世界と日本のスキー歴史館・歴史・年表・年譜 アルペンスキー競技☆歴史

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本来はアルペンスキー専用のページでした。
しかし次の3名は、スキー史の中から外すことは出来ません。
 ※「キング・オブ・スキー」の荻原健司選手(スキー・ノルディック複合、世界初の個人総合3連覇)、
 ※天才女子・燉恪ケ羅選手(女子ジャンプ、'16シーズンに3度目の総合優勝中)、
 ※レジェンド葛西紀明選手(2016.2.12現在、ジャンプ男子最年長表彰台記録を「43歳8カ月」に更新、通算60回目)
透明スペーサー
その結果なし崩し的に、アルペンスキー以外も掲載することになってしまいました。
お許し下さい!!










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アルペンスキー競技の種目



アルペンスキーコンバインド(複合)
 一般的な複合競技では、日程を2日間に分け「1日目・滑降、2日目・回転」とすることが多いが、回転1本と滑降(またはスーパー大回転)1本を同じ日に実施するスーパー複合という方式もあり、'05シーズンからスタートし、FISワールドカップでは多く開催されている。
 種目としての複合が最初に実施されたのは、1936年のガルミッシュパルテンキルヒェンオリンピック。
 1988年のカルガリーオリンピックで再び男女複合が復活し('36 '48以来)、また男女スーパー大回転が追加され全5種目となった。

スーパー・コンビネーション(スーパー複合、SC))
 2004/2005シーズンからは新しい種目が追加された。スラローム(1本のみ)とダウンヒルを1日で行なう「スーパー・コンビネーション」である。午前9時からスラローム、午後1時からダウンヒルという過激なスケジュールである。
 この種目は2005年は、男子が2005年1月14日、ウェンゲン(スイス)でベンヤミン・ライヒ(AUT)が優勝。女子は2月27日、サン・シカリオ(イタリア)で、ヤニツァ・コステリッチ(クロアチア)が優勝。
 長年にわたりワールドカップの複合では、実際に競技を実施せずに、同じ開催地で別々の日に組まれたスペシャルDHとスペシャルSLの成績によって順位を決める方式が採用されていた。記録上だけでのレースなので、「ペーパーレース」と称されていた。
 2000年代中盤以降、国際スキー連盟(FIS)はスーパー複合方式の導入を進め、従来のペーパーレースを置き換えていった。2005-06シーズンには、ワールドカップにおいて男子のスーパー複合が3回に対してペーパーレース1回、女子はスーパー複合2回でペーパーレースなしであった。



★ オリンピック
1924 大正13年 ◇第1回冬季オリンピック、シャモニー(仏)大会開催。参加16カ国258名で日本はゼロ。(日本の初参加は1928 昭和3年 第2回サンモリッツ大会)
 スキー種目は距離(クロスカントリー18kmと50km)、耐久、リレー、ジャンプのみ。アルペン競技が正式種目に採用されるのは、1936年の第4回から。
1936 昭和11年 ◇第4回冬季オリツピック、ガルミンシュ・バルテンキルヘン(ドイツ)大会開催。28カ国755名(668名との資料もある)が参加。
 この大会からアルペン競技が正式種目となる(種目はダウンヒルとcombined スラローム)。
1937 昭和12年 ◇I.O.C.ワルソー総会で、第5回冬季オリツピック大会が札幌に決定されたが、アマチュア資格問題により、I.O.C.とF.I.S.が対立し、スキー競技が冬季オリツピック大会から除外される。
1952 昭和27年 ◇第6回冬季オリンピック、オスロ(ノルウェー)大会開催。30カ国732名が参加。アルペン複合が廃止され、大回転が加えられる。女子距離競技が新設される。
1956 昭和31年 ◇第7回冬季オリンピック、コルチナ・ダンペッツオ(伊)大会開催。トニー・ザイラー(オーストリア)がアルペンの三冠王となる。
 日本からは7名参加(日本選手団スキー監督は野崎 彊)。一時は片足反則かと騒がれたが、猪谷千春がスラロームで2位に入り、日本初のスキー・メダリストが誕生する。
◇日本のスキー人口は600万、または700万人とも。
1964 昭和39年 クリスチーヌとマリエル・ゴワシェル姉妹(フランス)
 1964年第9回インスブルック冬季オリンピック・アルペン女子回転。クリスティーヌが金メダル、姉マリエルが銀メダル。大回転では逆にマリエルが金メダル、クリスティーヌが銀メダル。
 1つの五輪でゴワシェル姉妹が4つのメダル、それもすべて金か銀という素晴らしさ。
 (ちなみに1984年第14回サラエボ五輪・アルペン男子回転では、兄フィリップ・メーアが金 、スティーブ・メーアが銀メダル獲得。アメリカの双子兄弟による1、2フィニッシュである。)
1968 昭和43年 ◇第10回冬季オリンピック、グルノーブル(フランス)大会開催。
 ジャン・クロード・キリー(フランス)が史上二人目のアルペン三冠王となる。
◇第10回冬季オリンピック(フランス・グルノーブル)に、初めて女子選手の代表が出場。大杖美保子(アルペン)、加藤富士子(クロスカントリー)を派遣
1971 昭和46年 ◇プレ・オリンピック大会開催(札幌)。23ヶ国が参加
1972 昭和47年 ◇第11回冬季オリンピック、札幌大会開催。35か国参加
 (当HP管理人 注: アルペン優勝候補カール・シュランツ(オーストリー)が、アマ・プロ問題で五輪から追放。但し1989年IOCが過去の非を認め復権 (えん罪?による追放と名誉回復))
 (当HP管理人 注: アルペンスキー界1970年代の10年間はアンネマリー・ブレル大活躍の時代。WC通算62勝は約30年後も女子歴代1位。)
 (70m級ジャンプは、1位笠谷幸生、2位金野昭次、3位青地清二、と3位まで独占。複合5位勝呂祐司。)
1980 昭和55年 ◇第13回冬季オリンピック(アメリカ・レークプラシッド)開催。70m級ジャンプで八木弘和が銀メダルを獲得
 (日本初のジャンプ・ワールド・カップ大会、札幌で開催される。八木弘和が日本選手初のワールドカップ優勝)
◇インゲマル・ステンマルク(Ingemar Stenmark、ウェーデン )第13回冬季レークプラシッドオリンピック、大回転と回転でそれぞれ金メダル。
 インスブルックオリンピック(1976年)大回転で銅メダル。
 ちなみにワールドカップ1976/1st, 1977/1st、1978/1stと3年連続のクリスタルトロフィー獲得の偉業。不出生の天才スラローマー。1989年3月 志賀高原を最後に引退。ワールドカップ通算86勝(回転 40勝、大回転46勝)は、歴代第1位である。
 World Championships(世界選手権)も1974〜1987まで5回出場し、2大会で金3、銀1
1988 昭和63年
◇第15回冬季オリンピック、カルガリー大会開催
 A・トンバ(伊)、大回転・スラロームの2冠王。
 この大会の特徴は、男女複合が復活し('36 '48以来)、新たにスーパー大回転が追加され全5種目となったこと。
 ちなみにスーパーG(またはSG)はアルペンスキー競技種目の中では最も歴史が浅く、種目としての誕生は不確かだが1980年代であろう。
1992 平成4年 ◇第16回アルベールビル五輪(フランス)開催。
 ノルディック・コンバインド団体で、初の金メダルを獲得(三ヶ田礼一・河野孝典・荻原健司・阿部雅司)
   ※ 第16回までは、夏季オリンピックと同年開催。第17回からは、夏季オリンピックの中間年に開催。
     なお1940、1944年は第二次世界大戦のため中止。
1994年(平成6年) ◇第17回リレハンメル五輪(ノルウェー)開催。
 コンバインド団体(荻原健司・河野孝典 ・阿部雅司)が金メダル。個人で河野孝典が銀メダル、ジャンプ団体(西方仁也・葛西紀明・岡部孝信・原田雅彦)銀メダルと大活躍。
◇同大会ジャンプ団体も、1980年以来となる銀メダルを獲得(西方仁也・葛西紀明・岡部孝信・原田雅彦)。
1998 平成10年 ◇第18回長野オリンピック開催。
 日本チームがメダルラッシュ。ジャンプ・ラージヒル団体(岡部孝信・斉藤浩哉・原田雅彦・船木和喜)金メダル。=日本オリンピック史上100個目の金メダル(2月17日)
 ラージヒル船木・金メダル、原田・銅メダル。  ノーマルヒル船木・銀メダル。
 フリースタイル・女子モーグルで、里谷多英が金メダル。
   史上最多のメダルを獲得した。
ワールドカップヴェイソンナ(SUI)で木村公宣が3位。
2006 平成18年 ◇第20回トリノ(伊)・オリンピック(2006年2月10日〜2月26日)。
 アルペンスキーSL(回転)で、皆川 賢太郎4位入賞(3位と0.03秒差)、湯浅直樹7位。猪谷千春の銀メダル以来50年ぶりの入賞
 同大会で初採用のスノーボードクロスで、藤森由香が7位入賞。
 スピードスケート男子で及川 佑、女子で岡崎朋美が、それぞれ500mで4位に入った。
◇ヤニツァ・コステリッチ(クロアチアCRO)
 2002 ソルトレイク(USA) K/1位、GS/1位、SL/1位、SG/2位
 2006 第20回トリノ(ITA) K/1位、 SG/2位、SL/4位、 五輪アルペンスキー史上女性初となる4冠を達成。
 2回の五輪で合計4個の金メダル、2個の銀メダルは、五輪アルペンスキー史上女性最多のメダル獲得数。
2012 平成24年
◇第1回ユースオリンピック(オーストリア・インスブルック)
 ジャンプ女子の燉恪ケ羅、スノーボード・ハーフパイプ女子の大江 光が、各金メダル獲得。
2014 平成26年 ◇第22回冬季オリンピック - ロシアのソチで開催。開催期間 2014年2月7日〜2月23日(17日間)
 日本チーム史上最多の7個のメダルを獲得(銀メダル4個・銅メダル3個)。

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★ 世界選手権大会
1931 昭和6年 ◇F.I.S.が、スイス・ミューレンで国際競技会(現在の第1回世界選手権大会)を開催(アルペン種目)。
1937 昭和12年 ◇第7回アルペンスキー世界選手権はシャモニー(フランス)で開催。エミール・アレー(Emile Allaisフランス)は、滑降と回転の2種目に圧勝。コンビネーションにも金メダル。世界一のアルペンレーサーとなっている。
 フランス人は誰も勝ったことのないアルペン競技でのエミールの活躍で、フランス中が沸き返った。
◇第14回ノルディックスキー世界選手権大会は1937年2月12日から7日間、フランス、シャモニーで開催。5種目(クロスカントリースキー3種目、ノルディック複合1種目、スキージャンプ1種目)が行われた。
1954 昭和29年 ◇世界スキー選手権大会アルペン競技に、日本から戦後初めて参加する。
1966 昭和41年 ◇第26回ノルディック世界選手権大会(ノルウェー・オスロ)で、ジャンプの藤沢隆が90m級で銀メダル獲得(ノルディック初のメダル獲得)
◇夏8月、チリのポルチーヨで第19回アルペンスキー世界選手権大会。標高2885mの高地で行なわれた。
 フランスのアルペンチーム絶頂期で、24個あるメダルのうち16個ものメダルを獲得。ジャン・クロード・キリーは滑降勝利のあと、スキーとブーツ、ウェアを付けたままでプールに飛び込んだ。
(管理人のおぼろげな記憶では、この時の滑降レースでの優勝したキリーは平均120km/h)
◇1966年8月11日、スキー・ワールドカップの誕生宣言。(ポルチーヨの第19回アルペンスキー世界選手権会場が、WC発起の土台になった)
1970 昭和45年 ◇第28回ノルディック世界選手権(チェコ・ビソケタトリ)、70m級ジャンプで笠谷幸生が銀メダル獲得
1978 昭和53年 ◇第25回アルペンスキー世界選手権は西ドイツのガルミッシュ=パルテンキルヘンで開催。男女の滑降、大回転、回転、アルペン複合の計8種目が実施された。
 海和俊宏が回転で入賞目前の7位。
 土方注(2016.2):SAJ公式サイト内では、海和7位の会場は「スイス・サンモリッツ」とあるが、これは間違いである。
◇インゲマル・ステンマルク(Ingemar Stenmark、ウェーデン )
 World Championships(世界選手権)も1974〜1987まで5回出場し、2大会で金3、銀1
  1978 Garmisch Partenkirchen GS/1st, SL/1st.
  1982 Schladming GS/2nd, SL/1st.
 ちなみにオリンピックでは1980第13回レークプラシッド、大回転と回転でそれぞれ金メダル。
 インスブルックオリンピック(1976年)大回転で銅メダル、
 ワールドカップでは1976/1st, 1977/1st、1978/1stと3年連続のクリスタルトロフィー獲得の偉業。不出生の天才スラローマー。1989年3月 志賀高原を最後に引退。ワールドカップ通算86勝(回転 40勝、大回転46勝)は、歴代第1位である。
◇第32回ノルディックスキー世界選手権大会は、フィンランド、ラハティで開催。10種目(クロスカントリースキー7種目、ノルディック複合1種目、スキージャンプ2種目)
1985 昭和60年 ◇第28回アルペンスキー世界選手権イタリア・ボルミオ大会。
◇第36回ノルディック世界選手権大会(オーストリア・ゼーフェルド)開催。ジャンプ団体で日本が6位入賞(渡瀬弥太郎・佐藤 晃・西方千春・秋元正博)。
 本大会から奇数年開催となりオリンピックと分離された。
1986 昭和61年 ◇第1回F.S.S.(フリースタイル・スキー)世界選手権大会開催(フランスのティーニユ)。
1987 昭和62年 ◇第29回アルペンスキー世界選手権大会(スイス・クランス=モンタナ クラン・モンタナ)。
1989 昭和64年
  (平成1年)
◇第30回アルペン世界選手権大会(アメリカ・ベイル)で、川端絵美が日本女子初の滑降5位入賞。
◇第38回ノルディック世界選手権大会(フィンランド・ラハティ)、15kmフリーで佐々木一成が入賞目前の7位と健闘。
1993 平成5年 ◇第40回ノルディック世界選手権大会(スウェーデン・ファールン)で、同一大会では初となる金メダル3個を獲得。NC荻原健司、NC団体(河野孝典・阿部雅司・荻原健司)、ジャンプ原田雅彦。荻原健司、ノルディック複合で個人・団体の2冠優勝。
◇アジア初の第32回アルペン世界選手権大会、岩手県・盛岡市雫石町で開催。
1995 平成7年 ◇第41回ノルディック世界選手権大会(カナダ・サンダーベイ)開催。
 ノルディック・コンバインド団体で金メダルを獲得。オリンピック、世界選手権大会で4連覇達成(阿部雅司・荻原次晴・荻原健司・河野孝典)。
 荻原健司・次晴の双子兄弟、ノルディック複合・団体戦で優勝。
◇同大会、ジャンプ・ノーマルヒルで岡部孝信が金メダル。斉藤浩哉は銀メダルを、団体でも銅メダルを獲得。(安崎直幹・斉藤浩哉・西方仁也・岡部孝信)。
1997 平成9年 ◇第6回大会フリースタイル世界選手権大会(長野県飯綱高原スキー場)開催。
1999 平成11年 ◇第43回ノルディック世界選手権大会(オーストリア・ラムソウ)開催。ジャンプ(ノーマルヒル)で、札幌オリンピック以来2度目の表彰台独占を達成(金:船木和喜、銀:宮平秀治、銅:原田雅彦)。
◇宮平秀治は、同大会で出場した3種目でメダル獲得(ノーマルヒル:銀、団体:銀、ラージヒル:銅)。
2001 平成13年 ◇第8回大会フリースタイル世界選手権大会(カナダ/ウィスラー・ブラッコム)で、モーグルの上村愛子が同種目日本人初となるメダルを獲得(銅メダル)。
2007 平成19年 ◇第7回スノーボード世界選手権大会(スイス・アローザ)ハーフパイプ。國母和宏、山岡聡子が、ともにスノーボード史上初となる銀メダルを獲得。
◇第47回ノルディック世界選手権大会(札幌)で、ジャンプ団体銅メダル獲得(栃本翔平・岡部孝信・伊東大貴・葛西紀明)。
◇50年ぶりか、それ以上の世界的な大暖冬。
 例えば2006/07ワールドカップは、33会場中、雪不足による中止があったのは8会場も。シーズン真っ盛りの1月26日〜28日、豪雪地のキッツビューエル(オーストリア)会場では、男子SLを除く全種目が中止というほど。日本国内も同様。
【スキーコンプ】(競技スキー専門誌)が倒産。2007-2月号で終了。(アルペン)競技スキー専門誌という唯一の存在だったので、残念である。
  同誌の初期段階では、名前だけですが、私(土方)も顧問?でした。
2013 平成25年
◇第50回ノルディック世界選手権大会(イタリア・バルディフィエンメ)のジャンプ競技。初採用された男女混合団体で、日本金メダル(伊藤有希、伊東大貴、燉恪ケ羅、竹内 択)。
◇第14回大会フリースタイル世界選手権大会(ノルウェー・ヴォス)で、伊藤みきがモーグル、デュアルモーグルとも銀メダルを獲得。スキーハーフパイプの小野塚彩那も、同種目初の銅メダル獲得。

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スキー競技会の誕生日とそれぞれの歩み


★ クラッシックレース
◇三大クラシックレース
 アールベルグ・カンダハー大会(1928年)、ラウバーホルン大会(1930年)、ハーネンカム(Hahnenkamm)大会(1931年)と相次いでスタートした3大会。
 1966年にワールドカップがスタートしたとき、この3大会はFISワールドカップスキーの中心的なレースとして指定された。
1911 明治44年 ◇カンダハー・スキークラブにてカンダハー伯の主催で、初の滑降レース「ロバー卜・オブ・カンダハー・スキー大会(the Roberts of Kandahar Cup)」開催。
 場所はクランモンタナ (Montana-sur-Sierre) 。これが有名なカンダハーの滑降レース(1928)となる。それは1922年の初のスラロームレース(スイスのミューレン)へと引き継がれていく。
1928 昭和3年
カンダハー大会


(後に、3会場
 持ち回り開催)
◇3月に、イギリスの貴族、サー・アーノルド・ラン(arnold Lunn 名門スキークラブ、カンダハークラブの創設者)がハンネス・シュナイダー(Hannes Schneider)と協力し、国際的なアルペンスキー競争「アールベルグ・カンダハー競技」を開催する。
 さかのぼること17年、アルペンスキーの大きなレースは、1911年にシオンの谷のクランモンタナで、カンダハー伯の主催で開かれている。これが有名なカンダハーの滑降レース(1928)となる。

◇アールベルグ・カンダハー大会
1928年に開催された最古のクラシック。「アールベルグ」と「カンダハー」という2つのスキークラブの対抗戦として開始したこの大会、現在はサン・アントン(スイス)、シャモニ(フランス)、ガルミッシュ・パルテンキルヘン(ドイツ)の3会場で持ち回り開催になっている。ちなみ05シーズンでは、1月のシャモニーと、2月のガルミッシュでのダブル開催。

◆シュテム・シュブングの進化
 1928年のそこで競われたのは、シュテム・シュブングの優劣であった。オーストリア選手の圧倒的な力が証明されて、オーストリアはスキー大国と呼ばれることになった。
 そのスキー界にひとりの鬼才が現れた。アントン・ゼーロスはスラロームの名手として世界の注目を浴びていたが、シュテム・シュブングを進化させて、強い前傾と上体の順方向へのひねりによって、より速く、しかも鋭いターンを生み出したのである。そのゼーロスの技法はテンポ・シュブングと名付けられ、パラレル・シュブングの基礎となった。
【日本のスキーを語る 連載41 志賀仁郎(Shiga Zin)】 シュテム・シュブングはいつ消えたのかより、この部分は参照)
 この志賀さんの資料を信用すれば、この1928年大会で使われた技術はオーストリア勢のシュテムを中心に、ゼーロスのテンポ・シュブング。従って競われた競技種目は、滑降競技ではなく、回転競技(スラローム)ということになる。

◇ 1975年ガルミッシュの滑降「カンダハーコース」
 1954年以降、コースはほとんど変わってはいない。全長3140m、標高差820m。ゴール以外はまったく日が当たらず、暗く急峻で、最も多くの怪我人を出しているダウンヒルコースなのである。1994年、オーストリアのウルリケ・マイアーがレース中に死亡。
 フランツ・クラマーはこの最も危険なコースで、驚異的な平均時速109.42km/hを記録し優勝した。
 現在は閉鎖サイト ski-and-ski/work/Sight/Garmisch.htm ワールドカップのピステ・「ガルミッシュ・パルテンキルヘン(ドイツ)」 (写真家・木村之与さんのski-and-ski)より

◇ 2010カンダハー大会(1928年スタート)は、戦争などによる中断は不明だが、誕生来82年になる。
 この'10ガルミッシュのカンダハー男子DHを制したのは、23歳カルロ・ヤンカ(SUI)。ステンマルク、トンバ、ヘルマンに次ぐ、スーパースターになる可能性大、と当サイト管理人は見ている。
1930年、昭和 5年
ラウバーホルン大会
ラウバーホルン大会がスタートした。

◇ラウバーホルン大会 ウェンゲン(スイス)
1930年に開始。三大クラシックの中でも第2次世界大戦中に唯一継続され、'05で75回目を迎える名門大会。
 第二次世界大戦の期間中、他のレースは全て中止に追い込まれても、開催を続けた。戦争でスポーツの灯を消してはならない、という地元の人たちの努力のたまものだ。
 戦後はトニー・ザイラー(AUT)が55〜58年まで滑降で4連勝を上げている。
 ワールドカップに指定されてからは、インゲマル・ステンマルク(SWE)の75〜77年の3連勝を含む回転5勝、フランツ・クラマー(AUT)の75〜77年の滑降3連勝が光っている。

◇ ウェンゲンのクラシック「ラウバーホルン」回転レース。

 スタート:1445m、ゴール:1290m、全長:480m、標高差:155m
 最大斜度:36度、最小斜度:5度、平均斜度:19度
 回転コースは最大36度という「壁」のような急斜面という超難関大会でもある。(新設のコースではこんな急斜面は許可にならない。)
 2003年の72回大会では佐々木明(ガーラ湯沢SC)選手が2位入賞。
◇ ウェンゲンのクラシック「ラウバーホルン」滑降レース。
「ラウバーホルン」滑降レース。FIS公認コースとしては世界一長い滑降コースで、全長4,260m(〜4,455m)、標高差1,012m(〜1,028m)。
 1969年にカール・シュランツ(AUT)は3分01秒60を記録。これはジャンクロード・キリー(FRA)の成績を5秒16破るコースレコードだった。
 6年後の1975年フランツ・クラマー(AUT)は、それまでのカール・シュランツの持つ記録を一気に26秒41も短縮し2分35秒19のコースレコードで優勝。しかも2位のヘルベルト・プランク(ITA)に3秒54という大差。
 現在は閉鎖サイト ski-and-ski/work/Sight/Wengen.htm ワールドカップのピステ・「ウェンゲン (スイス)/ラウバーホルン大会」 (写真家・木村之与さんのski-and-ski)より
 現在は閉鎖サイト ski-and-ski/work/Biography/Bio-M_Klammer.htm KLAMMER Franz (AUT) (写真家・木村之与さんのski-and-ski)より

 '08ウェンゲンでは、上部の緩斜面では80km/h、それがトンネルを抜けて急斜面入ると150km/h弱。'08WCで総合優勝したボディー・ミラー(アメリカ)も148km/hほど。また30位以下の選手でも、145km/hは大勢いた?ように管理人は記憶。
◇2010年ウェンゲンのラウバーホルン大会が今季で80回。キッツビューエルのハーネンカム大会は70回。いずれ劣らぬ歴史と伝統の大会である。
◇3年連続勝利は成らなかったボディ・ミラーですが、ウェンゲン滑降レースとはいろいろあります。
1931年 昭和 6年
ハーネンカム大会
キッツビューエル(チロル州・オーストリア)ハーネンカム(Hahnenkamm)大会がスタートした。

◇ハーネンカム大会 キッツビューエル(オーストリア)
 ハーネンカムの滑降コースはスタート地点が標高1660m、ゴールが800m、全長3510m、標高差860m。見通しが悪く、恐ろしいほど蛇行する急斜面、世界でもっともテクニカルで難しい滑降コースと言われている。また国内中のファンが大挙して詰めかけるため、世界一熱い熱いスキー大会としても有名。

◇ダウンヒルではフランツ・クラマー(AUT)。'75年から'77年まで3年間連勝優勝の偉業を成し遂げ、7年後の'84年にこのコース4勝目を上げた。ダウンヒル最多優勝記録である。
◇インゲマル・ステンマルク(SWE)は、ハーネンカムのスラロームで5勝を上げた。1982年には2位のフィル・メーア(USA)に3秒16の大差で優勝し、ワールドカップ・スラロームにおけるレコードとしてギネスブックにも載っている。
◇コースレコードは1997年にフリッツ・ストローブル(AUT)が出した1分51秒58である。
 現在は閉鎖サイト ski-and-ski/work/Sight/Kitzbuhel.htm ワールドカップのピステ・「キッツビューエル(オーストリア)ハーネンカム大会」 (写真家・木村之与さんのski-and-ski)より
◇2010年ウェンゲンのラウバーホルン大会が今季で80回。キッツビューエルのハーネンカム大会は70回。いずれ劣らぬ歴史と伝統の大会である。
 ハーネンカム大会は、単純計算すれば2010年-1931年+1 = 2010年は80回になるハズだが、それが70回とは、間で戦争などにより10回の中断があったのだろうか。

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★ ワールドカップ
1966 昭和41年 (◇夏8月、チリのポルチーヨで第19回アルペンスキー世界選手権大会。標高2885mの高地で行なわれた。)
◇1966年8月11日、スキー・ワールドカップの誕生宣言。(ポルチーヨの第19回アルペンスキー世界選手権会場が、WC発起の土台になった)
1967 昭和42年 ◇1967年1月5日、ワールドカップ第1戦のスラロームが、ドイツのベルヒテスガーデンで行なわれた。ハイニ・メスナー(AUT)がこの歴史的勝利。
◇数日後ジャン・クロード・キリーの連続勝利が始まった。「私にとってワールドカップは、世界選手権、オリンピックなどより、はるかに重要なものである」とキリーは言った。
1973 昭和48年 ◇日本で最初のワールドカップレース、苗場大会開催。
 柏木正義の回転10位入賞は、日本人初のワールドカップ獲得ポイント。
1975 昭和50年 ◇ワールド・カップ苗場大会2度目の開催。海和俊宏がワールドカップ初出場で回転13位。
1977 昭和52年 ◇ワールドカップ富良野大会開催。
◇海和俊宏がワールドカップ、サンアントン(オーストリー)で7位 → この大会で第一シードになる。
1978 昭和53年 ◇インゲマル・ステンマルク(Ingemar Stenmark、ウェーデン )がワールドカップ総合優勝。976/1st, 1977/1stと3年連続のクリスタルトロフィー獲得の偉業。不出生の天才スラローマー。1989年3月 志賀高原を最後に引退。ワールドカップ通算86勝(回転 40勝、大回転46勝)は、歴代第1位である。('07シーズン現在も最多記録で、第2位ヘルマン・マイアー AUT 53 を大きく離している。)
 ちなみにオリンピックも、インスブルック(1976年)大回転で銅メダル、第13回レークプラシッド(1980年)大回転と回転でそれぞれ金メダル。
 World Championships(世界選手権)も1974〜1987まで5回出場し、
  1978 Garmisch Partenkirchen GS/1st, SL/1st.
  1982 Schladming GS/2nd, SL/1st.
◇海和俊宏、ワールドカップ、オーバーシュタッヘン大会(西ドイツ)スラローム5位。
 しかも新スキーが合わず前年のスキー使用という凄さ)。世界選手権(西ドイツ、ガルミッシュ)7位と活躍するが、夏のオーストリーで練習中にアキレス腱切断。
1979/80シーズン
1980 昭和55年 ◇日本初のジャンプ・ワールド・カップ大会、札幌で開催される。
◇1979/80シーズン、姉弟でワールドカップの総合優勝を果たしたアンドレアスとハンニリヒテンシュタイン)。ワールドカップの歴史の中で、男女ともに姉弟が総合優勝を飾ったのは唯一、という快挙である。
 弟アンドレアス・ウェンツェル、ワールドカップ 通算 14勝 (内、SG1勝、GS3勝、SL4勝、K6勝)
 姉ハンニ・ウエンツェル、通算 33勝。かつ、1977/78シーズンと1979/80シーズンの2回総合優勝を果たした。
1983年 昭和58年 ◇ワールドカップ・ノルディックコンバインド日本大会初開催(札幌)。
◇81〜83年までフィル・メーア(アメリカ)が、連続3年間W杯総合V。1984年引退。
 フィル・メーアが持つ通算27勝(内GS7、 SL 9、K11勝)というアメリカ人による最多勝利記録が破られるのは、実に彼の引退24年後の2008年、ボディ・ミラー(MILLER Bode)によってである。
1987 昭和62年 ◇ワールドカップ最終戦SL(ボスニア・ヘルツェゴビナ/サラエボ)で、岡部哲也が日本人最高の4位入賞。2本目では、日本選手初のラップタイムを奪う
1990 平成2年 ◇アルペン・ワールドカップ(オーストリア・シュラドミング)で、岡部哲也(回転)が2度目の表彰台(3位)
1993 平成 5年 ◇ワールドカップ・ノルディック・コンバインドの荻原健司が、日本選手初のWC総合優勝飾る。
◇アルペン・ワールドカップ(オーストリア・サンアントン)、滑降女子の川端絵美が3位で初の表彰台。
1994 平成 6年 ◇シルビア・エダー(AUT)は、14年間、高速系のスペシャリストとしてワールドカップで活躍している。
 優勝経験は、デビュー翌年の1982年バドガスタイン(AUT)滑降レース。そして引退する1994年に、ヴェイル(USA)スーパーGで2勝め。この間、12年間である。2勝目までの最長記録ではないだろうか?
◇ノルディック・コンバインドの荻原健司が、ワールドカップ総合2連覇果たす。
1995 平成 7年 ◇荻原健司・次晴の双子兄弟。W杯でリベレツ(チェコ)とオスロ(ノルウェー)で、兄弟で2度の1、2位ゴール。(いずれも1位は健司)。
 さらに同年の第41回ノルディック世界選手権大会(カナダ・サンダーベイ)の団体戦で健司とともに優勝。
◇ノルディック・コンバインドの荻原健司、ワールドカップ総合3連覇。
1997 平成9年 ◇第18回長野オリンピックのプレ大会となるワールドカップ開催。クロスカントリーで、青木富美子(5qC)が日本選手最高となる5位入賞。
2002 平成14年 ◇「キング・オブ・スキー」の荻原健司(1969年12月20日生まれ)が引退。スキー・ノルディック複合(コンバインド)で'93 '94 '95と連覇し、世界初の個人総合3連覇を達成など。
2003 平成15年 ◇ビルギット・ヘーブ・バトライナー(LIE)、ワールドカップ13年目にしての初優勝
 02/03女子大回転第2戦、パーク・シティ(米国ユタ州)で大回転のスペシャリスト、ワールドカップ13年目にしての初優勝である。
 リヒテンシュタインの優勝ということになると'84年3月20日、ズイーゼル(BRD=当時)でハンニ・ウェンツェルが優勝して以来ということになる。
◇アルペン・ワールドカップ(スイス・ヴェンゲン)で佐々木 明がゼッケン65番スタートから2位入賞。ラップタイムに0.04差はこれまでの最少差。
◇フリースタイル・ワールドカップ(アメリカ・ディアバレー)で、モーグルの上村愛子が初優勝。
2004 平成16年 ◇スノーボード・ワールドカップの女子ハーフパイプ(イタリア・トリノ)で、山岡聡子が女子初となるハーフパイプ種目別総合優勝。
◇フリースタイル・ワールドカップ(イタリア・トリノ)で、瀧澤宏臣がスキークロス総合優勝。
2005 平成17年 ◇スノーボード・ワールドカップ女子ハーフパイプ、成田夢露がハーフパイプ種目別総合優勝。
2007 平成19年 ◇50年ぶりか、それ以上の世界的な大暖冬。
 例えば2006/07ワールドカップは、33会場中、雪不足による中止があったのは8会場も。シーズン真っ盛りの1月26日〜28日、豪雪地のキッツビューエル(オーストリア)会場では、男子SLを除く全種目が中止というほど。日本国内も同様。
2008 平成20年 ◇ワールドカップ勝利の最年長記録マルコ・ビュッフェル(LIE)
 2008年1月18日キッツビュールのスーパーGは、リヒテンシュタインの大ベテラン、36歳のマルコが優勝。ワールドカップ勝利の最年長記録更新。
 これは前'07シーズンのLake Louise(CAN ・2006年11月25日)男子滑降レース第1戦に優勝し、創った最年長記録35歳と21日を、36歳のマルコ自身が塗り替えた偉業である。
 「2008年36歳ワールドカップ勝利の最年長記録マルコ・ビュッフェル(LIE)」36歳2ヶ月と14日 男子DH および全種目 )
  →2015現在、マルコはSG最年長優勝では歴代記録4位、DH最年長表彰台では歴代記録1位。
◇フリースタイル・ワールドカップで、5勝を挙げた上村愛子が初のモーグル総合優勝。
◇クロスカントリー・ワールドカップ(スウェーデン・ストックホルム)の女子スプリントで、夏見 円が日本選手初の表彰台(3位)。
2010 平成22年 ◇ウェンゲンのラウバーホルン大会が今季で80回。キッツビューエルのハーネンカム大会は70回。いずれ劣らぬ歴史と伝統の大会である。
  Wengen1967-2013全98Races優勝者名
  Kitzbuehel Men's Races(ski-db.com/ '67〜歴代勝者リスト 英語サイト)
◇2009年12月30日 アルペンスキーワールドカップ男子滑降第4戦はイタリアのボルミオで行われ、スロベニアのアンドレイ・イエルマンが2分00秒32で優勝。本人は3シーズンぶりの優勝だが、スロベニア人による滑降レース優勝は、アルペンWC史上初ではないだろうか。
2012 平成24年
◇ジャンプ・ワールドカップで、伊東大貴が初優勝含むシーズン4勝。ノルディック・コンバインドの渡部暁斗も、同様に4勝をマーク。
◇ジャンプ女子のワールドカップがスタート。燉恪ケ羅が蔵王大会で初優勝。
2013 平成25年
◇第50回ノルディック世界選手権大会(イタリア・バルディフィエンメ)のジャンプ競技。初採用された男女混合団体で、日本金メダル(伊藤有希、伊東大貴、燉恪ケ羅、竹内 択)。
◇ジャンプ女子・ワールドカップで、燉恪ケ羅が8勝を挙げ、初の総合優勝。
◇第14回大会フリースタイル世界選手権大会(ノルウェー・ヴォス)で、伊藤みきがモーグル、デュアルモーグルとも銀メダルを獲得。スキーハーフパイプの小野塚彩那も、同種目初の銅メダル獲得。
2014 平成26年 ◇ジャンプの燉恪ケ羅選手が、ワールドカップ史上2人目となる2連続総合優勝を果たす 。'93〜'95シーズンにかけて3連覇した荻原健司に次ぐ二人目。
◇2014年11月29日 W杯個人第3戦(フィンランドのルカ)で、葛西 紀明(ジャンパー)が自らが持つ最年長優勝記録を42歳5ヶ月に更新。通算優勝回数を17回(日本人男子最多)とした。
2015 平成27年 ◇マルセル・ヒルシャー(オーストリアHirscher Marcel 26歳)が、'14/15WCで1冬の種目別SL、GS2つで優勝、かつ総合優勝。これだけでも大偉業だが、この結果、回転種目別では3連覇総合優勝4連覇は前人未踏の大記録。本人以外に破られることはないだろう!
◇葛西 紀明(レジェンド(生ける伝説)ジャンパー)が、第29戦オスロ大会で2位になり最年長表彰台記録を42歳282日に更新。総合成績で6位となり、2シーズン連続のトップ10入りを果たした。
2016 平成28年 ◇2016/02/13-14 男子アルペンスキーFIS ワールドカップ苗場大会開催。
 日本開催は10年ぶり、苗場では41年ぶりの開催。13日ジャイアントスラローム(GS)の勝者はアレクシ・パントロー(仏)。14日スラローム(SL)の勝者はフェリックス・ノイロイター(独)。
 ちなみに41年前の苗場大会SLで、ノイロイター父も表彰台に立っている。
◇2016/02/14現在。アルペンWC苗場SLでは、7位に沈んだヘンリック・クリストファーセン(ノルウェー)。
 それまでの'16シーズンSL7戦中2位が1回、残る6回が優勝。内4連勝という偉業。あのヒルシャー(4年連続総合V)に優勝を譲ったのは1レースのみである。
◇2016/02/13現在。高梨沙羅(クラレ)は、スキー・ジャンプ女子W杯第13戦(スロベニア)は2位に沈む。
 その結果'16シーズンの13戦中2位が2回、残る11回が優勝。内10連勝という偉業。総合V確実だ!
2016 平成28年
◇燉恪ケ羅選手(クラレ)が、4戦を残して早々とワールドカップ総合優勝を決めた。日本選手タイとなる3度目の総合優勝は、15戦12勝、2位2回、4位と表彰台を逃したのは1度だけという安定ぶりで、圧勝。以前の2回の総合優勝は'13、'14シーズン。
◇レジェンド葛西紀明選手、ジャンプ男子最年長表彰台記録を「43歳8カ月」に更新、通算60回目の表彰台(2016.2.12現在)

クラッシックレースについて、詳しく説明


*ワールドカップポイント(順位と獲得ポイント)
1位100p、2位80p、3位60p、4位50p、5位45p、6位40p、7位36p、8位32p、9位29p、10位26p、11位24p、12位22p、13位20p、14位18p、15位16p、16位15p、17位14p、…30位1p

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★ 全日本スキー選手権
1923 大正12年 ◇第1回全日本スキー選手権大会が北海道・小樽市郊外の緑が丘で開催される。(アルペンスキーが採用されたのは第15回 1937年 滋賀県・伊吹山から? )
1924年 ◇第2回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技) 新潟・高田
1925年 ◇第3回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技) 青森・大鰐
1926年 ◇第4回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技) 樺太・豊原
1927年 ◇第5回全日本スキー選手権大会 大正天皇崩御のため中止
1928年 ◇第6回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技) 北海道・札幌
1929年 ◇第7回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技) 新潟・高田
1930年 ◇第8回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技) 青森・大鰐
1931年 ◇第9回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技) 樺太・豊原
1932年 ◇第10回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技) 長野・野沢温泉村
1933年 ◇第11回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技) 北海道・札幌
1934年 ◇第12回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技) 青森・大鰐
◇第回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)
1935年 ◇第13回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌
1936年 ◇第14回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)新潟・小千谷
1937 昭和12年 ◇第15回全日本選手権大会を滋賀県・伊吹山で開催。初めてのアルペン種目が採用(男子新複合、女子滑降のみ)。
1937年 ◇第15回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)秋田・大館
1938年 ◇第16回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技/アルペン)北海道・札幌
1939年 ◇第17回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技/アルペン)北海道・札幌
1940年 ◇第18回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)新潟・高田 /アルペン新潟・妙高高原
1941年 ◇第19回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌 /アルペン北海道・小樽
1942年 ◇第20回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技/アルペン)青森・大鰐
1943年 ◇第21回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技/アルペン)栃木・日光
1944年 ◇第22回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技/アルペン)戦争のため中止
1945年 ◇第23回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技/アルペン)戦争のため中止
1946年 ◇第24回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技/アルペン)中止
1947年 ◇第25回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技/アルペン)中止
1948年 ◇第26回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技/アルペン)長野・野沢温泉村 国体と併催
1949年 ◇第27回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技/アルペン)北海道・札幌 国体と併催
1950年 ◇第28回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技/アルペン)山形・米沢 国体と併催
1951年 ◇第29回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)暖冬のため中止
/アルペン 新潟・妙高高原
1952 昭和27年 ◇第30回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌 /アルペン 北海道・富良野
 全日本スキー選手権大会と国民体育大会スキー競技会が分離される。
1953年 ◇第31回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)秋田・大館 /アルペン秋田・大湯町
1954年 ◇第32回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)新潟・高田 /アルペン新潟・妙高高原
1955年 ◇第33回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌 /アルペン北海道・富良野
1956年 ◇第34回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)秋田・大館 /アルペン秋田・大湯町
1957年 ◇第35回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)長野・野沢温泉村 /アルペン長野・志賀高原
1958年 ◇第36回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・小樽 /アルペン長野・志賀高原
1959年 ◇第37回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)青森・大鰐 /アルペン長野・志賀高原
1960年 ◇第38回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)新潟・高田 /アルペン新潟・妙高高原
1961年 ◇第39回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技/アルペン)長野・志賀高原
1962年 ◇第40回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌 /アルペン北海道・ニセコ
1963年 ◇第41回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌 /アルペン長野・白馬村
1964 昭和39年 ◇第42回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)青森・大鰐 /アルペン新潟・苗場
1965年 ◇第43回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌 /アルペン新潟・苗場
1966年 ◇第44回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)青森・大鰐 /アルペン長野・白馬村、宮城・鳴子町
1967年 ◇第45回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌/アルペン長野・白馬村
1968年 ◇第46回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌/アルペン新潟・苗場
1969年 ◇第47回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・小樽/アルペン長野・志賀高原、新潟・苗場
1970年 ◇第48回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・小樽 /アルペン北海道・札幌
1971年 ◇第49回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・小樽 /アルペン北海道・札幌
1972年 ◇第50回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)青森・大鰐 /アルペン長野・白馬村
1973年 ◇第51回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌 /アルペン長野・野沢温泉
1974年 ◇第52回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌 /アルペン長野・白馬村
1975年 ◇第53回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌 /アルペン北海道・富良野
1976年 ◇第54回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌 /アルペン北海道・富良野
1977年 ◇第55回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌 /アルペン秋田・田沢湖町
1978 昭和53年 ◇第56回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌/小樽 /アルペン長野・白馬村
1979年 ◇第57回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)札幌/大鰐 /アルペン北海道・ニセコ
1980年 ◇第58回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)青森・大鰐 /アルペン北海道・ニセコ、長野・白馬村、北海道・札幌
1981年 ◇第59回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌 /アルペン青森・大鰐
1982年 ◇第60回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)大鰐・札幌 /アルペン青森・大鰐
1983年 ◇第61回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌 /アルペン岩手・雫石
1984年 ◇第62回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)田沢湖・札幌 /アルペン岩手・雫石
1985年 ◇第63回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌 /アルペン岩手・雫石
1986年 ◇第64回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・旭川 /アルペン北海道・旭川
1987年 ◇第65回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技 /アルペン)北海道・旭川
1988年 ◇第66回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)青森・大鰐 /アルペン長野・志賀高原
1989年 ◇第67回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌 /アルペン長野・志賀高原、北海道・名寄
1990年 ◇第68回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌 /アルペン岩手・雫石、北海道・旭川
1991年 ◇第69回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)秋田・鹿角市 /アルペン岩手・雫石、北海道・旭川
1992年 ◇第70回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)札幌・倶知安町 /アルペン北海道・白滝村、長野・白馬村
1993年 ◇第71回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)白馬村/札幌 /アルペン北海道・ニセコ、青森・大鰐
1994年 ◇第72回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌 /アルペン北海道・白滝村、青森・大鰐
1995年 ◇第73回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)長野・白馬村 /アルペン長野・白馬村、長野・志賀高原
1996年 ◇第74回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)長野・白馬村 /アルペン岩手・雫石、長野・志賀高原
1997年 ◇第75回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・音威子府村 /アルペン長野・白馬村、岐阜・鈴蘭高原
1998年 ◇第76回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌 /アルペン岩手・雫石、群馬・尾瀬岩鞍
1999年 ◇第77回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)白馬村/音威子府村 /アルペン岩手・雫石、長野・白馬村
2000年 ◇第78回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌/長野・白馬村 /アルペン岩手・雫石、長野・志賀高原
2001年 ◇第79回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)長野・白馬村/北海道・札幌 /アルペン長野・野沢温泉、岩手・雫石
2002年 ◇第80回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)長野・白馬村 /アルペン長野・白馬村、岩手・雫石町
2003年 ◇第81回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌市 /アルペン長野・野沢温泉、岩手・雫石
2004年 ◇第82回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌市 /アルペン長野・白馬、長野・志賀高原
2005年 ◇第83回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌市 /アルペン長野・白馬、長野・野沢温泉
2006年 ◇第84回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌市/音威子府村 /アルペン長野・志賀、長野・白馬
2007 ◇第85回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)長野・白馬 /アルペン長野・野沢温泉、岩手・雫石、長野・野沢温泉
2008 ◇第86回全日本スキー選手権大会(ノルディック距離競技)北海道・札幌市 /アルペン、

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★ 国民体育大会スキー競技会 国民体育大会(wikipedia)
1946年 第1回近畿国体(夏季・秋季)。冬季は翌年。
1947年 第1回近畿国体(冬季スケート - 青森・1月25日〜26日、冬季スキー - 長野県・中止)
第2回石川国体(夏季、秋季のみ開催で、冬季競技は無い)。第1回のみ冬季競技は秋季大会後に開催、以後は秋季大会前に開催となったので、第2回に冬季競技は無い
1948 第3回 国民体育大会冬季大会スキー競技会(長野県野沢)アルペン、ノルディックスキー・スペシャルジャンプ
全日本選手権を兼ねる。(第1回ではスキー中止、2回では冬季大会は存在しない)
1951年 第6回 広島国体  天皇杯(冬)誕生=北海道(冬) 皇后杯(冬)誕生=北海道(冬)
1952 昭和27年 ◇全日本スキー選手権大会と国民体育大会スキー競技会が分離される。
1974 昭和49年
第29回国民体育大会スキー競技会開催(猪苗代)。皇太子ご夫妻、高松宮殿下ご臨席

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★ 全日本学生スキー選手権(インカレ)
1928 昭和3年 ◇第1回全日本学生スキー選手権大会が大鰐で開催される。
1947 昭和22年 ◇全日本学生スキー選手権大会が第20回大会として復活、小樽で開催。(第二次世界大戦のため中断)


★ インターハイ(全国高校スキー大会)
1952 昭和27年 ◇第1回高等学校スキー選手権大会が水上で開催される。
◇1954(昭和29)年
 第3回全国高校大会開催(猪苗代)
◇1964(昭和39)年
 第13 回全国高校スキー大会開催(猪苗代)
◇1985(昭和60年)
  2月、第34 回全国高校スキー大会開催(猪苗代)
2008年02月 第57回全国高校スキー大会(インターハイ、新潟県の苗場スキー場)アルペン女子SLで、富良野緑峰高3年の武田 里江(18)が初優勝。
 3人の姉に続き、インターハイのタイトルを手にした。4姉妹そろっての全国制覇は大会史上初めて。
▼以下は、▼
全国高等学校スキー大会アルペンスキー(wikipedia.org)より
 回数	年度	会場	日付	種目	優勝者	都道府県	所属
第54回	2005年	群馬県	2月6日	男子ジャイアントスラローム	千葉和典	北北海道	歌志内高校
		尾瀬岩鞍スキー場	2月7日	女子ジャイアントスラローム	武田薫	北北海道	富良野緑峰高校
			2月8日	男子スラローム	松本勲人	長野県	白馬高校
			2月9日	女子スラローム	長谷川絵美	新潟県	六日町高校
第55回	2006年	秋田県	2月4日	男子ジャイアントスラローム	大越龍之介	南北海道	東海大四高校
		花輪スキー場	2月5日	女子ジャイアントスラローム	水口かおり	富山県	富山第一高校
			2月6日	男子スラローム	大越龍之介	南北海道	東海大四高校
			2月7日	女子スラローム	岩田佳央梨	山形県	日大山形高校
第56回	2007年	富山県	2月4日	男子ジャイアントスラローム	大越龍之介	南北海道	東海大四高校
		たいらスキー場	2月3日	女子ジャイアントスラローム	水口かおり	富山県	富山第一高校
			2月6日	男子スラローム	大越龍之介	南北海道	東海大四高校
			2月5日	女子スラローム	丸子由里香	南北海道	北照高校
第57回	2008年	新潟県	2月3日	男子ジャイアントスラローム	石井智也	南北海道	北照高校
		苗場スキー場	2月4日	女子ジャイアントスラローム	長田愛未	南北海道	双葉高校
			2月5日	男子スラローム	石井智也	南北海道	北照高校
			2月6日	女子スラローム	武田里江	北北海道	富良野緑峰高校
第58回	2009年	長野県	2月4日	男子ジャイアントスラローム	布施峰	新潟県	開志学園高校
		白馬岩岳スキー場	2月3日	女子ジャイアントスラローム	眞田ひばり	北海道	北照高校
			2月6日	男子スラローム	荻原駿輔	埼玉県	秀明高校
			2月5日	女子スラローム	後村茜	青森	東奥義塾高校
第59回	2010年	北海道	2月4日	男子ジャイアントスラローム	井上賢之介	福島県	猪苗代高校
		富良野スキー場	2月5日	女子ジャイアントスラローム	川浦あすか	長野県	文化女子大附属長野高校
			2月6日	男子スラローム	安藤佑太朗	南北海道	北照高校
			2月8日	女子スラローム	眞田ひばり	南北海道	北照高校
第60回	2011年	岩手県	2月8日	男子ジャイアントスラローム	安藤佑太朗	南北海道	北照高校
		安比高原スキー場	2月7日	女子ジャイアントスラローム	川浦あすか	長野県	文化女子大附属長野高校
			2月8日	男子スラローム	深瀬和志	山形県	日大山形高校
			2月9日	女子スラローム	蓮見小奈津	南北海道	北海学園札幌高校
第61回	2012年	山形県	1月31日	男子ジャイアントスラローム	小原健汰	山形県	日大山形高校
		蔵王温泉スキー場	2月1日	女子ジャイアントスラローム	石川晴菜	北海道	北照高校
			2月3日	男子スラローム	成田秀将	北海道	北照高校
			2月3日	女子スラローム	石川晴菜	北海道	北照高校
第62回	2013年	北海道	2月7日	男子ジャイアントスラローム	中村舜	北海道	双葉高校
		サッポロテイネ	2月6日	女子ジャイアントスラローム	安藤麻	北海道	北照高校
			2月9日	男子スラローム	降旗一樹	北海道	北照高校
			2月8日	女子スラローム	沼森愛奈	秋田県	花輪高校
第63回	2014年	福島県	2月5日	男子ジャイアントスラローム	工藤督宗	北海道	札幌第一高校
		猪苗代スキー場	2月6日	女子ジャイアントスラローム	安藤麻	北海道	北照高校
			2月7日	男子スラローム	中村舜	北海道	双葉高校
			2月8日	女子スラローム	石橋未樹	北海道	東海大四高校

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★ 全国中学校大会
1929 昭和 4年
1回全国中学校大会、沼尻にて開催
 全国より大泊、豊原、札幌一中、高田、柏崎の各中学、北海商、高田、山形の各師範学校、福島県内より会津中、福島中、喜多方中、福島師範が参加。
 競技は5km、15km、2km、滑降、ジャンプの5種目。
1930 昭和 5年
第2回全国中学校大会(沼尻)
第1回福島県中学校大会(猪苗代)
1982 昭和57年
第19回全国中学校大会(猪苗代)
第18回東北中学校大会(猪苗代)
2000 2.10  第37回全国中学スキー大会 福島猪苗代(大回転1位:武田友希・2位:武田千夏)
 北海道の武田4姉妹の長女と次女で1、2フィニッシュ。
平成21年2月 第46回全国中学校スキー大会  岐阜県 - ほおのき平スキー場ほか
2010/ 2/4〜 6 第47回全国中学校スキー大会 岩手県 ・安比高原スキー、田山クロスカントリーコース、矢神飛躍台
2011(平成23)年 第48回全国中学校スキー大会 平成23年2月7日〜2月10日
 大会会場:アルペン 猪苗代スキー場ミネロ
     クロスカントリー 猪苗代町クロスカントリースキーコース(町営牧場付近)
平成24年2月1日〜4日 第49回全国中学校スキー大会 宮城県 みやぎ蔵王えぼしスキー場
2013/ 2/2〜 6 第50回全国中学校スキー大会 富山県
2014.2.2〜5. 平成26年 第51回全国中学校スキー大会群馬・長野大会
▼以下は、▼
全国中学校スキー大会アルペンスキー(wikipedia.org)より
 回数	年度	会場	日付	クラス	優勝者	都道府県	所属
第43回	2006年	長野県	2月7日	男子大回転	布施峰	新潟県	妙高中学校
		野沢温泉スキー場	2月6日	男子回転	大久保省吾	北海道	清水中学校
			2月8日	女子大回転	千葉あおい	北海道	芦別中学校
			2月6日	女子回転	大久保有美	青森県	七戸中学校
第44回	2007年	長野県	2月8日	男子大回転	清水将	長野県	筑北中学校
		野沢温泉スキー場	2月7日	男子回転	氏家将秀	北海道	弟子屈中学校
			2月9日	女子大回転	井出菜月	北海道	朝日中学校
			2月7日	女子回転	岡本乃絵	北海道	富良野東中学校
第45回	2008年	石川県	2月3日	男子大回転	尾形峻	群馬県	水上中学校
		白山白峰温泉スキー場	2月2日	男子回転	成田秀将	北海道	恵北中学校
			2月4日	女子大回転	川浦あすか	長野県	櫻ヶ岡中学校
			2月2日	女子回転	蓮見小奈津	長野県	菅平中学校
第46回	2009年	岐阜県	2月6日	男子大回転	西村友希	愛知県	桜丘中学校
		ほおのき平スキー場	2月5日	男子回転	深瀬和志	山形県	山形第四中学校
			2月7日	女子大回転	新井真季子	岐阜県	日枝中学校
			2月5日	女子回転	新井真季子	岐阜県	日枝中学校
第47回	2010年	岩手県	2月5日	男子大回転	工藤督宗	北海道	奈井江中学校
		安比高原スキー場	2月4日	男子回転	小原健汰	山形県	鶴岡第一中学校
			2月6日	女子大回転	安藤麻	北海道	東陽中学校
			2月4日	女子回転	石川晴菜	石川県	紫錦台中学校
第48回	2011年	福島県	2月9日	男子大回転	工藤督宗	北海道	奈井江中学校
		猪苗代スキー場	2月8日	男子回転	工藤督宗	北海道	奈井江中学校
			2月10日	女子大回転	安藤麻	北海道	東陽中学校
			2月8日	女子回転	安藤麻	北海道	東陽中学校
第49回	2012年	宮城県	2月3日	男子大回転	西颯太	長野県	長野西部中学校
		みやぎ蔵王えぼしスキー場	2月2日	男子回転	深瀬悟志	山形県	山形第四中学校
			2月4日	女子大回転	安藤麻	北海道	東陽中学校
			2月2日	女子回転	安藤麻	北海道	東陽中学校

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