5月24日金曜日(19日目)

 嶋屋6,000円。玄関内にツバメの巣2個。最初は1個だったが、夜遅く来た遍路が2階の部屋で夜中にうるさく騒いだことで、1羽がストレスで2階の廊下で死亡。残ったツバメが新しく相棒を探してきて巣を作ったので2個になったそうだ。新しい巣に1羽が育っている。毎朝5時に鳴き出すので玄関を開けてやリ、夕方18時に閉めるそうだ。夕方は蚊が多く、部屋中蚊だらけ.蚊取りマットが配られる。 
 
 坊主頭の60代の女性(尼さんではないらしい)と、昨夜夕食時に話し相手をして下さった50代の女性が6時に出発。今日は40番観自在寺宿坊泊まりだそうだ。
朝より右足股関節が痛む。昨日の無理が祟ったらしい。だましだまし歩く。

 いわゆる「四国の道」は雑草が多く、数日間人が入らないと踏み跡がなくなるほど。
遍路三大難所の一つ松尾峠手前で葬儀にあう。山から竹を切り出して祭壇?作り。老人が指揮して若者が作っている。伝統がしっかり伝えられている良い光景に出会った。
松尾峠もウグイスがにぎやかだ。連日の歩きで疲労が溜まり、思うように前に進めない。
峠には松並木があったが、戦時中に船舶用に切り出されて、根は松根油の原料に掘り起こされた。その跡が残っている。
土佐の最後の茶屋跡、大師堂10:20着。大師堂は昨年建立。延光寺で会った紺の作務衣の野宿遍路は坊主頭の40代で、高知に住んでいる。野宿なので時間に縛られず、大きなミカンをのんびり食べている。少々うらやましい。
峠の下りは整備されたなだらかな道。
 大きなアオダイショウが寝そべっている。「うひゃー」と大声をあげるとにょろにょろと逃げていく。50代の夫婦?遍路を追い越す。 

 観自在寺14時着。昼食はアンパン3個。
道路に標語「ごめんね だけで心の氷がとけていく」。
次の宿まで12km。舗装道路をひたすら歩く。
旭屋旅館はホテル並の設備で廊下も広々している。ウオシュレットトイレ、風呂も大きくきれい。夕食は、タイとイカの刺身、タイ煮付け、ホタテ貝殻焼きと豪華。

40.4km。6:30出発。40番・観自在寺(27.8km。14:00)。旭屋旅館(12.6km。16:40)。




 5月25日土曜日(20日目)

  冷酒300ml付きで8,500円。ご主人は私の自宅のある千葉県船橋市に23年間住んでいたそうだ。不思議な縁を感じる。中山競馬場へはずいぶん通ったらしい。バナナ2本お接待でいただく。
 7:15旭屋出発。遍路道は旅館をやや戻り、川沿いに左折。川底の石畳は水枯れでむき出しになっている。山も渓流には殆ど水が流れていない。今までの道は、豊かな水流に恵まれた渓流続きであったが、ここはかなり深刻な水不足のようだ。
 
 旭屋のご主人の話では、車遍路は愛知ナンバーが多く、歩き遍路は千葉、埼玉、神奈川が多いそうだ。寺が多く、お参りの習慣が強いためか。

 柏坂の登りが厳しくなる。野口雨情の歌「松の並木のあの柏坂、いくど涙で越えたやら」が建ててある。昔から柏坂の厳しい登りに苦労していた事が偲ばれる。
 柳水大師8:10。ここは水枯れがないそうだが、今日はポタポタ程度しか水が流れていない。近くに女性の為に木造りのトイレが設けてある。柏から400m?登るとあとは快適な下り。

 3週間歩いたが体重は減らない。たいていの人は5〜10kgやせるそうだ。私は、165cm、58kg、体脂肪16%だが、ウエストは82cmと太め。毎日40km前後歩いているがウエストは細くならない。昼もアンパン3個程度なのに。
 
 道中、長い下りに飽きてくる頃、道々に色々な立て札が表れてくる。
「イノシシの掘った穴の理由」
「道中、昔から言われ伝えられてきた昔話」
など、この次はどんな話が紹介されるのだろうか・・・楽しみながら歩いていると飽きが来ない。
山を下り、陽にあたると暑いが日蔭の林道はひんやりして気持ちがいい。舗装道路の林道の木陰で一休みしながら差し入れのバナナを頂く。

 13:15、松尾トンネル。1710m。所要時間27分。排気ガスがひどいとの事だが、20分で通過。左側の歩道は1段高くなっており、2人並んで歩けるほど広い。排気ガスも殆ど気にならない。トンネル内の空気もスモッグがかかっていなく透明だ。東京のスモッグに慣れているせいか、まったく気にならない。
 イソヒヨドリ?を山の中でも良く見かける。
41番龍光寺そばの民宿「稲荷」まで37.7kmの予定だったが、稲荷屋は、平日に客が少ないと休業するとの事。今日も連絡取れず、手前の宇和島泊まりにする。
「パークホテル」は、こじんまりしたホテル。コンビニで夕食の弁当、朝用のカップめん、缶ビール、アンパンを購入。

27km。7:15出発。パークホテル(宇和島)15時ごろ着。
  



 5月26日日曜日(21日目)

 6:00出発。昨年の遍路16万人。歩き1万人。通しが千人。完全に歩きで通せた人は100人とか。交通機関に頼らず、車接待も受けずに歩きにこだわることで何が得られるのだろう。
 お釈迦様は、「悟りとは、こだわりの心を捨てることだ」と言われたそうだ。その悟りに近づきたくて歩くなら、完全な歩きにこだわらない方が良いのではないか。などと、色々雑念が浮かんでくる。
今回の遍路は、とりあえず歩きにこだわって行こう。何かを得ることを期待せず、ただ、歩くことだけを目的にして歩いていこう。

 お寺では何も依願せず、ただ巡拝の挨拶をして納経する。何のため?自分のため、ただ歩くため。何かを得るためという考えはない。また、例え何かが得られたとしても、自分ではわからないと思う。周りの人が以前の私と比べてはじめて分かることだと思う。人が思うことはどうでもいい。大切なのは自分自身である。変化を求めず、ただ歩くことだけを目標に歩く。 
 
 歯長峠登り口の休憩所で鳥屋がメジロとりをしている。おとりのメジロのそばに鳥もちを仕掛けている。朝からここにいるとの事。遍路は殆ど国道を歩いている。今日、峠を越えるのはあなた方だけだと言われる。
すぐに200mの鎖つきの急登が待っている。京都のお坊さんは、足袋にぞうり姿。マメに苦しみ、50日で結願予定。200m登ると狭い山道の連続。鉄塔を越えると後は下り。やがて見晴らしが良くなり、村が見えてくる。ここから一気に下山。ほぼ1時間の下り。
ビジネスホテルオータ(大洲)。5300円。夕方コンビニで弁当、おにぎり、ビールを購入。ホテルの設備はウオシュレットトイレ有り。
46.2km。6:00出発。41番龍光寺。42番仏木寺(4km)。43番明石寺(14.5km)ホテルオータ16:30。




 5月27日月曜日(22日目)

 5:20窓より見える日の出が美しい。 6:30出発。朝、おにぎり2個。昼は180円のサンドとアンパン1個。
9:40、国道が二つに分かれる。R56からR379へは右へ別れて静かな道になる。風がなく今日も暑さが厳しくなりそうだ。
 長岡トンネル10:45。.トンネル出口左に無料遍路宿。4.5帖?ほどのしっかりした物置風で、入り口に鍵がかかっている。
13:15、突合着。遍路道は左だが44番大宝寺まで宿が無い。右回りは宿があるので最近は遍路が多いとの事。R380を行く事にする。小田町役場前の高橋旅館に14:30着。国道で、役場入り口の標識のある信号を右折。突き当たりの役場を左折するとすぐ左にある。この先にも宿があるが、歴史を感じさせるこの旅館に決め、飛び込みでお願いする。
 高橋旅館は、昔はかなり繁盛していたと見え、二階の部屋は10畳ほどの部屋がいくつかある。欄間は彫刻が施され、当時の高級旅館の面影が残っている。トイレは和式。洗濯はお接待される。ビジネスホテルには無い人間の温かみを感じる。ここの役場は、夕方18時と、朝6時にスピーカーから町全体にメロディが流れて時刻を知らせている。夕食は、アジの塩焼き、ジャガイモとカボチャに煮付けなど。

31.6km。6:30出発。高橋旅館14:30.




 5月28日火曜日(23日目)

 6時前に食事を用意していただく。料金6,200円。
6:40出発。ひんやりと寒いくらい。大女将の話では、本来の遍路道は大洲か突合に泊まって、突合を右回りで小田町経由であったが、最近は内子に泊まって突合を左周りに行くよう案内書に書かれてから、右回りが極端に少なくなったとか。おかげで突合の「さかえや旅館」がつぶれたそうだ。わたしも、昨夜泊まる予定だった「さかえや旅館」がつぶれたため、日程調整に苦労した。

 数少ない歩き遍路が、各人個性のある日程を組むようになったことは頼もしいとは思うが、反面、宿泊施設の減少を生む事になる。ある程度、歩き遍路の日程をパターン化し、遍路宿をつぶさないようにしないと自らの首を締める事になるのではないか。後続の歩き遍路のためにも、こうした遍路宿の存続を考えた日程を組むことも大切だろう。
 
 国道に出ると正面にログハウスの駐在所が見える。まるでレストランのようだ。
国道380号はところどころで拡幅工事をしている。今日は30kmの日程。並足で歩く。
 40代らしき女性から車接待の誘いがあったが丁寧にお断りする。しばらく歩いているとUターンしてきて、お接待にと、本を差し出される。見ると宗教の「実籾の塔」の機関紙である。これも歩き遍路には荷物になるからと、丁寧にお断りする。

 「お接待は断らないで」といわれても、これだけは受けられない。すると、「なぜ歩いているのか」、「なにかご利益があったか」、「死をどう考えているか」、「遍路で歩きながら何を考えているのか」と、うるさく付きまとわれて閉口する。
 「お遍路中は、何も考えず、何もご利益を期待しない。無心で歩いていますので」と、いいかげんうんざりしながら別れを告げて歩き出す。
 
 別れ際に、「結願したらキリスト教の勉強もしてください」と、大きな声が聞こえたが、そのまま振り向かずに歩く。遍路は心に悩みを持っている人が多いかもしれない。それで、こうして歩いているのかもしれない。そういう人の心の弱みに付け込んで自分の宗教の勧誘をするとは。あきれ返る。
 
 道路沿いに石をくり貫いたきれいな水飲み場あり。わざわざ車でくみに来ている人もいるだけあって、美味しい。途中で何匹かのイヌに会う。大型犬はのんびりしているが、小型犬はほとんどが吠え立てる。自信のあるイヌは吠えないということか。人間も同じだ。
 
 定年になってからお遍路をしている人に会った。
ある女性は家事から解放されて、のんびりした生活をを味わっているそうだ。しかし,毎日休むことなく歩き続けることで、しんどさを味わい、朝早くから夜遅くまで黙々と働き続けている夫の仕事のきつさを初めて理解したという。
 ある男性は、毎日洗濯をしなければならず、多少主婦のありがたみを感じているようだ。
遍路に出た事で、相手の事を理解出来るようになったようである。遍路を終えて帰宅したら、きっとすばらしい夫、妻に変身するに違いない。
 
 遍路中、皆のお陰でここまで歩いて来れた。一人ではとても歩けないだろう。食事も自分で作らずに済み、寝るところも用意してもらえる。同行してくれる人もいる。道に迷っても教えていただける。丁寧な地図も作って頂いている。自分ひとりでは絶対に歩き通せない。多くの人々のお陰で歩かせて頂いている。自然と感謝の気持ちが湧いてくる。この気持ちを家庭内にも持ち込めば、家庭不和は起こり得ないだろう。
 
 昼飯は、どこかコンビニでと思っていたがどこにも無い。44番大宝寺まで行けば何とかなるだろうと思ったが、着いてみると意外と売店が見つからない。
 境内で、23日に延光寺前の嶋屋旅館で同宿したT子さんに再会した。クリームパン1個を貰い空腹を満たす。今日の昼食はクリームパン1個だけだが、食べられるだけでも有りがたいと思う。
今晩の宿は国民宿舎「古岩屋荘」だ。今履いているエアーシュズの底が磨り減ったため、最初に購入したナイキの靴と交換するために宅急便で送っておいた。

 彼女もそこに泊まりたいとの事でご一緒する。ご主人が今年定年で、今後、二人は一日中顔を合わせて暮らす事になり、息苦しい。この心を変えるためにお遍路に出たとの事。出発は私より2日早い5月4日。
車接待などを受けながらここまで来たようだ。彼女は、愛知県に住む主婦。ズボンが紺のトレーナー以外はお遍路装束。白衣は恥ずかしかったが、お陰で女性一人でも安心して歩けたという。
地元の人が親切にしてくれる。道を間違えても声を掛けてくれるので、迷わなくてすむそうだ。山道は不安なので男性に声を掛けて一緒させて貰うようだ。
 
 45番岩屋寺へは山道経由で参拝。やや急だがしっかりした山道だ。寺近くになると、修行道になり、道の角々に石像が祭られている。寺から礼拝しながら登るのだろう。
 修行道入り口付近には大きな仁王像が祀られている。巨大な岩の割れ目に鎖が固定されていて、その前には門が建てられている。寺で鍵をお借りして門を開けると登れるそうだ。
 寺は、名の通り岩壁に寄り添うように建てられており、圧巻だ。帰りの境内には売店が並んでいる。夫婦遍路に間違えられ、色々珍しいお土産品のお菓子を接待していただく。納経所でも、他の人に比べて特別に親切にしていただいたが、そこでも夫婦遍路と勘違いされたのかも知れない。
 
 宿では、東光寺の団体遍路が同宿。熟年遍路団だ。廊下で、あちこち男性の部屋を訪問するおばさん遍路の声でうるさい。ドアをあけて「腰を揉みましょうか」という声があちこちで聞こえる。ドアを開けて「あら、先客がいたの。では失礼」と、出て行き、次の部屋をノックしている。
 私の部屋も数人にノックされる。団体仲間ではないと分かると、すぐ出て行くが、一人が部屋に上がりこんで、腰を揉もうとする。お断りして出て行ってもらう。10時ごろ目を覚ますと、まだにぎやかに騒いでいる。明日は何時に出発するのだろうか。
 
 部屋は広くきれいだ。料理も料金の割りには豪華。洗濯室有り。洗濯機、乾燥機とも2台ある。
明日の道の状態を受付で聞く。
河合高野仰西遍路道は荒れていて、時間も2倍かかる。女性は行かない方がよいとの事。廃道同然のようだ。彼女は忠告どおり国道を行く予定。私は物好きに、廃道同然の道にチャレンジ。

27.6km。6:40出発。44番大宝寺、45番岩屋寺。国民宿舎「古岩屋荘」17:00着・




5月29日水曜日(24日目)
 
 6:30出発。Tさんは6時に出発したようだ。河合より、予定通り遍路道を行く。雑草で覆われて道が分からないところが多く、かなり手間取る。国道の2倍の時間がかかったと思う。
 Tさんは大変な話し好きで3分とは黙っていられないほど。うんざりする時もあったが、行き交う地元の人への挨拶、路傍の石像への会釈など、心の温かみを感じる。昨日、ほんの数時間だが同行させて頂いて大変勉強になった。機会があればまた会いたいと思う。
今日よりナイキの靴を履く。今までの靴は三坂峠手前で宅急便で送り返す。送料950円。3000円で購入し、底の磨り減った靴だが、昨日まで世話になった靴だ。送料が高いが捨てるわけには行かない。
 
 手続きの間に20代の野宿遍路に抜かれるが、すぐに抜き返す。10:50三坂峠入り口着。
標高700mの三坂峠入り口から一気に400mの下り道だ。11:37林道に出る。棚田が美しい。しばらく行って遍路人形が水車で動いている「遍路道の駅」で休憩。小夏みかん、ビワ、菓子を頂く。
日記を見るとTさんの日記があった。彼女もここでミカンの接待を受けて30分前に出発したようだ。追いつくかも知れない。出発しようとしているところへ、例の野宿さん到着。休まず一緒に出発。
 
 彼は東京練馬の住人。会社倒産で失業保険を貰う前に遍路を志す。4月下旬開始。8日前、大洲で足の肉離れをおこし、いったん帰宅。治療して今日再出発。区切り打ちになったが、歩き通す決意。まだ足が慣れていないので金剛杖の他に、木の枝で杖を作って、2本の杖にすがって歩いている。荷物は、ガスバーナーも持ってきたとの事で20kgはたっぷりあるそうだ。必死についてくるので、無理をさせないよう先に行く事にする。
 
 46番浄瑠璃寺で打ち終わる頃彼が入ってくる。納経所で待つ。
寺の若住職は、古新聞紙で習字の練習をしている。納経していただいた字はすばらしい達筆だった。暇があればこうしてお遍路の為に筆の練習をしているだけのことはある。いまどき珍しい住職だ。
歩き遍路と知ると、奥からミカンジュースを持ってきて接待される。練馬の彼が来た時は老住職に代わったが、この方もほっそりしているが威風のある方だ。
納経料300円を差し出すと、歩き遍路は200円で結構ですと、100円を接待して頂く。
こういう住職にお会いすると、来て良かったなと、つくづく思う。
納経帳を放り投げてよこした、どこかの寺の事が対比的に思い出される。

 彼はもう少し休んでいくというので一足先に出発。
 47番八坂寺山門で、打ち終わったTさんと再会。三坂峠越えで出会った30代男性と一緒だった。
14:40、48番・西林寺着。ここで練馬の彼と、Tさんらと一緒になる。
 彼女は先に出発。3人でしばらく情報交換。彼女と同行していた30代の彼は、靴が小さく、小指にマメを作ってしまったようだ。
 一回り大きい靴をはかなかったことを後悔している。はさみで小指側を切り取ってある。今夜は友人の家に泊まり、明日、靴を買いなおすとの事。練馬の野宿さんは道後温泉の公園で野宿の予定。私は未定。14時を回っているので石手寺付近に泊まりたいと思う。先に出発。

  50番繁多寺を16:30に打ち終わる。あと30分で17時だ。石手寺には間に合わない。ゆっくり歩く事にして、繁多寺門前でアイスクリームを食べる。親父さんの話では、石手寺は観光地なので納経は18時過ぎまでやっているらしい。先を急ぐ。途中でTさんに出会う。事情を話すと彼女も今日打ちたいとの事で早足になる。
彼女は寺前の民宿泊まり。
 51番・石手寺を17:30に打ち終わる。境内で人だかりがしている。見ると、子ネズミにじゃれ付かれた猫が逃げ惑っている。大変珍しいので写真にとる。
ここは道後温泉の観光地だ。温泉に泊まりたいので、公立学校共済会館「にぎたつ会館」に予約。
会館内はホテル並である。ゆったりとした風呂で疲れを取る。

37km。6:30出発。46番浄瑠璃寺、47番八坂寺(〜0.9km)、48番西林寺(4.5km)、49番浄土寺(3.1km)、50番繁多寺(1.6km)、51番石手寺(2.5km)。17::30。
にぎたつ会館18時着。 




 5月30日木曜日(25日目)

 宿泊料はツインで5,800円。夕食2500円。6:30出発。玄関を出るとすぐにTさんに出会う。民宿に温泉が無かったので、温泉につかって行くという。温泉の銭湯があるそうだ。
 52番太山寺へは、道標が無く道に迷ってしまった。大回りする。国道を行き53番の先まで行ってしまい、引き返す。
わずか10kmを3時間近くかかって、9:10着。打ち終わりにTさん到着。風呂はザーッと入っただけですぐ出発したとの事。待って同行する。途中、お嫁さん?に付き添われた車椅子のおばあさんに接待を受ける。10円、1円、5円玉を一握りづつと、飴玉を頂く。お金は、数個づつ小分けして各お寺に納めさせていただく。
 
 明日は30kmの行程。その先には宿が無い。明後日はどうするか。一気に横峰山を越えると50km弱。手前で1泊すると14kmの行程だ。宿の女将の話では、62番まで行き、そこから逆打ちする人もいるそうだ。自分では経験ないが、そのほうが楽ではないかと言う。
 夕食は、魚料理がふんだんで、カブト煮もあり、ボリュームに圧倒される。

32.6km。6:30出発。52番太山寺(9.4km)、53番円明寺(2.3km)、菊間町「月の家旅館」(20.9km)。




5月31日金曜日(26日目)

 6:30出発。今日の行程は未定のまま歩き出す。気温はどんどん上昇し暑い。
 仙遊寺への階段はきつい。途中、湧き水有り、ひしゃくで2杯飲む。
明日をどうするか。ホテル小松に泊まり、横峰山を逆打ちするか。手前、東予市桑村の「ビジハウス国安」に泊まれば明日は14kmの歩行だ。
 今日、「ビジハウス国安」に泊まれば明日は楽に横峰山を越えられる。しかし、今日打つお寺が5ヶ寺と多い。距離は35kmと短いが時間的に無理だろう。
今日、ホテルコスモオサムに泊まって、明日、横峰山を越えると50km歩く事になる。山道が有るのでかなりきつい。一人なら登ってしまうが、今は同行者にも気を配らねば。
16:30ホテル着。温泉有り。

29.6km。6:30出発。54番・延命寺(13.6km)、55番・南光坊(3.5km)、56番・泰山寺(3km)、57番・栄福寺(3km)、58番・仙遊寺(2.5km)、ホテルコスモオサム(4km)。



 
6月1日土曜日(27日目)

 6:10出発。途中、トイレを借りるために寄った番外・光明寺に遍路宿有り。トイレの横にある4.5畳のプレハブ建物だ。境内を掃除していた中年の男性(住職?)によると、横峰山は山頂付近までは舗装されており、寺の手前2kmから山道になること、下りはなだらかで、今から出かけても十分山下りが出来るそうだ。
 横峰山は、平らな町並みのはるか彼方の水平線上に、かすんで見える。あそこまで歩くのか。そして其れを越えていくのか。今日中にいけるのか。そう思うほど、山並みは遠くにかすんで見える。
 
 ほっそりした身長170cmほどの黒人の若い女性遍路に追いつく。近所の人に色々と接待されている。我々も親指程のぬいぐるみを頂く。黒人の遍路は、スリランカ出身で、白衣をまとって正装で巡礼している。お接待した方に納め札を渡そうとすると、其れはお寺に納めなさいと言って受け取らなかった。
納め札ほしさに接待する人が多いなかで、この方は、本当に心から接待してくれたのだと思うと、ありがたみが強く感じる。
 
 横峰山ふもとまで舗装道路。休憩所には広い10台以上の駐車場有。そばに湧き水がある。山上よりホースで引かれていて、水圧が高く、勢いよく噴き出ている。ひんやりしてうまい。
 2kmほどの緩い登りで横峰寺に着く。標高900mで、四国で一番高い。50歳の男性遍路に追いつく。彼は、千葉県の八街出身で、今は神奈川県の三浦市に住んでいるという。3人合流して下山。
下りの道は、最初は緩やかだが、次第に起伏のある険しい道になる。焼山寺への道を思い出すほどの険しさだ。それに距離がうんざりするほど長い。これでは、逆打ちするとかなりへたばるだろう。
 
 山道から、舗装道路に差し掛かる橋の下に、白いイヌがいる。道から落ちて這い上がれないらしい。引き上げようとするが逃げてしまう。しまいには岩の上に寝そべって動かない。縁がなかったと思い、このまま先を急ぐ。弱ってくれば誰かに助けを求めるだろう事を祈るしかない。
 
 三浦市の遍路は、61番の宿坊泊まり。我々は62番のビジネスホテル小松へ直行。ビジネスホテル小松は、小松駅前を右に少し入った左側にある。造りは普通の民宿で、肉屋の兼業である。昼は玄関が開け放しで留守が多い。御用の方は店の方に電話するようにと、黒板に書いてある。のんびりした宿だ。
夕食は鍋料理。野菜たっぷりの、2人前と見間違うほどのボリュームで料金6,195円。

47.2km。59番・(2.7km)、60番・横峰寺(33.4km)、ビジネスホテル小松(62番そば。11.1km)




6月2日日曜日(28日目)

 6:00出発。荷物を置いて、空身で61番へ戻り打ち。境内で昨日同行した三浦市の遍路に会う。本堂は鉄筋コンクリートのかなり大きい建物で、2階に太子堂がある。
帰りがけに練馬の遍路と出会う。この近くで野宿をしていたらしい。
63番で三浦市の遍路と合流。64番前神寺を過ぎると遍路道が分かり難く、3人で手分けして探しながら歩く。
加茂川を渡る歩道橋付近で、左折の標識を見失い直進してしまう。
 車道に出て道を尋ねると、かなり南へ来てしまったようだ。車道を戻りながら歩道橋を探す。歩道橋は国道11号の少し手前に見えた。
 
 64番を過ぎてからは、国道11号を歩いたほうが道に迷うことなく、しかも距離もかなり短いように思われる。
13時頃、遍路道は国道近くを並行するようになる。国道沿いにコンビニを見つける。ここでホカ弁を買い、軒下のベンチで昼食にする。ここからは、遍路道は分かり難く迷うので、国道を歩く事にする。

 18時ごろ、今夜の宿、松屋旅館から電話が入る。ビジネスホテル小松から来るにしては余りにも遅すぎるので、心配して電話をくれたそうだ。かなり道に迷い、遅れてしまった。

  18:10松屋旅館着。彼は手前の「つたの家」泊まり。旅館で昨日同宿した61歳の男性と再会。
女将の話では、明日泊まる予定の民宿岡田は、昼のおにぎりを接待してくれるそうだ。明日の行程は、どこにも店がないので昼飯が調達出来ないのだそうだ。普通は、おにぎりは腐りやすいのでどこでも作ってくれないらしい。
 女将から、「遍路は一人歩きが原則。同行では、歩調を合わせるのが難しいから、できるだけ一人で歩きなさい」と忠告をいただく。。明日の昼食は、11時までに食品店を通るのでそこで仕入れるようにとのアドバイスを頂く。11時をすぎると町を外れるので店が全くなくなるという。

36.4km。61番・(.,8km)、62番・(1.5km)、63番・(1.5km)、64番・(3.3km)、松屋旅館18:10着(28.3km)。




6月3日月曜日(29日目)

 6:50出発。料金6,500円。62歳の遍路は先に出発。コンビニでアンパン3個購入。Tさんはおにぎり1個。疲れで食欲がないのかな。
 12年間遍路をしていると言う逆打ち遍路に出会う。前歯が抜け落ち服も汚らしい。ホームレスのような姿で、首から下げてある輪袈裟で、かろうじて遍路だと分かるような出で立ちである。
12年間中断なく遍路を続けていることを自慢しているが、そんなのは自慢にならない。

  遍路とは、留守を守ってくれる人がいて、帰る家があってこそ価値がある。托鉢しながらと言うが、乞食同然。仕事をしたくないから、托鉢と称して物乞いをして生きているだけではないのか。とても12年間積み上げたはずの徳が見えてこない。

  三島市に入り、右折して松山自動車道のガードをくぐって左折すると、小高い丘の上にある公園の案内標識が見える。遍路地図に記載されているW付の公園はこの先である。
この公園を右に見て、松山自動車道に沿った細い道を行くと目標の「そ水公園」に出る。ここを左に見ながら直進する。
登りの道には所々に沢の水を竹筒で引き込んだ水飲み場がある。標高が低いので水温はぬるいが、渇いた喉にはたまらなく美味しい。
 
 65番三角寺11:40着。61歳の遍路は遅れて到着。二人で先に行く。気温28度、風がなく蒸し暑い。登りでは沢の水をたらふく飲めたが、帰り道には湧き水がなく、飲めなかった。
 
 平山待合所の先に「やすらぎのへんろ休憩所」がある。車道から左へ、遍路道に入ったところにある。目の前の建設会社の接待所だそうだ。ログハウスの休憩所で、小夏みかんがおいてある。頂いていると、従業員の若い女性がやってきて冷たい麦茶をご馳走して下さった。遍路ノートには、記入した遍路の納め札が貼ってある。我々も記入して、納め札を箱に納める。
 
 ここから民宿岡田まで2時間半だ。Tさんは疲れたのか、かなり遅れ気味である。テンポを緩めて歩調をあわせる。もうそろそろ2人の歩調が合わなくなってきたらしい。明日からはついて来れないかもしれない。

 宿には16時半に到着。風呂、洗濯を終えた頃、三浦市の遍路、Hさんが17時半に、18時に61歳の遍路が到着。さらに遅れて1人到着し、泊まりは5人になった。
 
 宿泊所は、住居の裏手に別棟で建てられている。洗濯機、乾燥機は建物の外にある。無料。
食事は、住居の台所で作り、こちらへ運んでくる。奥様が病気の時は平日は休業していたそうだが、奥様が他界されてからは、毎日独りでお遍路の世話をしているそうだ。
NHKテレビで放映された「四国八十八ヶ所」では奥様もご一緒だったのに。あれから間もなくお亡くなりになったそうだ。今日は娘さん?と2人でお世話をしていただいた。
 
 ナイキの靴を購入した埼玉の靴店「マギー」の店長も先月来たそうだ。この店は、社長夫妻がお遍路でここのお世話になって以来、毎年従業員が交代でお遍路に出ているそうだ。お遍路をした後は、1階級昇格するとの事で、先月泊まった店長は部長に昇格したそうである。
 
 61歳の人は、完全正装、死装束の出で立ちである。金剛杖も自宅に持ち帰り、自分が死んだら白衣と共に棺おけに入れてもらうのだそうだ。何かわびしい気がする。もっと明るく活気のあるお遍路をしてほしいと思う。
 「岡田」のご主人に説教される。
「61歳は、鼻たれだ。お遍路でそのようなことを言うのは70歳、80歳になってから言いなさい」。
お遍路は70代がもっとも元気で、80歳でも若い人に負けない程元気に歩いているのだそうだ。

31.1km。65番・(16.7km)、民宿「岡田」(14.4km)。
   

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