|
|
1.天球の音楽の系譜
1―1.ケプラー以前
それぞれの惑星が回転しながら固有の音を発し、太陽系全体で和音を奏でている―――こうした天球の音楽ということを言い始めたのは、古代ギリシアのピタゴラスです。 この発想には、その頃知られていた恒星以外の天体が7個(太陽・月と5惑星)で、当時の竪琴(リラ)の多くが7弦と、数が一致していたことも影響しています。 しかし、生れたときから聞き続けているので普通の人には聞き取れず、ピタゴラスだけが聞くことができた、と主張していました。 また、音の高さと弦の長さの関係に気づいたのもピタゴラスです。ある一弦の琴があって、どこも押さえないとドの音を出すとします。 すると、弦の2/3の所を押さえるとソ、1/2の所で1オクターブ高いドが出る、という関係があります。
ピタゴラスの考えを受け継いだプラトンは、『ティマイオス』では宇宙創成が音階にしたがって行われた、と考えています。 また、『国家』の「エルの物語」は、戦場で倒れたエルが天上を旅する話ですが、そこでエルは、各惑星の軌道を示す8つの輪の上にそれぞれセイレーンが立っていて、輪が回転するのに合わせて一人ひとり違った調子で歌い、全体として協和音を奏でているのを聞いています。 同様のモチーフが、キケロの「スキピオの夢」でも繰り返されています。
天動説を唱えたプトレマイオスも、天文学や地理学の本に比べてあまり知られていませんが、古代世界の音楽理論の集大成した『和声学(Harmonics)』という本を書いています。 その中で、やはり音階と人間の魂や黄道帯との関連を考え、さらに惑星に音階を与えて、占星術で相性の悪い惑星どうしは、音階の上でも不協和音になっていると述べています。
ただし、全ての人が天球の音楽を信じていたわけではなく、アリストテレスやプリニウスのように、こうした考え方を否定した人もいました。 プリニウスは『博物誌』の中で、この説を「説得的というよりも、見せ物的な精妙さというべきものだ」(中野訳)とコメントしています。1−2.ケプラー
天球の音楽は中世以降もダンテやシェイクスピアの作品中に見られますが、これを科学的に考えたのがケプラーでした。 ケプラーは、プトレマイオスも『和声学』で天球の音楽について論じられていることに勇気づけられ、ギリシア語原典を翻訳したり(出版はされませんでした)、テキストの失われた部分を再現しようとしました。
ケプラーは6つの惑星の軌道と5つの正多面体との関係など、色々と不思議なことを考えた人ですが、『世界の和声学(Harmonices mundi)』では、宇宙の構造を音階で表わそうとしています。 この本は、ケプラーの第三法則(惑星の平均軌道半径の3乗と周期の2乗は比例する:第5巻第3章第8定理)が書かれていることで知られていますが、ほとんどの部分は神秘的な考えや音楽理論が記されています。 ただし、天球の音楽は実際に耳に聞こえるものではなく、精神で受け取るものだと考えていました。
彼は第5巻の第5章で、惑星の近日点(太陽に最も近い点)と遠日点(太陽に最も遠い点)での角速度(ある時間内に太陽からみてどれだけの角度動くか)を音階と関連させています。 地球の場合はその比率は16/15で(近日点の角速度は遠日点の16/15倍だけ早い)、これは、音階ではミとファの関係にあたります(近日点の方が高い音;このページは純正律と呼ばれる音階で説明しています)。 つまり、地球は1年かけてミとファの音を繰り返し出し続ける、と考え、他の惑星についても同様の計算をしています。 本を書いた当時は三十年戦争が始まったところで、地球では悲惨さ(miseryのミ)と飢餓(famineのファ)が涙のうちに支配する、と解釈しています。 これはまだ序の口で、第9章では創造主が意図したであろう、音階をもとにした惑星の配置を細かく述べて、地球の遠日点と近日点の角速度の比を2916/3125(!)としています。
* * ちょうどこの頃、ギリスのオックスフォードに住み、薔薇十字会員を自称し、物理学者と錬金術師と神学者を兼ねたようなロバート・フラッドも、天球の音楽に関する著作を発表し、ケプラーと論争になりました。 フラッドが「自分は蛇の頭をつかんだのに対し、ケプラーがつかんでいるのは尻尾に過ぎない。」と言えば、ケプラーは「自分がつかんだのは尻尾に過ぎないかも知れないが、あなたが頭をつかんだ、というのは夢の中の話ではないかね。」と応酬しています。
天文学史の本では、ケプラーが突然、天球の音楽という不思議な考え方にとりつかれたような印象を受けます。 しかし、実は古代ギリシアに起源がある由緒正しい(?)考え方で、プトレマイオスも『和声学』で触れているほどです。 ただ、プトレマイオスの方は、何ら天文学に貢献しかったので忘れ去られてしまっただけで、ケプラーの発想も決して「無からの想像」ではなかったのです。
ケプラーはピタゴラスと同じく、宇宙は数的な調和に満ちている、という信念を抱き、それを探求するために生涯を費やしました。 今から思えば非科学的ですが、有名な惑星運動の3法則を導いたのも、この信念があればこそだったのです。1−3.ケプラー以後
ケプラー以降は、天球の音楽は科学と離れ離れになって行きましたが、文学の世界ではこうした観念が生き続けていました。
ミルトンは『失楽園』で、まだ楽園にいるアダムとイブに、次のように歌わせています。妙なる調を奏(かな)でつつ神秘にみてる
舞踊(おどり)を踊る、汝ら、その他の五つの遊星よ、暗きより光を
呼びだせし神を、ともどもに声をあげて讃美せよ。(平井正穂訳)ゲーテの『ファウスト』の「天上の序曲」の冒頭では、大天使ラファエルが、
太陽は、昔ながらの節で、と歌っています。
兄弟たちの星の群と歌い競い、
その定まった旅の軌道を、雷鳴の歩みで
今日もまた動いて行く。 (高橋義孝訳)スウィフトが1726年に出した『ガリヴァー旅行記』にも天球の音楽が登場します。 空中に浮かぶラピュータ島にたどりついたガリヴァーは、王と貴族たちが奇妙な演奏をするのを聴きます。
侍立する貴族や廷臣や役人たちに囲まれて、王自身、彼らと一緒に楽器の調子をととの えられたあと、やがて演奏を始められた。 それがなんど三時間、しかも休みなしに続いた。 そのやかま喧しさには、頭が変になるくらいであった。 それにどう考えてみても、この演奏の趣旨が理解できなかった。 しかし、私についている先生が説明してくれたのでやっと分かった。 なんでも、島の人々は、或る一定の時期にいつもかな奏でられるあの天体の音楽を聞く耳をもっており、その音楽が奏でられている時には、宮廷の者は銘々その得意とする楽器を勝手にとりあげてそれに応じて演奏することになっているのだそうであった。 (平井正穂訳)ここでは、科学者がパロディー化され、天球の音楽もそのネタの一つとなっています。2.惑星周期の共鳴
話は現代の天文学に移ります。
太陽系の外側の2惑星、海王星(左図の青色)と冥王星(左図の緑色)の公転周期はそれぞれ165と248年年で、その比はほぼ2:3です。 ケプラー流に音階にすると(ただし、この場合は平均の値)ドとソの関係になり、こうした関係は現在も、共鳴:レゾナンスresonanceと呼ばれています。 太陽系の図ではこの2惑星の軌道は交差しているようにみえますが、実際には軌道面が傾いているため重なってはいません。 といっても、一番近いところでは0.1天文単位(1天文単位は太陽と地球までの距離)しか離れていませんが、2つの惑星がこのあたりで接近することはありません。 それは、公転周期の比が2:3という整数比になっているためで、冥王星と海王星が接近するのは遠日点のあたりに限られるのです つまり、両方とも遠日点からスタートすると、冥王星が2回転したとき海王星がちょうど3回転して、再び両者が遠日点に戻ってきます。
厳密には現在の公転周期の比は2:3より少し大きいのですが、計算によると約2万年の周期で2:3より少し大きくなったり小さくなったりして、結局、2つの惑星は18天文単位より近づくことはありません。
更に1992年以降、海王星の軌道より遠くにある天体(エッジワース・カイパーベルト天体)が多数発見されていますが、やはり海王星の公転周期との比が2:3や3:4などとなっている天体が多くあります。他にも、小惑星や衛星には公転周期の比率が1:2、2:3、3:4となっているペアがたくさんあります。 たとえば木星の4つのガリレオ衛星の公転周期の比は、ほぼ3:6:12:28という関係にあります。 このような関係が太陽系が出来たときからあったとは思えません。 始めは接近や衝突をくりかえしていたのが、いったん今の軌道に入ると外からの影響を受けにくくなり、現在まで安定しているのだ、と考えられています。 小惑星では、木星の公転周期との比が2:3、3:4にあるものは、それぞれヒルダ群、チューレ群と名付けられています。 また木星の公転周期との比が3:7、2:5、1:3になるものは数が極端に少なくなっています。
このように実際の太陽系でも、惑星や衛星は調和を保ちながら運動しているのです。3.中国の律暦志と候気の法
今度は、古代中国に飛びますが、中国では宇宙の構造のモデルについてはあまり発達しなかったので、天球の音楽という考えもありませんでした。 しかし、『漢書』の「律暦志」をはじめとする歴史書では、音楽理論(律)と暦の定数を結び付ける試みをしています。 一方、惑星や星座の説明とそれに関する占いは、別に「天文志」にまとめられています (司馬遷の『史記』では、「律書」「暦書」「天官書」と分けて書かれています。歴史書ではありませんが、『淮南子』「天文訓」も音楽理論について触れられています)。 中国の音階である十二律は金属の管で決められていましたが、そのなかで基本となるのが黄鐘(こうしょう)と呼ばれる音律でした。(西洋でも、シャープやフラットのつく音:ピアノの黒い鍵盤に当たります:を含めれば、1オクターブが12音になります)。 この黄鐘をもとに、長さや体積、重さの単位が決められ、また、暦の基本定数とも結びつけられました。 十二の音律は、六つずつ律(りつ:陽の部類)と呂(りょ:陰の部類)に分けられましたが、「ろれつが回らない」の「ろれつ」は、この「呂律」が変化したものです。
こうした記述方式はその後の歴史書にも引き継がれますが、やはり暦と音律を一緒にするのは無理があるとみえて、『唐書』あたりから「暦志」を独立させるようになりました。又、中国の十二音階は、十二の方位や一年の十二ヶ月にも対応しています。 そして、「候気の法」という不思議な方法が伝えられていました。 それによると、三重の密閉した部室の中に、十二の木の案(テーブル状の板)を作り、十二の管をそれに対応する方角(たとえば黄鐘は真北)の案の上においてから、土で埋め、表面を平らにします。 このとき、管の上端の高さを揃えるので、地中の部分には深い浅いが出来ます。 そして、葦の灰を管の上端に入れておけば、それぞれに対応する季節がやってくると(例えば黄鐘の管は冬至になると)灰が飛んで、季節を知らせる、というものます。
「候気の法」の記述は『後漢書』の「律暦志」などに始まり、万能科学者の沈活(しんかつ;1031〜1095)でさえ信じていました。 ニーダムによると、この方法は16世紀の明代になって、科学的な根拠によって徹底的に排斥されました。 この時代の袁黄という音響学の専門家は、実験に成功したと主張しましたが、何かしかけがあるのだと批難された、とのことです。
* * 古代の人にとって予測しがたい世界のなかで、四季の移り変わりや天体の動きの天文学上の関係、それから音の高さと弦(中国では管)の長さの音楽上の関係というのは、宇宙の調和や秩序を感じさせる数少ない例だったのでしょう。 そこで世の東西を問わず、この2つの関係を統一して理解しようとしたのかも知れません。
4.ボイジャー
1977年に打ち上げられたボイジャー1号と2号は、木星・土星・天王星・海王星(後の2惑星はボイジャー2号のみ)を探査し、現在はヘリオポーズ(太陽風と星間空間の磁場がぶつかる太陽系の境界領域)を目指して飛行しています(地上との交信はまだ続いています)。 探査機にはカール・セーガンらの発案によって、地球を代表する音楽や、各言語でのあいさつ、コード化された写真などが収められた黄金のレコードが積んであります。 そのうち、風や犬の鳴き声を収録した「地球の音」の最初には、天球の音楽が収録されていて、インターネットでもNASA・VoyagerのSounds of Earthで聞くことができます(テーブル左上のMusic of The Spheresをクリック。Windows Media Player等が必要です。音楽というには程遠い音ですが、、、)。
天球の音楽が入ったレコードは、多分、人類が滅びた後も銀河系の中をさまよい続け、誰かに聴かれる日をひたすら待ち続けるのです。
主要参考文献ゲーテ 高橋義孝訳 『ファウスト』 新潮文庫
ケプラー 『世界の調和』 河出世界大思想全集31
古在由秀 『天文学講話』 丸善ライブラリー
ゴドウィン 斎藤栄一訳 『星界の音楽』 工作社
ジェイムズ 黒川孝文訳 『天球の音楽』 白揚社
スウィフト 平井正穂訳 『ガリヴァー旅行記』 岩波文庫
ニーダム 東畑耕一・薮内清監修 『中国の科学と文明 第7巻』 思索社
ミルトン 平井正穂訳 『失楽園』 岩波文庫
薮内清責任編集 『中国の科学』 中央公論社世界の名著・続1
Stephenson, "The Music of the Heavens", Princeton University Press
2000年8月23日初版
2000年10月24日第二版
2003年3月16日第三版
Copyright(C) 2000,2003, USUI Tadashi, All Rights Reserved