9月号
「星の和名・伝承」

 星は人びとに、農耕の季節や夜なべ仕事を終える時間、魚の釣れる時間等を教えてくれました。今回は、京都府下において、人びとが語り伝えた星の和名・伝承について…。

1.カナツキ

 1984年に出会った丹後町間人(たいざ)のTさんは、オリオン座δをサキボシ、εをナカボシ、ζをシマイノホシ、3つあわせてカナツキと呼んで、イカ釣りの目標にしていました。
 「サキボシとナカボシとシマイノホシと3つの星をこれをカナツキという。3個並んでますよね、10センチか15センチくらいの間隔に。この3個の星が上がる間、よく釣れます。15分や20分くらいで全部あがっちゃうと思います」
 作花一志氏の計算によると、δからζまでの実際の間隔は、約13.5分(西暦1900年、北緯36度)で、Tさんの観察より少し短いものの大きくちがわない値です。歳差を考慮すると、δののぼる方向は少し南へ移動するものの、間隔は西暦1600年には約13.6分、西暦1300年、1000年、700年には約13.5分と時代をさかのぼってもほとんど変化しません。ところで、カナツキは、カラスキからカラツキを経て変化した和名ですが、農具の唐鋤(からすき)の意味が忘れられ、漁具カナツキ(金突き)の三叉という見方が生まれたものです。

2. 能登星

 丹後町間人のTさんは、スマル(プレアデス星団)の前に出るぎょしゃ座カペラを、漁場では能登半島の方向からのぼることから能登星と呼んでいました。
 「スマルの出より早く出るのがノトボシの出と言ってね。30分か40分くらい早く上がります。その星が水平線から目を切り、山から目を切る場合に魚はよく釣れるんですね」
 作花氏の計算によると、実際は、カペラはプレアデス星団より約31.6分(西暦1900年、北緯36度)先にのぼり(目を切り)、Tさんの30分か40分という表現は適切です。西暦1600年/約35.5分、1300年/約38.6分、1000年/約40.7分、700年/約42.3分というように時代をさかのぼるとともに長くなっていきます。

3. 鼓星と羽子板星

 磯貝勇氏は、綾部市でツヅミボシ(鼓星)とハゴイタボシ(羽子板星)という和名を記録しています。(『丹波の話』) 鼓星はオリオン座α、ζ、κ、β、δ、γをつないだ形、羽子板星はプレアデス星団のことです。磯貝氏は、羽子板星は京都の町にもあると指摘しています。鼓星の方は京都市内に伝えられていたかどうか不明ですが、このふたつの和名から不思議と京都の人びとの星との暮らしが浮かび上がってきます。

4. ヤバタボシ

 桑原昭二氏は、丹後地方のカノープスの和名としてヤバタボシ(山の端星)を記録しています。(『日本星名辞典』) 一方、磯貝氏は、間人のみなみのうお座のフォーマルハウトの和名としてヤバタボシ(矢畑星)を記録しています。間人の歴史に詳しい村上正宏氏(丹後町在住)に手紙で問い合わせたところ、いろいろな人にあたった結果として、ヤバタボシは夏頃、丹後町矢畑の方向に見える星で、カンノボシという久美浜町神野の方向に見える星もあると知らせてくれました。カンノボシは、さそり座アンタレスのことでしょうか。ヤバタボシとともにカンノボシという謎がひとつ増えました。
 カノープスは、夏には見えないので矢畑星はカノープスではありません。一方、山の端星は、カノープスが山の端に見える光景を実にうまく表現した和名です。ヤバタボシは、カノープスとフォーマルハウトの両方を意味するのかもしれません。

5.七夕の伝承

 能登星、スマル、カナツキを目標にイカを釣ったTさんも、七夕のときだけは漁を休みました。
 「七夕祭のときは、一本釣りに出る場合には休みました。七夕さんのお祭りの日に出ますと、たくさん漁があって、喜んで帰ってきたら、よくそれが、スルメイカなんかがササになっとったり、木の葉になったりして、どう言いますか、昔の方々は化け物が化かしたと言います」
 「そのちょうどササを流す時間に漁場から手漕ぎの船が帰ってくるんですね。そうすると、釣っているイカがナスビやウリになってたとか、ササになってたとか、木の葉になってたとか、そういう話を聞きました」
 伝承の世界では、このように漁を休む日を徹底させることにより、大自然から無制限に手に入れることを抑止していたのでした。

(北尾浩一:星の伝承研究室)

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