航空貨物企画でのオペレーシヨンズ・リサーチ手法の展開
はじめに
小学校の通信簿には成績で甲、乙、丙,丁があり、私は二年生から五年生まで全科目、乙という成績であった。学校では皆勤を含めて表彰状を頂いたことは一度もなく、また親から勉強しなさいという言葉を聞いたこともない。小学校を卒業して高等小学校で進んだ。卒業後の進路は自分で決め、人に相談したことはない。学費、衣食住、すべて無料、親からの経済的支援なしに五年制中等学校卒業資格を取得できる逓信省航空局航空機乗員養成所本科生の試験をうけた。受験勉強せず、運よく合格して、昭和十六年四月、米子航空機乗員養成所に入所した。十九年四月より新潟航空機乗員養成所に転属、二十年八月、終戦、九月に卒業した。五年制中等学校卒業資格が付与された。一ヵ月後の十月より米国陸軍民間検閲局に就職、二十四年十月まで満四年間勤務した。二十五年十月より米国空軍雁の巣基地空軍憲兵隊通訳となり二十八年三月まで二年半勤務し、四月より阪急電鉄鰍ノ就職した。高等小学校を卒業したのが十四歳であったが、働きながら専門学校、大学に通学し、二十八年度学卒として阪急電鉄鰍ノ採用された。学生が学費、生活費を稼ぐためにアルバイトをするのと異なり、仕事が本業であった。限られた時間内に勤務と通学とを行うには、合理的な考えが必要であった。
終戦直後から検閲局で検閲管理業務を二十六ヶ月従事していたが、これからは学歴社会を迎えることになるため、専門学校卒業資格をとっておくことが必要と判断した。同じ検閲局内で英文翻訳係に転職、これと同時に専門学校英文科第二部(夜間)に入学した。仕事と学校授業内容とを関連付けておいたほうが、卒業しやすいと判断した。米軍憲兵隊の通訳をして短期大学英文科を卒業した。昼間の大学にゆけるような勤務時間の調整をすれば大学卒業も可能と判断し、大学英文科三年に編入し、二十八年三月に大学を卒業した。
働きながら通学するには健康であることが前提条件である。一日、二十四時間のうち、食事と睡眠時間とを差引き、通勤と労働時間とを差引くと残りが、通学と移動に必要な時間である。学校でよい成績をとるために勉強するのでなくて、各科目でどの程度の時間を投入すると、及第点となるか?綿密に計算し、時間的な余裕があれば、休息時間に廻すという作戦計画を行った。戦後というのは食料事情が悪く、当時、結核というのが、青少年にかかりやすい病気であった。合理的な考えをしないと就職や通学ができない。
学校は英文科で就職した阪急電鉄兜汢ェ営業所の仕事は英語が活用できる旅行業務であった。八年経過した時点で貨物部門に転職した。海外旅行業務と貨物業務との仕事の選択には、圧倒的に海外旅行業務の希望者が多いが、仕事の内容として、研究すべき題材が多いのは貨物であり、私はオペレーシヨンズ・リサーチORという手法で、これにチャレンジすることした。このORは第二次世界大戦末期の一九四五年に英国軍隊で開発された手法であり、日本語では「企画と運用」という本で昭和三十三年ごろ紹介された。私は戦後、米軍検閲局に勤務し、OR的な業務処理を行い、成果が挙ったため、これを私の「伝家の宝刀」として、新規業務にチャレンジすることにした。海外旅行の仕事を八年行い貨物部門に転勤した。仕事の内容は百八十度転換したが、海外旅行で研究した手法を貨物業務に応用するというフードバックの実務を体験した。
「題材」
1 オペレーシヨンズ・リサーチ手法の応用体験
2 海外旅行代理店業務の市場分析体験
3 航空混載貨物差益配分方法の特命事項
4 航空貨物研究報告シリーズ(前編)
5 航空貨物研究報告シリーズ(後編)
6 航空混載差益配分理論と展開
7 大学夜間公開講座ORと混載差益配分
8 大学夜間公開講座需要予測と需要分析
9 国際混載貨物協会での運賃申請業務
10 代理店でのコンピユータ導入企画
11 代理店収入管理共同研究会
12 総務部事務機械課と貨物部企画課兼務
13 富士通EDP論文集第1集(輸送方法判定)
14 富士通EDP論文集第2集 (流通経費分析)
15 国際航空貨物需要予測委員会委員
16 航空混載貨物運賃設定セミナー講師
終り
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