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現在では、時間は一定の早さで直線的に進む、という考え方が当たり前で、時間について深く考えることはほとんどありません。
しかし、歴史的にはこの他にも時間について様々なとらえ方がありました。 例えば江戸時代は不定時法といって、日の出と日の入をもとにしてその間を昼と夜それぞれ6つに分け、それを一時(いっとき)と呼んでいました。 そのため、春分、秋分の頃は昼、夜とも一時が約2時間でしたが、その他の時期では、一時の長さは変動していました。
また、浦島太郎の竜宮城では時間の進み方が地上より遅くなっていました。 似たようなことが特殊相対性理論によっても起こり、移動している物体では時間の進み方が 遅くなります。 しかし、この効果は光速に近いスピードにならないと目立たないので、こうした経験を日常生活の中ですることはありません。また、60年ごとにやってくる丙午(ひのえうま)の年に生れた女の子は気性が激しく夫が短命になるという風に、ある周期で似たような事が繰り返される、という考え方もあります。 一番最近の丙午の年1966年の出生率が前後の年より3割も減ったように、この種の迷信には根強いものがあります。
ここでは、古代の時間観について、時間を形に分類して紹介します。1.らせん
古代では、時間は「大年」などと呼ばれるある周期で循環する、という考え方が支配的でした。 また、大年の終わりに大災害が起きて世界は滅び、再び新しい世界が始まる、ということもよく言われました。 このような概念はバビロニアで生れ、ギリシアやインドに伝播していったようです。 今となっては奇妙な考え方ですが、古代の人は日、月、年といった周期が全て太陽や月に由来することに強く印象づけられたに違いありません。 それならばもっと大きな周期があって、それに従って宇宙全体が生れたり滅んだりするはずだ、と考えたのも分からないでもありません。
ギリシアの哲学者プラトンは、全ての惑星がもとの位置に戻るまでの周期を「完全年」と呼び、その周期で地上の物や出来事も再びもとに戻ると考えていました。 後になって、ヒッパルコスが発見した地球の歳差と結び付けられるようになり、その周期36000年(実際は約26000年)が「プラトン年」と呼ばれるようになります。
インドのヒンズー教では、時間は4つのユガから構成され、新しいユガほど悪い時代になる、としています。 現在は4番目で最悪のカリ・ユガに当り、食糧は欠乏し、不正がばびこる時代に当ります。 4つのユガを合わせたものが1マハーユガで、12000神年かかります。 人間の1年が神の1日に相当するので、神の1年は人間の360年で、1マハーユガは432万年となります。 もっと長い周期がカルパ(1カルパ=1000マハーユガ=43億年)で、72000カルパ(31兆年)がブラフマー神の一生に当り、それぞれの周期は大災害で終わるとされます。
マヤやアステカの人々は、現在、世界を照らしている太陽は宇宙が始まって5番目のもので、以前の4つの太陽はジャガーに食べられたり風に吹き飛ばされたりして次々に滅んでしまった、と信じていました。 そして今の太陽も生まれてから13バクトゥン(=5200年)経過すると、滅んでしまうと信じられていました。 その日はマヤの長期暦から計算すると西暦2012年12月23日に当り、ノストラダムスが去った今、これをネタにしたトンデモ本も発売されています。 マヤ文明はヨーロッパ人が到来したときには既に滅んでいましたが、その原因はまだ分かっていません。 原因の1つとして、マヤの一部の人たちが13カトゥン(256年;20カトゥン=1バクトゥン)ごとに都市を放棄して別の土地に移動していたことなどから、彼らの宇宙観と関連があるのではないか、という説があります。
このような循環では、去年の春と今年の春が違うように、人間一人一人までがもとの姿で再現すると考えたわけではなく、らせん形のような時の流れを考えていたと思われます。
2.リング(円環)
ピタゴラスについて確実な伝承は少ないのですが、ある時に起きたことがらは一定の周期をへて再びそっくりそのまま起きることを説き、「私はまたいつか、この杖をもって再びお前たちの前で教えるだろう。」と言ったと伝えられています。 その後のストア派の人たちも同様の事を信じ、その中には2世紀のローマの哲人皇帝マルクス・アウレニウスも含まれていました。
(注)実はプラトンも時間は円環的に循環すると書いています。当時は、時間が「数的に(個体として)」めぐり還るか、「種的に(生物種として)」めぐり還るか、といった問題提起がされていましたが、プラトンはそれほど厳密な時間の回帰は考えていなかったようです。
この永劫回帰の思想は19世紀の哲学者ニーチェによって復活します。 彼は、世界の事物の配列は有限だから、長い時間の末には再び同じ配列が再現されるはずだと考え、「時間自体が一個の円環である。」と主張しました。どんなに努力しても結局は元に戻ってしまうわけで、普通の人ならニヒリズム(虚無主義)におちいる所ですが、それにも関わらず前進を続けるのが「超人」なのだという風に考えたのです。
同じころ科学者のポアンカレは、ある条件のもとでは最初の配列にいくらでも近い配列がいつかは再現され、かつそれが何回もくり返されることを証明しました。 しかし、その周期は宇宙の年齢と比べものにならない程長いものです。 例えば1立方センチの気体中の分子が再び同じ配列になるまでには約10^(10^19)年(1のあとに0が10の19乗コつく数、宇宙の年齢では0が10コつくだけ)必要です。 人間の、更に地球全体の配列を再現するのは更に大変ですから、永劫回帰を心配する必要はないと言えるでしょう。
3.振り子
プラトンは上で紹介したのとは別の所で、宇宙がある年数過ぎると時間の流れが逆転し、その衝撃がさまざまな動物の死を招き、そして死者がよみがえり、老人たちが子供に返り、ついには消えてしまう、と言っています。
なんと、あの物理学者ホーキングも一時は同様の理論を主張していました。 彼は、時間の矢として熱力学的(エントロピー)な矢、心理学的な矢(人が感じる時間の流れ)、宇宙論的な矢(宇宙の膨張、収縮)の3つを考えます。そして心理学的な矢の方向は、熱力学的な矢の方向と同じだとします。 現在、宇宙は膨張していて、無秩序(エントロピー)は増加しています。 もし宇宙が収縮に転じ、その時再び秩序のある状態に戻るなら、矢の向きは逆転し、収縮期の時間は膨張期の時間を反転させたもののようになるだろう、と考えたのです。後に彼はこの考えを捨てますが、可能性としては起こりうると考えている人もいます。
4.直線
古代のほとんどの民族が循環する時を考えていたのに対し、ユダヤ人は時間を天地創造にはじまる直線的なものととらえました。 現在のユダヤ暦の紀元は天地創造の年、紀元前3761年になっています。 キリスト教もこの考えを受け継ぎ、ヨーロッパでは長い間、宇宙の年齢は5000年から6000年だと思われていました。 宇宙年齢の短さはともかく、直線的な時間観が近代科学の成立に有利にはたらいた、という意見もあります。
直線的な時間の中で、(さらに循環する時の一部分としても)時代はしだいに悪い方に向かっている、という考えがよく見られます。 聖書では、ノアの洪水や最後の審判など、世の中が悪くなると神の裁きが下ることになっています。 上で紹介したヒンズー教の循環の中でも今はカリ・ユガという最悪の時代だとされていました。
古代ギリシアの詩人ヘシオドスは人類の時代を区分したなかで、最初の黄金時代には心に悩みがなく豊かな耕地はひとりでに実ったが、その後、銀の時代、青銅の時代、英雄の時代(この時代だけ金属名がついていません)と続き、現在は鉄の時代で、昼も夜も苦悩にさいなまれ悪事を働くものが重んじられる、とうたいました。 現在の歴史観では青銅器時代が発展して鉄器時代になった、と考えますが、ヘシオドスはそうは思わなかったようです。
そして、日本でも平安朝末期の閉塞的な時代状況のなかで末法思想がはやりました。 釈迦が亡くなってからの時代は、その教えが守られる正法の時代、形だけになる像法の時代、そして全く守られなくなる末法の時代に分けられるとされます。 当時の人々は釈迦の没年を紀元前949年(実際は紀元前5世紀ごろと推測される)とし、それから2000年後の西暦1052年に末法の時代に入ると、信じたのです(西暦0年はなく、紀元前1年の次は紀元1年なので、949+1052-1=2000)。 極楽浄土への往生を願う浄土信仰が広まり、平等院鳳凰堂などの寺院が建てられました。 又、タイムカプセルのようにお経を経塚に埋め、56億7千万年後の弥勒菩薩の降臨に備えようともしました。
世界は進歩していて暗い過去から明るい未来へ向かっている、という考え方が主流になるのはヨーロッパの近代以降で、フランシス・ベーコンなどに始まり啓蒙主義を経て、ダーウィンの進化論によって更に強化されました。
直線的な時間でも、長さ(宇宙の年齢)や向き(世界が良くなるのか悪くなるのかを、それぞれ上向きと下向きと考えると)には色々あるのです。5.永遠回帰の神話
宗教学者のエリアーデによると、古代人は歴史を一回限りの事件の連続としてではなく、神話に語られた出来事の繰り返しとして捉えようとしてきた、ということです。 1年というのも、正月が宇宙創造に相当し、だんだん社会や個人の罪やけがれが蓄積して、やがて年末にはカオスに至りますが、再び新しい創造とともに宇宙の秩序(コスモス)が回復される、と考えられていました。 ここから、宇宙が大年の周期で破壊と再生をくりかえし、各周期の中では時間とともに世の中が悪化する、という思想が生れたのです。 これらの思想はむしろ楽天的なものだった、とエリアーデは言っています。 つまり、個人や人類が一度滅びることは、その後の再生のために必要なことだと信じればこそ、あらゆる苦難にも耐えることが出来たのです。又、このような信念は月の周期的な満ち欠けにも関連しているようです。
古代の人にとって、新奇なことは伝統からの逸脱とみなされ、繰り返し起こることだけが尊重されました。 大年の思想は、新奇なことに価値を与え直線的な歴史を考える近代人とは全く違った歴史観から生れたものだったのです。
* * さて、現代人の時間観はどのようなものでしょうか。 IT革命でバラ色の未来がやって来るのか、環境破壊で文明が崩壊してしまうのか、それとも「太陽のもと、新しいものなし」(『旧約聖書』「コヘレトの言葉」)なのでしょうか。
キリスト紀元2001年1月1日は
イスラム暦では1421年10(Shawwl)月5日
タイ佛暦では満2543年10(Pausha)月7日
にあたります。
(世界の暦の暦の変換によりました)
主要参考文献青木晴夫 『マヤ文明の謎』 講談社現代新書
エリアーデ 堀一郎訳 『永遠回帰の神話』 未来社
定方アキラ『インド宇宙誌』 春秋社
ハルパーン 『輪廻する宇宙』
プラトン 『ティマイオス』『ポリティコス』
ヘシオドス 松平千秋訳『仕事と日々』 岩波文庫
ホーキング 林一訳 『ホーキング、宇宙を語る』 早川書房
2000年10月24日初版
2000年11月13日第二版
2003年3月16日第三版
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