5月12日日曜日(7日目)

 6:20出発。日和佐トンネル690m。安心して通れる。よここ峠、整備不良で通行不可。国道を行く。50代の完全装備の歩き遍路に遭う。
8:05、食堂で朝食。うな丼990円。9:05出発。
道路標語「狭い道、大きく広げる譲り合い」。 
昼飯は、昨日はカロリーメイト、今日はアンパン。

 お接待は断ってはいけないという。遍路を弘法大師に見立てて接待するのであって、遍路個人への接待ではないからだ。しかし、こちらの都合も聞かず、手作り品を接待する人には、甚だ迷惑する。しかも歩き遍路にしかあげないと言う。車遍路ならともかく、歩きの場合は、リュックの容量にも限度がある。
 
 1gでも軽くしたいのが本音である。いただいた物は車遍路の方に差し上げるか、自宅へ送るかしかない。
捨てるわけには行かない。送るには運送料が950円かかる。本当に迷惑である。このことを承知して接待しているのであろうか。自己満足で接待しているのではないだろうか。
 強引に押し付ける人に限って、納め札を強要する。単に、納め札欲しさに、つまらない邪魔なものを押し付けられてはたまらない。「お接待は結構です。納札は差し上げますから」と言ってはいけないのでしょうか。
お接待を断ってはいけないことにこだわるのも、こだわりの一種だと思う。見返りがほしくて行うお接待は、お接待ではない。お接待にかこつけた強要に感じる。こんな気持ちは持ちたくないので、いやな時は堂々と断ろう。本当のお接待は肌で感じるものだ。ありがたいという思いが自然に湧いてくるものだ。 
 
 内妻(ウチヅマ)トンネル内は、1段高くなった歩道がある。しばらく行くと喫茶店の駐車場にログハウスのお遍路休憩所が見える。見ると、テーブルの上に休憩した人は記入してくださいとノートが置いてある。休みたいがパスする。すると、喫茶店から女将がでてきた。遍路記入ノートを私の前に出し、コーヒーを接待しますから記入してくださいと言う。先を急ぐからと、接待を断る。
「歩き遍路のサインが欲しい。お礼にコーヒーを入れますから、是非お願いします」と言われたら、快く接待に預かっただろうに。このような気持ちは、どこかおかしいでしょうか。
 
 宗教、特に仏様というと、日本人は直ぐに絶対視してしまう。お釈迦様だってもともとは人間だったんじゃないか。
人間なら間違いの一つや二つはするだろう。それを認めてこそ、
「さすがは仏様だ。教える事が違う」と、感心するようになる。間違いを間違いと認めないのでは尊敬、敬う気にはなれない。そういう存在にさせた、絶対視化させた人間のほうがもっと悪い。
 
 お接待する人には、
「お遍路の世話をやいてあげているんだ。それを断るなんて、なんという罰当たりな奴だ」というおごりがないだろうか。お遍路をお大師様の変身とみなしてお接待をしているそうだが、それは接待する側の都合だけの考えではないだろうか。相手の気持ちを無視してはいないだろうか。
 親切とは、押し付けではなく、本当に困っている人に、さり気なく、さり気なく、助けの手を差し伸べることではないだろうか。必要としていない人にまで、お接待を無理に押し付けて迷惑をかけてはいないだろうか。

 ある人が、今使っていたペンをなくしたとする。探したがなかなか見つからない。あなたがそれを見つけて
「ほら、ここにありますよ」と、落ちていたペンを拾って渡したとする。あなたからペンを黙って受け取ったら、あなたはどういう感情を持つだろうか。
「この野郎、人が親切に拾ってやったのに、お礼も言わない。もう二度と拾ってやるものか」そういう気持ちにならないだろうか。
 お接待もこの例と同じではないだろうか。

 「このお遍路、せっかく親切にお接待したのにお礼も言わない。納め札もくれない。接待して損した」。

 ペンをなくした場合、心理カウンセリングでは、決してペンを探しても直接には渡さない。見つけたペンは、その人がすぐに探せるような場所に、さり気なく置いておく。なくした人がそれを見つけて
「あ!こんなところにあった。よかった」。
あくまでも本人の力で見つけたように振舞う。謝礼を求めるような行為は決してしない。
 「ああ良かった。きっとお大師様が見つけさせてくれたんだ。有難う」

 これで良いのだ。お接待するのは、あなたがするのではない。
物欲に駆られたあなたを救う為に、お大師様がそうさせているのだ。
お金に執着している人は、お金でお接待しなさい。物欲に駆られている人は、物をすてさり、欲を捨てられる人間になれるように、修行として、お接待を課しているのだ。

 だから、お接待をしたら、それを受けた人に納め札をせがむことは止めよう。
「お大師様、今日もお接待させて頂けました。お陰で少しずつ私の物、金に対する執着心が取れてきました。有難うございます」
お遍路から感謝をせがむのではなく、逆にお接待させていてだいた事に感謝をしよう。
 これがお布施の心である。

 お布施というと、人に何かをあげることと錯覚している人がいる。
お布施とは、自分の、物、金、人・・・などに執着して、自分を縛り付けているものを捨て去る行為である。
お金に執着するとお金に汚くなる。こだわらなくなるように、きれいさっぱりと捨てられる自分になれるよう、人様にお金をもらっていただくのである。

 人にやるくらいならゴミ箱に捨てたほうがいい・・・と思っているうちは、執着心は取れない。
人にもらっていただく事が大切である。その繰り返しで、少しずつ執着心が取れ、自縛から解き放たれる。

 今申し上げたことは、お接待を非難しているのではない。むしろ、お接待していただいた事にはとても感謝している。
私が言いたい事は、本当の接待の意味を理解しないで、お遍路から納め札をもらうことを目的にした接待は、決してお大師様の容認されることではないという事だ。
 もらった納め札を玄関の上に飾ると魔よけになる。だから接待して納め札を集めよう・・・そのような気持ちで接待をしてほしくないのです。私は、真面目に、心から、自分を変えたくて修行として歩いているのです。

 よく、お遍路なんか修行にならない。本当の修行は仕事だ・・・という人がいます。
仕事ってなんでしょうか。自分が儲かれば、損をする人も出ます。自分が出世すれば、左遷される人、出世できなくなる人も出ます。皆が一緒に幸せになれるような仕事ってありますか。
 店を開業して、儲ければ儲けるほど、他の店には閑古鳥が鳴き、生活を脅かすこともあります。
あなたのがむしゃらな仕事振りで、自分の人生を脅かされた人の心が分かりますか。

 あいつさえいなければ・・・、こんな仕事をやらなければ・・・
私の身の回りで、三人の同僚が自殺しました。これも修行に耐え切れずに自殺したと理解するべきでしょうか。むしろ、仕事が、そして彼らに人生の落伍者というレッテルを貼った人たちが、彼らの命を奪ったと考えるほうが妥当と思うのです。

 このような、人の心を分かろう理解しようとする行為が修行なのです。仕事では、決して出来ないことです。
私は、そういう意味で修行を捕らえ、その手段としてお遍路を選択しました。 

 「世の中は、言葉一つの置き所」。人の心は、言葉一つで変わる。
本当に心のこもった接待には、感謝してありがたくお受けする気になるが、納め札収集目的の人からは受けたくない。そのような人は「接待します」と言うより、「お礼に、これを差し上げますから納め札を頂けませんか?」と言うべきだと思う。こういう考えは傲慢な、奢った考えでしょうか。わたしも、まだまだ青く、未熟者かも知れませんね。

 海南駅手前に遍路小屋1号あり。南駅前休憩所バス停と共に遍路の宿泊可能。
四国には遍路の野宿を認める施設がある。それが休憩所だ。屋根はあるが雨風を防げるような囲いがないのが殆どだが、夜露は防げる。
 他にバス停で、小屋風に囲いのある休憩所がある。ベンチは殆どのバス停に設置してある。1日数本しか走らないバスを待つのには重宝する。
ここは、大体が遍路の野宿を認めるところが多い。中には布団1式が丸めて置いてあるバス停休憩所もある。
野宿遍路は、こうした施設をお借りすればテントは不用である。

 13:40。計画では宿泊を予定していた生本旅館を通過。アンパンが美味い。四国のパンはアンパンと、ジャムパンが多く、特にアンパンのあんこが美味しい。畑で「金時豆」の宣伝看板を見かける。

40.2km。6:20出発。ホテル「宍喰」泊まり。16:00着。14,000円。酒2本、ビール2本で1,800円。




5月13日月曜日(8日目)

 アルコールが効いた事もあるが、今回の遍路行で初めて熟睡。
6:20出発。晴れ。水床(ミトコ)トンネル638m。車による風圧が強く、帽子が吹き飛ばされそうだが出口の明かりが見えるので安心して歩ける。

 山の中で、遍路道の分岐点に標識がない場合は、少し先を見ると赤い布の標識がぶら下がっているのが見える。其れを確かめて進む。
 苦しみの後のひとことは胸に響く。あえぎあえぎ登っている時、遍路道しるべの布に書かれた一言に元気付けられる。
右足親指に違和感。早めにテーピングをする。
甲の浦海岸。石垣の間から赤いカニがぞろぞろと顔を出す。山のカニは赤くなかったが、ここのカニは皆赤い。種類が違うようだ。

 遍路の初め頃は、歩き遍路によく出会ったが、今は誰にも会わない。独りで黙々と歩く。物思いにふけりながら。
哀しいことや悩み事も、引きずるからおかしくなる。
日薬(ヒグスリ)、時がたてば忘れさせてくれる。何も考えられないほど歩き続けると、悩むことも出来なくなり、ただ黙々歩く自分に気づく。さっきまで悩んでいたこと、すっかり忘れていた・・・忘れる事が出来るようなちっぽけな事に悩んでいた自分をばかばかしく思うに違いない。
 
 ウオーキングでも良い。ただ黙々と何も考えずにひたすら歩こう。でも、ウオーキングは直ぐに飽きる。疲れたら歩きたくなくなる。
お遍路は弘法大師に守られているという気持ちがある。同じ考えの人が励ましあって大勢歩いているから、最後まで歩ける。地元の人の励ましもある。
 宗教心云々ではない。お互い人間同士が、係わり合い、励ましあって歩いている。そして後ろには弘法大師が見守っている。周りがそういう特異な雰囲気を漂わせているところを、黙々歩いていると、やめたい、もう帰ろうという考えが起きなくなり、何も考えず、歩くのが当たり前のようになって、黙々と歩いている自分に気づく。
 心に悩みを持つ人が遍路に出る勇気を持てれば、カウンセリングはいらない。ただ、そういう勇気をいかにして持って頂くかが問題だ。
 
 登りではお尻の筋肉を使う。お尻が痛くなる。日本の女性は歩かない。だから臀筋が弱くなり、皮下脂肪を支えられなくなってお尻がたれてくる。
お遍路に出た女性は10kgやせると言う。ヒップアップになっているかもしれない。
 
 徳島のアンパンは大きくて美味しい。しかも80円と安い。高知では一回り小さいのに100円もする。どうしてだろう。徳島はあんこの金時アズキの産地なのだろうか?
 
 海岸沿いの石垣の隙間からトカゲがちょろちょろ日向ぼっこに出入りしている。いい天気だ。
24番まであと28kmの地点に、谷川の水飲み場がある。滝浜橋を過ぎてから、沿道の喫茶店で、しょうが焼きの昼飯を摂る。900円。室戸岬へ11km。国道を十数メートル右へ外れた町並みで、縛られた犬がちんちんしたまま、いつまでも見送ってくれている。
 
 遍路は歩いている時には鈴を鳴らさないのがしきたりである。鈴を大きく鳴らし金剛杖を力いっぱい強く突いて、いかにもお遍路が通るぞと言わんばかりの歩き遍路が、あたりをきょろきょろしながら前を歩いている。
 遍路の中には、やたらに接待を強要する人がいるらしい。こういう遍路が特権意識をもって、接待を強要するのかもしれない・・・等と考えながら挨拶をして追い越す。
 
 クエン酸の力はすごい。紫外線にやられて両手の甲がパンパンにむくんでいたのが、1g飲んだだけで30分後には、かなり腫れが引いている。日陰を歩いている時や、曇りの日は手の甲はむくまない。日光にあたると、てきめんに腫れる。だから昔の人は手甲をしていたのだ。単なる日焼け防止ではなかったのに気づく。女性は白手袋をしている人も多い。
 
 国道から数メートル離れているだけで結構涼しい。庭木が熱を吸収し、建物がアスファルトの輻射熱を遮るためか。とても涼しい。
 宿をロッジ「尾崎」に予定していたが、予約をしていなかったので先に進む。15時半、24番まであと5kmの標識。17時までに間に合うかも。テンポを早める。
30分前に、最後の登りにさしかかる。登山用の杖を大きく使い、呼吸の乱れにも我慢して一気に登る。
16:50、到着。納経を済ませてからお参り。お参りを済ませるのを納経所の人が見守ってくださり、済むと直ぐにお堂の扉が閉められた。
 
 下山は、遍路道ではなく車道を行く。早く宿を探さなければいけない。国道に出たところで右手に小さな喫茶店「海洋丸」を見つける。通り過ぎて何気なく振り返ると、釣り舟、民宿を兼ねている。予約はしてなかったが、今夜お世話になる。
 設備はきれいなシステムバス(和風)、トイレは広々としてウオシュレット付。ホテル並の設備に感激。今回のお遍路で1番きれいで、感じの良い宿だ。
 コインランドリー200円。宿泊は襖で仕切られた和室2間。隣は63歳の大阪北野病院を定年退職した夫婦。息子さんが10年前に結婚して千葉の臼井に移住。病院は京大出身が多いそうだ。退職記念に夫婦でドライブ旅行中の仲睦まじく、羨ましいご夫婦である。
 夕食は漁師料理で魚が多く刺身が美味い。お酒が飲みたくなる料理だ。料金8000円。お銚子2本、ビールで2000円。

 44.7km。6:00出発。24番最御崎寺16:50.喫茶漁宿「福洋丸」17:30。




5月14日火曜日(9日目)

 朝食を6時に用意してくれる。13番「かどや」以来の久しぶりの朝食にありつけた。朝食を摂ると足が軽い。
6:40。元気よく出発。
何故険しい山頂に寺を建てたのか。苦労して登る事で悩みを忘れる。そのあとでの安らぎが多い。
悩みを忘れよ!頭では分かっていても、悩みは消えない。体で忘れさせなければいけない。
登る事に熱中させて、悩むことを中断させる。脳に考えさせない、体をいじめて考える時間を与えない。体で忘れさせて、体験させて、はじめて自分の悩んでいたことのおろかさに気づく。ばかばかしくなる。
 
 バスで登っていけば、その間、色々と考える、悩む。その状態でお経を唱えても、ますます悩みが強くなる。悩んでいる事が強く認識され、脳にインプットされる。読経によって強くますます鮮明に認識されてしまう。どうしてよいかわからず、他力本願になって、ますますお大師様におすがりする様になる。
 悩みの多い人は、このようなお参りはしないほうがいい。歩かないでお参りする人には、平地に別院を建てて、そこでお参り出来るようにしてあげると良いのにと思う。
 山上に建てられた寺院は、なぜわざわざ険しい山の上に建てたのかという、お大師様の寺院建立の趣旨を理解し、それを体得したい人に開放すべきだ。そうしないと、本来の教えの意義が薄まり、廃れていく。本来の教えが抹消されていく。悲しむべき事態だと思う。
 
 25番津照寺は、街中にある。国道を気持ち良く歩いて、気が付いたら行き過ぎてしまった。室戸市役所入り口の看板が右手にあったはず。そこから直ぐに左へ、室戸スーパーを見ながら室津港へ。路地の角に薬屋がある。その路地を右折すると25番だ。うっかりして直進して港に出てしまった。道を尋ね、引き返す。
 
 中年自転車遍路が休憩中。挨拶して通過するが、無視される。26番金剛頂寺へは、途中で遍路道を見失い、車道を行く。本当は、標識のあるところを右に行かずに、山に向かって路地を直進するべきだった。
 10:05に打ち終わり。本堂を降りると、正面に遍路道左の標識がある。ここを下る。登ってきた時に見た標識の前に戻ってしまった。峠越えの遍路道ではなかった。もと来た道を戻り、岬を海岸沿いに遠回りする。
 
 奈半利への遍路道は山越えの道である。下りでおじいさんがカマで草刈して道を確保してくれていた。かなりの雑草だ。刈らなければ通れない。こういう人のお陰でお遍路は安心して旅する事が出来る。感謝。
久しぶりの登りで、疲れたが、だれていた足がしゃきっとして来たようだ。たまには体に活を入れるのも大切だ。

30.1km。6:40出発。25番津照寺(6.8km。8:10―8:30) 。26番金剛頂寺(7km。9:50ー10:05)。 
ビジネスホテル「なはり」




5月15日水曜日(10日目)

6:40 出発。雨。9:20。27番神峰寺着。下りで、元気な70代歩き遍路に会う。国道沿いにサイクリング道路が続いている。静かで気持ち良く歩ける。国道がアップダウンしても、常に平坦でなだらかに続く。1日中雨。このまま梅雨に入るとの予報。
 16時近くになり、宿探しのために国道に出る。16:30民宿「住吉荘」の看板が見えた。飛び込みだが、泊めていただく。宿泊は別館だが、食事は本館の二階で摂る。ここからの海の眺めがすばらしい。 
 夕食は漁師料理。トコブシの煮付け、キス、イカフライ。タイ、カツオ刺身。他。雨で濡れた靴を乾かすために、わざわざ古新聞紙を持ってきてくださる。洗濯機無料。 乾燥機有料。
 
 部屋に置いてある遍路雑誌の記事にこう書いてある。
「悟りは、裏の教えよりも裏の法。表の教えよりも表の法。見えぬ聞けぬが心を開く」
「悟りなき知識ばかり身につけば、おごる心が人を責めるなり」
「泥沼をくぐりし人のみの法(オシエ)は、深山(ミヤマ)の雪も溶かすなりけり」

41.7km。6:40出発。27番神峰寺(10km。9:20―9:45)。住吉荘16:30.




 5月16日木曜日(11日目)

 6:45出発。天気はどんよりした曇り。朝食はカツオの焼き物、納豆、目玉焼き、かまぼこ。他。料金6,000円。
 ここも、その前の宿も主人は元漁師。命がけの職業のせいか、腹の座った風格がある。笑顔がすばらしい。
命がけの仕事をしている人ほど、腹がすわり、心が優しく、笑顔がとても美しい。

 28番大日寺本堂に女性の金剛杖の忘れ物(名前が書いてある)。納経所の話では、バス団体の遍路だろうとの事。必要ないのに飾り物として持っているから忘れるのだそうだ。杖の忘れ物は年間かなりの本数になるようだ。
 28番を過ぎ、橋を渡ると目の前の山脈にガスが昇っているのが見える。山の裾に、もやが漂う。幻想的。
橋を渡り、道標通りに直ぐに左折。まもなくして右折すると都築さんの無料接待小屋方面に向かう。付近はタバコの花が満開。

 高知では道路に埋め込んだ道標が目立つが、肝腎なところになく、迷いやすい。踏み切りを越える付近で少々迷った。
11:30。29番国分寺打ち終わり。今夜の宿「サンピア高知」予約。
 
 釈迦の、ある高弟が1日中座禅修行をしている。新米の修行僧が皆に茶を入れたりして、行き来するのが修行の邪魔になると怒鳴りつける。其れを見て釈迦が言う。「お前は何をしているのか。ただ座って雑念をうかべているだけではないか。あの新米の修行僧は無心に皆の世話をしている。ああいうのを修行と言うのだ」と諭したと言う。
 
 悩みを持つ人が仏門に入る。座禅を組んでも無念夢想できず雑念に悩む。いくら修行しても悟りがひらけないと嘆く。しかし、仏門に入らなくても一心不乱に何かに没頭できるものがあれば、其れが修行になる。
 仏門に入っても形だけでは修行にならない。仏を拝む形をとらなくても、日常の行為が修行になるという事を教えているのだろうか。
 
 四国遍路を20年間続けて100回巡った人がいる。ただ巡ればいいというものではない。その人は仕事はどうしているのだろうか。家は誰が守っているのか。仕事が嫌で接待にかこつけて人の親切にすがって生きているだけかも知れない。そんな人の錦の納札を血眼になってあさっている人の顔を思うと哀しくなる。

 30番善楽寺で、銀の納札を納札箱から漁っている中年女性に会う。ご利益が得たいと言う。
数十回お参りしても,自分についた厄がとれない人がいる。そのような人の納札を持つと、その人の厄まで背負い込む事になるのではないか。
 このことを納経所で話すと「ご利益があるかどうかは仏様に伺わないと分からない」と言う。私もそう思う。
人の納札を抜き取ることは、泥棒と同じ。かえって仏の罰があたるのではないか。厄を背負い込んで不幸になるのではないか。「欲しければこのお寺でもお売りしています。どうか、納札箱だけは、あさらないでいただきたい」との事であった。

 また、錦札を1枚数百円で買い、欲しがる人にあげて、見返りに1000円の接待を要求する不心得の遍路(職業遍路という。言い換えれば、遍路の格好をした乞食のこと)もいるそうです。
 
 善楽寺から「サンピア高知」までは、道路建設がかなり進んでおり、古い地図では道に迷う。無理をしないで道を聞いたほうがいい。ガソリンスタンドは、道に詳しい。私は、5万分の1の地図で歩いたため、新しい道路と遍路道の位置関係がわからず、結構道に迷ってしまった。案外簡単なところで迷うようだ。
14:45。「サンピア高知」着。

6:40出発。28番大日寺(10km。9:10―9:30)。29番(9km。11:50―12:10)。30番善楽寺(7km。13:50―14:10)。サンピア高知14:45。




 5月17日金曜日(12日目)

 6:40出発。雨がかなり激しい。玄関先でリュックにポリ袋をかけ、雨具を着用して7:00にホテルを出る。
ファミリーレストラン「得々」で朝食。朝定を摂る。御飯、サバ開き、目玉焼き、味噌汁で500円。
竹林寺への遍路道は地元の人に確認したほうがいい。少し分かり難い。市電の線路に出たら右折し、しばらく行って左折するが、標識を見逃して直進してしまった。左折すれば後は道なりに、標識が案内してくれる。
 31番竹林寺9:00着。足うらが痛い。雨は11時過ぎに小雨になる。雨具はズボンを脱ぎ、上だけ着用。
630mの山頂に山門がそびえている。

 32番禅師峰寺11:15打ち終わり。
昼食は浦戸大橋を渡る手前のドライブインで摂る。ミニうどんと、じゃこ丼のセット。鰹節、じゃこ、刻みノリ、ネギがのせてある。名物だそうだが美味いとは思わない。
 
 雪渓寺花祭り5月19日の看板。4月8日は新暦では5月19日だそうだ。
大橋を渡ったら、遍路道は料金所手前を右折して海岸沿いに行くらしい。メルマガを読むと、街中で迷いやすいそうだ。今回は、直進し車遍路道を行く。
 
 雪渓寺で中年の歩き遍路の二人連れに会う。一人は、道具にこっている模様。靴は2万円、リュックは1万円以上、リュックカバーも6000円とか。きざっぽいので直ぐ別れる。
 雨で足をかなり痛める。今日の予定は34番より6km先の喜久屋旅館。ここより13km先だ。今の足の状態では4時間かかる。
 目の前にある高知屋は古くて汚いと言う情報をメルマガで得ていたので他を探す(実際は違っていた。古いのは確かだが、女将が気さくでお遍路の面倒見が良いらしい)。近くの宿は休業が多く、仕方なく1kmバックして民宿「英光」に泊まる。

  民宿「英光」はひどい宿だった。テレビのリモコンは埃に埋もれ、ちゃぶ台もティッシュでぬぐわないと物が載せられない程汚れている。ポットやお茶もなし。寝巻きもない。風呂はドアが外してあって、カーテン1枚。湯気が旅館の中に入り込むので、窓が開け放しになっている。外観が付近の建物の中では立派なので入ったが失敗した。
 後で聞いた話だが、向かい側のこじんまりした民宿は感じの良いところだそうだ。外観で判断してはいけないと言う教訓。また、ある老舗旅館の大女将の話では、高知屋は遍路の面倒見がいい旅館だとの事。インターネット情報も、発信者が誰かを確認しないと偏った情報を得てしまうようだ。

21.9km。〜31番竹林寺4.4km 〜32番禅師峰寺6km 〜33番雪渓寺9.5km。〜民宿「英光」。
 

 

5月18日土曜日(13日目)

 6:45出発。右足親指と人差し指の間に底マメ。小指の先、人差し指の先も大きく膨らんで水を持つ。テーピングしても足底が痛くて歩くのが苦しい。
8:40 34番種間寺を打つ。道路から見ると、本当に小さいこじんまりしたお寺だ。門を出ると20代半ばの女性歩き遍路に出会う。5日ぶりの良い天気だが、マメが痛くて距離が稼げない。予定より13km遅れている。
 35番へは34番種間寺を出てすぐに左へ行く。道路標識は右になっているが、これは車用だ。国道56号に出て仁淀川を渡り、高岡本町、四国銀行井上病院の間を右折。ガソリンスタンドを左折。しばらく行ってから標識通りに狭い路地を右折して寺へ。

 35番清滝寺の登りで昨日の中年遍路二人に出会う。打ち終わって次に向かうと言う。5万分の1地図を頼りに来たが、遍路道はもっと近道らしい。清滝寺へは車のすれ違いが困難なほど狭い。駐車場も数台のスペースしかない。
  11:40 35番清滝寺を打つ。 本堂で納札箱を探り、納め札を盗む人がいる。ここでも中年女性だ。どうも納め札を盗む人はいわゆるオバンが圧倒的に多い印象を受ける。
錦札を盗むとご利益があるという。巡拝者は自分の厄落としにまわっている人もいる。巡拝した印に納め札を納める。この納め札を盗まれては巡拝の証がなくなる。お大師様には、巡拝した事が分からないから厄も落とせない。納め札はお寺でお大師様に取り次いでいただき、寺で焼かれてはじめて納めた事になる。焼かれずに盗まれた納め札には、その人の厄もついてまわる。盗んだ人に厄がついてくる事になる。御利益どころか、不幸が待っているかもしれない。
 
 この事を35番清滝寺納経所でお聞きしたところ、ご利益があるかどうかは仏様に聞かないと分からないという。私見だが、人の札を盗んでご利益があるとは思えませんとのこと。錦札は当寺でも巡拝回数にかかわらず誰にでもお売りしているそうだ。このお寺の境内でも、錦札を100円で買って巡拝者にわたし、お布施として1000円要求した人がいたらしい。最近は盗まれないように納経箱の口を手が入らないよう小さくする寺が増えているそうだ。
 
 帰りは、このガソリンスタンドを左折してきた道路を横切って直進し、街に入ったら道標どうり左折。突き当たって右へ30分。ここで右折して宇佐美方面へ。右側の水の流れに沿って進み、野尻の十字路で右手に案内柱を見て右折し、塚地トンネルへ向かう。
 
 先の寺を打ち終わったときに、入れ違いになった女性遍路に出会う。すでに打ち終わって出発するところだ。やはり遍路道を歩かなかったので遠回りをしたらしい。
 トンネル手前に公園風の休憩所がある。遍路道はこの奥から始まる。塚路トンネルは837.5m、幅9.3m。歩道が完備していて、照明も明るい。歩きやすいトンネルだ。
 
 途中で極真空手の遍路に会う。彼は1年半の間、テントを担いで全国武者修行をしたそうだ。その後、半年間、千葉県の清澄寺にこもって修行を終え、今回、四国遍路の修行に出たとの事。道場では少年部の指導員だそうだ。
荷物は30kg。2gのペットボトルには、朝は500tの水をいれ、夕方は2gを確保。夕食時に翌日の昼飯の分まで炊くとの事。悩みは水と米の確保、楽しみは食事だそうだ。今日の昼はコンビニのハンバーク弁当。美味しそうに食べていた。
 
 歩いている時は何も考えないそうだ。試合ではあれこれ考えて迷いが出て負けてしまう。今は何も考えないので試合をしても体がとっさに動く。脳で考えているうちは駄目。くだらぬ悩みは遍路をするとばかばかしくなるとの事。
年齢は30代半ば。極真空手衣を着用し黒帯を締めている。金剛杖、菅笠着用。痩せ型だが、自信があるのか、穏やかな風貌。やくざのように力不足をカバーするような空威張りがなく、にこやかで風格のある好青年に見える。

 山村で交差点を横断するとき、車はかなり手前で停車してお遍路を待ってくれる。こちらから「どうぞ先に行ってください」と手で合図をすると、丁寧にお辞儀をして走り去る。都会では見られない光景である。

 36番青龍寺は、「マリンハウス酔竜」の先を右折。16:30 に打つ。
昨日のオバン遍路と同じく、ここ36番のオバン団体遍路もマナーが悪い。愚痴ばかり。拝みながらも愚痴る。自分で納札箱の前に陣取って、後から来る人の通行の邪魔をしているのに、お札を納める人が体に触れると、「押さないでよ。年寄りだから、転んだらどうするの!」とにらみつける。 自分が納経の邪魔をしているのに気づいていない。    にこやかな顔の人は、札を納めたら、すぐに後ろへ下がって他の巡礼者の邪魔にならないところでお経を唱えている。なるほどと思い、私も階段を下りてお経を唱える事にした。
昨日出会ったオジン遍路は納経後、ベンチで自慢話に夢中である。
若い女性の遍路は前向きで素直で、とても感じがよかった。

 体は新陳代謝が鈍って老化しても、心は若くありたい。少なくとも人に迷惑をかけないこと、愚痴らないこと。十善戒を守るよう努力しよう・・・と自分に言い聞かせながら寺を後にする。

 「マリンハウス酔竜」泊まり。洗濯機、乾燥機あり。システムバスがきれい。料理も美味しい。世話をしてくれる年配の女性(女将のお母さん?)穏やかな顔で、親切で気持ちがいい。部屋はベッドに4.5畳の畳。

6:45出発。30.8km。33番〜34番まで6.5km。35番まで9.5km。36番まで14.8km。16:30「マリンハウス酔竜」




5月19日日曜日(14日目)

 7:10出発。6,800円。大女将?に色々アドバイスを受け、アンパンの差し入れも頂いて出発。
大橋まで昨日の道を戻る。半島をそのまま行くよりはるかに近道だそうだ。
竜の浜で空手遍路が練習中。テントには「武者修行中」とマジックで書かれている。軽く挨拶し、修行の邪魔をしないよう通過。岸壁は朝から釣り人でにぎわっている。
 リアス式の刻みの深い海岸沿いをひたすら歩く。道路沿いに無人販売所がある。夏みかん大のブンタンが10個200円と、超お買い得。しかし、1個でもかなり重そうなので、やめておく。
 
 鳥坂トンネル経由で須崎に12:30着。安和駅(無人)13:40通過。焼坂峠は、道が荒れているとの情報があり国道56号焼坂トンネルを行く。そえみみず遍路道分岐付近を左に行く。今夜の宿は左の村落だ。

 15:30大谷旅館着。街中を行き、スーパー久松を左に折れるとすぐにある老舗の旅館だ。設備は簡易水洗トイレで本当に山奥、田舎の古い旅館という感じ。
 12畳の部屋2間を自由に使っていいとの事。部屋の仕切りの襖は立派で欄間の彫刻がすばらしい。その当時はかなりの旅館だったのではないか。
 部屋に上がると、着ているものはみんな脱げと言う。お接待で洗濯していただく。夕食はカツオの刺身、ホタテの貝殻焼き2ケが豪華。
 
 今日は35km歩いたが疲れない。ただ、足の豆が痛くて思うように歩けない。痛くてもかばうようにして歩いていると、結構歩けるものだ。痛くて歩けないといって歩かないのは自分に歩く気がないだけ。歩こうと思えば痛くても歩けるものだ。メンテナンスさえしっかりやっておけばそれ以上には悪化しない。

35km。7:10出発。大谷旅館。6,800円。




 5月20日月曜日(15日目)

 7:15大谷旅館出発。久しぶりに摂った朝食が6:30のため出発が遅れる。おばあさんは、玄関先で丁寧に道を教えてくれる。そえみみずが本来の遍路道で、女性でもそこを行くらしい。しかし、ここまで来て引き返すのも大変だから、国道は行かずに大阪峠越えで行きなさいとアドバイスを頂く。
 七子峠へは7km。旅館の前の通りを行き、路地を過ぎT字路に出たら右折して直ぐ左折。あとは道なりに行く。晴天は1週間振り。沢沿いになだらかな道を6km。後の1kmで高度差200m程を一気に登る。
 
 エアーシューズの中敷はプラスチック製で、靴底から水がしみ込まないように出来ている。この上にさらにクッションのよいフェルトの中敷を敷いていたが、このフェルトが雨の中では、水を吸って足がふやけてマメの原因になった。雨の日は、フェルトのクッションを外し、水を吸わない靴下を履いたほうがいいかも知れない。

 峠への道は、最後の数十メートルを除いて山道が階段状ではないので歩きやすい。
木の枝にくくられた道標の布に「大師様も通られた道」と書かれている。そえみみずの道にも書かれているのだろうか。両方の道を通れるわけがない。どちらの道を通ったのだろうか。文献で知る限り、実際にはどちらも通っていないらしい。いいかげんな事が書いてあると、真面目に怒るより、励ましの意味で書いたものと認識し、感謝すべきであろう。実際、嘘だと分かっていても、ちょっぴり励まされ元気付けられる。

 8:50 七子峠着。ここからの眺めはすばらしい。これからずっとアスファルトの道を行く。窪川までは1本道で道標も完備して分かりやすい。、窪川にはいると37番岩本寺までが分かり難い。うっかり、左に行き窪川トンネルをくぐってしまい、窪川に出てしまった。先の右へUターン気味の道を行くと寺の前に出た。
呼坂トンネル経由で、信号2つ目を左折し、突き当りを右折すれば37番の門前に出るはずだった。

 37番岩本寺12:10着。
15:00 佐賀温泉着。空室があったので今日はここ泊まりにする。佐賀温泉は普通の温泉の2倍の濃度とのことだけあって、かなり濃くヌルヌルした温泉である。
 
 今まで泊まった旅館はホテル以外は殆ど宿帳に記名していない。電話予約した場合は名前が残るが、飛び込みの場合は名前も告げずに宿泊していた。今日は久しぶりに宿帳に記名する。

 話し方教室には心理的援助を必要とする人たちも多く来る。心理カウンセリングはあまり信用されていない。自分は精神がおかしいのではない。スキルが出来ていないだけだと思っている人が多いのではないか。だから話し方教室でスキルを勉強したいのだと思う。
 これは、カウンセラーに大きな責任がある。心理カウンセラー自身の心に、自分たちは特殊な力がある、クライアントは病気である。その病気を直してやるのが我々なのだと言う驕りがないだろうか。
 
 話し方教室の講師は、講師としての基礎勉強の後、2年以上かけて教え方を学ぶ。どう教えるかを徹底的に学ぶ。そして十数回のテストをパスしてはじめて教室に立つ。教えるマニュアルがきちんと出来ている。
 ところが心理カウンセラーはどうだろうか。きちんとしたカウンセリングマニュアルがあるだろうか。人それぞれではないだろうか。言い換えれば、自分か受けるカウンセラーに当たり外れが大きい。いわゆる学問として、治療法の過程が体系化していない。水準が確立していない。だからカウンセリングなんてこんなものだ・・・と評価を落としてしまうのではないだろうか。
 
 最近の話し方教室受講生の中で心理療法や、催眠療法を受けた人が2人いる。一人は10回コースを15万円で受けた。3回程受けたが効果がなくて止めてしまった。もう1人は池袋で10万円コースを受けたが、やはり効果がなかった。それで話し方教室にやって来たそうだ。
 二人とも対人恐怖症で人前で話が出来ないという。3ヶ月通ううちに堂々と話が出来るようになり、対人恐怖はかなり薄らいだと言う。
 催眠療法をうたうこの二箇所の催眠治療室は、催眠療法のすばらしさばかり強調し、超脳力のような錯覚を与えている。しかし、疑心暗鬼のクライアントに事務的に催眠を施してもどれだけの効果があろうか。
 
 何かの本で読んだことだが、ある二人の幼い姉妹が催眠を受けた。姉は絶対にかからないと心に誓って受けた。終わってから父親に「パパ、催眠にかからなかたよ」と自慢げにいった。妹は、何が起こるだろうと期待して受けた。終わって「パパ、すばらしかったよ。お花畑に、赤や、黄色いお花が一杯咲いてとてもきれいだったよ」と嬉しそうに話した。すると姉は、もう一度受けたいといい、受けなおした。終わると妹と同じように興奮して嬉しそうだった。というような話である。
 
 このように、催眠はかけて欲しいと思わないとかからないものだ。自分の意思に反して催眠にかかることはない。
  カウンセリングでは、クライアントに気づきを重視する。話し方教室では、個性を見て、その人にあったアドバイスをして訓練をする。スキルを重視する。
 幼少の頃、両親から受けるべきスキル不足が原因云々はどうでもいい。今現在の状態を重視する。今の状態を改善するのに最適な方法で訓練する。
 対人恐怖症の他、軽いうつ病(服薬中)、人間関係のとれない人など色々な人が来る。純粋に話し上手になりたくて来る人はそれほど多くないのかもしれない。殆どが心理カウンセリング対象者かも知れない。

 しかし、現在の心理カウンセリングではこれらの人は救えないような気がする。心理学専門家の名のもとにクライアントの心をもてあそんでいるようなところがないだろうか。
 先生と呼ばれて浮かれていないだろうか。共感共感といいながら、本当にクライアントの苦しみを分かっているのだろうか。
口先の、形だけの共感で、共感しているつもりになっていないだろうか。
 長年不登校の高校生が、たった40日の遍路で不登校が治った例があると言う。何故だろう。

 私が遍路に出た理由は
@体調不良で不整脈がひどくなったこと。気功の指導員になってから、かなり改善したが全快してい
  ない。気を抜かれているような脱力感がある。気を充実させ、健康改善をする目的。
A心理カウンセリングをしていると、転移、逆転移が多い。カウンセラーの資質改善目的
B長年カウンセリングを受けている登校拒否児童が、なぜわずか40日の遍路で治るのか。理由を知るため。

 靴擦れはつま先が多い。1.5センチ大きい靴を買ったが、あと5ミリ大きければマメが出来なかったかも知れない。インターネットの情報では、靴は2センチ大き目がいいという。まったくそのとおりだ。やはり経験者のアドバイスは素直に受けるべきだ。
 理由は、雨で濡れると靴下も、足もふやける。靴がぴったりだと、ふやけた足は皺となって締めつけられる。この皺の部分が摩擦で靴擦れして、マメが出来る。特に厚手の綿の靴下はごわごわになりマメが出来やすい。雨の日は薄い化繊の靴下の上に化繊の厚い靴下を履くのがいい。
 化繊は肌触りが優しいので靴擦れになりにくい。厚手の中敷も水を含むので外した方がいい。当然靴底は薄くなるので足底を傷めやすい。エアーシューズ、特に爪先までエアーが入ったものはクッションが効いて足を痛めない。
ゴアテックスのような完全防水のエアーシューズがあれば理想である。
 
 マメが破れたら水バンソウコウで剥がれた皮を固定する。決して剥がしてはいけない。治癒が遅くなる。完全に密封すると水が溜まるので注意。マメは針で刺すが、糸を通した針でマメを突き抜いて糸を外に出しておく。溜まった水は糸を通してしみ出てくる。出かけるまではテーピングしないでなるべく乾かすようにしないと、治りが遅い。
 
 金剛杖は洗って床の間に置くというが、実際には旅館の玄関横に傘入れのような杖入れが置いてあり、そこにおいて置くところが多い。
街中を歩くには杖は邪魔だ。途中で出会った遍路は、女性は中心を握って横にして持ち歩いている。男性はリュックに縛り付けている人が多い。山を歩くときだけ使っている。それなら山用のステッキの方が軽くて扱いやすく機能的だ。分解すればリュックにも入る。
 菅笠も、男性はリュックにくくり付けて、頭には手ぬぐいを巻いている人も結構見かける。車の風圧で不安定だからと言う。特にトンネル内では体重のない女性は体をもっていかれるので、外す人もいる。
 
 歩道を走る高校生の自転車通学に出会う。右によけていたが、それでは自転車は車道側にある電柱をよけなければならず、真っ直ぐ走れないのに気づく。
以後、車道側を歩き、自転車の通行の邪魔にならないよう注意する。

  昼飯は、店が少ないのと、先を急ぐことからアンパンをかじる事が多い。今日は喫茶店があり、ここで特別にざるうどんを作ってもらう。自家用の乾麺を茹でてくれた。これもお接待としてあり難く頂く。

 足の豆は、違和感あれば放置せずに直ぐにテーピングしたほうがいい。
遍路マークは山中には多いが、町中では少ない。山を下って町へ出たところで、遍路マークが見当たらなくて時々迷った。遍路道のマークは、地図の道とは違っている事もある。
 遍路マークだけを頼りに行く時には注意が必要だ。こういう時にかぎって肝腎なところでマークが見つからなくなり、迷ってしまう。地図は絶対無視せず、地図中心で歩くべきだ。

30km。7:15大谷旅館出発。37番岩本寺12:10着。佐賀温泉15:00着。




 5月21日火曜日(16日目)

 6:30 出発。足のマメで予定がだいぶ遅れる。予定では中村市を過ぎ、四万十川を渡って、民宿「岡田」まで行く予定だが、今日は無理をしないで中村市泊まりにする。
 今日の道は車道の1本道でわかりやすい。昨日、温泉の売店で買っておいたカップラーメンで腹ごしらえをして出発。海岸沿いまで行くと食堂、民宿が所々に建っているが、殆ど廃屋だ。競争に敗れたか、不景気で倒産したのか。車遍路は大きくきれいな店に入りたがる傾向だし、歩き遍路はコンビニで弁当を買う事が多いと思う。海の家のような雰囲気の食堂では食べる気がしないのだろうか。
 
 宿泊も、老舗旅館は設備が古い。都会人にはなじめない場合がある。特にトイレだ。殆どが和式である。洋式トイレに入りたければ観光旅館を選ぶほうがいい。私は、もっぱら遍路宿に意識して泊まったが。
 最近は、宿屋を朝のうちに予約しなくなった。14時〜15時ごろなら予約なしで何とか泊まれる。インターネットで見つからなかったが、感じの良い宿があったりする。古くて年代を感じさせる旅館にもお目にかかれる。
例年5月中旬以降はお遍路が少ないので、予約なしでも泊まれるところが多いようだ。
中村市には大きなホテル、旅館が多い。安くて手ごろな旅館は見てから決めた方がいいだろう。数はたくさんあるので大丈夫と思う。
 
 四国は川が多い。時々水面をのぞくと、何処の川も魚影が多い。
歩いていると色々考えさせられる。カウンセラーに向いているだろうか・・・というよりも、こんな自分が人をカウンセリングしてもいいのだろうか。クライアントの人生を駄目にしないだろうか。人の心をもてあそんでいないだろうか・・・色々な事が頭に浮かんでくる。
 運命鑑定も行なっていて、的中率75%等と自慢しているが、そんな鑑定で人を不幸にしていないだろうか。的中率はさらにアップするだろうか。

 松下幸之助は人生の99%は運命によって決められている。後の1%が汗、即ち努力だという。自分の後継者も運命鑑定で決めたと言う。山下の4段跳びとして余りにも有名な話。ヒラ取締りの山下さんが、常務、専務、副社長を飛び越して社長に就任した話である。
人は、自分の運命をつかむための努力が大切ということか。運命の神様の前髪をいかに早く掴むかが大切ということだろう。

 遍路をしていると、ときどき励ましのメールが届く。毎日40kmを歩き続けるのは偉大なことだとか、苦しいでしょう、大変でしょう・・・というメールが多い。励ましのつもりで言っているのだろうが、本当は励ましにはならない。マイナス言葉だから。、
 「苦しいでしょう」
「大変でしょう」
「頑張ってください」
「あなたは偉大な事をしています」・・・
これを何時も言われ続けると、いつの間にか、苦しくなり、大変になり、頑張らなければいけない心境にさせられる。偉大な事を成し遂げようとしているような錯覚に陥る。まるで催眠にかけられているように。

 日常生活では、このような数知れない催眠に掛けられた生活を余儀なくされている。
おまえは駄目なやつだ、馬鹿だ、もっと勉強しないと立派な人間になれないぞ・・・
さんざんマイナス言葉を浴びせられて育った子供は、そのマイナスの催眠効果と、自分のプラスの考えとの間にギャップを感じてくる。
マイナス的催眠によって、マイナス人間になれと洗脳され続けた自分の将来に不安を感じてくる。
 プラス思考、肯定的思考をしたい・・・・・・でも、洗脳された自分の脳は、自分ではどうにもならない。誰かに操縦されている。なぜ自分で自分を操縦出来ないのだ。
 そういうジレンマから「切れる」人間になっていく。学校へ行けば行くほど自分を操縦できなくなってしまう。

 お遍路をしていると、自分を操縦しようとする人は誰もいない。昨日も今日も、そして明日も・・・・・
こうしてマイナス催眠から解き放たれた自分が、少しづつ少しづつ、ゆっくり、時間を掛けながら本来の自分を取り戻していく。洗脳から開放されていく。
 結願した時には、もう、誰からのマイナス催眠も受け付けない自分に変身している。洗脳されない自分を取り戻している。
よし!もう1度学校へ行こう。チョットだけ過去に戻って、学校生活をエンジョイしてみよう。明日から学校へ行こう。
このような過程を経て、不登校が治っていくのだろうか。  

 自分は、ただ歩いているだけなのに。誰もがしている、ごく普通の事を、ほんの少しだけ長い距離を、ほんの少しだけ長い時間をかけて歩いているだけなのに、自分を特別視したメールが届く。
 楽しく歩いている時に、励ましのメールが次々に届くと、次第に息が弾んで気がつくと、いつの間にか苦しく、険しく近寄り難い顔でうつむいて歩く自分に気づく。

 すれ違う学校帰りの小学生も、恐れるような顔で私を見つめている。
 はっと我に返って、笑顔・・・笑顔・・・笑顔・・・自分に言い聞かせながら歩く。

 今はただ黙々歩くだけ。遍路が辛かったのか、楽しかったのかは、終わってからでないと分からない。
そのような事は何も考えていないのにマイナスな事を言われると、だんだんそのような気分にさせられてしまう。
止めた方がいい。 子供の気持ちが分からなくなって来た。会社の部下が自分を避けるようになってきた。そういう時は胸に手を当てて思い起こしてみよう。

 今、何気なく言った言葉は、相手にどのような影響を及ぼしているのだろうかと。
今、自分が言った言葉が、相手にどんな影響力を持っているかを考えない励ましや発言が、人の心を病に送り込んでいる原因の一つになっているのではないだろうか。

 市内には高そうな観光ホテルが林立している。今日の宿は、聞き覚えのあるチェーンホテル「サンルート中村」にする。
15:30、「サンルート中村(四万十川)」。シングル5,700円。カツオのたたき定食1,300円。ビール中生500円。

34km 。6:30出発。15:30「サンルート中村」




 5月22日水曜日(17日目)

 6:20出発。右足底に違和感があるが調子はいい。朝から快調にに飛ばす。今までにないスピードだ。前を行く歩き遍路を、まるでマラソンをしているみたいに一気に抜き去る。四万十川は大橋を渡るのに15分かかるほど程大きい。
  久百々に行く手前、民宿「安宿」を見に行く。この宿は、遍路に質の良い宿を安く提供したくて建てたとかで、評判が良かったのでどんなところか関心があった。感じがよさそうである。
 中年の二人連れ遍路に会う。そばにアオダイショウがノウノウと昼寝。人や車を恐れない。向こうがよけていくから。
 この遍路に情報を貰う。39番延光寺の15km手前に庄助旅館があるという。今日38番金剛福寺を打ち、Uターンして国道56号を39番延光寺までいくのだが、途中何処に泊まるか迷っていた。普通は久百々の岡田屋に泊まり、38番を往復して岡田屋に2泊。それから39番へ向かう。今回は中村市に泊まったので岡田屋は朝のうちに通過。38番の足摺岬どまりになる。明日は岡田屋では昼前についてしまうし、39番まで行くには56kmもある。その途中に民宿があるとの事で、明日はそこに泊まる事にする。電話番号を教えてもらい二人と別れる。二人はのんびりと野宿するらしい。
 
 9時ごろ喫茶店兼民宿でカレーライスの朝食。庄助旅館は廃業との事。明日をどうするか、振り出しに戻ってしまった。今日はここ泊まりにして、荷物を置いて38番を往復し、明日39番へ行くことを勧められるが、とにかく、岬まで行く事にする。
 新伊豆田トンネル1620m。広々として歩きやすい。歩き遍路は殆どが「同行二人」の案内書を持参。通販でしか販売していないので、歩き遍路の殆どはインターネットで情報をえているらしい。本当に信仰心で歩いている人は見かけない。自分探し、心の迷いの出口を見つける旅が多い感じがする。
四万十川は、噂ほどきれいな川ではなかった。きれいな川を見た事がないのかな? 

 今日感じたことは、歩いていて困った時に限って情報を持った遍路に出会うことだ。今日もありがたい情報をもらえた感謝する。
昼前から降雨。涼しいのでセパレートのゴアテックスの雨具は快適だが、足が心配。マメが治癒していないのに、今日の雨で、さらにマメが出来ないか心配。
 
 国道321号は、以布利からは一般の車は海岸線通行がきついので右へ迂回する。遍路は直進する。ここから海岸線は狭くなり、車のすれ違いはかなり厳しい。地元の軽自動車がやっと通れるくらいで、部分的にはすれ違いが厳しい所もある道路幅だ。殆ど車に合わずに岬に到着。
 
 5万分の1の地図で、お寺に一番近い宿の国民宿舎「足摺」に予約を入れておいたが、宿舎は改築して山の中腹に移転したという。寺から4kmはあるそうだ。場所がわからずに、お土産屋で聞くと、電話すると迎えに来てくれるそうだ。寺と宿舎間を専用車で送迎しているとのこと。迎えに来てもらう。
 宿舎は国民宿舎というよりは、リゾートホテルといった感じの温泉ホテル。1泊ツイン11,380円。普通の観光客は高いのでまずは泊まらないそうだ。情報収集ミス。

46km。6:20出発。16:00、 38番金剛福寺到着。国民宿舎「足摺」。




 5月23日木曜日(18日目)

 6:00出発。雨。濡れた靴で、マメが出来ないよう、靴ひもを緩めにして、中敷も外す。エアーシューズなので中敷を外しても靴底の硬さはさほど違わない。今日は延光寺まで56kmに挑戦。
 道すがら沢蟹が出る。上を向いてはさみをガチガチさせている。威嚇しているつもりなのだろうか。ユーモラスな格好だ。逃げれば可愛いのに。踏み潰さないよう気をつけて歩く。
四万十川の鍵掛橋に10時頃到着。ここから先は山道で自販機、コンビニがない。ポカリスエット、アンパン、カロリーメイトを準備。あと36kmある。先が心配だが、だましだまし右足に負担を掛けないよう歩く。
 
 痛いと、つい、仏に頼りたくなる。お大師様、何とか歩かせてください・・・でも、そういう気持ちでは駄目だ。人や仏に頼ってはいけない。そんな依存心を持って歩くのならお遍路は止めたほうがいい。何かに頼らねば何もできない人間になってしまう。
 
 不登校の高校生がお遍路をしたら、不登校が治ったという。多分、お大師様に頼っていたら歩けなかっただろう。何も考えず、ただ黙々と、あたかも、朝起きて、夜になったら眠る。眠いから眠る。ごく当然のように、寝るのにいちいち理屈を並べないで、当たり前として眠りに入る。何かあったらお大師様が見ている。恥ずかしいことだけはしないように、ただ其れだけを思って黙々歩く。だから、体の痛みも忘れ、心の悩みも忘れてしまう。
 
 体も、心も、自分の思っている以上に強く、たくましく、頑丈に出来ていることを感じてくる。自分は弱い人間と思っていたが、意外と強い事に気づき、自信が生れる。なんだ、自分って本当は強い人間なんだ。どれだけ強いのか試してみよう。こういう気持ちになればなんにでもチャレンジ出来るようになるだろう。
 あと36km。股関節が痛くても何とかなるさ。右が痛くても、左は大丈夫だ。
 
 16:50延光寺着。股関節は、5分休憩すると動かなくなるが、またしばらく歩くと何とか動くようになる。延光寺山門の前にこんな言葉が刻まれていた。
 
  「たれもみな 心は父のかたみなり はずかしめなよ おのが心を」
  「たれもみな 体は母のかたみなり きずをつけなよ おのが体に」

 今日の宿は、昼に予約を入れた。若松旅館は廃業したとの事で民宿「嶋屋」を紹介していただく。
17時半頃に玄関をくぐると、先客は食事をしている。急いで風呂に入り食事の仲間に入る。殆どの人は終えて部屋に戻っていた。60代半ばの男性と50代半ばの女性に話し相手になって頂き、楽しく食事が出来た。皆と楽しく話しながら食事をしたのは、遍路2日目以来だ。洗濯機、乾燥機有り。おばあさんに洗濯の接待を受ける。

55.6km。6:00出発。鍵掛橋10:00。39番・延光寺16:50。民宿「嶋屋」


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