車遍路旅日記
| 車遍路日程 平成15年8月17日(日)〜25日(火) このたび、4人で車遍路に行ってきました。 |
| 第1日目 平成15年8月17日 (日) |
| 第1番 霊山寺 ・ 第2番 極楽寺 ・ 第3番 金泉寺 ・ 第4番 大日寺 6:00分に出発。中央高速で。明石海峡大橋経由で走行。淡路島SAに13:50到着。 明日から札所めぐりを行う予定であったが、早く到着したので、今日は4番札所まで参拝した。 参拝客は我々のほか数名で、いずれもマイカー遍路である。 1番札所(霊山寺)で、足りない用品を購入。 |
| 第2日目 平成15年8月18日 (月) |
| 第5番 地蔵寺 ・ 第6番 安楽寺(9:00) ・ 第7番 十楽寺 ・ 第8番 熊谷寺 ・ 第9番 法輪寺 ・ 第10番切幡寺 ・ 第11番 藤井寺(12:10) ・ 第17番 井戸寺(13:30) ・ 第16番 観音寺 ・ 第15番 国分寺(14:45) ・ 第14番 常楽寺 ・ 第13番 大日寺(15:40) 8:00出発。 第17番 井戸寺へは、この国道192号を標識に従って進む。 |
| 第3日目 平成15年8月19日 (火) |
| 第12番 焼山寺(9:25) ・ 第18番 恩山寺 (11:10)・ 第19番 立江寺(12:00) ・ 第20番 鶴林寺 ・第21番 太龍寺(13:40) ・ 第22番 平等寺 ・ 第23番 薬王寺(16:00) 朝8時10分出発。 20番札所(鶴林寺)への登りは狭く急でカーブもきついので注意。 |
| 第4日目 平成15年8月20日 (水) |
| 24番 最御崎寺(7:50)・ 第25番 津照寺(8:40) ・ 第26番 金剛頂寺 ・ 第27番 神峰寺 ・ 第28番 大日寺(12:20) ・ 第29番 国分寺 ・ 第30番 善楽寺 ・ 第31番 竹林寺 ・ 第32番 禅師峰寺 ・ 第33番 雪渓寺(16:00) 朝7時40分に出発。 第32番 禅師峰寺へは、案内板に注意しながら行かないと、行き過ぎる箇所があるので注意。 |
| 第5日目 平成15年8月21日 (木) |
| 第34番 種間寺(8:40)・第35番 清瀧寺 ・ 第36番 青龍寺(10:10) ・ 第37番 岩本寺(12:20)・ 第38番 金剛福寺 (14:40)・ 第39番 延光寺 8:15出発。 第35番 清瀧寺へは遍路道が近道だが、道が狭く生活道路になっているので遍路の車両は進入禁止。 ご主人の話では、この時期、秋にかけてはマムシの出産期にあたるので、歩き遍路は山越えはやめたほうがいいとのこと。 咬まれたら、血を絞り出し、出来るだけ速く下山して治療を受けたほうがいい。 |
| 第6日目 平成15年8月22日 (金) |
| 第40番 観自在寺(8:05)・ 第41番 龍光寺 ・ 第42番 仏木寺 ・ 第43番 明石寺(10:50)・ 第45番 岩屋寺(13:15)・第44番 大宝寺(14:10)・ 第46番 浄瑠璃寺(15:30)・ 第47番 八坂寺 ・ 第48番(西林寺16:10)・ 第49番 浄土寺 ・ 第51番 石手寺(17:30) 朝7時50分に出発。 工事が終われば通りやすくなる。 45番札所(岩屋寺)は駐車場から20分ほど登り道になる。ゆっくり歩けば年配者でも大丈夫。それほど急ではないし、舗装してあるので歩きやすい。 本堂は岩肌に沿って建てられている。さらにこの上に不動尊、修行の道場があるので、体力に自身のある人は行くのもよい。歩き遍路は裏から山を越えてこの修行道を下って来る。しばし、修験者になったような気分である。 第50番 繁多寺は、時間がなく明日に打ち、51番札所(石手寺)に向かう。石手寺は道後温泉の観光地にあるかなり広い境内のお寺である。 宿は、松山郵便会館。温泉あり。朝食つきで8000円。 |
| 第7日目 平成15年8月23日 (土) |
| 第50番 繁多寺(8:20)・ 52番 太山寺 ・ 第53番 円明寺 ・ 第54番 延命寺 ・ 第55番 南光坊(11:20)・ 第56番 泰山寺 ・第57番 栄福寺(12:10)・ 第58番 仙遊寺(12:35) ・ 第59番 国分寺(13:40) ・ 第61番 香園寺(14:30) ・ 第62番 宝寿寺 ・ 第63番 吉祥寺 ・ 第60番 横峰寺 朝8時00分に出発。 第53番 円明寺は、そのまま道なりに行けばよい。 |
| 第8日目 平成15年8月24日 (日) |
| 64番 前神寺 ・ 第65番 三角寺第 ・ 66番 雲辺寺(10:50) ・ 第67番 大興寺 ・ 第68番 神恵院寺 ・ 第69番 観音寺 ・ 第70番 本山寺 ・ 第71番 弥谷寺 ・第72番 曼荼羅寺 ・ 第73番 出釈迦寺 ・ 第74番 甲山寺 ・第76番 金倉寺 ・ 第77番 道隆寺 ・ 第75番 善通寺 (16:30) 朝8時に出発。 今日は道中が長いので時間節約に松山自動車道を利用。 66番雲辺寺はロープウェイで山頂へ。 68番札所(神恵院)、69番札所(観音寺)は同じ敷地にある。 71番札所(弥谷寺)は駐車場から700以上ある階段を登っていくが、足の弱い人は有料道路経由で中腹までいける。駐車場は狭い。 |
| 第9日 平成15年8月25日 (月) |
| 第78番 郷照寺 ・ 第79番 天皇寺(8:30) ・ 第80番 国分寺(9:15)・ 第81番 白峯寺 ・ 第82番 根香寺 ・ 第83番 一宮寺(11:40) ・ 第84番 屋島寺(13:30)・ 第85番 八栗寺 ・第86番 志度寺(14:50) ・ 第87番 長尾寺・ 第88番 大窪寺(16:00) 7:30時に出発。 |
| 終わりに |
| お遍路は、なぜお大師さまを拝むのでしょうか。 ただ頭を下げて願い事をするだけの人がいます。本当にそれだけで願い事がかなうと信じているのでしょうか。 信じているのなら結構。信じていないのなら拝む必要はないでしょう。 車で88カ寺廻りたいだけなら、門前で位置を確認してすぐに次のお寺へ行ったほうが効率がよいかも知れません。 「納経はスタンプラリーみたいでいやだ、しかも金がかかる。1ヶ寺300円として88カ寺では26,400円にもなる。だから納経はしない」という人もいます。 毎回納経する人は同じ納経帳に朱印だけを押してもらいます。数をこなすと帳面は真っ赤に染まります。重量も重くなり結構貫禄が出ます。 朱印を頂くか否かは心の問題です。 自分の心が何処にあるかで決まります。 金がかかるからやらないとか、スタンプラリーはしたくないという人は、1度でいいから納経してみてください。 そのとき感じた気持ちを大切にしましょう。 「本当は納経したいがお金がないのでお大師様お許しください」そう願って、あえて納経しない人は立派だと思います。 自分が何を目的に遍路をしているのかを、自分の潜在意識に問いてみましょう。 「観光に行くのだ。遍路は格好いいからするだけで、本当は拝むことはどうでも良い。あわよくば願掛けが叶ったらもうけものだ」 あるいは 「いつも不幸が襲ってくる。真剣にお大師様におすがりしよう」 「お大師様におすがりすることはない。人生の出来事はすべて自分が希望して成ったのだ。これからは自分を変えて違う人生を歩みたい。それをお大師様に見ていただきたい。着実に1歩1歩歩んでいる自分を監視していただきたい。人間は弱いものだ。人が見ていると長続きするが、誰も見ていないと怠けるものだ。だから、怠けないようお大師様に見つめていてもらいたいのだ」 こういう考えでお参りしている人もいます(私ですが)。 本堂、大師堂で読経すると、潜在意識の門が開放します。自分のあらゆる感情、思考が湧き出てきます。今まで考えてもいなかったすばらしいアイデアも湧き出てきます。これを雑念というのでしょうか。 私は雑念ではなく、自分の本当の心が、理性に抑え付けられていた本当の自分が姿を現したのだと思います。 読経中、バスの団体遍路がうるさいとか、納経箱をあさっているな!、浅ましい人だ。そういう浅ましい根性をたたきなおすためにお遍路をしているのではないのか・・・色々なことが頭を掠めます。 時にはそういう人にお説教をしたり、感情をあらわにしたりします。 お寺で人懐っこい猫に心を奪われて、しばし猫と戯れたりします。 そういうとき、日頃体験しない、非常にすっきりとした、なんともすがしがしい気持ちに浸っている自分を感じて思わずハッとします。 理性、潜在意識の扉が開放されると、自分を外部から守ろうとする自分が消えていきます。 自分の本当の姿が現れてきます。 ここで振舞った自分の行為が、本当の自分だったのだと気づきます。 お経を唱えて、なんともいえないすがしがしい気分になり、路傍の地蔵さんにも手を合わせるようになる。生かされていることに感謝する気持ちが湧いてくる。 猫と戯れることが、とてもリラックスできて心の洗濯になって、どんどん心の垢が落ちていくことに気づきます。 しかし、再び人と交わると、もとの理性に縛られた、かたくなな自分に返ってしまうのです。 ある遍路やどの女将が言っていました。 「お遍路は1人で歩くものよ。そうでないと、せっかくのご利益が消えていきます。」 この意味が最近わかってきたような気がします。 遍路中は、おしゃべりをしなくなります。したくなくなるのです。 出来るだけこのようなリラックスした空間に浸りたいのです。 俗界の人になるべく接しないようにして30日、40日間過ごすと、かなりの深さで心が洗われていくでしょう。 この場合の俗界とは、今までの生活パターンを言います。 遍路宿の女将、道すがらの地元の人たちは、すべてお寺の猫と同じ・・・と言っては叱られるでしょうか。 とにかく心が洗われ、すがすがしい気分にさせてくれて、自分を新しい自分に変える道案内をしてくれる人たちです。 ただ単に、お経を唱え、お大師様におすがりしても、何のご利益もないでしょう。 ご利益とは、自分で自分を変えることです。 どのように変えたいかをはっきり認識して行動に移すこと。それをお大師様に見守っていただくことが「願を掛ける」ということです。 自分では何もしないでお願いし、納経箱から他人の納めたお札を盗むような人は絶対に、絶対に、自分を変えられません。 幸せが逃げていきます。 きっと不幸の神様に好かれることでしょう。 そういう人を「不幸の神様」は大好きなのです。 四国遍路道には、お大師様のほか、このような人生の足を引っ張る悪魔もうろついています。 いい加減な気持ちでお参りして、心の扉を開いてしまうと、この悪魔が心の奥に住み着いてしまいます。 遊び半分でお経を読むのはやめましょう。 自分の心を鍛えて心の中にお大師様を呼び込むことが大切です。 自分の心をしっかり固めましょう。 そうすれば、たとえ潜在意識が開放されても、やる気を損なう言葉や否定的な言葉など、人生の足を引っ張る暗示は入る余地がなくなります。 あなたが幸せな楽しい人生を送ることを妨げる、マイナスの暗示を受け付けなくなります。 以上、つれづれなるままに、遍路中に感じたことを綴ってみました。 これからお遍路に出かれる方の参考になれば幸いです。 車で出かけられる方が一番心配するのは道路事情でしょう。 山道に慣れていない方は、前置きに書いておきましたが、自信を失うようなところが数箇所あります。 遍路をしていると四国の山道に慣れてきますので、慎重に対向車の動向を見極めて走れば問題ないでしょう。 安全運転に気をつけて行ってらっしゃい。 私も来年は還暦を迎えた最初の年になります。 記念して、30日の歩き遍路を予定しています。 また来年この紙上でお目にかかれたら幸せに思います。 最後まで読んで頂いてありがとうございました。 感謝! |