4.病い、症状の考え方
(1)血圧が高い・低い
2の「漢方薬と現代薬と、どちらを選ぶか」で述べましたが、これからは少し角度をかえて、いろいろな病気についての考え方をお話ししてゆきます。当院がスタートした時から待合室においてある小さなパンフレットの太字で書いてある病名や症状について、ひとつづつエピソードを加えながら解説してゆきましょう。
今回は「血圧が高い・低い」について。
抗生物質の世界中の総生産の約半分を人口は世界の50分の1に過ぎない日本人が服用しているという統計が出ました。今回述べるのは血圧についてですから、「血圧のくすり」つまり「降圧剤」が問題となりますが、これも世界の総生産の約半分を日本人が服用しているだろうと私は推測しています。
血圧のことで相談に来られた患者さんに、私どもが、
「確かに中等度に高いといえます。厚生省が出している基準からいえば、境界領域か、それより少し上といえましょう。
[1]だから薬を服用しないで体重コントロールや運動で様子を見ましょう。
[2]だから降圧剤を(少量)服用しなさい。
と言うとします。
皆さんはどちらの先生をえらばれますか?
あらためてこう聞かれれば[1]と答える方が多いでしょう。タテマエは[1]ですよね。確かに。
でもでも、血圧が高いと定期検診でいわれて、わざわざ病院へ行ったのに[1]の先生は何もくれない。[2]の先生の方へ行けばくすりをくれる。[2]の方が行った甲斐がある、というのが人情でもあるし、本音じゃないですか?
[1]の先生は何もくれてないどころか、実は[2]の先生よりもはるかに大事で、貴方の為になる情報を貴方にくれているのですが、残念ながら情報は薬のようには目に見えません。目に見えないもの(情報・考え方・ひいては文化)に価値があると認め、お金や時間を費やす度量と余裕がまだまだ足りないし、一方、私ども医療側からお金のことを言えば、20分かけて患者さんといろいろなお話をし、お互い納得して薬を出さないという診察をつづけると、あっという間に病医院は倒産してしまいます。そのように保険制度もまた、目に見えないものにはお金を使わず、薬代や医療機械の代金なら出すのです。
患者さん側の「薬が欲しい」と医療側の「投薬をしたい」という、いわば医学外の要因で、日本は世界一の薬天国になっているのです。
《官製病気》
いつ頃から皆さんが血圧血圧というようになったと思いますか? 血圧が貴方の人生や寿命を決定してしまうとでもいいたげに。血圧血圧と気にするようになったのはいつからですか?
貴方の御両親の世代、祖父母の世代にそんなことありましたか?
つい10年くらい前までは、血圧は年令プラス100とかいって、年相応の血圧があっていいということでした。今や何が何でも理想値でないと不安な貴方。いつからそんなことになったのですか?
《VIDEOコーナー》の「血圧について」でも述べていますが、今のような血圧計が使われるようになってからわずか50年くらい、高血圧が動脈硬化の促進因子のひとつとして健康管理の指標とされたのはこの30年くらいにすぎません。高血圧治療は明日死んでしまうという病気でない、いわば統計上の確率を下げるための治療ですから、この程度の年月で結論を出すのはまだ無理があります。
血圧の高い人はそうでない人に比べ、早い時期に脳血管や心臓の血管がつまったり破裂したりしやすい、というデータが一度出てしまうと、それが常識的な判断を飛びこえて『高血圧に対する恐怖』として一人歩きし始めます。
ここには医学上の研究にのった形で、予防医学という名の「官製病気」がいくらでも増えていく典型的な例があります。
ある医学誌に一般の医師からこんな質問が寄せられています。「65歳の男性で、早朝
170〜90、夕方 140〜90くらいの血圧の患者に(他に検査所見が特にない場合)降圧剤を投与すべきか?」これに対し「降圧剤の投与は不要。減食、減塩、運動療法等の一般療法が望ましい」と答えているのは、循環器の専門家の医師です。
皆さんはどう思われますか? まず気づいてほしいのは、質問者が患者さんではなく医師であることです。患者さんからみれば同じ専門家ですが、迷うことはあるのです。何故なら官製の病気は誰が見ても一週間の命だという人を見ているわけではありませんから、専門家の医師の間でも対処の仕方について迷いや意見の相違はいくらもあるからです。あくまでも相対的なものだということを忘れずに。この質問に対する答えで、降圧剤を投与すべきという循環器の専門家も必ずいます。
そうすると、このような軽症高血圧とでもいうべき人(高血圧といわれるのは、ほとんどがこういう人々です)は、出会う先生によって、降圧剤を服用するかどうかが決まってしまいます。何かへんだな。
《血圧でたおれる》
「お宅のご主人どうされました?」「いえ血圧でね、そう、倒れてねえ、入院なのよ」こういう会話を聞くたびに「血圧」というコトバの浸透度が並々でないことがよくわかります。皆さんが「血圧」という時は、多くは高血圧のことで、「私朝よわいのよ『血圧』で(低血圧)」とはあまり言いません。「血圧」は高血圧のことであり、高血圧というのは本来ただ「血圧が高い」という一つの状態を示しているだけですが、皆さんの「血圧」には脳卒中や心筋梗塞やらがいろいろ含まれていて、「たおれる」「短命」「よいよい」など、現代の恐怖といったニュアンスまで帯びています。
「コレステロールでたおれた」とはあまり聞きませんが、この「コレステロール」も「血圧」と同じ意味あいで皆さんはお話になるようです。まさに、「血圧」や「コレステロール」という妖怪が世界をおおっている、といえましょう。
私が「高血圧といったからといって今日明日どうこうなるもんじゃないですよ」と言いますと、「でも先生、宅の主人は病院に運ばれたとき、血圧が200以上あったんですよ」とよく言われます。もう少し日常的に「頭がフラフラするから病院へ行ったら200ありました」「のぼせてカーッとして肩がバンバンにはって、おかしいと思って病院へ行ったら200ありました」という話はしばしば聞きます。
あなたのご主人がたおれて(たとえば脳卒中で)病院へ運ばれたとき、血圧が200あったというのは、血圧が200以上あったから脳卒中になったのではありませんよ。脳卒中で倒れたから、身体の生命維持装置が緊急指令、非常事態宣言を出して、血圧を上げて200以上になったのですよ。そこを間違えずに。因果関係が反対なのです。身体はそのような緊急時には必要なところへ血圧を送り込んで頑張っているのです。
雲仙岳が突然噴火して、島原市長が緊急非難命令を出して、人々が右往左往しているパニック状態を想像してください。身体の脳の血管の一部が突然つまったり噴火(破裂)したりすると、島原市長に相当する人体の生命の中枢(身体の生命を司っているのを自律神経といいますが、その中枢)が緊急指令を出して、右往左往する人々に相当する身体の隅々は、普段にはない緊張をして、たとえば手や足の先に血液がしばらくいかなくても死にやしませんから、手足の血管はうんと細くちぢみます。その分、生命に最低必要な腎臓や心臓や脳の血液を確保しようとするわけです。ですから血圧が上がるのはパニック状態の結果であって、あたりまえなのです。上がらないと困るのです。
非常事態にもかかわらず血圧を上げる力さえうばわれた状態は、昭和天皇の最後のように低血圧となり、医学的には「ショック状態」と呼びます。
さて、脳卒中の発作に見舞われた患者さんが病院に運ばれたら血圧が200あったという話をしました。そしてその200というのは原因ではなく結果ですよと。こんなに大袈裟な例でなく、皆さんが日常よくある「頭が割れるように痛かったから病院へ行ったら血圧が200あった」「めまいがするので、あわてて病院へ行ったら200あった」というのも、まず間違いなく、その血圧は結果であって原因ではありません。
患者「頭が痛い」・・・・・医者「血圧のせいだ」
「めまいがする」・・・・・「血圧のせいだ」。
「耳鳴りがする。肩がこる。眼の奥が痛い」・・・・・「血圧のせいだ」。
はては
「ちょっと調子が悪い」・・・・・「血圧のせいだ」
どうしてこう何もかも血圧のせいにされたかといえば、これらの症状は一口で皆さんに説明し、納得してもらえる原因が簡単には見当たらない。(勿論ほんとにおかしいと医者が判断したときは精密検査をしますが、それでも例えば脳腫瘍などが見つかることは例外的なことですから、ほとんどの場合)血圧で説明するのが一番簡単で、しかも数字で表されるから、説明しやすいのです。しかもこれらの症状で心配してかけつける方の血圧は、それなりに上がっているのは前述のとおり。
ここまで考えれば、降圧剤を服用することが本当に必要な患者さんは、現在日常的に降圧剤を服用している(させられている)方の約10人に1人くらいという私の推定は、多分でたらめではありません。むしろ降圧剤の消費量が10分の1になれば、皆さんの健康感は大幅にアップするでしょう。
いや原因とか結果とかでなく、血圧が高いこと自体が問題なのだ、という専門家もいます。皆さんの中にはお家ではかると血圧が低いのに、病医院ではかると高くなる人がいるでしょう。病院高血圧とか白衣高血圧と言って、私どもが本来の高血圧と見分けなければならない患者さんということになっています。それで、在宅で血圧測定が叫ばれ、最近では24時間血圧連続測定もよく行われます。
私は想像します。もし血圧が高いこと自体が動脈硬化や心臓肥大を促進させるとしたら……。24時間血圧計を皆つけましょう。そして例えば上が160、下が90を越えたら、ピッピッと鳴るようにしましょう。
深い感動を覚えるお芝居。いいところへくると、ピッピッ。9回裏二死満塁、バッター落合。ピッピッ。初恋の人の手を握るなんて、ドキドキは、ピッピッの連続。多分ほとんどの運動もピッピッ。
血圧を上げない為に、精神も肉体も亢揚させず、感動のない静かな人生を歩みましょう。腕時計のように誰もが24時間血圧計をつけている生活。血圧管理というコトバが、冗談ですまされるよう祈るばかりです。
《塩味・砂糖味》
最近ある医学雑誌に「食塩摂取の量と血圧上昇には直接の関係はない」という調査結果がでました。
これを見て「どうだ」と思った方は少なくないはずです。もう80歳になろうというのに現役で会社を経営されているバリバリの方を存じ上げていますが、彼は若き日に、牛が濃い塩水をゴクゴクとうまそうに飲んでいるのを見て、「私と同じだ。私の塩分好きも自分の生理には合っているのだ」と確信を持ったと述懐されています。そして今でも毎日毎日、人の数倍の塩分を取りつづけています。
塩分が血圧上昇の原因とみなされたのは、日本の東北地方でどうして脳出血で40代〜50代の方が多く死ぬか? それは漬物やみそ汁の塩分が多すぎるからだ。一方ある中南米の国ではバナナのようなものばかり食べて塩分を取らない。その国では脳血管障害はきわめて少ない。といった疫学調査が出発点となっています。
最近、秋田や青森でもそうした死亡が減ってきたのは、塩分摂取を減らしたからでしょうか? むしろ蛋白質や脂肪を多く食べられるようになった、食生活が豊かになったから、脳血管障害が減ったのだ、という方が正しい。
脂肪(コレステロール)は皆さん目の敵にしますが、それは食生活が豊かすぎて、多すぎればの話で、少なかったら血管が丈夫にならないのだから、ハナシにならないのです。漬物とみそ汁を塩味で濃くしてメシだけを食っていた、お魚やお肉は滅多に食えなかったから、寿命が短かったのです。
冒頭に述べた最近の調査結果は、「他の食品をまんべんなくきちんと食べていれば、塩分のとり方の多少は血圧上昇とは関係ない」ということで、単純な塩分悪者説はおかしかったかも知れないことを示唆しています。
レストランで食事すると、5〜6年前までは、食塩控え目がいきわたり、せっかくの高級フランス料理も味気ないなあと思ったことがよくありました。最近は再び味つけがくっきりしてきたような印象を持ちます。
これは塩でなくてお菓子の話ですが、お菓子づくりの方と話をしていましたら、数年前の甘さ控え目の頃から、再び最近はお菓子が甘くなりつつあることを認めていました。どうも流行はあるようです。
あとで喉が渇くほど塩からかったり、甘かったりは困りますが、そうでなければ、味のやたら薄いおかずがよいとは限りません。せっかく正油・砂糖控え目の煮物を食べても、砂糖のかたまりのようなコーラを1本飲んじゃえば帳消しもいいとこですよ。
(2)貧血について
皆さんが「貧血かしら」と思うのは、多くの場合「ふらつき」や「めまい」のある時で、用語で言えば以前よく使われた「脳貧血」に相当します。学校の朝礼の時、長く立っているとバタンと倒れてしまう子供がいますが、ほとんどがこの「脳貧血」、つまり血液の循環の勢いが弱く、脳への血液の供給が一時的に減ってしまうことが原因です。よく「頭を低くして寝かせなさい」というあれです。最近では「起立性調節障害」と言ったり、「神経循環無力症」などという用語もあります。俗に「低血」というのがこれでしょうか。
なぜこんなことがおこるかというと、血液は、液であって、上から下へ流れるものですから、ふつう立っていれば足の方へダブダブたまってしまって上半身はカラッポになってしまう筈です。ところが実際は立っていても座っていても横になっていても、ある場合には逆立ちしていても、全身すみずみまでバランスよく適量の血液が配給されているわけで、パッと身体を起こした瞬間、フラッと立ちくらみしても、一瞬ですむように、迅速に刻々と血液配分量が調節されています。
一人の人間の血管の総延長は地球を半周するとも言われていますが、これを常に一定に保つなんてことは、どんな精巧なサイボーグにもできないことで、この仕事を不断にしているのは、自律神経です。私たちが意識して血管の太さを調節しているわけでなく、勝手に私たちの意思とは無関係に自律的に(オートマチックに)この精妙な仕事をしているわけです。
ですから、よく「脳貧血」的な症状にみまわれる方は、自律神経失調症といえます。漢方医学では「気」の問題として「気の不足」を補ったり「気の流れのわるさ」を活発にする方剤やハリの手段があります。
さて、検診で「貧血ですよ」といわれる貧血は、これとはまた別のことです。
以上のような「貧血」は、以前よく使われた「脳貧血」、医学的には「起立性調節障害」などと呼ばれる自律神経失調のひとつの症状だとお話しました。今回の「貧血」は、検診の血液検査でよくいわれる「貧血」で、こちらは医学用語としての貧血そのものです。
血液が赤く見えるのは、赤い色素をもっているので赤血球と呼ばれる細胞が、血液という川の流れの中を非常にたくさん流れているからです。他にも白血球や血小板など川の中を流れている細胞はあるのですが、数が赤血球に比べるととても少ないので、赤血球の色が血液の色を代表しているのです。
血液の流れ自体は不断に血管の内から外へ、外から内へと血管壁を通してしみ出したりしみ込んだりしています。むくんだり、むくみがひいたりする現象です。血管壁の穴が、赤血球が通れるくらい大きくなると、赤血球も血管の外へしみ出しますから、紫のアザになって見え、内出血の状態です。
さて、その赤血球の数や大きさには、健康人を集めて調べてみてもずいぶん巾のあるものですが、一応標準値という巾を定めます。それよりあなたの赤血球が少なかったり小さかったりすると、貧血というわけです。
貧血はいろんな病気の発見の糸口になる簡単な検査で、癌や膠原病などやっかいな病気が貧血の人から見つかることが少なくありません。しかしそのような方の貧血を見逃すことはまずないので、皆さんは安心してください。
皆さんに多い貧血は、ほとんど「鉄欠乏性貧血」といわれるもので、圧倒的に生理のある期間の女性に多いことは御存知のことでしょう。こういう方で自覚症状のない方は全く治療の必要はありません。また疲れやすい、フラつくなどの自覚症状は、前回述べた意味での「(脳)貧血」と重なりますから、増血剤などを服用して、赤血球の数が増えて標準範囲に入っても自覚症状は一向に改善されないこともよくあります。
もし増血剤を服用して赤血球の数が増え、明らかに自覚症状も改善するようであれば、増血剤(鉄剤)を上手に利用しましょう。ただ、増血剤は「胃をやられる」ことが多いので、できれば漢方薬のみできりぬけ、時々鉄剤を服用するというのがよいでしょう。
この種の貧血はしばしば生理出血の多さや、子宮筋腫と結びつけて考えられ、手術をすすめられることも多いのですが、あくまであなたの「現在のつらさ」と「手術後の予想されるたいへんさ」との比較ですから、あとで他人(医者)を恨まないように、自分で決めましょう。「閉経も間近いからとってしまおう」と「閉経も間近いからそれまで我慢しよう」のどちらかは、貴方が決めることです。医者(他人)の決めることではありません。
(3)糖尿病について
糖尿病については、すでに書いていますので、そちらも参照してください。
以前から「甘い尿が大量に出る病気」と西欧で言われてましたので、それを訳して「糖尿病」です。
実際、以前は尿の中の糖分を測定して診断していたのですが、最近では血液の中の糖分を簡単に測定できるようになり、そちらの方が重視されてますので、「糖血病」というべきかも知れません。
さて私たちが口からとり込んだ栄養は、消化酵素で分解され、腸の壁を通れるくらい小さな分子になると吸収されて血液の中へ移行します。グルコースやアミノ酸などと呼ばれているものです。これらの栄養素は血中をぐるぐる回っているだけでは何の役にも立たないので、身体の各所に分配供給されてはじめて、エネルギー源になったり、身体の組織(例えば筋肉や脂肪)になったりして、私たちが生きていけるのです。
いくら食べても身体の組織が太らず、むしろ痩せていき、おしっこは甘いものだから蟻がたかり、
(血液の成分の変化で)やたら喉が乾いてガブガブ水をのむ……結局は死んでしまう病気は、今から70年前、インスリンが発見されてから、救命できる病気になりました。発見者はカナダの整形外科医バンチング。勿論ノーベル賞をもらいました。
インスリンという名前は同時代の他の学者のつけたものですが、この名前はインスーラ(英語ではIsland:アイランド)「島」という名に由来します。膵臓の中に島状に点々とある他とは異なる細胞を発見したのは、120 年前のドイツの医学生ランゲルハンスで、ランゲルハンス氏島と呼ばれています。この「島」の働きが解明したのが、その50年後のハンチングのインスリン発見でした。「島」から分泌されるホルモンだから、インスリンです。
死を目前にした糖尿病の少年に、牛の膵臓から抽出したインスリンを投与し、みるかげもなく痩せ細った少年が、劇的に回復したのでした。
つまり、血液の中の栄養素は、このインスリンの働きで、はじめて血管から身体各所に出てゆき、役立つことができるのです。栄養の配達促進係というわけです。このインスリンが不足している方は、せっかく食べても栄養がいつまでも利用されず、尿糖として出ていったり、さまざまな障害をひきおこします。これが糖尿病です。
「糖尿病はインスリンが不足している状態」という定義は、糖尿病についての新知見がずいぶん多く出ている今日でも不変です。
現在よく言われているのは、糖尿病を、若い人に突然に発症するインスリン依存性糖尿病と、中年以降多くは肥満を伴って発症するインスリン非依存性糖尿病の、大きく二つに分類することです。
前者はウィルスの感染などが原因ではないかとされていますが、後者は、中年以降に多くは検診でみつかる糖尿病で、重症な場合はインスリンが必要ですが、それも軽快すればインスリンをやめて、飲み薬(降血糖剤)に変えられる、もっとうまくすれば食事制限だけでもよい、というインスリン注射に必ずしも依存しなくてよい「非依存性」の糖尿病です。当院に来られる糖尿病の方はほとんどこのタイプの方で、インスリンを必要としている方は10人に1人くらい、降血糖剤を服用している方が半分くらい、残りが食事制限だけの方々です。
さて糖尿病であること、すなわち高血糖で何が悪いか? 検診で見つかったような自覚症状のない方には大変面白くないハナシでしょうし、まして生命保険に加入できなかったりすると頭にきます。
これから先は疫学的な統計的な話になります。糖尿病で治療しないで放置している人と、糖尿病の治療をしている人とを仮に100人づつ二つのグループにして、5年後10年後20年後にどうなるか追跡するという研究です。
血糖コントロールしていない人が網膜出血で失明したり、腎臓を悪くして透析を必要とするようになったり、脳卒中や心臓障害などになる割合が確かに治療している人々に比べて高ければ、やはり自覚症状の有無にかかわらず面倒でも糖尿病はコントロールすべきだ、ということになります。
本当にそうか? ということになると、こういう長い時間をかけての研究の常ですっきりした答は出ていないし、高血圧の場合と同じく、糖尿病のコントロールの開始や中止は個々の医師の判断に任されることになります。
私はなるべく降血糖剤は使わずに食事のことをやかましく言い、漢方薬の力で糖尿病の傾向を持った特有のタイプ(例えば最近糖尿病の人は血圧も高い傾向があると言われています)を変えようとしています。
私のザッとした目安は、空腹時血糖が100mg以下は、負荷テストのデータがどうであれ糖尿病として騒ぎたてない。空腹時血糖が100以上200以下の時、食事制限・体重制限を充分やって漢方薬のみで乗りきる。空腹時血糖がいつも200以上の人は、降血糖剤の服用を考慮しながら漢方薬からスタートする。全体としては一般の先生方より「ゆるい」感じですが、血糖値だけで判断しているわけではなく、こうした糖尿病は遺伝的な関係の強い病気ですから「お母さんが糖尿病で50代で脳卒中でなくなりました」などという場合は普通以上にやかましく言いますし、眼底検査で網膜出血がすでにあるような方には、少し「きつめ」の判断をします。
私の感じは、血糖値を下げることは「必要」かも知れないが、それで「十分」とは言えないだろう。むしろ血糖値にこだわりすぎることには問題がありそうだ。他にやることが、例えば漢方薬が活躍できそうな場が、沢山ありそうだ、というものです。
中年以降の一般的な糖尿病の方を体重で分けると……
[1]明らかに太り傾向の糖尿病の方。
[2]糖尿病が悪化して痩せつつある方。
[3]糖尿病が回復してきて(食べた物の栄養が無駄に小便から出なくなり、身体の血となり肉となることができるようになった)体重がふえつつある方。
[4]体重は痩せ型なのに、糖尿病で体重の変化のほとんどない方。
現在自分がどこに属しているのか主治医とよく話し合って理解しておいてください。
[1]の方は、血糖降下剤やインスリンを使わないで食事制限だけでずいぶんよくなる可能性があります。漢方薬もかなり役立つことでしょう。
[2]の方は、漢方薬だけではくい止められないかも知れません。
[3]の方は、調子にのって過労や過食にならないように。
[4]の方は、漢方的に詳細な診察が必要です。なかなか難しい。
とにかく基本はインスリンの働きが弱いのですから、それを鞭打つような過食がいちばんいけません。
いろいろな食事指導を病院で受けられている方が多いと思いますが、カロリー計算はあくまで目安で、糖尿病でなくても、食べたものがどのくらい身につくかは個人差がずいぶん大きいので、毎日体重計に乗ることが何より大切です。
運動はやらないよりはやるべきですが、体重を落とそうと思ってやるならやめるべきです。体重を1kg落とす為には速歩で10時間も歩く必要があります。また食事指導で1単位(80Cal)というコトバを御存知と思いますが、80Cal消費する運動は、速歩で30分です。30分タッタッタと歩いてきて、今日はやったぞと、ビール中ビン1本飲むとこれが200Calあるので、何にもなりません。運動はカロリーを消費する為、痩せる為にするのではありません。それが目的だとさほど痩せないので嫌になってやめてしまいます。運動にはもっと目に見えない効果がいっぱいあるのです。ですから運動は是非すべきですが、痩せることを目的にするならやめておいた方がいいでしょう。
(4)コレステロールが高い
コレステロールが発見されたのは170年も前のことで、動物の胆石から発見されたので、Chole(胆のう)とSterin(脂肪)の合成語です。その後人体の各組織、特に、脳や血管などの重要な構成成分だということ、性ホルモンやステロイドホルモンの材料だということもわかり、人体にとってたいへん有用なものだと分かってきました。
一方、コレステロールは動脈硬化を促進するということが言われ、目の敵にされていましたが、最近では、いや善玉コレステロールもあるのだ、と何が何だかわかりません。
食事指導の幕内先生がくりかえしお話したり、連載「食の常識を問い直す」にも書いておられるように、私たちは「今日は悪玉コレステロール何g、善玉コレステロール何g、必須アミノ酸のうち○と△を何gずつ、ビタミンはAとEを何gずつ食べた。明日はビタミンCとDを食べよう」と生活しているわけではありません。
食品を試験官の中で化学的に分析すれば、なるほどコレステロールの多い食品、少ない食品というのはあるでしょう。しかし身体は食品のコレステロール以外に体内でもコレステロールを作っていますから、食品のコレステロールだけを目安にすると間違えます。第一、食べた食品の吸収率が人によって異なりますから、吸収のよい人は、検診で調べる血中のコレステロールはちょうどよくても、たくさんの皮下脂肪となって肥満しているかもしれないし、うんと痩せているのに血中コレステロールはばかに高いという人もいます。中にはいくら食べても太りもしないしコレステロールも高くない、痩せの大喰いもいます。結局、私たちは必要な栄養素を食べたり不要な栄養素を食べなかったりしているのではないし、食べたg数がそのまま検診の数値に反映されるわけでもありません。
どうしたらよいかといえば、賢い母さんや奥さんが、安くて新鮮な材料を調理してくれたものをきれいに残さず食べたらよいのです。そして賢い母さんや奥さんは、TVや雑誌などで医学博士や栄養学博士が次から次へと流す、あれが身体によいとか悪いとかの食品情報の99%以上が、一時の流行(ファッション)に過ぎないことを、それこそ肝に命じて知るべきでしょう。
ごく最近では、動脈硬化が進行するのはコレステロールや老化現象とは実は関係なく、ある傾向を持った人々にのみ発症するひとつの病気なのだ、という説も登場しています。こうなると悪玉コレステロールも脂肪の高い食品も高血圧も、直接には無関係となり、さっぱりとしちゃいますネ。
ただ大ざっぱに言って、動脈硬化を促進させる因子には、コレステロールが高いという他に、血圧が高い、血糖値が高い(糖尿病)、尿酸値が高い(痛風)、肥満である、などが数えられており、この五つくらいは、例外はあるにしても大体確かですから、特にその二つ以上を現にもっている方は、やはり生活改善が必要です。御両親、御兄弟が動脈硬化に関係する病気で若くして死亡している場合は特にそうです。高血圧を是正するために降圧剤を服用するとコレステロールが上がってしまうなどということもあるので、くすり、くすりといわず、食生活を改善してゆくのが基本です。
と、話がもとに戻ってしまいましたが、これを読んだ方はもう「何が何g。何が何g。足りないものはビタミン剤で」という「賢い母さん」は卒業しているはずです。
(5)肝機能障害があるといわれた
「食欲がない、疲れやすい、手の掌が赤い、蕁麻疹が出る」などがあると、「肝臓がわるい」と思われる方が多いようです。これはそういう場合が稀にありますよ、というだけで、ほとんどの場合、肝障害とは無関係と考えてよいでしょう。また漢方医学的なハリ治療を受けている方は、その先生に「あなたは肝臓がわるい」と言われて心配になることが多いようです。ハリの先生などがいう「肝臓」は、漢方医学的には正しくは「肝」といい、ひと口にいえば、気力がのびのびとしていない状態のことを「肝がよくない」といいます。現代医学でいう自律神経失調症のほとんどは、漢方医学でいう肝の不調として説明できたり、治療できたりすることが多いのです。ですからハリの先生などが肝(臓)という時は、血液検査で出る肝機能障害とは何の関係もありません。あわてて血液検査をするのは無意味なことです。
これからが本来の「肝機能障害」で、検診でGOT、GPTが高いと言われた、エコー検査で脂肪肝と言われた、などという方々です。こういった方々の大体10人のうち9人までは、何も気にせず従来の生活をしていてよいでしょう。勿論、医療機関に通ったり薬を飲む必要はありません。一年に一回きちんと検診を受けとけばよろしい。基準値を外れると要再検査とされ、やや大袈裟におどかされるのでオタオタしがちですが、肝臓のように復元力の旺盛な臓器では、検査値が変化しますので落ち着いて様子を見ましょう。
B型肝炎の抗体ができていない方、C方肝炎の方(たいていは過去の手術で輸血歴がある)は、継続して医療機関に通院する必要があります。予想される肝硬変や肝癌への進展を食いとめ、遅らせる為ですが、基本は睡眠時間の確保につきるように思います。それまで120キロくらいで走っていた人生だったら、80キロくらいに減速運転してほしいのです。睡眠時間の確保はその大きな目安です。
規則正しい食事と控え目なお酒と、将来のことを今から心配してクヨクヨしないこと。「ひらきなおり」、80キロの定速運転に徹底することです。漢方薬は役立つと確信していますが、最近はインターフェロンの治療が試みられていますので、挑戦するのもいいでしょう。ただ、まだ人体実験の域を出ていません。
検診の目的は「病気を作ること」ではないはずです。検査が開発されるたびに「病気」がふえるのは困った傾向です。血圧計が発明され、血中のGOT、GPTが測定できるようになると「血圧」病が増え、「肝臓」病が増える。エコー検査でいわれる「脂肪肝」などは、最近の典型的な例です。妙な言い方ですが、検診制度は「通院しなくてはいけない方」を厳選するためにあるので、誰も彼もを通院させるためにあるのではありません。中年以降になれば、あれだけの項目をチェックするのですから、ひとつやふたつは標準値に入らないことがあります。
くよくよしないで信頼できる主治医とよく相談しましょう。もう中年なんだから「若いときのように仕事仕事で無理しても耐えられる肉体ではなくなってきたのかもしれないな」といった立ち止まり、省みる、機会として、検診制度を利用するなら大賛成です。
(6)胃炎だ、潰瘍がある
最近では医療用X線の害が注目されはじめましたが、胃・腸の検査(あのバリウムを飲んで体位を変えながらバチバチ撮るやつですが)も、一昔前ほどではないにしても、無益に過剰に行われていることは否めません。
定期検診や人間ドックで、潰瘍(カイヨウ)または潰瘍の痕跡あり要再検といわれる場合。自覚症状(腹痛)があって検査して潰瘍があるといわれた場合。いずれの場合も全く心配いりません。
潰瘍というのは、胃や十二指腸の粘膜に小さい傷がつくことで、私たちの日常体験できるものでいうと、口内炎と同じです。口腔の粘膜が少しへこんで底が白くなっていることがよくありますね。物を食べると痛い。あれと同じです。口内炎なら自分の目に見えるからそう心配しないし、大層な検査をすることもなく、痛いなあと思いながらも我慢しているうちに、いつの間にか消えるでしょう。
ですから胃潰瘍や十二指腸潰瘍が特にこわい病気でも何でもないのです。ほっとけばよろしい。そのうちなおります。なおったあと胃の粘膜が少しちぢれるので、それを潰瘍のあとがある(はん痕)などといいますが、これは、カイヨウがいつの間にか修復されてしまう証拠なので、喜ばしいことであっても、ガッカリするようなことじゃありません。
胃炎となると、そもそもそういう病気があるのかないのかと医学界でいわれるくらいですから、これも口の粘膜がザラザラに荒れてしまうことがあるのと同じで、何も病気として取り上げるようなものじゃありません。
胃の定期検診は、胃癌を見つけることが主な目標ですから、胃炎や胃潰瘍といわれたときは、「よかった」と胸をなでおろしてください。
上腹部が痛くてなかなかなおらず、胃の検査をした患者さんも、ああよかった、癌じゃなかった、と喜んでください。 症状があって検査を受ける場合は、検査した側は、「何でもないよ」とはなかなか言わないものなのです。これは病名をつけなければ検査をできない医療保険制度上の制約があることがひとつ。
もうひとつは、「何でもないよ」と言われると、患者さんが納得しないという現場の事情から、医師はついつい胃潰瘍だとか胃炎だとか言うものなのです。
くりかえしますが、胃炎とか胃潰瘍とかその痕跡だとかいわれた場合は、「何でもない」と同義だということを忘れずに。「何でもなく」ても症状があることはいくらもあるので、それは症状をとるやり方がいろいろありますから、ゆっくり治療に専念すればよろしい。検査は一年に一回で充分です。あちこちの病院でくりかえし検査をするのはやめましょう。放射線の障害の方がよほど心配です。
(7)胆石がある
胆石のはなしをする前にひとこと。以前新聞紙上で、「4人に1人は癌になる、あなたも癌保険に加入を」といった保険会社のPRをみかけました。あんまりおかしな数字なので、よく読むと、昨年80万人の方が亡くなったが、4人に1人の死因は癌だった、というものです。(この数字の真偽はさておき)以前なら、老衰とか心不全といわれていた高齢の方の死も癌の診断がつくとそう呼びますから、平均寿命がのびた現在、癌の割合が増えるのは仕方ありません。何故なら癌は高齢になると急速に増加する病気ですから。身近な方が40代・50代で亡くなるとショックが大きく、癌恐怖は頂点に達し、皆さん大なり小なり癌ノイローゼになりますが、年齢別の癌発生率はここ数十年は少しも増加していません。
ここに保険会社のトリックがあります。「この一年間4人に1人が癌で死んだ」わけじゃありませんよ。1億2千万人の生きている日本人のうち、昨年癌で死んだのはたった20万人(80万人の1/4)です。確率は600分の1。人の生涯という長い時間(特に現在は高齢化社会です)を無視して1/4といわれれば、ほとんど間違いなく癌になると私たちは恐れおののきますが、実は600人から保険料をとっても払うのは1人分ですから、保険会社はホクホクなのです。「人間は4人が4人とも死ぬ」というキャッチフレーズの生命保険会社が儲かって仕方のない理由も同じです。
胆石についていえば、「胆石のある人はない人より癌になる確率が高い」というデータが出されて、医者が手術をすすめる大きな判断材料となっています。このデータは、いかにも人為的で、疑問箇所はいくつもあって、ひとことでいえばデタラメですが、ひとつ私たちが注意しなくてはいけないことがあります。例えばかりに、1万人のうち1人の確率で発見される胆のう癌が、胆石のある人では2人になると推測されたとき、新聞の見出しには、「胆石があると胆のう癌になる危険が2倍になる」となるのです。冷静に考えれば、胆のう癌にならない人の数が9.999人から9.998人になるだけのことで、確かに危ない確率は2倍にはなるが、危なくない確率は1万分の1増えるだけです。たばこと肺癌の関係なども同じです。
さて胆石ですが、「お腹が痛い」の症状を説明する病名として、胃腸炎・胃腸潰瘍に次いで数多く使われます。以前は単純X線で写る胆石以外の胆石を確定診断するためには、検査がやっかいでしたが、最近はエコーという簡単な手段で、胆石などいともたやすく見つかります。はっきりしないときでも、胆泥とか胆砂とかいわれます。歯石のない人がいないように、胆石のぜんぜんない人は恐らくいないと思いますが、これを手術していたら、日本中の病院の腹部外科は忙しくて困っちゃうでしょう。
大きな手術痕をつけた患者さんが、やはり手術前と同じお腹の症状で来院されるたび、この方のお腹を切らなければならなかった理由が、果たして当を得ていたかどうか、また、患者さんも自分の症状と医者のいう「胆石」ということばを直結して、「これさえなければ私の腹痛はなおる」と手術をせがんだりしなかったか、いつもため息をつきながら考えてしまうのです。
(9)冷 え
冬は、冷え症の方には気の毒な季節です。なかには冷房の季節よりはまだましだという方もいますが……。冷え症は若い時からにせよ、中年以降にせよ、女性特有のもの、と思っておりましたが、私自身中年になって、若い時には人ごとだった冷えを、自分の身体で感じることになり、「これが冷えというものか」と感心したり情けなくなったりしています。男性でも、冷えに悩まされている方は沢山いるということです。
どこで一体そんなに冷えを感じるのだろうか。
頭や顔が冷たくて、と相談される方はまずいないでしょう。首筋スースー、上背部ゾクゾク。これは風邪の初期症状でよくある一過性の冷え。
肩口が冷える。これはとても多い。子供の頃、お風呂に入るとき肩を出していると「肩までよく暖まりなさい」と叱られたものですが、肩を入れるとそう長くは入っていられない。肩を出して長く入っていると足や腰が暖まります。顔と肩が放熱器になっているようです。コホンコホンゼイゼイのいつまでも続いている人や、50肩などこじらせている人は、夜眠るとき肩口の放熱器が開けっ放しになっていないかどうか、かけ布団を工夫してください。
手指のシモヤケがすぐできる人。女性に多いですが、漢方的には 血症の人が多い。指が真っ白に冷たくなるレイノー症状を呈するような膠原病的な体質とも関係がありそうです。胸が冷えるとはあまり聞きませんが、頑固な咳がいつまでも続くとき、昔こどもの時にお母さんに作ってもらった芥子湿布のように胸を温める湿布がとても有効なことがあります。
お腹とその裏の腰の冷え。これが一番多く、万病のもとかもしれません。胃腸障害、尿路障害、婦人科諸器官の障害。。数字で言いにくいけれども、おそらく5割以上は冷えが直接間接に悪さをしていると言ってよいでしょう。腹巻やホカロンであたため、冬は冷たいビールはやめておきましょう。
脚は、膝がよく冷えます。これはすぐ痛みにつながります。暖かいサポータを。「ふくらはぎ」は上半身の肩口と同じような放熱器のようです。「つれる」という方がとても多い。膝用のサポータをずらしてここにしておくとよい。足先の冷え、しもやけは、手指の冷えと同じ。足の先が冷えるからといって、ソックスを重ねばきすることは、得策ではありません。モロモロしちゃって危ない。むしろ「ふくらはぎ」を暖めることで足先も温まります。ついでながら、冷える場所を選んで、そこを他より厚くおおうことが必要です。身体中全部おなじように厚着をすればよいというものではありません。人間の身体の不思議なところです。脚で冷えた静脈血がお腹に還流して、腹や腰の冷えの原因になるという説もあります。『鶴はなぜ一本足で眠るのか』という本がありますが、答えは「脚の冷えを最小限にする知恵」というものです。二本とも冷やしたら身体に還流する血脈が冷たすぎて、鶴が冷え症になってしまう、という答えです。ホントにそうかも知れません。
冷えを内側から(冷たいものを食べない)、外側から守る以外、漢方薬の附子に代表されるような熱剤の力を借りることもできます。そして何より、都会で生活されている方は、身体を動かしてください。コタツで丸くなっていては、いつまでも冷え症は治りません。
(10)上気道アレルギー
気管支喘息、アレルギー性鼻炎(通年型と花粉症のような季節型)、蓄膿症、喘息というほどではないが咳に悩んでいる方、慢性の咽頭炎、年中風邪っぽい方、咽頭は耳管と通じていますから、中耳炎をくりかえす子供も、上気道アレルギーといいます。つまり鼻・喉(ノド)・気管・気管支と、空気が通る道の粘膜の過敏症です。
こうしたアレルギーの粘膜は、しばしば培菌の恰好の培地となりますので、蓄膿症や扁桃腺炎や慢性気管支炎とも深く関連しています。抗生剤を服用しても、培地が変わらなければ解決になりません。以前は蓄膿症や扁桃腺肥大の子供はさかんに手術されましたが、手術は解決にならぬばかりか、副作用もあるということで、最近ではめったに行われません。
これらのアレルギーは、皮膚のアレルギー、典型的にはアトピー皮膚炎とも密接につながりがあり、喘息が成長と共に消えたらアトピー皮膚炎が前面に出てきた、などという例が非常に多いものです。
上気道アレルギーの中でも、鼻炎と喘息が交互に出現する患者さんもたくさんいます。つまり「個々の症状に対症療法を施しながら、子供の抵抗力ができてくるまで何とかもたせる」というやり方は、最近ではあまり有効ではなくなってきているのです。
「中学生か、高校生になったら治りますよ」とうけあいにくくなってきました。といって、喘息には小児科・内科、中耳炎には耳鼻科、アトピーには皮膚科、というように数カ所の病院へ子供をひっぱりまわし、それぞれの病院から抗アレルギー剤の投与を受けるということは、バカげています。
漢方的には上気道アレルギーは「肺」の病症としてとらえますが、多くの場合、肺だけを目標に薬を組み立てることはありません。自律神経の働きを代表している「肝」、消化吸収能力を代表している「脾」、子供やお年寄りの抵抗力の強弱を代表する「腎」の三つが、「肺」と関連があると考えます。
ですから、同じ喘息や鼻炎でも、それぞれの患者さんの特徴をとらえて、肝。肺、脾。肺、腎。肺、というように、薬方を組み立てます。
漢方医学が個人に対応する医学といわれる所以であり、一個であれば全身をみる、全身医学といわれる所以です。
(11)皮膚の過敏症
皮膚の病気というと、特殊なものを除いては、湿疹と蕁麻疹が双璧です。
湿疹はその字義通りにいうと、ジクジクと湿った発疹ですが、衛生状態・栄養状態がよくなった昨今では、ジクジクとした湿疹にはめったにお目にかかりません。たいていが、乾燥型の湿疹という形をとります。「乾」を「湿」と表現するのはおかしいですから、「乾疹」という用語がそろそろ生まれてもよいと思います。
さて、皮膚のトラブルでよく見るのは、ネックレスや時計のバンド、または下着の圧迫場所などによくできる接触皮膚炎。これらは何とか工夫すれば避けられますが、もし下着の材質自体に(例えばパンストに反応している湿疹はすごく多い)問題がある時は、純綿のパンストなどありませんから、とても困ったことになります。
治しにくい湿疹のひとつは、臀部や股間部、あるいは脇の下にくりかえし出現するもの。場所的には水虫と同じ原因でおこる頑癬(昔はインキンなどといいました)との類似性を思わせます。何年も何年も患者さんを困らせることが多い。
直径2〜5センチくらいの平面的にもりあがった乾いた「せんべい状」のものが、後ろ首から襟足のあたりにできている方。これもなかなか難しい。皮膚科でステロイド入りのクリームを処方され、その時はごまかせるけれど、再発していつまでも治らない。医学用語では「ヴィダール苔癬」と呼びます。
この大きさがもう少し小さく、コイン状に、特に男性の膝から下に集中して出現し、とても痒く、場所がらついついひっかいてしまい、年余にわたって治らない湿疹もやっかいです。
虫刺されが原因で、四肢にパラパラと拡がる「痒疹」も、その名の通り痒みが強く、数年かかることもあります。
主婦湿疹とよばれる手指・手掌の痒みと乾燥角化を主とする湿疹もやっかいです。転居して水道の水がかわるとケロッと治ってしまったり、またもとの住居にもどると出現したりする例もあります。最近では「花屋さん」が、切り花の保存剤でやられてしまう例もあります。 以上、よく見る皮膚の湿疹ですが、もうひとつは蕁麻疹があります。蕁麻疹はいくら慢性的とはいっても、何十年も苦しむことはありませんから、あまり気にしないことです。
以上の皮膚の病変は全部皮膚の過敏症、皮膚のアレルギーとして一括することができます。ちょっと違うように見える顔のニキビなども、実は皮膚のアレルギーがもとになっています。
当院に来られるような患者さんは、長年にわたって皮膚科に通院されていた方が多く、どうしてもステロイド軟膏に頼りがちです。当院では、原則としてステロイドクリームは出しませんから、漢方薬の効果が現れるまで、一定の我慢をしていただく必要があります。 このことは、現代の湿疹の代表であるアトピー皮膚炎を述べる時に、詳しくお話しましょう。
(12)アトピー皮膚炎
30年くらい前では、アトピー皮膚炎といえば、両親から濃厚なアレルギー遺伝的素因を受け継いだ乳幼児の皮膚炎で、「小学校入学頃には何とかなります。遅くとも小学校5〜6年生になれば、10人のうち9人までは治りますから」と言い切れたものでした。またアトピー皮膚炎で悩んでいる乳幼児の数もそれほど多くなく、話題にもなりませんでした。
ところがこの20年くらいでしょうか。あれよあれよという間に子供達の皮膚炎が増加しました。従来の「アトピー皮膚炎」という診断名は大きく変更を迫られ、一方ではどんな皮膚炎も「アトピー皮膚炎」と言い過ぎるという批判もあります。
「アトピー」は「よくわからない」という意味ですから、もともと「原因も治療法もよくわからない皮膚炎」と名付けられたのですが、最近ではますます混迷を深めているといってよいでしょう。
最近の特徴は、遺伝的な素因とは無関係でも発症することが多い。幼小児にもっとも多いが、10代、20代、遅ければ30代、40代にはじめて発症することもよくある、ということでしょう。
先月号で少し触れましたが「湿疹」本来の湿ったジクジクした湿疹は少なく、カサカサと乾いて痒い、いわば「乾疹」の時代です。現代のアトピー皮膚炎もその代表で、カサカサと乾燥しているのが特徴です。乾いた皮膚の病変としては「乾癬」(パラパラとコイン状の苔癬が全身に拡がる)と「魚鱗癬」(いわゆるサメ肌のひどいやつで、全身の皮膚の表面が魚のウロコのように見える皮膚の形成不全、魚化異常といいます)の二つが代表ですが、現在のアトピー皮膚炎はこの二つと非常に似ている、という印象があります。たまたまアトピー皮膚炎と乾癬や魚鱗癬が重なっている患者さんがいる、とみるよりも、根は同一と考えたいと思っています。
いずれにせよ、原因はアレルギー体質、免疫異常、という漠然としたことしか分かっていません。急速に増加していることから、環境変化に原因を求めるとすれば、衣服が化学繊維になったこと、食品に添加物が過剰に使われていること、小さな時から何かというと小児科からすぐ薬をもらい服用させる習慣、吸っている大気の汚染、などでしょう。絨毯のダニも原因の一つといわれます。子供達をも巻き込んだ、忙しすぎる人工的すぎるストレス社会のことも、忘れてはなりません。喘息の子供達が転地療養をするように、重症アトピー皮膚炎の子供たちも、区や市の施設を使って親元から離れて生活するのは大変よいことです。もっとも大人にそんなことはできないし、私たちにとりあえずできることは、絨毯を敷かないすっきりした板の間にかえること、食品に気をつけること、くらいでしょう。
皆さんよく御承知の「牛乳と卵を断つ」のは、医学界でも賛否両論真っ二つで、結論は出ていません。「牛乳・卵断ち」でよくなる例があることは事実ですが、例があるというだけで、すべてではありません。ただ牛乳や卵のように添加物が濃厚に入っているものを多量に食べることは得策ではありません。牛乳や卵は他の事情で栄養が取りにくい病人や老人が食べるもので、顎と歯を使って何でも食べさせなければならない子供たちからは遠ざけるべきでしょう。
生活の中でとても大切なことはお風呂です。何回も申し上げましたがアトピー皮膚炎の特徴は皮膚の乾燥です。皮膚から自然に分泌されている脂分はいわば皮膚の乾燥を防いでいる天然の自分が分泌しているクリームです。これを利用しない手はない。結果としてこれらの皮脂はアカとなりますから、汚いもののように思われがちです。見た目も汚く痒いから、ゴシゴシこすったり石鹸を使ってしまう。すると天然のクリームをすっかり落としてしまいますから、皮膚はますます乾燥し、アトピー皮膚炎は悪化します。普通の子供が何日も風呂に入らなくて痒くなるのとはわけが違うのですから、きれいにしすぎないように。アトピー皮膚炎の子供には、原則として石鹸類は使わないように。
一般にアトピー皮膚炎の子供は、アレルギーマーチ(アレルギー行進曲)といって、喘息・鼻炎・中耳炎・皮膚炎……と年を追ってさまざまなアレルギー症状が次から次へと出てきますから、親御さんも「この子は大丈夫かしら、何とか早くよくしてあげたい」と焦ります。
時には子供たちが実際どのくらい苦しいのかを冷静に考える余裕をなくして、親の方が子供以上にパニックにおちいっていることもあります。そういう方にもお風呂では使いたい石鹸をわざと使わない、親の方が我慢するという練習が必要です。じっと見守る根性を養ってください。また学校でアトピー皮膚炎ゆえに「いじめ」の対象になっているのなら、担任の先生ときっちり話し合いましょう。
医療の分野でほんとにできることがあるかどうか、まことに疑問です。一時的に痒みや症状をよくできるステロイド(副腎皮質ホルモン)軟膏の塗布は誰がみてもよく効果のある治療法に違いありません。昔のようにそのうち体に抵抗力ができて、アトピー状態から抜け出られる保証があれば、ステロイド剤でゴマかしゴマかしやっていくのも、確かに一つの手です。
しかし皆さんよく御存じの通り、あとで重大な副作用を生じます。ステロイド軟膏を長期にわたって使っても、ステロイド剤を長期に内服した時のような、全身的な困った副作用はでませんが、皮膚自体がステロイド剤に反応し始めると、これは中止するしかなくなります。ところが不思議なことに、ステロイドを中止したあとの激しいリバウンド症状を我慢してやり過ごすと、ステロイドによる皮膚炎ばかりでなく、もともとの皮膚炎もついでによくなることが少なからずあるのです。こういう経験をしていると、何が何でもステロイド剤はいけないとも言えないような感じで、まことにケースバイケース、一口では言えないということになります。
漢方薬では、カッカッと赤く熱いことを「熱」といい、それを冷ます薬が中心になります。カサカサと乾いているからといって、それらを潤す薬、滋潤剤は必ずといっていいほど症状を悪化させます。どちらかといえば乾かす薬、余分な水分を取り除く薬の方がよく効く。ということは表面的にはカサカサしていても、その下は水っぽいのかもしれない。水分がうまく分布されていないらしい、ということが推量できます。一口でいうと熱を冷まし余計な水分を除く、漢方用語では「清熱利湿剤」が治療のポイントになる、というのが私の経験から言えることです。が、再発例も多く、まさに百家争鳴で、私ども医療従事者も困りきっている、というところが実情です。
(13)頸・肩・腰・膝の痛み
頸(くび)・肩・腰・膝の共通点は何ですか? 答えは動く所、曲げられる所、つまり関節というわけです。頸関節・腰関節とはふつう言いませんが、背骨はご承知のように椎骨がたくさん重なっていて、前後左右にある程度曲げられるようになっていますから、椎骨ひとつひとつ上・下と関節をなしているわけで、腰や頸も立派な関節です。
もう一つの共通点は何ですか? 何かと痛みの出やすい所である、というのが答え。もちろん足首・肘(ひじ)・手首・手の指なども痛みのよくおこる関節ですが、頸・肩・腰・膝に比べれば少ないでしょう。
さらにもう一つの共通点は何でしょうか? そうです。ふつうの体操(ラジオ体操など)でよく曲げる、動かす関節であるということです。「はい、頭を前に、うしろに、今度は回して(頸の運動)」「腕を大きく回して(肩の運動)」「上半身を前に曲げて、うしろにそって、横にたおして(腰)」「膝の屈伸運動」といった具合です。(「肘を曲げて」という運動や「指を曲げて」というラジオ体操はありませんね)
以上、関節であって、痛みが出やすくて、体操の重要なポイントになっている、ということを、別の見方をすると、およそ「痛み」が問題になる場所は、ほとんど関節だということです。重いものを持ったり、跳んだりはねたり、じっとしていても頭を支えたり、身体の姿勢を保ったり、そうしたとき力が加わりやすい所は、常に関節です。若い人の痛みは、その外力が過剰な時に起こる「急性の捻挫」という形をとりやすいし、中年以上の場合は、何十年も無理に耐えてきた、関節のくたびれ現象(正確にいえば、関節を作っている周辺の筋組織などのくたびれ現象)としての「慢性の痛み」という形をとります。
ラジオ体操で、この四つの関節の運動が必須の項目になっているのは、これらの関節を常々動かしていれば、柔軟にしていれば、これらの痛みがかなり防げますよ、ということです。今月のビデオコーナーで「腰痛について」を紹介していますが、ほかに「膝の痛み」「四十肩・五十肩」「関節の痛み」
「マッサージ」など、ご覧ください。
(14)関節リュウマチ・痛風
関節痛は、よく「変形性関節炎」と呼ばれたり、「五十肩」と呼ばれたりする種類のもので、いわば疲労性の捻挫です。内科的な病気とは直接関係はありません。今回の関節リュウマチや痛風は、関節の痛む内科的な病気の代表的なものです。
これらは漢方では痛風・歴節風などと呼ばれていました。風というのは風邪(フウジャ)の風で、あちこちの関節が腫れて痛んでは、またひいてゆき、また腫れる、といった症状を、古人は「風」による「痛」と表現したのでした。現代の私たちからみると全然異なる、脳卒中で突然四肢が麻痺したりする症状も、その突然さから「風にあたる=中風」と表現したくらいです。
「歴節風」というのは「関節を歴訪する風」という意味です。現代になり、病気の実態が明らかになるにつれ、「関節リュウマチ」は独立した病名となり、高尿酸血症とかかわりのある関節痛にだけ「痛風」という病名が残りました。
この二つの病気は直接何の関係もないと考えられていますが、前者は女性の病気、後者は男性の病気と、かなりはっきりしていますから、将来遺伝子などの研究がすすめば、意外と関係のある病気なのかもしれません。
また、関節リュウマチの患者さんには「女王様のような生活をしてください」といいますし、痛風の患者さんには「貴族のような美酒美食の生活がいけないのだ」と、これまた対照的な生活指導がされるのも、面白いことです。
さて、関節リュウマチは、全身性エリテマトーデスなどとともに「膠原病」として一括される病気で、ひと口で言えば、身体の内部のアレルギー反応が異常におきてしまう病気です。いまのところ副腎皮質ホルモンしか決定的に症状を寛解するてだてがありませんが、その副作用がはっきりしてきた現在、いかに「副腎皮質ホルモン」を使わないで寛解状態を維持するかが、私どもの腕とされています。
当院にこられる関節リウマチの方の半分は、病院でひととおり検査や投薬・注射などを受けている方です。これらの方は、ステロイド剤を現在も使用している方と、ステロイド以外の金剤や抗炎症剤を使用している方とに、二分されます。ステロイド剤はもちろん、他の薬剤も副作用が心配ですし、現に副作用が出ている方もあり、これらの薬のかわりに漢方薬で何とかならないか、と相談に見えるわけです。
関節リウマチはなおるか? と聞かれれば、これは現時点では東西医学どちらを、或いは両方を駆使しても「なおりません」。関節リウマチを含む膠原病と診断されるような病気は、身体全体にわたるその方のある特徴、それこそ「体質」としかいいようのないひとつのタイプであって、それをそっくり変えてしまうことは、今のところできません。従来のステロイド剤を中心とした治療には限界があり、現在全く新しい免疫療法により、2010年までに関節リウマチを制圧する、という景気のよいニュースも一部では流れていますが、政治家の公約くらいに考えていたほうがよさそうです。
一歩退いて、「これ以上わるくしない」「進行するにしても、ずっと先のばしする」という目標にすることを患者さんが納得してくだされば、漢方的手段で現代薬品を大幅に減らし、場合によってはゼロにし、なお症状は少しも悪化しない、ということは十分に可能です。それどころか、「一生つきあわねばならない」という視点からみれば、漢方薬の方がずっと気がきいているといえます。
一方、まだ未治療の「これは関節リウマチらしいけれども、これからどう進展してゆくか予断できない」という方々。この方々は、落ち着いて漢方的手段に頼ってよいと思います。だいたい病院へ行くと、ろくなことにならない。
従来は関節リウマチ治療ピラミッドといって、副作用のない軽い手段から始めて、それでもダメなものは次、それでもダメなものは次、と順序を踏んでいたのですが、最近ではステロイド剤や金剤といった、従来ならピラミッドの頂点近くにある薬を、いきなり「すそ野」の関節リウマチ入門段階の方に使う手法が始まっています。初めから「強い手段」を使って進行性のリウマチとそうでないものをフルイにかける、というのがその理由ですが、危なかしくて見てられない。進行性でないものまで引きずり込んでしまいそうな危惧を感じます。
これからリウマチの門をくぐり、本格的なリウマチになるのか、それとも引きもどすことができるか、という段階の方を随分たくさん診察しましたが、漢方的手段ではとても押さえられず重症化した、という例はほとんどありません。中等度の立派なリウマチの方で、ハワイに遊びにゆくとその間はケロッとして痛みのなくなる方がいます。リウマチはそうした「生活病」「環境病」という側面のとてもつよい病気なのです。こうした経験からいっても、いきなり「強い薬」を用いる最近のやり方には反対です。
(15)不 妊 症
子供がほしいのに、また普通の性生活をしているのに、3年以上妊娠・出産できない場合を、一応不妊症といいます。
当院に相談に来られる方の多くは、「不妊外来」の諸検査を一通り受け、「はっきりした原因はわかりません」といわれて困惑している方々です。また、現代医学的に原因がかなりはっきりしていても、「無理です」といわれ、試験官ベビーその他の手段にも疑問をもたれ、何とかならないか、と相談にみえる方もいます。
また最近では、まだ現代医学的検査を受けずに、「まず漢方で」という方も多くなりました。
いずれの場合も、まず当院に来られた方には、「約一年は今までの服薬・注射などを止めてみましょう」と申し上げます。結婚1〜2年でもう焦り始めている方が少なくないからです。或いは結婚5〜6年たって、今までにさんざん排卵誘発剤やホルモン剤の投与を受けている方も、同様です。焦ることはありません。漢方薬だけにして、落ち着いた生活を送っていると、基礎体温のグラフが普通のパターンにもどってくることも少なくありません。それでも妊娠しなければ、1〜2年後にあらためて排卵誘発剤その他の手段を加える。こうすると、妊娠する例が多いように思います。当院では結婚10年後に妊娠・出産した方がレコードですが、結婚5〜6年の方なら、かなりいます。
「漢方薬は不妊症に効くか」と統計学的に責められれば、確たることはいえませんが、経験的には「やってみる値打ちは充分にある、むしろ第一選択には漢方がいい」とさえ言えます。それは漢方的手段は不妊の方の「身体のウィークポイントを補正する。それも全身的な見地からそれができる」という性質があるからです。私共は婦人科的内診をするわけでもないし、ホルモンの定量をするわけでもありませんから、「何がわかるのか」と言われそうですが、現代医学的アプローチとは全然別の角度から、その方の身体の弱点を見つけることはできるのです。それを補正するだけで妊娠する方もかなりいるわけですから、それでも妊娠しない場合にはじめて現代医学的検査・処置を受けるのが、順序のように思います。
「不妊症」は「症」という字がありますから、病気でしょうか? 一般の慢性疾患と確かに似ている面もあるでしょうが、異なることの方が多いでしょう。たとえば慢性肝炎の方の場合、診断がつけば、その方の現在の状況に応じて生活指導や服薬・定期的検査というレールに乗ってしまえば、あとは生活を押しすすめればいいわけで、それ以上悩んでも仕方がない。これに対し、不妊の方は、別に生活上、何の制限もない健康な方とちっとも違いはないかわりに、結果が出るまでは「いつまでも悩んでいなければならない」。これはたまりませんね。「三年たって子なきは去る」とか「石女」とかいうコトバが現在でも生きていることに、驚かされます。なかには明らかに男性不妊であるにもかかわらず、女性の方が責を負う形で病院を転々としているという、理性的にみればまことに理不尽な、人情的にみればまことに微妙な悩ましい生活を送っている方もいます。
子孫を残すことは種としての人類としてはなるほど「あらねばならない」ことかもしれませんが、女性一人一人がすべて「そうあらねばならない」と考えるのは大間違いでしょう。一人一人の個性、得手不得手があるのが当り前です。
どうしても子供を育てたいなら、「養子」がいいですよ。欧米の方で、何のこだわりもなく養子を育てながら、充実した生活を送っている方は知っていますが、日本人カップルには少ないですね。他人の女性のお腹まで借りて、自分たちの子供を残したいという「血のつながり主義」みたいな狭い料簡は、もうなくなってもいいのに、と思います。墓参りに来てくれるのは、せいぜい孫かひ孫くらいまで。あとは私たちはみんな無縁仏になるのに。ゆったりと広い視野に立ち、今の毎日を充実させること。実はこのことこそ、もっとも強力な不妊症治療であることを考えてみてください。
(16)尿路障害・排尿障害
「からだの地図帳」という本が売れているそうです。医学生が使う「解剖書」の一般向けのもの。イラストはとてもきれいです。私はかねがね、日本や世界の地図は皆知っているのに、簡単な法律や経済の仕組みは皆知っているのに、こと身体のことになると、地図も法律も何も知らず、医者まかせの人が多い、と思っていました。
尿路は、そうした地図がとてもすっきり描けるシステムです。
腎臓や尿路の検査をしたことのある方は、右下のように白く描かれたX線写真を見たことがあるでしょう。
腎臓には大量の血液が不断に流れ込んで、フィルターでこされた血液は再び身体に戻っていき、不要な物質と水分は腎盂に出てきます。よく腎盂炎といいますが、尿道から入って膀胱炎などをおこした細菌が、尿管を逆流して腎盂にまで炎症が波及したことをいいます。尿は腎盂から尿管を下って、膀胱にプールされます。だいたい牛乳ビン1〜2本分たまると満杯になり、尿道口が開いてシャーッとなるわけです。右図は男性のものですが、尿道は女性は短く、男性はオチンチンの分だけ長い。そのためでしょうか、尿路感染症(膀胱炎や腎盂炎)は圧倒的に女性に多い。
ところで、腎盂から尿道まで尿路は下水管のように、ただ高い所から低い所へ尿を流しているのでしょうか。そうではありません。食道や胃腸などと同じように、蠕動運動することによって尿を送っているのです。早いハナシ、逆立ちしていても、尿は膀胱にたまるし、排尿もできるわけです。
この蠕動運動は、自律神経が司っています。ですから、食道や胃腸と全く同様に、自律神経の働きがスムーズでないと、「胃腸の具合がわるい」と同じ事態が、尿路でもおきます。そういう方は、結石ができやすくなるし、細菌感染もしやすくなります。もうひとつ尿路のことで事態をややこしくしているのが、排尿は100%自律神経が司っているのではない点です。排便や呼吸などもそうですが、意識してコラえたり、深く吸ったりできますね。これは自律神経ではなく、私たちの意識的な運動神経の働きです。
この自律神経と運動神経の絶妙な配分で、コラえたり気持ちのよい排尿ができたりするわけです。逆に言うと排尿は自分で調節できる部分がありますから、やたらコラえたり、逆に何回もトイレに座って納得するまで出切らないと気持ちわるい、というふうに、神経質になるときりがなくなります。症状がでると、完全な気持ちよさを求めるのは人情ですが、意識的になりすぎると、結局はこじらせてしまうことを忘れずに。

