(1)コンサートレポート
@03年11月16日(日)京都・都雅都雅
A03年11月22日(土)福岡ベスト電器本店11Fベストホール
B03年11月23日(日)熊本ぺいあのPLUS
(2)HISTORY
(3)WORKS
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(1)コンサートレポート
@03年11月16日(日)京都・都雅都雅
観客は60人ぐらい。都雅都雅は狭いのでこれくらいの人数がちょうど
いい。やはり女性の方が多かった。禁煙だったのが俺には辛く、時々外の
階段の所に出て、タバコを吸った。店の人に訊くと、禁煙にするかどうか
はアーティストが決めるそうだ。そのことから考えると龍雲はタバコが嫌
いなようだ。
1曲目 恋の花
2曲目 帰郷
「今晩は、ようこそお越し下さいました。」
観光シーズンで道が混んでいたという話。
今年2回目の人の方が今年初めてという人よりかなり多かった。
龍雲のファンはかなり熱心で継続的に来ている人が多いようだ。
サイドギターの丸山桃太郎さんの紹介。龍雲はももちゃんと呼んでいた。
3曲目 君を忘れたい
4曲目 三度目の秋
龍雲は沖縄の人と結婚したかったらしい。奥さんと沖縄で出会ったので
てっきり沖縄の人だと思っていたのだが、彼女のお母さんは京都の人で、
お父さんが沖縄の人だった。奥さんは京都の山城高校の出身ということで、
近くのなじみ深い高校だったので、俺はとてもうれしかった。奥さんは昭
和37年生まれとのこと。
沖縄に住んで5年になるが、那覇マラソンに12月7日に2年ぶりに出
るらしい。トレーニングを夏からしているとのこと。応援のツアーを募集
しているとのこと。前日にパーティーとライブをやるらしい。那覇マラソ
ンに出るという人が会場にも一人いてびっくりした。
テレサ・テンさんに昔、曲を書いてあげた。子どもさんもいらして、こ
ういう夫婦になりたいと思ったらしい。その曲、「愛し愛されて」。龍雲
は他のアーティストへの提供曲も多く34曲になる。
5曲目 愛し愛されて
6曲目 裸の王にはなりたくない
初めの方で歌詞を忘れてしまった。何回か初めの方を歌っているうちに
思い出して、再開する。
7曲目 はばたく想い
これはJALカード機内CM使用曲。
11月8日に46歳になったそうだ。信じられないと言っていた。杉田
二郎さんのラジオの番組に東京で出してもらった。二郎さんは弟のように
かわいがってくれる。それはちょっと嫌らしいが。僕もボケてきたが、二
郎さんのボケ方はひどいそうだ。その【二郎さんのボケ方の話】。
飯を食おうということでコンビニに連れて行かれた。そのコンビニでは
ブリトーという新発売の商品を宣伝していた。ブリトーを龍雲は知らなか
ったので、二郎さんに訊いたが、二郎さんも知らない。二郎さんは店のお
じさんに「杉田ですけど」といって聴きに行った。店のおじさんは、これ
ですこれですと言って、棚の所に案内してくれた。二郎さんはこれがブリ
トーかと言って感激していたが、後ろから見ているとブリトーと書いてあ
る下のがブリトーで、二郎さんは上のを手にとって感激していたのだった。
この話は有名な話らしく、12月の細坪さんのライブでも細坪さんは龍雲
に聞いた話としてしゃべっていた。
次は、【龍雲のお子さんの話】。うちの子どもももう8歳と6歳。「波
瀾万丈」というのを見て、奥さんがこれはうちのパパが作った歌だと子ど
もに教えた。お子さんは芸能人ということを知らなかったらしい。それ以
来だんだん分かってきて、沖縄で買い物をしたときに領収書をもらうとき
に、おばさんが上様でいいですね、と言ったら、子どもがパパは上様じゃ
ないよ!永井龍雲でーす、と叫んだ。おばさんに変わった名前ですねと言
われた。
「道標ない旅」を作ったときに、一緒にこの曲を作ったそうだが、グリ
コのコマーシャルソングだったので、本当はこっちの方が好きだったそう
だが、ちょっと暗いということでボツになったそうだ。
8曲目 蒼穹
ギターを見せて、そのギターはK−ヤイリというギターでひろむ(と聞
こえたが、誰?)からもらったギターだそうだ。初めて買ったギターもヤ
イリの5万円の白いギターだったそうだ。亡くなったお母さんがおまえは
頭はそんなによくなから大学には行けないだろうけど、歌はうまいからと
いうことでお母さんが買ってくれたギターだそうだ。お母さんは奄美大島
の出身で、龍雲が沖縄に住んだのも島の血が流れているからかも知れない
と。16で島を出て、デビューしてからは奄美にも帰れないでいた。お母
さんは目が悪かったので、夫婦仲も悪かった。51,2で亡くなった。コ
ンサートのついでに奄美を訪ねた。海がきれいだった。こんなところでお
ふくろは育ったんだと思った。その時のことをイメージして作った曲。ル
リカケス。奄美の鳥だそうだ。
9曲目 ルリカケス
10曲目 夏の蝶(大石円への提供曲)
11曲目 一滴(ひとしずく)の雨
12曲目 当世酒場唄
13曲目 暖簾
14曲目 星月夜
「呼吸困難に陥りそうになった。」
11月のこれくらいの季節が一番好きで、沖縄には電車がないが、電車に
乗るのが好きで、いろいろなことを考えるそうだ。
東京の暮らしも嫌いではなく、独身時代に作った歌「カトレア」。
15曲目 カトレア
「今日はどうも長い時間ありがとうございました。」(拍手)
「またやってまいりますんで、来て下さい。いろいろあるでしょうけど
元気を出して生きていきましょう。」
「それでは最後の曲、みなさん一緒に歌いましょう。」
16曲目 道標なき旅
手拍子をして歌った。曲が進むに連れてだんだん歌う人が多くなった。
龍雲は左の小部屋に入った。ここはアンコールのために待機するところ。
アンコールを促す大きな拍手。
龍雲、再び登場。
アンコール
ファンの女性の方が何かアンコールしたが、今日は歌わないそうだ。
17曲目 僕は常夜灯
「僕は常夜灯」を作ったときはその当時の若い世代へのメッセージだそ
うだ。46歳になった今のメッセージが次の歌。「鳥のようなもの」。
18曲目 鳥のようなもの
(大きな拍手)
サイン会にうつる
数名の女性が龍雲と親しく話をしていた。龍雲もにこにこ笑って楽しそ
うに話していた。京都に「龍雲」をひっくり返した「雲龍」という和菓子
があるので、俺はそれを買ってプレゼントしようと思っていた。しかし、
龍雲が甘いものが好きかどうか不安だった。恐る恐る「甘いものはお好き
ですか?」と訊くと「大好きですよ。」と言ってくれたのでうれしかった。
「雲龍」の説明をして、渡した。写真を一緒にとってもらえるか、頼んで
みたら快くOKの返事をくれたので、近くにいた女性に撮ってもらったのが
下の写真です。