|
【2000年10月22日、雨の降る大阪・・・・・】 秋も深まるある日曜日、一組の男女が恵比寿橋の上を歩いていた。 「なあ平次、これ持っときや。」 赤い傘の下から白い腕が伸びて、「彼」の上着のポケットに入っていく。 「いらね。」即答して、今度はお守りが彼女のポケットに押し込まれる。 「まー、遠慮せーへんと。」押し返す。 「そやからいらへん。」更に押し返す。 「平次の事を思って倉敷まで行ってきたんよ。受け取って!!」今度は力づく。 「いーやーや!!」平次、腕力なら負けてはいない。 「うーけーとーって!!!」 「嫌や!!お前、お守りなんぼ渡したら気が済むんや?」ついに追撃を振り払う。 「こーいうのは、多ければ多いほどご利益があるの!!!」 「絶対に嫌や!!大体なあ、ホンマにご利益あったことあるんか、これ?」 「し、失礼なこと言わんとってや!!」少しむくれる。 「じょ,冗談や。そんなに怒んなや。」慌ててとりなす。 「もう結構です、受け取ってもらわなくてもいいです!!」すたすたと歩き出す和葉。 「お、おい、冗談やて。おい待てって!!ありがたく頂くから!!」 彼女を怒らせるとロクなことがない。やはりもらった方が賢明だろう。 「・・・・・・・・ほんまに?」10m先からニンマリと振り返る和葉。 「あ、ああ・・・・。」 「じゃあ、そういうことでよろしくね♪」嬉々としてポケットに放り込む。 (はあーっ・・・・。)やられた。これまで何度このパターンに陥ったことか。 その始末が、このジャラジャラと重たいカバンである。 彼女からもらったお守りを、携帯のストラップのごとく装着すること優に20個。 おかげで、普段の登下校のときでさえ充分にダンベル代わりになるわけで・・・・。 ・・・・どこからどう見ても天真爛漫なこの二人が、この後起きる騒動の主人公なのである。 【10月23日月曜日、晴天を迎えた服部家、午前5時30分】 ジリリリリリリリリリリリ!!!!!いつも通り、目覚ましのベルがなる。 そして勇ましい音を上げる時計を、その持ち主の黒い腕が止める。 「ふわーーーーぁ。」西の名探偵、服部平次の起床である。 「あ、平次、おはよう。お客さんよ。」1階から母が部屋へと入ってくる。 「客?・・・・・・こんな時間に?」 「うん!!」なーぜーかー、とっても嬉しそうな母。 「おいおかん、まさか・・・・・」 「その通り。愛しの愛しの和葉ちゃんよ!!!!」ビシッと平次を指差す。 (やっぱり・・・・・・。)平次、朝からゲンナリ。 「へーえーじっ、おーはーよっ!!!」和葉がドアから顔を覗かせる。 「か,和葉!?」なんと朝5時30分だというのに、すでに支度を終えているではないか。 「さあ平次、ボーッとパジャマで突っ立ってないで早く朝ごはん食べよーよっ!!」 「お、おい、和葉ーーっ!!!!」半分寝ぼけていて、引っ張られるままの平次。 【そして顔を洗って、ようやく頭が回転し始めて・・・・・】 「毒へびっ!?」 「うんっ♪」新聞の社会欄を指差す和葉。 ちなみに補足しておくと、ここはあくまで服部家の朝の風景である。 何か探偵として関連のありそうな事件を見つけたときは、こうして和葉も朝食に参加するのが通例となってるのだ。 「なになに・・・、盗賊団のボス、毒蛇にかまれて死亡。彼は大阪駅のロッカーから 小箱を取り出しそれをホームで開けたところ、毒蛇にかまれて死亡した模様。 ロッカーを開けるときに延長料金を支払っていたことから、何らかの事件にかかわる受け渡しを行い、 その際にトラブルに巻き込まれたものと思われる・・・。」 「なあ、面白そうやろ?」味噌汁を飲む平次の顔先にずいっとアップになる。 (!!!!!!)突然のどアップに驚く平次。 「あらあら平ちゃんったら・・・・。きっと愛しの和葉ちゃんの顔がすぐ近くにあって動揺したんやね。」 「イ,愛しの・・・・・??」思わず、平次の方をチラッと見てしまう。 (ちがうちがうちがう。)ぶんぶんぶん。平次の首が音を立てて横に振られる。 「あのー、おばさま。平次は違うって言ってますけど・・・・。」 「きっと照れてんのよ。意外とこういうのに臆病だったから。」 「あのなあ勝手なこと言うなや、証拠もなしに。」 「証拠ならあるわよ、昨夜の平次の寝言のテープ。」カセットレコーダーを手にニンマリ。 「!!!!!!!!!」平次、石になる。 「さあ、聞いてみましょうか♪」静華、もうノリノリ。 「おばさま、私も聞いていいですか?」 「ええもちろんよ!!!」すかさずスイッチオン・・・・・・。 『・・・・・・・・・・・・・・・・』しばらく沈黙が流れる 『・・・・・・・・・う、うぅん・・・・。』30秒後、寝言が始まった。 『・・・・・あかん、あかんってそんなん・・・・。』 ん!?平次を除く全員がスピーカーに耳を近づける。 『違うねん。俺はただ、その、お前の事が・・・・・・・。』 お前のことが!?さあ、どうだと言うんだ? 『好きなんや・・・・・・・・。』 キャーッ!!!もう服部家は右へ左へ大騒ぎ。 平次、穴があったら、いや無くても掘って隠れたい気分。 『くどおぅ・・・・・・・・・・・。』 (え・・・・・?) 「アハ、アハハハハ・・・・・。」仕方なく、笑ってごまかす平次。 「へーーえーーーじーーーーー!!!!!」和葉の血管が確実に3本は切れた・・・。 (筆者注意:ここからは、残酷かつグロテスクなシーンとなります。 皆様に自由に想像していただく表現を自主規制するために、音声のみの中継となりますことをお許しください。) 「パイルドラーイバーッ!!!!!」 どかっ!!!! 「フライングニープレスッ!!!!」 べきべきっ!!! 「火中天心甘栗拳乱れ打ちーっ!!!!!」 ぼかぼかぼか。 「空中2回転半畳み込みいずな落としーッ!!!」 どがしゃーん!!!!!! 試合開始からわずか32秒・・・・・和葉の完勝であった。 「・・・ふっ、今日はこのぐらいにしておくわ。」乱れた髪を整える和葉。 「そ、そら、おおき、に・・・・・・。」平次ダウン。 「さあ、朝の運動も終わったし、食べなおしましょうか!!」 【改めて居間で朝食を取り直す服部家プラス1名・・・・・】 「ところで平次、さっきの事件どう思う?」珍しく口を出す平蔵。 「うーんっ、今の情報では何とも言えへんけど・・・・・。」 「それもそうか・・・・・。」味噌汁をズズッと飲む。 「相変わらず豪快に飲むなぁ。」平次、毎日の事ながら呆れる。 「当たり前や、なんせ母さんの味噌汁は世界で一番うまいからなぁ。」 「まあ、あなたったら。」年甲斐もなく照れる。 (えーなー、こんな関係・・・・・・・。)自分達に照らして、うらやましがる和葉。 「和葉ちゃんにも時期を見てきっちり教えてあげるからね、服部家の味って奴。」 「え?あ、はい。よろしくお願いします。」ペコリと頭を下げる和葉。 「チョット待て。それ、どういう意味?」平次が口を挟む。 「決まってるやん。和葉ちゃんにウチに来てもらうんよ。」 「な、ななな、なんやてーっ!!」 「・・・・・ついにあの事を話す時が来たか。」味噌汁を飲み終えて、ため息をつく平蔵。 「そのようですね。」静華も厳かにうなづく。 「おい、どうしたんや親父?何やねん、あの事って?」 「実はなぁ、平次。お前には隠してたことがあるんや。」静かに味噌汁の椀を置く。 「隠してた、こと?」 「ああ。静華、悪いけど2階の押し入れからアレ取ってきて。」 「わかりました。」静華、2階へと移動。 「アレって?」和葉も興味津々。 「服部家嫡男に定められた掟を記した古文書や。」 「定められた掟!?」 「あなた、持って来ましたよ。」 「おお、ありがとう。えーと、確かまん中より少し後ろかな・・・・。」手馴れた手つきで古文書を開く。 「ああ、ちょっと行き過ぎ。もう少し後ろ側・・・・、そうここ!!!」静華、目的の文書を発見。 『服部家嫡男に定めし掟、第二百条(意訳) 服部家は、代々遠山家と協力して大阪の数々の事件を解決してきたが 遠山家百三十代目の嫡男、金四郎が江戸下町奉行に就任した際に、協力体制は途絶えてしまった。 服部家は遠山家なくして服部家にあらず。そしてその逆もまた然り。 よって両家は第二百代目までに婚姻を交わし、一族の流れを統一して共に事件を解決すること。』 「・・・・・・これが、どうしたん?」平次、なんだか嫌な予感。 「実はなあ、偶然にもお前達が・・・・・。」平蔵、恐ろしくにこやか。 「二人とも第二百代目の後継ぎなんよ!!!」静華、満面の笑み。 「じゃあ、私と平次は・・・・。」 「産まれたときから、既に許婚同士なーのーよーーーっ!!!!!」静華、なぜかマイク片手に小指を立てて絶叫。 「そ、そんな、勝手に決めんなや!!!」 「そやかて服部家のご先祖様の言いつけやし、守らなあかんやろ?」 「ご先祖様が言うから結婚させるんか、あんたは!!!」 「ああそうや。」悪びれもせず言い切る平蔵。 まったくもう・・・・・。いつもの事ながら、ため息をつく平次。 「あ、そうや。一つ言い忘れとった。」 「今度は何や,親父?」 「その巻物には呪いがかかっててな、一度見てしまったら実行しない限り家から出られへんから。」 「はあっ!?」 「疑ってるんか?」 「普通疑うやろ、そんなん言われたら!!」 「じゃあ、そこの玄関空けてみ?」 「おお、開けたらぁ。」ずかずかと大股で玄関へ移動する。 「ほな、開けるで。」ガラガラ・・・、ピタッ。2センチで止まった!? 「だから言うたやろ?」 「な、何かがひっかかったんやで。ふんぬっ!!!」力づくでも動かない。 「だから言うたやろ?」 「ふーーんーーぅーーーぬーーーー!!!!!!!!!!」動かない。 「だから言うたやろ?」 ・・・・実は、こっそり外で遠山父がドアを押さえているのだ。 「あかん。ビクともせーへん。」 「開ける方法はただ一つ。ここで今すぐ結婚しなさい。」 「ええええええっ!!!!!!」 「信じるものは救われる。」 「警官のあんたが言う台詞ちゃうやろ、それ!!」 「ええから、早くハンコ押しなさい。二人とも最低限の年齢クリアしとるんやから。」 「けど、親の承諾が要るんでしょ?」和葉、いいところに気が付いた。 「ああ、問題ないわよ。昨日承諾書もらってきたから。」ニンマリ。 「さあ、押しなさい!!!」力づくで平次の腕とハンコを動かす平蔵。 「はーなーせーーっ!!!!!」 「ほう、そんなに嫌なんか?」痛いところをついてくる。 「と、とにかく、今日は学校があるんや。窓破ってでも出て行く!!!」 「やめたほうがいいと思うけどなあ・・・。」 「いざとなったら窓ガラスぶち破ってでも出て行けばええねん・・・・・ああっ!!!」 平次、窓の外に景色に思わず愕然。そこには、一面の雪の壁ができていたのだ。 「おお、ご先祖様のたたりや!!」平蔵、すごく嬉しそう。 「たたり?」 「そうや。逃げようとしたら、こうして雪に閉じ込められるんや。」 「んなアホなーっ!!!!」 ああ、前もって北海道から万年雪を20トン購入しておいてよかった・・・。 自らの作戦の見事さに思わず涙を流す平蔵であった。 「ほなワシは仕事に行くさかいに・・・・。」平蔵、出かける支度。 「私も今日はPTAがあるから・・・・・。」静華も準備オーケー。 「おい待て、逃げるんか?」 「いやいやちゃうがな。仕事や仕事。ほな行ってくるわ。」二人の場合は玄関が普通に開く。 「行ってきまーっす!!!!」帰る頃には、晴れて二人は許婚同士・・・・。 晴れやかな気分を背に颯爽と出かける二人。 (おいおい、よく考えたら俺はいつまでドアを見張ったらええんや?) 玄関隅で自らの決断を後悔する遠山父であった・・・・。 【さて、のこされた平次と和葉は・・・・・・・】 「・・・・・どうする?」 「どないするって・・。」二人,ただただ呆然。 誰もいない家に時計の針の音だけが響き渡る。 そして、二人の前には紙切れが一枚・・・・・。 「やっぱり押さなきゃあかんの、ハンコ?」 「そんなこと、俺に聞くなや。」 「ごめん。」 「・・・・・・・・・」平次、ハンコをつまんで指先でくるくる廻してみる。 一体この男はどんな気持ちでハンコと向き合っているのだろう・・・・。 「・・・なあ、平次?」沈黙に耐えられず、口を開く。 「なんや?」 「あのさ・・、平次は押す気あるん?」 「ああっ?」少し怖い顔を見せる。 「あ、あの、もちろん、たとえばの話やけどさぁ。」慌てて作り笑い。 「どうやろなぁ・・・。」ふっと自嘲的な笑みを浮かべる。 「『どうやろなぁ』って・・、どういうこと?」 「そのまんまの意味や。”その時”にならないとわからへんって。なっ?」微笑みかける。 「けど、今がちょうど”その時”とちゃうの?」正論である。 「ええっ、今が?」 「・・・・うん。」 「お前、アホとちゃうか?」呆れて笑いをかみ殺す。 「なんで私がアホなんよ!!」さすがに怒り出す。 「今の状況をよー考えてみろよ。親が勝手に結婚の話を出して、 親が勝手に書類持ってきて、いきなり俺らを閉じ込めた。そやろ?」 「まあ、確かにね。」 「祟りがホンマにあるかは別にしても、少なくとも俺らの意思は少しも反映されてない。」 「・・・うん。」 「そして、親がハンコ押せと言って出ていった。そしたらお前は押すんか?」 「そ、そりゃそうやけど・・・・。」今のうちに主導権取り返さないとまずい。 「そらもちろん、ここでハンコ押して出ていくことはできるよ。けどこんな気持ちでハンコ押して 書類持っていって、役所に持っていったところで何が変わるねん。そやろ?」 「・・・・・・」 「親には悪いけど、こんなの結婚とはとても言えへん。」書類をびりびりと引き裂く。 「ちょ、ちょっと!!」 「うん、どうしたんや?」クシャクシャに丸めてゴミ箱へ。 「何も破かんでもええんとちゃうの?」 「なんやお前、この書類に思い入れでもあったんか?」 「あるわけないやん。けど・・。」ゴミ箱の方を見つめる。 「あのさ、和葉。一つ聞いて言いか?」 「何?」 「俺らの間にあんな紙切れは必要なんか?」ふっと耳元にささやきかける。 (えっ・・・・・・・) 「そういうこと、だから俺はサインしなかった。わかった?」 「・・・わかった。」少しだけはぐらかされた気分になる。 「いつか、ちゃんとサインするからさ。」 「えっ、本当に!?」 「おう。い・つ・か・な♪」いたずらっ子のような笑顔。 「ちょっと、何よそれ。サギやんか!!!」 「サギやないですー♪」 「サーギーでーす!!!」家の中でハデな追いかけっこが始まる。 ・・・・・・・こうして家から脱出できないまま、平次と和葉のとんでもない一日は終了した。 平次が婚姻届にサインするのはいつのことなのか? それは当の平次でさえもわからないわけで・・・・。。 |