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「インデックス」で使用した写真


経ヶ岳の霧氷     撮影 星野毅
守屋山に登りました。
良い天気で正月らしい山行でした。
頂上からは百名山が36座見えるそうです。
     文・撮影 星野毅 
おこじょ
イタチ科で肉食。
冬は白毛になり、白い妖精とも呼ばれるようです。
 昨年8月、飯豊本山小屋近くで偶然撮影されたそうです。
撮影 平木さん 
しおじ
「しおじ」の付く地名は聞きますが、
近頃ではあまり見かけません。
もくせい科
東京大学 秩父演習林にて
 撮影 長沢 
秩父 岩根山のつつじ


撮影 長沢昌弘
2003年4月 
春の白馬岳
 雪庇の切れ目からヒョッコリ顔を出すと、そこは、もう頂上。数人の登山者が憩でいた。
 山はまだ完全に雪景色。でも太陽は真夏のようにギラギラ燃え、「今日は焼けるぜ」と登頂の握手を交わした。
撮影・吉野勲
文 ・長沢(白馬主稜にて)
4月25日(日)に奥多摩「海沢探勝路〜大岳〜千束」を歩いて来ました。
少し早めの新緑でしたが、空気が冷たく気持ちの良い一日でした。今回もまた
「動物との遭遇」がありました。
写真を良く御覧ください。単に「バナナを持ち上げている図」ではありません。
手首の所を拡大して良く観察してください・・・ところで、この鳥の名前を教えてください。
平木 昭夫
Ans. 「カワセミ」と思ったのですが、小鳥に詳しい方から「やまがら」との返事がきました。(長沢)
またまたハプニング

滝口かおるさんの頭を!
巣と間違えた可愛そうな鳥!?
撮影日付: 2004/05/21
風雪のビヴァーク

 槍ヶ岳・北鎌尾根での松濤明、有本克己両氏の遭難事件は日本の山岳史上、あまりにも有名である。
 彼らが所属する山岳会が
「遭難報告号」として、事件の概要、捜索記録などを纏めた冊子が左の写真。(昭和25年1月発行、非買品、A5判114頁)
 その後、朋文堂、二見書房、山と渓谷社などから、同じ書名で「松濤明遺稿集」として発売された。
           (長沢)
越後水無川・西沢大滝

越後三山に食込む水無川は多くの巨瀑を秘めた険谷として知られる。
その中でも西沢は未だに遡行者の少ない沢である。

意を決して飛越えたシュルンドを覗き込むと、底しれぬ暗闇。少なくとも10m以上はあるだろう。すると、この滝の高さはどれ程なのだろう。トップに立つ先輩の後姿から眼を離せない。ザイルのピッチも数えられないほど、私は夢中で岩壁にしがみついていたのである。

撮影 小熊太郎
文   長沢和俊
夏の終わりに

 湧立つ入道雲も、人の賑わいと共になりを潜めてしまった。風もなく、陽を遮る雲もないのに、「おやっ?」と思うほどヒンヤリした空気の漂いが頬に触れる。
 夏の終わり。
 広大な山懐に抱かれて無言の時が流れる。夢中になって登った日々。その意味に答えることなく、ただボンヤリと遠くを見詰めた。そう、言葉ではなく、その意志が見い出せずにいるのだ。
 寂しさは、秋の静けさが忍び寄るからだけではない。あした、私は山を降りなければならない。
                前穂高にて
兜岩山(1368m) 

 荒船山の近くにある岩山。
一般的には星尾峠から県境尾根を南西に向かう。見た目とは違い、意外と登り下りが多いとのこと。

 2005年1月3日
        撮影 星野毅
杁差岳の想い出
       星野恵美子 画


 5月連休に登った飯豊連峰の画が星野恵美子さんより届きました。原画はA4サイズより大きいため、残念ながら、その一部のみ切り取らせて戴きました。

 大石川東俣。巨樹の下で焚火を囲む4人。月の光が眩しいほど。個性豊か、夫々に岩魚が焼けるのを待っています。夜中、テントの外にはいろんな動物が来訪。一枚の布を通して荒い息づかいが。熟睡してたのは恵美子さんだけ?
 明けて、ピッケル片手に雪稜を行くメンバー。遥か彼方の山頂を目指します。
3月の袈裟丸山

袈裟丸山は足尾山塊の南に位置する山です。
アカヤシオ、石楠花、紅葉などの見所として知られる。

撮影・星野毅
入川谷 速滝を遠望

 速滝は上下2段、約30mの落差を持つ滝である。一般的には入川谷を遡行して訪れることになる。川乗山・鳩ノ巣コースからも覗えるが、樹木に葉が繁れば難しくなる。
 写真は3月に廃村「峰」から入川の奥へと向かう林道より撮影したものである。
 峰:1972年に廃村。昭和初期には14戸が集まってたと云う。村の中心に日天神社を鎮座。未だ生活の臭いが残る廃屋もある。
            撮影・島雄二
雨飾山(1963m)

何年も前のことであるが・・・
TVは甲子園の熱戦を連日続け、関西地方の炎天下の模様がいやでも目に入る。小谷温泉で足止めを食らう私は土砂降りの空を恨めしく仰ぐ。傘をさして散歩に出れば、谷は激流となり乙見山峠への道が今にも崩れそうで不気味であった。列車も不通、帰るに帰れずただボンヤリTVを見続けるのであった。数年後、山頂へは登れたものの、山の印象は、あの夏の日の豪雨に殆ど洗い流されてしまっている。
 03年5月 駒ケ岳より見た雨飾山
秩父槍ヶ岳

 中津川林道、特に中双里〜中津川間は険しく美しい渓谷が続く。これは、上流に向って右は両神山系、左に槍ヶ岳に代表される山々に挟まれてのことである。一昔前には名も聞かなかった山が案内書に載るのは、交通が便利になったおかげなんだろう。
 中双里から相原橋へ向かう途中、小さなゴツゴツが連なった稜線を望む。正直なところ、槍ヶ岳とは大仰だなあー、と感じた。
 05年6月 撮影
山ダニに喰われる

急に「いててて!」と叫んだH君。シャツをめくった横っ腹には何と、ダニが喰い込み、表面に出たダニの腹と足がモジョモジョと動いていた。慎重に引張り出そうとしたが、結局は頭部が残ってしまった。帰京して医者へ行くとのことだが、その結末はまだ聞いていない。
ダニ予防対策、たかられた時の処置。どなたか適切なアドバイスをお願いします。
 痛がりながらも気丈にシャッターを押したH君でした。
霧ヶ峰
         
 山上に広がる広大な草原。つつじはすでに盛りを過ぎ、ニッコウキスゲの蕾がときを待つ七月の始め。
 樹林帯を抜け、背丈を越えるヤブを潜って山稜に立てば、風は優しく雲は踊りながら迎えてくれた。一筋の道がか細く続き、その果ては頭だけをピョコンと出した蓼科山。
 手ごろな岩角に腰を下ろし、胸いっぱい空気を吸って天を仰ぐ。若い頃、ただ駆け抜けただけの忘れていた山。「何処まで歩いて行くのか」と尋ねることもなく、いま、おおらかな息つぎで甦ってくる。

  秋田 田代岳

青森県境に近く、白神山地の東に位置する山。
薄市沢コースは、3合目の薄市山の家に一泊して登りはじめた。杉の植林帯からブナの森へ。風通しが悪く、湿度の高い道であったが、頂上の下に広がる湿原は、まさに別天地。仲間が付近を散策している間、私は木道に寝そべって、しのびよる秋の気配を感じていた。
(3合目まで車、それより山頂まで3時間強)
七時雨山

 盛岡で数日過ごしたある日、思いたって奥中山への列車に乗った。人気のない駅に降り立ち、雑貨屋で地下足袋に履き替え、山への道を訊ね、線路沿いに戻って踏切を渡る・・・結局は道を失い西岳へ登ったのだが、黒木の盛上がる七時雨山を眺め、いつかまた来ることもあるのだろう、と。数十年も昔の、ススキの光る秋の日だった。
 今夏、東北自動車道を鹿角から南下。裾野を広げた双峰に魅かれ、急遽、立寄ることにした。田代平に舗装道が走り、当時の素朴さは薄れたものの、風に靡く草原の細道を辿ると、忘れかけた懐かしさが次々と脳裡に浮かぶ。もう一度この道を辿れるだろうか。そう、山頂へは敢えて行かなくてもいい。そうすれば、きっと、また訪ねることになるだろうから・・・。
 山は厚い雲に覆われていた。「一日に七回時雨れる」という由来どおりに。
靴底の剥がれが多発しているそうです(左)。応急処置で何とか戻って来ました(右)。 光岳にて
 浅間山

2月18日撮影。
北軽井沢方面から。
昨日からの降雪で白くなっています。
左に延びる雪稜がSKIに適していそうです。
この日、噴火活動はレベル2。
ちなみに小浅間までが登山範囲。
山頂付近では、火山灰が降る事もあるそうです。
ショナミの頭

 上信国境の山。別名、蟻ガ峰などとも呼ばれる。今回登った南尾根はヤブも少なく、三国峠よりの尾根道よりは、むしろ歩き易かった。好天に恵まれ、適度な残雪と岩稜。かつては道の無い山であったが、最近は訪ねる人も増えているのだろう。道標こそ少ないものの、踏跡は途切れることがない。
 旧三国峠は相変わらずひっそりと佇んでいた。朽ちた道標が「中津川から秩父市へ」などと時代にそぐわぬ暢気な表示をしている。山中横手に踏み入り、石楠花坂から神流川本谷へ降り立った日は紅葉が真っ盛りだった。あの時もこの道標に見送られたのだろうか。
    黒平
 昇仙峡の更に奥、バスの終点から3時間も歩かねばならぬ所に黒平の部落はある。信州峠、木賊峠、黒平峠と続く御所平伝説の地であり、また今井雄二氏の名文「黒平峠」でも知られる。
 いまでは二万5千図に峠の名もなく破線記号だけが記されているが、それも五万図「御岳昇仙峡」とは肝心の峠の位置が違っていた。
 まだ雪が消え残る峠から黒平へと降りる途中、森の中に切開かれた村を見下ろした。「高燥で日当たりがよい」と原全教が言ったとおり、のどかな風景であったが、嘗て「花嫁が越えた峠」のみならず、村の中にも人陰が見当たらなかった。
 白山を望む

猿ケ馬場山の頂は平坦で、迷い易い地形だ。何処でも歩けてしまう雪面の登りで、「帰りは大丈夫かな?」とチョッピリ不安になったが、案の定、迷った。時間にして20分くらいだったか。それにしても、予想が的中して嬉しい筈も無い。
 白山は近く、北アルプスは遠く長い連なりを見せていた。腰痛を騙しながら苦労して登った山。「来年もこんな雪山を歩けるだろうか」と、まるで桜の花を見るように白山を眺めた。 
          (長沢)
  角落山にて

 「剣の峰」と二つ、鋭く尖った頂には、惹かれるものがあった。随分と長い間、放っておいたが、野暮用がキッカケで訪ねられることになった。
 男坂には鎖場もあり、不安定な所もあって、下山路としては薦めづらい。
 鳥居のある山頂から剣の峰との鞍部へ。「本日、ここまで」と言う相棒に従えば、ポツリポツリと雨滴が落ちる。浅間隠のピラミダルを仰ぎながら、霧積へ越えられなかったことを残念に思った。
 (男坂の鎖場を登る相棒)
秋を迎える尾瀬ヶ原 9月
            (撮影:松村)
 剣岳(北アルプス)

 ・・・・・ “鉄鋼のような岩ぶすま”と深田さんが形容した剣岳が聳え、奥大日岳の山頂に近づくに従ってその天を突く鋭さが増してくるのだった。
        

            金井サヨ子
            「安曇野日記」より
 奥穂高岳
        (紀美子平より)
・・・ 夫は、圧倒される高度感と吹き上げる冷たい風、皮手袋をした手がかじかんだ北斜面の登りがかなりこたえたようだった。
 北アルプス第一の高峰、奥穂高岳に夫と登れてうれしかったし、
この幾重ににも連なる山波、大展望の中を、これから続く吊尾根、そして岳沢へ行けることが楽しみでたまらなかった。
私だけが浮かれていたのであって、夫にとっては慣れない岩場、しかも難しい下りが次々に現れて・・・。

        安曇野日記より
雪の朝
       11/22

 11月には珍しい雪の朝でした。
我が家の庭で写す。 
               (金井)