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【2000年10月8日・午前11時・大阪】 いよいよ街路樹の葉も秋色に染まろうかという10月のある日、 大阪の町を一人の少女がため息混じりに歩いていた。 「あーあっ、平次ももうチョット私のことを気にかけてくれてもええのになあ・・。」 彼女の名は遠山和葉。大阪府警重役の娘で、西の高校生探偵「服部平次」の幼なじみである。 そして「平次のお姉さん役」でもある。 まあ彼女に言わせれば、それが嬉しくもあり悩みの種でもあるわけで・・・。 (いったい、いつになったら・・・・・・・・・・)乙女の悩みは尽きないのである。 もうちょっと、平次の奴が素直になってくれたらなぁ・・・・・。 【同じ日の同じ頃、兵庫県神戸市で・・・】 和葉が秋空を見上げて想いを巡らしていたとき、当の「平次」は神戸にいた。 JR三ノ宮駅を降りて海へ向かう平次。探偵といえどもやはり人の子。 毎日事件ばっかり追ってもいられないわけで、今日は久々の休暇である。 「なんかややこしい事件ばっかりやし、海でも眺めてボーッとしよかなあ・・。」 と、そこへ勢いよく飛んできた白球が・・・・・・・。 コーーーーーーーーンッ!!!!! 見事なまでの大当たり。平次はそのまま気絶してしまった・・・・・。 プロ野球パリーグ「オリックスVS近鉄」戦にて繰り出された場外ホームラン。 たった一球の行方がこれほどの悲劇を生むとは、打ったイチロー自身も考えていなかったであろう・・。 【さて、気絶した平次が病院に運ばれて・・・・・】 (ん、あれ、ここは・・・・・?)ゆっくりを目を開けてみる。 どうやらベッドに横になっているようだ。周囲にはたくさんの人が集まっている。 「あ、平次、気がついた?」心配そうに駆け寄ってくる。 彼女の両親、そして平次の両親も駆け寄ってくる・・・・・。 「あ、あのー・・・・。」ズキズキと頭が痛む。 「ああっ、平次、無理したらアカン。」あわてて制止する和葉。 「失礼ですけど、どちらさまですか?」 「エッ・・・・・。へ、平次?」 そう、平次は記憶喪失になってしまったのである。 【さっそく精密検査を受けさせて・・・・・】 「こりゃー、一時的な記憶喪失ですね。」と、担当の医師。 「記憶喪失!?」和葉以下、うろたえる父兄達。 「脳に強い物理的ショックを受けて、近隣の人の記憶が一部消えてしまってます。」 「じゃあ、まさか私達も!?」服部家の両親もうろたえる。 「いえ、それは無いでしょう。自分の名前などは思い出せたようですし。」 「じゃあ、一体平次君は何の記憶を失ったんですか?」 「恐らく、そこにいらっしゃる・・・遠山和葉さん、でしたっけ?」 「え、は、はいっ!!!」慌てて立ち上がる。 「あなたについての記憶がぽっかり抜け落ちているようなんです。」 「そんな・・・・・。」 平次が私のことを忘れた・・・・・・・・? ウソやろ・・・・?? なんで・・??? 和葉はショックのあまり気を失ってしまった・・・・。 【んでもって、その日の夜、服部家居間で作戦会議を始めたわけで・・・】 「ほな始めましょうか。」重苦しい雰囲気の突破口となるべく、遠山父が口を開く。 「和葉ちゃんは?」服部母、やはり彼女の具合が気になる。 「大丈夫です。さっき、鎮静剤うってもろて家で休ませてます。」と、遠山母。 「それにしても、えらい事になりましたなあ。」 「よりによって、和葉ちゃんの記憶だけが消えてるなんて・・・。」 「しかも、関西弁やなしに標準語を話すなんて!!!」遠山母、ショックを隠せない。 「まあ、なってしまったことは仕方が無い。対策を考えましょう。」 「対策、って?」 「もう1回ボールを頭にぶつけましょうか?」 「あかん、あかん。そんなん平次が死んでしまうわ。」 「・・・やっぱりここは、正攻法で行きますか?」 「どういうことです?」 「記憶がなくなった分だけ、思い出を作ってもらうんですわ。」服部母、ニンマリ。 【そして、次の日はハッピーマンデーによる休日だったので・・・・・。】 「えええええっ!!!!!」目覚めた和葉、朝一番の悲鳴を上げる。 「ええやないの、願ったり叶ったりやろ?」 「嫌や、嫌や、嫌や!!!!」駄々を懸命にこねる。 まあ、彼女が嫌がるのは無理も無いだろう。 なにせ、「親の監視付きデート」をやる羽目になったのだから・・・・・。 【同じく、夜明けを迎えた服部家では・・・・・】 「ええか平次、この子の名前は?」もう一度和葉の写真を見せる母。 「遠山・・・和葉?」 「そのとおり!!じゃあ、この子とあんたの関係は?」 「父親同士が警察の同僚で、小さい頃からの知り合い。幼稚園からずっと同じ通学路。」 「オッケーイ!!!ああ、徹夜で覚えさせて良かったわー。」安堵の息を漏らす母親。 (やれやれ・・・・・。)朝食のパンをかじりながら平次はため息をついた。 そんなに今日は重大なことをやるのだろうか? 昨日から親がつきっきりで、大阪弁の発声を叩き込まれて 見たことも無い女の子の経歴を覚えさせられて・・・・・・。 周囲の高まるテンションをよそに、平次はいつに無く落ち込んでいた。 (ピーンポーン♪)こうして、服部家の運命のゴング、いやチャイムが鳴った。 【事件を解決するにはまず現場から、と言うことで・・・・】 「まずはどこから行きましょうか?」やはり標準語の平次はなんだか違和感がある。 ここは、「衝突事故」の発生した兵庫県神戸市。 もう一度現場の景色を眺めることで、記憶の復活を補助しようというのだ。 「そーやねー、海沿いに出来たショッピングモールでもどう?」 そう言って、グイグイ腕を引っ張る和葉。 「ちょ、ちょっと、遠山さん・・・・・・。」 自分にとっては初対面も同然の女性に腕をとられて、思わず困惑する平次。 「さあいくでーーーー!!!!」 そして、それを陰からじっと見守る服部遠山両家父兄であった。 (和葉ちゃんがんばってや、全ては5年後の結婚式のためなんや・・・・!!) 「あ、あのー、遠山さん・・・・。」 「和葉でええよ。」 「和葉さん、本当にいいんですか?せっかくの休日をつぶしちゃって。」 「ああ、別に構わんといて。ちょうど買い物に行きたかった所やし。」フッと微笑む。 「・・・・ありがとうございます。」少しだけ平次の顔から緊張が解けていった。 【さて買い物も一段落して、海の見える喫茶店にて一休み】 「私カフェオレお願いします。」「じゃあ俺はカプチーノ。」 「かしこまりました。」音も無く去ってゆくウェイター。 「さってと・・・・・・」ガサゴソとショッピングバッグをあさる和葉。 「なんだかたくさん買っちゃいましたね。」苦笑する平次。 「ごめんねー。運ぶの重たかったやろ?」 「これぐらいなら別に大丈夫ですよ。それに・・・・・。」 「それに?」顔をのぞきこむ和葉。 「こうして一緒にいると、なんだか懐かしい気持ちになれるんです。」 「懐かしい、気持ち?」 「ええ。うまく言えないけど、自分のいつか帰るべきところって言うのかな? なんか、そんな自分の本当の居場所を見つけたような気分になるんです。」 (平次・・・・・・・・・・。)思わず少し赤くなる。 『一緒にいると、自分の帰る所を見つけたような気分になれる』!? 全くもう、平次の脳みそのどこにこんな言葉が隠されていたというのだろうか? 和葉同様に戸惑いを隠せない父兄4名であった。 【続いては定番、神戸ポートピアランドへ・・・・・・】 「なあ平次、あれ乗ろうや♪」ぐいぐいひっぱる和葉。 「か、和葉さーん。」もう勢いを止められない平次。『スカイウォーカー』の方へ引っ張られる。 「すいませーん、大人二人タンデムで♪」和葉、もうやりたい放題。 二人してスタンバイを始める。このアトラクションはまず客がクレーンで吊り下げられて その後スイッチを入れることで巨大ブランコのごとく空中を飛び回る、というものだ。 和葉が購入した「タンデム」とはカップル用に開発されたもので、 早い話が「一つの寝袋に二人で入って飛び回る」のである。 まず平次が寝袋の下のほうに入って、続いて和葉が上のほうに入っていく。 上を取った和葉には、平次の背中のぬくもりがおなかの方から伝わってくる・・・。 「それでは、只今よりクレーンを引き上げまーす。」係員の声がする。 ガッコン、ガッコン、ガッコン・・・・。小気味良い音を立てて二人が入った袋が上昇。 あっという間に空中50mに到着。神戸の町並みがまるでミニチュアみたいに見える。 「やーん、怖いー、平次ーー!!!」思わずすがりつく和葉。 「と、遠山、さん・・・・・・・。」今度は平次が赤くなる。 「では行きますよ。3,2,1、GO!!!!!」 (カッチン。)緊張を極めていたワイヤーが一気に緩みだす!!!! 「うわーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」 【そして日も暮れてゆき、ついに二人は展望レストランへ・・・・・・】 「かんぱーい♪」キンと冷えたシェリー酒で杯を交わす二人。 本当ならば未成年保護条例違反なのだが、今日は本部長の護衛付きである。 「ふーっ、おいしいっ!!!!」コクコク飲んでゆく和葉。 「さあ、いただきましょう!!」平次も相当おなかがすいたようだ。 ・・・その後、二人のディナーは順調に過ぎていった。 「オマールのフリット」から始まり、「なすとトマトのボルチーニ風パスタ」、 そして「鴨肉のロースト・ワインソース生クリーム風味」等など、 まさに完璧な料理がテープルを彩っていったのである。 そして隣のテープルに陣取り、聞き耳を立てる父兄4名・・・・・・。 遠山父「なんや、思ったよりええ感じやな。」 服部父「あいつの頭のどこに、あんなデータがあったんや?」 遠山母「このままいけば、あっという間に祝言まで行きそうですよね。」 服部母「せっかくですし、このまま記憶なくしてもらいましょうか?」 全くもって本末転倒な父兄であった。 【そして楽しいデートも終わり、家に到着した二人・・・・・。】 「じゃあ、私はこれで。」 「うん。おやすみなさい。」 「じゃあ、また明日学校でね。」 「あの・・・・・。」 「どうしたん?」 「明日からも、色々と教えていただけますか?」 「もちろんやん!!みっちり教えたるから覚悟しといてや。・・・・フフフッ。」 「ハハハハッ。」思わずつられて笑い出す平次。 同じタイミングで笑い終えて顔を上げる二人。と、二人の視線が向き合った。 (平次・・・・・・。) (和葉さん・・・・。) 二人の間にほのかに暖かい「沈黙」が流れる。 なぜかうつむいて顔を赤らめる二人。 「あ、あのさ・・・・・・。」 「なーに、平次?」 「今日はありがとう・・・・・・。」 「だから気にせんといてよ。ついでに買い物とかできたし・・・・・。」 「・・・・すごく嬉しかったんです。ここまで親身になってくれて。」 「えっ?」 「正直、皆がボクのことを心配してくれるのが嬉しかったし、辛かったんです。 皆が優しければ優しいほど、思い出せない自分がすごく悔しくて・・・。」 「平次・・・・。」 「けど、今日一日遠山さんと一緒にいてわかったんです。無理に思い出さなくてもいいんだって。 記憶があってもなくても僕は僕だし、何も変わらないんだって。だから・・・・。 だから、遠山さんと一緒にいて、遠山さんの楽しそうな様子を見て、一緒に騒いで・・・。 それが僕にはすごく嬉しかったんです。きっと僕の帰るべき場所はこの人の中にあるかもしれないって。」 「わ、私は別にそこまで考えてやってたんとちゃうよ?」 「もちろんです。あなたは別に精神科医じゃないんだし。だけど医師免許のあるなしと 僕の心を癒すことができるかどうかは別ですよ、きっと。」 (ポンッ!!!!)和葉の中のリミッターがついに壊れた。ふと平次の両腕が和葉の肩に伸びる。 「え、ちょ、ちょっと・・・。」抱きすくめられ、戸惑う和葉。 「もしかしたら、あなたを好きになったかもしれない。」ささやく平次。 (・・・・・・)会話の内容をかみ締める間もなく、ぼんやりした気分になる和葉。もう鼓動が止まらない。 「平次・・・・・・・・・。」二人の顔が、そして唇が接近してゆき・・・・・、そして!!! と、そこへまたもやボールが飛んできて・・・・・・・!!!!! スッコーーン!!!!!!またもや大当たりの平次、勢いで地面に転んでしまう。 「・・・・・あれ、ここどこや?和葉、おまえ何しとんねん?」 「あ、平次!!記憶、戻ったん?」和葉を押しのけて駆け寄る父兄たち。 「えええっ!!!!」今夜最後の悲鳴をあげる和葉。 ・・・・・・こうして、遠山和葉最大の悲劇は幕を閉じたのであった。 【おまけ】 さて、なんだかんだで家に帰ってきた和葉の携帯に一通の着信が・・・・・・。 今日は本当にありがとう、おやすみなさい。平次 |