激情と、衝撃と、憧憬と


止まることのない激情を、
血が逆流するような衝撃を、
気の遠くなるような憧憬を、



あいつの蹴ったボールの行方を見ながら感じた。



ボールは右足を離れて、その先のゴールがそのボールをやんわりと吸い込んだ。


そう。
あいつの蹴るシュートは、全部、全部、全部。
全部ゴールに吸い込まれる。
まるでパズルの1ピースのように、カチリ、という音が聞こえでもするかのような・・



あのシュート、あのボール。
俺が、俺の手が、止めることを想像して、でもうまく出来なくて。



初めてその時感じた。



ストライカーと呼ばれる人間の怖さ。
ボールにこめられる彼らの才能や資質。



止められないボールなんて、ないと思っていた。
止められないボールが、あるかもしれないと初めて思った。



恐怖?



そして、






憧れ?






アイツハ・・・ダレダ???












「渋沢」
「ああ。三上」
「中西たちが推薦試験見に行った。俺らもこいって。」
「ちょうどいま俺も行こうと思っていたんだ」
「もう下が入ってくんのか。はえーな」
「そうだな」
「・・お前は余裕綽々だな」
「そんなことはないよ」
「俺も負けねーよ」
三上はこの秋の代がわりで10番を手に入れていた。
渋沢の前でだけは、たまに本音を素直に口にする三上が、独り言のようにつぶやく。
渋沢は半歩先を行く三上のその横顔を見て、緩やかに微笑んで頷く。
「・・・なんだよ」
「いや」
感じわりー奴、と渋沢を三上が小突きながらこぼして、その時ちょうど階段の下から辰巳が駆け上がってきた。
「辰巳。どうした?」
「あ!お前ら遅い!早く!今年はやばいそ」
辰巳が早く来いと急かして、2人は顔を見合わせてから階段を駆け下りた。



グラウンドに着くと、ミニゲームが始まっていた。
「赤の9と10。白の9」
中西が2人に耳打ちする。
しばらくゲームを見ていると、確かにわかる。
辰巳のいう「やばい」の意味が。



白の9番。
檻をこじ開けて、その隙間からシュートしたゴールは実際言葉を失うほどの迫力で。



「・・・・・」
横で三上がその白の9番にも目もくれずに他の人間を凝視していることが渋沢にはわかった。
赤の10番だ。
トップ下。的確な場所にボールを上げ、パスし、スペースの作り方も群を抜いている。
細身ながらも、相手ディフェンダーの削りも苦にはしていない。
渋沢をもってしてもかなりの素質を持っていることが見て取れた。
三上の胸中が穏やかでないことは容易に察知できた。
「・・・・・・」



苦労して、手に入れた地位であっても、その場に安住できないのが強豪である武蔵森にいることの
宿命であることは、全員がわかっていた。



ゲームは進行していく。



ゴールキーパーはどちらもうまいの域を出ない。
1年からレギュラーの座を得た渋沢の敵ではないことは明らかだった。



「・・・・・・・・!」
そう。
そのときだった。



渋沢の目が一人の少年をとらえた。



三上が一時も目をそらさない10番が、ボールを出す、その先に彼はいた。



ボールに対する嗅覚の鋭さが大事だという言葉は、監督である桐原が常々口にするもので、
嗅覚なんていう言葉を聞いたこともない中学生たちにとってしかしそれは右から左でもあったけれど。



「・・・こいつ・・」



嗅覚?いや。なんだろう。
磁石みたいだ。
ボールが吸い寄せられる。



あいつのところに、ボールが集まる。
そこからまた、一定の軌道でもあらかじめ決められているかのようにボールは必ずゴールへ吸い込まれていく。



綺麗な、キレイな軌道。
弧を描くボール。
揺らされるゴールネット。
胸を透く爽快感。



「な、な、な?すごいだろ、あいつ」
隣で辰巳が興奮気味につぶやく。
「天才って、いるんだなって、思うよ。ほんとに、いるんだって、思うよ」
惚けたように、そう口にする根岸のその言葉は、きっとそこにいる全員の気持ちを代弁してでもいたかのようで。



天才・・・・



それは今まで自分だけのものだった・・・な。
渋沢は少しだけ複雑な気持ちになって、それでも9番から目を反らせずにいた。



なんだろう。
この気持ち。



全身が逆毛立つような。
気持ちが高みへと伸びていくような。



フェンスを掴む手に力が入って。






「渋沢」



三上に声をかけられるまで気持ちがどこかへと飛んでいた。



「ん?あ・・なんだ?」
「なんだじゃねーよ。終わったぞ。俺らも授業はじまんだよ」
心なしか三上はご機嫌斜めだった。
彼の言葉どおりグラウンドでは既にゲームは終わっていて、受験者達は散り散りになって結果発表を待っていた。
「悪い。戻るか」
中西たちはもう校舎の方に歩き出していた。
「・・渋沢」
「うん?」
「おれサボリ。適当に言っといて」
授業だと言ったくせに自分はサボるという、少し拗ねたような三上が妙に可愛くて
「俺も」
と何気なく言った。
「!??どうかしたのかよ・・」
「なんで」
「お前がサボる・・って・・」
「まあ、たまにはいいだろう。屋上でも行くか」
三上の指定席は屋上のフェンス際だということを渋沢は知っていた。
「・・・別に俺はいいけど」
再び拗ねたように首をすくめる三上と連れ立って、渋沢も歩き出す。



・・・ふと視線を感じて振り向くと、一瞬遠くの9番と目が合った・・・ような気がした。



そのとき集合がかかって、彼はふと視線を反らした。
桐原の姿を、渋沢は目の端で確認する。



しばし立ち尽くしてその視線の主が大勢の受験者に紛れるのを見送った。



「渋沢〜。なにやってんだ」
三上の声で我に返る。
「ああ。すまん。行こう」
一人かぶりをふって三上と並んで今度こそ校舎を目指した。












鳥肌が立ったような感覚はまだ続いていた。



あの、シュート。
ゴールまでの永遠のように思える一瞬。



グラウンドには、もう秋の風が吹いていた。
その風が、自分に彼という才能を運んできたのだろうか。



そんな錯覚にとらわれる自分がいる。



4月から、同じフィールドの上に立つことを確信しつつ、渋沢は彼を思った。



初めて自分以外の誰かを意識した、今日のこの日を、自分は忘れないと思いながら。
激情と、衝撃と、そして憧憬とを胸に抱きながら。



彼を迎えるであろう桜の季節にも、今日と同じ風が吹くだろう。
その時、彼を迎える自分が、彼にも今自分が抱いているのと同様の思いを抱かせることのできる
存在で在れますように。






そういう存在として、2人があいまみえることを、祈らずには居れなかった。













渋藤出会い編です。
誠二は小学生の時に一応渋っちを知ってることにあたしはしてるので、
これはそう考えると渋っちが誠二に出会った、ってとこでしょうか。
久々の渋藤。
ああー、うまく書けない。
文体がいつも一人称になっちゃうから、と思ったんですけど、やっぱり
あたしは一人称で書いたほうがいいのかも・・・



2002.3.1


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