夜が明けるまでに

relay 1997.12.14-1998.10.12(未完)

さ・む・い・・・。
どうしてだろう、これからまた、恋しいあの人を探すことができるというのに。
蘇りつつある十六夜(いざよい)のぼんやりした意識の片隅を最初にかすめたのは、
そんな思いだった。
まだ口元に、あの湿った土の感触が残っているようだ。
あれから、いったい何年が過ぎたというのだろう?
何年を土の下で無為に過ごしたというのだろう?
「そなたの恋しい男はもはや、この世にはいない。戦で死んだのだ。だが、時を
隔てればまた次の世で巡り会うこともあるだろう」
そう告げた都の陰陽師の名は何といったであろうか。
思い出せない。
十六夜は、貴族だった父の名をもって陰陽師に無理強いし、永遠の命を得られる
法を施術させたのだ。
ただ、ふたたび恋しい男に会いたいという思いだけが、その忌まわしい呪術に
彼女を魅きつけたのである。
「人であるままに時を超えることなどできませぬ。されど、そなたに鬼と変ずる
お覚悟がございますならば」
恐れたように小さな声で言う陰陽師に尋ねたことを、十六夜は思い出した。
鬼とも蛇ともなるが、自分の美しさを保つことはできるかと問うたのであった。
それは、愚かな問いだったのだろうか?
この美しさこそが、ふたたび恋しい男を虜にできる唯一の力だというのに。
答えずに、あの陰陽師は含んだ笑いを浮べたままで、何やら得体の知れない飲
み物の入った杯を薦めたのだ。
「これを飲めば、時を超えて再び肉体を得ることができまする。そなたの執着
がございますれば、その恋しい男の転生した時代に辿り着くこともできましょう。
ですが、さきほども申し上げたように、もはやそなたは人ではなくなりまする。
人間の生き血を啜る鬼に成り果てるでございましょう」
それでもよいと十六夜は思った。
恋しい男のいない世界に生きて何になるだろうか、と。
一気にあおった杯は、燃える火のような味がした。


夜だ。
見上げた空に、月がかかっている。
彼女の名よりは、少し過ぎたほどの欠けた月である。
見上げながら、なべらかな白い裸身についた土を振り落とす。
今こそ時を超えたことを十六夜は本能のままに感じた。
自分が蘇ったこの時に、恋しいあの男もいるにちがいない。
ふたたび巡り会うために、行かねばならない。
月の光を浴びて、体に何かの力が生じるのを十六夜は感じた。
「ああ、水上(みなかみ)殿」
恋しい男の名をつぶやきながら、彼女は一匹の巨大な蝙蝠に変じ夜空に舞い上がった。
1997/12/14 23:10 by 書庫の彷徨人)
都の外れに破れ寺がある。そこに先年、一人の若い僧が住み着いた。
 この僧、名を智空という。
 彼は幼くして両親を亡くし仏門に入った。師匠筋の僧に行脚を薦められ、山を下りたのだが、都に疫病が流行った折に通りかかり、行き倒れた人々を弔ううち、腰を据えてしまった。
 先へ行こう、いや先へ行かねばならない。
 そう思いながらも、親族を亡くした者達の「せめて経だけでも」との願いを断ることが出来ず、もう一年以上も都にいる。
 過去の栄華など見る影もない都の大路小路を、夜毎に経を唱えながらさすらうことも、最早日課となってしまった。訳も無くいたたまれず、思い切って都を出ることも出来ず。ただ、強い焦燥だけが彼を歩かせる。
 先へ行こう、いや先へ行かねばならない。
 ……でも、自分は何処へ行こうというのか。
(――――守…イ約束ガ……)


 その夜も、智空は杖を手に都の一隅を歩いていた。
 半分ほども欠けた月が、空から冷たい笑みで見下ろしている。
 とある屋敷の裏手を通りかかった時のことだ。何かの気配を感じて、智空はふと足を止めた。
1997/12/21 02:00 by ぐり)
少し肌寒い風がカラカラと沈鬱な都を走り抜ける。
息を詰めて振り返ってはみたが、そこにはかつて栄華を誇った都の通りが同じようにあるだけだった。
そしてまたカラカラと風は吹き足元を駆け抜けていった。
小さく息を吐いて夜空を見上げた。
上弦の月が浮かんでいる。…半分だけの姿でも美しい…。
智空は月が好きだ。
明確な理由など分からないが、ただ幼い頃から月が好きだった。
たとえ毎夜姿を変えてしまっても…月の美しさは変わることはない。時には冷たく、時には物憂げな姿すら美しいと感じる。
智空はそっと目を閉じた…。
このような時に閉じた目に浮かぶのは丸い月とそのやわらかな輝きを身に纏った女性…、コロコロと鈴のように笑う声、そして私を呼ぶ白い腕…。
しかし薄く霞がかっていてその女性は顔を見せてはくれない。いつもあと少しもう少しで手が届くのに…。

…カタン…、静まりかえった通りで小さく何かが動いた。

智空のつかみかけた記憶が霧散した。
(1998/02/01 20:00 by にと)
カタン。

智空が音の方を向くと、女がしゃがみこんでいた。裏口の横にある樽に隠れて顔はみえない。何やら探し物をしているようだ。
こんな時分に女が・・・暗くて探そうにも見つけにくいだろうに。
「どうした?」
智空は女に声をかけた。
その声に驚いたのか、女は振り向くと同時にバランスをくずして倒れ込んでしまった。
「大丈夫か?」
智空は慌てて女を助け起こした。
「智空さま!」
名前を呼ばれて女の顔をよく見るとお陽であった。
お陽は寺の近くの長屋に父親と弟と3人で暮らしていたが、一月ほど前に父親を疫病で亡くしている。父親の経を智空が挙げてやり、それ以来、寺の掃除だとか晩ご飯の残りだとかで寺によく出入りしていた。名の通り太陽のように明るく、気立てのよい娘で疫病に冒された長屋の連中にも評判が良い。智空もお陽の明るさに心を休められることも少なくなかった。
「智空さま、どうしてここに?」
「そういうお陽殿も何をしていらしたのだ?こんな時分に・・・」
着物の汚れをはたきながら聞いてきたお陽に、智空は逆に聞き返した。
「いえ、おとっつあんからもらった簪の飾りがなくなっているのに気付いて・・・お昼にこのあたりで人にぶつかったんで、このあたりで落としたと思って探していたんです」
ああ、あの簪か。
お陽がいつも付けているので智空も見たことがある。非常に大切にしていることも知っていた。
「私も一緒に探そう。この辺りなんだね?」
智空はそう言うとお陽がしゃがみこんでいた樽の回りを探し始めた。

しばらくして・・・
「これかな?」
智空は樽から少し離れた所に見たことのある飾りを見つけた。
慌てて駆けつけるお陽に渡してやると、見る間にお陽の目に涙があふれた。
「これです!ありがとうございました」
「さて、それでは帰ろうか。随分と遅い時間だ。送って行こう」
お陽は「はい」と言い、慌てて涙を拭って少し顔を赤らめた。
1998/10/12 01:55 by 金木犀)

(未完)
 


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