
『螺旋階段のアリス』/加納朋子/文春文庫 【bk1】
連作短篇集。大企業のサラリーマンを辞職して探偵になった男。開業したばかりの事務所を訪ねてきたのは猫を抱いた少女安梨沙だった。
章題を見ていて思ったのだけれど、萩尾望都の『ポーの一族』で、主人公エドガーを題材にした十一枚の絵があって、題名が「イスのふちにすわるランプトン」「イスのまえにたつランプトン」〜最後が「ランプトンのいない部屋」
いや、だからどうだというのではないけど、ふと思い出したのですよ。
事件はいわゆる日常系ミステリの範疇に入るのでしょう。作毎の謎はなかなかにいい感じです。安心して読み進めることができます。ただ、この安梨沙という少女がいったい誰なのかという謎が明かされる最終話は、何となく興冷めなような感じをおぼえてしまいました。謎は謎のままのほうがいい場合だってあるのにな、というのはミステリを読んでいて、かなりの確率で思ってしまうことなのですが、いかがでしょう?まあ、ぼくの意見はきっと少数派なんでしょうが……。
『クレオパトラの夢』/恩田陸/双葉社 【bk1】
『MAZE』に続く神原恵弥シリーズ第2弾ということだけれど、申し訳ない。前作のことはあんまりおぼえておりません。そんなに印象が濃い作品ではなかったのか?いやストーリーはおぼえているのだが、その神原という登場人物にさっぱり記憶がないのですよ。こんなに濃いキャラクタなのにどうしたことでしょう。前作読み返すべきかも……。それとも記憶に残らない類の濃ささのだろうかなあ。耽美路線が主翼の一端を担っている恩田作品群においては、なんにせよ特殊なキャラだよね。
物語的には<クレオパトラ>の追跡が主軸といえば主軸なのでしょうが、その肝心の<クレオパトラ>ってなんなのさ、ということが引っ張りに引っ張ってなかなか出てこない。もうちょっと、そこのところストレートでもいいのではと思うのだけれどいかが?連載物だったようなので、まあ仕方ないのかもしれませんが、どうも短くすむところを引き伸ばしているような感は否めないかと。あと他の作品でもたびたびそういう表現方法があるのだけれど、例えば五稜郭をわざわざG稜郭というように表現する意図がいまいちわからない。
ちなみに作中の挿話『冷凍みかん』はアンソロジー『異形コレクション12・GOD』に入っている作者自身の作品ですが、こういうインパクトのある掌編のほうが氷に閉ざされた謎という同工のテーマとしては、はるかによくできているとぼくなどは思ってしまいます。
『誰か somebody』/宮部みゆき/実業之日本社 【bk1】
編集者として働く杉村は、義父である財閥会長の運転手が自転車にひき逃げされ命を落とした事件を調べることになるが……。
あまりいい読後感のする話だとは言えない。人間の裏側ってこんなものなのかもしれないな、と納得してしまいそうな気分になるのがたまらなくいやである。まあ、ストーリー自体はよくある話だとは思うのだが、それを杉村という金銭的にめぐまれていてしかもそれに執着はしておらず家族も和気あいあいという男を主人公に据えているからこそ、この事件の感じがじつにいやなものにしあがったのだろう。説得力があるのだ。杉村というそこらにいそうにない好人物が扱うからこそ、この平凡ともいえる事件にじつにいやな気分にさせられる。面白い悪意の描き方だなと思う。もちろん、宮部氏の計算なのだろうが……。人の心の中すべてがわかるわけじゃないから、ぼくも言うかもしれないな。「杉村さんみたいな恵まれた人に、わたしの気持ちがわかるわけないわ!」とか。けっきょく、この物語の言いたいのはここのところなんだよね?でも杉村にはそう言う登場人物の気持ちが充分よくわかっているわけで。ほんとうに人と人とが判り合うことは難しい。ましてや立場が違うのであれば。問題は、相手の立場に立つというほんの少しの想像力があるのかということ。物語を通読し、お金の有無はいざしらず、できればこのラストのカラオケシーンの側に混じっていたいよな、と感じさせられたら作者の勝ちというところでしょうか。
『四季 夏』/森博嗣/講談社 【bk1】
そして物語はふりだしに戻る。この場合はS&Mシリーズ直前の時点という意味だが。ある意味謎解きのようであり、ある意味さらなる謎をなげかけられたという感じだ。謎というのは、この場合は四季という少女の人間性についてだが。もっとはっきりと言えば、四季のメンタリティがなにに拠っているのかさっぱりわからない。まあ、わからないように作者が書いているのだと言ってしまえばそれまでなのだが、天才が実在したすべてがらこんな感じになるのだろうとは、ぼくには思えないのだ。裏返して言うならば、ぼくは、わけのわからなさを彼女の天才性に依拠させず個性のせいにしたがっているのかもしれない。
この物語の冒頭にプラトンの言葉がかかげられている。何を言いたいのかは明らかであるね、有名な部分であるし。さすれば完全性とは頭脳には関係がないものであるということか……。そして、四季はそれを許せないのであろうか?それは学習するものではないと思うし訓練で得られるものでもない。ましてや思考の果てに現れるものでもなかろう。基本的に間違っていると思う、そう思うぼくは凡人なのであろう。
あと、シリーズ読者にはお約束。林さんが四季相手に名乗っております。これでやっと裏がとれたわけですね。
『黄金色の祈り』/西澤保彦/文春文庫 【bk1】
読了直後の自分のメモにはこうある。「なんてイタイ話なんだ」と。だいたいにして、青春物などというのはどこかしらもどかしくて、イタイものである。できうるならばもう二度と触れずにすませてしまおうと思っていた澱のようなドロドロに、予期せずでくわしてしまうからである。もちろん、いい思い出の部分を心地よく刺激してくれる青春物だってあるにはあるのだが、そちらのほうが珍しいのではないか?だいたいにして明朗で健やかな青春などというドラマの謳い文句のようなものがフィクションであることは、通りすぎてきた者にとっては自明すぎるほど自明なことだ。
さて、本作はといえば、その明朗快活さの対極にあるといっていいだろう。周囲の人間の目ばかり気になり、こんなはずじゃないというお決まりの文句をいやになるほど繰り返す主人公は、あの日のオレそのものではないか。読み進みながらだんだんと鬱な気分になってくるのを自覚せざるを得ない。ミステリと銘打ってあるので作中で事件だって起こるのだが、事件なんてどうでもいいやという思いもしてくる。いや、やがてその事件なんてどうでもいいやという思いもこのオレのエゴイズムにすぎないとストーリーは思い知らせてくれるのだが。
これを書いている今、読了から半年ほどは経っている。冷静になって考えてみれば、どうやらかなりの部分で作者ご本人の体験ともいえるものを、ここまでよく、こういったドロドロしたものに作り上げることができるものだ。しかも、読んでいる最中は怖いもの見たさというか、ほぼ無我夢中であった。なんといえばいいのだろうね、こういう物語を。
「本当の自分」なんてものは探してもそうそう見つかるもんじゃないと思うけど、この物語を読むと歪んだ鏡を見てるようなぞっとした思いにとらわれる。きっと他人から見えている本当の自分とやらはこんな感じなんだろう。それを指摘してくれる人がいないのは不幸なのか幸福なのか???
『ぼくと未来屋の夏』/はやみねかおる/講談社 【bk1】
ミステリーランド第2回配本。いや、流石に餅は餅屋というか、子供向けの作品を書き慣れている方ですよね。何しろ、うちの上の息子がたった1日で読んでしまったのですから、面白さは請け合いです。
六年生の夏休み、<未来屋>と名乗る猫柳さんに声をかけれれた風太は、町内に伝わる不思議な話の謎にせまります。ううむ。いかにも冒険好きな子供たちが目の色を変えそうなアイテムが散りばめられていて、楽しめますよ。神隠しの森、人喰い小学校、人魚の宝……ぜいたくですね。しかも、それがどこに出かけなくても自分の住む町内にすべてあるんですから、たまりません。こういうところが、もしかしたら自分の住んでいる場所にも何かあるんじゃないかと子供たちに思わせてくれるのでしょうか。こんな夏休みをすごすことができたなら、どんなにいいでしょう。夏休みが大好きだという作者の、楽しく夏休みをすごすためのお手本のような話です。日常だって、<未来屋>の猫柳さんの語る<未来>のようなほんのちょっぴりの想像力のスパイスで、きっとすばらしいものになるに違いありません。そして、夏休みこそは、子供たちにとってその日常を抜け出す最大のチャンスなのです。
『黒蜘蛛島 薬師寺涼子の怪奇事件簿』/田中芳樹/光文社 【bk1】
シリーズ第5弾。ええと、講談社と光文社で交替に出版されることになったのであろうかな。かつては平井和正が『幻魔大戦』で同じようなことをやっていたが、あれだってシリーズは相互補完的とはいえ一応別物だったわけで。こんなふうに、ひとつのシリーズが出版社を交互に出るのってどんな理由さ、といらぬことが気になるなあ。
物語としては安定した面白さ。例によって怪奇な犯罪者(今回は題名通り蜘蛛の怪物です)に対して我らがドラよけお涼&泉田@朴念仁警部補&その他大勢(笑)の繰り広げる問答無用の正義の戦いをたっぷり楽しむことができます。そうだなあ、正義などという言葉を正面に据えるといかにもうさんくさくなってしまいそうなところ、ちっともそういう重苦しさがないのは涼子のつきぬけたキャラクタによるものでしょうな。しかしながら、このままいかにも安定したシリーズになってしまうのもどうかという思いはあって、今回で言えば涼子と泉田の仲がほぼまったく進展しないことには、いつもながらじれったくなります。いや、進展したら話が終わってしまいますが(笑)。今回は<椅子>にすわっただけですものねえ(笑)