My Favorite 11:
Shoei FG42 Type I (Early Model) & II (Late Model)
Late Productions, Dummy-Cartridge Models
「私のお気に入り」コーナーは、これまでに紹介してきたモデルの中から特に気に入っている1丁を少し詳細に紹介しようというつもりで始めたページです。ジャンルごとにまとめて紹介したページではスペースの関係で紹介しきれなかった内容を写真と文字で解説していきます。
その第11弾は、1994に新興モデルガン・メーカーとして登場した「ショウエイ」(松栄製作所)の「FG42 タイプT」と「FG42 タイプU」です。余りにも複雑な形状と独特のメカニズムを持ったユニークなモデルなので、大手のモデルガン・メーカーがどこも手を出さなかった異色のモデルの登場です。これまでは1丁ずつの紹介でしたが、今回は同種のモデルであることもあって、2丁を比較しながら同時に紹介することにしました。超大型高級モデルを同時に2丁も紹介する豪華企画です。たっぷりとその魅力をご堪能ください!
The 11th models of "My Favorites" corner are Shoei FG42 Type I & II (zinc alloy/iron).
In 1940, one year after World War II started, the German Military started
planning a new type of soldier weapon which would consist of good points
of soldier rifles, sniper rifles and machine guns, that is, the weapon
had to be a selective-fire, light-weight rifle, which could fire the standard
issue 7.92x57mm ammunition, and capable of controllable full automatic
fire, as well as accurate single shot semi-automatic fire. They asked eight
weapon makers to design such a weapon, but many of them thought that it
would be impossible to make one. Early in 1942, however, two of them, the
Rheinmetall-Borsig and the Krieghoff, began the development of the requested
weapon. The German Air Force decided to assign the Rheinmetall prototype
model as an official weapon, but the Rheinmetall was so busy in making
other military weapons that the Krieghoff took the place of producing the
new weapon. The new weapon was named FG42, Fallschirmjager Gewehr 42, and delivered to the German Air Force. The first model, so called FG42-1
after the war, was produced in limited numbers, no more than 2,000, because
air force soldiers complained some crucial bad points of the model soon
after they started using them. Then the Krieghoff redesigned it into so
called FG42-2, later called FG42 Type II, which covered some of the weak points of the first model. However, the
second model was also produced in limited number, say, about 5,000.
The modelgun of FG42 was first produced in 1994 by a new modelgun maker Shoei, which is located in Kawaguchi City, Saitama Prefecture, about 20 km north
to the center of Tokyo. It was FG42 Type I. It had almost the same mechanism
as the real one, so you can enjoy the style and mechanism of the real FG42.
But it had to be made mainly from zinc alloy, with some iron parts, because
of the Gun and Sword Restriction Law. The first production, which was \96,000,
was a dummy cartridge type, but later Shoei added its blowback type, which
was also \96,000. Then, in 2000, Shoei reproduced the Type I dummy cartridge
model with a scope for \120,000, and they also produced the Type II dummy
cartridge model for 128,000 in 2001. To our great surprise, because of
its precise looking and machanism, the Type II modelgun has been collected
by MUSEE ROYAL DE L'ARMEE ET D 'HISTOIRE MILITAIRE (the Belgian Royal Military
and History Museum) in Brussels, as one of her national treasures.
. The modelguns of FG42 Type I and II were produced only in limited number for a short period, so it is difficult now to get them as a new one. If you look for them in the Yahoo auction, you may luckily find some good-conditioned secondhands of them, but they will be more expensive than the price when they were first sold as a brand new one.
| ☆概略☆ -Outline- |

同時期のドイツ軍小火器の主役であったMP40(手前、マルシン)とKar98k(奥、タナカ)と一緒に |
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<実銃について>
実銃は、第2次世界大戦中にドイツ軍の要請を受けたラインメタル・ボージック社が空軍降下部隊(空挺部隊)専用に開発し、クリーグホフ社が生産した自動小銃で、正式には
"Fallschirmjager Gewehr 42"(降下猟兵小銃42) と呼ばれているモデルである。セミ/フル・オート射撃が可能な自動小銃であるが、その重厚なスタイルと存在感は、自動小銃というより軽機関銃といった方がいいのではないであろうか。ただし、そこは空挺部隊用に開発されたモデルであるので、上から見ると横からの重厚なスタイルからは想像できないほどスマートにできており、実銃の重量も約4.5sに抑えられている。生産された時期により、前期型と後期型に大きく分けられ、戦後はそれぞれ「FG42/T」「FG42/U」と呼ばれるようになった。
おりしも本銃が開発された1942年頃はドイツ軍が連合軍に対してやや劣勢になりつつあった時期で、軍はその状況を打開するために兵器メーカーに対して次のような条件を出して新兵器の開発を要請した。
・全長が1m以内であること
・重量がK98k程度であること
・軍制式の7.92mm×57oライフル弾を使うものであること
・セミオート、フルオートの切替が可能であること
・サブマシンガン、スナイパーライフル、グレネードランチャーとして使えるものであること
・銃剣を標準装備とすること
当然のこととして、上記のような過酷な条件に、ワルサーやモーゼルといった大メーカーが開発を断念した中で、ラインメタル・ボージック社とクリーグホフ社が試作品を提出し、結果的に前者のモデルが採用されて、制式に「FG42」の名前が与えられた。ところが、実際にそれを生産したのはライバル・メーカーであったクリーグホフ社で、1943年中にそこで約2,000丁が生産されて実戦に投入された。そして、戦場からの実戦使用報告によって前期型の欠点が指摘され、それを元にクリーグホフ社が数々の改善を行い、1944年には後期型が姿を現し、再び同社で約5,000丁が生産された。しかし、戦争末期に開発・生産されたため、実戦での活躍はほとんどなく、広く知られないまま姿を消してしまったモデルであった。
前期型と後期型は一見するとバット・ストックの材質のちがいのみのように見えるが、前期型は銃弾の威力に対してやや非力で耐久性にも問題があったので、後期型は全体的に大柄で丈夫なものに作り直され、重量的にも200g(4,700g→4,900g)増加している。
※実銃資料…月刊Gun誌1989年3月号「第2次世界大戦の小火器:ドイツ編 Sturm GewehrE FG42」
<モデルガンについて>
ドイツ軍の大型自動小銃であること、MP40(いわゆる「シュマイザー」)やKar98kライフルほどポピュラーなモデルではないことから、モデルガン化されるとは誰も思っていなかったモデルであったが、「それならば自分で作ってしまえ!」という意気込みで、埼玉県川口市(マルシン工業のある場所。鋳物工場がいっぱいある町)にある松栄製作所という会社が、1994年にモデルガンを発売した。同社はそれまでCMCの製品をOEM生産していた会社であり、KSCがMGCの廃業でメーカーとして名乗り出たのと同様に、CMCのモデルガン生産撤退を機に自社ブランドのモデルガンを製作することにし、その第1弾に選んだモデルが「FG42タイプT」であった。
当初はいわゆる「タイプT」のダミー・カート・モデル(96,000円)だけであったが、まもなくそのブローバック・モデル(96,000円)が追加され、2000年には「スコープ付きタイプT」(ダミー・カート・モデル、120,000円)が再販され、2001年には「タイプU」(ダミー・カート・モデル、128,000円)が新たに追加された。なお、ダミー・カート・モデルをブローバック・モデルに替えるためのブローバック・キット(35,000円)や専用のスコープ・セット(35,000円)、グレネード・ランチャー・セット(33,000円)が発売されたこともあった。
それにしても、このモデルガンはとてもよくできている。ショウエイからは他にMP44、Mkb42(H)、G43が発売されているが、いずれも本物と見まごうばかりの外観とリアルなメカニズムで作られている。特に、後発のFG42タイプUはその作りの良さが認められ、なんとベルギーのブリュッセルにある王立軍事歴史博物館に国の資産として収蔵されたそうである。ただし、実銃のメカニズムをできるだけ忠実に再現しようとしたことから、モデルガンとしてキャップ火薬でブローバックさせるにはかなり無理があり、発売当時はアームズ・マガジン誌やサイト誌(同人誌)などでチューンナップ方法が紹介されていたが、それでも快調なブローバックは期待できなかった。メーカーとしてもその点はわかっていたようで、再販モデルは観賞用コレクションを目的としたダミー・カート仕様とされた。
なお、ショウエイによると、G43とMKb42(H)は「完全限定品」として生産を終了しているが、FG42については再販される見込みが残っている。 |
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| ☆詳細☆ -Detail- |
では、上記の部分も含めて細部を先端から後端まで順を追って見ていくことにする。前期型(タイプT)と後期型(タイプU)を比較するために、基本的に左側を前期型、右側を後期型とする。
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| 前期型(タイプT) |
後期型(タイプU) |
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| ◇フラッシュ・サプレッサー(マズル・ブレーキ) |
K98kにも使われている7.93o×57oのフルロード弾をフル・オートで撃つと、かなりの火炎が銃口から吹き出し、敵から視認されやすいものと思われる。そこで、本モデルにはかなり大きめのフラッシュ・サプレッサーが装備された。前期型のそれは楕円形のピロシキのような形をしたものに小さな穴がたくさん開いたものとなっている。ただ、実銃の射撃シーンを写真で見てみると、それでもかなりの火炎が目視できるので、あまり効果はなかったようである。また、強力な反動によるマズル・ジャンプを抑える機能は重視されていなかった。そこで、後期型ではさらに大型のものが装備され、表面が蛇腹型に成型されて、マズル・ブレーキ(コンペンセイター)の役割が強化されたものになっている。ショウエイのモデルガンでもこのあたりの形状は忠実に再現されており、両者を比較する楽しみが味わえるものとなっている。 |
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| ◇フロント・サイト |
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落下傘降下兵にとって最も危険なのは、落下傘に傷をつけてしまうような突起物であるが、ライフルにおいてその可能性が最も高いのがフロント・サイトであろう。そこで、本モデルではそれを可倒式としてその危険性を回避する設計がなされた。これは前期型、後期型の両方に共通する特徴である。サイトの倒立は前後方向に手で簡単に行うことができ、倒立時・収納時の安定性も比較的よい。写真を見てもらえればわかるとおり、前期型のサイトはむき出しのものであったが、後期型ではK98kにもあるようなカバーが付けられ、強い日差しの中でも反射を気にせずにねらいを定めやすくなるように改善された。 |
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| ◇バレル&ガス・ポート |
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全長を1m以内に収めることが条件とされていたので、開発時はバレルを長くとることが難しいと懸念されていたが、マガジンの位置をかなり後方に持ってくる設計をして、508o(約20インチ)という長さを確保することに成功した。ただし、それでもK98kの600oには及ばなかったので、初速の減少、射的の正確さの低下、火炎の増加が懸念された(最後の点については大型のフラッシュ・サプレッサーで対処することにした)。なお、モデルガンではこの部分は亜鉛合金製となっている。
次に、本モデルはガス・オペレーティド・ブローバック・モデルであるので、バレルの下にそのガス・パイプがある。ただし、それはハンド・ガードにちょうど隠れてしまう長さでしかない。では、バレルの下に見えている部品は何かというと…?次に紹介するものである。
タイプUのガス・ポート・キャップは本来の使用目的の他に以下に紹介する部品の先端固定部品を兼ねている。タイプTのそれは同様の2点の他にバイ・ポッドの支点及びフロント・スウィベルも兼ねている。おそらくタイプTではこの部分の耐久性に問題があったと思われ、タイプUでは外力のかかる2つの役目がはずされた。 |
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| ◇ニードル・バヨネット |
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バレルの下にあまりにも整然と収められているので、一見するとガス・ポートに見えるこの部分は、実は設計条件の1つであった標準装備のバヨネット(銃剣)である。前期型、後期型共に通常は刃を後ろ向きにしてバヨネット・ラグに差し込む形で収められているが、使用時は後部にあるボタンを押して取り外し、刃を前向きにして同じ部分に差し込むようになっている。全体の形状および構造は前期型のものも後期型のものもほとんど同じと言ってよい。
刃の断面は周囲に血流しの溝を設けたために十字形となっている。銃剣としては異例なくらい小型で細いものになっているためにその効果が疑問視され、かつ白兵戦自体が時代遅れの戦術となっていたために、実際の兵士からは無用の長物と考えられ、支給された後に兵士によって折って捨てられたりしたそうである。
モデルガンでは部品全体が亜鉛合金製でできているが、もちろん銃刀法の関係で刃はつけられていない。ただ、それでも先端がかなりとがっているので、うっかりすると他人にけがをさせてしまう可能性がある。したがって、ウィンドーなどにディスプレイするのでなければ普段は収納しておくのが安全であろう。 |
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| ◇バイ・ポッド |
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サブマシン・ガンや歩兵用ライフルはできるだけ軽量にして持ち運びの負担を軽減するように設計されるが、本モデルには射撃時に銃本体を安定させるための脚が標準装備されており、本モデルが軽機関銃とライフルの中間的な位置づけのものであったのがわかる。その脚は二股になっているので、バイ・ポッド(バイ=2、ポッド=脚)と呼ばれている。
このバイ・ポッドは前期型と後期型で設計が異なっている代表的な部分の1つである。すなわち、前期型では固定部分がバレルの後方に設けられているのに対して、後期型ではそれがバレル前部に移されている。これは前期型を使用していた兵士から使いにくいというクレームが多かったために改善された部分であり、実際にバイ・ポッドを立てて構えてみると、確かに射撃する際には前部にあった方が銃を照準がしやすいように感じられる。ただ、そのまま本体を置くだけなら前期型の方が安定感がある。
モデルガンではこの部分はスチールでてきており、プレスで成型された実銃のそれの雰囲気をそのまま味わうことができる。ただし、実際にバイ・ポッドを開いて立ててみると意外とグラグラしており、実銃でも本当に銃を安定させる効果があったのかどうか不明である。脚を閉じるとニードル・バヨネットをすっかり隠すことができるので、案外ニードル・バヨネットを保護するためのカバーという意味合いもあったのかもしれない。 |
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| ◇ハンド・ガード |
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前期型においては唯一金属製部品ではないのがこのハンド・ガードである。並行して開発されていたMKb42(H)、MKb42(W)、MP43(=MP44、StG44)のそれがスチール製で熱放射が危惧されたのに対して、本モデルでは初めから木製とされてフル・オート時にかなり熱くなると思われるバレルとガス・ポートの熱から手を守ることに成功していた。
多くのモデルでは、ハンド・ガードは表面が平坦な仕上げで、しかも上下または左右の貼り合わせという構成になっているが、本モデルのそれは独特の作りと仕上げになっている。まず、部品自体は貼り合わせではなく1本の丸太をくり抜いて作られている。そこに上部には熱を逃がす穴を計8か所開け、左右には滑りを留めるセレーションが刻まれている。さらに、右側はコッキング・レバーが通るため、その動きで手をけがしないように、中間部に突起を設けて手がレバーに触れることを防ぐ構造になっているのである。
後期型のハンド・ガードも前期型のものとよく似たものであるが、後期型の方が一回り大きなものにされ、セレーションが上面まで刻まれたことによって、耐熱性と耐久性が向上したものとなっている。また、そのせいで、元々無骨なスタイルを演出していたこの部品がその度合いを増すことになった。
なお、両者の具体的なサイズは以下のとおりである。
・タイプT…185o(長)×57o(高)×35o(幅) ※突起部を除く
・タイプU…190o(長)×66o(高)×45o(幅) ※突起部を除く |
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| ◇リア・サイト |
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この頃に開発されたドイツの小火器の多くはバレル、レシーバー、ストックのラインがほぼ一直線になっているものが多く、結果としてサイトをかなり高く設定しないとねらいがつけにくいスタイルをしていた。FG42もその1つで、フロント・サイトだけでなくリア・サイトもかなり高くしなければならなかった。そのため、リア・サイトもフロント・サイトと同様に前後可倒式のものとなっていた。
エレベーション(上下の調整)はダイヤルを回す形で調整するようになっており、モデルガンでもそれは忠実に再現されている。ただし、レシーバー本体にダイヤルの軸が固定されているために、ヴィンテージ(左右の調整)はできないようになっている。したがって、もし左右方向のねらいが狂っていた場合は、感で調整するしかない。
なお、この部分もそれぞれを単体で見ていると両方とも同じ形状の部品だと思いこんでしまうが、こうして比較してみると、回転する部分(数字が書いてある部分)上部にあるふたの形状が異なっているのがわかる。 |
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| ◇コッキング・ハンドル(オペレーティング・ハンドル) |
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ボルトの操作を行うコッキング・ハンドル(オペレーティング・ハンドル)はレシーバーの右側にある。比較的操作の軽いサブマシンガンのMP40では左側にあるが、本銃では操作にかなりの力を要することから、他の多くの銃と同じように右側に配置されている。
そのコッキング・ハンドルの形状は、前期型では円柱状のものであったが、兵士から使いづらいという苦情があって、後期型ではより指がかかり易いレバー型になった。 |
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| ◇レシーバー右側面 |
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レシーバー右側面を見ると、まず目に飛び込んでくるのが大きく口を開けたエクスポート(排出口)である。そして、その中に見えるのがボルトである。FG42のメカニズム上の最大の特徴は、ボルトの動き方にある。すなわち、セミ・オートの際はボルトが閉じた状態で待機し(クローズド・ボルト)、フル・オートの際はボルトが後部で静止した状態で待機する(オープン・ボルト)という複雑なメカニズムとなっている。したがって、その機構を「クローズド・ホールド」と呼ぶ人もいる。そのボルトはコッキング・ハンドルによって直接動かされるのではなく、コッキング・ハンドルが取り付けられているガス・ピストンがボルトとかみ合い、それによって引っ張られる構造になっている。
また、エクスポートはフルロードのライフル弾の装填・排莢ができるように大きく開けられている。前期型ではその最後端にカートリッジ・クリップをはめ込む溝があり、マガジンを装着したままカートリッジを右側から装填することができた(写真はタナカ製K98k用カートリッジ&クリップ)。しかし、後期型では後方に飛んでくる薬莢を抑えるためのリフレクターが装着されたため、その操作はできなくなってしまった。
モデルガンでもボルトの動きは忠実に再現されている。コッキング・ハンドルを少し引くとボルトが回転し、さらに引くとそのままの状態でボルトは下がっていく。ただし、セレクターをフル・オートにしてコッキング・ハンドルを引いてもボルトはオープン状態では静止せず戻ってしまう。それはモデルガンでその機構が省略されているためなのか、実銃の説明がまちがっているためなのかわからない。なお、発火をしないダミー・カートリッジ仕様なので、スプリングはかなり強めである。別売りの発火用ボルト・セットは、おそらくスプリングを弱くしてボルトを否回転としたものと思われる。
※写真下左…タナカK98k用カートリッジ&クリップを装填したところ
※写真下右…タイプUのカートリッジ・リフレクター |
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| ◇レシーバー左側面 |
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レシーバー左側面はさらにFG42のメカメカしさが表れている部分である。特にマガジン・ハウジング(下記参照)下のレバー類にそれが顕著に表れている。
本ページ先頭にある「概略」に載せてある写真でもわかるが、本モデルの独特な形状を際だたせているのが本体左側に出っ張ったマガジンである。スムーズな装填と排莢を実現させるための設計上の工夫であったが、同時にそれは銃のバランスを崩して使いづらくさせる最大の欠点でもあった。モデルガンでもカートリッジをフル装填すると、左側が重くて真っ直ぐに保つのが大変である。
セミ/フル・オートの切り替えレバーは、前期型も後期型も円柱状の部分を手前に引いてロックをはずしてから動かすようになっている。操作方法は、前期型はE(セミ・オート)、S(セイフティー)、D(フル・オート)の3ポジションであったが、誤操作の問題が取りざたされたので、後期型ではそれがEとDの2ポジションとなり、セイフティーはその右側にSとF(ファイヤー)の2ポジションの独立したレバーとして配置された。 |
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| ◇マガジン・ハウジング |
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マガジン・ハウジングは大きなマガジンをはめ込むためにレシーバー上部左側に大きく開いている。その大きな開口部からはボルトの左面がよく見える。また、レバーを引くとロータリー・ボルトが回転しながら下がっていくのも観察できる。なお、後期型はこの部分に上下両方からカバーがかかるようになっており、マガジンがはまっていない場合に砂や埃が内部に入るのを防いでいる。このカバーはマガジン・キャッチを押すとバネの力で勢いよく上下に開くようになっている。
マガジンをはめ込む場合は、まず前方を奥まで押し込み、続いて後方をマガジンがマガジン・キャッチにカチンという音を立ててはまるまで押し込むようにする。これはちょうどその後に登場したアメリカ軍のM14のマガジンのはめ方と同じであり、同モデルに影響を与えた構造と思われる
なお、前期型のみエクスポート側からクリップを使って装弾できるが、その際はボルトを後退させてからマガジン・ハウジング後方下にあるボルト・ストップを押すとボルトを後退させたまま保持できるようになっている。 |
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| ◇マガジン |
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マガジンはボックス型で、フル・サイズのライフル弾を収納するために前後方向にかなり幅広いものになっている。ただ、ダブル・カラム、ダブル・フィールドであるので、装弾数に対して奥行きはそれほど大きくなっていない。
装弾数は前期型用には10発と20発のものがあったそうであるが、後期型は20発のものだけとなった。また、前期型のものはやや耐久性に問題があったことから、後期型ではやや大型のしっかりとしたものにされ、後部に大きめの出っぱりが設けられた。
モデルガンのマガジンも実銃同様の形状が再現されている。マガジンを本体装着した状態でそれぞれだけを見ていると気が付かないが、マガジンだけを並べて比較すると前期型用と後期型用では大きさ、形、細部の処理も異なっていることがわかる。他の多くのメーカー品にありがちな、同種モデルの部品を流用するというのではない、ショウエイのこだわりが表れている部分である。
なお、両者の具体的なデータは以下のとおりである。
・タイプT…152o(最長)×90o(幅)×21o(厚) ※突起部を除く 275g
・タイプU…160o(最長)×92o(幅)×25o(厚) ※突起部を除く 380g |
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| ◇グリップ |
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前期型のグリップはかなりの傾斜になっており、一見するとかなり握りにくそうに見える。これは落下傘部隊が空中にいる際に使いやすいように決められた角度で、かつK98kを使い慣れた兵士に違和感を与えないように考えられた角度でもあった。ただ、どうしても地上戦では使いにくい角度とみなされた。実銃のグリップの材質はトリガー・ガードまでを含めて鉄製のプレスを溶接で張り合わせたもので、したがって寒冷地ではかなり冷え切って兵士の手を凍えさせてしまったという。モデルガンでは亜鉛合金製で作られているが、鉄製ほどではないにしろ、実銃のそれの冷たさを感じ取ることができるようになっている。
後期型のグリップはより地上戦での使いやすさを優先するために、ふつうのピストルのような形のものに変更された。また、寒冷地でも使いやすくするために材質をプラスチックとした。モデルガンでは形状、材質ともに実銃のそれが忠実に再現されている。
トリガーは前期型では単純な半円状のものであったが、後期型ではより指の掛かりに配慮した形状になっている。 |
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| ◇バット・ストック |
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バット・ストックは独特の形状からFG42のスタイルを印象づけるものとなっている。バイ・ポッドと合わせて、軽機関銃のような外観を作り出している部分と言えるだろう。また、機能的にはレシーバーとバット・ストックの間にスプリングを入れて可動式にしたり、大型のバッファーを組み込んだりしてリコイル・ショックを吸収することを想定して設計された部分でもあった。
写真では、一番上がそれぞれバッファーが伸びた通常の状態、2番目がショックを吸収して収縮した状態である。その部分のモデルガンの作動が実銃に忠実であるとすれば、タイプTよりタイプUの方が作動距離が長いことから、タイプUの方がより反動をこの部分で吸収しようとして設計されていたことがわかる。
前期型のバットストックは鉄製プレス品を張り合わせて溶接されたもので、木製を採用した後期型と見分ける最大の特徴であるが、そのスマートな形状及び軽量さ故に7.92o×57oライフル弾の強烈なリコイル・ショックを吸収しきれなかった。そこで、後期型ではバット・ストックを木製でより大型のものとし、この部分でリコイル・ショックを吸収するような構造とされた。ほとんどのストックはカバ材の合板を用いて作られたそうであるが、一部は無垢板で作られたものもあるという。
モデルガンでは前期型、後期型ともに実銃の形状が忠実に再現されている。ただし、前期型の材質は亜鉛合金製で、後期型の材質はウォールナットの無垢材が使われているようである。前期型のものは鉄製プレスの雰囲気をよくぞ鋳型であそこまで上手に再現できたものだと感心するできばえであり、後期型のものはその高級感ある木目と肌触りがコレクションすることの喜びを増大させるものとなっている。スマートな形状から前期型のストックの方を支持するマニアが多いが、後期型の重厚な雰囲気の方を好むマニアもいるであろう。バット・ストックは本体を分解する時には最初に操作する部分である。すなわち、前・後期型とも右面にあるボタンを強く押しながら後ろに引くと簡単に引き抜くことができ、それによってボルト・アッセンブリーやリコイル・スプリングを引き出すことができる。モデルガンでもその構造はしっかりと再現されているが、実際にはボタンをかなりしっかり押し込まないとはずすことはできない(おそらく実銃も安全対策上そうであったと思われるが…)。
モデルガンではタイプTには標準でスリングが付属していたため、バット・ストック下部にスウィベルが付いている。タイプUはスリングがオプション設定であり、本品用には購入していないので、バット・ストック下部にスウィベルを取り付ける穴が見えているだけである。 |
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| ☆刻印☆ -Markings- |
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刻印はタナカのK98kのようにあちこちにアムト・マークが入っているということはなく、モデル名、製造所コード、そしてモデルガンのシリアル・ナンバーがレシーバー上部に入れられているだけである。また、タイプTにはバッファー・カバー左側にsmGマークとメーカー刻印が入れられているが、タイプUにはどちらもない。
さて、製造所コードの「fzs」とはクリーグホフ(ハインリッヒ・クリーグホフ・バッフェンファブリック)社を指す。タイプT、タイプUともにこの製造所コードが入っているので、元になった実銃はいずれもクリーグホフ社製ということになる。また、試作モデルであった、いわゆる「ゼロ・シリーズ」というモデルには、ラインメタル・ボージック社を表す「bmv」が入れられていた。そして、タイプUの一部はアルテンブルグにあったL.O.デートリッヒ(L.O.デートリッヒ・ベスタ・ナーマシーネンベルク,アルテンブルグ)社でも生産され、そちらのモデルには「gcy」のコード名が刻印されていた。
なお、実銃では何カ所かの部品にアッセンブリー・ナンバーが入れられているが、モデルガンではそこまでは再現されていない。 |
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(メーカー名表示なし) |
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| ☆メカニズム☆ -Mechanism- |
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(解説及び写真の準備ができていません。) |
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| ☆パッケージ&付属品☆ -Package & Accessaries- |
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カートリッジは、モーゼルK98kと共通の7.62oフル・ロード弾である。したがって、モデルガンにもCMCやタナカのK98kに似たカートリッジが付属している。
タイプTのカートリッジは、初期モデルではブローバック用が10発(5発×2箱)付いていたが、第2ロットからは否発火仕様となったのでダミー・カートリッジが10発(5発×2箱)付属していた。
タイプUのカートリッジは、最初から否発火仕様のダミー・カートリッジが10発(5発×2箱)付いていた。ただし、なぜかタイプUのものは黒塗りの外観のものになっていた。実銃のものもそうだったのであろうか? |
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取説はいずれもA4サイズの厚紙によるしっかりとしたものが付属しているが、タイプTとタイプUでは大分異なっている。
タイプTのものは、2色刷、計8頁の豪華なものになっており、操作、分解、組立の仕方がかなり細かく記述されている。特に分解の手順ははとんどすべての部品をバラバラにできるレベルまで細かい説明が順を追ってイラストと共に描かれているので、この複雑な構造のモデルを安心して分解して楽しむことができる。
タイプUのものは、単色刷、計4頁のやや質素なものになっている。一応、操作、分解、組立の説明はあるが、分解はフィールド・ストリッピングのレベルまでの記載しかない。また、タイプTのものとは異なって、視覚情報は写真となっている。
なお、写真には写っていないが、ここで紹介するタイプTは再販品であったため、部品の新価格表(価格改定表)が1枚付いている。
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 ・タイプTpp.2-3 |

・タイプUpp.2-3 |
 ・タイプTpp.4-5 |

・タイプTpp.6-7 |
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上:タイプT用(自家製)
下:タイプU用 |

タイプTの箱用に自作した表示 |
箱は発売時期によって大きく異なっている。
タイプTの初期の箱は、表面の色が白いもので、上蓋と下箱が一体型の片側開きのものであった。中には本体の形にくり抜かれた中敷きがあり、本体が固定されるようになっていた。なお、ここで紹介するモデルには元箱が付属していなかったので、他の長物モデルを送ってもらった際の箱に手製の名称紙を貼って本体を保存している。
タイプUの箱は、最初からダンボールの2ピース・タイプであった。この箱はMP44の再販品やMKb42(H)のものとも共通のものである。なお、ここで紹介する箱の上蓋に書いてある名称表示は、タイプTの初期モデル用の箱のものとほぼ同じである。 |
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| ☆オプション☆ -Optional Accessaries- |
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タイプT用スコープ(無倍率レンズ)
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本モデルのオプション品はショウエイから何点か発売されていた。
最もポピュラーなものはスコープである。これは本体が真鍮色をしたもので(実際に真鍮製かどうかは定かでない)、レンズに度の入っていない形ばかりのものであった。なお、これはタイプTが再販されたときには標準装備となっていた。ただし、このスコープはタイプUには取付不可能であり、タイプU用のスコープは発売されていない。
次に、ごく少数だけ発売されたグレネード・ランチャー・セットというものもあった。これはバレル先端に取り付けるタイプのもので、FG42をさらに重厚に見せる演出効果のある部品である。それから、ダミー・カートリッジ仕様が再販された際にブローバック用ボルト・セットが発売された。これはボルト、ボルト・キャリヤー、ブローバック・カート用マガジンのセットであった。
スリングはタイプTでは標準装備されていたが、タイプUではオプション扱いとなっていた。このスリングはMP44やMKb42(H)のものと共通のものであったので、現在でも探せば何とか新品で手に入れられる。 |

※タイプU(写真)使用不可 |
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