星のしるし
これは2000年5月に書いたものですが、2003年1月に全面改訂版新・星のしるしをアップしましたので、そちらをご覧になることをおすすめします。(読み比べると、2年半の進歩が分かりますが)
* *星型と言えばまず☆が思い浮かびますが、それだけが星のしるしではありません。 時代や地域によって星のシンボルは他にも色々ありました。これから、その一部を紹介します。
左の図は、古代エジプトのヒエログラフで星を表したものです。壁画に描かれた星としては、 ☆の他に○やヒトデの形をしたものもありました(ちなみに、ヒトデは英語でstar fishです)。
これは、古代バビロニアの星です。小さい星は○で表していました。
ヨーロッパの中世から近世にかけての絵では、☆はほとんど見掛けません。 主流なのは六本(または八本)の線が突き出た形、つまりアスタリスク (asterisk、aster 星+ isk 小さな)*に近い形です。 15世紀にランブール兄弟が描いた 「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」 (Linkは10月、上部の半円形の天秤とさそりの背景に星が 描かれている。ただし解像度の関係で星の形ははっきりしない。WebMusium、96Kb)の星も左の二種類に なっています。
西洋の紋章にも星が出てきて、その形は*や☆があります。 ただ、☆の方は馬をたたく拍車も表したという説もあるようです。
近代的な星図が作られるようになると、等級ごとに違った印が使われるようになります。 基本的には、明るい星ほど大きく、たくさんギザギザがあり、☆(か、それに近い形)は 結構暗い星に使われます。
星は点に過ぎないので星を主題とした絵画は少なく、まとまって描いたのはゴッホくらいでしょう。 ゴッホの絵の星は、放射状に光線が出ていたり ( 「ローヌ河畔の星月夜」 WebMusium,160Kb)、同心円状に光の輪がとりまいていたり(「糸杉のある道」、「星月夜」 WebMusium, 210Kb)します。 後者のパターンは他に類例を知らないので、ゴッホ独自のものと思われます。
ヨーロッパが中世だった頃、イスラムでは天文学が盛んでギリシアの天文学をルネサンスの ヨーロッパに伝える役割をはたしました。 イスラムの星座絵の多くでは星は赤丸●で表され、特に明るい星は 大きく描くことが多かったようです。
中国では、星は○や●で表しました。 日本もその影響をうけて、たとえば高松塚古墳の天井に描かれた星図でもこの形です。 また、星の明るさにかかわらず同じ大きさで、等級ごとに大きさを変えるのはヨーロッパの影響を受け てからのことです。
日本の家紋にも星が使われたものが多くあります。 三つ星(オリオン座から)や九曜といったものがそれで、形としたはやはり ○ や●が並んでいます。 三本の矢で有名な毛利元就の家紋は長門三つ星といって「一」の下に ●が3つあるデザインです。
アメリカ(マヤ、アステカ)では、図の右上のようなユニークな形がある一方、 旧世界と交渉がないにもかかわらず他の地域と同じような形も見られます。
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一方、ペンタグラム(pentagram、図の上)は五芒星型などと訳されますが、英語の語源では 星とは関係ありません。 ペンタグラムは、古代ギリシアのピタゴラス派のグループ加入の印として使われました。 ピタゴラスといえば今では直角三角形の定理に名を残すように数学者として知られていますが、 当時は輪廻転生を信じていたカルト教団的な集団を率いていました。 その後、中世では魔除けとしてダビデの星(図の下)とともに使われ、さらに、フリーメーソンでは 炎の星と呼ばれていました。
日本では、この形は晴明桔梗といい、安倍晴明が作ったものです。 日本で星型といえば中国と同様○でしたから、こちらも星とは関係ありません。 陰陽五行説では、世界の構成要素は、木、火、土、金、水の五つで、それらの循環によって色々な 変化を説明します。晴明桔梗はこの原理を表現したもので、海女さんが潜るときに身につけたり、 明治以降の陸軍の階級標(二等兵なら星一つ、弾除けの意味らしい)にも使われました。
また多くの国の国旗にも星は登場しますが、そのほとんどが☆です。 例外としては、イスラエルではダビデの星が使われ、オーストラリアでは一番暗い星が☆で、 その他の星は七つの角が出ています。
日本と西洋で平行してペンタグラムが作られどちらも魔術に使われたこと、そして今ではそれが 星のしるしとして一般的に使われていること、が興味深いところです。
主要参考文献
広瀬秀雄『太陽・月・星と日本人』
『古代エジプト・シンボル事典』
『世界シンボル大事典』