切手に見る星のギリシャ神話(2)
ゼウスの恋人編
 このページでは、星座になったゼウスの恋人達とその末裔を紹介していきます。



イオ

 アルゴスの王イナコスの娘イオは、ゼウスに見初められ愛し合っていました。 しかし、正妻ヘラに見つかり白い牝牛に変えられて、無数の目を持ち、眠ることの無いアルゴスが監視につけられてしまいました。
 ゼウスはヘルメスに頼んでアルゴス(上記の地名としてのアルゴスとは別)を退治させ(右の東ドイツの切手は、この場面を描いたルーベンスの絵で、左からヘルメス、眠ってしまったアルゴス、牝牛になったイオ)、その後も放浪の末、イオはやっと人間に戻って、ゼウスの子を生みました。 そして、イオの4世代後の子孫としてエウロパが生まれてました。 イオは星座ではありませんが、木星のガリレオ衛星の1つの名前になっています。


おうし座

 エウロパはフェニキア(現在のレバノン)生まれの美しい娘でしたが、ある時ゼウスの目にとまりました。 ゼウスは白い牡牛に変身してエウロパに接近し、エウロパが可愛がって何気なく牛の背中に乗ったときに突然、海の中へ飛び込みクレタ島まで泳いでいきました。 それを記念して星座になったのが、おうし座で、ヨーロッパという地名は、このエウロパに由来します。 エウロパはゼウスの子を3人産みますが、その一人ミノスはクレタの王になりました。
 左上はギリシア、右上はギルバート諸島(赤道直下の太平洋の島々で、キリバスとして独立する前にも、イギリスの保護領として独自に切手を発行していた)の切手です。 左下はロシアの切手で、実物は星が銀色に光っていますが、スキャナで画像を取り込むと黒っぽくなってしまいました。 右下はアジマン(アラブ首長国連邦の1つで、かつて切手ブームに乗って大量に切手を発行していた)の切手で、13世紀のノートルダム大聖堂のステンドグラスです。
ぎょしゃ座



 アテネ王家の初代の王はケクロプスといいます。 その時代に、鍛冶の神ヘファイストス(ヴァルカン)が女神アテナを捉えて犯そうとして、精がもれて地に落ちました。 そこから生まれたのが2代目の王エリクトニオスです。 アテナはこの赤ん坊を箱に入れて、決して中を見ないようにと言ってケクロプス王の娘たちに預けました。 しかし結局、娘たちは箱を開けて赤ん坊を見てしまい(左上のリキテンシュタインの切手は、この場面を描いたルーベンスの絵)、それを知ったアテナは娘たちを狂わせて、崖から身を投げさせました。
 右上のギリシアの切手では、エリクトニオスを大地の女神ガイア(下)がアテナ(左)に渡しているところで、右側には初代の王ケクロプスが、蛇形の脚をして描かれています。
 エリクトニオスは即位した後、初めて4頭立ての馬車を作った功績で星座にあげられ、ぎょしゃ座になりましたが、彼の末裔として、アテネの英雄テーセウスが生まれることになります。


かんむり座

 クレタの王ミノスはゼウスとエウロパの息子で、その妃パシパエーは太陽神ヘリオスの娘でした。 しかしパシパエーは、ポセイドンから送られた美しい牡牛に恋して、怪物を生んでしまいます。 その怪物が人間の体に牛の頭をもったミノタウロスで、王はラビュリントス(迷宮)を作らせて、その中に押し込めます。 そしてミノス王がアテネを征服したときに、アテネの少年少女をミノタウロスへの犠牲として要求したのです。
 その時、アテネの王子テーセウスは犠牲になることを志願してクレタへ向かいました。 王女アリアドネ(こちらはミノスとパシパエーの娘)は、麻糸の玉を与えて片方の端を迷宮の端に結んで、もう片方をテーセウスに持たせて送り出しました。 テーセウスは怪物ミノタウロスと格闘して倒した後、糸をたぐって戻ってきました。
 アリアドネはテーセウスと共にアテネに向かいますが、なぜか途中の島に置き去りにされてしまいます。 それを見た葡萄酒の神ディオニュソス(バッカス)がアリアドネを引き取り、冠を与えて妻として、その記念にかんむり座が作られました。 上のイタリアの切手はルネサンスの画家ティントレットの絵で、右下にはディオニソスがいて、その上のアフロディテ(ヴィーナス)が左のアリアドネに星の冠を授けています。

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はくちょう座、ふたご座


 スパルタ王家の始祖は、プレアデスの7人娘の一人タユゲテとゼウスの間に生まれたラケダイモンです。 その5世代後のスパルタ王ティンダレオスには、レダという美しい妻がいました。 しかし、ゼウスがその美しさを見て、白鳥に姿を変えて接近して交わってしまいます。 左上のキプロスの切手は、3世紀のモザイクに描かれたレダと白鳥、右上の東ドイツの切手はルーベンスの絵です。
 レダは2つの卵を産み、1つからはヘレネが、もう1つからはカストルとポルックス(ふたご座)が生まれました。 ヘレネは後にスパルタ王メネラオスの妃になりますが、この絶世の美女をトロイアの王子パリスが誘拐したことから、トロイア戦争が始まることになります。


 カストルとポルックスは双子の神ディオスクーロイ(ゼウスの若子たち)と呼ばれましたが、ポルックスはゼウスの子で不死だったのに対し、カストルはスパルタ王ティンダレオスの子で死ぬ運命にありました。 カストルが戦いで死んだとき、ポルックスは自分の不死を二人で分け合うことをゼウスに認めてもらい、一年の半分だけ天上の星々として輝くことを許されたのでした。
 ふたご座の星座絵では、左下のロシアの切手のように子供に描かれる場合が多いですが、中央のノートルダム聖堂のステンドグラス(アジマンの切手)では男女に描かれています。 カストルとポルックスは古代のコインにもよく描かれ、ローマがまだ小さな都市国家だった紀元前500年ころ、彼らが加勢に加わったことでローマ軍が勝利したという伝説も残っています。 右下に挙げたローマ皇帝マクセンティウスのコインでは、戦士の姿で描かれた二人が馬の手綱を引き、頭上には星が輝いています。

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わし座、みずがめ座

 ゼウスが愛したのは美女だけではありません。 ゼウスとプレイアデスの7人娘の一人エレクトラの間にうまれたダルダノスは、トロイア王家の祖になりましたが、その曾孫に当たるのが美少年のガニメデです。 ガニメデが羊の番をしていた所を、ワシの姿に化したゼウスにさらわれて(左下のギリシアの切手)、天上の饗宴で酒を注いで回る役目を務めることになりました。 みずがめ座は、給仕をするガニメデの姿とされます(下中央はロシア、右下はアジマンの切手)。 また、ガニメデは木星のガリレオ衛星の1つの名前にもなっています。

 ローマ皇帝ハドリアヌスの時に、わし座がさらった人物はガニメデからアンティノウスに変えられました。 ローマ帝国の5賢帝の1人であるハドリアヌスは、アンティノウスという美少年を愛して、帝国中を巡回するときにも連れていました。 しかし、ハドリアヌスがエジプトを訪れていたとき、皇帝の身代わりとしてナイル川に身を投げてしまいます。 そこで、ハドリアヌスと同時代のエジプトに生きた天文学者プトレマイオスによって、わし座の一部として星座になりましたが、現在はわし座に吸収されて(食べられて?)なくなってしまいました。
 右のポーランドの切手にも、わし座の下に弓を引くアンティノウス座が描かれています。 切手の人物はポーランドの天文学者ヘヴェリウスで、わし座の左下のたて座は、トルコ軍を打ち破ったポーランド王・ヤン三世ソビエスキの楯にちなんで彼が新設したものです

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ペルセウス座

 アルゴスの王アクリシオスには、ダナエという一人娘がいました。 アクリシオスは他に子供がいなかったので、跡継ぎをどうするか神託を伺ったところ、その子は将来アクリシオスを殺すだろう、と告げられました。 そこで王はダナエを密室に閉じ込めましたが、全てを見通すゼウスはダナエを見つけて、黄金の雨と変じて通いました。 この場面を描いた右のソ連の切手はルネサンスの画家ティツィアーノの絵で、中央上に霧のような黄金の雨が降ってきています。
 こうして生まれたのがペルセウスで、王に見つかると箱に入れて海に流されましたが、兄弟二人が治めている島に打ち上げられました。 弟の王は親切で、この人によって育てられたペルセウスでしたが、兄の王はダネエに気があったので、ペルセウスにゴルゴンの首を取ってくるように難題を吹きかけました。 ゴルゴンは、髪の毛が蛇で、その顔を見た人は石になるという3匹の怪物です。 3匹のうち2匹は不死身でしたが、残りのメドゥーサだけは違いました。
 ペルセウスはヘルメスから空を飛べる帽子と靴と鋼鉄の鎌を、アテナからは青銅の盾を借りて、メドゥーサのいる所へ着きました。 そして青銅の盾に反射した鏡像を見ながらメドゥーサに近づき、鋼鉄の鎌でその首を切り落としました。 また、メドゥーサの首は後にアテナに捧げられ、アテナはメドゥーサの頭を付けた胸当て又は盾(アイギス)を持つようになりました(アテナ参照)。

 左上はマケドニアの王ペルセウスのコインに描かれた英雄ペルセウスで、翼のついた帽子をかぶり、首の後ろにはメドゥーサの首を落とした鎌が見えます。 上中央はイタリアの切手でルネサンスの彫刻家チェリーニの作です。 右上はアミソス(黒海南岸の都市)のコインで、盾に打ち付けられたメドゥーサ(アイギス)です。 花びらのような蛇の髪の毛の中に、メドゥーサの顔が埋もれています。


ペガスス座(英語読みはペガサス)

 ペルセウスが打ち落としたメドゥーサの首の傷口から生まれたのが天馬ペガススで、左下のアメリカの切手にも、描かれています。
 さらに、コリントスの王子ベレロフォンもペガススに乗って、キマイラ(前半身は獅子、中ほどは山羊、後ろは蛇をもつ怪物)を退治しました。 しかしその後ベレロフォンは、ペガススに乗って天に達しようとしたので、ゼウスがペガススを針で刺して暴れさせて、彼を墜落させてしまったともいいます。 右下のギリシアの切手は、このベレロフォンを描いたものです。 ペガスス自体はかっこいいですが、人が乗ると羽根とぶつかるような気もします。


アンドロメダ座、くじら座、カシオペヤ座、ケフェウス座
(星座名としては、カシオペですが、以下ではより一般的なカシオペとします)

 ペルセウスがメドゥーサを倒した帰りにエチオピアの上空を差し掛かると、海岸の岩に一人の美女が鎖でつながれていました。 話を聞くと、この人はエチオピアの王ケフェウスと王妃カシオペアの間に生まれたアンドロメダでした。 カシオペアが自分の美貌は海のニンフ以上だと自慢したために、海の王ポセンドンが怒って海の怪物ケトス(くじら座)を送り、アンドロメダはその犠牲になろうとしているところでした。 そこで、ペルセウスは海の怪物を退治したらアンドロメダと結婚することを約束させ、メドゥーサの首を突きつけて海の怪物を倒しました。

 左上のニウエの切手(4連刷の1枚)では、中央下のペガスス座から、時計回りに、鎖につながれたアンドロメダ座、剣を持ったペルセウス座、玉座に座ったカシオペヤ座、ケフェウス座と続き、その下のはくちょう座の右は、こと座(ワシが琴を抱えています)、その下はいるか座とわし座です。
 右上は、紀元前5世紀のキンディア(現在のトルコ南西部の都市)のコインで、怪獣のようなケトス(くじら座)が描かれています。
 右は、セント・ヘレナのハレー彗星接近の記念切手ですが、ハレーは南天の観測をするために南大西洋のこの島に18ヶ月滞在していました(その約150年後には、ナポレオンがここに島流しになりました)。 切手に描かれた南半球の星図の左端には、くじら座が口を開けた大魚として描かれています。 くじら座は時代によって色々な姿に描かれましたが、それについては化けくじら七変化にも書きました。

 左下はポンペイの壁画(1902年の絵葉書)で、右下はルーベンスの絵(サントメ・プリンシペ:アフリカ西岸の島国:の切手)です。


 さてその後、ペルセウスは母親のダナエと共に生まれ故郷へ向かいましたが、その途中の町で開かれていた運動競技会に参加しました。 ペルセウスが円盤を投げると、観客の一人がそれに当たって死んでしまいましたが、その人こそはペルセウスの祖父のアクリシオスでした。 アクリシオスは、予言どおりペルセウスに殺されるのを恐れて国を離れていましたが、人間の努力で運命を変えることは出来ませんでした。 ペルセウスはティリンスの王となり、その後は平穏に暮らしました。 このペルセウスとアンドロメダの曾孫に当たるのが、次に紹介するヘラクレスです。

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ヘルクレス座、天の川
(星座名としてはラテン語読みのヘクレス座ですが、以下ではより一般的なギリシア語読みのヘクレスとします)

 ヘラクレスはペルセウスの孫に当たるアルクメネとゼウスの間に生まれた子で、ゼウスはアルクメネの夫に変身して思いをとげました。 そこでヘラの嫉妬によって、様々な苦労をすることになります。 ヘラクレスは生まれてすぐヘルメスによってオリンポスに連れてこられて、眠っているヘラの乳を吸いました。 しかし、目を覚ましたヘラがヘラクレスを引き離したために、乳が飛び散って天の川になったといいます。
 左上のパラグアイの切手はルネサンスの画家ティントレットの絵の一部ですが、マンガのようにヘラの胸から星が飛び散っています。 ちなみに天の川は英語でミルキー・ウェイですが、銀河を現すギャラクシー galaxyもギリシア語の乳 galaからきていて、乳製品などに含まれるガラクトース(脳糖)も同じ語源です。
 右上はマケドニアのアレクサンドロス大王のドラクマ銀貨で、獅子(ライオン)の頭皮をかぶっていますが、これは次に紹介するネメアのライオンのものとされます。

しし座

 成長したヘラクレスには子供も出来ましたが、ヘラによって一時的に気を狂わされ、実の息子を殺してしまいます。 その罪を清めるために、叔父に当たるティリンスの王エウリュステウスに12年間つかえて、彼が命じる10の難業をなし遂げることになりました。
 その1番目がネメアに住むライオンの皮をとってくることでした。 このライオンは不死身で(!)、ヘラクレスの弓矢や棍棒は寄せ付けませんでしたが、首を絞められて皮を剥ぎ取られてしまいました。 右はギリシアのヘラクレスの12功業シリーズの1枚。 左下は、紀元前3世紀のイタリアのタレントゥムのコインで、こちらではヘラクレスが立ち技でライオンと格闘しています。


うみへび座、かに座

 2番目はレルネーの水蛇(ヒドラ)退治です。 このヒドラは9つの頭を持ち(そのうちの中央は不死身!)、頭の一つを切り落とすと、そこから二つの頭が生えてくるという怪物でした。 しかし、新しい頭が生えてこないように火をつけた薪で首の切り口を焼いて、不死身の頭は大きな石の下に押さえ込んで、倒しました。 このヒドラの血には毒が含まれていたので、ヘラクレスは自分の矢をヒドラの血に浸しましたが、この矢によってケンタウルス族の賢者ケイロンが死ぬことになります(次節参照)。 左のギリシアの切手では、ヒドラの左にライオンの着ぐるみ(?)をまとったヘラクレス、右には助っ人として同行したヘラクレスの甥のイオラーオスが描かれています。

 ヒドラ退治の途中、女神ヘラの送ったカニがヘラクレスの足をはさみましたが、あっけなく踏み潰されてしまいました。 たったこれだけの出番にもかかわらず、カニは星座になりました。 星座絵のかに座は、横歩きのカニではなく、ザリガニ型(またはロブスター型)のカニとして描かれることが多いです。


ケンタウルス座、おおかみ座、さいだん座

 3番目の金色の鹿、4番目のエリュマントス山に住む猪は、それぞれ生け捕りにすることに成功しましたが、4番目の功業の途中、ケンタウルス族の一人の家に泊まりました。半身半馬のケンタウルス族は粗野で乱暴者の集団で、ヘラクレスも以前、自分の妻を襲おうとしたケンタウルス族の一人ネッソスを殺したこともありました(右の切手)。
 この時も、ヘラクレスが飲んでいる酒の匂いをかぎつけて彼らが集まってきました。 ヘラクレスは追い払おうと弓を射ましたが、そのとき誤ってケイロンに刺さってしまいました。 ケイロンも半身半馬の姿をしていましたが、血統も性質も他のケンタルスと異なり賢かったので、名医アスクレピオス(へびつかい座)やトロイア戦争で活躍したアキレウスを育てたこともありました。 ケイロンは不死身でしたが、矢に塗られたヒドラの血の毒で非常に苦しんだため、死を許されて星になりました。
 半身半馬の姿をした星座は、いて座とケンタウルス座の2つがありますが、古代ではケイロンをケンタウルス座に当てる説が有力でした。 そして、ケイロンが槍で刺したオオカミ(おおかみ座)と、それを捧げようとする祭壇(さいだん座)も星座になりました。
 左のニウエの切手では、中央のケンタウルス座がその左の黒っぽいおおかみ座を突き刺して、さらにその左下に逆さになったさいだん座が見えます。 おおかみ座の上はさそり座で、右の大きな船はアルゴ座、その上にはうみへび座とその背中に乗ったからす座とコップ座が描かれています。


いて座

 いて座については、ケンタウルス族一般に当てる説もありますが、ケンタウルス族は弓矢を使わないという理由で、弓の名手だった牧神パンの息子のクロトゥスの姿ともされます。 確かにギリシアの壷絵ではケンタウルス族は槍や木の枝しか持っていません。 一方、ローマ帝国のコインでは、いて座と同じく弓矢を持っていますので、彼らも進歩したのかも知れません。 右上のノートルダム聖堂のステンドグラス(アジマンの切手)でも、いて座は2本足です。 いて座は、半身半馬でサソリの尾を持つバビロニアの神が起源ですので、それをギリシア神話に取り入れる時に混乱が生まれたようです。


りゅう座

 ヘラクレスはこうして10の難業を果たしましたが、その内2つの難業についてエウリュステウスが難癖をつけたため、もう2つの難業が追加されて、結局12の難業を果たすことになります。 その1つが、西の果てにあるヘスペロス(宵の明星)の園にある黄金の林檎を持ってくることでした。 このリンゴは、ゼウスとヘラの結婚の時に大地ガイアが贈ったとされるもので、100の頭をもつ竜・ラドンが守っていました。 しかし、ヘスペロスの園への行き方が分からなかったので、まずアトラスの所へ行きました。 そして、天を担ぐのを代わるので、その間にリンゴを持ってきてもらうようにアトラスに頼みました。

 リンゴを持って帰ってきたアトラスは、また重い天を担ぐのはいやだったので、自分がリンゴを届けようといいましたが、ヘラクレスは肩のクッションを調節する間、ちょっとだけ代わってくれと言ってアトラスに天を担がせると、そのまま行ってしまいました。 ギリシアのレリーフを元にした右の切手では、左からヘラクレスを守護するアテネ、天を担ぐヘラクレス、ヘスペリデスの林檎を見せるアトラスです。

 別の説によると、ヘラクレスが自分でヘスペリスの園に行って、リンゴを守る竜を退治したことになっていて、右のモナコの切手では、竜と格闘するヘラクレスが描かれています。 ともかく、この竜がりゅう座になりました。
 この切手でも、星座絵のりゅう座(その3のおおぐま座のニウエの切手参照)も、竜には翼が生えていません。 実は英語のドラゴンの元になったギリシア語のドラコーンは大蛇の意味で、古代ギリシア人にとってのドラコーンには、家や宝物を守る役割がありました。 ドラゴンが翼を生やした悪役になったのは、キリスト教時代になってからです。


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 オリンポスの12神のうち、アポロンとアルテミスに関連した星座(オリオン座など)の紹介がまだですが、続きはその3で…

主要参考文献
呉茂一 『ギリシア神話』 新潮社
山田卓 『星座博物館』シリーズ 地人書館
Condos "Star Myths" Phanes Press

2006年8月20日バージョン1.0
2007年5月6日バージョン1.1
2007年8月18日バージョン1.2
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その1
その2(現在地)
その3
索引・目次+α

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