Q課の男

relay 1997.11.09-1998.02.03 (未完)

 そのとき携帯が鳴った。俺の頭のなかで鳴った。
 俺が咳という作家もどきの応対をしているときだ。もっとも咳という男、弱小とはいえ文芸雑誌に連載を持ち曲がりなりにも単行本も出しているので、もどきというのは当たらないかもしれない。この男、俺が古書店「究極堂」を開業してから妙に懐いたように俺の店に入り浸りになっているのだ。東京都内とはいえ、二十三区から遙か彼方の地方自治体にある俺の店に足繁く通い詰めるぐらいだから、ひょっとしたら俺に気があるのかもしれない。咳はうっとりするような目で稀覯本「和漢内話」と俺の顔を交互に見つめながら、三軒茶屋の犬猫病院で起きた奇妙な出来事の話をしている。患者であるペットの妊娠期間が二十ヶ月を過ぎているのにまだ子供が産まれないというのだ。
 咳の話を適当に聞き流しながら、俺は頭のなかで携帯の受話器を持ち上げた。むろん咳には俺が携帯をかけていることなどわかりはしない。すべては俺の頭のなかでの出来事。俺の電子頭脳はマルチタスクだから、複数の仕事を同時にこなせるのだ。とたんに奇妙な音声が飛び込んできた。
「:聲^○~腮△擲;★萸……」
 別に文字化けを起こしているわけではない。スクランブルがかかっているのだ。スクランブルをかけて俺の携帯に電話をかけてくる相手といえばひとりしかいない。別段スクランブルをかけたままでも俺自身は頭のなかの並列コンピュータをとおせば相手と会話可能なのだが、それでは読者に申し訳ない。一応スクランブルをはずすことにする。ただ、これらは国家機密に属することなので読んだ端から忘れていくようにお願いする次第だ。
「やあ、久禅寺くんか」デジタル音声にスクランブルをかけたのを再度元に戻しているので、どこか平坦に聞こえるかもしれないが、紛れもなく庁史編纂室長馬垣の声である。
 久禅寺というのは俺が再生してから、俺に与えられた名前である。フルネームだと久禅寺久彦。なんだか寺の坊主みたいな名前で俺は気に入らないのだが、偽名ではない。ちゃんと正式に戸籍まで作られているのだ。そういった点警視庁のやることに抜かりはない。
「確認するまでもないでしょう。この携帯は俺の頭脳回路の一部なんだから」
 いまさら馬垣室長に反駁する必要もないのだが、読者への状況説明のためにいわでもの言葉を俺は口にした(といっても、頭のなかでの話だぞ)。馬垣室長もその辺心得たもので別に気を悪くするふうでもない。簡潔に指令を伝えてきた。
「赤坂二丁目でパワーショベル二台が水干銀行を襲撃している。Q課に緊急出動要請が来たのでよろしくね♪」
 表向きは現警視総監と反りが合わずに庁史編纂室長という閑職に追いやられたかのように見える馬垣室長ではあるが、その実警視総監の懐刀なのである。実は庁史編纂室というのは世間を欺く仮の名でしかない。隠された名は東京警視庁刑事局Q課。刑事五課の手にあまる事件を一手に引き受ける秘密部署なのだ。馬垣室長はQ課の課長でもある。その階級が警視総監に次ぐ警視監であるという点を見ても、警察機構内部でいかにQ課にウエイトが置かれているか伺い知れるというものだ。もっとも今のところQ課に所属しているのは室長と、秘密刑事たる俺だけなのだが……。ちなみに俺の階級は警視。といっても、一度死んだときに二階級特進してそうなったのだからあまり威張れたものではないことは確かだ。
 電話はすぐに切れた。俺は清明桔梗を染め抜いた羽織をひっつかんで立ち上がった。
 咳が目を丸くして、羽織に袖を通し始めた俺を見つめた。
「究極堂。どうしたんです? 出かけるのなら僕の持ち込んだ謎を解いてから出かけてくれ」
 咳はいつも俺のことを屋号で呼ぶ。俗流知識人にありがちなスノッブというやつだろう。俺は助手の砂智子(年齢不詳:胸ぺったんこ)に、咳先生に狸蕎麦の出前でも取ってやってくれと言い残して店を飛び出した。
 俺は店の前のくらくら坂を徐々に加速をつけながら駆け下りていった。途中で左下顎の第二大臼歯にしかけられた加速装置のスイッチを舌の先で押してオンにする。とたんに視野狭窄が起こり俺の体は見る見る加速していった。
 なにもこのようなハード的なスイッチにしなくても、十分俺の電子頭脳で加速装置を制御可能なのだが、俺のボディを作ってくれた谺(こだま)博士が「サイボーグ009」のファンだったのだから仕方がない。
 谺博士というのは、あのニコラ・テスラさえその前では膝を折るという一種の超天才科学者である。長年NASAに勤務していたが、アメリカの宇宙計画にかける予算が大幅に削減されたことに腹を立て、退職して日本に舞い戻ってきたのだ。谺博士はNASAのコンピュータプログラムにある仕掛けを施し、予算の三十%を自分の研究につぎこめるようにしていた。その仕掛けは退職して十年が経過した現在もNASA当局に気づかれてはいないという。谺博士がNASAの予算をちょろまかして何につぎ込んでいたかというと、究極のレプリカントの製作なのだ。そう、俺のボディはNASAの金でそのほとんどが作られているようなものなのである。
 白く染め抜いた清明桔梗がぶすぶすといって焦げだした。別に林真理子がそばを通りかかったわけでもない。瘴気に反応したわけでもない。単純に空気との摩擦熱で燃えだしたのだ。くらくら坂を降りきった時点で俺の着物はすべて燃え尽きてしまい俺は素っ裸で走り続けることとなった。空気の層が水の弾力を備え、コールタールの粘つきを見せ、さらに鉄の硬度を獲得して俺の前に立ちふさがろうとする。しかしオリハルコン製の俺のボディはそんな空気の層を苦もなく切り裂いて進んでいく。加速されているので俺の均整のとれた裸体が好奇の目に晒されることはない。
 古書店「究極堂」から港区赤坂までの直線距離はおよそ五十キロメートル。しかし、俺は加速装置のおかげでマッハ3のスピードで地上を駆けることができる。道が多少曲がりくねっていようと二分とはかからない距離なのだ。
 しかし、常識で考えたら、マッハ3のスピードを出すのなら地上を走るよりも空を飛ぶほうが遙かに容易なはずだ。それをあえて地上を走る(しかも二本脚走行で)仕様にしたというのがアニメファンである谺博士の拘りというやつだろう。実際、二本脚走行によりマッハ3で地上を駆け抜けるために、俺の体にはS.A.G.C(スーパー・オートマティック・ジャイロ・コントロール)という装置とともにU.M.G.C(ウルトラ・マイクロ・グラヴィティ・コントロール)という装置が埋め込まれているのだ。前者は人間の三半規管をもっと精緻にしたような装置で体のバランスを保つ装置なのだが、後者はなんと超小型重力制御装置なのだ。普段このU.M.G.Cという装置は、およそ一トン近くある俺の重量を、俺のボディサイズに見合った人間の体重である八十キログラムしかないようにカムフラージュするために使用されているのだ。この装置の出力を高めれば、理論的には俺が空を飛ぶのも可能なはずなのだが、谺博士はなぜかそれはスマートでないといってハード的にパワーセーブをかけているのだ。まったくアニメ・オタクってやつはしょうがない。
 谺博士についてもっと語ろうと思ったところで、赤坂二丁目についてしまった。途中経路の描写がなされなかったのは作者が東京の地理に不案内なためで他意はない。
 野次馬に取り巻かれたなかほどに黄土色した巨大なパワーショベル二台が水干銀行を襲っているのが見えた。こういったパワーショベルを建設業界ではなぜかユンボと呼んでいるらしい。その名のいわれは知らないがヤン坊マー坊の弟でないことは確かだろう。アームの先のショベルが閉店後の銀行のシャッターに突き刺さり、シャッターはまさにこじ開けられようとしていた。
 幸い野次馬たちは強盗のほうに気を取られているので、裸の俺を見とがめる者はいない。俺はパワーショベルに近づく前に道路にしゃがみ込み、舗装面に手を差し込んだ。俺の手は摩擦で熱せられているので、アスファルトは見る見る溶けてどろどろの黒い液体に姿を変える。俺はそれを顔に塗りたくった。俺の正体がばれるのを防ぐためだ。
 俺は野次馬たちの頭の上を軽々と跳び越え、パワーショベルの前に立った。見るとパワーショベルのオペレータールームは分厚そうな鉄板で装甲され、オペレーターの姿を窺うことはできない。警官たちが拳銃を構えながらも撃ちあぐねているのはそのせいだろう。警官たちは俺の姿を見るとぎょっとなって、危ないから下がれ、と警告した。俺はあいにく秘密刑事。その身分を同じ警官にさえ明かすことはできない哀しい身の上だ。俺は警官の警告をあえて無視して、オペレーターたちに呼びかけた。
「怪我したくなければおとなしく出てこい」
 俺の音響センサーがスチール装甲の向こう側の嘲笑を拾った。俺の一物を揶揄して笑っているのだ。短小だの仮性包茎だのという声がする。俺は情けなかった。なんで谺博士は俺の意識をこのレプリカントボディに転移させるときに、ボディまで俺の肉体をそのままコピーしてしまったのだろう。どうせのことなら歌麻呂にして欲しかったと俺は思うぞ。ともかくも犯人は触れてはいけない俺のインフェリオリティ・コンプレックスに触れてしまったのだ。レプリカントの俺にも様々な感情がある。俺のメインの電子頭脳はリキッド型と呼ばれ、人間の脳髄にきわめて酷似した構造を持っているのだ。俺はオペレータールームの屋根にCCDカメラが四基ずつ備わっていることを見定めるや、ジャンプして足刀ですべて蹴り割ってしまった。これでオペレーターの視界は奪われたはず。
 ところが、かえって犯人たちは重機を旋回させ闇雲にアームを振り回し始めた。これは予想外の展開だ。右側のパワーショベルのアームが野次馬たちをなぎ払おうと半円を描く。パニックを起こして逃げまどう群衆。少女が転び起きあがろうとする。その起きあがった顔をめがけショベルがティラノザウルスのあぎとのごとく急襲する。俺は寸前でそのショベルを受け止め、アームごと根本からひねり切った。油圧チューブが引きちぎられオイルが噴水のような飛沫をあげる。アームを失ったことを悟ったオペレーターが運転席の扉を開けて顔を出し方向を見定めてから再び扉を閉めて、俺に向かって突進してきた。俺は引きちぎったばかりのアームを肩に担ぐと、その巨大な金属バットを運転席めがけて振り回した。照らし合わせたことはないが、おそらくこの金属バットは高校野球の規則では太さや長さや重さ、そのすべてに違反していることだろう。そんな代物で強打されては頑丈に装甲を施された運転席もひとたまりもない。ボディは横倒しになり、運転席は中央部からくの字に曲がってしまった。
 大音響に驚いたのだろうか、もう一台の運転席の扉が開き、運転手が顔を覗かせた。見ると首にタオルを巻き、黄色いヘルメットをかぶっている。緑色した+のマークがついた安全ヘルメットだ。群衆を危険に巻き込みながら、自分は安全ヘルメットをかぶっているとはどういう了見だ。俺はかっとなってしまった。俺の怒りを感知したのか運転手はあわてて扉を閉め、運転席にもぐり込むや俺とは反対方向に重機を走らそうとした。
 逃がすか! 俺は重機の走行速度および方向を正確に計算するや、空中高く跳び上がった。地上五十メートルの高さで俺は反重力装置を解除した。これで俺の重量は一トン近くになる。一トンもの物体が五十メートルの高さから落下した衝撃がどのようなものか知りたかったら、二十階建てのビルの屋上から小型乗用車に乗って飛び降りてみることをお勧めする。それはもう大した衝撃であることは間違いない。俺は正確に運転席の屋根の上に墜落するように計算の上飛び上がったのだ。ところが下を見るとパワーショベルが速度を失って停まってしまっている。俺は仮面ライダーではないから体を捻って、墜落位置を変えるような器用なことはできない。本当は仮面ライダーにだってそんなこと不可能なんだがね。おかげで俺はパワーショベルの一メートル手前の道路に大きな穴を開けて墜落することとなった。
 俺が穴から這い出していくと、パワーショベルの運転手が警官隊の前で土下座しているのが見えた。聴覚センサーのパワーを上げて運転手の言い分を聞くと、どうやら燃料切れを起こしたらしい。銀行強盗するぐらいなら燃料の残量点検ぐらいちゃんとしておくべきだ。本当に運のいいやつ。俺は超小型原子炉で動いているから当分そんな心配はいらないのだ。
 俺が静かに立ち去ろうとすると警官隊が俺を取り巻いた。器物損壊、猥褻物陳列の現行犯で逮捕する? おいおい、頼むよ。俺って秘密刑事なんだぜ。俺は警官隊の頭を軽々と跳び越えると加速装置をオンにした。赤坂の街が後方で幻想のように掻き消えた。
 究極堂には裏口から入った。シャワーを浴び顔のアスファルトを洗い流し、新しい着物を着て店に顔を出すと、まだ咳先生が居座っていた。あつかましくも店屋物の鰻重を食べている。
「どうしたんだ? 砂智子くん。狸蕎麦といったはずだが……」
「いえ、それがですねえ。蕎麦屋の『ヤフー』が今日はお休みなんですよぉ」
「なに作家というものはそんなに舌が肥えてるわけでもないから、隣の『あがき屋』のラーメンでもよかったのだ」
 俺は舌打ちをして帳場に座った。
「どうも、ごちそうになります。ところで例の謎解けましたか?」
「例の謎? ああ、犬猫病院の奥方が二十ヶ月も妊娠してるというやつか?」
「いえ、奥方ではなくて患者のペットなんですが……」
 俺は眉間に皺を寄せて考える振りをしながら、電子頭脳のネットワーク機能を立ち上げ、アメリカ国防省のスーパーコンピュータ、クレイにログインした。かって俺の意識をウィルス化してもぐり込ませてバイパスを作っておいたおかげで、パスワード入力画面をスキップして直接中枢部にアクセスすることが可能なのだ。Pregnancyなどいくつかのキーワードを放り込むとすぐに解答が得られた。
「そう、象だな。これは」
「え、想像だというのですか?」
「違う。そのペットというのは象だな。象なら妊娠期間は二十一ヶ月乃至二十二ヶ月なので、妊娠二十ヶ月で産まれないのは当たり前なのだ」
「なるほど、ペットが象であるというのはちょっと常人には考えが及ばない。究極のミスディレクションだな。さすがは究極堂」
 咳がぽんと手を打ったときに、またもや頭のなかの携帯が鳴った。案の定、馬垣室長からだ。
「久禅寺くん。また事件です。今度の事件にはあの泥門博士が絡んでいそうなのです。至急カイシャまで来てもらえますか?」
 この場合のカイシャというのは、無論警視庁のことを指す。秘密刑事である俺を直接カイシャに呼び出すとは、なにかとんでもない事件が起きたに違いないのだ。
1997/11/09 23:10 by ふーまー)
 「砂智子くん!!!」
 俺が突然大音声と共に立ち上がったので、咳は鰻重の飯粒を喉に詰まらせてゲホゲホとむせている。
「は、はい! なんでしょうっ!」
 胸ぺったんこの砂智子くんが、奥から慌てて飛んできた。
「すまないが用事ができた。出かけてくる。遅くなるかも知れん。店を頼む」
「はーい、解りました」
 砂智子くんは俺の言葉だけで全ての事情を察したようだ。流石に俺の助手を任されているだけのことはある。……胸はぺったんこだが。
「ひゅーひょゲホッひょゲホッ…ひぇひゃひぇひゅんひゃひゃひっひょひゲホッひひょゲホげひょ」
 情けない顔をした咳先生が咳をしながら何か言っている。俺の電子頭脳によると、どうやら「究極堂、でかけるんならそこまで一緒にいきましょう」と言いたいらしい。冗談ではない。
「砂智子くん、彼を頼む」
 俺はそう言うと、本日二枚目の羽織をひっつかみ、胸ぺったんこの砂智子くんを残して飛び出した。
 俺は店の前のくらくら坂を徐々に加速をつけながら(以下略)。
 諸君らの中には、先ほどの電話に出てきた泥門博士という人物について知りたい向きも多かろう。
 俺のボディを作ってくれた一種の超天才科学者にしてアニメオタクの谺博士については先ほど少し触れた。
 泥門博士もまた、一種の超天才科学者である。しかし彼には幼少の頃、いや病院で生まれた時からのライバルがいた。それが誰あろう、谺博士その人だったのだ。NASAの予算をちょろまかせるくらいせこい谺博士に比べ、泥門博士は人格高潔な人だったという。しかし、この世は基本的に悪い奴に都合よくできている。常に谺博士に邪魔され二番目に甘んじていた彼は、NASAにどちらが行くかという勝負で谺博士に敗れて以来、行方不明になってしまったのだ。
 そうこうしている間に警視庁に着いた。途中経路の描写がないのは作者が関東在住なのにもかかわらず、東京の地理を把握しておらず、警視庁がどこにあるのかあまりよく判っていないせいであって、他意はないったら。
 警視庁の建物内に入ろうとして、俺ははたと気が付いた。建造物内でマッハ速度を出したら警視庁が全壊してしまう。かといって裸のまま入って行って捕まってしまっては洒落にならない。
 仕方なく俺は手近な窓から中を窺い、一人でトイレに入ってきた男から制服を一式頂いた。拳銃や手帳等、後で問題になりそうなものは気絶している男の側に置いていく。ちらっと見た手帳の名前は…牙重太郎。
「すまんね、牙さんとやら」
 それだけ言い残して俺は庁史編纂室に急いだ。ノックもせずに扉を開ける。
「やあ、久禅寺くん、早かったね」
 馬垣室長は驚きもしないで俺を迎えた。何が楽しいのか、両手を踊るように動かしている。
「今日はなんなんです? 泥門博士に関係があるとかないとか。どうせその辺に谺博士もいるんでしょう?」
「そうなんだよ久禅寺くん。単刀直入に言おう。今回の敵は泥門博士制作による巨大ロボットだ」
1997/11/17 23:16 by ぐり)
「製作っ」
 俺がそう訂正すると室長は怪訝な顔をした。
「ちゃんとそういったじゃないか」
「いや、制作といいました」
「それはきみのかな漢字変換機能が可笑しいからだよ」
「可笑しい? 私の変換機能は間寛平じゃないですよ。ちゃんとATOK8を使ってます」
「じゃ、早速バージョンアップしたまえ」
「予算を使っていいんなら、すぐにでもそうしますよ」
 俺は皮肉を効かせてそういい返した。予算編成会議でその僅かな予算をぶんどってくることができなかった馬垣室長は悔しそうに目を伏せた。
「ところで泥門博士の巨大ロボットの件はどうしてわかったのですか?」
 俺は不毛な議論をうち切って話題をもとのレールに押し戻した。
「これを読みたまえ」
 室長は俺に一冊の綴じ込みを渡した。調書だった。

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(前半部略)
 蕎麦が無くなつたので急ぎ歸社した。

 會社へ歸る道は空いてゐた。
 前方には、大きなトレーラーが一臺赱つてゐるだけだ。
 休日なので會社へ向ふ者など誰も居らぬのだらう。

 何と今日は良い天氣だ。
 窓からの風がここにあそこに心地良い。僅かに海豚の匂ひがした。何のこつちや。

 連日の激務が祟つて一寸寢入つてしまつた。

 大音聲に驚いて夢から醒めると、何時の間にか前のトレーラーに追突してゐた。
 色の浅黒い、老けてるのか歳をとつてゐるのか解らぬ男が降りて來た。随分と怖さうな、任侠のやうな顔だ。こんなに空いてゐるのに、何を好んでこの俥に追突するのだ。
 ぶつぶつそんなことを云つてる。
 トレーラーにはコンテナが載つてゐる。

 大層大事さうに頑丈な鍵が掛けてある。
 男はコンテナに話しかけてゐる。
 朦朧とした目を擦り、いつたい何が入つてゐるのか興味を覺ゑて男の擧動を見守つた。
 精密機械でも入つてゐるのか。
 何とも頑丈さうな善いコンテナである。
 男は首を傾げたりもする。

「ごお」
 コンテナの中から音がした。
 ドラム缶でも轉がすやうな音だつた。

「聴こえましたか」
 男が云つた。蓄膿症の騾馬から出るやうな聲だ。
 うんとも否とも答えなかつた。梅の茶漬けが浮かんだからだ。
「誰にも云はないでさだまさし」

 男はさう云ふとコンテナの鍵を外し、中を見せた。

 コンテナの中には巨きなロボツトがぴつたり入つてゐた。

 日本人贔屓のやうな顔だ。勿論善く出來た贔屓に違ひない。贔屓の胸から上だけがコンテナに入つてゐるのだらう。
 何とも垢抜けた顔なので、つい微笑んでしまつた。

 それを見るとコンテナのロボツトも
 につこり笑つて、
「ごお、」
 と云つた。
 ああ、動いてゐる。

 何だか酷く男が羨ましくなつてしまつた。
(以下略)
           ※
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 目をとおして俺は愕然となった。調書の様式をまったく踏まえていない。しかし、どうして俺はこれを調書とわかったのだろう。
「なんなんですか? これは!?」善くできた贔屓ってなんだ?
「新米の窪という警官が書いた調書だ。この男ちょっと文学にかぶれておってな」
「かぶれるなら漆程度に留めておいてもらいたいものだ」
「まったくだ。まあ、それを読んでもらうとわかるとおり」
「なんにも皆目わかりませんよ」
 馬垣室長は咳払いをした。
「うむ、その運転手は居眠り運転をしてミニパトに追突し、調書を取られたのだが、そのときそこに書かれたような驚くべき体験談を話してくれた。ミニパトと事故を起こす三十分前にも大型トレーラーに追突して、そのトレーラーになんと巨大ロボットの上半身が積載されているのを目撃したというのだ。トレーラーの運転手は追突されながら、その運転手に十万円を口止め料として渡してくれたという。どうだ、怪しいだろう」
「ぜんぜん。たんにトレーラーにロボットの部品が載っていただけじゃないですか。事件性がまったくない。それに泥門博士との関わり合いも、その話からは見えてこないし」
「実はな、そのコンテナの横っ腹に『泥門秘密研究所』と大書されているのも、運転手が目撃しておるのだ」
 なんでやねん、と俺は思わず聞きかじりの大阪弁でつっこみを入れたくなった。なんで「秘密研究所」やのに大書するねん、と。それにあの調書、大事なことがまったく書かれていない。
「それから、これはまだ極秘事項なのだが」馬垣室長は声を一段とひそめた。「神奈川県川崎市にある動物園のサル山で、ロボットの一部と見られる巨大な脚が見つかっておるのだ」
「ああ、それなら昨日の朝刊の『失せモノ落としモノコーナー』に載っていたので読みましたよ。直径二メートル、長さ十メートルの巨大な右下腿部が落ちていたので、動物園では義足の落とし主を捜しているとか。見つけたのはnitoとかいう名前のおサルさんらしいですねえ」
 室長は目をむいた。
「な、なんということだ。警視庁ではロボットバラバラ部品遺棄事件として隠密裏に捜査本部を設けたというのにぃ」
 そのときドアが開いて、谺博士が入ってきた。髭をたくわえた、外人を思わせる端正な顔に白い長髪をなびかせ、白いダブルのスーツの上から白いマントを羽織っている。こういった博士のファッションセンスが俺にはいまだに理解できない。後ろに従えているのは刑事だろうか、ちんまりとした妙に剽軽な顔の男だった。下がり気味の太い眉毛の下に大きな目がある。目も口元も今にも吹き出しそうに緩んでいた。
 室長はその男を呼び寄せ、俺に紹介した。
「今度からQ課に配属されることになった仙田刑事だ。久禅寺くん、よろしく面倒をみてやってくれ」
「よろしくお願いします」
 仙田はかしこまって俺にお辞儀をした。俺は今の時期にどうして、このようななんの取り柄もないような男がQ課に配属されてきたのかわからなかった。谺博士が俺を部屋の隅から小さく手招きして呼んだ。
「久禅寺くん。きみがいぶかしく思うのはわかる。しかし、あの仙田という刑事、どうもNASAから派遣されてきた秘密調査員ではないかと思える節があるのだ」
「NASAというと、例の経費ちょろまかしのっ?!」
「しっ! 声が大きい。あの件がばれると、きみはアメリカに奪われてしまう。それで仙田をQ課に引き込んで監視することにしたのだ」
「なるほど。それはまずい。ちょっと確かめてみましょうか?」
「どうやるのだ?」
 俺は博士に耳打ちをする。博士は頷くと、仙田に聞こえるような大声で俺に話しかけてきた。
「隣の家にすてきなフェンスができたってねえ?」
「へえ、かっこい〜っ!」
 仙田刑事は堪えきれず笑い出した。顔を両掌ではさむようにして、腕を前後に振る。
「ナサ! ナサ! ナサ!」
「どうやら間違いないようですね」
 俺と博士は互いに頷きあった。
 しかし、面倒なことになったものだ。
(1997/11/28 21:11 by ふーまー)
俺の体を構成する部品は約百万個、谺博士はそれを世界中に散らばった七百の
工場に発注したのだ。徐々に事を進めたので、誰もそれがスーパーロボットの
部品だとは思わなかったし、帳簿をごまかすのも楽だったわけだ。
俺の試作品として博士は何台かロボットを作った。1号機は狼男型のロボット
で愛称はシルバーウルフ、かなり不完全な良心回路しかついてないので月光を
浴びると狂暴化してしまう。2番目に作ったのはそれを反省して太陽電池で動く
タイプのものにした。月の光で狂暴になるやつはいても、太陽なら大丈夫だろう
という安易な発想だ。もちろん、「太陽が黄色い」場合は大丈夫じゃないんだが。
結局、自信のなかった博士はそれを古びた寺の仁王像に封印し、俺の体を作った
というわけだ。スーパーロボットは番号のつけ方がふつうとは逆なので、1号
の次は09号、俺は08号である。
良心回路の代わりに殉職した刑事の記憶を電子頭脳にコピーし、俺は再生した。
両腕、右腕、右目の改造だけで600万ドルもするような技術が全身に組み込
まれているのだ。だが、このことがNASAにバレルとほんとうに俺のボディ
は回収されかねない。
俺と谺博士はふたたびうなずきあうと、千田刑事の後頭部を殴りつけた。
「記憶を失ええええええ」
床に長く伸びた千田刑事をにんまりしながら博士は見下ろし、俺にこう言った。
「さあ、これでしばらくは時間がかせげるだろう。急ぐのだ」

俺は再び奥歯のスイッチを操作して加速状態に移った。たちまち、表の道路に
飛び出す。と、奇妙なものが空中を飛んでくるのに出くわした。
腕だ。ロケットパンチ状態の腕ではない。まるで仏像が手のひらをあわせるように
二本の腕が拝むような姿勢で飛んでくるのだ。
そいつは電波で俺の電子頭脳に直接メッセージを送ってきた。
「手のフシとフシをあわせて不幸せ、なむー」
でえええ、メタリックカラーに輝くそいつのボディーにはしっかりとその名前
が書いてあった「巨大ロボット、キ×グ・ジョー」
ということは、パーツは3つか。まさか、路上でタンカーを投げたりはしまい。

と、その時俺は恐ろしいことに気づいた。
動物園でおサルのnitoが見つけたのは右下腿部のみ。ということは、合体ロボ
は1機だけではないのか?右足、それも下腿部のみが分解するのは何だろう?
コ×バ×ラーV、ボ×テスV、いやあれは足首から先だけの分解だ。
どんなに不可能そうに見えても強引に合体するゲッ×ー×ボか?まさかダ×ラ×ー
XVではあるまいな。もしそうなら超×金をすべて買い集めるのが大変だ。
俺は加速状態を解くのも忘れて、アングリと口を開けていた。
(1997/12/04 23:48 by 書庫の彷徨人)
空を飛ぶ巨大ロボットの両腕は、すぐに見えなくなった。俺が加速装置を解除しなかったからだ。
 といっても、どこでも解除できるというものでもない。俺は進路を日本橋の呉服問屋街へと向けた。違法駐車の車を三台爆発させ、手近な店に飛び込んだところで、装置を解除する。
 問屋の店員たちは、爆発騒ぎの起こった表に気をとられている。その隙に、俺は全裸の身体に衣類を纏った。そして素早く店を出る。
 その時、行く手に知った顔が現れた。傷之江O次郎だ。
「バケラッタ」
 何だか様子がおかしい。いや、間違えたのは俺のほうだった。彼の名はO次郎ではなく、0次郎であった。よく聞けば傷之江は俺に、こう話し掛けていた。
「よう、究極堂、そんなに慌ててどこへ行く。ちょっくらメシでも食おうぜ」
「あ、ああ、わかった」
 というわけで俺は傷之江とともに、道路沿いの中華料理屋に入った。
「僕は王将の餃子が食べたい」
 注文を取りに来た店員に、傷之江は相変わらず、そんな我が儘なことを言う。
「私はニラレバ炒めを」
 いくら俺が小型原子炉を動力として動くロボットであり、食事の必要が無いからといって、全くメシを食わずに平然としていては、まわりの連中から怪しまれてしまう。というわけで谺博士は、俺に、普通に食事をし、普通に排泄をすることができるような機能を付与してくれていた。まあヴォーガングのあひるでさえ、その程度のことは出来たのだから、さして驚くほどのことではない。
 傷之江はさんざん我が儘を言った挙句に、ようやく注文した品々を、不味そうに口に運んでいる。体調が悪いのか、何だか身体が重そうである。
「どうした傷之江。元気が無いように見えるが」
「うん、いや、最近とんと依頼が無くって」
 傷之江は探偵事務所を開業している。
「なるほど。この不景気が影響してるのか」
「そういえば究極堂、お前のところはどうなんだ。あんな不便なところにあって、品揃えもマニアックで、とうてい客が入ってるとは思えないぞ。あれで暮らしが成り立っているとは思えない。何か秘密の仕事でもしてるんじゃないのか、僕らに内緒で」
「いやそれは、まあ、いろいろと」
 俺は心ならずも、奥歯にもののはさまったような言い方をしてしまった──
 その時であった。
 傷之江がサッと懐から銃を取り出し、銃口を俺のほうに向けたのだ。
「さあ言え、究極堂、いや、久禅寺久彦。俺に U.M.C.G. の秘密を明かせ。設計図のありかを教えろ」
「何だと! お前、傷之江──」
 いや、こいつは傷之江では無い。俺はその時になって、ようやく気づいた。
「偽物だな、貴様、いったい何奴?」
「あははは、僕はドクター脳によって作られたサイボーグだ。さあ、設計図のありかを教えろ。教えないとこの磁力線銃が、お前の電子回路を狂わせるぞ。三つ数える。ひとーつ、ふたーつ……」
 引き金にかかった傷之江の指に力が入る。
 こうなったら仕方がない。加速装置! 俺は奥歯を噛み締めた。……ああ、だがしかし、何も加速しないではないか。
 しまった!……その瞬間、俺は気づいた。奥歯にニラが挟まっていたのである。本当に奥歯にものがはさまっていたのだ。それが邪魔をして、加速装置のスイッチが入らない。
 俺は焦った。焦り回路がCPUを食い、論理回路が働かない。
 どうすればいい……。右手を口の中に突っ込んで、奥歯からニラを取り除き、それからスイッチを入れる。いや、それじゃあ間に合わない。……そうだ、加速装置を使えばいいんだ。加速装置をオンにして、素早く右手を動かしてニラを取り、それからスイッチを入れれば良いのだ。加速装置! 俺は奥歯を噛み締めた。……ああ、しまった。奥歯にニラがはさまっていて、スイッチが入らない。何をやってるんだ俺は。
「……みーっつ」
 ダン、と大きな音がして、見れば傷之江の座っていた椅子がつぶれ、彼は床に尻餅をついていた。その床にも亀裂が走り、次の瞬間にはバリバリともの凄い音を立てて、彼は床に空いた穴の中へと呑み込まれて行った。
 店員やまわりの客が、いまになって騒ぎはじめている。俺はその騒ぎに乗じて、店を後にした。そうして先を急ぎながら、今の一幕の意味を考える。
 傷之江に似せたサイボーグは、身体が重そうに見えた。それは実際に重かったのだ。かつては谺博士や泥門博士と同じく、人型ロボット研究の世界での権威であったドクター脳は、今では悪の組織に手を貸しているという。だが U.M.C.G. の開発で遅れをとり、ついにはこうして、実力行使にまで及んできたというわけだ。だが結局は U.M.C.G を持たないサイボーグは、自重で自滅した。……今のは、そういうことだったのだ。
 今回の敵は自滅した。だがまた、次の使徒が現れるだろう。
 泥門博士と巨大ロボットの謎もまだ解明されていないというのに、さらにドクター脳の送り込んで来る手先とも、このさき戦わなければならないのだ。ああ、もう。誰だ、こんな面倒くさい展開にしたのは。
(1997/12/24 21:16 by 市川@錦通信)
俺は、庁史編纂室に急いだ。馬垣室長をつかまえ、今までの経過について、まくしたてた。
「いったいどうなってるんです。泥門博士のバラバラロボットは何のことやら分らないし、俺を狙う刺客はやたら出て来るし…」
 室長は、落ちついて答えた。
「君は問題を複雑にしすぎる。単純に直して、考えよう。まず、君を襲ってきた刺客だが…、まあ、要するに君の個人問題だ。これには、警視庁は一切関与しない」
 ずるっと、俺はこけた。
「警視庁の秘密兵器に何てこと言うんですか。俺が機能しなくなったら、警視庁も相当な損害を受けるんですよ」
 「まあ、それについては後ほど詳しい事情を述べるよ。問題は、泥門博士のロボットだ」
 詳しい事情が何のことやら分からないが、ロボットについては俺も同感だ。
「そりゃ、そうですよ。あの、電子メールを直接送ってくる腕。あんな奴が合体すると、とんでもない合体ロボットができますよ。まじで、こわい」
 室長は、分っとらん奴だなーという視線で、俺をじろっと見て言った。
「問題はそんなことではない。話がバラバラ事件になってきたところが大事なんだ。これで、大体話の方向が見えてきただろ。この部はどうも『魍○の匣』のパロディらしいから、その線で話を纏めていったらいい、という方向性ができたんだ」
「ちょっと、待って下さいよ。俺も『魍○の匣』は読んだけど、あれは匣のなかの生命維持法が眼目なのであって、バラバラ自体は筋の傍流じゃないですか。傍流で話を進めていっても混乱するだけですよ。そりゃ、『占○術殺人事件』とかじゃ何故ああいうふうにバラバラにするかが大事だったですけど、『魍○の匣』ですぜ」(おいおい、結構ネタバレだぜ>久禅寺君)
「なぜ、パロディにこだわる。これはミステリなんだから、虚心坦懐に話を進めればいいだけじゃないか」
「? ?  ?」
「つまり、このQ課はちゃんとしたミステリなんだから、ここで魅力ある謎が提示された訳だ。だから、これ以降純粋に謎を解いていったらいいだけの話だろう」
「話の腰を折るようですが、このQ課ってミステリだったんですか」
「何を言うか、本格ミステリの見本のような作品じゃないか。君はミステリの定義を知らないのか」
「お言葉ですが、これがミステリって言い張るのは、日本全国古今東西老若男女その他いろいろ中、室長と某F氏だけですよ」
「まあ、聞け。ミステリではバラバラ事件はよく使われている。しかし、このQ課のバラバラ事件は実に斬新なんだ。通常のミステリでは、バラバラ事件は、当然バラバラにすることを前提にして成り立っている。しかし、Q課で一味も二味も違うんだ」
「何のことやら分かりません。バラバラにするって当たり前じゃないんですか」
「分かりやすく言おう。バラバラにするにはバラバラにするものが(大体は人だが)必要だ。バラバラ殺人事件だって、人が居て、いろいろな事件があり、その結果殺人が起き、それなりの必要性をもって、バラバラになる。…しかし、今回のQ課の事件では、いきなりバラバラ体が出現しているところがミソなんだ。今の例えで言うと、事件も人もいないのに、いきなりバラバラ死体が出現する! そういう奇想天外な事件が起きたのだ。私が責任をもって言うが、(筆者は当然責任を持たずに言うが)、今までのミステリでこんなバラバラミステリは無かったんだ。いかに斬新かが分かるだろう」
 なるほど、今一理解できないところもあるが、俺は興奮を覚えた。
「何かやる気が出てきました。で、俺は次に何をやったらいいのですか」
「やることは単純だ。ともかく、残りのパーツを探そう。あの速度からいって、パーツは日本中に散らばっている可能性が高い。狭いところから探していこう」
 日本全国、今は冬。そうなると、狙いは北海道でスキー!。これだぜ。
「わっかりました。ひとっぱしり行ってきます。で、どこに」
 室長はあっさり、言い放った。
「というわけで、君には九州に行ってもらいたい」
 ずるっと、音を立てて、今度は俺は椅子からずり落ちた。
「な、なんで、九州なんですか。俺はちゃきちゃきの東京下町っ子ですよ。九州なんて、地の果て、海の果てじゃないですか。九州なんて、緯度が全然外れてますよ。地球の裏じゃないですか。そんな、人が逆さに歩いているところに行けますかいな」
「『…でも、着いてみると人が普通に歩いているので安心しました』というのは筆者が九州に初めて行ったときに言って、全然受けなかったギャグだ。九州では使わないように」
「しかし、何なんですか。いきなり、九州って言われたって、困りますよ。心の準備ができてません」
「おい、いきなり南極に行け、なんて言ってるわけじゃないんだ。これは純粋に技術的な問題なんだ」
「技術的って、ひょっとして筆者が九州しか詳しい地理を書く技術を持ってないから、九州に舞台を移す、なんて理由じゃないでしょうね」
「馬鹿野郎。勘ぐり過ぎだ。技術的と言っただろう。具体的には君のオイルだ。君の超音速走行を維持するには、股関節,膝関節のジョイントを平滑に運動させる為に、超高級オイルが必要なんだ。NASAのマニュアルではス−パ−スポ−ツカ−メイカ−のF社の純正オイルを使わねばならない、ということになっている」
「なるほど、その純正オイルが九州にあるというわけなんですね。アイシー」
「早合点するな。現在君に使っているオイルは、リッタ−500円の国産オイルだ」
 またも俺はずるっとコケた。
「何てことをするんです! 最近、足腰がギシギシ痛んで来るのはそのせいだったんですね」
「案ずることはない。それは更年期障害だ」
「俺は閉経期の中年女性じゃないです。またも何てこと言うんですか」
「いや、つまり、案ずることはない、というのはオイルの性能のことだ。国産オイルだって立派に働くよ。ただ、問題があって、冬期になるとネバリが強くなり、機械に損傷を来す。今は年末で寒くなってきた。そろそろ、危ない」
「じゃ、オイルをそのF社の純正オイルに換えて下さい。俺だって、急に動けなくなったら困る」
「贅沢言うな。純正オイルがいくらかかるか知っているのか。君は自分のメンテナンス予算がいくらか知らないんだろう。年間1万円だぞ。どうやって払えというのだ」
「え、そんなもんだったんですか。しかし、警視庁の秘密兵器に年間1万円とはあんまりです」
「君は雇われた事情を何も知らないな。博士が君を特殊捜査員と推薦したとき、雇用を決めた最大の条件は、NASAの完璧な技術で成り立っているので、軽自動より維持費が安いと博士が太鼓判を押したからなんだぞ」
「でも、そんな筈はない。俺にはNASAの30%の予算の費用が毎年つぎ込まれているはずだよ。」
「それは、谺博士の研究費だ。君のボディができたのち、君には博士は一銭も払っていない」
 そういわれると俺には何ら反論できない。でも、軽自動車だって、年間10万くらい維持費かかるんじゃないかいな。
「分かりましたよ。で、冬はオイルが粘らない、暖かい九州に行け、ということなんですね」
「まあ、そういうわけだ。九州なんて狭いものだ。気長に探せば、冬の間にはロボットの一部が見つかると思うよ。これは餞別だ。冬期対応寝袋+一人用簡易テントだ。これさえあれば、一冬1000円で暮らせる」
「あー、あー。有り難いですね。もう、何だかここにこれ以上居ると、やる気が無くなるばかりみたいだ。もう、行きまーす」

 俺は奥歯の加速スイッチを押した。ぐんぐんと加速がつき音速を突破、視野は縮まり、点となる。周りのビル、車、街灯を衝撃波で吹っ飛ばしながら、俺は一目散に九州に向かう。明石大橋がチラリと見えた所で加速を解除し、関門海峡を越えたとこでブレーキをかける。着いたところは、狙い通り博多であった。
(1997/12/28 23:41 by ゆのひら)
牙重太郎はその意識を徐々に取り戻しつつあった。意識を白濁させる微粒子が徐々に沈殿していき、ついにそのすべてが沈殿しきったとき、牙は自分が下着姿でトイレの床に横たわっていることに気づいた。
 嗚呼、こんな酷い不意打ちを食らったのは初めてだ。少年時代、喧嘩に明け暮れていたときにも喧嘩相手から闇討ちを受けたことは数え切れぬほどあるが、そのときですら一応反撃を試みる余裕はあった。ところが、今回の攻撃に対して牙はまったく反応することさえできなかったのだ。
 そのことが牙は悔しかった。
 調べてみると奪われたものは制服一式だけで、拳銃や警察手帳などは腹の上に投げ出されていた。
 してみると、制服マニアの仕業だろうか。牙はいぜん捕まえたことがある制服マニアの顔を思い浮かべた。確か名前はヨーちゃんとかいった。
 ――否
 牙は首を振った。あの男が興味を持っているのはセェラァだけのはずだ。それにあの男に体術の心得があるとも思えなかった。
 ――とすると
 牙の困惑はますます深まるばかりであった。
 牙はトイレの戸口で廊下を窺った。誰もいない。普段は体育会のりで肩で風切って庁舎内を闊歩する牙ではあったが、下着姿を見とがめられるのはやはり恥ずかしかった。
 ――今だ!
 廊下に飛び出した牙の背後から突然声がかかった。
「牙さんもジョギングなんかあ?」
 この品のない大阪弁は……。
 牙が振り返ると、案の定レオタード姿がその場駆け足をしていた。警視庁広しといえど、勤務中レオタード姿で庁舎をジョギングする女性はひとりしかいない。久呂木警部である。運動をやめれば死ぬという強迫観念を抱いてるのではないかと思えるほどに、彼女はその場駆け足しながら、ボディビルのポーズを次々と決めていく。そのたびにあちこちの筋肉が隆起してはひくひくと痙攣する。噂では彼女の乳房も筋肉でできているそうだ。
 見られたのが久呂木警部だったのは不幸中の幸いだ。この場はごまかすしかない。
 牙は、ああと頷いてみせた。
「そやったら、一緒に走りましょ!」
 牙はしかたなく、下着のランニングシャツにトランクス、ナイロン靴下に革靴という珍妙なスタイルで、久呂木警部と併走することになった。
 ――嗚呼、牙重太郎一世一代の不覚……。

 ※ ━━━━━━ ※ ━━━━━━ ※ ━━━━━━ ※ 

 ちょうどその頃、東京都千代田区霞ヶ関2丁目1番1号――早い話が警視庁――をめざして黒塗りのリンカーンが渋滞のなかで喘いでいた。乗っているのは怪しげなふたりの外人である。彼らは黒いスーツに黒ネクタイ、黒いソフトに身を包んでいた。葬式へ向かう途中でないのは顔面を覆う黒いサングラスから明らかだ。
「リスクを冒してわざわざサクラダモンへなど行くことねえんじゃねえの?」
 助手席ののっぽが、ハンドルに顔面を貼りつかせて前の車のテールを睨みつけているでぶに、不平をこぼした。
「オー、ノォ! ユーは何度いったらわかるんだよォォォ。ネクスト・ターゲットはベリィナイスな素材なんだよぉ。戦闘能力ではたぶんジャパニィズポリスのなかで最高ネ。おいらたちの使命はそいつをキッドナップしてゲットしてゲインすることなのよ」
「んでもぉ、なにもサクラダモンの前でキッドナップすることねぇんじゃねぇの? 自宅の近所でアンブッシュするとか、アナザーウェイがあるんじゃねぇの」
「ノォノオ! 日本で一番警備が手薄なのはサクラダモンね。だれもサクラダモンが襲撃されるとはネバーシンクよ」
「ナオスケ・イイは襲われたんでないかい?」
 渋滞の列はようやく動き出した。
「ワンセンチュリィもアゴーなマターをメモリーしてるほど、日本人のブレインはキャパシティがビッグでないよ。それよりネクストターゲットの資料をワンスモア、ユーの粗末なブレインに叩きこんどけよォ」
 いわれてのっぽはクラフト封筒の中から書類を取りだした。その書類に貼りつけられていたのは紛れもなく牙重太郎の写真である。
「ジュードー4段、ケンドー5段、カラテ初段……。ちょっとカラテ初段というのは弱いんでないかい?」
「ただのカラテない。キョクチンカラテよ。初段といっても他流派カラテの3段にイコォルよ」
「オー、キョクチンカラテ。あの犬山立益の!」
「そう、DOG・HANDと恐れられたあのタチ・イヌヤマの門下生よ」
「オー! ドッグハンド! 1950年代から60年代にかけて全米の警察機構にその名をとどろかせたという……」
「ユーも聞いたことあるだろ。犬足立ち(どんな構えだ?)から繰り出す犬手突き(どんな技だ?)は向かうところ敵なしだったというタチ・イヌヤマの武勇伝を……。ジュータロ・キバは、そのキョクチンカラテの初段を入門後たったのひと月でゲインしたのよぉ」
「それにしても初段でストップというのは弱いんじゃ……」
「ノォ! 牙は初段をゲインしてからストリートファイトに明け暮れたために、キョクチンカラテを破門されてしまうのよ。ジャパニィズヤクザのファミリィをひとつブレイクしたという噂もある。それがジュータロ14歳のときのことよ」
 のっぽは口笛を吹き鳴らした。
「アンビリバボォ! そいつが本当ならサイボーグ化する素材としては最高じゃねぇか」「だからさっきからそういってんだよぉぉ!」
「ようし! IMCA(国際人体サイボーグ化協会)の名にかけても今度の仕事は成功させなくっちゃ!」

 リンカーンはようやく警視庁の玄関口にたどり着いた。ちょうどそのときふたつの人影が玄関から走り出してきた。牙重太郎と久呂木警部だ。
「グッドタイミング! ルック! キバだ!」
「あいつなんで下着姿なんだ? それに横の筋肉女……警視庁はアルバイトにエアロビクス教室でも始めたのか?」
「アイドンノゥ! それより急いで声をかけろ!」
「どうやって?」
「資料を見たろ。キバはブルース・ブラザースのファンなんだ。だからおいらたちもこんな格好してんじゃないかァ。そこのラジカセを担げ! ライダウェィ!」
 のっぽは後部座席に置いてあった大きなラジカセを担いでスイッチを入れた。ロックンロールがあたりの空気をかき乱す。ふたりは踊りながら牙たちに近づいていった。
「ヘイ! ドウユウノウミィ?」
 でぶが笑いながら声をかけた。牙は目を丸くして立ち止まる。久呂木警部もその場駆け足に切り替える。
「こいつ、なんてゆうてんの?」と久呂木。
「知らん。湯飲みはどうかと聞いているようだ。国際的な湯飲みの売人だろうか」
「とにかく断ろうよ。間に合ってるよ!」
「オー、おいらはマニアックじゃないもんね」
 でぶは急に身をよじって泣き出したかと思うと、牙に対して前蹴りを放ってきた。牙は軽くそれをかわす。
「おい、例の装置のスイッチを入れ忘れているぞ!」
 のっぽが叫んだ。でぶは頷いて右人差し指の第一関節をくるりと一回転させる。ふたたび前蹴りを放つ。牙はステップバックしてそれを凌いだ。かに見えたのだが、あろうことかでぶの脚は牙が見切った以上にぐうんと伸びたのだ。牙は鳩尾に蹴りを受けて悶絶した。
「刑事(デカ)蹴るときは忘れずに!」
 でぶとのっぽは顔を見合わせて親指を立てた。そのでぶの首を一本の棒が横殴りに刈った。棒と見えたのは脚だ。久呂木警部が右旋風脚を見舞ったのである。でぶの首はとんでもない方向にねじ曲がった。普通はまず生きてはいない。ところが、でぶはこともなげに両手で首をもとどおりに戻してしまった。久呂木警部に戦慄が走る。
 でぶとのっぽは首を傾げた。
「なんだ? こいつ」
「こんなやつのデータはないぞ! 牙に劣らぬ戦闘力を秘めている!」
 当然である。警視庁もその恥部になるようなデータは秘匿にこれ努めているのだ。レオタード警部の存在など、ゴミバケツに入れて蓋をしてコンクリートで固めてから日本海溝の深淵にでも沈めてしまいたい種類のデータであろう。IMCAがどのように巨大な犯罪組織であったとしても、久呂木警部のデータを今まで得ることができなかったのはけっして不思議ではない。
 のっぽに向かって突進した久呂木警部の姿が突然かき消えた。彼女は飛鳥のごとく飛び上がり、のっぽの脳天めがけてかかと落としをしかけたのだ。十分な加重と速度を得た右踵がまさにのっぽの旋毛に叩き込まれようとする寸前、のっぽの身体が突然頭頂から左右に割れた。
 目標を失い引こうとした久呂木警部の右脚をくわえ込むように、のっぽの身体はすばやく閉じた。右大腿部までをのっぽの身体に埋没させた形で宙吊りになりながらも、左脚でのっぽの顔面に反撃を試みようとする久呂木警部の顔めがけて、でぶが臭い息を吹きかけてきた。
「わぁ、許してぇ。でぶは生理的に好かんねん!」
「安心しろ。ただの麻酔ガスだ」
「がははは。それやったら安心……なわけないやんかぁ!」
 結局、久呂木警部を昏睡させるまでに、でぶは象三頭を眠らせるに足る量の麻酔ガスをふりかける必要があった。
 でぶとのっぽは、牙と久呂木警部というサイボーグ化するのにうってつけの素材を二体も得て意気揚々とIMCAの基地に向かったのであった。
 牙重太郎と久呂木警部の運命やいかに!?
 それよりもこんなに犯罪組織ばかりいっぱい出てきて、「Q課の男」は本当に完結するのであろうか!? とっても不安である。

 ※ ━━━━━━ ※ ━━━━━━ ※ ━━━━━━ ※ 
(1998/02/03 21:20 by ふーまー)
(未完)  


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