上達レッスンの磐梯ひじかたスキースクール

おもろい話・いい話・いい加減な話

スキー話 / 土方あきら、スキー界A級追放!か? (1999/11/11)

土方あきらの全身イラスト
スキーのばいぶる
(スキージャーナル)

(2001/ 2/22 後半に少し追加)

 という噂は、まだありません。が、なんせ私が「東スポ」の読者なので、見出しが大げさになってしまいました。
 天下の「東スポ」のおかげで、今までに「宇宙人と握手するアメリカ大統領」や「捕獲されている(ネス湖)のネッシー」などなどの写真も、多数見ています。

 話を本題に戻し、「A級追放」は「永久追放」が日本語として正しく、いちおう文筆業でもある私は訂正しておきます。
 それでは、「土方あきら、スキー界永久追放!か?」が真相か、というと、どうもそうでもありません。
 「土方あきら、校長職を剥奪!か?」が、やや正しいようです。

◇園部 知昭が当スクールに加入
 じつは、正式加入の決定は、ほんの半月ほど前(1999/10下旬)。スキー学校長歴24年という、超のつく大ベテランで、超大物。

 とにかく選手時代の活躍も大したものです。
 1967年には、インターハイ回転4位、1970年は花開いた年で、全日本学生スキー選手権回転1位、全日本スキー選手権回転2位。もしかして、1位といえば、一番速く滑って優勝です。
 その後、プレオリンピックの代表にも選ばれたのですが、「オリンピックに出た後は、プロになり、、」との発言が致命傷となり、オリンピックの候補からは大外れ!
 「口は災いの元」と言います。皆さんも注意しましょう。(私などは、口の周りが災いだらけです。)

 そこでプロに転向し、プロスキー選手権1位、ほか入賞数回、プロスポーツ新人賞受賞、SIA第1回デモンストレーターなどなど。
 デモとしてアメリカの会議に代表参加も決まっていたのに、雪不足のため中止。
(余談ですが、当スクールに18シーズン所属してくれた元デモの大島 清史さんも、友人の鈴木 みすずさんも、このときの代表メンバー。)

◇赤字=めでたし、めでたし
 そのあと、園部はSAJに戻り、B級検定員、A級スキー教師、A級スポーツ指導者の資格などをとっています。
 しかし、長年続けた自分のスキー学校(天神平)の赤字が積もり積もって、一時スキー学校を閉じるに至っています。そして1年だけになるか、数年になるかは未定ですが、当スクールにワラジを脱いでくれた訳です。
 私にすれば、これも赤字のおかげで、赤字=めでたし、めでたし、です。
 で、オックスフォード大学・客員教授なみの超大物の加入により、私(土方あきら)は校長職を奪われ、追放されるのではないか?、と恐れ、おののいている次第なのです。

◇儲かっているスキー学校、校長は、どこの誰?
 参考までにお話しすれば、校長=経営者が持ち出しのスキースクールは、少なくないのです。一見、華やかに見えるスキー学校ビジネスですが、経営的には悲しい状態なのです。
 皆さん驚きましたか。エッ、驚かない、知っていた。
 皆さん、それならボランティア精神を発揮して、哀れなスキースクールと貧しいスキーコーチを救済するために、レッスンに入ってくださいよ! お願いです。

 ところで、磐梯ひじかたスキースクールと、校長の儲かり具合はどうなのか?、って?
 それは内緒!です。


◇2001シーズンも、幸い校長の座は守れました。(2001/ 2/22)
 2000シーズンの1冬だけかも?の予定だったゲストコーチ園部知昭さんと、2001シーズンも契約できました。しかし来2002シーズンの契約は、再び未定です。

 ちなみに園部さんのレッスンを受講いただいた北風さんのHPに、レッスン・レポートを載せてくれています(2001/ 2/24)。

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スキー話 / 愛の手を差しのべたい ユニセフ" (2000/11/3)

 ユニセフ(国連児童基金http://www.unicef.or.jp)に寄付をすると、どのように役立つかご存じですか。
 例えば、世界の子どもたちに、次のようなものを購入できます。
 3,000円で25kgの幼児栄養食。
 3,000円で11人の子供にスクールバッグ(小黒板など入り)。
 5,000円で24人の子どもに文房具セット。
 6,000円で600袋の経口補水塩。
10,000円で50人分の小児まひワクチン。
11,000円で教材入り教育キットを40人1クラス分。
20,000円で屋外でも使用可能な黒板15枚。
25,000円で家族用大型テント一式。
50,000円で教材入り緊急教育パッケージを3セット。
50,000円で安全な水を得るための井戸3ヶ所に設置
 わずかなお金でも、こんなにいっぱいのプレゼントができるのです。

◇私たちがスキーを楽しんでいる同じ地球上で、
 毎日1万1千人の子どもが飢えのために餓死し2億人以上の子どもが栄養不足やカロリー不足に苦しめらているのです。
 戦争や貧困のために、小学校に行けない子どもが約1億3千万人もいます。
 ジュニア・レッスンにも力を入れる当スクールとしては、黙って見過ごすことはできません。
 当スクールでは皆さまからのレッスン料のごく一部を、毎年、日本ユニセフなどに寄付をさせていただいています(なお近年では、大大赤字だった98/99の1シーズンを除きますが、ユニセフその他への寄付金の累計は200万円と少し (ユニセフなどへの寄付金の報告を別ページで開きます))。

 もし皆さまが、当スクールの会費を「郵便貯金総合口座」にお振り込みいただくと、利息全額が、開発途上国の福祉などに使われます。
 また今後も、売上の一部をユニセフなどに寄付する予定ですので、そのためにも皆さまもドンドン、ジャンジャン当スクールの売上に寄与してください。
 レッスンが目的ではなくても、ユニセフへの寄付が目的の方も、当スクールへお申し込みください。あれっ、何か変かな? でもこの場合も、世界の子どもと、恵まれない当スクールのコーチたちが救われます。??

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スキー話 / スキーヤーが選ぶ缶コーヒー勝手にベスト10(1996年度版)(99/11/11)

 つらい、悲しい、、そんなとき、ホットで、アイスで、ちょっと一服。あなたのハートを癒してくれるコーヒーは、、、?
◇第10位:ジョージアMAXコーヒー
 千葉、茨城で人気。ふる里を大切にする週末スキーヤーに。
◇第9位:サントリーBOSS
 ハードなスキーを目指す君に。(猪苗代の)振り子坂、大沢バーンを制した後に欲しくなる一本。
◇第8位:ネスカフェ・クラシックブレンド
 基礎スキーを極めたい人に。デモパンとのコンビネーションがGOOD。
◇第7位:JIVEミルクテイスト
 ナイターで滑り疲れた恋人たちに。あま〜いミルクテイストでもうひとがんばり。
◇第6位:ネスカフェ・モンテアルバン
 ショートターンの魅力に取り付かれてしまったあなたに。モンテアルバンでカミソリ ウェーデルンを目指せ!
◇第5位:BIRDY(ちょいにが)
 自分の滑りをシビアに見つめ治したい時にどうぞ。
◇第4位:JIVE荒びきネルドリップ
 ワイルドな滑りを目指す本格派に。これを飲んでエクストリームを極めよう。
◇第3位:エメラルドマウンテン
 低速種目にこだわりたい人にぜひ。これを飲めば谷開きシュテムは君のものだ。
◇第2位:ZOTTO
 誰よりも速く滑りたい、そんな競技指向のあなたに。ZOTTOで風になれ。
◇第1位:ネスカフェ・サンタマルタ
 我こそはベスト・スキーヤーと自負する君に。トンバ、ベルントに勝つには、これを飲むしかない!

 以上。スキーヤーがフィーリングと味わいで選ぶ、缶コーヒーベスト10でした。
  “空き缶のポイすてはやめよう”
    =大自然をこよなく愛する男・上田馬の助(こと上田喜一郎 1996年度版)

(現、上田 喜一郎さんの「中央林間鍼灸コンディショニングルーム」)

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スキー話 / 三浦 敬三、70歳の若者を叱る (2000/ 1/16)

 時は、1999年の11月12日。所は、東京台東区でのSIA賛助会員・プレス懇談会でのこと。私も参与としてご招待を受け、出席させていただきました。
 元カメラードSSの田中 Jさんも、国会議員の高鳥 修氏(元国務大臣)もちょうど70歳。「我々も歳をとり、、」と話していたところに、三浦先生が登場。
 95歳の三浦先生から見れば、70歳なんて、まだまだケツの青い若者?です。

 1999年における三浦先生のスキー歴を拝見すれば、冬の大半は国内の場で過ごし、2月?にはフランスへ出かけ、夏はニュージーランド。
 しかも、その懇談会の2週間後の11月下旬からは、カナダに出かけて、ウィスラーで滑ると、淡々と話されます。
 私の想像では、毎年100日か、150日以上お滑りになっているのではないでしょうか。

 私が30数年前にお世話になった恩師であり、また帰り道が途中まで一緒なので、SIAからガードマンを任命され、同行させていただきました。
 何と、行きも帰りも、タクシーではなく、電車とバスの利用です。
 「10月までは走っていたのだが、膝が痛くて今は中止し、毎日速歩で我慢している」そうです。本当にお元気ですね。

 そんな話がはずんでいる帰り道の途中で、再び田中 Jさんに遭遇。
 「私も毎日歩いています」と田中さんが話したところ、「それも速歩で、30分以上はしないと効果はないネ」と三浦先生に、70歳の若者がアドバイスを受けています。

 SIA会長の杉山 進さんが「三浦先生は、SIAの宝だけではなく、スキー界の宝物である」と挨拶されていましたが、まさにそのとおりです。

 身体も若いが、心はもっと若い95歳の若者・三浦 敬三先生が、いつまでも現役スキーヤーとして滑り続けることに期待しています。

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スキー話 / 雪の予測はカマキリに聞け (2000/ 3/12)

 虫や動物の本能は鋭く、例えば「沈没する船からは、ネズミが早くに逃げ出す」と言われています。
 「ナマズと地震」の関係も有名で、お隣の中国では本格的に研究されている、という記事を目にした記憶があります。
 「かまきりが高いところに産卵すると大雪」という、雪国での言い伝えがあります。私がスキースクールを開設する猪苗代(福島県)でも、この話は耳にします。

 それが単なる伝承ではなく、統計的にも信ぴょう性が高いとの記事が、日本経済新聞(1997/11/16)に出ていました。
 新潟県の酒井与喜夫(よきお)さんという人が、35年間に及ぶ実地調査で検証。研究成果をまとめた論文は専門家をうならせ、博士号を授与されたほど。
 10月から11月にかけて新潟県内を中心に、約300カ所で3,000個近い卵嚢(=巣)の高さを調査。それによる積雪の予測値は、気象台や建設省の実測データーと比較しても、ほとんど狂いがない。しかも、最新の気象予測でもむずかしいとされる2〜3カ月先の長期予報も、大きな魅力。

 その酒井さんのかまきり予報によると、「’98シーズンの新潟県の降雪量は、平野では少なめ、山間部ではほぼ平年並み」でした。
 しかし、残念ながらそのシーズンに関しては、酒井さんの「かまきり予報」は外れましたが、かなり精度の高い予測のようです。

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スキー話 / 猪苗代の美味いもの・美味い店 (2000/ 3/12)

 「猪苗代」は、誰もが知っている観光地で、あの野口英世の生まれた町です。

 「焼肉」と言えば「恭楽」。ここのユッケは絶対食べる価値有り、牛タンもかなり美味。
 「中華」と言えば「上海楼」。上品な味で全てが美味しいので、一度食べるとやみつき。
 上品ではないが、労働者の味の「とんとん」は、スタミナ焼き肉ラーメンが一押し。
 猪苗代スキー場内の「ヨーデル食堂」では、ラーメンが一押しの一品。
 「フランス料理」と言えば「アントレ」。ラザニアがお薦めで、ランチもやっています。

 「居酒屋」と言えば「KUSA」。年齢層が広いので、どなたでもご利用頂けます。豚の角煮は絶対お薦め。
 「村さ来」は、猪苗代で唯一のメジャーチェーン店。けっこう広めのお店なので大勢でもOK!
 (ちなみにお酒の飲めない土方は、1999年春まで、この店の名前は「ムラサコ」かと思っていたのです。)
 「スター」もお薦めの居酒屋。料理も美味しく、落ち着いたお店で、年齢層は高め。
 「ピザ」と言えば「梨の木」。注文を受けてから窯で焼くピザは絶品、他にビーフシチューも美味しい。

 「ケーキ」と言えば「ビルゴ」。店主さんが朝4時から作っているケーキなので、一度食べたらやめられない。お店からのお薦めはクレームビルゴ。
 ケーキもお勧め、食事もお勧めの「kawauchi」では、「土方あきら」がお気に入りのEM商品も売っています。
 猫魔や裏磐梯スキー場方面の入り口で、少し遠くに離れますが「モンクレー」のケーキも<遠出する価値あり。
 「アイスクリーム」と言えば「モンジュー」。手作りで牛乳が新鮮だから何でも美味しい。特別はごまアイス! 季節によっては、ビール味にめぐりあえる。
 味も良し、雰囲気も良しが「アルペン」のコーヒー。(主人の渡部はSIAの指導員。大昔に断られましたが、磐梯ひじかたスキースクールに移籍をお誘いしたほどのワザ使いの名手です。ちなみには猪苗代ではワタナベさんの名字は多いのですが、渡辺ではなく渡部が主流です。)
 日本そばの美味しい店も何軒かありますが、意外と知られていないのが「ラ・ネージュ」のソバの味は猪苗代で1、2を競うこと。(主人の遠藤さんは、アジア大学?のアルペンスキー部のOBで、とうぜんスキーの名手でした。)
    (大栗 晴恵+ほか)
関連link

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スキー話 /
2000好きなゲレンデ・嫌いなゲレンデ (2000/ 4/10)

 1999年11月に、東京池袋で「ウインターリゾート2000」が開催され、来場者を対象に日本ケーブルがアンケートを実施。
 その中の「滑り方についての意識」は、以下のように集計されています。
 スキー関係者の方が、今後の方向を考える上で参考になるのではと思い、ご紹介させていただきます。

【滑り方のスタイル】

スキーボード
▼以下では、「すでにしている」という回答者が大半▼
自分の技術に合ったコースを繰り返して滑る56.7%56.7%
整備された長いコースを一気に滑る61.3%60.6%
できるだけイージーに楽しむ29.6%34.1%
▼以下では、「まだしていないが、今後したい」という回答者少し増える▼
地形や雪質の変化を楽しみながら滑る64.6%59.9%
いろいろなコースにトライする64.0%68.1%
スピードやスリルを楽しむ37.9%45.5%
▼以下では、「まだしていないが、今後したい」という回答者が半数前後▼
より高い技術に挑戦する61.7%65.8%
目立つ滑り・かっこよい滑りをする23.2%29.8%



 (日本ケーブル(株)発行 「スノービジネスNo.82 2000春号」より)

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スキー話 / 素人さんには内緒?の数字=天国と地獄
 スノービジネスの推移MaxとMin (2006/ 8/06)

天国の時代地獄の時代備考
スキー人口 '93シーズン 1,860万人(レジャー白書) '05シーズン 750万人(レジャー白書) 60%減
国内
スキー・スケート・スノボ用品市場
1991年 4,290億円(4,500億円という別DATAも)、1995年 4,100億円
(ちなみにテニス用品売上 1995年 1,100億円)
1998年 2,890億円、
2004年 1,910億円
(テニス用品 2004年 750億円)
(98年時点で33%減)
55%減
(テニス32%減)
スキー用品専門店 1990年には約800社あった。 倒産や廃業で1998年現在は130社に減った。 1997年秋、72店舗のオリンピックスポーツが、負債総額348億円で倒産。 84%減
アルペンスキーの生産台数
世界のSki 1993年 610万台。
日本の市場:1991年280万(国産+輸入)
世界のSki 2002年 420万台。
日本の市場:2003年 40万弱輸入+小賀坂分
世界のSki 61%減
日本市場85%ほど減
国産スキーメーカー数 1960年代頃 約30社 2000年以降 約 5社 83%減
JR東日本・シュプール号 1985年度から運行を始めた。設定ピークは1993年度で1,098本(予定本数)、29万人を輸送。 2000年度のアルペン号はわずか122本(同)、2万人。そして2002年度、「シュプール号/アルペン号」と冠がつく東京発着の列車はゼロになった。 100%減
天国の時代地獄の時代備考
長野県内のスキー利用客数 ピーク時の'92年(約2,200万人)
'05シーズンは延べ879万人(前年比6%減少) 4割近くまで落ち込んだ
志賀高原全体でのスキー教育旅行 1994年度 467校 受講生実数140,000人、 コーチ数13,000人、売上 10億5千万円 2003年度(当HP管理人推定)305校 受講生実数71,424人、コーチ数6,300人、売上 5億4千万円 売上で半減
磐梯ひじかたスキースクール 96-97年度 レッスン売上 48,014,052円。
スタッフ 37名(内常勤 18名)、
学生団体・生徒実数 7,112人
03-04年度 レッスン売上 25,023,057円。
スタッフ 16名(内常勤 10名)、
学生団体・生徒実数 3,939人
ほぼ全で半減。が、未だに存続。
日本のスキー場数 '99シーズン スキー場総数703ヶ所
(新設スキー場 9ヶ所)
ここ10年で50箇所近くも破綻。2004年3月現在 612ヶ所(新設スキー場 1ヶ所?)。黒字収支だったのはたったの1割。05年シーズンは559に。
長野県内では2003年度スキー場数は百余りで、ピーク時からほとんど減らない。
13%減
他の激減と比べまだ淘汰が不十分。 そのワケ
チェアーリフト建設基数 1984〜90年 170〜226基 1996年 100基以下 6割%減かそれ以上
リフト(普通索道)乗車回数 '92シーズン 7億5千万人で、ピーク。
収入は93、95年の約1,500億円
'00シーズン 5億2,278万人
収入は04年に890億円(または810億円)
30%減
41%減
長野県内のリフト輸送人員 リフト中心とする特殊索道の輸送人員は、1990年代初めは2億5千万人かそれ以上。 同 輸送人員は、2003年度で延べ1億2千3百万人と半減。 半減
スキー関係
 書物出版数
1973年11冊 国会図書館 蔵書検索ほか
スキー場名天国の時代地獄の時代備考
羽鳥湖スキー場(福島県天栄村) 1980年に設立、1994年5月期には年商17億円をあげていた。 2003年5月期で4億8700万円にまで減少し、今'04冬のスキー客も約14万人にまで落ち込んだ。 2004-4 自己破産。負債総額約24億円。→9月頃、リゾートトラストに経営譲渡。
新穂高ロープウェイスキー場(岐阜県新穂高温泉) 1973(昭和48)年の営業開始 '02=約1万人、'03=16,171名と、利用者減。 スキー場廃業(2003/3/30)
大鰐温泉スキー場(青森県) 多いときで年間30万人いたスキー客は、半減 藤田観光が撤退し、スパ施設は閉鎖。開発を主導したタウン開発も、3セクへの貸付金33億円を放棄することなどを条件にスキー場から手を引いた。 バブルでの超過大投資。3セクは69億円もの負債を抱え込むが存続。
八幡平スキー場(岩手県)
 1979年に開業。  ホテル宿泊者数は、95年の6万6千人、スキー場客は28万2千人。  99年には、ホテル宿泊者数は4万5千人(-32%)に、スキー場客は17万9千人(-37%)に減少。(2001年6月期)で3期連続の経常赤字、累積赤字は17億円の見込み。 JR東日本は撤退したが、スキー場は存続。
八幡平リゾート(岩手県)
 1979年に開業。91年はピークの約30万人の利用客。 昨シーズン('02?)は約16万人と半減。 JR東日本は累積赤字約50億円を負担し撤退、日本ケーブル株引き受け。
夏油高原スキー場(岩手県北上市) 利用客が減少。当初の年間25万人。 昨季は約17万人に落ち込み、収入は開業以来最低の約6億6000万円(同7%減)、当期未処理損失は約8億4000万円に上る。 第3セク筆頭株主の国際興業が撤退、加森観光が引き継ぎ。
天元台高原スキー場(山形県米沢市)  63年にオープン。利用客は、91年に約30万人だった。
'01シーズンは6分の1に落ち込んだ。累積赤字は約6億円に膨らんだ。 2001秋JTBや地元が撤退表明。→市内から出資で3セク・西吾妻ロープウエー
「神立高原スキー場」(新潟県湯沢町)

「グランデコ スキーリゾート」(福島県北塩原村)
 二つのスキー場のピーク時のシーズン来場者数は合計で約120万人。  二つのスキー場の'03シーズンの来場者数は合計で約70万人と、ピーク時の六割以下に減少。 ◇神立高原 2003/3月に経営会社が破産宣告→東急不動産が運営を請け負うことで管財人と合意。
◇グランデコス 2003/12月中に東京急行電鉄から→東急不動産が約15億円で営業譲渡。
群馬県川場村にオープンした川場スキー場 ピーク時の35万6000人  ただ、過大な負債を背負っていたとはいえ、資金収支の面では黒字を保っていた。99年度のシーズン入場者は20万5000人。ピーク時には及ばないが、わずかながら増えつつあった。
再建の進む川場スキー場
97年、大都工業が会社更正法→ 2000年、第3セクの武尊レクが民事再生法。
2005年、斑尾高原開発が民事再生法 → 川場リゾートの株式73%をOPEパートナーズ取得。

スキー場のいろいろな金額 2008/ 8/** 磐梯ひじかたスキースクールがお勧めのリンク


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スキー話 / 素人さんには内緒?の数字= スキーの生産台数 (2005/11/28更新)

アルペンスキーの生産台数の推移  平成14、15年2月発行:スポーツタイムス スポーツ産業新報、日本スポーツ工業新聞、日本スポーツ用品輸入協会の各紙掲載記事、資料を参考
1990 1993 99〜2001 2002 2004
世界のSki 550万  610万  440万 420
日本の市場:91年280万(国産+輸入)
93年125万台輸入  03年40万弱輸入+小賀坂分
Binding 380万
2000年からBindingとSkiのシステム化が始まる
SKIBoots 345万
 上記は、スキー用具の達人である中山さんのショップGRANDE(東京都世田谷区)HP内にあるskinews
 『地球温暖化、スノースポーツ衰退を加速させる?スキーメーカーの戦略』より引用しています。


世界のスキーマーケットと日本のスキー業界が買いつけ
 1980年の後半から1990年にかけて、
 世界中で生産されるスキーは約200万台、その半分の100万台が日本のマーケットに送られている。

 そしてイタリアの有名スキー靴メーカーN社の総生産量は55万足、そのうち38万足が日本に送られている。

フランスのメーカーR社。
 正規の輸入用品としてスキーが買われたのは1952年、オスロオリンピックの年から。
 R社のスキーが300台輸入されている。10万円近い高価なものであった
 1960年3500台、
 1970年から輸入商社三井物産が扱う様になって2万台と一気に拡大した。20年間で100倍になったのである。
 1972年札幌オリンピックの年に2万5千台、
 1974年に5万台と倍々に増え続け、
 1980年には20万台となった。
  この前後から併行輸入業者が手をつけて輸入の正確な数値は判らなくなった。
 1985年には推定22万台、
 1989年、90年には推定38万台が日本のマーケットに出たと思われる。
 1990年、「今年の目標は22万台と日本側と話を進めている。」と語った。


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スキー話 /
素人さんには内緒?の数字= スキー人口(2008/11/17更新)

◇'97、'98シーズンのボード人口については、「レジャー白書」とJSBA(推定値)では3倍前後も数字が違います。誤算の範囲を超えています。
◇'03シーズンのスキー人口とボード人口は、760万人対430万人(1.8:1)となっていますが、私はもっとスキーヤーの比率が大きいのではないかと感じます。如何なものでしょうか?(レジャー白書)
◇'93シーズンのスキー人口は、同じ「レジャー白書」からの数字なの2種類あります。この年度の原本を管理人は持っていないのため、チェック出来ません。しかも90万人と5%もの大きな誤差なので、併記しておきます。

◇ 国内スキー人口 ◇ (正確かどうか不明の数字も、含まれます)
ボード人口青色数字は、日本スノーボード協会(JSBA)調べ 97、98年度は推定値
シーズン総人口スキー人口ボード人口備 考
'56シーズン
 昭和31年

600万、または
700万人とも
誕生前出典不明
'83シーズン1,040万人
1,040万人
「レジャー白書」(余暇開発センター)
'87シーズン1,230万人
1,230万人
「レジャー白書」(余暇開発センター)
'88シーズン1,240万人1,240万人5万人「レジャー白書」(余暇開発センター) + JSBA
'89シーズン1,520万人1,520万人7万人「レジャー白書」(余暇開発センター) + JSBA
'90シーズン1,380万人
1,297万人
1,380万人
1,290万人
10万人
7万人
「レジャー白書」 + JSBA
出典不明
'91シーズン1,700万人1,700万人15万人「レジャー白書」(余暇開発センター) + JSBA
'92シーズン1,760万人1,760万人20万人「レジャー白書」(余暇開発センター) + JSBA
'93シーズン1,860万人+ 30万人1,860万人30万人「レジャー白書」(社会経済生産性本部) + JSBA
'94シーズン1,720万人+ 40万人1,720万人40万人「レジャー白書」(余暇開発センター) + JSBA
'95シーズン
1,630万人+ 60万人

1,630万人
1,770万人
60万人
40万人
「レジャー白書」(余暇開発センター) + JSBA
出典不明
'96シーズン1,670万人
1,670万人
(対前年96.4%)
80万人
「レジャー白書’97(余暇開発センター)」 + JSBA
シーズン総人口スキー人口ボード人口備 考
'97シーズン1,680万人
1,360万人320万人
100万人
「レジャー白書」(社会経済生産性本部)
JSBA(推定値)
'98シーズン1,800万人
1,436万人
1,400万人
1,020万人
400万人
416万人
160万人
「レジャー白書」
出典不明
JSBA(推定値)
'99シーズン1,660万人1,230万人430万人'98長野オリンピックの影響で、ボード人口が急増
'00シーズン1,620万人1,160万人460万人「レジャー白書」(財・自由時間デザイン協会)
'01シーズン1,610万人1,080万人530万人「レジャー白書」(財・自由時間デザイン協会)
'02シーズン1,630万人
1,090万人
540万人
「2003年レジャー白書」
'03シーズン1,190万人760万人
(対前年70%)
430万人
(対前年80%)
「レジャー白書」(社会経済生産性本部)
'04シーズン1,230万人760万人470万人「レジャー白書」(社会経済生産性本部)。前年比でSKI 28%の減少。
'04シーズン
55%?45%?前年比の人口。リフト乗車回数比により算出
'05シーズン
 平成17年度
1,230万人
710万人520万人
前年比でSKI 7%の減少。「レジャー白書」社会経済生産性本部
'06シーズン1,030万人
610万人
420万人
「レジャー白書2007」社会経済生産性本部
'07シーズン960万人
560万人
400万人
「レジャー白書2008」社会経済生産性本部
 1996年度までの「レジャー白書」では、スキーとスノーボードを分類せずに集計。従って、それまでのスキー人口には「」が付いている。
 なお、「レジャー白書」スノーボードについては 1997 年から調査データ有り。
スノースポーツ人口の推移

★その他参考資料 (スキー人口・ スノーボード人口)
◇釣り具好調 スキー不振(日経新聞1999/12/11朝刊)
 成熟するアウトドア用品の市場。
 余暇開発センターの調査によれば「登山・キャンプ用品」の市場規模は98年が1,760億円。前年比で1.1%減少。90年代に入って拡大傾向が続いていたが、96年(1,800億円)を境に縮小に転じた。
 アウトドア関連の中では「釣り具」が一貫して伸び続け、98年は前年と同じ2,950億円を記録。一方、ここ数年極端な不振に直面しているのが「スキー・スケート・スノーボード用品」。91年に4,290億円だったのが、98年には2,890億円にまで縮小した(-32.6%)。

◇シュプール号は1985年度から運行を始めた。
 しかし、スキー人口が減ると当然ながらシュプール号の利用者も少なくなる。JR東日本がシュプール号を最も多く設定したのは1993年度で1,098本(予定本数)、29万人を輸送した。これが2000年度のアルペン号はわずか122本(同)、2万人であった。そして、2002シーズンは「シュプール号/アルペン号」と冠がつく東京発着の列車は0になった。
* JR東日本に見る 最近のスキー輸送対策(鉄道ジャーナル)より

◇参考サイト

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スキー話 / 素人さんには内緒?の数字= リフト乗車人数 (2008/ 3/10 更新)

 33,467,553人。
 1998シーズンのスキー索道利用数は、不景気と雪不足の影響を受け、前年比で83.7%と落ち込んでいます。
 この数字は、その1998シーズンの普通索道(=ゴンドラ、ロープウェイ)の利用人数です。それに特殊索道(=スキーリフト)を合わせると、5億6,868万人(日本ケーブル発行スノービジネス1998秋号)。
 もし一人が5回平均の利用と仮定すれば、2億8千万回ほどもの乗車回数になります。
 もし一人が2千円平均のリフト代を払ったと仮定すれば、金額は1兆1,374億円。

 500円のラーメンなら2,843億杯分=4人家族が毎日3食ラーメンを食べ続けても、6,492年もかかる金額です。仮に30歳で子どもを生むとすれば、概算で216代めの子孫まで続きます。

◇ 普通索道の乗車回数 ◇ (=一般のゴンドラ、ロープウェイ、リフトなど)
シーズン乗車回数前年比売上
'92シーズン7億5千万人
ピーク。この年度については出典不明
'93シーズン

売上収入は約1,500億円
'95シーズン6億9,799万人
----
売上収入は91,500億円弱
'96シーズン7億3,583万人+ 5%
'97シーズン6億4,373万人−16%
'98シーズン5億3,521万人−17%特殊索道(=スキーリフト)を合わせると、
5億6,868万人
'99シーズン5億4,717万人+ 1%
'99シーズン5億2,300万人
この数字については出典不明
'00シーズン5億2,278万人− 4%
'04シーズン

売上収入は890億円(または810億円)
◇管理人の注:
 ▲上の表は、
 「日本ケーブル(株)」が発表の数字です(出典不明を除く)。多分、普通索道(=ゴンドラ、ロープウェイ)だけでなく、特殊索道(=スキーリフト)も含まれている?ような気がしますが、不確かです。

 ▼下の表は、
 「乗車回数」は 国土交通省「鉄道輸送統計調査」特殊索道旅客輸送実績より。
 その他の、リフト売上、スキー人口、スノーボード人口は、 財)社会経済生産性本部の「レジャー白書」より。
年度乗車回数前年比売上(億円)
スキー人口
スノボ人口
1990年759,206千人
1,310
1,380万人

1991年771,758千人
1,410
1,700

1992年791,792千人
1,510
1,760

1993年796,906千人
1,510
1,770

1994年749,840千人
1,420
1,670

1995年788,896千人
1,490
1,630

1996年700,199千人
1,320
1,670

1997年575,705千人
1,290
1,360
320万人
1998年580,023千人
1,160
1,400
400万人
1999年539,972千人
1,130
1,230
430万人
2000年509,496千人
1,020
1,160
460万人
年度乗車回数前年比売上(億円)
スキー人口
スノボ人口
2001年491,591千人
990
1,080
530万人
2002年468,471千人
920
1,090
540万人
2003年417,453千人
890
760
430万人
2004年383,757千人
810
760
470万人
2005年

700強?
520万人
平成17年度輸送実績
(2005年度)
旅客数量合計 441.0百万人
普通索道計 61.8百万人
特殊索道計 379.2百万人
+0.5%
+15.2%
-1.5%




 ▼下の表は、
 「全国スキー安全対策協議会」発表の数字です。
 普通索道は含まれません。2月の月間述べ輸送人員であって、1シーズンに換算したものでは無いと思います。こちらも不確かで、申し訳ありません。
◇ スキーリフトなどの乗車人員 ◇(調査は2月)スキーヤースノーボーダー
'00シーズン5,497万人− 4%3,610万人 66% ( ---- )1,888万人 34% ( ---- )
'01シーズン4,970万人−9.6%2,983万人 60%(-17.4%)1,987万人 40%(+ 5.3%)
'02シーズン5,053万人+ 1.7%2,840万人 56%(- 4.8%)2,213万人 44%(+11.4%)
'03シーズン4,390万人-13.1%2,391万人 54%(-15.8%)1,999万人 46%(- 9.7%)
'04シーズン4,074万人-7.2%2,246万人 55%(-6.10%)1,828万人 45%(- 8.6%)
'05シーズン4,240万人+4.10%2,336万人 55%(+4.00%)1,904万人 45%(+4.20%)
'06シーズン3,459万人-18.4%1,820万人 53%(-22.10%)1,638万人 47%(-14.00%)
'07シーズン3,637万人+5.10%1,948万人 53%(+7.00%)1,689万人 47%(+3.10%)
★参考資料
1= 「野沢スキー場(長野県)のピークでは、1シーズンのリフト売り上げが45億円だったのが、1999シーズンでは20億円弱(たぶん15億円ほど?)」とのこと。1/3への売り上げ減です。
2= 「猪苗代スキー場(福島県)では、1995シーズン頃がリフト利用数のピークで、2002シーズンでは約その半分」と言われています。
 これは猪苗代や福島県だけに限らず、日本全体の傾向と見て良いでしょう。
3= 釣り具好調 スキー不振(日経新聞1999/12/11朝刊)
 成熟するアウトドア用品の市場。
 余暇開発センターの調査によれば「登山・キャンプ用品」の市場規模は98年が1,760億円。前年比で1.1%減少。90年代に入って拡大傾向が続いていたが、96年(1,800億円)を境に縮小に転じた。
 アウトドア関連の中では「釣り具」が一貫して伸び続け、98年は前年と同じ2,950億円を記録。一方、ここ数年極端な不振に直面しているのが「スキー・スケート・スノーボード用品」。91年に4,290億円だったのが、98年には2,890億円にまで縮小した(-32.6%)。
4= FRaU東京コンシェルジュ #102「スキー最新事情」(ホイチョ・プロダクションズ)より
 '04シーズン 1,230万人 760万人 470万人 「レジャー白書」(社会経済生産性本部)。前年比でSKI 28%の減少。
 わが国のスキー人口は、ピークの92〜93年シーズンには1,770万人もいましたが、04年は470万人にまで減少。おかげで、かつて700を数えた日本全国のスキー場も、05年シーズンは559に。
 しかも、ゲレンデは年間集客数が10万人を割ると維持できないと言われますが、全ゲレンデの8割までが10万人以下。
 ピークには年間143万人を集めた野沢も04年は38万人。同じく144万人を集めた八方尾根も45万人にまで減少しています。

   福島県・各スキー場の詳しい2001〜2008入り込み情報を見たいときは、ここをクリック
   猪苗代スキー場の詳しい1995〜年度情報を見たいときは、ここをクリック

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スキー話 / 素人さんには内緒?の数字= リフト建設基数 (1999/ 8/25)

◇リフト建設基数ほか
シーズンスキーリフトの建設基数新設スキー場スキー場総数
チェアーリフトゴンドラ
'96シーズン79基3基3ヶ所683ヶ所
'97シーズン86基2基7ヶ所690ヶ所
'99シーズン36基2基9ヶ所703ヶ所

 ちなみにチェアーリフトの建設基数を年代別に見ると、
◇年代別チェアーリフトの建設基数
年代建設基数
1976〜80年66〜117基
1981〜83年≒150基
1984〜90年170〜226基
1991〜94年105〜154基
1996年
79基
'97シーズン86基
'99シーズン36基
 建設基数が 100を割ったのは、1978年以来の18年ぶりのこと(日本ケーブル発行=スノービジネスの複数号より)。
 バブルが崩壊したこともあり、リフト建設基数はこれほど激減しています。あるいは、それでもこんなに多くのリフトが、毎年造られているのと見ることもできます。
 その結果、'96シーズンの新設スキー場は3カ所、廃業が1カ所、日本全国のスキー場総数は683カ所です。

◇参考:リフトなどの建設コスト
* コクドは、新潟県湯沢町の苗場スキー場で、全長5,481メートルのゴンドラリフトを、来2001年11月に設置する。苗場に近い田代、かぐらみつまた両スキー場を、約15分で移動でき、現段階では「苗場・田代ゴンドラ」は世界最長のリフトになる。
 関連施設経費を合わせた総工費は40〜50億円ていど。(2000年現在)
    その後2001年12月に開通した「苗場・田代ゴンドラ」(愛称「ドラゴンドラ」は、あのユーミンが名付け親)。
    傾斜長は世界最長の5,500m、支柱本数は35本。運転速度は 6m/s(= 時速 22km/h)で、苗場〜田代間を約15分で結ぶ。原動機出力は1,300kW。
◇北志賀の竜王スキー場(長野県)
 (民事再生法の適用を申請2005年07月。負債70億円。)91年に160人乗りのロープウェイを60億円で完成。

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このページの新設日 : 1999/07/25.
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