翌日6月8日土曜日、新幹線で千葉県船橋市の自宅へ34日振りに帰りました。
 このお遍路を無事終えられる事が出来たのは、ひとえに、家をしっかり守ってくれた妻のお陰です。そして、道中の私を支えてくださった遍路宿の皆さん、地元の人たち、遍路仲間に感謝します。
  お遍路で、だらだら歩いている人を見かけました。歩きながら色々雑念が沸いてくるのではないでしょうか。だから、ホームシックにかかったりして挫折するのだと思います。黙々とひたすら歩く事に専念すると、自然に足が速くなります。気がついたらもうここまで来た・・・雑念が消え、マイナスな考えが消え、歩く事に専念できます。

 すると、遍路に出かける前は5kmを歩くのがやっとな程の弱い体でも、10km、20km歩けるようになります。普段歩かない人でも、30kmまでは誰でも歩けます。30kmを越えると、注意しないとマメ、靴擦れに悩まされるようになります。1日40km以上歩きたい人は靴に金をかけるべきでしょう。

 長く歩いていると、筋肉痛、関節痛で体が動かなくなります。腰が曲がらない。靴紐が結べない。しかし30分も歩いていると、不思議と痛さが消え、腰も曲がるようになリます。

最初の4〜5日に張り切りすぎると足が腫れあがり、歩けなくなリますので、歩きはじめは1525kmに押さえるのがコツでしょう。

 
 [お問い合わせに答えて]

この日記をご覧頂いた方から、遍路道の険しさについてお問い合わせがありましたので、私見を述べさせていただきます。これは私の体力から見ての意見ではなく、客観的な意見ですので参考になるかと思います。

多かった質問
@ 私の荷物が軽すぎて、何か遭難のような出来事に出会ったらどうするのか。
A 遍路道はどのくらい険しいのか。60歳を超えているが大丈夫か。

 ★お答え★

@
 確かに私の荷物は少ないです。しかし、極端に言えば、雨具さえあれば、現代のお遍路は可能です。
宿に着けば寝巻きが出ます。今日着ていた衣類はすぐに洗濯すれば翌日には着られます。靴擦れなども、宿に行けばバンソウコウなどは用意してあるかもしれません。道中の水は、自動販売機がありますので、山道以外は不用です。食事はコンビニで買えます。コンビニがない地区ではカロリーメイトを2箱持っていれば、これで800Kcalありますので、栄養的には充分です。
ひげも、無精ひげを生やして歩いている方もいます。
 
しかし、これではゆとりある歩きは出来ません。それで、ひげそりを持ち、昼の御弁当を早めに確保したり、山道で使う登山用の杖を用意したり、疲労回復、怪我の応急処置用に、簡単な医薬品を携帯します。
水筒は自販機で売っている350ccペットボトルのレモン水などがいいでしょう。空になったらお寺で水を補給します。山道ではこれを2個用意し、町に入ったら1個を捨てればいいのです。
持ち歩くのが嫌なら、自販機の前で飲み干しても大丈夫です。数時間後には自販機があります。
但し、すべて自販機で賄うと、水代だけで1日3本として360円。10日で3,600円にもなります。
馬鹿にならない金額です。
  
女性の化粧品は、すべてプラスチックのケースに詰め替えましょう。クリームと日焼け止め、リップクリームだけで充分だそうです。口紅は不用。ファンデーションも不要ですが、どうしてもというかたは、少なめにして途中で補給しましょう。四国は、れっきとした都会です。何でも売っていますよ。
 ちょいと近くのレストランで食事に出かけるつもりで荷物をまとめるといいでしょう。かなりコンパクトになるはずです。
 
荷物はこれだけで充分でしょう。荷物を8Kg以上持っている方にお聞きしたら、10日間以上全く使用しない物が半数くらいあるようです。これを捨てれば4Kgになります。テーピングテープは軽いものですが1巻は必要ないでしょう。コンビニでも売っています。わたしは、かさばるので半分捨てました。

捨てたテーピングテープは金額にして数百円です。歩くのは数十日です。1gでも軽くしたほうがいいでしょう。お金がもったいないからと持ち歩いて、その疲れで疲労回復剤を飲めば、お金の無駄遣いになります。 
 捨てて荷物を軽くすれば、かえってお金を倹約できるのです。発想の転換をしましょう。

A
 道中に「遍路ころがし」と呼ばれている所があります。確かにきついですが、きつい部分は歩く時間にして1時間程度です。その殆どが、土砂の流れを止める為に整備されて階段状になっています。
これがかなりきついようです。階段が数百段続いていると想像してくださるとお分かりかと思います。
金剛杖や登山用の杖があればとても楽です。
急な坂道は、息が切れないように歩幅を狭くすれば平地を歩いている感覚で登れます。息が切れるのは歩幅が広いからです。

遍路ころがしという名は、体の弱い方でもここを通らねばならなかったところから付けられたのだと思います。
70歳代の人でもすたすた歩いています。

皆さんが頭を悩ませる所は、60番の横峰山79番高照院から82番根香寺間の行程でしょう。

横峰山越えは、日程調整が難しく、59番で1泊して逆打ちする方もいるようです。しかし、このコースはたぶん12番焼山寺へのコースよりはるかに長く、起伏もあり、険しいと思います。横峰山から下る時でさえ、焼山寺よりもきついという方がいるくらい長く、起伏があります。逆打ちは絶対お奨め出来ません。

順打ちでは横峰山まで緩やかな快適な車道です。景色を見ながら、おしゃべりをしながらの歩行です。
駐車場から先の2km程が唯一の山道です。談笑しながらあっという間に横峰山に着いてしまいます。

79番高照院からは、ここを午前中に出発できれば順打ちするべきです。午後になってしまい、山頂で宿泊する方のみ逆打ちしましょう。
高照院納経所の若い女性も「私なら順打ちします。そのほうが楽ですから」と言っていました。逆うちは距離が長く、決して楽ではないようです。時間的には同じだそうです。
また、途中で道を教えていただいた70代の女性先達も、このコースを十数回案内したが、すべて順打ちだそうです。
「遍路転がしといっても、四国の山は低いのでたいしたことはない、標高差もせいぜい200メートル。逆打ちで長い距離を喘ぐよりも、ずっと楽ですよ」と言っていた通り、ここの遍路ころがしの部分は1時間程度で登ってしまいました。

逆打ちを奨めるマガジンもあり、初めて歩く方は迷うと思います。迷ったら両方の案を計画し、お寺で聴いて見ましょう。あなたにあったアドバイスがいただけると思います。とにかく、マガジン情報を鵜呑みにしないことです。

四国の山は標高700m程度です。高いところでも900mです。遍路転がしという部分も、ほんの1時間程度です。険しくはありません。但し、焼山寺への遍路道は、1時間登っては、急降下し、また登るということを数回繰り返しますので確かにきついです。しかし、歩幅を狭くしてゆっくり歩けば息も弾みません。ゆっくり息が軽く弾む程度のテンポで登ると6時間。息を切らして登って4時間といったところでしょう。

それから、宿泊のことですが、私もマガジンから情報を得て宿を選択しました。
汚い、古いという宿を敬遠しましたが、実は古い宿は伝統のある、昔から引き継がれてきた、遍路なら必ず泊まりたい遍路宿だったりします。

私も、宿の女将から「なぜあそこに泊まらなかったの。もったいない事をしたわね」といわれた事が2度ありました。それからは、泊まった宿で、次の宿の推薦を受けて予約するようにしました。
伝統のある遍路宿では、色々な遍路情報が得られます。

客観的データを収集しましょう。特に女性発行のメルマガからの情報は要注意です。綺麗、汚い、親切、不親切という言葉には注意しましょう。
普通の人には遍路宿なら当たり前と思うことでも、人によってはホテル並の設備を要求しますし、サービスも要求します。

遍路宿はセルフサービスの宿と思えば、違った感じ方が得られます。
遍路宿の多くは、従業員はいません。年老いた夫婦2人で一所懸命お遍路の面倒を見て下さっています。そういうところで設備だのサービスだのと苦情を言う方はホテルに泊まるべきでしょう。
若い綺麗な女性には誰だって親切にしたくなります。わがまま娘には意地悪したくなります。そこのところを良く掴んでおきましょう。

私も、この遍路日記で、20番札所の先の民宿「坂口屋」でいやな目に会った事を書きました。団体遍路には大変親切だが、ひとり歩き遍路のわたしには、腹が立つほどではないが、不愉快な事でした。
しかし、殆どの方はいい宿として推奨しているようです。ですから、一人だけの情報で決め付けないで下さい。そういうこともあった・・・くらいに思っていただけたらと思います。相性ということも有りますので。
たまたまの、当事者としては全く気にも止めない些細なことでも、ひとり歩きの歩き遍路には非常に不愉快に感じれらることがあります。そこのところを理解して、客観的な情報を掴んでください。

私の日記も、あくまでも主観で書いています。次に出かけたら、違った感じ方をするかもしれません。そのことをご理解いただきたく思います。



歩き遍路は人生最大の贅沢である

 今回、遍路を体験して感じたことは、遍路とは、「人生最大の贅沢である」ということです。お接待を受けるたびに、歩き遍路は羨望の的で見られました。「自分も行きたいが体が動かない。だから代わりにあなたをお大師様としてお接待させてください」お年寄りからこう言われた時は、お預かりしたお接待のお金は小分けして少しずつ各お寺にお賽銭として納めさせていただきました。このようなすばらしい体験が出来たのは、お接待をしていただいた人々、道を親切に教えて下さった人々、宿でパンツまでお接待で洗濯してくれた人、その他多くの四国の皆さんのお陰です。
 このような体験はどんなにお金を積んでも、それだけでは決して体験できない事と思っています。このような体験をさせていただいたことは、何にも変えがたいすばらしいこと、これ以上の贅沢はないと思います。

 人生、生きるのに不必要なものを持たないこと、身軽なことが大切だと思いますが、このような贅沢は何度でも経験したくなります。今回の遍路では、一口では言えない色々と衝撃的、感動的な体験をしました。何度も遍路を重ねるとこの感動が薄らぐから、今回限りの思い出として大切にしまっておこう、遍路は今回限りにしようと決めていました。しかし帰宅して時間が経るにしたがってこの贅沢に再び浸ってみたいと思うようになりました。これが「お四国病」というものでしょうか。自分もお四国病に罹ってしまったなと感じています。いつかまた、機会があれば、お大師様のお呼びがかかれば、必ず出かけます。

お遍路が贅沢である理由として、歩き遍路に必要な条件を挙げてみますと
1 健康であること
2 遍路に出られる時間があること
3 お金があること(11万円弱を目安に。)
4 家を守ってくれる人がいる

 この四つの条件が揃うことは、本当に幸せなことではないでしょうか。さらに、ある人いわく、
5つ目に「歩き遍路をして喜びを感じることのできる感性」が必要であるとのこと。
この意味は、しばらくは理解できませんでした。しかし、この意味は別の言い方をすれば
、お遍路に出るということは、「お大師様に呼ばれたからいくのであって、呼ばれない人はいくら誘っても行かない」ということではないでしょうか。
「感性」とは、お大師様が呼んでいる声を聞き取れる能力ではないでしょうか。
 私も、再びお大師様が呼んで下さる声を聞き逃さないように、感性を磨いていくつもりです。

 日記に、お遍路ではお大師様に何もおすがりしない、依願しないということを書いています。このことは、誤解されないように釈明しますと、、自分で何も努力しないでお大師様に頼って,はいけないという意味です。自分で全力を出し切って努力して、その結果をお大師様に見守っていただくということです。
 自分で何もしないで、ただお願いするだけでは幸せになれるはずがありません。
病気に罹った場合もそうです。生活の乱れを直さず、食事もバランスを欠いて好き勝手に食べていて、直そうという気持ちもなく、努力もしないで、お大師様を頼っても病気は治らないでしょう。
 自分で精一杯の努力をした上で他力に依願すべきであると思うのです。
そういう意味で、今回のお遍路は、自分に厳しさを求めたものになっています。次回のお遍路にも、厳しさを求めたいと思っています。

 目的地は遠い。苦しく,呼吸が乱れて歩けなくなった時、自分に言い聞かせる。
「あせらず、ゆっくりでいい。一歩前に足を出せば、一歩目的地につく。前に歩けば必ず目的地に着く。早いか遅いかの違いだけだ。ゆっくりでいい。」
 少しづつでも前に進めばかならず目的地に着くことを、身をもって理解することが出来ました。

 これからお遍路に出かけるために、この日記に目をとめてくださったあなたに、読んでいただいたことを感謝します。体をいたわって元気に行ってらっしゃい。いつかあなたにお会いできる事を祈りつつ筆をおきます。
感謝!

最後に、私が文献で調べたお遍路に関する事を付け加えておきます。


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