用意してくれたお弁当のおにぎり2個。昼は10時に山頂でうどんを食べた。300円と安いが、量もかなり少ないので、すぐに腹が減る。 下山途中の鍋岩の商店でアンパンを購入した。 ここからは、玉ヶ峠への遍路道を避けて、手前の楽な代替コースを行く事にする(本当は、玉ヶ峠への道が分からなかっただけ)。道は舗装された自動車道だが、車には1台も遭わなかった。 アンパンを1個食べ終わって何気なく賞味期限を見ると、なんと10日間も賞味期限が切れていた。残りのアンパンを2時間おきに1個づつ食べる。 アンパンのアズキは疲労予防に良い。水にクエン酸を入れて飲む。クエン酸は疲労物質の乳酸蓄積を抑え、疲労を回復する。 しばらくすると自販機があったので、水分は蜂蜜レモンで補給するようにした。 歩きながら、四国の山はマムシが多いので、その対策を考える。昔、捕まえたシマヘビにタバコを吹き付けたら気絶したのを見たことを思い出す。ニコチンに弱そうだ。登山用杖に細い管をつけて、タバコの煙を管に吹き込み、杖の先よりマムシに吹きつける方法を考案。いいアイデアだ。 2時20分。下山。アスファルトの道をひたすら歩き続ける。次第に3人のテンポが合わなくなり、バラバラになる。 茶髪の高校生は、大人と話すときは叱られる時か説教される時だと言う。だからすぐに切れてしまう。 ここではそんな大人はいない。説教する人も、叱る人もいない。皆、励ましあい、にこやかに挨拶を交わす。初めは警戒して他の遍路とは話に応じなかった。しかし、今は積極的に話しに応じる様にしていると言う。 これも修行の一つで、切れない自分になれれば嬉しいと言う。 切れる子供を作ったのは本人ではなく、周りの大人だったのかも知れない。 13番へ、あと40分頃という辺りで、後ろにいるはずの中村さんが、私のかなり前を足を引きずりながら歩いている。追いついて聞いてみると、お接待で車に乗せて貰ったとの事。申し訳ないが5時までに打ちたいので、お先に失礼する。彼の荷物は12Kg以上ある。重量に負けて足を痛めたらしい。 しばらくすると、向こうから走ってきた白のセダンが止まる。接待か?…… 「川野さんですか」運転していた小林千登勢に似た綺麗な女性から声をかけられる。今夜お世話になる「かどや旅館」の女将だった。手違いがあり相部屋にして欲しいとの事。OKする。30分後の5時10分13番着。 10分遅れで寺は打てなかった。たったの10分の遅れで、翌朝まで待つ事になる。 例え10分でも、遅れたことの重要性、時間の貴重さを、改めて思い知らされた。 明日は14番常楽寺に向けて6時に出発の予定が大幅に狂う。7時に13番を打ち、出発は7時半以降になる。明日予定の民宿「かねこ屋」には無理かも知れない。 宿では高知県の元公務員と相部屋になる。定年になり、区切り打ちをしているとの事。高知県の公務員には遍路経験者がいないとの事。地元の人が遍路を経験しないのに、お遍路さんを接待できるわけがないと思って遍路に出たとの事。 食事が終わり、女将と3人で談笑中に部屋が1つ空いた。 あるお寺が主催した団体遍路で、住職が酔いつぶれて女性の部屋で寝るとの事で、住職の部屋が空く事になった。もともとそこは、私の予約した部屋だった。団体の手違いで住職の部屋を予約するのを忘れていた為、私が部屋を譲って、相部屋に移ったという次第だ。その部屋へ移ることにする。 それにしても、先達の住職が酔いつぶれるほど酒を飲むとは・・・お遍路の中には、遍路中は禁酒を心がけている人もいるというのに。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 子供は直感でお遍路を見分けて挨拶するようだ。特に女の子はにこやかで、眼を見て挨拶する。感じがいい。 大人は傍に来て遍路と確認してから挨拶する。私のように白衣を着ていない遍路には挨拶がない。遍路かどうか分からないらしい。あるいは白衣を着ない者は遍路ではないと思っているのか。差別を感じる(本当は遍路から挨拶すべきだが、情けない事に、その時は本当に差別を感じた) 焼山寺への登りは苦しい。しかし、その後がすばらしい。苦しみを知ると、満たされるとはどういうことかが実感として分かる。 幸せに浸っていると幸せとはどういうものかが分からなくなる。何不自由なく育つと、其れが当たり前に感じられ、少しでも不自由がおこると、たちまち不満が噴出する。切れる。 苦しみの後の心地よさ。頭では理解できても体では理解できていない我々に、焼山寺は、自ら体で解らせ、気づかせてくれる。 心憎いばかりの先人の知恵だ。ただ拝むだけでいいなら、わざわざこんな高い山の上に寺を建てる事はない(ある人曰く、高山に寺を建てるのは、修行僧の逃亡を防ぐためだったという。昔の山は険しかった。食料も装備も無く下山するのは無謀で、出来なかったと言う。一理あるかもしれないがそうは思いたくない)。 プラス思考、ポジティヴ シンキング。いくら唱えても、頭で理解しているだけ。其れで解ったつもり、実行しているつもりの我々凡人。実際には体は何も解ってはいない。口先だけで何も実行してはいない自分がここにいる。 なぜ? 「プラス思考」・・・・・・抽象過ぎる言葉でなんとなく頭を洗脳されているだけではないのか。 頭で解ったつもりにさせられても、体は解っていない。 ここに来て初めて、その事が体で解ったような気がする。 頭で解ったつもりになっても体が解っていない。ここに悩みが生じる。体と頭の葛藤が悩みの源である。考えが体(潜在意識)で理解され、頭(顕在意識)と一致した時、はじめてプラス思考の何たるかが解る。 38.3kg。4:55出発。焼山寺(12.9km。9:40〜11:30)、かどや旅館17:10着 5月9日木曜日(4日目) 6:40出発。高知の人は6:20出発。13番大日寺を打ち、17番井戸寺で追いつく。17番へは、少し分かり難いので、地元の人に聞いたほうが確実だろう。道は18番への地蔵院への遍路道以外は平坦で全て舗装されている。 彼の予定は18番そばの民宿「ちば」泊まり。2時ごろ付く予定なので、私は10キロ先の20番鶴林寺への遍路道の手前にある「金子や」に予約。 井戸寺の井戸は、自分の顔が映ると3年間平穏に暮らせると言う。迷信と分かっているが、映る事を願って覗き込む。18番への遍路道は地蔵院経由にする。道は険しいが,川のせせらぎを利用して筧が作られており、うぐいすの声と共にコーンと、山に心地よく響く。気持ちよい遍路道である。 15:50。19番立江寺着。地蔵院の下りで足を痛めてしまい、「金子や」をキャンセル。ごめん。 寺の境内で接待を受ける。年配の女性からである。歩き遍路にだけと言って、5円玉をくくったビニールの荷造り紐で編んだ「ミニチュアわらじ」を頂く。1日数個しか作れない手作り品。感謝。しかし、反面、これからの歩きに荷物になる。罰当たりな考えが頭を掠めた。申し訳ありません。 立江寺は、霊場の関所と言われているそうだ。心の悪い人はこの先へは足が動かなくなると言う。恩山寺どまりの予定を変更して金子屋まで足を伸ばそうとした心を戒められたのか。ここまで来て、足が動かなくなった事が、少し気になる。 疲れで、歩いていても何も考える事が出来ない。出会った人たちとも、もう二度と再び会えないだろう。 「ちとせや」素泊まり。3000円。一般家庭。おばあさんの内職といった感じ。孫娘が食事している居間を通り抜けて、奥の風呂場で汗を流す。洗濯機を借りる。夕飯は、うどん。ビールと翌朝の食事用にアンパン3個購入。 32.9kg。13番大日寺(6:45〜7:05)、14番常楽寺(2.3km。0:20.7:35〜7:50)、15番国分寺(0.8km。0:10.8:00〜8:15)、16番観音寺(1.6km。0:25.8:40〜8:55)、17番井戸寺(2.9km。0:35.9:30〜9:50)、18番恩山寺(18.8km。3:50.14:40〜14:55)、19番立江寺(3.8km。0:55.15:50)。ちとせや旅館。 5月10日金曜日(5日目) 6:20出発。体が硬くなり腰が曲がらない。靴紐を結ぶのに苦労する。鎮痛剤、筋弛緩剤服用。 膝関節炎は老人の病気。股関節炎は女性の病気というが、中医学ではマイナス思考の女性の病気だそうだ。マイナス思考で体のひずみが股関節に来る。老人が頑固になって、ひずみが生ずるところが膝といわれる。 確かに金さん銀さんは膝関節は丈夫。100歳になって100万円の祝い金を貰った時に感想を聞かれたら、50万円は不幸な人に寄付、あとの50万円は老後のために貯金すると答えたという。この前向きな思考が健康の源かもしれない。 8:20今日の宿泊予定の「坂口屋」に予約電話を入れる。「この雨ではここまで来るのは無理でしょう。今日は20番鶴林寺だけにして山頂からロープウエイで降りた方がいい」との事。15時に再度電話する事にして出発。鶴林寺への登りは、なるほど雨の中ではかなりきつい。 歩き遍路に出かける前に、誕生日までに打ち終わることを公言していなかったらのんびり出来たのに。悔やまれる。でも、公言していて良かった。今日はどうしても21番太龍寺も打たなければ・・・頑張りが効く。 失敗を恐れて、逃げ道を用意しながらこそこそと行動するのでは成功率は低い。何事にも、逃げ道を断ち、後退出来ないように「公言する」事が大切だ。 「コーヒーの里。遍路さん、コーヒ、泊まり接待します」山村さんの看板が目に付く。 お遍路に出かけて何か変わったことありますか?よく聞かれる質問だ。変わりたいと願って歩けば何も変わらない。願をかけて歩けば何も成就しない。願をかけるということは、自分では努力しないで、あるいは少し手を抜いて、大部分を他人に頼るということではないだろうか。人を頼っても誰も助けてはくれない。 大師様に願い事をかなえてもらおうとして歩いても無駄だ。自分でどれだけ前むきに努力しているかを見ていただく事が大切だ。自分の努力している姿をお大師様に見守っていただき、 「ほれこの通り、私は成し遂げましたよ」と、胸を張った自分を見ていただく事が大切ではないだろうか。 お遍路とは、すがること、頼ることではない。 何のために歩いているの?・・・何も考えずに歩いている。ただ黙々と。黙々と歩いていると、心の垢が少しずつ取れ、すがすがしくなる感じがする。風呂で体の垢を落とすように、心の垢が少しづつ取れていくのが分かる。 久しぶりにローソンを見つける。おにぎり二つ、イクラと梅干を購入。昨日買った朝食用のアンパン3つとおにぎり2つ。これが今日の夕食までの食事。チョット多すぎるかな? 左足中指が痛い。一昨日の焼山寺の山登りで痛めたのを放置したためか、紫色に腫れあがり爪がグラグラして感覚がない。応急にテーピングする。 8:30鶴林寺へ。昨日も山道のあちこちに小さな穴があリ,なんだろうと思っていた。今日もあちこちに穴がある。時々穴から沢蟹が顔をのぞかせている。沢蟹の住処らしい。 雨で気持ちよさそうにぞろぞろと這い出している。足元で動かずに私を見つめながらはさみをチョキチョキ動かしている。歓迎してくれているのかな。それとも、威嚇? 踏み潰しそうになって思わずよろめく。踏み潰したらごめんね。注意しながら歩く。 10:10 鶴林寺着。雨中の山道ををハイペースで歩く。休むとズボンから雨が蒸発して白く舞いあがる。 21番・太龍寺へ6,18km。10:30出発。急な登りをあえぎあえぎ登る。山門で4人のバス遍路に会う。 「歩きですか?」「ええ!」息苦しい中、相手の顔も見ずに短めに返事を返すと 「こんな雨の中大変ですね。ご苦労様」。 思わず顔をあげると4人が私に合掌している。好きで、勝手に歩いているのに、労をねぎらわれ合掌までされるとは・・・。胸に込み上げるものがある。 感謝の、お礼の言葉が出ない。ただただ頭を深く下げて感謝の心を伝えるのが精一杯だ。今までの人生の中で、これ程まで手を合わせてもらえた事はなかった。こういう事の積み重ねで心が癒されていくのだろうか。 人にがみがみ言うだけ、ぶつぶつ愚痴を言うだけの自分。もう20年早くお遍路に出ていたら、自分の人生は随分変わっていただろう。 29.4km。6:20出発。雨。20番鶴林寺(14km。3:50.10:10〜10:30)、21番太龍寺(6.5km。2:50.13:20〜13:50)。坂口屋旅館(4.3km。1:40。15:30) 坂口旅館、洗濯機、乾燥機無料。 「翌日の朝食は何時にしますか?」。夕食時に、仲居さんが大きな声で皆に聞いている。 「早く出発したいので6時ごろお願いします」 「分かりました。団体の皆さんもそれでよろしいですか」。すると団体から 「6時なんかに起きられない。7時以降にして」の声。 結局、朝食は団体にあわせて7時からに決まった。6:20出発なので朝食用におにぎり弁当をお願いしたが断られた。しかも、朝食なしの場合は6000円を前払いして下さいという。 朝食は、国道に出るとコンビニがあるので、そこで買うようにとの事。途中で出会った遍路の話では、近くにある龍山荘では、朝食は6:00だったそうである。待遇に違いあり。 団体が入っているときは龍山荘のほうが良いかもしれない。坂口屋は団体優先旅館のようだ。当日、個人で泊まったのは私一人であった。あとはバスの団体遍路である。 5月11日土曜日(6日目) 6:00出発。エアーシューズは濡れると乾き難いが履きごごちは抜群。地図は、「同行2人」だけの遍路は結構道に迷っている。私は、荷物軽量化で、5万分の1地図に「同行二人」の記事を転写。ペンは水性ペンでは雨に濡れると滲むので油性の赤ペンで記入。 阿瀬比で国道195号を横切り、遍路道へ直進。登りになってコンビニで朝飯を買うのを忘れていた事に気づく。朝はカロリーメイトで我慢。 22番平等寺3km手前から見事な竹林。 道標「我を知るへんろ道」。 7:10村落到着。農道で屋台組み立てて、接待準備中。毎日ここで7時よりお遍路を接待しているという。 川まで来たら、橋を渡らずに左折するところを、橋を渡り、川沿いに進んでしまった。寺の手前で橋を渡って戻り、そこから右折すると、すぐ右手に22番平等寺が見えた。 8:00平等寺着。駐車場左横を直進して川を渡って街に出たらすぐに左折する。この先でパン、非常用にカロリーメイト購入。950円。すぐに郵便局がある。この先を右折してしばらく直進するとT字路にぶつかる。左、日和佐方面へ行く。右が56号?方面で、左は海岸沿いに出るような、そのように受け取れる道標で、どうしようか思案したが、思い切って左に行くことにした。 23番薬王寺まで20km。雨9時半頃にやむ。55号に出る。鉦打(300m)トンネル10:15通過。排気ガスはきれいで気持ち良く通れる。 55号は、段差のある歩道が時々、左右入れ替わる。片側だけにあるので、その度に車道を横切るのが大変。80km/時で車が切れ目なく走る。星越トンネル230m。歩道幅は1mで広々している。 11:30食堂「あまごずし」で、すしの昼食。山の茶屋風食堂。コーヒー接待受け、遍路ノートに記名。 12:25。まんぷく食堂。23番薬王寺14:15着。予定は17:30着。 納経所で、納経中に横に置いてある絵葉書を購入していたら、記帳の終わった納経帳をこちらに放り投げてよこしたのには驚いた。 顔を向けると黙って手を出している。納経料300円を払えという意味だろう。 これが仏門にいる人のやることか。腹が立つより、あきれ返る。 「今の遍路はスタンプラリー化している。お大師様の心が分かっていない」と、愚痴を言う。愚痴る前に自分たちの行動を反省すべきだろう。 今日の宿を探すが、観光地とあって何れも満室。日和佐駅前のビジネスホテル「ケアンズ」に決める。 ナイロンジャージーのトレーニングパンツは蒸れるので買い替え。紺のポリエステルYシャツのように薄いパンツを購入。5600円。とても軽くて涼しい。 ホカ弁と缶ビールで夕食。ホカ弁は、薬王寺からここに来る途中の国道の左側にある。ビジネスホテルは、隣に気兼ねなくのんびり出来るが、洗濯が面倒。手洗いしてバスタオルで脱水。1枚では絞りきれない。 30.9km。6時出発。22番平等寺(11.7km。2:00.8:00ー8:15)、23番薬王寺(20.7km。6:00.14:15―14:30)。ビジネスホテル「ケアンズ」4,800円。 アンパン200円。チョコ150円。ホカ弁560円。ビール500t2本800円。サケ1カップ300円。 戻る 次へ |