紳助プロジェクトPresents
Who are YOU?〜和葉の夏の思い出2〜 前編
Written by 紳助(FZJ05033★nifty.ne.jp)

*登場人物紹介

・服部平次
  大阪を代表する、高校生探偵。改方学園2年生。事件当時17歳。

・遠山和葉
  服部平次の幼馴染。気の強さと行動力では天下一品。平次に片思い中。

・木村雅明
  大阪日報文化部の記者。平次に、イベントで出会った女性の捜索を依頼。

・中井明日香
  浪速大学文学部3回生。平次に、電車内で出会った男性の捜索を依頼。

【2003年8月13日・寝屋川市遠山和葉邸】

(ミーンミーンミーン・・・・・・・・・・・・・・。)
夏もいよいよ佳境に入り始めたこの日、日本はとてつもなく暑かった。
ある者はタンクトップ一丁で部屋でごろごろ過ごし、
またある者は、友人や親しい人といっしょにかき氷をほおばったりしていた。
そう、まるで大阪寝屋川市の実家でくつろぐ彼らのように・・・・・・。

「おい和葉、押し入れの中でゴソゴソして何を探しとんねん?」
「なーなー平次、これ覚えてる?」和葉は一冊のアルバムを取り出した。
「おお。確か、春先の事件のときのやろ?もうあれから2年もたつんか。」
「うん。あの時平次すごかったよね。こーんな恐い顔しちゃってさぁ。」
自分の目尻をつかんで、キツネ目のごとく吊り上げてみせる和葉。

「おい、そこまで俺吊り上がった顔してないぞ。」
「やってたって、ほら。」一枚の写真を示してみる。
「あ、ホンマや。えらいごっつい顔してるなぁ。」
「冗談抜きでえらい怖かったもん、あのときの平次。」
「そんなにスゴかった?」

「うん。はっきり言って、それこそ百年・・・・!!!」
あることに急に気がついたのか、慌てて口をつぐむ和葉。
「百年・・・・・・??おい、百年がどうしたんや?」
「なな、何でもない!!」
「何でもないことないやろ。言うてくれよ、中途半端にせんと。」
「あ、そうや。私、かき氷のお代わり作ってくるわ。ちょっと待ってて。」
慌ただしく1階に降りて行く和葉。
「なんなんや、アイツ・・・・??」平次、何が何やらサッパリ。

「あー危なかった。」1階では氷を削りながら和葉は胸を抑えていた。
(まさか、”百年の恋も冷める”なんて言えるわけないもんなぁ・・・。)
言わなくて良かったのか、言えば良かったのか・・・。和葉はため息を吐いた。

「愛してる。」
人はなぜ、この言葉を口にするとき優しくなれるのだろう。
人はなぜ、この言葉を口にするためにずっとずっと遠回りしなければならないのだろう。
どうしても言いたくて、けど言えなくて。だからこそ絶対に伝えたくて・・・・・。

これは、そんな思いから始まったある事件をつづった物語である。

Who are YOU?〜和葉の夏の思い出2〜 前編

<第1章:平和な日々>

【2001年2月15日・浪速大学文学部】

「えー、あと1分です。試験用紙に漏れがないか確認してください。」
教室に試験官の声が響き渡る。今日は待ちに待った期末試験の最終日。
このテストが終わればいよいよ甘美な退屈に満ち溢れた春休みがやってくるのだ。

(早よ終われ♪、早よ終われ♪)生徒たちは一様に浮き足立っていた。
進む秒針、躍る心。これほど長い60秒が他にあっただろうか。
時計を見やる試験官の一挙手一投足に生徒たちの全神経が注がれる。

「はい終了でーす。お疲れさまでした。」ついに“その時”がやってきた!!
雨後のタケノコのごとく、続々と立ち上がる生徒たち。
(終わったーー!!!)そんな生徒の中の一人、中井明日香は思わず背伸びをしていた。

「なー明日香。明日どっか遊びに行かへん?」共にテストを受けた友人が声をかける。
「あ、ごめん。明日はあかんねん。あさってでいいかな?」
「あかんの?・・・ひょっとして彼氏とおデートに出かけあそばされるのでしょうか?」
なぜか最上級の敬語を過剰に並べ立ててみせる。

(彼氏なんかおるわけないやん。)「ちゃうちゃう。バイトの面接があるんよ。」
「バイト?・・ひょっとしてユニバーサルスタジオの?」
「ブー、違います。阪神百貨店。」
「阪神百貨店!?えらい地味なところ選んだねー。」

「なんか、GWにイギリス物産展をやるらしいんよ。」
「イギリス物産展・・・ねぇ。」イメージが湧くような、湧かないような。
「それで、バイトの人をたくさん募集してるってわけ。」
「なるほど。」思わず腕組み。

「じゃあとりあえず、どこか食べに行こうか?」
「行こう行こう!!最近、おいしいケーキ屋さんができたんよ!」
「OK。じゃあ、あんたの車で行こっか!!」
「あれ、明日香は車どうするん?」
「うちは今日から電車通学なんよ。ほら、アレのせいで。」
「あ、そうやったね。」
「それでは、しゅっぱーつ!!」
【同日・大阪日報編集室・政治経済部】


「たっだいまーー・・・・・。」一人の男が出入り口から入ってくる。
「あ、木村さん、お疲れさまでーす。」同僚の記者がねぎらいの言葉をかける。
のんびりした顔で最新版の新聞のチェックをする同僚。

一面には大きく「京阪沿線の幹線道路、テロ爆破!?」と出ている。
大阪府西三荘付近の大きな道路が一気に爆破されたのである。すごい時代になったものだ。
どうやら、かなりの被害らしく6月ぐらいまで全て封鎖らしい。
京阪沿線の住民は、半年ほどの間電車を用いるしかないそうだ。

「ざぶばっだーーー!!(寒かった)」さっそくダルマストープにあたりに行く。
彼の名は木村雅明。大阪日報の記者である。
入社してから早3年。そろそろ仕事の楽しさが分かってきた頃である。

「で、どうでした、例のアレ?」暖かいコーヒーを差し出しつつ尋ねる。
「もう少しで大物が釣れそうなんだ♪」
「釣れそうなんですか!?」
“釣れる”とは業界用語で“いいネタを見つけた”という意味である。

「あと一息だね。」
「釣れたらすぐに教えてくださいね。抜け駆けは無しですよ。」
「わかってるって。ケチ臭い事言うなよ。」笑いながらコーヒーを飲む。
昼下がりに降る雪を眺めながら一杯のコーヒーを飲む。雅明は今、心から幸せだった。

<第2章:未知との遭遇>

【時はずずいと流れて2001年5月7日・改方学園】

キーンコーンカーンコーン・・・・・。始業のベルが鳴り響く。
「全員、きりっつ!!」ガタガタガタガタ・・・。慌ただしく椅子が動く。
「礼。」「お願いしまーす!!」

ああ、麗しのゴールデンウィーク・・・・・。
君はなぜチーターの如き逃げ足で行ってしまったの?
西の名探偵、服部平次。悲しみのあまり、ついポエム調の独り言。

「えー以前言ったとおり、今日はグループ演習レポートの提出日です。
各列ごとに後ろから順に前までまわしていってください。」
(えっ・・・・・・・・・・・)そーいや、そんなのあったっけ。

「はい、平次。」真後ろの和葉からレポートが回ってくる。
「なあ、和葉。」
「どうしたん?」
「お前、レポート2つ作ってないか?」
「何言うとんのよ。まさか平次・・・・」
「忘れてた。」
「あのねぇ・・」これで平次の居残りはほぼ決定だ。ということは・・・・。

「えー、何人か忘れてる人がいるようですね。
忘れた人は、中間テストまでになんとかして提出してください。
なお、各グループのリーダーは、それぞれサポートしてあげてください。」

「いよっ、うるわしき夫婦愛!!!!」教室中から拍手が湧き起こる。
「だーかーらー、ちゃんと仕上げろって言うたやろうが!!」
「ご、ごめん。」たまらず平次を締め上げる和葉であった。
ああ、平次の班のリーダーなんかやるんじゃなかったぁ・・・・・・・。

【2001年5月12日(土曜日)AM7:20・和葉の部屋】

かくして、平次の休日は分厚いテキストと共に始まった。
「さあ平次、始めるで!!」
「休日くらい寝かせてくれよー。」
「あかんあかん。どうせ昨日も授業中に寝てたんやろ。さあやるよ!」
「そんなつれない事言うなよ。俺とお前の仲やないか。」
「そーいう事は、仕事終わって信頼関係築いてから言いなさい。」
和葉、冷静な表情で分厚いテキストを開き出す。

(ピーンポーン♪)
神の御加護か、はたまた偶然か。タイミング良く遠山家のチャイムが鳴った。
「平次くーん、お客さんよー。」階下から母の声が聞こえる。
「はーい!!!」一瞬の隙を突き、平次逃亡。
「ちょ、ちょっと平次、先に勉強・・・・・。」
「事件が俺を呼んでいるー♪」スキップを繰り出す平次であった。

【2001年5月12日(土曜日)AM7:25・遠山家応接室】

「突然押しかけてしまって、申し訳ありません。」
そういって、突然の来客は遠山母に頭を下げた。

外見からして、年は20歳前後。おそらくOLか学生さんだろう。
少し青みがかった上品なワンピースを着ている。
“西の名探偵”に会うという事で、緊張を隠せないようだ。

「いえいえ、お気になさらないで。平ちゃんが探偵ごっこ始めてから
ずっとこんな感じでしたし。・・・・・ミルクティーでも飲まれます?」
「あ、じゃあ、お言葉に甘えて。」

平次、和葉、遠山母、そして突然の来客。
四人揃って一斉にミルクティーに手を伸ばす。居間に広がる一瞬の静寂。

「あら、その手どうされたんですか?」遠山母、口をはさむ。
「ああ、これですか?」右手を少し恥ずかしそうに動かす。心なしか少し腫れている。
「うわぁ、指先とか包帯だらけですね。」
「ちょっと平次、何言うとんの。これ、ただのテーピングやん。」
「すいません、ちょっと色々とありまして・・・。」

「・・・それで、ご依頼というのは?」平次が本題を切り出した。
「探して頂きたい人がいるんです。」
「行方不明のご家族、とかですか?」遠山母、口をはさむ。
「いいえ。」
「じゃあ、お友達の方ですか?」
「・・・・・・違います。私、好きな人ができたんです。」
「はいっ!?」

彼女の話を要約すると以下のようになる。

彼女の名前は中井明日香。難波大学文学部3回生である。
毎日の通学に用いている電車の中でサラリーマンらしき男性に一目ぼれしたらしい。
彼女は毎日、実家近くの「京阪電車西三荘駅」から乗車して「京橋駅」まで移動している。
おおさっばに言えば、京都の端から県境をまたいで大阪へ向かっているわけだ。

問題の男性は、決まって西三荘駅7時29分発に乗り込んでくるそうで
これまでに何度か同じ車両に乗り合わせていたそうだ。
ところが、新学期を迎えてからしばらくして彼の姿が消えてしまったのだ。

最近では互いに相手の顔を覚えてしまい、会釈しあうぐらいになっていたとか。
彼のことを意識し始めたのは、4月の下旬頃のことで
痴漢に襲われそうなところを救ってもらったのがキッカケだそうだ。

「とにかく、スッゴク格好良かったんです。犯人を軽くひねりあげたりして。」
「その時に名前とか聞いたりしなかったんですか?」
「いえ。彼、とにかく無言で犯人を鉄道警察に突き出して行っちゃったんです。」
「じゃあ、次の日にお礼でも言えば良いじゃないですか?」平次が口をはさむ。

「それが、次の日からいなくなっちゃったんです。」
「きっと女の子の前で気恥ずかしくなったんとちゃうんかな?
 まあ、体育会系の人にはよーありそうなパターンですよね。」和葉、ミルクティーを飲む。

「・・・なるほど。その男性を探し出す、ということですね。その人の特徴は?」
「そうですね・・・。背は私より少し高いぐらいかな?」170cm前後・・・・?
「他には?例えば趣味とか。」
「そうですね・・。しいて言えば、俵万智かな?」
「俵万智・・ですか、ずいぶんお詳しいですね。彼と言葉を交わしたことがお有りなんですか?」
「いいえ。彼とは一度もそういう事は。」
「じゃあどうして?」
「彼、いつも俵万智の歌集を持ち歩いてたんです。
 あと言えるとすれば、几帳面なところぐらいかな。」
「どうして几帳面だとわかるんですか?」
「電車に乗ってるとき、いつも手帳みたいなもの取り出して色々書き込んでいたんです。」
「そりゃあ、メモぐらい誰だってとるときがありますよ。」
「けど、それが毎日ですよ。」
「うーーむ・・。毎日メモを持ち歩く人物か・・・。」少し渋い表情でメモをとる平次。

「あとは定期ぐらいですね。」
「定期がどうかしたんですか?」
「彼が一度定期入れを車内で落としたんですけど、ちょっと変だったんです。」
「と言いますと?」
「京阪の定期のデザイン、ご存知ですか?」
「一ヶ月が赤、三ヶ月が深緑、六ヶ月が紺色でしたっけ?」
「黄緑だったんです。彼の。」
「黄緑?」平次がけげんな顔をした。
黄緑という事はJRの定期・・・??
「しかも、”南矢代”って書いてあったんです。」
JR宝塚線か?京橋駅から言っても優に1時間20分はかかる場所だ。
たしか、宝塚より少し北に言ったところでかなりのんびりした街だったような・・・。

「とにかく、こんなことをお願いできるのはあなただけなんです。お願いします!!」
深々と頭を下げる依頼者。ここまでやられては探偵としては断るのは至難の技である。

(どーする、平次?)和葉は平次の顔を見やった。受けない、とか言うたら絶対に許さへんからね。
(受けるの、これ?)平次も和葉を見やった。これちょっと、データが少なすぎるって・・・。
(それを何とかしてみせるのが探偵というもんちゃうん?)
(そんなの簡単にできるぐらいなら、誰だって苦労せえへんわ。)
(情けないなぁ。男がガタガタ言い訳せんといて。)ギュッ!!強烈な勢いで足を踏みつける。
平次の顔が一瞬、ゆがんでしまう。

「わかりました、お受けしましょう。何か進展があればご連絡さしますので。」
「ありがとうございます!!」

<第3章:泣きっ面にハチ>

【2001年5月13日(日曜日)釣り人御用達の掲示板投稿記事】

〔更新日時:2001年5月13日01時15分〕
〔ハンドル:まーくん〕

(午前)
今日は、全体的にスレ気味。
どうやら他の山のものが釣り上げ損ねていた気配。
総じて警戒心高い。しばらく時期を待つか。

(午後)
大きな魚を釣り上げてふと思う。
魚を独り占めすることと、放流して自然全体で分かち合うことと
いったいどちらが釣り人として正しき道なのだろう・・・・。

【2001年5月14日(月曜日)午前8時15分・改方学園】

「フワーァッ・・・・・。」朝一番、平次は大きなアクビを立てた。
眠い、とにかく眠い。土曜日に捜索依頼を受けてからずっと徹夜をしていたのだ。
警察の行方不明人調査から始まり、京阪電車関係者への聞き込み、
手帳の色から販売元を突き止めようとしたり、俵万智サイトを調査したり・・・・・。

捜査開始からはや48時間。彼の捜査は早くもカベにブチ当たっていた。
「なあ平次、大丈夫?」和葉が声をかける。
「ぜんぜん。」平次の声も若干かすれ気味だ。
「それで、彼女の捜査は?」
「それも全然。」

「そう・・・・。なんとかならへんの?彼女がかわいそうやん。」
「こればっかりは、俺の力ではどうもならへん。データが少なすぎる。」
「なんとかしてあげてよ、お得意の推理で。」
「だから無理やって。手がかりが天から降ってでも来ないとな。」
「そんな・・・・。」和葉の表情がすこし曇って見えた。

「おいおい、お前がそないに落ち込むなよ。」
「だって・・。」
「だって?」
「他人事とは思えへんねんもん・・・・。」
「お前も誰か探してほしい人でもいるんか?」
「いないよ。」
「じゃあ、お前は関係ないやんか。」
「関係ないこともないよ。」
(?????)平次は頭をかいて見せた。幼いころから使っている「理解不能」のサインだ。
(平次は私と違うて、本気で人を好きになったことないもんなぁ・・・。)
和葉は聞こえないようにため息をついた。

キーンコーンカーンコーン・・・・・。二人の気持ちがすれ違ったまま、始業のベルは鳴った。

【2001年5月14日12:25・改方学園廊下】


「ここか・・・・。」彼はポケットの中の地図を開いて再度確認した。
今いるのは、改方学園2年B組教室の前。
このドアの向こうに、高校生探偵こと服部平次の姿があるのだ。
(よし、いくぞ!!)彼は一息吸い込んでドアを勢いよくあけた。

(・・・・・)突然の来客に全員の視点が集まる。
「あの、服部平次さんいらっしゃいますか?」
「俺ですけど。」
「実は、探して頂きたい人がいるんです。」平次の顔が半泣きになった。
(依頼人がもう一人増えてしもうたぁ・・。)

「ご紹介が遅れました。私、大阪日報の木村雅明と申します。」
「どうも。服部平次です。」
「遠山和葉です。」
「おい、お前は関係ないやろ。」
「今抱えてる事件もこなしきれてないんやろ?私が手伝ってあげる。」
「お前なあ・・・・・。」平次は頭を抱えた。もうどうにでもしてくれ。

「ええとですね、今とある女性の方を探しているんです。」
「とりあえず、その方の以前の住所とか仕事先とか、基本的なところをうかがってよろしいですか?」
「わかりません。」
「はいっ!?」
「全然わかんないんです。そもそも、彼女がどんな人がさっぱり知らなくて。」

「ちょ、ちょっと待ってください。」平次はパニック寸前になっていた。
この木村とか言う記者はいったい、誰を探させるつもりなんだ!?
もうこうなったら仕方がない。平次は、依頼人が“彼女”と出会ったいきさつを聞いてみることにした。

「私、実は大阪日報の記者でして。」
「それはさっき伺いました。」
「一週間ぐらい前に刑事部配属になったんです。それまでは文化部で神戸の特集を組んでいました。」
「あ、それ読んだことあります。“異国の薫りを訪ねて”・・でしたっけ?」
「良くご存知ですね。一応、ウチの看板記事ということになってました。」
「あれ、いい記事でしたよ。GWを境にして終わっちゃったんですよね。」

「それが今回の以来と、どう関係が?」
「先日、ある紅茶の特集のために神戸のイベント会場に出かけたんです。
 英国物産展というイベントが開かれていましてね。」

依頼人はそういって、イベント会場の地図を広げだした。



【2001年5月5日10:00・英国物産展会場】


GW最終日、JR三ノ宮駅はものすごい混雑を示していた。
その原因は、もちろん阪神百貨店主催のイベント「英国物産展」である。

すでに三ノ宮駅から始まっていた人の流れはイベント会場へと向かってゆき、
もちろん会場内においても淀むことなく動きつづけていた。
思わず舌打ちをしてしまう木村。
「おいおいおい大盛況もいいけど、これじゃ取材にならねーじゃねえか。」
せっかく特集記事の締めくくりに、プライベートもかねてお忍び取材に来たのに・・・。

<会場はただいま大変混雑しております。現在の待ち時間はおよそ2時間です。>
JR三ノ宮駅に突如掲げられた看板を見て、木村はもはや呆れるしかなかった。
これってすでに、遊園地とか万博のノリじゃねーかよ・・・。

とてつもない観客動員のせいで、会場は朝早くから大混乱に陥っていた。
もはや現地スタッフは人の流れを制御するので精一杯で、とても状況を把握する余裕など持てなかった。
観客はみな、万国博覧会のパビリオンのようにぞろぞろ歩き動くしかなかった。

「すいませーん、皆様立ち止まらずにゆっくり歩いてくださーい。」
会場の所々でバイト員の声が飛ぶ。これが本当に物産展会場で言う言葉だろうか。
もはや人々が通り過ぎるのを待つしかなくて、ヒマを持て余すブースの店員たち。
対して、会場整理担当のスタッフ、及び阪神百貨店直下のバイト員達は大忙しだった。

「ふーーう、あ、暑い・・・。」木村は、人々の流れの中で思わず汗をぬぐった。
阪急の満員電車をはるかにしのぐ人口密度の中、木村はただただ歩かされていた。
もう体中の水分はすっかり抜けきっていた。ポカリスエット1リットルでも一気飲みしたい気分だ。
ああ、こんな取材来るんじゃなかった。すっかり意気消沈の木村。
しかし、そんな彼の気持ちを180度ネジ曲げる事件が5秒後に発生した。

「あっ!!!」ふと木村から見て3メートルほど後方で叫び声が起こった。
どうやら男性の老人が突然倒れたようだ。
「お、おい。しっかりしろ!!」一緒にきた男性が声をかける。意識はないようだ。
「おい、タラタラ歩いてんじゃねーよ!!」流れが止まってしまい、後方からヤジが飛ぶ。
「おら、さっさと道開けろよ!!」便乗して、パンチパーマの男性からもヤジが飛ぶ。
みな一様にイライラが募っているのだ。

「うっさいなあ、ちょっとぐらい待ったらええやんか!!!」老人のそばから女性の声・・?
「警備員がグジャグジャ言うんじゃねえよ。俺ら客だぞ?」パンチパーマが反撃する。
「じゃかぁしいわ!!!大の男がグジグジグジグジ言いさらすなぁ!!!!!!!!」
警備員姿の女性の声が会場中に響き渡る。さすがにひるむパンチパーマ。

少し人の波が乱れたせいか、木村からも現場が少し見えるようになった・・。
倒れこんだ男性と、警備服姿の若い女性の姿が見える。体格はかなり小柄だ。
女性はこちらに背を向けていて顔を確認することはできない。
髪型はやや長めのようだ。彼女の上司らしき者も駆けつける。

「おい、どうしよう、これ?」タンカなどを搬入するスペースはない。うろたえる上司。
「私が運びます。」
「え、運ぶって?」
「よいしょっっ!!!」

彼女は、男性の右腕を右肩に、右脚を左肩に乗せて体全体を一気に担ぎ上げた。
米屋が米袋を背中で担ぐときと同じ要領だ。威勢のよさに拍手が巻き起こる。
木村は彼女の背中にただただ見惚れていた・・・・・・。



【2001年5月14日12:33・改方学園教室】


「そして、その女性にホレこんだ・・・。」
「まあ、そういう事です。」
女が強い世の中になったなぁ・・・・・。平次、思わず苦笑。

「じゃあ、そういう事でよろしく。」早速、腰を浮かす木村。
「ちょ、ちょっと待って!!」
「何か疑問でもおありですか?」
「大アリですよ。こんなのどうやって解決すれば良いんですか。」
「それを見つけるのが探偵さんのお仕事なんでしょ?」この人も和葉みたいなこと言うとるな。

「木村さん。われわれ探偵は手品師やないんです。
 十分なデータがないのに手がかりを導き出したりできません。
 せめてその人の雰囲気とか、外見とか。」
「やっぱり聞きたいですか。」
「ていうか、普通言うでしょ。」
「それが・・・・・・・・」
「まさか・・・、木村さん?」

「さっっっっっぱりわかんないんですよ。」そんな自信タップリに言うなや。
「あんた新聞記者やろ?人となり覚えるのが仕事違うんですか?」
「それが、見えたのは結局後姿だけですし。」
「じゃあ、本当に会場で一瞬すれ違っただけなんですか?」
「ええ。」
「例えば、取材でインタビューを行った相手とか、もしくはその関係者とか。」
「おそらく全然関係ないはずです。」

「ちなみに、そのイベントはどの程度の規模だったんですか?」
「少し大きめのイベント会場を確保して、150のブースが出展されていたんです。
 3日間の間に、正社員だけでも2000人の動員があったそうです。」

「ちなみに、バイト員や関連会社の人の名簿とかは?」
「機密保持契約、とやらで5月6日付で廃棄したそうです。」今から2週間前だ。
「ということは、名簿か何かから片っ端から当たってみるというのは・・」
「全く持って不可能です。」

「ふーーむ。」平次、思わず腕組み。このパターンは探偵の勘から言えば・・・。
「やっぱりダメっぽいでしょうか?」
「残念ですが。彼女の写真とかあれば別ですが。」横に首を振る依頼人。
「そうですか・・・・。」暗い沈黙が漂う。

「じゃあ、私がやります。」沈黙を破ったのは、一番意外な人物だった。
「お、おい、和葉。」
「やらせてください。」
「しかし・・遠山さん、でしたっけ?あなたは確か探偵でもなんでもないはずじゃ。」
「必ずその女性を見つけてみせます。やらせてください。」和葉の目に鋭い光が走る。
「・・・わかりました。よろしくお願いします。」

・・・・・・・・こうして、突然の依頼人は去っていった。
時間は12時58分30秒。昼休みの時間ぎりぎりのことだった。

<第4章:解析>

【2001年5月14日17:25・改方学園教室】

授業も終わって、部活動の勇ましい掛け声が響き渡る。
真っ赤な夕焼けの光が差し込む教室の中で、平次はニ枚のメモとにらめっこしていた。
「これで、依頼人が二人か・・・。」
長い間探偵をやってはきたが、こんな以来は正直初めてだった。
かたや、電車で一緒だった彼を見つけてくれ。
かたや、取材先ですれ違った彼女を見つけてくれ。

一応、外見を聞いては見たものの
男性のほうが「灰色のスーツ」「メモ帳」「俵万智」
そして女性が「警備員」「髪はやや長め」「かなり小柄」・・・こんなやつ、どこにでもいるやろ。

一般に探偵が捜索を活動する場合、やはりそれなりのセオリーが存在する。
持ち物、そこから判断される生活・衣食住の状況、さらにはその人の社会的境遇や身分・・。
それぞれの手がかりが示してくれる「領域」には必ず何らかの共通点が存在するものだ。
すべての領域を詳しく分析して有機的に結びつけ、対象人物の本質を探し当てる。

・・・・これが、捜索依頼を受けたときに最初に浮かんだプランだった。
大阪という比較的限られた地域面積から考えても、2週間はかからないはずだった。
しかし今度ばかりは平次でもお手上げだった。それぞれの手がかりがバラバラ過ぎる。
(こりゃあ、ボツだな・・。)やっぱりこの依頼はお断りしようと決断する平次であった。



【2001年5月14日17:25・遠山和葉宅】


「よっしゃ、ここ数ヶ月で新しい交通機関は開かれていないっと・・。」
彼女はPCの画面を消した。インターネットとは便利なものだ。なんでもすくわかる。

もう一度念のため、手元のメモを眺めてみる。

(京阪電車)
・京阪電車は京都から大阪までを一直線に結ぶ私鉄である。
・運行形態は、特急、急行、準急、区間急行、鈍行の5種類。
・中井さんの乗る西三荘駅は、鈍行、区間急行のみ停車。場所は京都と大阪の中間。
・中井さんの降りた京橋駅は、大阪方面へ乗り換えるターミナル駅。
・一般に準急以上の電車は大きな駅にしか止まらない。

(京阪沿線の状況)
・中小企業が多く乱立している。小規模な工場が多い。
・沿線の企業は全て、支社や営業所などの施設は持っていない。本社施設のみ。
・商業用スペースは少ない。
・居住用スペースはさらに少ない。

西の名探偵が頭を抱えてしまっていたその時、和葉はひそかに行動を起こしていた。
手帳を開き、そのうちの番号の一つを確認。慣れた手つきで携帯を操る。

(・・・・・・プルルルルルルルルルルルル)
<もしもし?>中井明日香の声が聞こえる。
「遠山和葉です。ほら、平次の隣にいた。」
<ああ。どうもお久しぶりです。>
「実は、少し伺いたいことが・・・・・・・。」
<はい。何でしょうか?>
「明日香さんって、最近なにかお稽古事始めてませんか?」
<えっ・・・・・・。>

数分後、和葉の表情は少しずつ和らいだものに変わっていた。
(よぉーっし、次は木村さんや・・・。)

(・・・・・・プルルルルルルルルルルルル)
<ありがとうございます。大阪日報刑事部です。>
「もしもし、木村さんですか?遠山和葉です。」
<あっ、ご苦労様です。捜査の具合はいかがですか?>
「おかげさまで順調です。」
<いかがされましたか?>
「木村さんの勤務場所と、住所を教えていただけませんか?」
<えっ?>

間もなくして、和葉は木村から3箇所の住所を聞き出した。
彼の下宿は南矢代市。宝塚から北西に少し上がったところだ。
4月まで勤めていた文化部、そして新任地の刑事部共に大和田駅付近のビル5階。
基本的に直行直帰の勤務形態は認められていない。
朝夕一度は必ず本社ビルに立ち寄る必要があるようだ。

「大和田って、確か京都付近の小さい駅ですよね?確か西三荘より、少し京都寄りの。」
<ええ、そうですよ。>
「じゃあ、そこから鈍行で京橋行きに乗ったら西三荘駅に止まりますか?」
<そりゃ、もちろん。>

「ちなみに、刑事部ってのは近畿の警察全部担当なんですか?」
<そうですね。具体的には各都道府県をグループごとに分担しています。>
「木村さんは、どこ担当なんですか?」
<私は奈良県警担当になりました。もう2年もすると、大阪府警らしいですが。>
「わかりました。お忙しい中、失礼しました。」

和葉の“推理”が“確信”に変わった・・・・。

(さぁって、平次にアレでもやっといてあげようっと♪)
「Music−Gift」なるサイトのページを開く和葉。
大切な人に音の贈り物ができる、ユニークなサービスサイトだ。

“プレゼントしたい曲を選んでください。”
HTMLのメッセージが彼女を出迎える。

えーと、曲はやっぱりアレかな。(タンッ!!)ENTERキーを叩く。

“宛先を入力してください。”
「大阪府」「門真市」「西町」・・・。慣れた手つきで入力する。

“プレゼントしたい人のファーストネームは?”
そりゃ、もちろん・・・・・・・・・。
「H,E,I,J,I」っと。

“宛先にギフトが届くまで1ヶ月弱かかります。よろしいですか?”
もちろん、YES。

(へへん、きっと平次のやつビックリするやろなー。)
キーボードをリズムよく叩く和葉の顔は、いつもより少し輝いていた・・・・・。

<第5章:作者からのメッセージ(前半編)>
さて、皆様始めまして。この作品の著者の紳助です。
どうやら悩める探偵を尻目に、遠山和葉はある事に気が付いたようです。
まあ結論から言いますと、彼女の推理は当たっていました。

そこで問題です。ズバリ「遠山和葉の推理した内容」を当ててみてください。
これまでの記述の中に、類推レベルの推理が可能な手がかりが用意されています。

ヒントは「英国物産展」「京阪電車」・・・・・もうおわかりですね?
まっ、どうせこの後の物語には大した影響はないですし、気楽に取り組んでください。
以上、著者でした。




<第6章:探偵デビュー>


【2001年5月19日09:00・遠山和葉宅】

「さあ、平次始めるよ!!!」デンと教科書を積み上げる和葉。
「おいおい、ホンマ勘弁してくれよ。」
平次が情けない顔つきになる。レポートは後半分ぐらい残っているのだ。
「あかん!!早くせーへんと間に合わなくなるやん。
 それに、今日は大切な用事があるんやから、さっさとやることやってしまおうよ。」
「大切な用事?何やそれ?」
「ええからええから。さっ始めるよ。」
そうして、二人がレポートを作成しようとしたちょうどその時・・・・。

(ピーンポーン・・・・・)遠山家のチャイムがなる。
「和葉ちゃーん、お客さんよー。」
「あ、入ってもらってー。」
「おい和葉。お前、何かたくらんどるやろ?」
「うん♪」嬉しげな顔の和葉。こういうときは、絶対に何かとんでもない事が起こるものだ。

「おはようございまーす。」和葉たちの部屋に入ってきたのは・・・・木村雅明だった。
「き、木村さん!?」突然のことにうろたえる平次。
「いらっしゃい。どうぞこちらに座ってください。」和葉の言うままに座らされる。

「あ、あの、一体私に何の用が?」突然呼び出された木村、動揺が隠せない。
「実はお見せしたいものがあるんです。」
「見せたい、もの?」平次、首をひねる。
「な、何なんですか、それって?」
「あと3分後にわかります。」フッと微笑む和葉。

(ピーンポーン・・・。)またチャイムが鳴った。
「さあ、来ましたよ!!」
「だから、何がや?」
トン、トン、トン・・・誰かが遠山母に案内されて階段を上がってくる。
足音はちょうど和葉の部屋のドア手前で止まった。
遠山家に流れる一瞬の静寂。

「・・・・さあ、それではご紹介しましょう。」
そういってドアのノブに手をかける和葉。
木村、平次の視線がドアの向こう側に向けられる。
一体、ドアの向こうに誰がいるというのか?

「木村雅明さんが探していた、中井明日香さんです!!!!!!」
その場にいたすべての者が言葉を失った・・・・・・・・・・・・。



【2001年5月19日10:00・遠山和葉宅】


「ああああああ!!!!!!!」

土曜日の昼下がり、遠山家の一室は大騒ぎとなっていた。
いきなり依頼人二人を呼び寄せた遠山和葉。
異なる事件の依頼人同士の組み合わせが理解できない服部平次。
そしてドア越しにお互いを見る木村雅明と中井明日香・・・・・。

「木村・・・さん?」思わず声をかける明日香。
そしてその声に反応する雅明。間違いない、英国物産展の時の彼女だ。
あれほど探していた人が、今自分の目の前にいる。

二人に、もはや言葉は必要なかった。
そっと互いに抱き合う二人。「よかった・・・。」

対して呆然としているのは服部平次。
自分の目に飛び込んできた風景がいまだに信じられないようだ。
「どういうこっちゃ?」

「へへん。どうだ平次、参った?」得意げな目の和葉。
「参ったも何も・・・」言葉が出ない平次。
「なんでわかったか、教えてあげよっか?」
窓の外を指差す和葉。彼らを二人きりにしておきたいのだろう。

「おお、頼むわ。」平次たちは近くの公園へと移動することになった。



【和葉の推理(前半の正解)】


5月19日の昼下がり、大阪はどこまでも晴れやかな空だった。
少しばかりの雲がきつい日光を抑えつつ、
さわやかな大空のグラデーションが地平線まで延びている。
まさに、推理日和とはこういう日のことを言うのだろう。

お気に入りのジュース片手に並んでベンチに座る二人。
「じゃあ、始めていい?」
「OK。」
「まず始めにね・・・・・。」

まず始めに、木村雅明の探していた女性を“彼女”、
中井明日香の探していた男性を“彼”と呼ぶことにしよう。

先に“彼女”についての情報から見てみよう。
彼女は小柄にもかかわらず、イベント会場において男性を担ぎ上げている。
運んだ男性との体格差から考えても、力づくでの行動とは思えない。
という事は、彼女は男性の重心を背中に乗せていったと考えられる。

そんな技術を習得できるといえばもちろん・・・・・
「柔道!!」平次、思わず叫ぶ。
「正解。」
「けど和葉、それならなおさら中井さんとは関係ないやろ。
 彼女、別にそんなスポーツが特別好きそうなキャラやなかったぞ。」

「習い始めたばかりやったん違う?ほら、手がパンパンに腫れてたやん。」
「なるほど。初心者やから、受身の練習ばっかりしてたんか。けど、なんでわざわざ?」
「強くなりたかったちゃうかな。少し前にチカンされたわけやし。」
「ふーん・・・。とりあえず、木村さんの証言には合致してるわけか。」

では続いて、明日香の“彼”についての証言を振り返ってみよう。

明日香は、毎日「京阪電車西三荘駅」から乗車して彼と合流していた。
西三荘駅には、鈍行、またはそれに準ずる電車しか来ない。
この時点で、彼が電車に乗る駅は小さめの駅だと限定できる。
急行が止まるような大きな駅なら、わざわざ鈍行などに乗る必要はない。

次に注目したのは、この証言である。
“新学期を迎えてからしばらくして彼の姿が消えた”

普通、人間は習慣に支配されるものだ。
一旦確立された生活パターンは、めったに覆らない。
よって、パターンに変化があった場合、それは必ず何らかの理由があるのだ。
乗車時刻から考えても、消えた男性はこの電車を通勤用に使っていたはずだ。

今回のケースでは、「電車の使用状況」が変化していた。
交通手段が変更になった場合、考えられる理由は以下の三つ。
(1)他の交通手段に切り替えた。
(2)移動元の住所が変更になった。
(3)移動先の住所が変更になった。

まず(1)はあり得ない。ここ数ヶ月新しい交通機関は開かれていないからだ。
残るは二つ。移動元か、移動先か。

「なあ和葉。」
「何、平次?」
「とにかく、“彼”は通勤用に電車に乗ってたんやろ?」
「そうやけど?」

「それやったら、“移動元”、“移動先”って、家と職場ちゃうんか?」
「ところが、そうとは言い切れないんよ。」
「なんで?」
「外回りの仕事の事を検討してないやん。営業さんとか、記者とか。」
「あっそうか。」
「つまり、こういう事なんよ。」和葉はサラサラと箇条書きを始めた。

    移動元 移動先 変更の箇所
<A>  家  職 場  移動元
<B>  家  職 場  移動先
<C> 職 場 外回り  移動元
<D> 職 場 外回り  移動先


もう少しわかりやすく言うと・・・・・。

<A>家が西三荘付近、職場が大阪方面。家を引っ越した。
<B>家が西三荘付近、職場が大阪方面。職場の住所が変わった。
<C>職場が西三荘付近、外回りが大阪方面。職場の住所が変わった。
<D>職場が西三荘付近、外回りが大阪方面。外回りの行き先が変わった。

「おいおい、こんなんどうやって限定すんねん。」2個の可能性が4個になったやないか。
「1こずつ丁寧につぶせば大丈夫♪」

まず<A>から消していこう。
前述したとおり、京阪沿線の住民が用いる幹線道路はここ2ヶ月ほど封鎖されている。

「ああ、西三荘がテロ爆破されたアレか。」
「そういうこと。」
よって家の住所変更、すなわち引越しを行ったとは思えない。
運送用のトラックが使えない状況で引越しをするのは無理がある。

<C>も消しておこう。
京阪電車の鈍行、又は区間急行が止まる駅の周辺は全て中小企業である。
さきほど述べた通り、各企業は支社などの建物は配置していない。
よって、社内において異動命令を受けた可能性も考えられない。

「ほな、あとはBとDか。」
「ここで明日香さんの証言が効いてくるんよ。ほら、拾った定期券。」

<B>も消しておこう。もし家が京阪沿線、職場が大阪方向であるならば
どう間違えても「南矢代→京橋」の定期は持たないだろう。

京橋は大阪の西の端。南矢代は兵庫のやや中腹。
7時半ごろに京橋に行ったとしても、南矢代に行くには90分はかかる。
どれだけ急いでも、駅にたどり着く時点で9時を過ぎてしまうからだ。
通勤電車という点から考えて、これもない。

これで残る可能性は一つ。
彼の職場が西三荘付近の小さな駅、彼の外回り先が大阪方面だったのだ。
何かしらの事情により、一度職場によってから外回りに出かけるのだろう。

京阪電車の沿線で、外回りを出しそうな企業はおよそ500。
一気に絞り込むにはもう一押し必要だ。

「よっしゃ、後は俺に言わせてくれ。」平次の目の色が変わった。
「わかった?」
「おう。つまりやな・・・・・。」

営業マンの場合、外回り先の選択は二つのパターンに分けられる。
新規開拓の場合と、懇意な客とのパイプ確保である。
前者の場合、行き先はそれこそ日替わり状態になる。
後者の場合、関係が確立されているので毎日行く必要はないはずだ。

つまり、毎日同じ時刻の同じ電車に乗る時点で営業マンではないのだ。
営業マン以外で外回りが必要な仕事といえば、探偵、記者、私服警官ぐらいだ。

チカン対策で私服警官が張り込んだ、という可能性も確かに存在する。
が、それなら犯人を鉄道警察に渡したりはしない。自分で逮捕するに決まってる。

探偵ならば、余計に犯人をひねり上げるわけがない。
隠密行動を旨とする探偵が、わざわざ自らの存在をPRするとは思えない。

「ちょ、ちょっと待て。」平次がストップをかける。
「どうしたん、平次?」
「探偵がチカン撃退のために乗り込んでいた可能性は?」
「そんなもん、余計におかしいやん。」

「なんでや?」
「これからチカンの張り込みをしようと言う人が、
 なんで見ず知らずの明日香さんに会釈なんかするんよ?」
「あっ、そうか。」なるほど、これで探偵もありえない。

ここまでで判明した“彼”の情報を整理してみよう。
彼の勤務先は、京阪電車の小さな駅付近。
彼の外回り先は大阪方面。
彼の職業は新聞記者。

勤務先の住所と記者から連想されるところといえば・・・・・。
「大阪日報しかありえへんわけか。」和葉、コクコクうなづく。

そして大阪日報所属の記者の中から、次の条件でさらに絞り込める。
すなわち(最近まで神戸を取材して、西三荘から西側の取材に切り替えた人物)である。

大阪日報で神戸を取材していたのは、兵庫県警担当と例の特集記事担当ぐらいだ。
ここまで来れば、後はローラー作戦で一気につぶせば良い。

「それで、二人をここに呼びつけたんか。」平次、満足げに微笑む。
「どう、すごいやろ?」
「大したもんや。まっ、まだ俺の半分も来てないけどなぁ。」少しおどけてみせる。
「よぉ言うわ。」ヒジで平次を小突く。相変わらずこういう呼吸はピッタリだ。

「和葉さーん!!!!」遠くから雅明の声がする。
見ると、腕を組んでやってくる二人の姿。どうやらすっかり打ち解けたようだ。
どんなもんだと、平次を見やる和葉。そしてまんざらでもない平次。

「・・・・和葉。」
「何?」
「さっきの言葉訂正するわ。」平次はトレードマークの帽子を後ろ向きに回した。

≪お前はもう、立派な探偵や。敵に回したら怖いぐらいにな。≫
服部平次がその生涯で唯一口にした、和葉に対する評価である。



・・・・・これが、遠山和葉の探偵デビューの顛末の前半である。
実はこの後、平次たち4人の身にある災難が降りかかるのである。

果たして、彼らに襲い掛かる者達の正体は?
そして平次はその試練を見事に切り抜けることができるのか?
ついでに、和葉の注文した”Music−Gift”の曲名は何なのか?

続きは「和葉の夏の思い出2〜 後編」でお楽しみくださいませ。

そう。平次たちの眺めるアルバムは、まだ半分が埋まっただけだから・・・・。

あなたが今見ているものは、真実と言い切れますか?

 Who are YOU?〜和葉の夏の思い出2〜 後編
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