80.<麦芽・穀芽(ばくが・こくが)>
前回の「麹」とよく似た働きのあるのが「麦芽」と「穀芽」。
麦芽は字の通り、麦の芽。大麦のもやし、発芽したてのものです。大麦そのものは漢方では「たいばく」と呼び、すでにこのシリーズで紹介済みです。大麦はタンパク質グルテンを含んだ小麦と違いパンを作れませんから、現在では食用よりもビールなどの醸造用に栽培されています。
大麦を水に浸し発芽させて3〜5ミリくらいの「もやし」になったところを乾燥し粉砕したものが「麦芽」です。麦芽にはデンプンの消化酵素がたくさん含まれているので、まず有名な使い方は、米のデンプンを糖化するすること、つまり麦芽糖を作ることです。麦芽糖の甘さは砂糖の30〜40%、このほのかな甘さが自然食として上品で高級な麦芽糖飴です。吸収されるのにインスリンを必要としないから糖尿病の方のおやつに最適。
当院で漢方薬に配合したり、お子さんが漢方薬を服用するときの補助として販売している水飴は純粋100%麦芽糖です。
麦芽でもっと有名なのは勿論ビール。麦芽そのものに水を加えて加温すると、自分のデンプンを糖化して糖分、甘い液体になりますから、それにホップを加え、ビール酵母を加えてアルコールを発酵させれば、麦芽100%のビールができあがり。付属薬草園のアニマルファームでも、いよいよ地ビールに挑戦使用と機運が高まっています。できたてのハムにできたてのビールか、うまいだろうなーと、畑に来るとみなさん単純無邪気に夢見るから、すっかりその気になって実際やってしまうから恐い!
「穀芽」は米の発芽したもの、米のもやし、最近流行の発芽米のことですね。確かに食感が玄米よりやさしいし、消化もよさそうです。薬としてはこちらは発芽した芽だけを使います。米そのものは漢方では「粳米」(こうべい)といい、これもこのシリーズで紹介済み。
漢方では、「麹」と同じく消化酵素薬ですから、米や麺類や果物の食べ過ぎ、消化不良などに使います。生で用いたり炒って使ったり、煎じないで粉末を服用したりといろいろに使われます。炒って使うのでは、前回の神麹や山査子などと合わせた「焦三仙」が有名。穀芽は発芽したての小さい芽を乾燥したもの。やはり消化不良に使います。いろいろな処方に少し加えて、消化を助ける使い方もよくします。
81.<蛤(ハマグリ・文蛤・海蛤殻)>

すでに紹介した牡蛎の殻と同様、貝類の中でも特に美味しいハマグリもその殻を漢方薬として用います。ハマグリは、浜にある栗のようなかたちをした貝、から来た名称であるという説と、浜にあるグリ(小石)に似たものという両説があります。マルスダレガイ科のお馴染みの二枚貝。へんな科名ですが、よく見るとマルい簾(スダレ)のような模様のカイ、とあの貝殻の模様の横縞をそのまま簾に例えた命名です。漢方では文蛤(ぶんこう・ぶんごう)と呼ばれますが、これも文様のはっきりした貝殻を現わした表現です。二枚の殻のかみ合わせが他の貝とは合わないため、夫婦和合・円満のシンボルとして結婚式などの祝事に用いられます。一枚貝のアワビなどとは対照的ですね。また、殻の内側に金銀泥などで草花などを描き、一方の殻を地貝としてならべ、他方の貝を出貝として左右両側を合わせる遊戯の貝覆(かいあわせ)は江戸時代には上流家庭に流行し、その貝殻は豪華な嫁入道具の一つになったそうです。軟膏のケースとして、口紅のケースとして重宝されたので、今よりずっと身近な貝殻だったようです。
蛤は北海道の北方を除く日本全域の海岸や朝鮮・中国などの南部、比較的温暖な海岸に棲息します。夏に繁殖し、幼生はゼラチン様の紐を出して海水に浮かび移動するので、これを蛤の蜃気楼というそうです。古来食用として用いられてきたことは多くの遺跡から発見される貝怩ネどからあきらかです。吸い物が一番美味しいと私は思いますが、焼き蛤にするときはパカッと開いた勢いで汁がこぼれてしまうので、二枚貝の結合部をあらかじめ切っておくと失敗がありません。
チョウセンハマグリは殻が厚く、以前は九十九里浜など外海の砂底で採れましたが、碁の上等な白石はこの殻からつくられるのでゴイシハマグリの別名もあります。また、シナハマグリは朝鮮半島西岸や中国沿岸に分布し輸入されており、魚店で売られているハマグリは多くはこの種です。
蛤が日本の文献で初めて登場するのは≪古事記≫で、蛤貝比売(うむがいひめ)が、貝汁を塗って火傷をした神を治し美男にする話があります。漢方薬としては貝殻を焼いて粉末にし、喘息や胸痛、悪寒発熱、煩満などに用います。口渇を治す「文蛤散」や「文蛤湯」という処方も有名です。
82.<ニクズク(肉豆蒄・肉果・ナツメッグ・メース)>

ナツメッグは、胡椒(ペッパー)、肉桂(シナモン)、丁子(クローブ) (この三種のスパイスはこのシリーズで紹介済み)と共に世界の4大スパイスの1つとして、広く世界中で用いられています。インドネシアのモルッカ諸島が原産地で、紀元前からインドやアラピアで頭痛薬や媚薬として、宗教儀式のお香として使われてきました。ヨーロッパでも13世紀、ローマのヘンリー6世の即位式には町中にナツメッグをふりまいたそうです。一般のヨーロッパ人に広まったのは、16世紀の初頭にポルトガル人がこの島を発見して以来。この海域はナツメッグ諸島と呼ばれ、肉の保存料として欠かせないナツメッグをめぐってスペイン、オランダ、イギリス、フランスと争奪線がくりひろげられ、栽培も熱帯各地に広まりました。
ニクズク科のニクズクは高さ20mにも達する熱帯性常緑の喬木ですが、淡黄色の鈴形をした小さな花をつけ、野百合に似た強い香りを放つので、'森の中でニクズクの木を捜し出すのはいとも簡単であると言われます。経験してみたいですね。日本でも19世紀に栽培が試みられましたが、残念ながら気候的に無理だったようです。堅い多肉質のアンズに似た黄色球形の果実をつけ、熟した果実は2つに割れ、その割れ目から深紅色の網目状の膜(仮種皮)で包まれた濃褐色の種子がのぞきます。この網目状の皮膜が香辛料メースで、種子の中の仁を砕いたものがナツメッグです。
肉料理によく合うナツメッグはその甘い刺激性の香りとほろ苦さで肉の生臭さを消し、冷蔵庫のない時代には肉の保存剤として、現代ではハンバーグやソーセージ、シチューやカレー、ソースなどには欠かせないスパイスです。メースも同様ですが、より繊細な香りと味で一段高級と言われます。
中国にも10世紀前には伝わっていたらしく、漢方薬としては、ニクズクと呼ぱれます。なんだか奇妙な名前ですが、種子の形が、ショウガ科の漢方薬、草豆冠(ソウズク)と似ていて、果肉が多いから肉豆冠、または肉果と名付けると古書にあります。メースは上述のようにナツメッグを包んでいるから肉豆藏衣。漢方的効能は温裏、去寒、収渋といわれ、胃腸を暖めて下痢などをなおす芳香性健胃薬として漢方処方に配合されます。太田胃散やパンシロンなどの家庭薬にも調含されています。なお大量に服用すると幻覚作用があることも知られています。
83.<しじみ・蜆>

蜆という字を辞書で見てみると、虫偏に見えるという漢字。蜆は、浅瀬の砂地からちょっと姿を現し(見わし)た小さな虫のようにみえるから、蜆とあります。「人を恐れて小さくなっている様、人」という使い方もあるそうですから、日本語のシジミは「縮み」と関係ありそうですね。因みに現代中国語ではシェル石油のことを、「蜆殻油」と表記します。音訳と意味訳を兼ねた漢字化です。ご存知のように、淡水または汽水の河口や湖などに生息するシジミ科の二枚貝の総称がシジミで、広くアジア全体、オーストラリアなどに多く分布します。新大陸アメリカでも大量に発生して河をせき止めてしまい、問題になったこともあるようです。
日本では五種類あって、宍道湖のシジミとか、琵琶湖の瀬田のシジミとか有名でしたが、最近ではほとんど輸入にたよっているようです。「汽水」とは淡水と海水が混ざった、薄い塩水のことですが、中国に旅行されると、町でよく「汽水」を売ってます。これはサイダー、炭酸水の意味で、まさか薄い塩水ではありませんから、念のため。食品としては、殻ごと入れる味噌汁が一番。若い人にはあまり馴染みがないかもしれないが、是非ご家庭で出してあげて欲しい。シジミ特有の香りのあるスープを飲むだけでいいが、食糧難だった、わたしも子どもの頃は一つ一つ箸でつまんで身も食べていましたよ。むき身では、佃煮にしたり、ご飯に炊き込む深川飯が有名。台湾屋台料理の方が若い人には馴染みかも。
クスリとしては「シジミ売り黄色な顔に高く売り」という川柳があるように、昔から皮膚が黄色になる病気=黄疸の特効薬として知られています。肝臓がわるいと言われたり、酒を過ごした翌日、あわててシジミの味噌汁を奥さんに作ってもらう方も多いと思いますが、古医書には『時気を治し、胃を開き、丹石薬の毒を消し、目を明らかにし、小便を利し、湿毒を下し、酒毒・目黄を解する」とありますから、効きそうですね。シジミをそのまま水に浸けた液を皮膚病に塗るとよい、という記載もあります。貝殻を細かく掲いて米に炊き込んで胃のクスリにする、という方法もあったようです。
84.<杜仲[トチュウ・杜仲茶]>
杜仲茶で有名になった生薬「杜仲」。
杜仲は中国中南部にまれに自生している高さ15メートル、幹の直径40センチにもなる落葉高木で、植物学的には「トチュウ科」として一属一種の特別な分類がされています。
挿し木で殖えるので、中国では貴重な「経済樹木」として盛んに栽培されています。日本でも古代には自生していたらしく、古代の地層から果実や幹の遺物が出土したようですが、今では自生種はなく植物園などにあるのは大正時代に中国から輸入されたものの子孫です。日本では「経済性がない」ため、生薬を採取することはなく全部輸入に頼っています。
生薬として使うのは樹皮。樹皮を使う生薬は「厚朴」とか「黄柏・キハダ」とかありますが、厚朴やキハダは皮をむくために樹木を切り倒してしまうのに対して、杜仲では部分的に丁寧にはぎ取り、養生してまた樹皮が再生するのを待つそうです。私が見たこの樹皮の標本は幅20センチくらいのもので、横に一センチ間隔でカットしてありましたが、持ち上げると全部くっついて、ちょうど簾(スダレ)のようにダラーンとぶら下がります。細い無数の白糸でカットした部分もつながってしまうのです。誠に自然の不思議、類例のない美しい姿でこれは何かに効くぞ!と古人が思ったのも無理はありません。この非常に珍しい姿になるのは、杜仲の樹皮にゴムの木と同じ成分がたくさん含まれているからです。化学的にはイソプレン長鎖状重合体のグッタペルカがこの糸の正体とされていますが、このゴムは歯科で治療した穴に詰める材料に使われます。生薬の杜仲を煎じたときこのゴム成分に薬効があるかどうかは不詳のようです。
漢方的には古書に「精気を益し、筋骨を堅くし、志を強くし、腰膝痛・陰下の湿・小便余瀝を除き、久しく服すれば身を軽くし、老に耐える」とあるように、総じて下半身の老化、衰えに有効です。ですから「萎証方」という下半身が萎える症状に使う有名な方剤に配合されていますし、皆さんご存知の民間薬「養命酒」にも配合されています。「杜仲茶」は同じ目的で杜仲の樹皮でなく大量に使える「葉」を使ったお茶です。この葉も折ると糸を引きます。久服すれば「老に耐え」ますよ。
85.<パセリとセロリ>
セリ科の植物はその芳香で古くから東西を問わず、薬用に食用に用いられてきたものが多い。日本では「春の七草」の冒頭にある、清い水辺に繁殖する「芹」や三つ葉が馴染み深い。ニンジンも葉を見たり嗅いだりすれば同じ仲間とわかります。漢方薬では強烈な香りの当帰や川苛がやはりセリ科。このシリーズ登場済みの「薗香・ウイキョウ」もセリ科です。なお水辺の香草といえばよく肉料理のママになる「クレソン」を思い出しますが、こちらは「山葵・ワサビ」と同じアブラナ科。大根、芥子のピリッと同じ仲間です。さて今回はお馴染みの西洋野菜、セリ科のパセリとセロリです。ともに地中海沿岸に原種があるとされています。エジプトなどでは紀元前から香料・保存剤として用いられたようで、.死者の体にパセリの葉?をふりかける習慣があったそうです。ギリシャでは競技の勝者の頭にちょうど月桂冠のようにパセリの葉を円く編んでかぶせた地方もあったとか。世界に広がってゆくのは意外に遅く15世紀以降で、セロリは秀吉の朝鮮出兵のとき加藤清正が持ち帰ったとされ、上記のように同じセリ科で似ているから「清正ニンジン」、また後には「オランダ三っ葉」と呼ばれました。パセリは江戸時代の1700年ころの貝原益軒の著書「大和本草」の「芹」の付けたりにr紅毛(オランダ)芹あり。根は羊の蹄に似たり。」とあるのが日本の初出だそうです。今でもパセリのことをオランダセリと言うことがあります。私は、パセリは葉を食用に品種改良したもので「葉芹」からパセリだとずっと思っていたのですが、全然違いました。英語でPars1eyで、parsはギリシャ語で岩のような、の意味。後半はセロリ=Celeryで、葉がもりもりと岩のように見えるセロリということのようです。栽培が易しく、放っておいても枯れずに増えるので一時はアニマルファームでもずいぶん繁殖していました。最近畑に遊びに来た方が「パセリの葉が増えすぎて野菜として食べてます」とたくさん持ってきてくださり皆でむしゃむしゃ食べました。美味しい。セロリの種子はスパイス、セロリシード。これを塩と混ぜたセロリソルトなどがあります。ともに比較的おそく中国に伝わったことと、何故か中国では好まれなかったようで、漢方処方には利用されていないようです。
86.<鯉[コイ・リギョ]>
コイ目コイ科のお馴染みの鯉。コイはアジア原産とされていますが、現在では世界中に野生し飼育もされています。
湖沼、池、流れの緩い河川などに生育し、急流は好みませんから「鯉の滝のぼり」は実際にはありません。欧米では特に縁起のよい魚とはされていないようですが、中国や日本ではいろいろな信仰のシンボルになっています。あの四本の長いヒゲと大きな円い口、目立つ鱗からの連想でしょうか、鯉は天に昇って竜と化します。「登竜門」という言葉がありますが、この竜は鯉の化身です。人が鯉にまたがって天空を行くといった図柄がよくありますが、鯉と竜は同じものとされているようです。
そういえば「鯉のぼり」は天を飛翔しているわけだから竜のことですね。「鯉のぼり」もこの勢いよく上昇する竜のイメージと混ざっているわけです。鯉は目隠しをすると動きを止めるそうで、俎板の上でジタバタしない、男らしい(いまでは死語・差別用語かも)、潔い性格のシンボル「俎板の上の鯉」ですから、これも五月の節句に相応しい。
観賞用では色鯉(イロコイ)を選別育種した錦鯉(ニシキゴイ)が有名。寺社の池に多いのは、放生会(ホウジョウエ)という仏教の習慣から。捕らえた生き物(鯉・亀など)を放してやることが功徳になるという習慣。この池を放生池(ホウジョウチ)と呼びます。
食用としては世界中で利用されています。
中国料理で有名なのは、鯉の丸揚げに餡をかけた「糖酢鯉魚」。必ずコース料理の最後をしめくくる真打ちとして登場するのも「鯉魚」は中国語で言うと「リーイー」で「利余」と発音が似ていて利益や余裕がある、と縁起をかつぐから。
日本では鯉の焼き物は切腹前の武士に供されたそうで好まれず、ほとんど「あらい」か「こいこく」ですね。後者は「筒切り」ですけど、武士の縁起としては大丈夫??
薬としては、赤小豆とこの鯉を煮たスープ「赤小豆鯉魚湯」を利尿剤として服用します。調味料梨ですから美味しくは内ですが、薬膳ですね。同じように鯉と昆布や冬瓜子を煮た方剤もあります。いずれも利尿や催乳作用を目的に産前産後の婦人に用いられます。数種の生薬に鯉を入れた、ずばり「鯉魚湯」という方剤も古書にあります。
87.<ホオズキ[灯篭草・登呂根・酸漿・酸漿根]>
江戸時代の前期には、浅草寺の縁日はすでに有名だったらしい。わけても七月のお盆の入りにあたる、現在では七月九日と十日の「四万六千日」の縁日は早くから香具師(露天商)が仕切り、時々の流行物を売っていた。百年前、明治中期からはホオズキが名物になったようで、現在では「ホオズキ市」の方が通りがよい。
ホオズキのように小さい果実、果汁に富んでやや固めの果実は、液果と呼ばれますが、イチゴ、ブドウ、トマトなどの液果のうち、ホオズキと同類は? ご想像のとおりナス科のトマトです。特にミニトマトそっくり、といえば納得できますね。ホオズキの特徴はなんといっても果実を包んでいるあの紡錘状の衣。花のガクが発達したもので、はじめの緑色から成熟して美しい紅色になります。その形から灯篭草という別名があります。お盆のとき飾ってご先祖が戻ってくる道を照らす提灯にします。中国ではいろんな異名がありますが、「紅娘子」などはいいですね。「姑娘花」(姑娘=お嬢さん)とも。日本名のホオズキも頬が紅く色づいた子供・娘からの連想のようです。
果実は酸っぱいから、中国では酸漿(酸っぱい・ジューシー)といいます。このままでは食べた人は少ないでしょうが、ちょっと加熱するとおいしいミニトマトと同じだそうです。子供の頃はよく遊びました。皮を破らないように、種子の詰まった果肉を揉んで柔らかくし、時には爪楊枝を使って、狭い口を破らないようにきれいに中身を出せれば大成功。短気で根気の続かない子供だった私は滅多に成功しなかったけれど。風船状になったホオズキは歯と唇で、ブーブー、キューキューと音を出して遊びましたね。懐かしいなー、今の子供たちはこのホオズキ笛を知っているでしょうか?
薬用部分は主として根。ナス科の植物は、すでにこのシリーズ34回の「茄子」で紹介したように、薬理活性が強い(毒にも薬にもなる)。例えばナス科のジャガイモの芽は毒だとか言いますね。先述の灯篭草から、その薬用部分は登呂根、中国では酸漿根。漢方的には清熱利湿といいますが、いろいろな炎症を抑えます。子宮収縮作用もつよく、妊婦は用いてはなりません。根が発達していて、いろいろに効く、霊力があるところから、鬼杖根とも呼ばれます。
88.<芫欄[ゲンスイ:香菜:胡欄子:コリアンダー:コエンドロ]>
ヴェトナム料理やタイ料理など、エスニック料理の流行で日本でもすっかりお馴染みになた「香菜」のこと。苦手の人と好きな人とかなりはっきり分かれるスパイスです。
香り高いセリ科にはたくさんの種類の漢方薬がありますが、この芫欄は一種特有の香りです。スパイス売り場ではコリアンダーとして売ってますが、コリアンダーはギリシャ語のカメムシ(コリス)に由来する命名で、若い果実がカメムシのように臭いところからきています。
アロマテラピーでは、この精油を一滴服用したり、浴材にして香りを吸ったりして、心身の緊張をとり、生理痛を和らげ、胃腸の働きを活発にします。漢方では全草を煮出し、その湯気で皮膚病の手足を蒸気浴。さらにタオルに熱い煎液を含ませて、皮膚に当てます。体内にくすぶっていた毒を皮膚の表面出してしまう(漢方用語では透疹作用)というものです。
89.枸杞〔クコ・枸杞子・枸杞葉・地骨皮〕
中国や日本で自生、栽培されているナス科の小喬木。ナス科の多くは草本で一年で枯れてしまいますが、クコは木本で、紅い実が美しいので生垣や庭木として植えられます。
クコ酒としておなじみの強壮薬。中国では古代から不老長寿の秘薬として、道家、仙人志向の人々に愛用され、日本でも平安時代には宮中でブームになったそうです。
枸とはトゲのあるカラタチのような樹木のことで、杞とは柳のこと、トゲのある柳に似た木、というのが命名の由来と古書にありますが、枸をケモノヘンにすると、走狗の狗で犬のことですから、形が犬に似た木という説もあり不詳です。中国語ではゴウチーと読み、日本語でクコ。
「以前は根、苗(若葉)、実を区別することなく用いていた。しかし試してみると若葉と根と子はそれぞれ気味が異なるから、効用も別々だろう。」と同じ古医書にあるように、実のことを枸杞子、若葉のことを枸杞葉、根のことを地骨皮と称して使い分けています。
実は薬用酒でおなじみです。最近ではエスニック料理のご飯などに混ぜてあるからご存知でしょう。紅くてすこし甘い小さな実です。
「家を去ること千里、枸杞を食らうことなかれ。精気を補益し陰道を強盛するなり」とあります。さしずめ単身赴任の者は枸杞を食べてはいけない。精力がつきすぎて浮気するからだ、というところでしょう。
若葉は「天精草」ともいい、春に摘んで、おしたしに、ご飯に炊き込んだり、お茶として用います。クコ茶ですね。若返りに特に老眼によいといわれます。
根のことだけ枸杞根と言わず、地骨皮(じこっぴ)という変な名前がついています。乾燥した根が骨のように見えるから、干からびた犬のように見えるからなどと諸説あります。正岡子規に「裏路やおこん花咲く小笹垣」という俳句があるそうですが、生涯結核と闘った子規が、おこん花=枸杞の花を詠んだものです。地骨皮には「骨蒸」今でいう結核の末期のような状態の熱をとり体力をつける作用がありますから、地骨皮という名は「治骨蒸」からの連想ではないかな?
90.エビス草[決明子、ハブ茶、ハブ草、望江南]
マメ科のエビス草。エビスはつまり夷、外国の草、という意味で、アメリカ大陸原産で、熱帯アジアへ伝わり、日本へは江戸時代18世紀の前半に導入され、各地で栽培がされるようになりました。
南方系の薬草ですから、暖かい地方で栽培されますが、実際には各地で野生化してどこでも見られます。
日本では一年草で成長すると一メートル以上の草丈となります。マメ科特有の丸っこい葉と、6〜8月ころに咲く黄色のかわいい花が特徴。花後の果実はすこし屈曲した莢で、莢の中に一列、濃褐色の艶のある、先の尖った菱型の米粒大の種子(マメ)が30〜35粒入っています。 これを乾燥したものが漢方生薬の「決明子」で、煎ってお茶として使うときは「ハブ茶」です。
エビス草とよく似た同属の「ハブ草」はやはり南方から江戸時代に輸入され、小笠原や沖縄では野生化しています。
マムシなどの蛇に咬まれた時にこの葉を擦りつけると効果があるというので、「ハブ草」と名付けられましたが、せいぜい虫刺されくらにしか効果はないそうです。この種子が漢方薬の「望江南子」で、お茶としては本来の「ハブ茶」です。
しかし栽培にはエビス草の方が向いており、収量も多いので、現在「ハブ茶」として市販されているものはエビス草の種子であり、ハブ草の種子ではありません。
漢方生薬としての「決明子」は二千年前の中国の医書に掲載されています。日本でも平安時代の「医心方」などに載っています。国産化したのは前期のように江戸時代ですが、ハブ茶として需要の多い今日ではほとんど中国からの輸入に頼っています。エビス草はマメ科のカワラケツメイ属ですが、同属の植物におなじみの「センナ」があります。ですからハブ茶にも軽い下剤の作用があるわけで、便秘気味の方には最適のお茶ですが、作用をマイルドにするために「f苡仁」即ちハトムギと合せてお茶として用いるのがお勧めです。
「決明子」は目を明らかにする種子という意味で、漢方では「明目作用」があるといいます。動物性の生薬ではアワビの殻の明目作用が有名で「石決明」と呼ばれるのに対して、こちらは「草決明」です。目の充血や痛みなどに「菊花」などと組んで処方されます。他にコレステロールを下げたり血圧の降下作用も報告されています。
91.罌粟殻〔オウゾクコク:御米穀:芥子・ケシ・ポピーシード〕
七味唐辛子の七味は各地で異なりますが、代表的には、唐辛子・麻の実・山椒・胡麻・陳皮・海苔・芥子の七味。
海苔以外はこのシリーズで既に紹介済みで、今回の芥子が最後になります。実は第4回で「芥子」は紹介しているのですが、それは「カラシ」の芥子。アブラナ科のカラシナ、つまりお馴染みのスパイスの辛子、マスタードのことでした。今回の「芥子」は「ケシ」と読む「ケシ粒」のように小さい、という時のケシです。実は私も混同していました。
植物学者の牧野富太郎によれば、種子が似ているため、ともに「芥子」と表記するようになり、混乱するようになったということです。
ケシ科のケシはローマ神話では眠りや死と再生のシンボルでした。勿論ケシの実の乳液である阿片(モルヒネ)の効能のことです。真っ赤な美しい花はキリストの流した血にも例えられ、小麦畑に点々とヒナゲシの紅い花が描かれる印象派の絵にはそうした背景があるそうです。
中国には8世紀ころインドを通じてもたらされ、ヒナゲシの紅い花はこんどは、劉邦と項羽の戦いで項羽と共に命を絶った美女・虞美人の流した紅い血に例えられ「虞美人草」と言われるようになりました。
現在いろいろある園芸品種のケシの花には麻薬成分はありませんから念のため。
漢方ではケシの実から種子を除いた罌粟殻を使います。実が罌(カメ)に似ていて種子が粟のようだという命名です。実が米俵に似て、種子が米粒に似ているから「御米穀」とも。麻薬成分の鎮痛効果や催眠効果、鎮咳効果などが利用されます。日本には室町時代に伝わったといわれます。江戸時代初期には津軽地方で栽培され「一粒金丹」という民間薬に、北方の津軽らしくオットセイ(精力剤)などと共に「阿芙蓉」の名で配合されていました。勿論現在では「麻薬取り締まり法」で栽培も使用も禁止されています。
現在、私たちが見ることのできるケシは、ケシ粒のようなケシの種子です。つまりポピーシード。アンパンのトッピングです。クッキーの粒々。そして七味唐辛子のプツプツ。これらにも麻薬成分はありません。乾燥した生のものには味も香もありませんが、よく煎るとナッツのようなほのかな香が出て、プツプツの食感もよいので様々な料理に使われます。
92.アワビ〔鮑・石決明・千里光〕
ミミガイ科の巻き貝の大型のもので、数種類が食用になるが、肉質により、水煮用、生食用、酒蒸し、などに供される。乾鮑は中国料理の材料に使われる。「磯の鮑の片思い」というように、貝殻が両面にないので、縁起がわるいというのは大間違い。これは、蛤などの二枚貝と比較してしまう間違いで、そもそもアワビは、サザエなどと同じ「巻き貝」。成長とともに、巻きの部分が小さくなり、はじめはあったサザエの蓋に相当する部分も消失し最後の巻きが大きく発達したもの。この上面が足に相当し直接海底の岩などに付着している。頭には一対の触覚と眼があり、口には多くの歯があり海藻を削りとって食べる。
平安時代の延喜式にはアワビの加工品のことがたくさん書かれています。乾燥品は中国に輸出されたり、貝殻は内側の光沢が美しいので加工品に、後述のように眼病のクスリに、真珠も採取されたり(真珠はこうした貝類の病理産物、人でいえばカルシウム結石のこと)と、古来、重宝されてきたものです。そこで忘れてならないのはアワビ熨斗。
もともと保存食として、アワビの肉を薄くスライスし、乾燥して、生乾きのときに重石で引き延ばしてヒモ状にしたもの。のしイカの「のし」の当て字が「熨斗」です。この熨斗アワビは贈答品に添えられ、「このプレゼントは仏教でいう精進(不祝儀)ものではありません。」という意味で、動物性蛋白(腥・ナマグサもの)の乾燥アワビを添えたのです。
ご存じのように、この乾燥アワビのヒモは後、紙で作ったヒモに代用され、のし袋にかけてあるヒモとなりました。アワビは片思いだから縁起がわるいと悄げて帰ってくる亭主を、冗談じゃない、古来縁起物だと力説する気丈なお上さんは落語「アワビ熨斗」に登場しますね。
さてクスリとしては、アワビの殻を砕いたものが上記のように目薬として有名。前々回に紹介した目薬として有名なエビス草の種子「決明子」の動物版ということで「石決明」。ずばり「千里光」という別名も。亀の甲羅を砕いたものなどいくつかの生薬を配合した亀板湯などの方剤があります。頭に上った熱を冷ますクスリです。
93.アシタバ[明日葉・八丈草・鹹草]
春が待ち遠しい今月号は元気のいい「アシタバ」。今日摘んでも明日にはまた若い葉がでているくらい元気よく発育するから「明日葉」です。
いきなり余談で恐縮ですが、よく似た命名の植物に「アスナロ」がありますね。これは漢字では「翌檜」と書きます。檜と同族のヒノキ科の喬木で、材木として優秀なのですが、精油成分の香りが強くて好まれず、長いこと水中に貯木されます。そこで明日には檜のようになりたいものだ、アスナロ「翌檜」というわけです。
さて香りのよいセリ科にはニンジンなどの野菜の他、漢方生薬のトウキ、サイコなど馴染み深い植物がたくさんありますが、このアシタバもセリ科の多年草。
もともと八丈島で野菜として利用されて拡がったもので、八丈草ともいい、関東、東海などの暖地に自生しています。南伊豆の山道の崖などでよく見かけます。このシリーズ46回目で紹介した、シシウド(独活)と姿も香りもよく似ています。
鹹草という名前はあまり聞きません。「鹹」とは漢方医学ではよく出てくる、生薬の味を現わす言葉で、塩辛いという意味ですが、ほんとに塩分を含んだ植物はないので、鹹草もアシタバの苦みや香りを現わした命名でしょう。
茎や葉をちぎると、黄色い汁がでますが、その精油成分には利尿、緩下、毛細血管強化作用などが報告されており、乳牛の牧草にすると乳の出がよくなることから催乳作用、強壮作用があるともいわれます。
昔は痘瘡の治療に用いられたそうです。日常私たちが用いるには、春から初夏に葉をちぎり、軽く水洗いしてから二〜三日間日干しをして、それからゆっくり陰干しします。カリカリに乾いたら出来上がり。お湯を注いで、健康茶として、また煎じて服用してもよいですがこの場合は飲み過ぎはいけません。
春先の若葉は茹でてお浸しに、和え物に、ちょっと苦みのきいた春の便りです。
94.イカ[烏賊・甲烏賊・烏賊骨・ウゾッコツ・海衂蛸]
皆さんの好物のイカ。イカとタコの違いから。同じ海に住む軟体動物の頭足類で、墨を吐いたり共通点が多いですが、イカは十腕形類、タコは八腕形類といいます。ふつう「足」と言いますが、腕なんですねー。はやい話、二本だけ足の数が多い。この二本は実は餌を捕獲するための特別な触腕といい、他の八本に比べて長く発達しています。こんど確認してください。
もう一つの違いは吸盤に角質環がはまっていること。イカの足の刺身はあまり食べない理由です。口にあたります。「げそ」と称してよく足を食べますが、ひと焙りしてありますね。一方、タコの吸盤にはこの角質環が無いから、刺身といえばこの吸盤のついた足をそのまま食べて口に障りません。
もうひとつ最大の違い。それは骨の有無。ふだん刺身で食べる筒状、袋状の胴体の肉質を包んでいる外套膜の背側に、イカには骨というか、甲がある。タコにはまったくありません。
このイカの骨には二種類あります。日常馴染み深いのは、ヤリイカやスルメイカなど筒型のツツイカ類の骨。これは刺身を作るとき外套膜といっしょに外すからご存じのように、細長い薄い膠質の軟甲です。もう一つは、高級な寿司などによく使われる肉厚のコウイカ類の骨。舟形、紡錘形の甲で、石灰質です。貝殻と同じです。
このコウイカ・甲烏賊の骨、これが生薬の「烏賊骨」です。音読みでウゾッコツと普通言いますが、別名「海衂蛸」カイヒョウショウとも言います。この甲殻を焙って砕き粉末にしたものを用います。
主成分は炭酸カルシウムや燐酸カルシウムで、制酸作用がありますから胃薬に用いますが、漢方的には「収斂作用」「固澁作用」が特徴です。だらだらと出血したり、膿みがとまらなかったり、下痢がとまらない等を、「収め固める」というわけです。湿布薬にもよく用いられ、一月号で紹介したアワビの貝殻「石決明」やその他の鉱物薬を調合して、じくじくといつまでも治らない皮膚病に使われます。
95.クマザサ[隈笹・熊笹・千島笹・チマキ笹]
このシリーズ第44回で、「竹」を紹介しています。イネはもともと南方系の植物ですから、イネ科の大型の孟宗竹は江戸時代に琉球沖縄に上陸してから北進しましたが、せいぜい北関東地方くらいが北限。これが小型化して、北方にも適応し、北海道・千島にまで野生化しているのが、イネ科ササ属のクマザサです。
ササは「小さい」という意味で牧野富太郎らによって命名されたそうですが、学名もこれを音訳して「Sasa属」です。葉が若葉のときは全体に緑色ですが、秋から冬に枯れてくると、ご存知のように葉の辺縁が白くなる。白い隈(くま)ができるから「隈ザサ」です。一般にはこの葉が熊やパンダの好物だから「熊ザサ」とも書かれますが、ほんとは間違い。
クマザサの花は100年に一回くらいしか咲かないと言われます。先年亡くなった作家、開高健の出世作「パニック」には、この花の開花による野ネズミの大発生がひきおこすパニックが描かれています。当院の薬草園の周辺もクマザサだらけですが、日本中の林床をそのつよい地下茎でしっかり支えてくれています。ただし畑に一旦侵入されてしまうと、これは困りもの。簡単には抜けません。抜いても抜いてもという事態になります。
姫タケノコと呼ばれる山菜、缶詰などにもなっている小型のタケノコは千島笹の若根。五月〜六月ころ採ってみそ汁や天ぷら、味噌和えなど美味しいですね。千島笹は地下茎から茎が地上に出るとき曲がって出るので、別名・根曲笹(ねまがりザサ)。タケノコが食べられるくらいですから、小さなササのなかでは比較的大型で、茎の高さは地上2メートルくらいはあります。
五月の節句といえば「チマキ」ですが、このチマキに用いられるのもこのやや大型のササの仲間の葉で、「チマキザサ」と呼ばれます。こうした笹団子の類は、葉に含まれる安息香酸が、なかの餅を長持ちさせるといわれています。葉をミキサーにかけた青汁や煮詰めた笹の葉エキスなどは民間薬として知られていますが、このエキスは胃腸薬のサンクロンに配合されています。そのほか、高血圧や糖尿病の予防、最近では抗癌作用もあるといわれ松の葉などと配合した松寿仙などの民間薬も有名です。
96.マタタビ[又旅・猫人参・木天寥・もくてんりょう・キウイフルーツ]
猫にマタタビの「またたび」。山中で疲れ切った旅人が、この実を食べると元気百倍。再び歩き出すから「又旅・またたび」という名がついたという俗説がありますが、アイヌ語のマタタンプ(冬に木にぶら下がっている苞〈つと〉)が語源とされています。苞とは藁でできた魚などを包むものですから、ちょうど蓑虫のようにぶら下がっている、という意味でしょう。
日本各地、朝鮮、中国東北部に自生するマタタビ科の落葉つる性の木本で、高さ5メートルくらいになり、他の樹木などにからまって成長します。雌雄異株で、雄木では花期の初夏に葉がロウをかぶせたように銀白色に変化し、山中でも目立ちます。花が終わるともとの緑色にもどりますが、英語でSILVER VINE、銀色の蔓、というのはこの白変した姿をあらわしているのでしょう。花は雄花も雌花も経2センチくらいの白色で、姿も香りも梅の花に似ています。果実はいわゆる液果(ベリー)で、長さ2〜2,5センチ、経1センチくらいの長楕円形。
旅人のようにそのまま食べたり、塩蔵して保存食にしたり、新芽は山菜になります。
猫および猫科の動物の好物で、下痢などを自ら治しているようですが、あきらかに麻酔作用があり、涎を流し、興奮・陶酔状態になるのはご存じのとおり。猫にとっての万能薬という意味で、猫人参とも呼ばれます。
マタタビの花の子房にマタタビアブラムシが産卵すると、果実は異常発育して,表面がでこぼこした〈虫?〉、いわゆる〈虫こぶ〉となります。これを集め,熱湯をそそぎ、中のアブラムシを殺して乾燥したものが生薬の木天蓼(もくてんりょう)です。 場所によっては一株のマタタビの実の80パーセントもアブラムシの寄生でこの〈虫こぶ〉になるといいます。葉の白変はこのアブラムシの寄生と関係があるらしいといわれています。
「マタタビは冷えを温め手足など痺れ痛むに少しく食うべし」と江戸時代の和歌本草にあるように、普通の実をマタタビ酒にしたり、虫こぶを同じように薬用酒にしたり、欲剤にしたりして利用します。山国の木こり達は身体が冷えるので、この木天寥酒をふくべ(水筒)に入れて山にはいったといいます。マタタビ酒はアニマルファームでも作りましたが、味がおいしくないので、評判はいまひとつです。中国の古典にも、マタタビの蔓や葉を薬酒にした「木天寥酒」があり、中風(脳卒中)などに使われました。
同じマタタビ科の中国原産のシナサルナシは果実が美味で、これをニュージーランドで品種改良したものがキウイフルーツです。これも雌雄異株ですから、数本の雌株に一本雄株を植えなくては実がなりません。
97.津蟹[ずがに・しんかい・藻くず蟹:沢ガニ]
蟹といえば古来美味の代表。中国の古典に「一手に蟹螯を持ち、一手に酒杯を持ち、酒池の中に拍遊せば、すなわち一生を了とするに足る。」とあるそうですが、確かに。今でもカニを食べ始めるとおしゃべりが止むものね。
食用になるカニには、伊豆で有名なタカアシガニ(高脚蟹・世界最大の甲殻類)、ズワイガニ(松葉蟹)、毛ガニ、ワタリガニ(上海蟹)、モクズガニ、沢ガニなどがあります。 タラバガニ(鱈場蟹)、ハナサキガニなどは、カニとは言ってもヤドカリの仲間であることはご存じのとおり。
上記のカニ類のなかで、淡水の河川でもよくみられるのがモクズガニや沢ガニ。
今回のモクズガニは、甲殻類・蟹科・十脚目。各地で食用にされ、ズガニ、カワガニなどと呼ばれています。甲羅の巾が六センチほどの中型のカニで、ハサミの基部に長い軟毛が密生しているのが、藻屑をつけているように見えるからモクズガニ。
川の中流と海水の河口を往復し、海水域で繁殖しますが、冬季に川下りして繁殖する群と、川で越冬してから春夏に河口で繁殖する群とがあるため、結局一年中、川で見ることができます。
クスリとしては、音読みして「しんかい」。これを黒焼きにしたものが皮膚の化膿症や外傷に、外用薬としても内服薬としても用いられました。日本で固有につくられたクスリです。熱を清し、腫れをとり、肌肉を生ずる作用があります。方剤としては、「伯州散」が有名で、津蟹、反鼻(まむし)、鹿角の三味を黒焼きして用いる散剤です。外科で有名な華岡青洲などがよく用いました。一般にこうした動物性のクスリは植物の方剤よりも効果が強烈ですから、皮膚の化膿疾患ばかりでなく、肺膿瘍などの当時としては必死の重症患者に他の漢方薬に追加して用いられたようです。
沢ガニはずっと小型の淡水にだけ住むカニで、旅館などで唐揚げが前菜によく出ます。これもすり潰して皮膚の怪我や化膿に外用薬として用いられました。
98.白豆蒄[びゃくずく:カルダモン:小豆蒄:草豆蒄:縮砂]
このシリーズ82回(昨年の3月号)に、肉豆蒄(ナツメッグ)の名前の由来となった草豆蒄のことをすこし書きました。今回の白豆蒄、小豆蒄、或いは漢方薬としてはこちらの方が有名な縮砂(砂仁)などはこの草豆蒄と同じような効能をもち、同じショウガ科に属する生薬ですが、最近ではスパイス売り場にある「カルダモン」といった方が通りがよい。
ショウガ科といえば、このシリーズで紹介済みの「生姜」や「ウコン(ターメリック)」が根茎を使うのに対して、今回のカルダモン類はみな種子が生薬(スパイス)になります。
カルダモンは、インド南部の原産で,紀元前より地中海貿易の主役となり、紀元一世紀にはインドからローマへ大量に輸出されていたといいます。その後イスラム圏にも広がり、十世紀以降になって、中国にも伝わり、他の南方系の薬草とともに漢方薬の仲間入りをしました。現在では南インド,スリランカ,マレーシア,グアテマラなどに広く栽培されています。
カルダモンの仲間は地下に肥厚して木質化した地下茎をもち、葉はショウガ科共通の大型の披針形で、長さ30〜100cm,幅7.5〜15cm。地下茎から長さ60〜90cmの花茎を出し,円錐花序にショウガに似た白色の花をつけます。果実は長さ2cmほどの長楕円形で3稜があり,内部は3室に分かれて,黒褐色で不規則な稜角のある3mmほどの種子が14〜17個はいっています。完熟前のまだ果皮が開いて種子が散ってしまわないうちに、果実を摘みとり、水洗いし,硫黄で漂白したのち日干ししてできあがり。
このカルダモンはショウノウに似たするどい芳香をもち,カレー粉の主要な原料として有名。ソースや肉製品のスパイスに欠かせません。粉にひいてパンや菓子、洋酒の香味づけにも用いられます。インドでは食後の口中清涼剤にこの種子を咬んだり、コーヒーに入れて香りを楽しむカルダモンコーヒーに。暑い地方の精力剤でもあります。
内服薬としては一口に言って芳香性の健胃剤。漢方では、縮砂がいちばん有名で、ショーガ科共通のシネオールなどの精油成分が、胃のはたらきを高め、消化不良や腹の膨満感を解消します。例えば、同じように南方インドからもたらされた木香と組んで、六君子湯の作用をつよめる香砂六君子湯に配合されます。しぼって得られるアロマオイルは、マッサージ、香りを吸って、婦人の生理痛などを治します。
99.ウナギ[鰻・鰻驪魚・まんれいぎょ]
今年の夏は十年ぶりくらいかな、日本列島が熱帯地方になりました。そこで漢方藥に処方されるわけではないですが、今月は鰻のサービス。
土用のウナギといいますが、土用とは90日づつある四季のそれぞれ最後の18日間のこと。古代中国の五行説の基本は木・火・土・金・水。季節は四つしかないので、春・夏・秋・冬の配当された、木・火・金・水はいいとして、土の処遇に困った。それでひねりだしたのが「土」用です。そこで90日の各四季から終りの18日を借りて、たとえば夏の土用なら立秋の前の18日間、というようにしたのです。このように土用は四季にありますから合計72日。18日ずつ引かれた他の四季も72日となって、めでたく一年360日を五行に五等分できたのでした。
ウナギ目ウナギ科 の硬骨魚。ウナギ目にはこのほか、アナゴ、ウツボ、ウミヘビ、ハモなどがお馴染み。関西のハモも祇園祭と結びつけられてこれも夏の味覚です。
ウナギの産卵場はながく明らかにされていませんでしたが、レプトセファラス(葉形幼生といわれる葉っぱの形をしたウナギの仔魚) の追跡調査から、沖縄の南方,台湾の東方の水域と推定されています。西洋でも大西洋のいったい何処でウナギが増殖しているのか長く不明で、かのアリストテレスはウナギの泥中自然発生を説いたそうです。
このようにその形態,発生の不可思議さから,古来,世界の各地で信仰の対象となってきました。ウナギ=龍=生殖器=山芋などの伝承が多くあります。
「体は円筒形で,胸びれはよく発達しているが,腹びれはなく,背びれ,尾びれ,しりびれは連続している。鰓蓋(さいがい)は発達せず,比較的小さな鰓孔(えらあな)を開く。体色は背面が黒く,腹面は白色で,ときにやや黄色みを帯びる。鱗(うろこ)は長楕円形で小さく,皮膚に埋没してモザイク状に並んでいる。」とありますが、確かに鰓(えら)は目立たない、鱗もあるようには見えませんね。
そのぬるぬるの体表面は多量の粘液(ムチンなどの糖タンパク )を分泌しているから。皮膚呼吸の能力も優れているので,雨が降った後など,水中から出て湿った地面を這ってかなりの距離を移動することがある。川と連絡のない池などにウナギが住みついていることがあるのはこうした移動をするからだそうです。
中国の古医書には「無鱗魚」のなかに「鰻驪魚」とあり、これがウナギに相当するといわれます。「五痔、瘡瘻、諸虫に効く。五味を以て羹に煮て食えば虚損、及び久病の労?を治す」とあります。
100.竜眼肉[リュウガンニク・桂円肉・桂元]
ムクロジ科の常緑樹「龍眼」の果実。
原産地は,中国南部からインドにわたる地域のいずれかといわれています。「後漢書」にはすでに、単于への貢ぎ物として「竜眼茘枝」とありますから、2000年前には栽培されていたことがわかります。現在でも、亜熱帯果樹として、中国南部、台湾、インドなど、日本でも鹿児島、沖縄、八丈島などで栽培されています。
樹高は10mに達し、花は直径6mmほど,花弁は黄白色。果実は径2〜3cm,1個5gほどで,10〜20個が集まり房状に実ります。皮は淡褐色でやや硬く、果皮というよりは殻のようです。暗褐色の大きな種子を包んだ,乳白色でブドウに似ているがそれより硬く,コリッとした特有の風味があるところ、これが可食部、仮種皮といわれる果肉です。ここまで書けばおわかりのように同じムクロジ科の果実、かの楊貴妃御用達の茘枝(レイシ・ライチ)とそっくりなのです。やや味が劣るからでしょうか、茘枝に対してこちらは「茘枝奴」と呼ばれます。
福建の「桂元」という若者が悪さをする竜を退治して竜の眼をえぐり取ったが、彼も傷つき死亡した。そこで、えぐり取った竜の両眼を彼の墓にいっしょに葬ると,2本の大木が生え実をならせたので,この実を竜眼というようになった。だから桂元、桂円とも呼ぶ、という伝説があります。或は暗褐色の大きな種子が竜の眼のようだとも。
果肉はアデニン,コリンを含む高栄養食品であり,強壮剤,鎮静剤としても有名です。乾燥させた果肉は漢方では、血を補い、神を安定させる、つまり虚労病で、精神だけがいらいらとして、眠れなかったりするときの薬に使われ、帰脾湯や、中国みやげによく買う「参茸補血丸」などに配合されます。食用には、生食,乾果用それぞれに品種があるそうですが、砂糖漬,缶詰などもあります。