佐野元春

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山口洋, HEAT WAVE(ヒートウェイヴ)

 山口洋(1963年12月26日福岡県生まれ。山羊座・血液型O型)によって、1980年に福岡で結成。インディーズ・シーンで自主制作盤3枚を発表後、1990年、エピック・ソニーレコードよりシングル「僕は僕のうたを歌おう」、アルバム『柱』でメジャーデビュー。

 1995年3月、佐野元春はヒートウェイヴのプロデュースを手掛けた。このプロジェクトは山口洋がアルバム『The Circle』の「君を連れてゆく」を聴き感激したところからはじまった。"大人のための日本語によるロックンロール"、山口洋が想い描いていたロックンロールの理想形がそこにはあり、"日本のロック音楽が到達した最高レベルの作品"と「君を連れてゆく」を聴いた感想を手紙に書いて送ったそうだ。
 山口洋と面会し、プロデュースの依頼を受けた佐野元春は、彼らのニューアルバム用に2曲を手掛けることになった。そこから「オリオンへの道」がシングルとしてリリースされた。レコーディングにはプロデューサー佐野元春を筆頭に、元ザ・ハートランド小野田清文(ベース)と西本明(ピアノ)を始め、元レベッカの小田原豊(ドラムス)、玉城宏志(ギター)、細海魚(オルガン)が参加。山口洋は佐野元春から多くのことを学んだそうだ。佐野元春は「年齢の差など問題ではない。君は俺と同じフィールドに立っている表現者だ」と話したらしい。

 1996年8月31日のTHIS!イベント初日にヒートウェイヴは出演した。佐野元春とグルーヴァーズの共演「君を連れてゆく」では山口洋が飛び入りした。同日リリースされた佐野元春トリヴュート・アルバム『Border』では「君を連れてゆく」をカヴァーしている。

 1998年6月、佐野元春がプレゼンテーターを務めたCX系TV音楽番組「ファクトリー」にヒートウェイヴは出演した。

 佐野元春は2003年12月に山口洋新作アルバム・プロモーション用チラシに「ハートランドからの手紙#159」(「(一旦)家にすべてを持ち返れ。」)を寄稿した(MWS参照)。

 2006年2月16日にJFN (Japan FM Network) が運営するサイト「reco」や、iTunes Music Storeから配信された"music united."に山口洋が出演した。この"music united."はTOKYO FM がPodcast用に制作したプログラム。第二回の抜粋をブログにエントリーしています。
 会談の最後に山口洋は「こんな時代に歌を書いていてどんな気分?」と佐野元春に質問した。佐野元春はアルバム『THE SUN』で自分の思いを14曲に託して、完成した時、いまの時代に生きている気分を表現できたと、1週間ほど悦に入ったけれど、それからすぐにハングリーな気持ちになったと話した。佐野元春は、ひとつは「生存」というものに関係していて、もうひとつは、自分はもう23歳じゃないし、まもなく50になるけれど、何回目かの思春期が訪れようとしているんだ(笑)と話した。「男は思春期は何回もくるぞ。女性はわからん」そう言った。その「思春期」とはどういったものなのか聞かせてほしいと山口洋は言った。佐野元春は守りとは対極にあるもの、そして約束を破ること、あるいは文脈から外れること、かといってアウトローを気取るのではなく、自分の中でもう一度あらゆる意味での価値の問い直しをする、したい、こういう感じだと話した。

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 2006年2月9日から4回に渡って配信されたポッドキャスト番組"music united."がきっかけとなり、佐野元春がその出演者の藤井一彦(The Groovers)、山口洋、深沼元昭(Mellow Head)に参加を呼びかけて「佐野元春MusicUnited. #01」が結成された。この4人のコラボレーションに高桑圭(Bass)、小松シゲル(Drums)、Dr.kyOn(Organ)が加わり「世界は誰の為に」がレコーディングされた。iTunes Storeで2007年4月18日からダウンロード販売されている。

 2007年6月19日にNHK-FMで放送された「サウンド・ストリート21」(DJ:佐野元春)に山口洋がゲスト出演した(記事をブログに書いてます)。
佐野元春トリヴュート・アルバム『Border』を購入する。

深沼元昭, PLAGUES(プレイグス)

 プレイグスは1990年に横浜で結成された3ピースバンド。インディーズでの活動の後、1994年6月、『Cinnamon Hotel』でメジャー・デビュー。1997年にベーシストの岡本達也が脱退し、深沼元昭(Vocal, Guitar)と後藤敏昭(Drums)のふたりで活動を続けるが、2001年頃より活動"休暇中"。

 1995年5月から6月にかけて佐野元春はプレイグスとレコーディング・セッション(「水上バスに乗って」)をした。 その後、テレビ神奈川で放送されたプレイグスの特別番組に佐野元春はゲスト出演した。

 1996年7月14日、渋谷タワーレコードでトーク・イベントが開催された。アルバム『FRUITS』のプロモーションで、司会進行はDJの鈴木万由香。佐野元春はタワレコのエプロンを付けて登場したそうだ。途中でゲストに迎えた深沼元昭もエプロンを付け「佐野店長、遅くなってスイマセン」とアドリブを入れ大いに会場を沸かせたという。

 1996年8月31日のTHIS!イベント初日にプレイグスは出演した。この日の他の出演はグルーヴァーズヒートウェイブ、ソウル・フラワー・ユニオン。翌9月1日にはかせきさいだぁ、ホフ・ディラン、GREAT 3、UA、エレファントカシマシ、そしてInternational Hobo King Band featuring 佐野元春。

 1996年8月31日にリリースされた佐野元春トリヴュート・アルバム『Border』では「空よりも高く」をカヴァーしている。

 1996年10月16日のFRUITS TOUR 渋谷公会堂公演に深沼元昭がゲスト出演。「水上バスに乗って」を演奏した。その模様はDVD『THE INTERNATIONAL HOBO KING BAND FEATURING MOTOHARU SANO』で見ることができる。

 2000年のeTHIS Radio vol.17でもプレイグスと深沼元昭のことについて語られている。

 深沼元昭は1969年生まれ、福島県出身。2002年3月からソロ・プロジェクト"Mellowhead"(メロウヘッド)をスタート。5月にミニ・アルバム『ラハイナ』をリリース。また、楽曲提供やキタキマユ、及川光博、ショコラなどのプロデューサーとして幅広く活動している。

 radiofish 2005年2月19日の放送では深沼元昭をゲストに迎え、プレイグスやMellowheadの特集が組まれた。番組ではMellowhead feat. 佐野元春の「エンプティ・ハンズ」がいち早く紹介された。

 2005年7月16日(土)に佐野元春はMellowheadの渋谷CLUB QUATTROで行われたレコ発ツアー最終公演にゲスト出演し、アンコールで「水上バスに乗って」と「エンプティ・ハンズ」を披露した。バンドのメンバーは、小松シゲル[ノーナ・リーブス](Drums)、小林浩士[クリンゴン](Guitar)、木村ひさし(Keyboard)、高桑圭[Great3](Bass)。他にゲストで片寄明人、真城めぐみが出演した。

 2005年12月7日発売の3トラックスEP『星の下 路の上』では深沼元昭がギタリストとして参加している。


 2006年3月9日にJFN (Japan FM Network) が運営するサイト「reco」や、iTunes Music Storeから配信された"music united."に深沼元昭が出演した。この"music united."はTOKYO FM がPodcast用に制作したプログラム。第四回の抜粋をchap.1, chap.2, chap.3と3回に分けてブログにエントリーしています。
 「『Empty Hands』に関しては深沼くんからやんわりとプロデュースされたなというその感覚が、自分にとっては凄く新鮮だったし、またなぜ僕のある部分を上手に引き出せるんだろう? そんな人は世の中にそう多くはなかったのに、という思いがあります。だから実際自分があの曲に触れて、歌詞を読み、自分のスタジオでヴォーカルをダビングして、何回か聴いたときに、見る見るうちにあの曲の虜になっていた。だから自分の曲として扱うことができたというのは、自分にとっては不思議な体験、はじめての体験だった」と佐野元春は話している。

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 2006年4月2日に東京国際フォーラム・ホールAで開催されたTOUR 2006「星の下 路の上」ファイナル公演に深沼元昭はギタリストとしてゲスト出演した。アンコールで小松シゲル[ノーナ・リーブス](Drums)と高桑圭[Great3](Bass)と深沼元昭の3人で「星の下 路の上」を演奏した。

 2006年2月9日から4回に渡って配信されたポッドキャスト番組"music united."がきっかけとなり、佐野元春がその出演者の藤井一彦(The Groovers)山口洋(HEAT WAVE)、深沼元昭に参加を呼びかけて「佐野元春MusicUnited. #01」が結成された。この4人のコラボレーションに高桑圭(Bass)、小松シゲル(Drums)、Dr.kyOn(Organ)が加わり「世界は誰の為に」がレコーディングされた。iTunes Storeで2007年4月18日からダウンロード販売されている。

 
アルバム『COYOTE』のリード・トラックとしてiTunes Storeから配信されたシングル「君が気高い孤独ならに参加している。

 
アルバム『COYOTE』のレコーディングにギタリストで参加した。

 アルバム
『COYOTE』発売日前日の6月12日に、アップルストア銀座で行われた「Moto Sano talks about the music of COYOTE」というイベントに、高桑圭、小松シゲルと共に参加した。

 アルバム
『COYOTE』発売日にはNHKの音楽番組「SONGS」に出演。佐野元春は深沼元昭(Guitar)、高桑圭(Bass)、小松シゲル(Drums)、藤井一彦(Guitar)、井上鑑(Piano)、伊東ミキオ(Hammond Organ)、大井'スパム'洋輔(Percussion)、片寄明人(Chorus)、TTシスターズ(Chorus)というメンバーを従え、スタジオ・ライヴで「約束の橋」、「荒地の何処かで」、「ラジオ・デイズ」、「黄金色の天使」を演奏した。このスタジオ・ライヴのリハーサルでは、演奏曲目ではなかった「SOMEDAY」をいきなりセッションした。井上鑑(Piano)、伊東ミキオ(Hammond Organ)、小松シゲル(Percussion)というラインナップに佐野元春のギターで歌った場面も放送された。

 2007年6月12日にNHK-FMで放送された「サウンド・ストリート21」に高桑圭、小松シゲルと共に出演した(記事をブログに書いてます)。

 2007年6月22日にはフジテレビ系の音楽番組「僕らの音楽」に出演。佐野元春は深沼元昭(Guitar)、高桑圭(Bass)、小松シゲル(Drums)、藤井一彦(Guitar)、リクオ(Piano)、伊東ミキオ(Hammond Organ)、大井'スパム'洋輔(Percussion)、片寄明人(Chorus)、TTシスターズ(Chorus)というメンバーを従え、「約束の橋」、「アンジェリーナ」、「君が気高い孤独なら」を演奏した。「君が気高い孤独なら」には
山本拓夫(Saxophone)、菅坂雅彦(Flugelhorn)が演奏に加わっていた。

 音楽雑誌「Player」(No.499 2007年9月号)で佐野元春と深沼元昭は対談している。その対談の中で佐野元春は「佐野元春MusicUnited. #01」について、アクションしてすぐにアピールしていけるようにという戦略のため、あえてパッケージにせずダウンロード販売に限定した、と話している。また、インタビュアーに、佐野元春のヴォーカルと深沼元昭のヴォーカルは溶け合うので相性がいい、と称えられた深沼元昭は、「佐野さんのヴォーカルにコーラスをつけることはかなり自信がありますよ(笑)!」と答えている。

佐野元春トリヴュート・アルバム『Border』を購入する。

真心ブラザーズ(Magocoro Brothers)

 1989年、CX系バラエティ番組「パラダイスGO!GO!」の勝ち抜きフォーク合戦に出演するため結成。桜井秀俊が当時、早稲田大学で一学年先輩であるYO-KING(倉持陽一)を誘い、見事10週連続勝ち抜き、1989年9月1日にTHE 真心ブラザーズとしてシングル「うみ」でデビューした。
 1995年5月、アルバム『KING OF ROCK』をリリースし、ロック&ソウル色の強いライブバンドを目指し、THE 真心ブラザーズから真心ブラザーズに改名。2001年12月21日の日本武道館公演をもって真心ブラザーズとしての活動を一旦停止した。2004年1月現在、YO-KINGはソロとして、桜井秀俊はRosetta Gardenの一員として活動中。

 真心ブラザースが1995年11月21日に発表した4曲入りミニ・アルバム『Time Goes On』。アルバム・タイトル曲「Time Goes On」は佐野元春の「Someday」を巡る恋人たちの物語だった。

 2003年10月3日に開催されたIn The City TOKYO(音楽製作者連盟が毎年主催、運営する業界向けイベント)のスペシャル・イベント「in the city 2003 "SSW - そして僕は歌を書いた" Produced by 佐野元春」にYO-KINGは出演。ライヴ後半に佐野元春と「ガラスのジェネレーション」を共演した。
 in the city 2003 "SSW - そして僕は歌を書いた"で新世代の男性Singer Song Writer(SSW)として選ばれたのはYO-KINGのほかにハナレグミ、古明地洋哉(こめいじひろや)、saigenji。この日だけ結成されたスペシャル・バンドは井上鑑(Keyboards)、村上"PONTA"秀一(Drums)、高水健司(Bass)というメンツ。

長門芳郎(Yoshiro Nagato)

 1950年7月20日生まれ。長崎県出身。シュガーベイブのマネージャーだったことは有名な事実。青山パイドパイパーハウスの店長をしていたこともよく知られている。現在はビリーブ・イン・マジックを設立し、海外のアーティスト招聘やコンサートの企画といったコーディネーターの仕事に携わっている。音楽プロデューサー(ドリームズヴィル)、ライターとしても活躍。

 1987年のラジオ番組「AJI FM SUPER MIXTURE」では、当時パイドパイパーハウスの店長をしていた長門芳郎がレコードを探したり、調べたり、提供するなどの裏方として活躍。その知識の豊富さが認められ、番組のソングリストを掲載したファンクラブ誌「カフェ・ボヘミア」に、コラムを執筆するようになる。主にアーティスト・トピックスだったが、番組終了後もこの連載は佐野元春に関連したアーティスト紹介「WHO'S WHO」として続き、1995年には単行本「魔法のビート」として上梓された。

 「魔法のビート」には佐野元春と長門芳郎の対談が掲載されていたが、興味深いのは佐野元春が、高校生のころ結成したバックレーン元春セクションという5人編成(佐野元春はキーボードを担当)のバンドが、シュガーベイブに対抗し、追い抜かそうと目論んでいたと話しているところだ。音楽性でははっぴいえんどよりもシュガーベイブに共感していたという。
 蛇足だがシュガーベイブのギタリスト村松邦男はシングル「ヤァ! ソウルボーイ」のカップリング「ダンスが終わる前に」でギターを弾いている。シュガーベイブのギタリストといえば第二期のシュガーベイブには伊藤銀次が参加していた。ココナツバンク解散直後で上原裕とともにメンバーの一員となったのだった。

 アルバム『The Barn』(1997年)では解説を書いている。レコーディング・プロデューサー、ジョン・サイモンから佐野元春のことを聞かれ、「とにかく、これまでのアルバムを聴けば、気に入るはずだから」と協力を惜しまなかった。

 佐野元春は2003年12月にパイド・パイパー・ハウス・メモリアル・イベントの宣伝用チラシに「ハートランドからの手紙#158」(「'パイド・パイパー・デイズ' - 都市流民のためのベースキャンプ」)を寄稿した(MWS参照)。

小田原豊(Yutaka Odawara)

 1963年2月6日生まれ。埼玉県出身。レベッカのサード・アルバム(1985年)からメンバー(ドラムス)として参加。1988年にソロ・アルバム『トラウマ』をリリース。小田原豊、斉藤和義、伊藤広規の3ピース・バンドSEVENをはじめとして多くのレコーディング、セッションに参加している。

 アルバム『FRUITS』のレコーディング・セッションには最初から参加。ホーボー・キング・バンドでは最年少だった。2001年に古田たかしと交代した。

 ライヴ前の楽屋ではバイク雑誌を読み、「ハーレー・ダビッドソンに乗るのが小5からの夢」と教習所通いをしていたという。昇り竜の刺繍が施された派手な衣装も話題になった。そんなワイルドな側面の傍ら、小学生の頃から一時期、日本画の勉強をしていたこともある。父に連れられて展覧会で見た東山魁夷の風景画にショックを受けたという。

 2004年5月29日に放送された「僕らの音楽」(CX系列全国ネット)ではホーボー・キング・バンドのメンバーとして出演した。

井上富雄(Tomio Inoue)

 1961年7月4日生まれ。福岡県北九州市出身。1980年、ルースターズのメンバーとしてデビュー。ルースターズ脱退後の1984年にブルートニック結成。リーダー・バンドのブルートニックではヴォーカルとギターを担当。ブルートニック解散後、1990年からベーシストとして多くのセッションに参加。現在はホーボー・キング・バンド、Rock'n'Roll Gypsies、ココナツバンクなどのメンバーとして活躍しながら、プロデューサー、アレンジャーの仕事もこなす。2003年3月30日には初のソロ・アルバム『Up ! up and away』(GAWA+GAWA RECORDS)を発表している。

 2000年のeTHIS Radioではvol.22にゲスト出演。

 TOYOTA radiofish 2003年5月31日の放送では「Milk Jam Session With HKB」という特番を放送。DJ motoがMilk Jam Tourのリハーサル・スタジオを収録現場にしてホーボーキングバンドにインタビューを試みた。井上富雄のアルバム『Up ! up and away』から自ら選んで紹介したのは「上昇気流」という曲。

 2004年7月31日、8月7日、14日の「TOYOTA radiofish」は「ニュー・アルバム(THE SUN)完成記念 シリーズ・ホーボーキングバンド・レコーディング・セッション マル秘トーク」を3週に渡って放送した。スタジオにはDr.kyOn佐橋佳幸、井上富雄、山本拓夫が集まった。14日の放送では「楽屋はロック喫茶」と題して4人それぞれの最近の様子が届けられた。近況はFUJI ROCK FESTIVAL '04に一日だけルースターズを再結成させた話、ルースターズの豪華ボックス・セットが5万円で発売となる話をした。また、古田たかしと結成したケイジャン・ムーン・バンドやソロ活動についても話した。

 2006年11月22日リリースの
ライヴDVD『星の下 路の上』の発売を記念して「ホーボーキングバンド・オフビート対談」と題したPodcastが公開された。ホーボーキングバンドの古田たかし井上富雄、そして佐野元春の3人が、実際にDVD『星の下 路の上』を見ながら対談した。このPodcastは特集サイトの「ポッドキャスト」コーナーからダウンロードしてiTunesなどで楽しめる。

 2007年にリリースされたThe Whey-hey-hey Brothersのマキシシングル「じぶんの詩-A Beautiful Day」では、「じぶんの詩-A Beautiful Day」のレコーディングに参加している。

Dr.kyOn

 1957年12月23日生まれ。熊本県出身。本名川上恭生。血液型A。ボ・ガンボスのメンバーとして1989年デビュー。解散後はソロとして多くのセッションに参加。1996年にはソロ・アルバム『6210 IN MY HEART』を発表した。

 ホーボー・キング・バンドではキーボード、ギター、マンドリン、アコーディオンといろいろな楽器演奏を披露する。熊本県出身だがライヴでは大阪育ちとして紹介される(DVD『THE INTERNATIONAL HOBO KING BAND FEATURING MOTOHARU SANO』参照)。

佐野元春のコメント
「彼は僕が会いたかったミュージシャンのひとりだ。Dr.Johnをもじった彼のニックネームDr.KYONの異名とおり、ニューオリンズ・エリアの転がるようなピアノ演奏を弾かせたら、国内では彼をおいて右に出るものはいない」『Diary - Studio Days making of "Fruits"』(parco出版)より抜粋

Diary - Studio Days making of "Fruits"』を購入する。

 2000年のeTHIS Radio vol.18でKYONについて語られている。またvol.19 vol.20にゲスト出演。

 TOYOTA radiofish 2003年5月31日の放送では「Milk Jam Session With HKB」という特番を放送。DJ motoがMilk Jam Tourのリハーサル・スタジオを収録現場にしてホーボーキングバンドにインタビューを試みた。KYONの最近の仕事の中からKYON自ら選んで紹介したのは、初ソロ・ライヴ・ツアーを一緒にやった元ストリート・スライダーズのHARRYの曲「Sweet Pain」。

 2003年のLIVE EPIC 25あたりからアーティスト名の表記が「Dr.kyOn」になる。

 2004年7月31日、8月7日、14日の「TOYOTA radiofish」は「ニュー・アルバム(THE SUN)完成記念 シリーズ・ホーボーキングバンド・レコーディング・セッション マル秘トーク」を3週に渡って放送した。スタジオにはDr.kyOn、佐橋佳幸井上富雄山本拓夫が集まった。14日の放送では「楽屋はロック喫茶」と題して4人それぞれの最近の様子が届けられた。Dr.kyOnは最近の活動としてクレイジー・フィンガーズのことを話した。佐野元春はクレイジー・フィンガーズのアルバムに「ハートランドからの手紙#161」を寄せている。

 2005年の10月からDr.kyOnと佐橋佳幸が出演する音楽番組「共鳴野郎」がはじまった。この番組はよみうりテレビ(関西ローカル)で毎月第4金曜日深夜25:50〜26:10(時間変更あり)に放送されている。2006年4月には佐野元春がゲスト出演した「共鳴野郎 SPECIAL」が放送された。"OSAKA ROCK CITY「共鳴野郎」〜大人になるためのメッセージ"と題されたロック・フェスティバルが大阪城ホールで開催されるにあたり特別番組が作られたのだった。佐野元春はこのスペシャル番組で大阪城の天守閣を見学した。その後、大阪城を臨む片町のBar KIRIVEに移動し、ゴールデン・ティールームの話をした。豊臣秀吉が作らせた豪華絢爛な茶室が天守閣の中に再現されているらしい。「頭から離れなくなっちゃったね。すごいインパクトがあった。サイケデリックだね」と話した。

 2006年2月9日から4回に渡って配信されたポッドキャスト番組"music united."がきっかけとなり、佐野元春がその出演者の藤井一彦(The Groovers)山口洋(HEAT WAVE)深沼元昭(Mellow Head)に参加を呼びかけて「佐野元春MusicUnited. #01」が結成された。この4人のコラボレーションに高桑圭(Bass)、小松シゲル(Drums)、Dr.kyOn(Organ)が加わり「世界は誰の為に」がレコーディングされた。iTunes Storeで2007年4月18日からダウンロード販売されている。

 
アルバム『COYOTE』の「君が気高い孤独なら」、「ラジオ・デイズ」、「世界は誰の為に」、「コヨーテ、海へ」、「黄金色の天使」にオルガン・プレイヤーとして参加している(iTunes Storeから先行配信されたシングル「君が気高い孤独なら」にも)

 2007年11月、BS JAPANの番組「山本耕史'スイートJAM'」に佐野元春が出演したときコメント出演した。その中で佐野元春のことを「棟梁」と呼んでいるのは、江戸っ子の中の江戸っ子で「火消しの棟梁」のような感じがするからだとか、日当たりのいい日に移動していたとき、「僕は今、光合成している」と佐野元春が言ったことなどを話した。

 読売テレビで2007年12月30日に放送された「共鳴野郎」第27回は、Dr.kyOnの五十歳を祝う誕生日記念番組だった。そこで佐野元春は「ハートランドからの手紙 #217」という書簡を番組に寄せて、「ROCKは誰にでもできますが、ROLLは限られた人にしかできません。川上君はいつでもROLLできる人です」とDr.kyOnのピアノ演奏を絶賛していた。

東京スカパラダイス・オーケストラ(Tokyo Ska Paradise Orchestra)

 1990年4月21日、シングル「MONSTER ROCK」でテビューした6人のブラス・セクションを含む12人編成のバンド。ジャマイカのオリジナル・スカに影響を受けて結成されたが、ジャンルに捉われないスタイルで"トーキョー・スカ"を創造し活動している。

 佐野元春との出会いは1993年12月1日に開催されたAct Against AIDS '93。佐野元春は横浜アリーナ/ロックンロール・コミットメントの総合プロデューサー、出演者として参画したが、横浜アリーナには他に、ヴィブラストーン、チャラ、バブルガム・ブラザーズ、吉田美奈子、ソウル・フラワー・ユニオン、イースト・エンド、クレイジー・A & ザ・ポッセといったメンバーが参加した。

 1996年のアルバム『FRUITS』にメンバー5人によるスカパラ・ホーンズが参加した。NARGO(Trumpet)、北原雅彦(Trombone)、冷牟田竜之(Alto Sax)、GAMOU(Tenor Sax)、谷中 敦(Baritone Sax)。I.H.K.TourとFRUITS PUNCHにも同行。冷牟田竜之は足を負傷したためFRUITS PUNCHへの参加は見合わせた。
 蛇足だがInternational Hobo King Bandは小田原豊井上富雄KYON佐橋佳幸西本明にバッキング・コーラスでセクストン・シスターズ(サンディ・セクストン、メロディ・セクストン)、そしてスカパラ・ホーンズ。

 品川寺田倉庫でビデオ撮影された「十代の潜水生活」に参加したスカパラ・ホーンズ。休憩中に誰かひとりが倉庫裏の海に落ちたという。幸い大事には至らなかったものの現場は騒然としたそうだ。
 またI.H.K.TourではGAMOUが名古屋に行く新幹線に乗り遅れたそうだ。そんなGAMOUだがツアー中の1月26日に誕生日を迎えた。福岡公演終演後に楽屋でシャンペンとケーキでお祝いした(DVD『THE INTERNATIONAL HOBO KING BAND FEATURING MOTOHARU SANO』参照)。
 冷牟田竜之と井上富雄はブルートニックとして一緒に活動していた時期があった。冷牟田竜之のデビュー・バンドでベースを担当していたらしい。スカパラの活動と平行してクラブDJとしても活躍。I.H.K.Tourの合間にもクラブでレコードを回していた。

佐野元春のコメント
「時に僕の作品の中では、ブラス・セクションが重要なパートとなるときがある。彼らの参加によって曲の体温が2〜3度上がった。ファンキーな連中だ」『Diary - Studio Days making of "Fruits"』(parco出版)より抜粋

 マキシシングル「
君の魂 大事な魂」のレコーディングに参加。

 2005年12月2日から福岡 Zepp Fukuokaを皮切りに全国4ヶ所のライヴ・ツアー「SKYDRIVERS HIGH 2005 堂島孝平 feat. 佐野元春」が開催された。スカパラからはパーカッションの大森はじめ、ドラムの茂木欣一とサックスのGAMOが参加した(茂木とGAMOは東京と大阪公演のみ)。

 2006年7月22日(土)には茂木欣一のラジオ・プログラム「Shell Sound Ignition JUSTA RADIO」に出演した。「JUSTA RADIO」はTOKYO FMをキー局にしてJFN系38局ネット(放送日時が各地域および放送局によって異なっていた)。佐野元春は茂木欣一に「セッションしたいね」と話していた。この模様はブログに内容の一部を抜粋している。

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井上 鑑(Akira Inoue)

 1953年9月8日生まれ。東京都出身。桐朋学園大学音楽部作曲科在学中よりCMの音楽の作・編曲家、キーボード・プレイヤーとして活躍をはじめる。アレンジャー、プロデューサーとして多数のアーティストのプロジェクトに参加。なかでも1981年に「ルビーの指環」(寺尾 聰)が大ヒット、レコード大賞編曲賞を受賞した。1981年、ヨコハマタイヤASPECのテレビCMになったシングル「GRAVITATIONS」でソロ・デビュー。

 佐野元春とは1985年の『Electric Garden』を書店で偶然手にしたことからはじまる。当時、井上鑑が創っていたカセットブック『カルサヴィーナ』の中で対談。
 1995年の『FRUITS』セッションでは「楽しい時 -Fun Time」のストリングス・アレンジを担当した。FRUITS PUNCHにはThe Round About Orchestraのコンダクターとして参加(DVD『THE INTERNATIONAL HOBO KING BAND FEATURING MOTOHARU SANO』参照)。
 2000年の『G*R*S*S』に収録されている「石と卵 featuring Bonnie Pink」('loveletter' version)ではストリングスと木管のアレンジを担当している。佐野元春は「ビオラが中心でありながら木管が大事なメロディ吹いたりするという(笑)、すごく複雑でユニークな曲にしてくれました」と話している。

 佐野元春との本格的なコラボレーションは2001年のIn motion 2001。井上鑑 Foundationと名づけられたバンドは井上鑑
[作・編曲](Piano/Keyboards/Percussions/Guitars)、高水健司(Bass)、山木秀夫(Drums/Percusions)、山本拓夫(Saxophone/Clarinet/Flute)といった編成。メンバーは井上鑑によって選び抜かれた。この時の模様はCDDVDで発表された。
 2003年のIn motion 2003では井上鑑
[作・編曲](Piano/Keyboards/Guitars)、山木秀夫(Drums/Percusions)美久月千晴(Bass)、金子飛鳥(Violin)とメンバー・チェンジ。

 2003年には多くのライヴに出演した佐野元春だが、NO TO WAR/音楽家たちの平和セッション4/29では、村上"PONTA"秀一(Drums)、岡沢章(Bass)、
金子飛鳥(Violin)、井上鑑[編曲](Keyboards)をバックに、「誰も気にしちゃいない」、「愛のシステム」、「Same -君を汚したのは誰」を披露した。

 10月3日に開催されたIn The City TOKYO(音楽製作者連盟が毎年主催、運営する業界向けイベント)のスペシャル・イベント「in the city 2003 "SSW - そして僕は歌を書いた" Produced by 佐野元春」で、この日だけ結成されたスペシャル・バンドは井上鑑(Keyboards)、村上"PONTA"秀一(Drums)、高水健司(Bass)というメンツ。新世代の男性Singer Song Writer(SSW)として選ばれたのはYO-KING、ハナレグミ、古明地洋哉(こめいじひろや)、saigenji。佐野元春のステージは4人との共演で以下の曲を披露した。
「ガラスのジェネレーション」(YO-KING)
「君がいなければ」(古明地洋哉)
「ジャスミンガール」(ハナレグミ)
「また明日...」(saigenji)

 TOYOTA radiofish 2004年4月10日、17日の放送では「in motion 2003 dialogue」という特番を放送。10日の第一回放送では鎌倉芸術館のプログラム・ディレクター青澤隆明がゲストとして招かれ、続いて17日の第二回は音楽監督を務めた井上鑑がゲスト出演した。
 「日曜日は無情の日」では6弦ベースを弾き、「何もするな」のイントロダクションで井上鑑が弾いたピアノソロは3公演すべて違っていたという。即興演奏なのだがミュージシャンの存在を感じ会話するように演奏していたそうだ。
 「リハーサルはたった二日間だけだったが、あの瞬間が生まれるには、それぞれのミュージシャンが辿ってきた道のりがあってこそで、大人のバンドはもっとがんばらないといけない」と井上鑑は語った。
 佐野元春は「言葉という理知の音楽化に際して、ものすごく短い時間の中にミュージシャンのそれぞれの経験が『音楽でもっと言葉を与えている』という表現を生み、一緒にやったミュージシャンたちも鎌倉でのライヴの瞬間はそれぞれが詩人だった」と話した。
 最後に、鎌倉以外でも例えば日本語圏以外でもスポークンワーズを是非やってみたいと今後の活動を模索した。

 毎年、4月22日に日本武道館で開催される「コスモ・アースコンシャス・アクト・アースデー・コンサート」。このコンサートは、「アースコンシャス〜地球を愛し、感じるこころ」を世界の若者たちに向けてメッセージするイベントとして、1990年から毎年4月22日の「世界アースデー」に開催し、「アースコンシャス」の趣旨に賛同したアーティストたちがコラボレーションしている。
 2004年には今井美樹、大貫妙子、小坂忠、佐野元春、高野 寛、チェン・ミン、CHARA、bird、ハナレグミ、松任谷由実、森山良子、矢野顕子が参加。昨年に引き続いて出演した佐野元春は井上鑑、
高水健司、三沢またろうをサポートにスポークンワーズの「ポップチルドレン-最新マシンを手にした陽気な子供たち」を、その後、武部聡志と小倉博和が加わりアコースティック・セットで「Young Bloods」を披露した。

 2004年5月29日に放送された「僕らの音楽」(CX系列全国ネット)ではキーボード、金原千恵子ストリングスのコンダクターとして出演した。

 2004年に発表されたニューアルバム
THE SUNのレコーディング・セッションに参加。「月夜を往け」ではストリングスとコーラスのアレンジを、「レイナ」ではストリングスのアレンジを佐野元春と共同で担当している。

 2004年8月29日に開催されたMt.Fuji Jazz Festivalに佐野元春は出演。歴史あるジャズ・フェスティバルへの出演ということで、そのオーディエンスをリスペクトすべきという考えから、モンタレー・ジャズ・フェスティバルにエルヴィス・コステロが出演した時のような、ジャズ傾向のパフォーマンスを念頭にして、特別なバンドを結成することにしたそうだ。パーカッションに仙波清彦、キーボードに井上鑑、ホーン・セクションとして山本拓夫と村田陽一、ベースに美久月千晴、ドラムスに芳垣安洋。このメンバーでスポークン・ジャズを披露した。セットリストは
1. ポップチルドレン
2. あぁ、どうしてラブソングは
3. ベルネーズソース
4. こんな夜には
5. 何もするな
6. 日曜日は無情の日
7. 何が俺達を狂わせるのか?

 2006年8月27日にテレビ東京系「ソロモン流」で井上鑑が取り上げられた時、佐野元春はコメントを寄せている。
「純粋な芸術家としての彼に興味があります。そことコラボレーションしているわけです。あるフィルターを通じて等しくいろんな音楽と接して編曲をしているという印象があり、それは素晴らしいことだと思います」佐野元春

 2007年にリリースされたThe Whey-hey-hey Brothersのマキシシングル「じぶんの詩-A Beautiful Day」では、カップリングの「グッドバイからはじめよう」のレコーディングに参加している。

 2007年5月19日に原宿のNADiffで開催された井上鑑 Soundings 2007「音は旅、音は砂、音は血のように熱く甘い闇」に佐野元春がゲスト出演した。「コヨーテ、海へ -Soundings In Motion-」と題されたイベントは前半がトーク・セッションで後半は佐野元春、金子飛鳥(Violin)、井上鑑(Keyboards)によるスポークンワーズのライヴが行われた。
1. ポップチルドレン
2. コヨーテ、海へ
3. アルケディアの丘で

 アルバム
COYOTE』の「コヨーテ、海へ」のレコーディングに参加している。

 アルバム
『COYOTE』発売日にはNHKの音楽番組「SONGS」に出演。佐野元春は深沼元昭(Guitar)、高桑圭(Bass)、小松シゲル(Drums)、藤井一彦(Guitar)、井上鑑(Piano)、伊東ミキオ(Hammond Organ)、大井'スパム'洋輔(Percussion)、片寄明人(Chorus)、TTシスターズ(Chorus)というメンバーを従え、スタジオ・ライヴで「約束の橋」、「荒地の何処かで」、「ラジオ・デイズ」、「黄金色の天使」を演奏した。このスタジオ・ライヴのリハーサルでは、演奏曲目ではなかった「SOMEDAY」をいきなりセッションした。井上鑑(Piano)、伊東ミキオ(Hammond Organ)、小松シゲル(Percussion)というラインナップに佐野元春のギターで歌った場面も放送された。

ダディ柴田(Daddy Shibata)

 1945年4月18日生まれ。栃木県出身。本名柴田光久。
 矢沢永吉のラン&ラン・ツアーの後、佐野元春からの誘いを受けてハートランドに参加。ダディのニックネームで親しまれた。ステージではいつも「そして最後に、そして最後に、そして最後に...スーパー・ダイナマイト・サキソフォン、ダディ柴田!!!」と紹介されていた。

 佐野元春の話によると、デビュー当時からダディ柴田と阿部吉剛はバンドのメンバーだったようだ。
「サックスとピアノに関しては僕がライヴ・ハウスへ行って、そして口説き落とした。で、それからしばらくして、銀次がギターとして参加することになるんです。ベースの小野田は高校時代一緒にバンドを組んでた。そして今年(1982年)になって西本明という、僕のレコーディングでも、僕の代わりにキーボード、ピアノ弾いてくれるアーティストが参加したんです」佐野元春

 1984年からはダディ柴田(Saxophone)、石垣三十郎(Trumpet)、ボーン助谷(Trombone)の3人で東京BE-BOPを結成。1989年のアルバム『mf <Various Artists> Vol.1』にはThe Tokyo Be-Bopとして参加、「ストリート・ミーティング#13」が収録されている。

 1996年のI.H.K.Tourにゲスト参加。赤いスーツ姿が印象的だった。

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