大切な言葉 トップへ

「それでシベリアではどうやった、大変やったろう」

そりゃあ大変なんぞいうもんやない。大体な、シベリアなんぞいうところは、
 人間の住むところやあらへん。ちいとでも油断したら、耳も鼻も指も、凍傷でもげてしまうんや


「そうやろな。あの寒い満州より寒いんやからなあ」

保郎は奉天の冬を思い出してうなずいた。

その寒い中で強制労働やろ。おまけに、一日分の食料いうても、ほんの二食分や

「ほうかあ、大変やったなあ」

しかしなあ、榎本。おれたちは奥村炊事長のおかげでな、生きて帰れたと思うで

「ふーん、何でや」

ほかの隊ではな、配給のメリケン粉やら、エンドウ豆やら、ほんの少しばかりの牛肉やらを
 なんでもぶちこんでスープにする、このスープと一塊の黒パンが、来る日も来る日も、
 判でおしたように出るんや


「なるほど」

けどな、奥村という奴は偉い奴や。
 日本にいた時、板前をしてただの、コックをしてただのという奴に炊事をまかせてな、
 三食三食ちごた献立にするんや。塩ニシンや塩鮭を使って、配給のエン麦やら、
 アワやらコーリャンをスシに仕立てるんや


「ふーん、スシをなあ」

砂糖かてちいとは配給になるわな。
 それとエンドウ豆で汁粉を作ったり・・・忘れられへんのは、初めてまんじゅうを作ってくれた時や。
 ずらっと並んだまんじゅうを見た時な、兵隊たちはみな、おいおい声を上げて泣いたもんや。
 そして、誰一人そこで食うた者はおらへん。
 みんなうす汚い手拭いに包んで、持ち帰って何日にも分けて食うたんや


保郎は黙ってうなずいた。泣き出した兵隊を見つめながら、自分も泣いたであろう奥村の姿を思った。

それだけやない。食堂の内装もな、少しでも故郷をしのぶよすがにと奥村は思ったんやろな。
 食堂に配膳の窓があるやろ。それを格子戸にしたりな、
 食堂の入り口に、太鼓橋を思わせる橋を造ったりしてな


佐藤の声が次第にしんみりとしてきた。奥村光琳の人間愛が、保郎の心に沁みてくる思いであった。


    (三浦綾子「ちいろば先生物語」より引用、神学生、陸軍士官候補生、京都銀行頭取、KBS京都社長の奥村光琳のエピソード)

シベリア収容所