切手に見る星のギリシャ神話(1)
神々の系譜編


 このページでは切手を通して、惑星や星座にまつわるギリシア・ローマ神話を見ていきます。 話の順番は惑星の配列や季節の星座ごとではなく、基本的には神話での神々の系図に沿うことにします(例えば、太陽神ヘリオスの次に、ヘリオスの息子ファエトンが登場するエリダヌス座の紹介をします)。
 目次と索引は、こちらのページをご覧ください。 また、このページではギリシア・ローマ時代のコインも、いくつか紹介していますが、歴史的な背景などについては星のギリシャ・ローマコインをご覧ください。
 惑星に対応する神々の名前はギリシア神話のもので、タイトルにローマ神話(ロ)と、英語での名前(英)、対応する天体名を「アフロディテ(ロ:ウェヌス、英:ヴィーナス、金星)」のように示してあります。

ウラノス(天王星)

 宇宙のはじめに最初に生まれた神はカオス(混沌)とガイア(大地)でした。ガイアはウラノス(天空)を生み、ガイアとウラノスからはタイタン(巨人族)族が生まれていきましたが、その末の子がクロノス(サターン:土星)でした。 ウラノスはガイアがその後に生んだ怪物たちを嫌い、彼らを大地の底に押し込めてしまいました。 それに不満を持ったガイアは、子供たちにウラノスを倒して欲しいと頼みましたが、皆ウラノスを恐れて応じようとしませんでした。 ところが、末っ子のクロノスだけが勇気を持って立ち上がり、ウラノスの陽物を鎌で切り取り、支配権を奪い取りました。

 切り取られた陽物は、波立つ海へと放り込まれましたが、そこから生まれたのがアフロディテ(ヴィーナス:金星)です。 左はパラグアイの惑星切手の1枚ですが、その場面がより生々しく描かれています。 美の女神にしては、かなりグロテスクな生まれ方ですが、これはギリシア名アフロディテとギリシア語の泡を表わすアプロスが似ていることから生まれた話のようで、別の伝承では素直にジュピターの娘ということになっています。

アフロディテ(ロ:ウェヌス、英:ヴィーナス、金星)


 金星は古代バビロニアで女神イシュタルに当てはめられていたので、ギリシアではそれを受け継いで美と愛の女神アフロディテ(英語ではヴィーナス)の星になりました。
 アフロディテは左上の切手(ギリシアのオリンポス12神切手の1枚)にあるように白鳥がお気に入りで、エロス(キューピッド)はアフロディテの息子とされています。 この切手の右下にあるように、ギリシア人は自分達の国をヘラス(Hellas)と呼んでいます(ヘレニズムという用語は、このヘラスから作られた)。 ギリシアという呼び方は、ラテン語のグラエコス(Graecus)に由来しますが、これは南イタリアに植民したギリシアの部族名で、ローマが最初に接触したギリシア人が彼らだったためです。 右上は、新古典主義の画家アングルによるヴィーナス誕生です。

クロノス(ロ:サトゥルヌス、英:サターン:悪魔サタンとは何の関係もありません、土星)

 さて、ウラノスに変わって世界を統治したクロノス(サトゥルヌス)ですが、彼もその息子に支配権を奪われるという予言を受けていました。 それを恐れた彼は、生まれてくる子供を全て飲み込んでいきました(右の切手は、バロック時代の画家ルーベンスによる「わが子を食らうサトゥルヌス」)。
 しかし、一番最後の息子・ゼウスだと思って飲み込んだのは実は石でした。ひそかに育てられたゼウスは成長した後、クロノスに飲み込まれていた神々を吐き出させ、10年の戦争の末にクロノスを倒し、ここに現在まで続くゼウスによる支配が確立したのです。
 このような神々による世代間の権力闘争というモチーフは、ギリシア神話に限らずバビロニアや小アジアに帝国を築いたヒッタイトの神話にも見られます。

ヘリオス(ロ:ソル、太陽)とセレネ(ロ:ルナ、月)

 クロノスと同じタイタン族には、ヘリオス(太陽)とセレネ(月)もいました。 今では太陽神といえばアポロンということになっていますが、それは後のことで、ギリシア神話が最初に語られた頃には、これら天体専門の神々が司っていました。
 ヘリオスは4頭立ての馬車、セレネは2頭立ての馬車に乗って天空を駆け巡るとされました。 上のギリシアの切手の右がヘリオスで、左は太陽に近づきすぎて墜落したイカロスです。 右の紀元前2世紀のローマの銀貨では、ローマ版の月の女神ルナが星々の間を駆けています。


エリダヌス座

 ファエトンは人間の母親のもとで育てられていましたが、成長するにつれて自分が太陽神ヘリオスの息子だと気がつくようになりました。 そこでファエトンはある日、太陽神の所へ行ったところ、自分を息子と認めてくれて、さらに願いを何か一つかなえてやることを誓いました。 そこでファエトンは、自分も太陽神の馬車に乗りたいと言いました。 太陽神にはファエトンが馬車を乗りこなせないことが分かっていましたが、いまさら誓いを破る訳にもいきません。 朝になってファエトンは馬車に乗りましたが、馬はファエトンの言うことを聞かず、軌道を外れて天空を駆け回ってしまいます。 ゼウスはやむなく、ファエトンめがけて雷撃を放ち、彼は流れ星のように尾を引いてエリダヌス川に落ちていきました。
 下のニウエ(南太平洋の島)の切手のオリジナルは、イタリアのヴィラ・ファルネーゼのフレスコ画ですが、右上に星座絵にはないワシに乗ったゼウス(切手では右手しか見えていません)が雷撃を放ち、左下ではファエトンが墜落しています。エリダヌス座はファエトンの背後にうっすらと見えています。

アトラス



 地図を意味する英語にもなっているアトラスもタイタン族の一員です。 アトラスは天を支える巨人で、もともとのギリシア神話では、天は平らな大地の上に載っていると考えられていたので、左上のギリシアの切手のように天の支柱を支えている姿で描かれています(この切手の右側はプロメテウスで、ゼウスに内緒で人類に火を与えたために、肝臓をワシについばまれる罰を受けることになりました)。
 一方、右上のアメリカの切手は、ロックフェラー・センターのアトラス像で、こちらのアトラスは天球儀を担いでいます。
 アトラスは、プレアデスの7人娘の父親でもあります。

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ゼウス(ロ:ユピテル、英:ジュピター:木星)

 最高神ゼウスはオリンポス山に住んで天界を支配し、兄のポセイドン(海王星)とハデス(冥王星)が、それぞれ海と冥界を支配するという3分統治が始まります。 地上は共同統治ということになっていましたが、実際はゼウスの支配下になりました。
 ゼウスの象徴はワシで、武器は雷の一撃でした。 ゼウスは多くの女神や人間の美女(と美少年)と関係を持ち、その中には星座になったものも多くあります。 右上の切手は、アングルの「ゼウスに懇願するテティス」で、テティスは息子のアキレウス(トロイ戦争の英雄で、アキレス腱を射られて死ぬことになります)について、ゼウスにとりなしを頼んでいるところです。
 右のコインは、アレクサンドロス大王のドラクマ銀貨で、右手にワシを、左手に王笏(おうしゃく)を持つゼウスが描かれています。

ヘラ(ロ:ユノー、英:ジュノー)

 ゼウスとその正妻ヘラは、系図上では姉と弟に当たります。 神話の中では、ゼウスが愛する他の女性にやきもちを焼いて、嫌がらせをする役回りになっていて、自分が主人公になった神話は見当たりません。
 しかしヘラは結婚の神でもあり、英語の6月ジューン June はローマ神話でのヘラの名前ユノー(Juno:ラテン語では Jはヤ行の音になる)に捧げられた月になっています。 6月の花嫁ジューン・ブライドも、これにちなむという説がありますが、ヘラ(ユノー)を見習いすぎるのもどうかと思います。
 ユノーは3番目の小惑星の名前にもなっています。

ポセイドン(ロ:ネプトゥーヌス、英:ネプチューン、海王星)

 ゼウスの兄弟で海と水界を支配し、両方の切手にもあるように三叉の矛(トライデント)を持っています。 トライデントを一振りすると大洋の波が湧き立ち、これを伏せると波がたちまち収まるといいます。 上中央の切手は、18世紀ベネツィアの画家ティエポロの「ヴェネツィアに贈り物をするネプチューン」、右上の切手は、海王星発見150年記念のモナコの切手(1996年)で、海馬(ヒッポカンポス:胴体の後半が魚になっている馬)に乗るポセイドンです。


いるか座

 海神ポセイドンの妻・アンピトリテーは、海の妖精ネーレイデスの一人でしたが、皆で踊っているところをポセンドンにさらわれて結婚しました。 しかし、彼女はポセイドンのことを好きになれず、海の果てまで逃げてしまいました。 その時、一匹のイルカが彼女の居所をつかんで、その知らせでポセイドンが駆けつけ、何とかなだめて連れ帰ることができました。 そして、この功績を認められたイルカは星座になりました。
 別の説によると、葡萄酒の神ディオニュソスが青年の姿で、海岸に立っていたところ、海賊にさらわれてしまいました。 海賊が船を沖に出すと、甲板を葡萄酒が流れ、葡萄のつるが帆柱を伝って延びていきました。 おびえた海賊が海に飛び込むと、海賊の姿はイルカに変わり(右のギリシアの切手は、この場面を描いたもの)、その内の一匹が教訓として星座にされたということです。

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ハデス(又はプルートン、ロ・英:プルート、冥王星)

 ハデスは、ゼウスの兄弟で冥界を支配します。 プルートンという別名は元は「富」という意味で、死の神と直接呼ぶのを恐れて婉曲に呼んだものです。
 右の切手は、17世紀イタリアの画家ジョルダーノの「ハデスによるペルセフォネの略奪」です。 ちょっと分かりにくいですが一番右下にペルセフォネをかかえるハデス、一番左下には三途の川スティクスの渡し守カロン(冥王星の衛星の名前にもなっています)、その右には3つの頭を持つ犬ケルベロスがいます。 この絵の主題は次のデメテルの所で…

デメテル(ロ:ケレス、英:セレス)

 デメテルもゼウスやヘラの姉妹で、穀物と豊穣の女神です。 デメテルにはペルセフォネという一人娘がいましたが、ハデスに一目惚れされて地下にさらわれてしまいます。 デメテルが娘の行方を探す間、地上では作物が実らなくなってしまいました。 根負けしたゼウスはペルセフォネを地上に戻すことにしましたが、その前に冥界の食べ物を口にしてしまったので、再び冥界に戻らなければなりませんでした。 結局、1年の1/3を冥界で、2/3を地上で過ごすことで決着しました。
 ペルセフォネは種子の象徴で、冬の不毛の季節に大地に隠れた後、春になってそこから復活して成長し、人々に食べ物を与える、という循環を表わしています。
 デメテルのローマ神話での名前ケレスは、最初に発見された小惑星の名前でもあります。 又、おとめ座はデメテル又はペルセフォネの姿とも言われています(デメテルについては娘がいるので、乙女ではないのですが)。


おとめ座、てんびん座

 おとめ座はデメテルを表わしているという説の他に、正義の女神アストラエアの姿ともされます。 アストラエアは、タイタン族の一員で星々の父であるアストライオスの娘です。 彼女はかつて、クロノスが支配した黄金時代には地上で人々と共に住んでいましたが、ゼウスの時代が始まって人間がだんだんと悪くなり銀の時代に入ると、高い山に移り、人々の所に来るのは稀になりました。。 さらに戦争が起こるようになって現在の鉄の時代になると、ついに人間を見捨てて天に帰ってしまいました。
 てんびん座は、正義の女神が持っていた天秤です。
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ヘルメス(ロ:メルクリウス、英:マーキュリー、水星)
 ゼウスとプレアデスの7人娘の一人マイアとの間に生まれたヘルメスは、生まれて間もなくアポロの飼っていた牛を盗むほど悪賢い神で、伝令の神であり、商業や泥棒(!)の神でもあります。 頭には切手にあるように翼をつけた帽子をかぶり、これまた翼のついた靴(後にペルセウスに貸すことになります)をはき、手には使者の印のカドゥケス(2匹の蛇がからみついた棒)を持っています。 また、右上の切手は、生まれたばかりの葡萄の神ディオニュソスをニンフの所へ届けようとするヘルメスです。
ヘルメスは動きがすばやいことから、惑星の中でも一番早く動く水星に割り当てられました。

アレス(ロ:マルス、英:マーズ、火星)

 ゼウスとヘラの息子アレスは、アテナと同じく戦争の神ですが、アテナが聖戦を司るのに対して、マルスには血なまぐさい乱暴なイメージがあります。
 アフロディテには鍛冶の神ヘーファイストスという夫がいましたが、マルスはアフロディテの愛人になっていました(右上の切手の二人がアレスとアフロディテで、16世紀イタリアの画家ヴェロネーゼの作)。 火星の2つの衛星フォボスとダイモスは、アレスとアフロディテの間に生まれた子供の名前で、それぞれ、「狼狽」と「恐慌」を意味します。

ヘーファイストス(ロ:ウルカヌス、英:ヴァルカン)

 鍛冶と火山の神ヘーファイストスはゼウスとヘラの子供で、アフロディテの夫でした。かつて、水星のさらに内側を回る惑星があるとの仮説が立てられたときに、バルカン(ヘーファイストスのローマ神話での名前)という仮称がつけられました。 現在ではそのような惑星の存在は否定されていますが、小さな天体ならあるかも知れないということで、そうした仮説上の小惑星をバルカノイドと呼んで、現在も探索が続けられています。

アテナ(ギ、ロ:ミネルヴァ)

 アテナは、主神ゼウスの頭から、すでに武装して甲冑をつけた姿で生まれたとされます。
 アテネは学芸や建築の女神でもありますが、何よりも都市の守護神で、アイギスを付けています。 アイギスとは、メドゥーサの頭(ペルセウス座参照)がついた胸当てのことで(右上の切手参照:盾にメドゥーサの頭が付けられることも多い)、全ての悪を倒すとされます。
 アイギスの英語読みのイージスは、アメリカが開発したミサイル迎撃艦の名前につけられ、また、アテナの別名パラスは、2番目の小惑星の名前でもあります。

ヘスティア(ギ、ロ:ウェスタ、英:ヴェスタ)

 ヘスティアはゼウスやヘラの姉妹で、炉の女神です。オリンポス12神の中に含まれていますが、これといった神話も無く地味な存在です。 しかし、各家庭で崇拝されていたばかりでなく、ローマでは国家の象徴としての神聖な火の女神ウェスタ(ヘスティアのローマ名)に捧げられた神殿がありました。 そこには貴族階級の中から選ばれた少女が巫女として仕え、その間に処女を失うと生き埋めにされることになっていました。
 また、4番目の小惑星はウェスタ(ヴェスタ)と名づけられています。

 ちなみに、オリンポスの12神は数え方にいくつかのバージョンがありますが、男神と女神はほぼ同数です。 しかし、天体の世界では、女神達はアルテミス(月)とアフロディテ(金星)を除いて小惑星に追いやられているのは何故でしょうか。

ムーサイ(英:ミューズ)とウラニア
 詩と学芸の神々ムーサイは、ゼウスと記憶の女神ムネモシュネの娘たちとされています。 もとは一柱だけだったらしいのですが三柱に増え、さらに後には九柱の女神達になましたが、その中には天文学の女神ウラニアも含まれています。
 左上のギリシアの切手では、左からタリアー(喜劇)、クレイオー(歴史)と来て、3番目が地球を持つウラニア(ギリシア・ローマ時代の彫刻がモデルらしい)です。 ついでに後を続けると、中央の切手は左からテルプシコレー(合唱詩)、メルポメネー(悲劇)、ポリュムニア(賛歌)、右の切手はカリオペー(哀歌:アスクレピオス(へびつかい座)の母)、エウテルペー(吹奏楽)、エラトー(恋愛詩)となっています。
 これらの役割分担を見て分かるように、ムーサイは音楽(ミュージックの語源はムーサイ)ばかりでなく学問一般もつかさどっていました。 そこで、ミュージアム(ムーサイの館:博物館)の語源にもなっています。

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その2では、星座になったゼウスの恋人達とその末裔を紹介していきます。


主要参考文献
呉茂一 『ギリシア神話』 新潮社
山田卓 『星座博物館』シリーズ 地人書館
Condos "Star Myths" Phanes Press

2006年8月20日バージョン1.0
2007年5月6日バージョン1.1
2007年8月18日バージョン1.2
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その1(現在地)
その2
その3
索引・目次+α

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