食べるクスリと服用するクスリ

1.<医食同源>とは

 禅寺の山門の傍らには「不許葷酒入山門」と刻んであったといいます。「葷酒(くんしゅ)山門に入るを許さず」と読みますが、この葷とは香りのつよい野菜のことで、辛ともいい、五辛(葱・薤・韮・蒜・興渠)のことです。ネギ・ラッキョウ・ニラ・ニンニク、そして興渠とはよくわかりませんが多分ヒル(春の野草のごちそうノビルなど)のことでしょう。これらは、精をつける作用がつよいということで、修行中の僧侶には酒とともに邪魔になるから御法度である、ということです。

 精力をつけるというとリポビタンDからユンケルドリンクなど連想しますが、Dとあるのはビタミンをとれば力がつくという信仰なのでしょうし、ドリンクは多分ニンニクやアルコールが少量入っている筈ですから、名前をかえた葷酒そのものです。アリナミンからリポビタンDまでのビタミン信仰の時代は去り、今や自然志向の時代、そこでニンニクドリンクの登場となったわけですが、それなら高価なドリンクよりも五辛をさかなに一杯やったらよろしい。

 ところで五辛は食品ですか、薬ですか。お気づきでしょうが、これらはみなユリ科の植物。葉を食べるように改良したのが普通の長ネギですし、茎の下の方を肥大させて、食用にしたのが玉ネギです。玉ネギ、ラッキョウ、ニンニク、百合根、皆あのはがせる鱗茎で共通、同じ種類だということはすぐわかります。ニンニクなど香りと味がきついですが加熱すると百合根と同じくホクホクと食べられます。

 こうした、それだけをむしゃむしゃ食べるには味や香りが辛すぎるけど、少量なら精をつけたり、身体を温めたり、便通をよくしたりする作用がはっきりあるものが、古人にとっては薬であり、食品であったのです。「気味の正なるものは穀食のたぐい。以て人の正気を養う。気味の偏するものは薬のたぐい。以て人の疾病を治す」と古書にあります。香りや味のマイルドなものは食品で体力を養う。香りや味のきついものは毒にも薬にもなり疾病を治す、というものですが、こうすっきりとは分けられないのが、医食同源の由縁です。次回から日常的に馴染み深いこうした「クスリ」を紹介していきます。


2.<砂 糖>

 この「食べる薬と服用する薬」は、スパイスを例にとって、ニンニク・ショーガ・カラシ……といった順で紹介しようと思っていたのですが、患者さんのIさんから「お茶などは代表的じゃないでしょうか」と僧籍にある方らしく教えられました。ああそーか。それじゃというわけでもないですが、砂糖や塩はどうだろうと思いついたのです。日本語の「旨い」と「甘い」が近いように、甘いものは人間にとって最高の食品です。しかし、それは長く砂糖の甘さではありませんでした。
 食品として人間に欠くことのできない甘さは、穀類や芋類の甘さです。ごはんをよくかむと甘い。お芋の甘さ、とりたてのエンドウ豆やトウモロコシの甘さ、おいしさですね。玉ネギやカボチャの甘さ。よく熟れた柿の甘さ。赤ちゃんが感じている母乳の甘さ。これらはむしゃむしゃたくさん食べて身体のエネルギー源になるばかりか、他の栄養もたくさん含んでいる最重要な食品です。

 お米や麦からつくる水あめ、麦芽糖は古くから作られ、二千年前の漢方薬処方にもはいってます。もう薬として利用されていたわけです。砂糖の甘さはありませんが、ほのかに甘い。これらの甘さを発酵させると、もうひとつの人類にとって最高の食品とも薬ともなる各種のお酒ができます。

 砂糖はどうか。日本ではサトウキビの栽培は1600年頃(江戸時代の直前)奄美大島で始められました。その後「甘い汁」は全部、鹿児島・薩摩藩に搾取されましたけれど。「食卓のむこう側」を担当している大野さんは奄美出身で、小さいころ、サトウキビをそのままかじるのが最高のおやつだったそうです。虫歯にはならなかったなー、と。砂糖大根は明治になってから栽培がスタートしました。いずれにせよ、つい戦前まで、砂糖、特に白砂糖にまで精製されたものは、そんなに日常的に食べられていたわけではなく、少量で大きなカロリーをくれる貴重なクスリでした。以前、肺結核の患者さんがクスリとしてバターやチーズを「服用した」のと同じです。

 現在、私たちは「砂糖はクスリだ」と思い至ることが大切です。現に糖尿病の患者さんが低血糖を起こしたとき砂糖(あめ玉)は救急薬品です。そうだとすれば、健康な普通の私たちがやたら砂糖を口にしてはいけない。

 砂糖はクスリだ。他の穀物の甘さと違って甘さのみをそれらから純粋に抽出してしまった医薬品・クスリです。毒にも薬にもなるクスリです。ほとんど毒にしかならないクスリです。


3.<塩>


 漢方医学では陰陽五行説にのっとって診断治療体系ができていますが、五行のうち五味というと酸・苦・甘・辛・鹹(サン・ク・カン・シン・カン)の五つをいいます。前回の砂糖は三番目のカン(甘)、もちろん漢方医学でいう甘は穀類の自然の甘さです。今回の塩は、最後の鹹でこれもカンと読みます。シオカライという味で腎や骨と関係するとなってます。

 私が子どもの頃、昭和30年頃だと思いますが、マラソンのコースが家の近くを通ったことがありました。オールドファンには懐かしい当時の日本のトップランナー、浜村、広島、山田敬三といった選手たちの首や顔に白い粉がびっしりついているのが不思議でした。聞けば汗が乾いて塩が吹き出ているというのです。現在のように水を補給しながらのスピードマラソンではなく、運動中に水を補給するのは間違いと思われていた耐久レースの時代です。

 人類は岩塩、または海水なしでは生存できません。当院の食事指導の幕内先生は「狩猟とか農耕とかいう以前の問題、塩は太陽とか空気とか水と並ぶべきもの、食品だの薬などとは次元の違うもっと根本的なもの」とおっしゃいます。

 岩塩にはニガリ成分(食塩以外の塩類)が少ないのでそのままなめられますが、日本では越後(新潟)の謙信が甲斐(山梨)の信玄に塩を贈った(敵に塩を贈る)ように海水からニガリを除いて塩をとります。海水のままではニガリが多すぎて食用にはならず、日本の製塩の歴史は、ニガリをうまく取り除く歴史でした。昭和40年代にイオン交換樹脂法が普及し、ついに99%純粋の食塩が一般になりましたが、これは味に深みがないし、自然からかけ離れているというので、昨今自然塩が流行してますが、これは適量のニガリ成分をまぜた再製塩です。

 肉食動物は、塩分を肉や血液からとれますから塩はそんなに要りません。馬や牛に時々大量の塩水を飲ますように、草食動物や農耕中心の私たちの先祖には塩は不可欠でした。御飯に塩分、野菜に塩分(漬物)は必須なのです。高血圧の原因として塩が敵視されてますが、塩分の摂取量が減ったのは日本人の食生活が動物性蛋白を沢山とるようになったことの表現です。

 薬としては2000年前には岩塩を生薬と一緒に煎じた利尿剤の記載があります。現在では外用薬としての塩健康法が話題になっています。現代医学では、生理食塩水として広く使われているのは御承知の通りです。


4.<芥 子>

                   

 正式に読めばカイシまたはガイシですが、カラシのことで、最近では辛子と書いた方が通りがよいようです。

 アブラナ科のカラシナ、「芥子菜」のことで、大根の葉、高菜、ザー菜など皆同じ種類です。葉の縁がギザギザと鋸状になっていて食べるには手強い感じがしますが、漬物にしたり、ゆでればピリッと辛みのきいたおいしい菜っ葉です。古くから中央アジアで食用とされ、中国、日本へと伝わったようです。漢方の古書には、「その気味辛烈にして、菜中の介然たるもの、食すれば剛介の象がある」と書かれています。ピリッとした味とその勢いがよくピンと伸びた葉の姿からでしょうか、剛気なもの、食べれば身体が強くシャキッとするといった意味です。その「介」の字から芥子と書かれたということです。

 芥子はもちろんその種子のこと。種類により種の色が異なり、白カラシや黒カラシは洋カラシいわゆるマスタードで、日本のカラシは、黒カラシと他のアブラ菜が交配した雑種といわれており、種子は御存知のように黄褐色。粉末にしたものを食前に水でよく練ると、シニグリンという成分が加水分解されてあの独特の強い辛みと、鼻にツンとくる芳香性の刺激が生じます。子どもの頃、納豆が大好きで大人の真似をして辛子を入れすぎ、涙ぐんだ経験は皆さんにもあるでしょう。シューマイには欠かせぬカラシ醤油。豚の角煮や冷し中華といった甘めのタレにはカラシは絶対必要。酢味噌和えにカラシを隠し味に加えたりもします。おいしいですね。醤油の防腐剤としても使われています。

 薬としては、同じ仲間の大根の種子(漢方ではライフクシという)とともに煎じて気管支炎に用います。また、水で練ったものを「芥子泥」といい、冷えると痛む関節や、咳のなかなかひかない長びいた風邪の時には胸や背中に湿布します。面倒臭いし、やぼったいし、皮ふにも強い刺激があって火傷状になりやすいですから最近では敬遠されがちですが、皮ふに直接塗らずにガーゼを何枚か重ねた上から湿布すれば、とても効きます。夜間コホンコホンを繰り返しているお子さんやお年寄りには試して下さい。小麦粉と合わせて薄めて使うとよいでしょう。


5.<わさび>

 芥子(からし)と同じくアブラナ科、大根などの仲間です。辛味成分もシニグリンで共通です。辛い大根おろしも同じです。

 わさびは、どうも日本特有のものらしく、スパイシーなくすりの多くが漢方薬というように大陸から伝わったものが多いなかでは、ユニークなものです。御存知のように山奥の清流に自生しますが、江戸元禄の頃には日本各地で栽培されました。清冷な水が必要です。

 漢字では、葉がアオイに似ているから「山葵」と書いてワサビと読ませます。葉や茎もおいしく食べられます。

 なぜワサビと呼ばれたかの由来はよくわかってませんが、最近では、作家小林信彦氏の、日本伝統のワビとサビの味がするからそれをくっつけてワサビと言ったのだという珍説があります。もちろん、ワビやサビなどの言葉のできる以前から「和佐比」と表記されていましたからこれはジョークです。

 ワサビは「おろし方」に秘訣があることはグルメの皆さんは御存知でしょうが、それは先程も触れた主成分シニグリンが加水分解で辛味成分アリルカラシ油になるときの酵素の働きがおろし方に左右されるからです。葉つきの方から静かにまわしながらおろすのです。ゆっくりしずかに。それから食べるときワサビをしょう油にといてしまうとすぐ辛みが消えてしまうので、刺身にワサビを乗せた状態で食べるのがグルメといわれます(うるさいこっちゃ!)。

 薬効はもちろん、芳香健胃剤として胃腸の働きを高めます。刺身の殺菌作用もあるし、漢方的に言えば身体を温めて発汗させる辛温解表薬であります。

 芥子と同様すりおろしたワサビを湿布として痛みに使っていましたし、煎じくすりとして、江戸時代には、「をこりにはくすりまじない多けれどワサビを煎じ飲むが妙なり」といわれました。をこりとはマラリア(虐)のような身体のふるえる熱病のことです。

 粉ワサビはいわゆる西洋ワサビで、大根と同じように畑で栽培しますが、これも冷と湿が大切で温暖な水はけのよい畑ではとれません。大根と違って種子ではなく根(種イモ)で増やします。里イモやジャガイモと違って種イモは増えたあとでも残ります。これは生姜に似ています。これを粉末にして緑色の色素を加えたものが粉ワサビです。もちろん本物の芳香にはかないませんが、ワサビ漬けなど多くのものに利用されます。


6.<桔梗(キキョウ)

              

 初夏から秋の深まるまで、長い期間にわたって咲く青藍色の、つりがねをやや広げた形(広鐘形花)の桔梗は鑑賞用の花として皆さんよく御存知ですね。

 日本の各地に自生しているほか、東アジアの温帯地方に広く分布しています。『万葉集』には山上憶良の「秋の野に咲きたる花を指折り、かき数ふれば、七種の花、萩の花、尾花、葛花、瞿麦[クバク]が花(ナデシコ)、女郎花また藤袴、朝顔の花」という歌があり、これがいわゆる「秋の七草」です。「春の七草」に比べると「秋の七草」には重要な漢方薬が揃っています。いちばんあとの「朝顔の花」が現在の桔梗のことで、皆さんの庭で夏の朝に咲くアサガオは、ずっと後代になって日本に入ってきたそうです。

 桔梗の名は、根が結で(ひきしまり)、梗直(まっすぐ)から桔梗(キチコウ)と命名され、それがキキョウに転訛したとされてます。

 万葉の頃から全国各地の野性品の根が薬として大和朝廷に献上された記録が残っています。

 もちろん、現在では、鑑賞用の花として栽培されることはあっても、漢方薬として根をとるための栽培は、国内ではほとんどありません。中国、韓国からの輸入に頼りきっています。

 今回、「食べるクスリ、服用するクスリ」に桔梗を選んだのはやや無理がありますが、今秋、当院の附属薬草園で桔梗の根を収穫したので思いついたのです。二年ものを掘り上げましたが、栽培も収穫も、そのあとの乾燥・カットも、とても易しいもので、皆さんも庭で花を楽しんだあと根を収穫し、乾燥して生乾きのとき包丁で刻んでおけば、のどの痛い風邪のとき煎じて服用できます。

 漢方的には咳止め、痰切りの薬効があり、日常的によく使われます。また身体の上部に有効なことから、他の生薬を身体の上部に引っぱり上げる作用を期待されて処方に入れられることもあります。

 さて食用の桔梗根ですが、日本ではあまり食べられないようですが、朝鮮では漬物として好まれています。アリランとともに日本でよく知られている民謡「トラジ、トラジ〜」のトラジは桔梗のことで、収穫のときの労働歌だそうです。


7.<屠 蘇 酒>

 正月に因んで「おとそ」のはなし。ひとつの生薬でなくて、古典では「大黄、桂心、白朮、桔梗、バッカツ、蜀椒、防風、烏頭」の八つの生薬をお酒につけたものです。もともと伝染病を防ぐためのくすりですが、大黄と烏頭はつよい薬ですから現在ではそれらをぬいた、桂心(シナモン)、白朮(オケラ)、桔梗(前回紹介)、バッカツ(ユリ根の一種)、蜀椒(サンショウ)、防風(ボウフウ)など、身体を温めて風邪にかからないような薬を用いてます。甘みをます甘草や陳皮(みかんの皮)なども入れるとよいでしょう。現在ではそれぞれの「おとそ」が工夫され年末に売られるようです。

 中国の唐の時代の『外台秘要』という綜合医学書には、それよりずっと以前より伝わってきた正月の風習について以下のように記しています。「屠蘇酒は、疫病から人を守る。(上述した)八種の生薬を刻んで紅い袋に入れ、大晦日に井戸につけておく。これによって井戸水を清らかな聖なるものにする。正月早朝、日の出とともにそれを取り出して、こんどは酒で煎じる。東方に向いて一家で飲む。飲む順序は年齢の小さな子どもから年長のものへ。量は自由。一人が飲めば一家が無病・無疫。一家全員が飲めばその家の一里四方が無病無疫。三日たったら煎じかすを再び井戸へつける。そうすれば一年中無疫である云々」。この記述はそれより約200年後に日本でまとめられた最初の綜合医学書『医心方』にも踏襲されていますが、もっと古くから正月の風習としては日本でも同様のことが行なわれていたといいます。紅い袋は「茜の絹を四角く縫ったもの」が正式。

 人類の医の長い歴史がつい最近まで(発展途上国では現在も)、疫病(伝染病)との闘いであったことがあらためてわかります。

 屠蘇の字の由来はよくわかりません。屠殺の屠の字ですから正月早々縁起がわるい。そういう植物(薬草)があるという説もありますがどういう意味でしょうか。御存知の方は御教示下さい。

 年齢の若い順に飲むというのは、年長のものが若さにあやかるという意味合いがあるというのが普通の説ですが、薬というものは王(家長)が服用する前に家臣(子どもたち)が先ず毒味をするものだ、という習慣からきているというやや意地悪い説もあります。

 それでは無病を祈って乾杯!


8.< 葛(クズ)

                 

 風邪を引くと葛根湯を服用する方がずいぶん増えてきました。葛根湯はいろいろな作用をもち、どんな病気にもバカの一つ覚えで葛根湯を処方する「葛根湯医者」という悪口があったほどです。落語では待合室で待っている付き添いの方にも「ご退屈でしょう、葛根湯をどうぞ!」。その葛根湯の主役が葛根です。この葛根自体が、実際多方面の効能を有するのですが、葛根湯以外の処方に取り入れられることは非常に少ない。例えば人参湯の主役の人参(朝鮮人参)が、他の色々の名前の処方の中にたくさん組み入れられているのとは、対照的で、その点では珍しい生薬です。

 葛根は、畑の嫌われ者であると同時に、がけ崩れを防ぐ土手の守護神。あのつよく繁殖力の旺盛なツル性の葛の根です。

 附属薬草園の畑の隣は雑木林ですが、夏になると葛根のツルが雑木をのみ込みながら、わが畑に迫ってきます。それも巨大なスクリーンのように面として迫ってきます。その前に立つと絶対敵わないライオンやトラとバッタリ会ってしまって足がすくむような、そんな感じにおそわれます。植物でもこのくらい異様に生命力を誇示するものは少ないのではないか。モーターの草刈り機で単身それにつっこんでゆく私は、ヤマタノオロチを退治するスサノオのようです(ナンジャイ!)。その根がまた何とふてぶてしい。こんぼうを振りかざす、といいますが、まさにそんな感じの長さと太さ(肥大の仕方)です。繊維質が非常に多く、そのツルと同様、煮ても焼いても食えない感じです。ところで、漢方薬に用いられる薬草の「根っこ」は概して、地上部から想像されるよりは大きく肥大しています。だから神や霊気が宿っている、何か効きそうだ、となったわけです。葛根が使われるようになったのも生命力の横溢したあの外観をぬきには考えられないでしょう。秋の七草のひとつで、花はお好きな方もあるでしょうが、私はあまり好きになれません。

 さてその葛根、昔、奈良の国栖(くず)地方の人々が薬として、あるいはお菓子の原料として朝廷に献上したから「クズ」というのだという話や、主成分であるデンプンを採るのに、切り刻んで屑にするからクズというのだとか。

 葛根湯に入れるくすりとしての葛根は立方体に刻んだり板状に刻んだりして固く乾し上げたもの。食品としてはクズ粉、カタクリ粉。現在ではほとんどジャガイモやサツマイモのデンプンをそう称して売ってますから本物は高価。葛切り、葛もち等々、上品でおいしいですね。


9.<やまいも[山芋]>

      

 附属薬草園の隣の雑木林で自然薯(ジネンジョ)を掘ったことがあります。雑木にからみついているツル、葉のついている時ならともかく秋深く葉の落ちたツルでも近所の少年は「あれだ」と的確に見つけます。私などとても及ばない自然と一体となった視線です、眼力です。深く1メートル以上にもなった自然薯は折らぬように掘り出すのに半日も汗をかきました。形を似せて長ーいヤマイモをおみやげ屋で売ってますが、あれは畑をブルで深く掘りかえして作る栽培ものです。

 さて村里で栽培して作る里イモに対して、山に自生しているから山イモですが、現代では、ほとんどが栽培もので、上述の長いもの、手掌形のもの、塊状のものといろいろです。薬草園では塊状のものを栽培しています。すってトロロイモとして食べれば、消化のわるい麦メシでももたれないのは麦トロとして皆さん御存知。そのほか正月にトロロイモを食べると一年病気しないとか、あのネバリで精がつくとか。「精根尽きる」といいますが、精が尽きたときは山イモを食べよと昔から言われてます。

 40年くらい前、メキシコ産の山イモから「ステロイドホルモン」が抽出されました。どうしようもない関節リウマチの痛みが一瞬にして解消する夢のクスリとして登場し、その後、合成して広く使われるようになりました。作用もはっきりしていて、なくてはならぬ薬ですが副作用もまた一流なので、やたらに使うクスリでないことは皆さん御承知でしょう。当然山芋にもステロイドと近似した成分が入っているわけで、身体のいろいろな働きを活発にします。副作用がないのが生薬まるごと服用する漢方のいいところ。

 こうした働きは古人も昔から気づいており、ヤマイモをカットしてカチカチに干し上げたものを山芋としていろいろな処方に入れています。

 いちばん有名なのが八味丸。八味腎気丸ともいって、他の七種のクスリと組んで、腎 (下半身の老化現象)に使われます。下半身が若返れば夜間2回も3回も行くようになる夜間尿が減るし、上半身の白内障や老眼も若返り、遠くなった耳もよく聞こえるようになるというわけで、50過ぎたら八味丸とよくいわれます。現在のように、動物性の蛋白質を豊富に食べられるようになると八味丸の「山芋」の効き目は相対的に低下するのは止むを得ませんが、それでも、50過ぎた方が八味丸を服用はじめると違うなー、と気づくはずです。


10.<生 姜 ・ ショウガ>

                      

  もともと熱帯地方の原産種。世界各地で広く栽培され、日本でも二千年以上前から栽培されていたらしい。「魏志倭人伝」にも登場しています。西洋でも古くからジンジャーといい、ジンジャーエールのような飲料として使われ、また胃腸のくすりとしても用いられてきました。熱帯インドでは、ミルクティーにシナモンや生姜汁を入れたチャイが有名。おいしーい。

 生姜の姜の字は本来は疆や薑、田んぼ・領地を区別する、境界を守るという意味で、病気から身体を守るという意味で生薑だそうです。

 春に種屋さんから買ってきたそのまま食べられるひね生姜を適当な大きさに割って植えておきます。八百屋さんのひね生姜でも発芽する場合もありますが、発芽率はわるい。夏には、先端のとがった細い葉がピンピンと上むきに勢いよく張っている姿を見ることができます。みょうがとそっくり。秋の早いうち、地上部が枯れないうちに掘りあげると、不規則にモクモクと横走している根茎から4〜5本地上茎が出ているのがわかります。茎の数に切りわけてそのまま食卓へ。味噌や甘酢で食べるのが葉ショーガ。寿司屋では通称ガリですね。晩秋から冬、地上部が枯れたころ掘り出すのがヒネショーガで、魚の煮物、特に鰯や鯖などひかりものの煮つけには不可欠。千切りにしてニンニクとともに中華料理の基礎的風味。すりおろして冷や奴やカツオの刺身に。

 甘酒に生姜汁は欠かせないし、風邪をひくと葛湯(クズ湯)に生姜汁、これくらいになると食品→薬のニュアンスが高まります。

 漢方薬としての生姜はあまりに沢山の処方に組み込まれているので、昔の中国でもずいぶん入手しやすかった、と想像されます。現在でも煎じくすりに使う生姜は、乾燥した市場品よりも近くのスーパーで買ってきて一切れ入れた方がよいようです。あまりにいろいろな処方に入っているので効能を一口でいうのは難しいですが、風邪くすり、胃くすり、漢方的にいうと上半身の水の滞りをさばくといえます。それから漢方薬の処方それ自体の刺激をマイルドにしたり味をよくしたりして服用しやすくする働きも当然あります。

 加熱してカチカチにしたものは乾姜(カンキョウ)といって生姜とは大分効能が異なり、附子(ブシ)とともによく使われて身体の冷えを温める作用が強力です。


11.<棗 (なつめ)

          

 中国北部が原産とされてますが古くから世界各地で栽培されている落葉高木の木の実。クロウメモドキ科に属し、庭によく植えられています。卵形の可愛い葉。赤褐色の「梅もどき」の実は、幼い頃よく食べた記憶のある方もいるでしょう。

 日本でも古くから果物(菓子)としても、薬としても用いられ、『万葉集』の歌にも出てきますし、平安時代の法律集「延喜式」にも出ています。近世では、正岡子規の「棗多き古家買ふて移りけり」などがあります。庭に棗の木のたくさん植えてある家に引越したということでしょう。子規の俳句といえば「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」が有名ですが、なるほど、子規のような病弱な結核体質には柿よりも棗の方が滋養があってよさそうです。

 棗は日本語ではナツメ。初夏に芽が出るから夏芽だそうです。またお茶の道具のナツメは形が棗に似ているから名つけられました。逆に、お茶の道具のナツメに棗の実が似ているからナツメとついたのだという説もあります。

 くすりとしてのナツメは、大きく大棗と酸棗仁とに分かれます。大棗とはその名のとおり大きい実で、その果肉を少し乾燥させ、蒸したあと再び乾燥させて刻んだものです。この大棗は、前回の生姜と同様、多数の漢方薬処方に組み込まれています。よく生姜といっしょに用いられ、滋養作用はつよいけれど、しつこい大棗を生姜の力で吸収させ身体を丈夫にします。血ののぼせをしずめる働きもあり、甘草と小麦と大棗の三つでできたその名も甘麦大棗物という処方は、三つとも薬だか食品だかという何でもない組合せなのですが鎮静作用があります。そのほか、やはり前回の生姜と似て、何といっても味が甘いですから飲みにくい漢方薬の味をよくする(矯味)作用も当然あります。

 この大棗よりもう少し旧い種が、種が大きくて果肉が少なく、酸っぱいので果物としては食べられない酸棗です。種を包む核(サネ)が大きいのでサネブトナツメ。漢方では、その種(仁)を使うので酸棗仁といい、鎮静作用がつよいので不眠症などに用いられます。ホワイトリカーで酸棗仁酒をつくるのもよいでしょう。

 食品としては大棗の方が使われます。乾したもの、蜂蜜で煮たものなど、中華街で売ってますから御存知でしょう。


12.< 茴香 (ウイキョウ)

               

 附属薬草園で元気に育ち、何も手をかけなくても落ちた種からあちこちと発芽する茴香が今回のお話。これは地中海原産で中国には大分後になってシルクロードを経て伝えられたらしく、漢方薬としてはしばしば用いられる生薬ではありません。現在では世界各地に野生または栽培されて広く使われている、代表的なハーヴのひとつです。

 『ギリシャ本草』というヨーロッパでは最古に属する薬物書では、茴香はMARATHRON。かの有名なマラソンと記されています。戦勝報告のためにマラトンから首都アテネまで42.195Kmをかけぬけた勇者にちなんでマラソンレースが行なわれているのは御存知の通りですが、そのマラトン付近には、この茴香がびっしり咲き乱れていたということで、マラソンと呼ばれたのでした。

 中国名の茴香は回香。腐りかけた魚などにこの茴香をまぶしておくと香りが回復して食べられるようになるというところから回香。茴香です。英語ではフェネル、種をよく使いますからスーパーのスパイスコーナーではフェネルシードとしておなじみ。

 春先の緑あざやかなふんわりとした柔らかい葉は、もぐとプーンとセリ科特有の芳香があり、魚・肉料理のそえものに、スープの香りづけにと使えます。ロシアではウォッカの肴としてそのまま食べるとか。

 夏になると黄色い小さい花を多数枝先に複散状に咲かせます。挽夏〜初秋(今頃)には小さな米粒大の果実をつけますので、やや青味が残ってるうちに茎ごと切りしばらく乾かしておきます。茶褐色になったところで揉んだり叩いたりすれば、バラバラとたくさん収穫することができます。これがフェネルシード。前述のように肉や魚の煮込み料理に、カレーなどの原料に欠かせないものです。カレー専門店のレジの所にはこの茴香がよく置いてあり、帰りに口に含むと特有の甘みでヒリヒリした口の辛みがスーッと消えます。

 漢方的には、芳香健胃剤。特に消化器系を温める作用がつよく胃腸の働きを活発にします。タケダの漢方胃腸薬として有名な安中散という処方の中に配合されています。特に腸の動きをよくしてガスを出しお腹のはりをとる駆風作用にすぐれています。

 ギリシャ時代にはシードばかりではなく、葉や根もしぼったり、煎じたりして、目薬やヘビやイヌの咬傷にも使われていました。


13.<よもぎ[艾葉]>

                         

 「灸にする餅にする蓬摘みにけり」(子規)というように、早春の柔らかい葉はよもぎ餅(草餅)にします。葉をよく乾燥してからもんで葉の裏の白い繊毛を集めたのが灸のモグサ。蓬はよもぎの漢名「艾」の俗字といわれます。
 各地に野生しているお馴染みのキク科の雑草(!)です。根茎がしっかりしていて横走して増えるので畑仕事から考えるとやっかいな雑草なのです。
 西洋でも古くから知られ利用されていた薬草で、学名のArtemisiaは、ギリシアの女神Artemisに由来するといわれます。「女神」というのがミソで婦人科の大切な薬です。靴の中に敷いておくと一日歩いても疲れ知らず、という利用法も。時代は下がって、シェイクスピアの「真夏の夜の夢」の中で魔法ときのくすりに「よもぎ」が登場しますが、これは西洋ではMidsummerDayによもぎを収穫する習慣があったから。
 中央アジアでは燃料としても使うといいます。お灸のモグサもよく燃えるので、よもぎに「善燃草」の字をあてたりします。精油成分が多いということです。この成分が芳香を放つので、先のシェイクスピアの「気つけぐすり」にもなるし、端午の節句には菖蒲とともに浴剤にしたり、その由来譚が昔話の「蛇婿入り」や「食わず女房」で語られているように、軒先にぶら下げて厄除けに使われたのです。
 漢方薬としては艾葉(がいよう)といい婦人科でもっとも多く使われる薬のひとつです。身体を暖めて下腹部の痛みや出血過多などをなおすので、住環境の悪かった昔の女性も、そして冷房のききすぎる現代の女性にも。外用薬としては、畑仕事に切り傷や虫刺されは避けられないですから、春〜夏にかけては傷がつくと大急ぎでよもぎの葉をむしってそのままこすりつけます。青汁が出て少ししみるようであれば一丁上がり。翌日には、アブ刺されなど相当つよい炎症もきれいにあとを残しません。一口に虫の酸を植物のアルカリで中和するといいますが、やはりよもぎはよく効き、他の雑草の葉にかえがたいものがあります。
 食品としては草餅や草だんごの他に、よもぎ茶、よもぎ煎餅などもあるようです。


14.<サンショウ [山椒・蜀椒]>

               

 山椒は中国や日本の各地に自生したり、庭木としてもよく栽培されるおなじみの落葉低木。小さな葉は対をなして互生していますが、木の芽あえを田楽にのせたり、摘んでパチンと手掌でタタいてから冷奴や刺身や焼き魚のつまに、また、すまし汁の香りづけに皆さん使われるでしょう。

 雌雄異株で雌には初秋になると赤い表面のザラついた細かい実がたくさんできます。自然に実がはじけた頃(裂果という)、葉のつけ根についているトゲにチクチクされながら採取します。薬草園にも山椒が植えてあり、チクチクと痛いけれども、他の根ものの薬草に較べれば楽しい作業を毎秋します。陰干ししておくと、ほとんど開裂がすすんで、自然に中の真っ黒な堅い種子はとびでてきます。黒褐色になった果肉の部分が漢方薬として使われます。これを粉状にすったものは、おなじみのウナギに欠かせない粉山椒です。黒色の種子は普通は使いませんが、古書には「種子は黒光りして人の瞳のようだ。それで椒目という」と書かれています。以前はこの種子はお雛様のような人形の目に使われていたようです。

 山椒は小粒でもピリリと辛い、の成分はサンショール、よい香りの精油成分とあいまって、薬としての作用は、芳香健胃剤で特に温める作用がつよい。駆虫作用もあります。ですから、この「食べるクスリ」というタイトルそのもののような、七味唐辛子や、お正月の屠蘇散の中にもよく入っています。漢方薬の中には虫下しとして烏梅丸という薬の中に入っていたり、冷えきったお腹の痛みをなおす大建中物という有名な薬の中にも入っています。

 山椒の幹や太い枝は、擂(すりこぎ)によく使われます。成長の遅い木ですから木質が堅いのと、幹自体にも香りがありますから最適です。「擂亭」という料理屋が鎌倉山にありますが、日本食の代名詞になっているすり鉢、擂も今の世代ではだんだん使われなくなったのは寂しいことです。「あえもの」を家庭で復活させよう!

 中国では、四川省(昔の蜀の国)産が有名なので漢方薬としては蜀椒といいます。香辛料としては花椒といわれて、中華料理、特に四川料理には欠かせません。四川省に4〜5日滞在したとき、何を食べても山椒の香りが強烈すぎてまいったことがありました。


15.<大根・莱子>

 四季を通じてもっともよく食べる機会の多い野菜は大根? キャベツ? 実際、現在は時なし大根といって、四季いつ播いても3〜4ヵ月で立派な大根ができます。葉には農薬がかかっているから食べないし、第一スーパーでは葉はすでに落とされています。大きな根っこは比較的安心して食べられる野菜。一般に根菜類は農薬の心配が比較的少ない。今流行の青首大根は、葉は少々虫喰いされても大丈夫ですから、薬草園でも完全無農薬でそう手間もかけずできる野菜です。バラバラと、畝に播いて、育ってくると間引きをしますが、それがおいしいので可愛い葉と根をまるごと茹でてむしゃむしゃと、最後に間引くまで相当に食べられ、30cmくらいの間隔の一本立ちになってからはゆっくり大きくなるのを待ちます。収穫に便利なように最近の品種は白い根の部分が地上に大分浮き上がります。そして特別のものでないかぎり冷蔵庫に横に入るくらいの大きさになってますから、収穫のとき腰を痛めるほど大変ではありません。

 さてアブラナ科には菜の花、キャベツ、白菜、ブロッコリーのように地上部を食べるものと、大根のように葉よりも根を食用につくられたものと二通りあります。収穫せず放っておくとキャベツ畑も大根畑もみな菜の花畑になり区別がつきません。

 大根は4000年以上前からエジプトで栽培されていたという。後にヨーロッパに伝わり、中国を通じて日本へ伝わったようで、中国名の莱服(ライフー)は西域の言葉の音訳といわれます。日本では古来「オホネ」と呼ばれ、または春の七草の「スズシロ」という言い方もあります。『本朝食鑑』に「大根は能く穀を消し、痔を除き、吐血鼻血を止め、麺類の毒を消し、魚肉の毒、酒毒、豆腐の毒を消す」とありますが、大根おろしを何にそえて食べるか考えるとすべてなるほどとわかります。そういうわけで大根を食べていれば食あたりはしない、だから、めったに当たらぬ役者は「大根役者」です。葉っぱはもちろん食べてほしいですが、もし多めに手に入ったらよく干してから浴剤に使うと温まってよい。

 種子は漢方薬として使われる莱
子です。大根のピリッとした成分から想像されるようにつよく胃腸を刺激して下剤の働きもありますが、炒めて薬性をマイルドにしてから消化剤、鎮咳剤として使われます。


16.<蘇葉・蘇子[紫蘇]>

                    

 中国南部原産のおなじみの紫蘇。古くから日本でも栽培され古くはイヌエとかノラエと呼ばれ、初めは薬用に、その後、同じく紫蘇科の荏(エゴマ)からとれる油よりも灯油に適しているので室町時代までは種子を灯油を採るために栽培されました。その後、灯油には菜種油が使われるようになり、紫蘇はもっぱら食用に栽培されるようになりました(荏原という地名は、その昔、灯油用に荏が栽培されていた地域の名残ということです)。

 紫蘇には赤紫蘇、青紫蘇の二通りありますが、赤紫蘇といってもやや暗い紫色で、アントシアンという色素。これは酸や空気中の酸素にふれると鮮やかな赤になりますから、よく揉んでから、梅と一緒に漬け込めば梅の酸により赤くなり、あの梅干しの鮮やかな色になります。青紫蘇は、青くて紫色の蘇というのはへんな表現で、本来青蘇と呼ぶべきです(もっともこの青は緑色のことでブルーではありません。緑の信号を青信号という表現と同じです)。 この青蘇の方はもっぱら食用に、刺身の下敷きに使われたり、テンプラに使われます。刺身の上に配されるのは花穂で、バラバラとはずして刺身とともに食べます。生魚の臭み抜きと、毒消しの作用のあることはおなじみです。

 蘇という字は、魚と穀物を表わす禾が並んでいて、関係のないものが並んで、スキ間のあること。葉がスキスキについてる草という意味で、そこから、喉のつまりをスキ間をつくって生き返らせることを蘇生というように使われます。

 そういうスキ間のあるノビノビと気を巡らすというのが漢方薬としての紫蘇の働きです。一口で言えば芳香健胃剤。

 薬用に使われるのは赤紫蘇の方の葉と種子。葉と茎の先端を一緒に乾かして刻んで使います。気を通す芳香健胃剤として食欲増進、毒消しに。また風邪くすりとして他の生薬に配合して使われるときは発汗作用。種子の方は蘇子として喘息など咳の多い症状に使われます。

 朝鮮征伐の時、加藤清正は部下の士気の低下をこの紫蘇の入った漢方薬「香蘇散」でなおしたといいます。こういう使い方は「気剤」といい、現代的な抗ウツ剤のない昔は芳香のある生薬で、ウツウツとした気を巡らせていたのです。


17.<大蒜(たいさん)・にんにく>

                     

 ニンニク、玉ネギ、百合根、ラッキョウなどは一目瞭然同じ仲間ですよね。野草の野ビルだって同じ。長ネギやニラは食べる部分が地上部ですけれども、ネギの下の白い方、ややふくらんでいる部分は、ああここを太らせれば玉ネギと同じだと連想できます。チューリップの葉と球根を思い出してもよい。皆ユリ科の多年生草です。

 ニンニクは古くから食用にされていたようで、『古事記』の中にヤマトタケルが「食べ残しの蒜を白鹿の目に打ち当てて征伐した」という記述があります。食べ残したと書いてあるわけですから食用にしていたこと、また目にしみるような強烈な成分を有するスパイシーな、「つよい気」を持った食べもので霊力を備えている、と古人が考えていたことがわかります。

 ニンニクは中央アジア原産で、紀元前にはエジプトに伝わり、玉ネギとともに栽培されていたようで、あのピラミッドを造った労働者たちはニンニクでスタミナをつけていたと言われます。東方へはインド、中国(中国では西域の「胡」から伝わったのでニンニクのことを「胡」と書きました。「胡椒」とか「胡麻」などのスパイスも同じ胡地方から伝わったものです)を通じて日本へ伝わりました。古書に和名は「於保比留」とあります。「おおきなヒル」ですからニンニクのことでしょう。

 ニンニクの主成分はアリインといい、切ると強烈な臭いのアリシンに変化します。アリシンはビタミンB1と結合してアリチアミンとなり、腸からよく吸収されるので、アリナミンは、これを化学的に合成して作ったものです。

 西洋の『ギリシャ本草』でも、中国の古医書でも、「皮膚病、毒消し、風邪くすり、消化剤、虫下しなどに使う」とあります。東西とも古代では、強精作用はそんなに強調されず、食べすぎると害がある、と害の方を強調しているのが面白いことです。

 意外と知られていないのが「浴剤」としてのニンニクで、一片を適量のお水でよく煮て、その煮汁ごと湯ぶねに入れて下さい。肌はツヤツヤ、よ〜く温まり、ちっとも臭くありません。一回あたり一番安価な浴剤だと思います。冬には特におすすめします。

 漢方的には「大蒜」といい駆虫剤として用いられますが、漢方薬の一般的な処方に入ることはありません。


18.<梅・烏梅(ウバイ)

                 

 今年も暖冬で、畑の梅の木は一月下旬にもう白い花を咲かせました。梅の実はこのところ一年おきに豊作なのですが、今年の梅雨時が楽しみです。

 梅はご承知のように、アンズやスモモ、サクランボなどと同じバラ科の喬木です。果実はみんなプルーンの類です。

 梅の原産地は中国南部のようで、はやくも紀元前5〜6世紀には、アンズやモモと同じく栽培されていたようです。一説には日本の九州の一部にもともと原種があったともいわれます。ウメという発音の由来は、中国で「梅」を「メイ」と言いますが、「ゥンメイ」と聞こえるので「ウメ」になったのでしょう。「馬」を中国では「マー」といいますが、やはり「ゥンマー」と聞こえるので「ウマ」と呼ぶようになったのと同じです。牟女(ムメ)とか宇女(ウメ)とか表記されていました。

 梅といえば梅干し。毎日食べるのは健康の秘訣、塩分を気にしたしょっぱくない梅干しなんて梅干しじゃナイ! 風邪にはこの梅干しをお湯に溶いて飲んでもいいし、黒くなるまで焼いてからお湯に溶いてもよい。この黒焼をゴマ油で練って皮膚のおできにつけます。頭痛には梅干しを両コメカミに貼る。「梅干し婆さん」の由来? 今の若い人には通じないかなー。

 ウメは青いうちは食べるなというのは御承知のようにアミグダリンという猛毒の青酸化合物があるから。この物質には制癌作用があるといわれアメリカでは抗癌剤として話題になったこともあります。

 青い梅といえば私たちはやはり梅酒つくりですね。梅干しも作ってほしいですが、梅酒はもっと簡単ですから若い人たちはお母さんやお祖母さんに今のうちに習っておきましょう。ノンアルコールの砂糖漬けもそのエキスは夏まけにはとてもよく効きます。梅肉エキスは、青梅をすりつぶし、その汁を加熱して(本来は天日で)濃縮したものです。梅肉膏といわれ、江戸時代につくられたもの。日本特有の民間薬で、気つけくすりとして使われたようです。今では料理のスパイスとして、あえものなどに広く使われています。

 漢方薬としては烏梅といいますが、梅をまっ黒(烏色)になるまで燻蒸(スモーク)したものなのでその名があります。滞った気を巡らし、熱をさまし、強心作用、さらにはさっき少し述べた制癌作用まであると古書に書いてあります。処方としては烏梅丸が有名で、これは虫下しです。


19.<桃・ 桃仁・ 桃葉・ 白桃花>

                 

 梅につづき、桃。同じバラ科、プルーンの類です。桃でまず思い浮かぶのは桃源郷。以前、福島の桃の栽培地をバイクでツーリングしたことがありますが、左右見渡すかぎり延々と桃の花がつづいており、単車で走っていて、もしかしたら抜け出せないのではと目が眩むようでした。大分走って夢から覚めて振り返ると盆地一面が桃の花で埋めつくされており、ため息の出るようなほんとの桃源郷でした。

 中国原産で日本にも古くから伝わり、薬用として食用としても古くから栽培されていたようです。『日本書紀』には、イザナギノミコトが桃の実を投げつけて雷を退治したとありますから、たんに美味しい果物だけではなく、薬効のあることがわかっていたのでしょう。魔除け、厄除けのシンボルとして寺の紋に使われたりしています。

 桃は、畑でも都会でも桜などに比べれば生命力が強く(ぜいたくな水密を作ろうとすれば別ですが)、よく繁殖し、花も実もおびただしくつけるから桃という。兆は億よりも上の単位でおびただしいという意味だと中国の古書にあります。日本ではモモを百々と書きますが、これも同じ意味あいです。

 さて桃太郎は、特に女性を若々しく瑞々しくする霊力のある桃を食べて若返った老夫婦から生まれたという説もあるのですが、お話では生まれたのは桃の種から。ふだん食べおわって捨てる種をトンカチでたたいて割ると、きれいなナッツが数個出てきます。これが桃仁で、実際の薬用には果肉が薄く種の大きい山モモを使いますが、アンズの種・杏仁とともに漢方ではとても重要かつポピュラーな生薬です。

 桃の節句が女の子の祭りであるように、薬としての桃仁もどちらかといえば女性の血の道症に多く使われます。桃仁の入った漢方薬で妊娠しやすくなり、赤ちゃんのできた方はたくさん居ますが、多量に用いると堕胎薬にもなるので注意せねばなりません。また頑固な便秘にもよく効きます。

 桃葉も昔から薬として使われ、熱した石の上に桃の葉を敷き、その上に足を乗せて皮膚に喰い込んだツツガムシを退治したという記録があります。現在では浴剤として、女性のお肌を美しく。

 白桃花は花のツボミを煎じて使います。仁よりは作用がマイルドです。


20.<杏仁・杏子(アンズ)

                    

 梅・桃・杏とバラ科の喬木果実が三回つづきました。冬から早春を彩る花が美しいばかりでなく医食生活にも関係深いこれらの植物は、近縁のプルーン兄弟で、日本の北部の梅のほとんどは花の咲く時期が接近している杏との交配種といわれているくらいです。

 杏子も中国北部原産で、日本へは2000年前には伝わっていたらしく、古くは唐桃(からもも)と呼ばれてましたが、江戸時代になって中国語の発音から杏子をアンズと呼ぶようになったといわれます。

 中国の三国時代、董奉(とうほう)という医者は患者から治療費をとらず、そのかわり庭に杏の木を植えさせ、それが数年で十万本に増えたという故事から「杏林」が医学や病院を代表する呼び名となりました。現在でも杏仁、杏林、杏雲、杏雨などは医のシンボルとなっています。

 くすりに用いられるのは、種の殻を破って中から出てくるナッツ、杏仁ですが、前月号の桃仁にそっくりでうっかりすると間違えます。

 薬効は、キョーニン水でお馴染みの鎮咳・去痰のほか、便通をよくしたり、利尿剤、下痢止め、等々と広範なため、どんな患者にも杏仁をわたす葛根湯医者ならぬ杏仁医者というコトバもあったくらいです。杏仁をしぼった油成分のキョーニン油は軟膏や化粧品に用いられ、食品としては、アンズ飴(縁日の屋台の水飴)や缶詰や乾しアンズなど。


21.< 桂枝・肉桂・シナモン >

                   

 桂枝(けいし)は漢方薬用語で、一般には肉桂(ニッケイ)や最近ではシナモンの方が通りがよい。樟脳でおなじみの芳香のある楠(クスノキ)科に属する「桂」の樹皮や根皮をくすりや香料として使います。

 畑に「桂」の苗木を植えて10年、今では大人の背より大分高くなりました。葉脈が独特の三行脈ですぐにわかります。

 ニッケイの原産地はインド南部、スリランカ(セイロン)あたりで、紀元前には、アラビア人の手でエジプトからヨーロッパへ伝わりましたが、アラビア人がシナモンの産地をヨーロッパ人に知らせなかったため、13〜14世紀になってそれを知った当時のポルトガル、スペイン、オランダ、イギリスの争奪戦になりました。お茶もそうでシナモンティーなどはその名残でしょう。エジプトでは王様の死体をミイラ化するのに防虫剤としてニッケイが使われました。

 現在、世界のシナモンの生産の中心は、中国南部からヴェトナムにかけての海寄りの地域です。以前、南方系の「桂」を日本の南部、高知や紀州などの暖地で栽培したことがあります。皮をはいでかんでいると甘辛い香りが口に広がり、子どものおやつにはなったようですが実用品にはならず、結局、現在でも南方から毎年2000トンくらい輸入しています。ほとんどは食品(香辛料)として使われ、漢方生薬として使われるのは20%ほどです。ニッケ飴、八ツ橋などのお菓子や、カレーその他の煮物に、各種ソースに大量に使われます。私の得意料理の豚の角煮には、このシナモンとこれもやはり代表的な漢方薬である甘草がスパイスとして欠かせません。

 くすりとしてのシナモンは、桂皮とか桂枝とか書かれていますが、現在では栽培した桂の枝の皮を細かくカットして使います。桂枝湯という桂枝と他の生薬を組み合わせた薬は漢方処方の原典である「傷寒論」という本の冒頭に出てくる処方で、それが形を変えてあちこちに出てくるので「衆方の祖」といわれます。南方系の桂枝が最重要な薬として多用され、寒冷地でしか獲れない甘草や麻黄とミックスしていろいろな薬に早くから使われているのをみると、古代の交通が想像以上に盛んだったと考えられます。桂枝〜湯とか桂枝〜丸とか皆さんもよくお耳にすると思いますが、桂枝の働きは広範ですがあえて一口で表現すれば、「気の巡り」を活発にするといえましょう。


22.<薄荷(ハッカ)・ミント・メントール>

                              

 シソ科の多年生草であるハッカ(ミント)は、漢方薬としてよりは、むしろ欧米のハーブ、アロマテラピーの世界での方が有名かもしれません。でもガムやメンタムや肩こりにスーッとというハップ剤などを思い出してみればおなじみすぎるくらい日常的に使われているものです。

 ハッカといっても各種あり、日本に野生するものは Japanese Mint で、このニホンハッカはメントールの含有量が多く、合成メントールができるまでは日本ハッカが世界中に輸出されていました。このメントールは薄荷脳といわれ1817年に岡山で栽培が開始されたという記録があります。

 南ヨーロッパ原産の西洋薄荷(ペパーミント)、中央ヨーロッパ原産の緑薄荷(スペアミント)なども同じ仲間で、古くから香料として使われていました。

 当院の畑にもハッカを植えてありますが、紫蘇科の他のものと同様たいへん生命力がつよいので、いくらでも増えます。

 ギリシャ神話には、プルート神がメンタという美しき女性に迷ってしまう。やきもち焼きの奥さんが夫の愛人メンタをやたらに踏みつけたのでプルート神はメンタを救うべく、香りよい薬草に彼女を変えてしまった。(メンタ→メントール)というはなしがあります。なるほど、ミントはさっきも書いたように強い植物で、踏まれたくらいでは全然枯れません。スーッとする感じは洋の東西を問わず同じで、同様に使われますが、口腔内を爽やかにするのがもっとも有名(ガムetcに添加)。

 漢方薬としては、感冒初期の熱さましに、頭痛くすりに、肝気のうっ滞を動かしてゆく、現代医学的にいえば自律神経の働きをのびやかにするくすりに、顔を真っ赤にしているようなニキビや湿疹のくすりに、といった具合に使われます。どれもこれも、あの「スーッとする感じ」を古人が応用して作っているので、漢方薬というものが、あんまり難しい理屈からできているのではなく、実感的に、「感じる」クスリを組合わせて作っているのだということがよくわかります。

 プランターでいくらでもできますから、葉をちぎってそのまま熱いお湯を注いでミントティーに、湯船に入れてミント浴などはこれからのムシ暑い日本の夏に最適のお風呂です。ともに香りを充分楽しむことが大切です。


23.<クチナシ・梔子(しし)

                  

 薬草園にクチナシを十本ほど植えてからもう3年くらいたちます。まだ元気がよいとはいえませんが真っ白な花を咲かせて楽しませてくれます。陽当たりがよすぎるといけないので建物の陰に植えましたが、思ったほど発育しません。それでも7月の下旬の今でもまだ咲いています。

 私どもの世代は「今では指環もまわるほど、やせてやつれたおまえの噂」という渡哲也の「クチナシの花」の唄で馴染み深かったのですが、その実が漢方薬とはその当時ちっとも知りませんでした。この唄は、多分東映ヤクザ路線映画の最後の方に咲いた主題歌だった筈です。まだ淪落(りんらく)というコトバが生きていた頃。最近ではこのコトバは出稼ぎの外国人女性が引き受けているようです。

 さてさて、この白い美しい花は香りもよく、ちょうどジャスミンのようで、学名ではガーデニア・ジャスミノイデス。花びらはひと茹でして、酢のもので食べられます。オクラの花と同じ感じで、ぬめりが出ておいしいものです。薬用部分は果実で、秋になって熟しても口を開けないのでクチナシ。外に鋭角な六〜八角形の筒状で、碁盤や将棋盤の足がこの形です。クチナシ脚と呼ばれます。勝負に傍から口出ししないように口無しの脚といわれます。漢名の梔子(しし)の梔は酒器(徳利)のことで、やはりその形が似ているところからきています。

 「みみなしの 山のくちなし えてしかな おもいの色の した染めにせん」(『古今集』)。この歌にあるように大和三山の耳成山は梔子山(クチナシヤマ)と呼ばれるほど、クチナシがビッシリ生えていました。昔から温暖な地に自生または栽培され、この歌のように染料として使われていました。食品としてはやはりおいしそうに見せるための着色料。あざやかな黄色(天然の)はたいていクチナシが入っています。栗きんとんが一番有名。そのほか、たくあんの黄色などに。

 天日乾燥してこの赤茶色のカラカラした実を細かく刻んで煎じくすりに入れます。黄連解毒湯というよく使われる漢方薬で、私の大好きな処方がありますが、その4つの構成生薬のひとつがこのクチナシです。

 このクチナシ一味だけを煎じて服用しても口内炎やのどの腫れによく効きます。クチナシ酒は入眠剤としてどうぞ。


24.< 甘草( かんぞう )

      

 甘味が砂糖の150倍といわれる「甘い草」、甘草の根は、甘味料や薬として使われます。「良薬は口に苦し」と言いますが、甘味もこれくらいになるとハンパではなく、この甘さは立派な薬だと判断した人間は、やはり大したもので、洋の東西を問わず古来からさまざまな薬効が知られています。

 漢方生薬の甘草は、さまざまな漢方薬に含まれており、最も多量に多様な処方に使われていることから、重責を担う「国老」という別名があるくらいです。また甘草一味だけの「甘草湯」という処方もあり、さまざまな傷みによく効くので、憂いを忘れる「忘憂湯」と呼ばれます。

 ヨーロッパではスペイン甘草、日本で使われているのはウラル甘草とか中国甘草とかいわれる中国の北方に自生しているものです。この八月の夏休み、私は中国の北方、内モンゴル自治区近くの砂漠地帯の、甘草の自生地を訪ねてきました。このへんは、万里の長城の西の端にあたり、旧満州あたりの東北甘草に対して西北甘草といわれます。

 360°なーんにもない砂漠、私どものバスが走ってきた道路が一本、むこうの地平線からまっすぐ走って反対の地平線に消えている他は何にもなし。

 一面に甘草がかなりの密度で自生しており、羊飼いが羊に甘草の葉を食べさせています。一区画を人間が収穫しても、残った根から数年後には再びもとにもどるという、理想的なほっとけ農業というか自生地です。ここの羊は甘草の葉を食べているから、このマトンを食べるとお腹の痛みがなおるとか。嘘みたいですね。肉をたくさん食って胃の痛みをとるなんてあまり聞かないでしょう。

 薬効成分はグリチルリチン。加水分解するとおなじみのグロン酸。グリチルリチンは肝臓病に効くというのは、現代医学の疑問の多い常識ですが、グロン酸が疲労回復に効くというのはこれはもうデタラメです。

 甘草は日本国内でも栽培が試みられたことがあるし、アニマルファームでもしばらく生かしておいたことがありますが、国内では量産できず、江戸時代では毎年60トン、現代では毎年1万トンくらい輸入しています。大半は、しょう油の甘味やタバコの味つけに使われ、残りが漢方生薬として使われています。


25.<はとむぎ[苡仁(ヨクイニン)]>

          

 イネ科のハトムギの原産地はインド北部の熱帯アジア。食料として薬として世界中に拡がりました。中国へは仏教と同じようにヒマラヤ山脈(チベット)を越えて伝わってゆき、日本へも薬として少量ながら7〜8世紀には伝わってきました。食品としては、どんな荒れ地にもできる雑草みたいなもんですから、救荒食品として栽培がはじまったのは江戸時代中期になってからで意外におそい。17〜18世紀にトウモロコシが世界的に普及する以前は、世界的に米、麦を補助する中心的な穀物でした。大陸から伝わったのでチョウセン(朝鮮)ムギ、トウ(唐)ムギなどと呼ばれてましたが、鳩がよく食べるので明治以降にハトムギと呼ばれるようになりました。

 よく似ているのがジュズダマ(漢薬名は川穀)。ジュズダマはその名の通り糸を通してジュズ(数珠)をつくったりして子どもの頃遊んだ記憶があります。東京のド真中でも、ジュズダマが群生するような空き地が昭和20年代にはいくらもありました。一見ちょっと区別はつきませんが、ハトムギの殻は色が薄く、ジュズダマよりやわらかで、指でつぶれます。形もやや長い紡錘形で、涙がポタリと垂れる時の恰好から学名は「ヨブの涙」。

 食材、薬材としてのハトムギは
苡(仁)と呼ばれ、脱穀して白いデンプンのところを使います。このデンプン、ハトムギは「モチ性」で、ジュズダマは「ウルチ性」です。したがってヨードチンキをつぶした粉にかければ、ハトムギは赤に、ジュズダマは青に変化します。忘れちゃったでしょう! 理科の勉強をしているお子さんに聞いて下さい。

 デンプンのほかにタンパク質、脂肪も豊富にあり、脂肪酸の一種がコイキセノライド。これは抗腫瘍作用があり、昔からの「イボとり」の効能を説明します。ニキビや美肌つくりのために石ケンや化粧品に配合されたり。これらの作用は、どうも日本的な使われ方のようで、中国漢方の世界では
苡仁の効用は主として利湿作用(身体の中のよけいな水分=湿気をとりのぞく)です。したがって関節の腫れ痛みなどに使われる処方によく配合されています。

 食品としてはハトムギ茶を日常的に飲まれたらよいでしょう。降圧作用もあるといわれます。もちろん、ハトムギ粥など、米に少しまぜてもよいし、たまにはいかが。


26.<木通(モクツウ)・あけび・山女>

                   

 日本中の雑木林に自生する、蔓(ツル)性の木本植物。他の樹木にからまっていることが多いが、下から見上げると紫色のもこもこっとした感じの花や、特に秋になり実をつければ誰にでもわかる。学名はAkebia quinata(5つの葉)とAkebia trifoliata(3つの葉)とあるように、手掌状にちょうど五枚の五葉のアケビと、三葉のミツバアケビがあり、両者のアイノコのゴヨウアケビもあります。このゴヨウアケビはやはり五葉アケビですが、葉の形が三葉アケビの影響を受けて丸形です。つまりゴヨウアケビは五葉のアケビからは葉の数を、三葉のアケビからは葉の形を継いでいるのです。自然には4:4:2くらいの割合であります。同じアケビとして利用されますが、つるを編んでカゴや椅子をつくるのに利用するのはミツバアケビの方だそうです。そんなことは知らず、畑の隣の雑木林のアケビをとってきて、水洗いしてからくるくると円盤状にまいて花ビン敷にしたりして利用しています。花はそれぞれ淡紅色、黒紫色、暗紫色で、秋になればどれも小さなバナナ状の果実をつけます。熟すると割れて甘いゼリー状の半透明の果肉がみえます。子どものころ林の中で食べた記憶のある方も多いはず。最近ではスーパーでも売ってますね。

 木通、通草、山女、いずれも和名では「あけび」と呼びますが、これは果実が開裂する「開け実」からきたといわれます。ついでにどうして山女と書いたかといえばその開裂した姿が××に似ているから。「山のあけびは何見て割れた下の松茸見て割れた」というわけです。失礼しました。食用には果肉のほかにも果皮もゆでてからみそ炒めなどにして酒のサカナに。若葉も木の芽として京都の木の芽漬けに入っています。

 さて漢方薬としては中国では果実を八月札(はちがつさつ)といい種子を薬として用いることもあるようですが、一般には、木通として蔓そのものをカットして使います。蔓を切って片方から吹くと向こうの断端へ空気が通るので「木通」という、とあります。つまり気も血も水も通りやすくするというわけです。同じ蔓性のオオツヅラフジなどと同様、利尿作用が強く、膀胱炎などに使われる方剤に入ります。熱さましの作用としては皮膚科のくすりに、婦人科的には生理不順に、また催乳作用もあります。民間的には、利尿を期待してキササゲと一緒に煎じて服用することもあります。


27.<小豆 [あずき・赤小豆]>

                

 大豆に対して小粒だから小豆。赤いから赤小豆、ともに日常的には「あずき」と読みますが、漢方薬として呼ぶときは、セキショーズといいます。

 学生時代の思い出。アリコ・ルージュという喫茶店があってバイトをしていたのですが、フランス語で赤い豆という意味。あずきのことかー。その頃、学生結婚で女の赤ちゃんのできた友人に名前の相談を受け、「あづき」はどうだとこちらは冗談半分に言ったのが採用されて……。そのあづきちゃんも今では立派なレディーです。

 さて小豆は、中国・日本など東アジア原産で古くから栽培されています。近縁の緑豆(リョクトウ)は、中国でも、“はるさめ”や“もやし”に使われますが、小豆は日本人が特に好むようで、他国では食べられず、栽培されていてももっぱら日本への輸出用です。日本での栽培は北海道中心で、相場商品。天候次第で価格の変動がはげしいので「赤いダイヤ」なんて呼ばれていましたね。最近はあまり言わない?

 食品としてはもちろん、お赤飯。お赤飯には、小豆よりやや大粒の「ささげ」もよく用いられます。それになんといってもお汁粉にあんこ、羊カン。子どもの頃から甘党だった私。砂糖が充分に手に入らない時代でしたから、甘いアンコに対する憧れはつよかった。臨海学校で、さんざん海で遊んだあとの塩辛い口に、お汁粉の至上の味。今でも生クリーム系の甘さよりもアンコに手が出ます。

くすりとしての使い方は、民間的には、砂糖などを使わずに、小豆を水で煮るだけ。母乳の出をよくしたり、往年の「脚気」(脚のむくみ)に用いられました。あづきをセキショーズとして漢方薬に用いることを知ったのは、漢方をはじめて数年、赤小豆と鯉を煮たものを腹水の貯った患者さんに食べさせてむくみをとったという論文を読んだときです。赤小豆鯉魚湯というそのものの名前のついた方剤です。薬膳に近い方剤ですが、塩も砂糖もなしですからおいしいことはない。珍しい方剤では、胃に入った毒を吐かしてとり除く、吐剤といわれる柿蔕散があります。これは柿蔕(カキの実のヘタ)と赤小豆を粉末にしてまぜたものです。

 京都では伝統的に十日にいちどはお赤飯を食べていました。十日間のたまった水分(水毒)をすっきり利尿するためです。上記のように砂糖を入れないで煮たアズキの作用を、ごはんと胡麻塩で生かした生活の知恵です。


28.<みかん・陳皮・橘皮>

           

 みかん類(柑橘類)は、世界でもっとも古くから知られ、栽培されたのももっとも古い果実のひとつです。中国の古書にも、柑、橘、柚、橙、枳などいろいろのみかん類が記されていますが、現在の日本で見うけるいろんなみかん類や漢方薬が、これらの漢字と対応しているとは限りません。

 私が子どもの頃、昭和20〜30年代にかけての頃、みかんはリンゴとともに庶民がふだん口にすることのできる最も安く大衆的なフルーツでした。昨今のみかんはどれも大粒で、味はごく甘くておいしいのがあたりまえですが、当時のみかんは、まだまだ酸っぱいのが多くて、子ども心に、甘そうなのを選って食べた記憶があります。お正月前には、みかんを箱買いしたもので、食品のとぼしかった当時としてはとても豊かな感じがしました。甘そうなのは大粒で、皮(陳皮)がむきやすそうなもの、それをひとつかふたつお風呂に持ってゆき湯ぶねに浮かしておきます。出てからぬるくなったミカンをむくと、白皮がよくとれてむきやすく、ニンマリ。またお正月のお餅を食べた口ですぐミカンを食べると、独特の苦みが口に残ってこれもニンマリ。コタツ、お餅、ミカンは、懐かしい正月の三点セットです。

 私たちがふだん食べているのが温州みかん。江戸時代の初めの頃、もともとは中国から伝わって九州で栽培されていたミカンの一種の中から、優秀な変異株を見つけ、日本で改良し栽培を広げたのが温州みかんです。江戸時代は紀国屋文左衛門で有名な紀州和歌山県産が有名でしたが、明治時代以降、世界中に伝わるとともに国内でも静岡など東日本まで栽培が広がりました。温州とは中国のみかんの栽培の盛んな所の地名をとったものですが、あくまで日本原産と言ってよいものです。

 漢方では陳皮といって今ではこのミカンの皮を使いますが、日本では古くからシラワコージ(白輪柑子)みかんを橘皮として使っていたようです。古く長く乾燥したものの方が良品なので陳(旧)皮と名づけられました。西洋的にいうと苦味健胃剤で、漢方的には水をさばくことに薬効があるとされ、消化剤と去痰剤に使われます。香辛料としては七味唐辛子に入っていたり、冬至の柚子湯など浴剤に。なお、温州みかんよりはやや原種に近い感じのみかんの仲間には、柚子(その仲間には徳島のスダチ、大分のカボスなど)、ダイダイ、カラタチ(唐橘)、きんかん、などがあり、それぞれ食品、香辛料、漢方薬として使われます。


29.<米[粳米・コーベイ・うるちまい]>

                  

 お米が漢方薬?!って驚かれそうですが、今まで取り上げなかった方がおかしいくらい、米は有名な漢方薬のひとつです。

 食品としての米は、いうまでもなく、粳米(うるち米)と、お餅やお赤飯になる糯米(もちごめ)。硬いお米と儒(軟)いお米ですが、乾燥している状態で前者は半透明、後者は白濁しているのは御存知の通り。成分的にはそんなに差はありません。ふだんは粳米を、お好みで玄米から、何分づき、100%白米まで毎日食べてます。待合室に並べてある多くの本の著者として有名な幕内先生が当院の食事指導で推奨してやまないのは、五分づき米です。お米のよさを強調する主張は、以前はこんな風にも書かれています。

「米は五味(酸・苦・甘・辛・鹹)を兼ねたり、故に衆人生涯これに飽く事なし。何ぞ無味淡薄なりといわんや。夫れ米と水を和して制すれば酒となり、辛熱にして酔狂せしめ能く肥満せしむ。醋(酢=酸)に制する時は、剛きをくだき柔せしむ、人を痩せしめ、醴(あま酒=甘)となせばよく温め、長幼を養い、粥となせば鹹(塩)して脾土をかためしむ。炒めれば苦味となる、然れども微々たる苦味、痞硬を排す力乏し、かくの如く、其味異なれば効も亦異なるを察すべし」(昭和4年『医薬随筆集』より)。お米を酒にすれば辛く、酢にすれば酸っぱく、甘酒にすれば甘く、お粥に塩をまぶせば塩からく、おこげは苦い。このように五味そろっているから食品としてはNo.1だし、いろいろな薬効も自ずから備わっているというわけです。お粥のところは少しズルいけれど、まあまあ許しましょう。

 とにかく世界にたくさんある穀類の中で、栄養的にも栽培的にも、もっとも優秀な作物が稲作(米作)であることは間違いないでしょう。お米が充分とれないから小麦しかとれない国々では、やむなく牧畜(肉や乳製品)で栄養を補っているのだという幕内説は傾聴に値します。

 漢方薬としては、コーベイと呼び、うるち米の玄米を使います。古米の方が良品とされ特に古いものを陳倉米と呼んだりします。

 コーベイは、消化吸収能力を向上させ、直接的にはもちろん滋養作用があります。今で言えばブドー糖や栄養の点滴です。血管からではなく口からのですが。他の漢方薬とともに煎じますから、いろいろな薬効成分の入った「重湯」と言ってよいでしょう。


30.<膠飴[コウイ・麦芽糖・水飴]>

                  

 前回は、粳米、ふつうのうるち米が漢方薬の一種だというおはなし。今回は、糯米(もち米)からつくった水飴も重要な漢方薬だというおはなし。

 古書に「糯米、粳米,粟米、蜀粟米、黄精、いずれからでもつくれるが、糯米でつくったものだけが薬になり、他は食用になるだけだ」とあります。どんなデンプンからでも飴はできるが、もち米から作った飴しか薬にはならないというわけです。同じ書には「刑曹進という武将の目に矢が当たり、抜いたら矢尻が残ってしまって鉗子でとろうとしても抜けない。死を待つのみかと嘆いていたところ、夢に古僧があらわれ、米汁を注ぐとよいという。後日、夢の古僧とそっくりの托鉢僧と出会ったので尋ねると、その米汁とは水飴のことだという。そこで膠飴を傷口にぬりつけるとムズムズと痒くなり矢尻が出てき、傷もほどなくなおった」という話を紹介しています。瘡傷の治癒、なおってゆく時、ムズムズするのは皆さん経験しているでしょう。肉の上がりがわるいなんていう場合、このように患部に水飴をすりつけておくのは現代でも立派に通用するでしょう。

 さて、これはどうやって作るかというと、もち米をせいろで蒸します。お餅つきのときと同じ「おこわ」を作るのです。蒸し上がったら35°くらいまで、体温程度にまで冷まし、麦芽とまぜます(麦芽とは麦を発芽させ、もやし状になったもの。漢方と畑の師匠であるT先生が大麦を無農薬で栽培し、収穫した麦を発芽させ、もやしにしたものを分けていただきました)。それをさらにぬるいお湯でうすめ、冷めきらないように浴槽に入れて一晩。翌日、どろどろの茶色の濁り水(うす甘い液体)を漉します。これがなかなか大変な作業で、ちょっと大型の遠心分離器が欲しい。漉した液を好みのかたさになるまで煮つめればよいのです。黄褐色のやや赤みを帯びた歯にくっつく、ほのかに甘い懐かしい香りのホンモノの水飴、麦芽糖のできあがりです。それ自身が母乳のかわりになるような総合栄養食品であると同時に消化酵素をたくさん含んでいる素晴しい食品(薬)です。

 ですから当然薬効としては胃腸障害、腹痛、時に冷え腹によい。やせ型、胃カイヨウ体質の下痢しやすい方にはうってつけ。そのほか、止咳効果もあります。処方としては建中湯類(中=腹部=を建てなおす薬の仲間)に入っており、他の生薬を煎じてできた湯液に最後にこの飴を溶かして服用します。あったかーい、あまーい感じが大切です。


31.< 茶 [お茶・茶葉]>

                    

 飲料として日常使っているお茶もまた漢方薬のひとつです。

 ツバキ科の常緑樹、お茶の木は、日本の九州地方原産という説もあり、実際、佐賀県嬉野には天然記念物に指定されている「嬉野の大チャノキ」があったり、池袋の「おいしい本物を食べる会のまほろ市場」では、九州のお茶どころ嬉野で完全無農薬のお茶をつくっている大田さんからお茶を仕入れています。

 けれど、「茶」という呼び方が中国語の「チャー」からきていて、日本語オリジナルと思われるコトバのないことからも、やはりお茶の原産は中国と考えられています。中国ではかなり昔から嗜好品や薬として使われていたようです。日本には留学僧の最澄がお茶の種子をもたらしたとされていますが、やはり有名なのは鎌倉時代の栄西が留学先の宋からお茶を持ち帰り『喫茶養生記』を著わしたこと。これによって、日本でもお茶を一服する(服用するクスリ)習慣が拡まったといわれます。

 春先に出る茶の若葉のみからつくったお茶を一番茶、新茶として珍重するのは間違っている。何番目かの葉でつくった「番茶」こそ本来のお茶だ、茶は茶色の茶なのだから番茶こそほんもののお茶、と主張されたのは最近物故された小川八重子さん(待合室に著書がおいてあります)。

 お茶の種類は、日本的な緑茶、これは葉を摘んだらすぐ加熱して発酵させず緑を保つ、発酵を途中まですすめる烏龍茶(以上は背の低いお茶の木)、発酵を最後まですすめた紅茶(インド、スリランカにみられる背の高いアッサム茶の木)の三種類に分けられます。

 緑茶にしろ紅茶にしろ飲んで眠れなくなる人がいるのは、カフェインやテオフィリンなどの神経興奮作用物質が含まれているから。カフェインには人によって神経を鎮静させる作用がでることもあるから、お茶やコーヒーを飲んでゆっくり眠りにつくという人もいます。これが合成の眠剤や鎮静剤と異なる自然の生薬のいいところ。ねっとりした上質のお茶の旨みはアミノ酸ですが、最近ではそれを添加したお茶、早いハナシが化学調味料を入れたエセ高級茶もあるから注意。やっぱり胃にもたれないさっぱりした番茶がよいみたい。

 薬としては熱さましに茶花が使われたり、茶葉はやはり神経系に効くということで、頭痛のくすりとして川●茶調散という処方に配合されています。


32.<小麦・しょうばく・浮小麦>

                   

 粳(硬)米、糯(軟)米からつくる膠飴とつづきましたので、今回は小麦。<ハトムギ>の類で、こんどはもっと馴染みの深い小麦粉です。これも漢方薬かー?

 御存知のように小麦には米よりも多くの蛋白質(グルテン)が含まれていて、多く含まれているのが硬質小麦。パンやスパゲティのおいしさはこのグルテンに負うところが多い。強力粉ですね。蛋白質が少ないのは軟質小麦。薄力粉でケーキやお菓子類に用います(米にも麦にも硬軟二種類あるんだなー)。 これらの製粉のときにとり除かれる皮や胚は「フスマ」といわれ、飼料にされたり、自然食に応用されたり、米でいえばヌカに相当します。

 ついでに大麦は、パンにはならず、製粉しなくてもそのままゴハンと同じように粒食できます。麦メシ、麦トロなどといいますが、現在ではほとんどが家畜の飼料にまわされます。粒が六列につく六条大麦と二列につく二条大麦があり、二条の方はウィスキーやビール用。コムギ、オオムギより少し野生種に近いのがライ麦。黒パンやウィスキー、ウォッカの原料に。

 さて小麦はイネ科の越年草。古書に「秋に播き、冬に長じ、春に秀で、夏に実る。四時(季)の気を具えて、五穀の貴となる。地暖かにして春播きて夏収むるものあり、気足らず」と秋播きの越年型を推奨しています。現在の小麦の発祥地は黒海からカスピ海のオリエントで、紀元前50〜60世紀といわれ、オオムギにとってかわって主食の座についたのは、紀元12世紀頃ヨーロッパ全土に小麦の栽培が拡がってからです。その後新大陸アメリカへ、またオーストラリアへ。東方へは中国での小麦栽培は紀元前20世紀には伝わっており、日本へは紀元4〜5世紀といわれ、八世紀には水田の裏作としてかなり栽培されていたそうです。

 薬用には種子のままか、小麦粉として用いる。水でとぐときに浮き上がる未熟なものを浮小麦(ふしょうばく)といって、焦げるまで炒って粉末にして重湯にして服用する。漢方的には補陰といい、盗汗(ねあせ)などを止めます。子どもの夜泣きなどには、このシリーズにすでに出ている甘草、大棗とまぜて、甘麦大棗湯というおくすりがあります。三つともおいしい食品を三種まぜて精神安定剤になる不思議。湿布くすりとしては小麦粉を練って、どんな外傷や火傷に湿布してもよい。


33.< 大豆・納豆・香し >

                        

 ふだん、枝豆、五目豆、豆腐、納豆、味噌、醤油、黄粉として私どもに馴染みふかい大豆もまた、昔から漢方薬として使われてきました。

 大豆の原産は中国大陸北方で、日本には7〜8世紀にはすでに伝わっており、栽培もされていたようです。納豆、豆腐などの加工食品も中国から伝わり日本の食生活に欠かせぬものになりました。

 欧米にはずっと最近、18世紀になってから日本・中国から伝わったのですが、今やアメリカが世界一の大豆の産地で、日本の大豆も国産は微々たるもので、ほとんど輸入されているのは御承知の通りです。ちなみに英語では大豆のことを醤油の豆 (Soy-bean)といいます。

 私は納豆ゴハンが大好きで、これを食べると体力が充実した感じがします。また冬の晩、納豆を刻んで豆腐といっしょに味噌汁にした、まさに大豆オンパレード汁は確かに身体を温めるだけでなく、体力気力を向上させるような実感があります。

 古人も、大豆には食品として以外にもさまざまな霊力を感じとっていたようで、炒めた大豆を熱いまま酒の中に入れて飲むと麻痺がとれるとか、豆を発芽させてモヤシをいって粉末にしたものは関節痛に効くとか、いろいろ古書にあります。中で面白いのは大豆のもっている百毒を消すという効能で、不老長寿に挑戦して、水銀などの鉱物生薬を服用した昔の皇帝貴族、仙人指向の知識人たちが、その副作用でまいっちゃった時、大豆モヤシの粉末を求めたということです。他に鬼毒を消すというと、節分に「鬼はそと」と大豆をまく理由もわかります。

 漢方薬としての大豆は納豆のことで、香し(こうし)とか豆しとかいいます。塩入りと塩なしと2種類あり、薬用には塩なし納豆の淡しです。古書には「一晩水につけた大豆を蒸してからゴザに広げ、まだ暖かいうちにヨモギの草で被え。3日に一回づつそっと覗いてみて黄衣が上一面に被ったとき、また水を加え瓶の中へ入れ、こんどは桑の葉でふたをして密封しろ。こんな作業を7回くり返すとできる」とあります。植物についている発酵菌を利用したずいぶん手のこんだ納豆づくりです。

 古書では、クチナシの実(23回に登場)とこの香しを組んで、梔子し湯という処方があり熱病の経過中に使っています。


34.<茄子(ナス)・蔕(へた)

                    

 夏野菜の代表。函南の農園でも、無農薬・無化学肥料で、まずまちがいなく毎年たくさん収穫できるのがナスです。トマトなどは、赤く色づくと目立つためか、おいしいためか、昆虫に吸われ、そこからすぐ腐るし、鳥(カラス、山鳩?)のクチバシでエグられたらおしまい。それに対してナスは、目立たない色だし生ではまずい為かそんなに喰われない。クチバシの跡があってもすぐに一個まるごとダメにもならない。ウィークエンド農業に最も適した夏野菜なのです。

 ナスの原産地はインド。古書によれば中国、日本にも1500年前には伝わっていたようです。ペルシャ、地中海をへてヨーロッパへ伝わったのは、もう少しあとですが、現在では世界中で各種のナスが食べられています。

 色の白い「タマゴナス」、緑色の「アオナス」があるようですが、私どもがふだん食べるナスは形の大小、細太はいろいろありますが、色は濃紺、つやつやしてなんともよい色ですネ。ナス紺といって、戦前流行した色のようです。この深い濃紺色はアントシアンという色素の一種のナスニン。ナスニンは太陽光ではじめてあのように発色するので、へたの下など光の当たらないところはなるほど白い。鉄と化合すると安定する色なので、ぬか漬けには鉄釘など入れましたネ。今やっている方いるかな? ぬか漬け自体が家庭ではやりにくい時代ですからねー。

 どうやって食べても私は好きですが、たまのぜいたくなら、京都のちょっとしたところで食べる「加茂ナスの田楽」、スプーンでほじっている時って、幸せだなー。相好がくずれ、ほっぺたが落ちる状態にいる自分がわかる。

 さて薬としては、漢方薬の処方に組み入れることはないようで、もっぱら民間薬的に古くから使われていました。特にヘタの部分を、黒焼きにして歯槽膿漏や口内炎、歯痛、そのほか毒消しに使われます。そういえば、華岡青洲が乳癌の手術をするときの麻酔薬として使った「朝鮮朝顔」も、ナス科の植物です。

 「親の意見とナスビの花は百に一つの無駄もない」といわれるほど、食用から薬用、実・花・ヘタまで使われるナスビですが、この諺の由来は、花が咲いた分だけ残らず実をつけるナスの性質からきているそうで、ほんとに多収穫の便利な野菜です。


35.<桑・桑白皮(ソウハクヒ)・桑葉>

                   

         

 クワは、中国、朝鮮半島を原産とする落葉高木。北半球温帯から亜熱帯にかけ、14種あり、中国にはそのうち8種あるといわれますが、一般的には、薬草園の畑の周辺にあるようにヤマグワが自生しています。

 御承知のように、桑葉は、久葉(クワ)とも称し、久う(食う)葉、即ち蚕が食う葉です。中国では3000年前からこの桑の葉で養蚕がされており、日本にも奈良朝以前に伝来し、『日本書紀』や『万葉集』で早くも歌われています。なにしろこの葉を食べた蚕から絹糸ができるのですから、付加価値は抜群で、昔から聖木と仰がれ、桑畑には雷が落ちないと言い伝えられるように、独特の霊力があると思われてきました。雷が落ちたり、恐い思いをすると、「クワバラ、クワバラ」と言いますが、それは桑の原のことです。

 桑の枝葉は伸びるのが早いですから、養蚕業の方々は年に4回も5回も繭玉を出荷することができます。蚕の食べ盛りの幼虫のときに、小枝を切ってそのまま与えますから、桑畑をローテートして使ってゆくと、元に戻る時には枝葉がまた伸びているという仕掛けです。先年、所沢に残っている養蚕家を訪ね、見学させてもらいましたが、お腹いっぱい桑葉を食べて、まるまる太り食欲が落ちてくると糸を吐きサナギになる準備。隣の蚕とからまらないように一片3pくらいの枠に入って、そこで繭玉をつくります。一年中目の廻るような忙しさなのに絹の価格は下落。本格的に補助金を出さないと、中国の安価な絹には太刀打ちできるはずもなく、養蚕家にはもう後継者はいないということです。

 養蚕に葉を使用するほかに、桑葉は、お茶として売られています。果実は桑椹(そうたい)といって食用や果実酒に。酒や醤油の醸造にも加えられます。木材は建築、家具、農具、楽器に。内皮の繊維は製紙業に。ちなみに、和紙の原料になる「こうぞ」もクワ科の木です。

 漢方薬として、処方に組み込まれるのは根の皮で、これを桑白皮といいます。喘息のくすりなどに配合されます。おもしろいのは金創(刀創、外傷)に用いられる処方に組み入れられる桑白皮には、特に南東方向に伸びた根皮を使うという指定をした古医書があることで、現在でも、使われなくなった桑畑を買いとり、印をつけて、その南東に伸びた根だけを用いて処方を作っているという、古書に忠実な、非常に凝り性の漢方家たちがいます。


36.<牡蛎(ぼれい)・蠣[蛎]・牡蛎肉>

                        

 この時期になぜ蛎と思われるかもしれませんが、10年くらい前のお盆休みあけ、これ鳥取の実家から持ってきた夏ガキです、と患者さんから頂戴して以来、私は冬のカキのみならず夏ガキも大ファンになってしまったのです。おおきなアワビ大で、岩の塊のような荒々しい大きな貝を、金槌で打ちつけ、そこらじゅうカキ殻だらけにして、ようやく裂け目を見つけて、といった案配で1つあけるのに10分以上かかっていました。中身は、冬蛎と違って肉厚で、身がつまっており、風味は冬蛎に劣るかもしれないがちょうど高級チーズケーキといった食感。豊かな食感です。以来夏になるのを楽しみにしてましたが、今ではグルメブーム、もう海岸のどの民宿にいっても出てくるようになりました。この夏は銚子から送って頂きましたが、左手前をペンチで押し削ってゆくと裂け目が簡単に見つかり、ナイフを上の貝にそって差し入れるときれいに開きます。ものの2、3分。今夏もそのまま酢で洗って賞味しましたが、来年からは軽くソテーしてみようかななどと……。

 ところで蛎は海のミルクといわれるくらい栄養価バツグンの食品で、洋の東西をとわず食品として珍重され、早くから養殖も行なわれてきました。食品としては、中身、即ち牡蠣肉です。大切な栄養素をほとんどすべて含んでおり、そのうえ消化がよいので、身体が弱った病人にはうってつけ。漢方的に言うと補陰作用、補血作用がつよいといいます。そうして身体が立ち直ってくると病人はぐっすり眠れるようになります。牡蠣肉を塩水につけて発酵させたものがオイスターソース。私などは大の蛎好きですから、ちょっとした料理にポタッとこれを入れます。何でも一段美味しくなります。

 くすりとして主に使うのは身ではなくて殻の方。これを漢方的に牡蛎といいます。雌雄同体の蛎の貝殻をどうして牡蛎というのか、不思議です。塩分を充分洗い流した蛎殻を高温で熱して、貝柱など付着物やよごれをきれいに燃やしてしまったあと、粉砕機できれいな小さな粒にしたものが、生薬として用いる牡蛎です。貝殻ですから主成分は当然カルシウム。鶏のエサに混ぜるのは御存知でしょう。人がその煎じ液を服用すると制酸作用で胃腸がよくなる。また安神作用といって精神安定作用がつよい。竜骨というもうひとつのカルシウムとあわせて、よく用います。病気の種類を問わず、現代人にはとても有効な薬という印象を受けています。


37.<カミツレ・菊花・カモミール>

                     

 ヨーロッパの古代から、薬草として栽培されていたカモミール。アロマテラピーやハーブに詳しい人は、ローマンカモミールとジャーマンカモミールなど使い分けをしているでしょう。

 菊科の二年草で、春から夏に径2.5cmほどの、中心部は黄色の管状花。周辺に白い舌状花がとりまく、誰が見ても一目でああ菊だとわかります。

 江戸時代の前半にはオランダから日本に紹介され、栽培されました。発音はカミルレ、またはカミーユというべきところ、『遠西医方名物考』という本でカミッレと音訳されたため、日本名はカミツレです。英語ではカモマイル。前述のようにハーブやアロマの世界ではカモミールの方が親しい。このものは、漢方処方に組み入れられてはいないので、漢方というわけではありませんが、食用の菊花、薬用の苦菊花、漢方処方にある施覆花(せんぷくか。ぐるりと舌状花がとりまいている形、オグルマとも)、紅花など重要な漢方薬などとよく似ている一連の菊科の花ですので今回紹介します。ついでにムシヨケギク(除虫菊)も一見区別ができません。先日、瀬戸内の岡山で除虫菊をいまだに栽培している業者と連絡しましたが、見学はまだしていません。

 遠く『ギリシャ本草』には「カモミールオイルはあらゆる痛みを除き、四肢の疲れを癒し、緊張しているものを弛緩させ、堅くなっているものを軟らかくする。一切の秘結を散じ、厚いものを薄くする」とあります。

 西洋由来のハーブも記述は東洋の漢方とそっくりで、ニュアンスの差こそあれ、施覆花や紅花の薬効と同じです。花を乾燥して煎じたり、精油をしぼって使います。香りが高く、すっきりさせる作用がつよいため、マッサージオイル、浴剤に適してます。特に生理や出産のときの女性の緊張や痛みに最適。香りをいかして、香りランプにカモミール精油をたらしておけば子どもの夜啼きによい。湿布としても傷や湿疹に多用されましたが、あと、アズレンという成分が抽出され(特にジャーマンカモミールに多い)、アズノール軟膏として、今でも皮膚科で湿疹によく使われます。飲む方では上述のような慢性的な痛みなどのほかに、含嗽剤として歯痛、口内炎にとてもよく効きます。欧州の人たちはカモミールを摘んできて自宅で乾燥し、香り豊かなティーとして、熱さましの風邪くすりとして常用しているといいます。香料としてもリキュールなどのお酒やシャンプーリンス液などに使われます。


38.< 柿[柿蔕・柿漆・柿餅・柿霜・柿葉]>


     


                


               

 私が育った東京の家の庭に一本の大きな渋柿がありました。渋柿とはいっても晩秋になりすっかり熟してくると、モズがつっついたりしています。敗戦直後、まだ甘いものが手に入りにくい頃、おやつを欲しがる幼い私に母親がこわごわこの柿を食べさせたといいます。私がひとこと「アーマイ」といったときの感激が忘れられないといいます。食べさせるものがないと思っていたから「神の助け」と涙が出たといいます。

 この話は私がもう少し大きくなって何か我が儘を言うといつも持ち出されるエピソードで、「物がないなかでおまえを大きくしてやったのだからゼイタクいうな」。物不足を知らない今の母親たちの子どものしつけが難しいのはよくわかります。

 さて柿ですが、原産は中国揚子江流域といわれ、日本にも大分古く伝わってきたようですが、食用として栽培されたのは奈良時代以降、甘柿栽培がされたのも日本においてです。欧米にも伝わりましたが、それはつい200年くらい前の比較的新しいことです。

 「柿が赤くなれば医者が青くなる」とは秋の天候のよい時期には病気が少ない、という意味だと思いますが、柿にはいろいろの薬効があるという意味もあるでしょう。

 漢方の世界でいちばん知られているのは、シャックリ止めの柿蔕。柿の実のヘタです。これを煎じてのむと、シャックリや嘔気が止まります。柿漆(ししつ)、これは柿渋のことで、以前にはこの渋を和紙でつくったウチワや傘などに塗ったもの。現在では日本酒の清澄剤に使われます。主成分はシブオールというタンニンで高血圧や脳卒中後遺症などに使われます。柿霜、これは柿餅(干し柿)の表面の白い粉のこと。これはマンニトールやブドウ糖などの糖類で肺を潤し咳を止めます。柿餅は、ごはんが炊きあがる前にカマの中に入れ、充分むらせてからとり出すと、ベトーッとなっていますからこれをスプーンで小児に与えます。下痢を止めたり胃腸を丈夫にします。柿葉はこれは柿の葉茶として有名ですね。やはり降圧効果があるなどといわれます。まさに、柿の木が一本あれば(渋柿でもよい)医者もまっ青です。

 最近はさまざまなお洒落な果物に押されて、日本中にあるのに放置されていることの多い柿ですが、利用したいものです。